魔法科高校の幻想紡義 -旧-   作:空之風

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長くなってしまったので、決勝戦の前話として分けました。

次話が森崎駿 VS 吉祥寺真紅郎になる予定です。

ちなみに「袁彦道」とは賭博という意味です。




第30話 幻想袁彦道

「ほのか、予選突破おめでとう」

 

「ほのかさん、おめでとうございます」

 

「ありがとうございます」

 

女子バトル・ボードの観客席に戻ってきた達也、深雪、雫、ほのかの四人を、試合を観戦していた友人たちが出迎える。

 

「さて、今日の試合も終わったことだし、俺たちは一旦天幕に戻るが、エリカ達はホテルに帰るのか?」

 

達也の質問に、エリカは首を傾げながら答えた。

 

「え? まだ試合は残っているわよ」

 

「男子スピード・シューティングの決勝戦がこの後あるぜ」

 

エリカとレオの発言に、今度は達也が首を傾げた。

 

「スピード・シューティングはとっくに終わっている時間じゃないのか?」

 

バトル・ボードは試合時間と準備時間を合わせて一試合に三十分以上かかる。

 

そして、ほのかの試合は予選最後の第六試合だったため、既に時刻は午後四時前を指している。

 

普通ならば試合時間の短いスピード・シューティングの方が早く終わるはずであり、実際に去年まではそうだったのだが。

 

「準々決勝前に機材トラブルがあったらしくて、予定が遅れているって話ですよ」

 

「ああ、そういうことか」

 

美月の補足説明に、達也たちは納得した表情となる。深雪も納得した様子で、エリカ達に尋ねた。

 

「それで、決勝戦には誰が出るの?」

 

「森崎君と、えっと三高の吉祥寺って選手ですね」

 

それを聞いて、「へぇ」と達也は興味を示した。

 

「森崎と吉祥寺選手、予想通りとはいえ中々の好カードだな」

 

「あれ? 達也君、吉祥寺って選手のこと知っているの?」

 

「『カーディナル・ジョージ』こと三高の吉祥寺真紅郎。それまで仮説段階だった基本コード、その一つである加重系プラスコードを世界で初めて発見した英才だ」

 

「そうか。吉祥寺真紅郎ってどこかで聞いたことある名前だと思ったら、『カーディナル・ジョージ』だったのか」

 

幹比古もその渾名は知っていたらしく、驚きと同時に納得したようだった。

 

「なあ達也、その基本コードって何だ?」

 

「そうだな、少し説明が長くなるから、歩きながら話そうか」

 

達也の提案に皆が頷き、スピード・シューティングの会場へと向かって歩き出した。

 

 

 

 

 

 

達也たちが会場へ向かう少し前、スピード・シューティングの準々決勝が終わった頃。

 

会場の物陰にて、ひと組の男女が密会をしていた。

 

尤も――。

 

「悪縁退散」

 

「あらひどいわね。せっかく応援に来て上げたのに」

 

最初の挨拶がこんな感じで始まるように、恋愛沙汰とは無縁の逢瀬だったが。

 

『離れ』の結界を敷いた境界線の内側にいるのは結代雅季と八雲紫の二人(?)のみ。

 

それ以外の人間はこの場に近づくことすら出来ない。意識的にも物理的にも。

 

「応援も何も、俺の試合は明日からですけど?」

 

「あなたの応援とは言っておりませんわ」

 

扇子で口元を隠しながら、紫は愉快げに言う。

 

ちなみに口調をコロコロと変えるのは仕様だ。おかげで胡散臭さが更に増しているので、間違いなく狙ってやっているのだろう。

 

「じゃあ誰の応援?」

 

「一高の応援よ。負けちゃっているみたいだからねぇ」

 

「なんてことだ、一高の悪縁の元凶がここにいた。というか何故に?」

 

さり気なくひどいことを口にしつつ雅季は尋ねる。

 

「だって、一高に負けてもらうと困るのよね。私は一高に賭けちゃったし」

 

「は?」

 

目を点にする雅季に、紫は「ふふ」と薄ら笑みを零した。

 

 

 

 

 

 

回想――。

 

「妖夢。賭けをしましょう」

 

「わ!? って、紫様。どうされたのですか? 幽々子様なら中にいるハズですけど」

 

「賭けをしましょう。一から九、どれがいいかしら?」

 

「……えっと、何のことでしょうか?」

 

「ふふ、自分の直感を信じなさい。どれがいいかしら?」

 

「よくわからないですけど……じゃあ、四で」

 

「妖夢は四ね。結果が出たら教えるわ」

 

「あ、はい……何だったんだろう?」

 

 

 

「魔理沙。賭けをしましょう」

 

「うわ! と、何だ、紫か」

 

「賭けをしましょう。一から九、どれがいいかしら?」

 

「何の賭けだかよくわからんぜ、十進数の賭けか?」

 

「細かいことは気にしないの」

 

「いや気にするぜ、普通。とりあえず八だな」

 

「魔理沙は八ね。結果が出たら教えるわ」

 

「って、だから何の賭けだって――」

 

 

 

「咲夜。賭けをしましょう」

 

「……その前に不法侵入はやめてもらえないかしら。玄関の意味が無くなるわ」

 

「賭けをしましょう。一から九、どれがいいかしら?」

 

「聞いてないわね……。それで、何の話よ?」

 

「賭けの話よ」

 

「だから何の賭けなのかしら?」

 

「一から九、どれがいいかしら?」

 

「なら三でいいわ。さあ掃除、掃除と」

 

「咲夜は三ね。結果が出たら教えるわ」

 

「もう来なくていいわ」

 

 

 

「早苗。賭けをしましょう」

 

「あ、紫さん。こんにちは。参拝ですか?」

 

「賭けをしましょう。一から九、どれがいいかしら?」

 

「おみくじみたいなものですか?」

 

「そのようなものかもしれませんわ」

 

「ならここはラッキーセブンでいきます」

 

「早苗は七ね。結果が出たら教えるわ」

 

「この前、兎の妖怪と会ったばかりだからきっと大吉です」

 

 

 

「紅華。賭けをしましょう」

 

「あれ、紫さん? 雅季さんなら今は『外』にいますよ」

 

「賭けをしましょう。一から九、どれがいいかしら?」

 

「賭け、ですか?」

 

「ええ、賭けですわ」

 

「……まあ、紫さんがよくわからないのは今に始まったことじゃないですし」

 

「あら、そのようなことはありません」

 

「えっと、確かこんな時は適当にあしらえばいいって雅季さんも霊夢さんも言っていたし、五にしておきます」

 

「紅華は五ね。結果が出たら教えるわ」

 

「……何の結果なのでしょうか?」

 

 

 

「霊夢。賭けをしましょう」

 

「嫌よ」

 

「賭けをしましょう。一から九、どれがいいかしら?」

 

「嫌よ」

 

「つれないわねぇ」

 

「何だってつれなきゃいけないのよ」

 

「賭けに勝ったらお賽銭が入るかもしれないのに」

 

「一から九の間で選べばいいのね」

 

「ええ、そうですわ」

 

「なら一ね。何となく」

 

「霊夢は一ね。結果が出たら教えるわ。……戦利品は霊夢と山分けね」

 

「……異変とは関係なさそうだし、妖怪も退屈してるのね」

 

 

 

 

 

 

「――という訳で霊夢と私が一高、咲夜が三高、妖夢が四高、紅華が五高、早苗が七高、魔理沙が八高に賭けているわ」

 

「ひでぇ」

 

話を聞いた雅季の感想は、まさにその一言に尽きた。

 

というか賭けの誘い方が凄まじい。有無を言わさず参加させ、そしておそらく負けたら相手からは勝手に賭け金を徴収していくのだろう。

 

縁日の時の某河童を凌駕する悪徳ぶりである。

 

「……それで、一高に負けて欲しくないから応援に来たと?」

 

「それもありますわ」

 

やっぱり悪縁だよコイツ、と雅季は頭を抱えた。

 

普段から逆に頭を抱えさせられている森崎がこの光景を見たら、雅季への評価が「腐れ縁」から「友人」にランクアップしたかもしれない。

 

周りからしてみれば今更だが。

 

「……千歩譲って、応援するは構わないけど、いや本当は構うけどさ」

 

でも、と雅季は顔を上げて、

 

「何で堂々と先輩たちと談笑しちゃってんの!?」

 

そう、雅季が控え室から観客席へ戻ってきた時、紫は紗耶香と桐原の二人と談笑していたのだ。

 

しかも『境界を操る程度の能力』で、「服装の常識」やら「友人と他者の壁」など諸々の境界を操って、怪しまれるどころか完全に打ち解けた状態で。

 

ちなみに雅季が紫を連れ出す際、「お前も隅に置けねぇな」と桐原がニヤニヤと、紗耶香もニコニコと雅季と紫を送り出した。

 

雅季としては後で全力を駆使して誤解を解く所存である。

 

「だって一人寂しく観戦だなんて、つまらないじゃない」

 

拗ねたように答える紫。それで騙される奴は幻想郷にはいない。

 

雅季は溜め息を吐くと、

 

「……まあ、魔法を識る者達とはいえ、紫さんの正体を見破れるような者は滅多にいないでしょう」

 

少し真面目な口調で、『結代』として答えた。

 

「ですが、ゼロではありません。身近で言えば俺の友人である柴田さんの目は、紫さんが人とは異なる者であると“見る”ことができるでしょう。また神祇術式を継承する吉田家の者もいます。彼もまた人ならざる気配に感付くかもしれません」

 

「あら、吉田家の子孫もいたのね。“初代”には色々とお世話になったのだけど、今代はどうかしら」

 

「さて、どうでしょうかね」

 

互いに牽制するように視線を交錯させる。

 

ほんの少しの沈黙の後、雅季は徐ろに口を開いた。

 

「存在自体がインチキの紫さんでも、いやインチキだからこそ、人とは異なる者だと見る者が見ればわかってしまうもの」

 

「存在自体がインチキって、ひどい言い草ね」

 

「萃香が言っていたことだけど?」

 

「萃香……」

 

ちょっと落ち込んだ紫に、雅季は何度目かの溜め息を吐いて苦笑した。

 

「本当にバレないでくださいよ。『悪縁』なんですから」

 

「人間と妖怪、元より悪縁の間柄でしょ? ……わかっておりますわ。今がその時ではない、ということは」

 

無言で睨まれて、紫は扇子で口元を隠しながらいつもの笑みを浮かべて。

 

「でも、少しばかり驚かすぐらいは見逃してくださいな。何せ妖怪ですから」

 

……果たして紫の“驚かす”の度合いがどの程度のものなのか、それを考えると雅季は口元が引き攣るのを自覚せざるを得なかった。

 

 

 

 

 

 

そして、時系列は現在に戻り――。

 

「いよいよ決勝ね」

 

「そうだな。森崎の奴がどこまでやってくれるか」

 

当事者ではないのに緊張気味の紗耶香に、桐原も少し興奮した声で答える。そして、

 

「楽しみですわ」

 

紗耶香の隣に座る紫が楽しげにそう口にすれば、

 

「そーですねー」

 

紫の隣に座った雅季が棒読みで返事をしつつ、内心では隣のコレが何か仕出かすのかを考えて憂鬱な気分に陥っていた。

 

ここが幻想郷なら別にどうってことも無い、場合によっては寧ろ便乗するのだが、ここは外の世界。

 

答えのある不思議が肯定され、答えのない不思議は否定される世界だ。

 

特に近世以降は、人々は答えのない不思議に出くわしたとき、躍起になって答えを探し求める傾向にある。

 

想子(サイオン)霊子(プシオン)が認知された現世において、その答えの中に幻想郷へと続く鍵が無いとは言い切れない。

 

――まあ、“あの”八雲紫が幻想郷にとって不利になるような行動を取るなど、万に一つも有り得ないが。

 

雅季の心配、というか憂鬱の原因は、現実と幻想の交錯による影響とかそういったものではなく、

 

「私、九校戦を()()()から見るのは初めてですの」

 

「そうなんですか」

 

「ふふ、そうなんですよ」

 

「テレビで見るよりかは迫力あると思うぜ」

 

(紫さんがとんでもないことやらかしたら、俺がそのフォローしなきゃいけないんだろうなぁ)

 

もっと身近で個人的な内容、何を仕出かすかわからないお隣さんが主な原因だった。

 

(もし紫さんが競技にまで介入するようなら、とりあえず本気の『離れ』で成層圏から中層圏あたりまで吹っ飛ばしておくかー)

 

どうせすぐ戻って来るだろうけど、等とぼんやりと物騒な考えを雅季が抱き始めたころ。

 

近づいてくる複数の『縁』。

 

それを感じ取り、雅季の憂鬱は更に増すことになる。

 

「紫さん」

 

桐原や紗耶香には聞こえないよう、小声で紫に警告する。

 

紫は無言のまま、再び扇子を口元に当て。

 

「あ、エリちゃん達だ。こっちこっち!」

 

紗耶香は手を振って、やって来た達也たちを呼んだ。

 

 

 

 

 

 

スピード・シューティングの会場にたどり着いた達也たち。

 

バトル・ボードの試合も終わり本日最後の競技ということもあって、男子スピード・シューティングにしてはかなりの観客が集まっている。

 

観客席も見た限りでは八割程度が既に埋まっており、達也たちの後からも観客がまだ入り続けている。

 

「あ、さーや達だ」

 

そんな中で目敏く友人を見つけたのはエリカだ。

 

向こうもこちらに気付いたらしく、紗耶香が手を振っていた。

 

紗耶香の隣にいるのは桐原、反対側に雅季。そして――。

 

「お兄様、壬生先輩と結代君の間にいる女性はどなたでしょうか?」

 

紫色の服と大きめの日傘が目立つ、見知らぬ女性がそこに座っていた。

 

「さあ、あの三人のうちの誰かの知り合いじゃないかな?」

 

実は彼女こそがハッキング疑惑の真犯人だとは、流石の達也でも夢にも思わない。

 

あの女性が誰かは置いといて、幸いあの四人いる列とその後ろの列も空席なので八人とも座れるなと、座席の数を確認する達也。

 

ほのか、雫、エリカ、レオの四人も、見知らぬ女性に対して「誰だろう?」と司波兄妹と同じ疑問を抱きつつも、特に気にした様子は無い。

 

(……?)

 

嘗ては人ならざる妖たちと対峙した一族の末裔としての勘というべきか、奇妙な違和感を覚えたのは幹比古だ。

 

そして、

 

「――え?」

 

人のものとは到底思えない霊子(プシオン)の波動を見て、美月は思わず立ち竦んだ。

 

 

 

 

 

 

それは、人が放つようなものではなかった。

 

紫から始まり、青や黄を介して赤で終わる“色”の波動。

 

まさに虹色の色調に染まった霊子(プシオン)の波は、美しくも禍々しく――。

 

それでいて、あの小柄な体格に凝縮されている濃密なまでの存在感。

 

妙な喩えだが、まるで誰もいない夜の神社仏閣を前にしたような、厳かで、人よりも強大な“何か”に全身を射竦められる。

 

それは、今まで忘れていたような、懐かしさすら感じるほど恐ろしく――。

 

 

 

 

 

 

「柴田さん、どうしたの?」

 

幹比古に声を掛けられ、秒にも満たぬ一瞬の喪心から美月は我に返った。

 

改めて女性を見遣るが、霊子放射光に変わったところは無い。

 

「う、うん……何でもない」

 

きっと気のせいだ、夏の暑さで妙な幻覚を見たのだろう。

 

美月はそう思い込むことにした。

 

ふと、あの女性と目があった。

 

笑みを浮かべて会釈する女性。

 

 

 

――ゾクリと、背筋に冷たい何かが走った気がした。

 

 

 

 

 

 

「……紫さん。イジメないであげてください」

 

「だって妖怪ですもの」

 

そんな二人の会話は、残念ながら他の誰の耳にも届かなかった。

 

 

 




え? 早苗さんだけピントがズレてるって? 気のせいですよ。

そして美月の受難の歴史は、ここから始まった(笑)

ちなみに、美月が紫を見ても何も見えなくなったのは、メガネの境界を弄られたからです。

なので、メガネを外すと……。

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