魔法科高校の幻想紡義 -旧-   作:空之風

33 / 62
お待たせしました。
森崎駿 VS 吉祥寺真紅郎の戦いになります。
いやはや、本作最大の文字数の話となりました。
さすが主人公森崎タグ。


ちなみに最近の作者の心境を表したなぞなぞ。
「月曜日の朝は重くて、金曜日の夜は軽いものってなんでしょう?」
答えはあとがきにて。


第31話 森崎駿

三高の控え室。パイプ椅子に座っている吉祥寺真紅郎は、静かに戦意を燃やしていた。

 

(女子スピード・シューティングでは一高に完封負けした分、せめてこっちでは優勝させて貰うよ)

 

女子スピード・シューティングでは一高が一位、二位、三位を独占。五十点という大量得点を獲得している。

 

対する三高の選手は四位の五点のみ。

 

点数が半分の新人戦でなければ一発で同点に追い付かれていたところだ。

 

それでも九十点あった点差が四十五点に縮まり、再逆転の射程圏内まで追い付かれている。

 

これ以上、点差を縮められる訳にはいかない。

 

先程行われた三位決定戦では三高選手が敗北し四位という結果に終わっている。

 

ならば、せめて男子スピード・シューティングでは優勝しなければ総合優勝も危うくなる。

 

なにせ本戦モノリス・コードがまだ残っているのだから。

 

一高にいる某人物は、一条将輝と吉祥寺真紅郎が同じ学校に通っているのは反則級の偶然だと評しているが、他高からすれば一高の方が反則だ。

 

十文字克人、七草真由美という十師族直系の二人、そしてその二人に劣らぬ渡辺摩利、更にはA級判定を取得している実力者を何人も抱えている。

 

おまけに十文字克人と七草真由美が得意とする魔法は九校戦のレギュレーションに引っかからず、更に言えば千載一遇の大チャンスに恵まれた今年ですら新人戦で化物のようなエンジニアが登場している。

 

トドメとして今はまだ知られていないが、司波深雪という一年でありながら上級生すら圧倒する可憐な少女と、後にピラーズ・ブレイクで一条将輝と烈戦を繰り広げる事になる結代雅季という逸材まで控えているとなれば、まさに反則的の戦力だろう。

 

そして、十文字克人が出場する本戦モノリス・コードでは、渡辺摩利のようなアクシデントが無い限り一高の優勝は確実。それが他ならぬ三高選手陣の共通認識だ。

 

故に作戦では本戦モノリス・コードまでに四十点以上の点差を付けることが絶対だとされている。

 

現時点での得点差は、男子スピード・シューティングの結果を除けば四十五点。

 

優勝のボーダーラインに三高はいる。

 

「……それでも、最後に勝つのは僕達だ」

 

特に三年生にとっては悲願の優勝に手が届きそうなのだ。

 

それを自分達が台無しにする訳にはいかない。

 

時計を見遣る、間もなく試合開始時間だ。

 

(相手は『クイックドロウ』の森崎。試合を見た限りでは手強い相手だろうけど、僕の『不可視の弾丸(インビジブル・ブリット)』なら勝機は充分にある。勝つのは僕だ!)

 

一高の三連覇を阻止する為、そして三高に優勝旗を持ち帰る為。

 

『カーディナル・ジョージ』吉祥寺真紅郎は椅子から立ち上がると、決勝戦の舞台へと歩き始めた。

 

 

 

一方、一高の控え室でもちょうど同じタイミングで森崎もまた会場へと歩き出したところだった。

 

戦意という点では、森崎は吉祥寺に負けてはいない。

 

だが、その心持ちは比較的落ち着いていた。

 

(準々決勝、準決勝の二試合で大体の感覚は掴めた。後は、ただその感覚に任せるだけだ)

 

後はやるべきことをやるだけ、そんな心境だった。

 

森崎は達也のように作戦や新戦術、新技術など用意していない。

 

実際に競技が始まれば、自分の魔法で自分のクレーを撃ち落とすことに専念するのみ。

 

ただそれだけだ。

 

 

 

原より出ていて、神代より紡ぐ者が言った。

 

誰よりも早く、誰よりも速きこと。

 

それが『森崎駿』であると。

 

 

 

相手が『カーディナル・ジョージ』だろうと『クリムゾン・プリンス』だろうと、今の森崎には関係ない。

 

ただ『駿』の名に相応しく、誰よりも速く駆け抜けるのみ。

 

 

 

 

 

 

そして、両者は同時に会場へと姿を現した。

 

ほぼ満席となった会場内に歓声が轟くが、二人は構わず淡々とシューティングレンジへ向かい、競技の位置に着く。

 

互いに試合前に交わす言葉は不要。

 

 

 

新人戦男子スピード・シューティング決勝戦が、間もなく始まる――。

 

 

 

 

 

 

……そのほんの少し前、観客席にて。

 

 

 

「じゃあ八雲さんは結代君の友達なんですね」

 

「ええ、雅季が小さい頃から知っていますわ」

 

扇子を軽く扇ぎながら、ほのかに答える紫。片手に日傘、片手に扇子は健在である。

 

「友達というより、幼馴染?」

 

「似たようなものかしらね」

 

「いやいや、違うでしょ」

 

そして溢れた雫の素朴な問いに紫は否定せず、そこへ雅季が口を挟んで否定した。

 

確かに小さい頃から雅季は『結び離れ分つ結う代』として紫とは交友を持っているとはいえ、それは雅季()小さい頃という前提が付いてくる。

 

紫の小さい頃とは何世紀前の話だ、というか小さい頃なんてあったのか。

 

それに、そもそも――。

 

 

 

『幼馴染、八雲紫』

 

 

 

……違和感しか残らない。

 

「あら、昔からよく世話をしてあげたと思うけど」

 

「そうだね、よく世話を掛けているよね。紫さんが、大体みんなに」

 

「世話物は好きですから。特に焼かれる話が」

 

(らん)さんにね。紫さんの場合、砕く話も必要じゃない? 特に今とか」

 

「今でも世話らしい打ち解けた風は頓に失せていますわ」

 

「……そいつは御世話様なことで」

 

「どんな会話だ……」

 

紫と雅季の間で交わされた会話に、達也は呆れた声で呟いた。

 

意味が通じ合っているのは当事者たちのみ。

 

案の定、二人を除いた全員が二人の会話についていけずポカンとしている。

 

ほんの少しだけ接しただけだが、達也の評価として八雲紫という女性は掴み所がないというか、相手を煙に巻くような言動が好みらしいと判断している。

 

まあ、それと噛み合っているような、噛み合っていないような遣り取りを交わしている雅季も普段から似たようなものだが。

 

達也の経験上、こういった真意を見抜かせない相手というのは厄介なものだ。

 

その真意を見抜かせない言動、何より名前からして、どうにも達也は脳裏にその厄介な知人を思い浮かべてしまう。

 

具体的にはどこぞの寺にいる和尚(かしょう)の姿を。

 

おそらく深雪も同じなのだろう、浮かべる微笑には苦いものが混ざっている。

 

(それにしても『八雲』か。数字入りとはいえ、二十八家にも百家にも『八雲』という魔法師の家名は無かったはずだ。幹比古の反応を見る限り古式の関係者でも無さそうだが……)

 

数字の入った、更には如何にも古風な家名に、つい魔法師との関係を連想してしまう。

 

尤も、“今のところは”魔法とは無関係の一般人のようだが。

 

そんな事を考えている達也を他所に、

 

「ねえ、雅季、八雲さん」

 

先程の意味不明な会話に呆れたような表情から一変して、ニヤニヤとした笑みを浮かべるエリカ。

 

「ズバリ、二人はどんな関係?」

 

魔法科高校といえども高校生。他人の恋話には興味津々の年頃だ。

 

そこへ投げられた変化球なしの直球の質問に、特に女性陣は無言で色めき立つ。

 

紗耶香やほのか、雫、更には深雪までもが興味津々に二人に視線を向け、

 

「ん、結ぶと絡める関係かな」

 

「分けると操る関係ね」

 

即答された回答は、やはりよくわからなかった。

 

「……いや、もっとわかりやすく、具体的に」

 

「上に立つのと間に潜む関係」

 

「隙間と境目の関係」

 

「わかるかー!」

 

やっぱり煙に巻かれたエリカは天に向かって、ではなく二人に向かって吼えた。

 

「む、これ以上ないくらいわかりやすいというのに」

 

「いやわかんねーって」

 

「なんつーか、森崎の苦労がわかった気がしたな」

 

意外と鋭い冴えを持っているはずのレオも匙を投げ、桐原は思わず森崎に同情する。

 

そして、

 

「ホント、その森崎って子も大変ねぇ」

 

「お前が言うな!」

 

「あんたもよ!」

 

(……『八雲』という名前には、性格が胡散臭くなるような魔法式でも組み込まれているのか?)

 

混沌とし始めた場の中で、半分本気でそう思い始める達也だった。

 

 

 

幻想と現実が入り混じったせい、というより紫と雅季のせいで色々とカオス状態になりつつある一高応援席。

 

それを、一番端の席に座っている美月はただチラチラと横目で見ているだけだった。

 

他の者から見れば、美月の態度はどこか一線を引いているようにも見え、

 

「柴田さん、さっきからどうかしたの?」

 

隣に座っている幹比古が疑問に思うのも当然だった。

 

「え? あ、ううん、何でもないんです。ただ……苦手、なのかな」

 

言いづらそうに、言葉を選んだ様子でそう答えた美月。

 

「えっと、苦手って、何が?」

 

幹比古が首を傾げて再び問い掛ける。

 

それに美月はどう答えようかと考えあぐねていると、

 

「あ! 始まりますよ!」

 

ほのかが発した言葉によって、幸運にも幹比古を含んだ全員の関心は競技の方へと向き直り、美月は人知れず安堵の息を吐いた。

 

(失礼なことだって、わかっているのに……)

 

美月は再び少しだけ視線を横に向ける。視線の先には決まって紫の姿がある。

 

それは自分の中で漠然と渦巻いている感情。

 

正直、理由などまるでわからない。

 

そもそも今さっき出会ったばかりの初対面の間柄なのだから。

 

だから美月は、何故か八雲紫のことを怖いと思っていることを、誰にも告げようとはしなかった。

 

 

 

 

 

 

観客席の一部で起きた不思議な騒ぎも、開始を告げる赤いシグナルが灯ると他と同様に、一様に静けさを取り戻す。

 

観客も、各高の控え室も、大会運営委員と来賓達も、有線放送も、誰もがこの日最後の競技に注目している。

 

ほぼ全員の注目を浴びながらも、森崎駿と吉祥寺真紅郎は適度な緊張感を保ったまま、ただ睨みつけるように前を見据えるのみ。

 

そして、シグナルが赤から青へと変わった瞬間――。

 

赤色と白色のクレーが一斉に射出された。

 

 

 

 

 

 

吉祥寺真紅郎が破壊するクレーは、奇しくも名前と同じ赤色のクレー。

 

森崎駿が破壊するクレーは、その反対である白色のクレーとなる。

 

まず撃ち出されたクレーはそれぞれ三枚ずつ。

 

吉祥寺は赤色のクレーに視線を合わせる。

 

すかさず基本コードの一つ、加重系プラス(カーディナル)コードを流用した魔法『不可視の弾丸(インビジブル・ブリット)』が発動し、クレーの一点に直接圧力を加える

 

飛翔していたクレーは真っ二つに割れながら地面へと叩きつけられる。

 

クレーが地面に落ちる前、クレーが割れた時点で吉祥寺は既に別のクレーに視線を合わせ、同じく魔法を発動させていた。

 

瞬く間に三枚の赤いクレーが破壊される。

 

そこから一歩遅れて、白色のクレーの三枚目が破壊された。

 

続けて間隔を置いて射出された赤白それぞれ四枚のクレーも、森崎と吉祥寺は全て破壊する。

 

ただし今回もまた、全てを破壊する速度は吉祥寺の方が早かった。

 

(やっぱり)

 

次々と飛び交う赤いクレーを全て撃ち落としながらも、吉祥寺には思考を巡らす余裕があった。

 

(確かに特化型CADの照準を合わせる速度は早い、これが森崎家のクイックドロウか。それに魔法構築速度も三高(ウチ)の先輩に匹敵するかもしれない)

 

だけど、と吉祥寺は無意識に口元を軽く釣り上げる。

 

(精度は人並み程度。尤も、僕が『不可視の弾丸(インビジブル・ブリット)』を使用している限り相克の心配は無いだろうけどね)

 

森崎が使用している魔法は、対象(クレー)に強い振動を与えて破壊するというポピュラーな魔法。

 

振動系統単一魔法なのでシンプル故に高速発動が可能なことが売りの戦法であり、同じ高校でありながら女子チームとはまるで対照的な平凡な戦術だ。

 

CADのソフトウェアが大きく影響する魔法構築速度も、あくまで同学年の中では速いという程度に過ぎない。

 

しかも、それはCADのソフト面が良いのではなく森崎自身の実力だろう。

 

無論、一高の内部事情など吉祥寺が知る由も無いのであくまで推測に過ぎないが、おそらく間違いないと吉祥寺は確信していた。

 

やはりあの規格外のエンジニアは司波達也ただ一人だけのようだと、吉祥寺は競技中ながら情報を分析していく。

 

そうして手に入れた敵情で、九校戦全体の作戦を臨機応変に修正していく。

 

まさしく三高の頭脳(ブレーン)と呼ぶに相応しいだろう。

 

それでも優勝する為には、司波達也の担当する競技以外の全てで勝ちを取る必要がある。

 

故にこの競技を落とすわけにはいかない。

 

(他の魔法なら遅れを取ったかもしれないけど、僕の『不可視の弾丸(インビジブル・ブリット)』は君よりも早く、精度も格段に上だ)

 

精度、魔法の速度。スピード・シューティングで必要な二つの要素は、いずれも吉祥寺の方が上だ。

 

十四枚目のクレーを破壊し、若干遅れて同じく白いクレーが破壊された時点で、吉祥寺は勝利の手応えを既に掴んでいた。

 

 

 

――この時までは。

 

 

 

続いて同時射出された紅白のクレーは、同時最大枚数の六枚だった。

 

赤と白、合計十二枚のクレーが飛翔乱舞する。

 

赤色と白色が交錯した大量のクレーを前に、ともすれば動揺してしまいそうなものだが、吉祥寺は落ち着いた様子で赤色のクレーのみに視線を合わせて破壊する。

 

(残り四枚、三……二……)

 

冷静に五枚を破壊し、残る一枚にも視線を合わせて魔法を発動する。

 

それで残った一枚も破壊し、六枚全ての標的を破壊した吉祥寺。

 

その直後、白色のクレーが破壊されたのを吉祥寺は視界に捉え、僅かながら驚きを覚えた。

 

今さっきの魔法によって、白色のクレーもまた六枚全てが破壊されていた。

 

(魔法の速度が、上がった?)

 

今までならばまだ白色のクレーが残っているはず、寧ろ一枚ぐらいはエリア外に出ていてもおかしくはなかったのだが。

 

だが驚愕も一瞬のこと、この年で既に魔法研究者として名を馳せている英才である吉祥寺はすぐに冷静さを取り戻した。

 

(速度に緩急を付けることでこちらの動揺を誘おうっていう作戦か。けど、そうはいかないよ)

 

吉祥寺は不敵な笑みを浮かべる。

 

相手の策も見抜いてしまえばどうってことはない。

 

自分の勝利に揺ぎはない……そのはずだった。

 

 

 

吉祥寺が作戦だと思い込んだそれは、作戦でも何でも無かった。

 

そもそも森崎は作戦など立ててはいない。

 

(まだだ――)

 

ただ心の中で今もなお強く訴えているのみ。

 

(もっと、早く――)

 

ただひたすら心の中で強くイメージを描くのみ。

 

(まだ、速く――)

 

白いクレーが飛び出す。

 

誰よりも早く、狙いを定める。

 

照準を定める時間も惜しい。

 

誰よりも速く、魔法を発動する。

 

クレーに振動系魔法が発動し、振動を受けたクレーが粉砕される。

 

起動式の展開速度が酷く遅く感じる。

 

だがレギュレーション限界のCADではこれが限度。

 

魔法式の構築速度は?

 

CADの効率速度は起動式と同様、今さら変えられない。

 

ならば、

 

 

 

もっと効率的に、もっと速く、自分自身が魔法式を組み上げればいい――!!

 

 

 

その時、森崎の中に“何か”が湧き上がってきているような、そんな気がした。

 

その正体を森崎は当然ながら知らない。

 

ただの気のせいかもしれないし、何より今は競技中だ。知る必要もない。

 

そう、今は『不可視の弾丸(インビジブル・ブリット)』よりも早く、誰よりも速く魔法を使ってみせるのみ――。

 

 

 

柴田美月も或いは眼鏡を外していれば何かが変わったことに気付けたかもしれない。

 

だが実際には眼鏡を掛けており、更には紫が己の正体を隠すためにレンズの境界も操っていたため、現状では“それ”に気付くことはなく。

 

司波達也はその変化を『眼』で視ることは出来たが、それを理解できることはなく。

 

その変化に気付き、理解できたのは、現実とは違う視点から物事を見ており、何より“それ”の正体を知っている結代雅季と八雲紫、この二人のみだった。

 

そして、森崎駿という一人の人間の、その奥底から沸き上がったほんの僅かな“幻想”が、魔法式に組み込まれる――。

 

 

 

 

 

 

無言の驚愕が、一高の天幕を覆い尽くす。

 

真由美も、摩利も、克人も、服部や鈴音、あずさも、天幕にいる誰もがモニターに釘付けとなっていた。

 

「これは……」

 

非常に珍しいことに、克人から思わずといった呟きが漏れる。

 

それだけモニターに映し出された光景は、魔法を学ぶ者達にとって衝撃的だった。

 

「あいつ……」

 

同じくモニターを食い入るように見つめている摩利の口からもそんな言葉が漏れ、同時に口元が好戦的なものに釣り上がる。

 

服部と鈴音は言葉を発することも忘れて、ただモニターを凝視している。

 

「すごいです、森崎君……」

 

「うん」

 

あずさの驚嘆に満ちた言葉を、真由美はモニターを見つめながら頷いて肯定した。

 

真由美や克人といった幹部達から見ても、その変化は劇的だった。否、今なお劇的に変化している。

 

一高だけでなく、九校全ての選手達にも同様の驚愕をもたらしているもの。

 

それは、

 

「魔法構築速度が、どんどん速くなっていく……」

 

真由美の発したその一言が全てだった。

 

 

 

 

 

 

 

「速い……」

 

「すげー……」

 

観客達が歓声を上げる中、エリカとレオが呆然とした様子で同時に呟く。

 

普段なら声が揃ったことで二人して不機嫌になるのだが、今はそれすら忘れて競技場に視線を向けたままだ。

 

最初は吉祥寺の『不可視の弾丸(インビジブル・ブリット)』に遅れていた森崎の魔法だったが、途中からまるでアクセルを踏み込んだかのように加速していき。

 

――今では誰の目にも明らかなほど、『不可視の弾丸(インビジブル・ブリット)』を追い抜いていた。

 

それでも尚、森崎の加速は止まらない。クレーを破壊する間隔が段々と短くなっていく。

 

今や吉祥寺が一枚目のクレーを破壊した時には、森崎は二枚目を破壊し終えて三枚目に照準を合わせている程だ。

 

「お兄様、これは……」

 

驚嘆と困惑が入り混じった口調で、深雪は達也へと振り向く。

 

「……驚いたな」

 

深雪の視線を感じながら、達也の視線はシューティングレンジ、正確には森崎に向けられたままだ。

 

吉祥寺が激しい動揺を浮かべているのに対し、森崎は試合開始時とまるで変わっていない。

 

ただエリアを飛び交う白いクレーにのみ集中している。

 

達也の『眼』は先程から森崎を捉えている。

 

照準を合わせる速度は今までと同じクイックドロウの技術でたいした変化は無い。

 

起動式の読み取りはCADのハードウェアに依存するため、こちらも全く変化無し。

 

それはソフトウェアも同様であり、CAD上での魔法式構築効率は今までと何ら変わりはない。

 

明確に変化しているのは、森崎自身の処理能力だ。

 

キャパシティや干渉力、精度はそのままに、魔法式の構築から展開までが異常な速さで処理されていく。

 

『最良』ではなく『最短』の効率性で魔法式が組み上げられ、驚異的な速度で展開されている。

 

「速さという点では、今の森崎は会長に迫りつつある。いや、既に匹敵すると言い換えてもいいかもしれない」

 

「……」

 

達也の評価に誰もが言葉を失い、ただ競技場を見遣るのみ。

 

それにしても、と達也は思う。

 

こんな短時間で目に見えるほど劇的に魔法師が成長するというのは、達也の知る限りでは例がない。

 

おそらく何かがあったはずなのだが、達也にわかった変化点は一つだけ。

 

森崎の想子(サイオン)がいつもより活性化していること。

 

想子(サイオン)の輝きが、最初と比べて一層増している。

 

だが、それが何を意味するのか達也の『眼』と『分解』を以てしてもわからないでいる。

 

魔法にはまだまだ未知の領域が多い。

 

理論上では知っていたつもりだったその事実を、達也は改めて認識させられていた。

 

 

 

「おいおい……」

 

「森崎くん、凄い……」

 

隣からそんな呟きが聞こえてくる中、紫は扇子を口に当てて森崎を見据える。

 

「あらあら、これは」

 

(幻想と縁を結んだ影響かしらね)

 

そのセリフは言葉には出さず、心の中のみに留める。

 

とはいえ、疑問は残る。

 

外の世界の人々が霊子(プシオン)と呼ぶもの。

 

それは気質、魂、そういったあらゆる精神性の根本を成すものだ。

 

同時に、人の身では到底理解の及ばない、理解できないものでもある。

 

妖怪や神々といった人々の精神性から生まれた者達が住まう幻想郷ならば、理解できなくとも“そういったもの”だと人々は納得して、受け入れる。

 

そう、あの紅白の巫女のように。

 

理解できずとも知っている、触れている、感じているからこそ、幻想郷の住人達は霊子(プシオン)も術式に組み込んで、世にも不思議な魔法(のうりょく)を使うことができる。

 

その点、森崎駿と幻想の接点などせいぜい『今代の結代』程度だ。それぐらいで霊子(プシオン)をわかるようになるとは思えない。

 

況してや雅季は『結び離れ分つ結う代』。こっちの世界では幻想の自分を離して分けている。

 

だから雅季は外の世界にも幻想郷にも居られるのだ。

 

でもあの森崎という少年は、ほんの僅かとはいえ現に自分の気質(プシオン)を魔法式に織り込んで――。

 

(……そういうこと)

 

理解し、納得した紫は、隣に座る人物に視線を向けた。

 

雅季は周囲とは対照的に涼しげな顔をしたまま競技を見ている。間違いなく予想済みだったのだろう。

 

「駿は真面目だからね」

 

自分以外の誰にも聞き取れないほどの小声で、雅季は呟く。

 

それでも紫には、耳の近くにスキマを作るなりして聞こえていると雅季は確信していた。

 

「“駿らしさ”を教えたら、真っ直ぐに“それ”と向かい合ったよ」

 

「自覚とは、即ち自らを覚ること。己を覚った者こそ己を知る」

 

すぐ耳元で聞こえてくる紫の小声。振り向くような真似はせず、雅季は答える。

 

「でも、今回の場合は覚他ね」

 

「まさか。俺はただの切っ掛け、自ら“結び”にいったのは他ならぬ駿自身。まあ、あそこまで真摯に向き合うとは思ってもみなかったけど」

 

「それは、あなたの言葉だからでしょう」

 

何が愉しいのか、愉快げに紫はそう言い放ち、雅季は口を開きかけて……結局は返す言葉を失った。

 

小さき会話は、二人以外の誰にも悟られず。

 

紫は再び競技場へ視線を向ける。

 

尤も、もはや紫には勝利と敗北の境界が明確に見えている試合だったが。

 

「雅季、()()彼は“どの程度”かしらね?」

 

「そうだね……」

 

紫の愉しげな問いに、雅季も楽しげに考え。

 

()()駿なら、“あれぐらいの程度”だから……」

 

「ふふ、差し詰め……」

 

両者は同時に、答えを口にした。

 

「“魔法をはやく使う程度”かな」

 

「“魔法をはやく使う程度”かしら」

 

 

 

 

 

 

吉祥寺真紅郎は動揺を隠せず、いや隠すことすら思い付かないほど混乱の中にあった。

 

つい先程まであった余裕など軽く吹き飛んでいる。

 

射出機からクレーが飛び出し、エリア内へと飛来する。

 

吉祥寺はエリア内に侵入してきた赤いクレーの一つに視線を合わせる。

 

直後、その赤いクレーの下方を飛んでいた白いクレーが破壊される。

 

それはつまり、吉祥寺が視線を合わせるよりも早く照準を定め、吉祥寺が魔法を使おうとした時には魔法式を構築し終えているということ。

 

不可視の弾丸(インビジブル・ブリット)』の方が速い、そんな最初の評価を嘲笑うかのような速度だ。

 

(くっ!?)

 

とにかく落ち着けと自分に言い聞かせながら、吉祥寺は魔法を行使する。

 

不可視の弾丸(インビジブル・ブリット)』の起動式がインストールされた特化型CADの引き金に力を込めようとして。

 

――吉祥寺の視界の端で、白いクレーが二つ立て続けに破壊された。

 

(そんな、更に速くなった!?)

 

愕然とした思いが吉祥寺を支配し尽くし、その衝撃が智謀を自負している吉祥寺の思考に空白を生じさせた。

 

競技中にも関わらず、吉祥寺は隣のレンジに、森崎に目を向ける。

 

その目に浮かぶのは選手としての驚愕と、研究者としての好奇心。

 

 

 

――今でさえ単一工程の魔法とはいえ、あの七草真由美と同等レベルと言える速度。

 

――だというのに、更に速くなるというのなら。

 

――いったいどこまで速くなるのだろうか……?

 

 

 

吉祥寺から見た森崎は、何ら変わった様子は見受けられなかった。

 

ひたすら特化型CADを構えたまま前方を見据え、競技に集中している。

 

吉祥寺の視線は無論、一際大きくなった観客の歓声すら気付いていないのではないだろうか。

 

森崎が特化型CADのトリガーを引き、直後に残った白いクレーが破壊される。

 

そして、吉祥寺が我に返った時には遅かった。

 

(しまっ――!!)

 

身体ごと前に振り返った吉祥寺の目の前で、二枚の赤いクレーが有効エリアを通り過ぎていく。

 

咄嗟に魔法を行使しても、吉祥寺では到底間に合うタイミングではなかった。

 

一枚をエリアのギリギリで破壊したところで、もう一枚はエリアの外へと抜け出した。

 

それは、この試合で両者合わせて初めての撃ち漏らしだ。

 

そう、森崎は今なおパーフェクトであり、この時点で森崎に差を付けられた形となった。

 

更に言えば、おそらく今のも森崎ならば二枚とも間に合っていただろう。

 

付けられた差は、そのまま彼我の実力差を表していた。

 

「くそッ!!」

 

動揺が焦燥に変わり、吉祥寺の調子を大きく狂わす。

 

魔法は精神状態に左右される。それは千代田花音の時と同じであり、吉祥寺も例外ではない。

 

一度のミスが魔法の行使を妨げ、再びミスを犯すという悪循環。

 

一枚残らず破壊される白いクレーとは裏腹に、一枚、また一枚と赤いクレーが撃ち落とされずに有効エリアを通り過ぎていく。

 

その一枚一枚を逃すと同時に、勝利も遠のいていく。

 

吉祥寺真紅郎が確信していた勝利は、斯くも脆く崩れ去っていった。

 

 

 

吉祥寺が精彩を欠き、赤いクレーが残るようになっても、森崎の魔法に揺ぎはない。

 

赤いクレーなど眼中になし、あるのは如何に疾く白いクレーに魔法を掛けられるか、という極めて純粋な一点のみ。

 

――誰よりも早く、誰よりも速きこと。

 

ただ早さを、速さだけをイメージする森崎の魔法。

 

それは、今はまだ雅季と紫(あの二人)以外は誰も知らない『魔法をはやく使う程度の能力(クイックドロウ)』。

 

そして、たった五分間の競技は終幕を迎える。

 

ラストに撃ち出された六枚ずつの赤色、白色のクレー。

 

先手を取るのは当然ながら森崎。

 

エリアに入った瞬間、クイックドロウの技術によって即座に照準を定めてトリガーを引く。

 

起動式の“遅い”読み込みを終えた後、一瞬といっても過言ではない早さで構築された魔法式がエイドスに投写される。

 

事象が魔法式に従って改変され、振動系魔法がクレーを強く振動させて破壊する。

 

破壊したクレーには目もくれず、次のクレーにCADの狙いを定めてトリガーを引く。

 

一連の同じ工程が二度、三度、四度と繰り返される。

 

五枚目のクレーを破壊し、残るは有効エリアの中程を飛んでいる六枚目(ラスト)

 

すれ違って飛んでいく赤いクレーは、未だ三枚。

 

 

 

そして、森崎が残った白いクレーを破壊し。

 

吉祥寺が二枚を破壊し、最後の一枚を撃ち漏らしたところで。

 

試合終了のブザーが競技場に響き渡った。

 

 

 

 

 

 

(終わった、のか……?)

 

ブザーが響き渡り、クレーの射出が止まったのを確認して、森崎はようやくCADの構えを解いた。

 

正直、競技中のことはあまり印象に残っていない。ただ取りこぼしは無かった、ような気もする。

 

そう思ったところで、森崎はつい苦笑いを浮かべた。

 

それすら覚えていないとは、どれだけ集中していたのやら。

 

(そうだ! 勝敗は!?)

 

漸くそれに思い至った森崎は、勢いよく競技場の電光掲示板に表示されたスコアへと振り向く。

 

三高、九十三枚。

 

一高、百枚。

 

表示されている数字は破壊したクレーの数であり、つまり――。

 

「勝った……?」

 

(僕が、『カーディナル・ジョージ』に?)

 

確かに勝つつもりでいたが、自分の事とは思えないほど結果は完勝だった。

 

未だ信じられないような顔で、やや呆然としていたところへ、

 

「森崎選手」

 

背後から声を掛けられ、森崎は我に返って後ろへ振り返る。

 

森崎が振り返った先には、吉祥寺真紅郎が森崎を強く見据えていた。

 

悔しさを滲ませながら、だがそれ以上の強い闘志を瞳に宿して。

 

「スピード・シューティングは僕の完敗です。正直、君のことを見誤っていました」

 

森崎の目を真っ直ぐに見て口にする吉祥寺に、森崎は先程までの呆けた頭を振り払って、勝者らしく堂々と吉祥寺を見返す。

 

「君はモノリス・コードに出場しますか?」

 

それは問いの形を借りた『カーディナル・ジョージ』吉祥寺真紅郎の宣戦布告であり、

 

「ああ、出る」

 

森崎は意味を理解した上で、それを受け取った。

 

この時こそ、吉祥寺真紅郎が森崎駿を高校生活での強敵(ライバル)の一人として認めた瞬間だった。

 

吉祥寺は思わぬライバルの登場に、挑発的で不敵な笑みを浮かべて言った。

 

「この借りはモノリス・コードで絶対に返します。――また決勝の舞台で会いましょう。今度こそ僕が、僕達三高が勝ちます」

 

「受けて立つさ。優勝するのは僕達一高だ」

 

交叉した視線が火花を散らした後、吉祥寺は踵を返して歩き始める。

 

吉祥寺の敗者とは思わせぬ後ろ姿を森崎は暫く見つめ、やがて森崎も競技場を後にした。

 

 

 

 

 

一高の天幕へと戻ってきた森崎を、達也に劣らぬ賛辞の嵐が待ち受けていた。

 

「優勝おめでとう、森崎君! 本当に凄かったわ!」

 

真由美は森崎の両手を握り締めると、満面の笑みで上下にぶんぶんと振りながら森崎を称賛した。

 

森崎は真由美とは接点があまり無く、こういったスキンシップを受けるのは初めてのことであり、目を丸くしていたが。

 

「あの『カーディナル・ジョージ』を相手に完全勝利しての優勝だ。これは誇っていいことだぞ」

 

「特にあの魔法の発動速度は素晴らしいものでした」

 

「本当によくやってくれた、森崎」

 

「はい、本当に凄かったです!」

 

続いて摩利や鈴音、服部、あずさも森崎の健闘を褒め称える。

 

「あ、ありがとうございます」

 

普段から敬する先輩達からの手放しの称賛の数々に、森崎は照れ臭い気持ちで一杯になる。

 

そこへ、克人が口を開く。

 

「森崎」

 

ずっしりとした声で森崎の名を呼び、森崎は克人へと体ごと振り返る。

 

ちなみに真由美は克人が口を開いたと同時に森崎の手を解放している。

 

克人は森崎の傍へ歩み寄ると、克人を見上げる森崎の肩に手を置き、

 

「見事だった」

 

たった一言に、全てが詰まっていた。

 

――認められた。

 

そのたった一言を受けて、森崎はそんな気がした。

 

何が、何に、何をといったようなものではなく、とにかく森崎は認められたのだと強く感じて、

 

「――はい!」

 

万感の思いで、大きく頷いた。

 

 

 




森崎の見せ場、一旦終了です。
本人も知らぬ間に東方的『能力』に目覚めた森崎。
現時点では『魔法をはやく使う程度の能力』となります。
個人的には『魔法をはやく使う程度の能力(クイックドロウ)』と呼んだ方がカッコイイと感じていたり(笑)
吉祥寺真紅郎にとって、達也は智謀面での、森崎は実技面でのライバル扱いになります。
ちなみに無頭竜は今頃ムンク状態でしょう。

次話からアイス・ピラーズ・ブレイク戦がスタート。
本当に長らくお待たせしました、ようやく雅季の見せ場です(汗)
結代雅季 VS 一条将輝も盛り上げられるよう頑張りたいです。


なぞなぞの答え。
「会社員の足取り」

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告