夜には次話を投稿する予定です。
詳細はあとがきにて。
大会一日目の結果は、星勘定通りとはいかなかった。
女子スピード・シューティングは真由美が優勝したが、決勝トーナメントに駒を進めることが出来たのは真由美のみだった為、得点は優勝ポイントのみ。
男子スピード・シューティングに至っては予選での疲労が大きく三位という結果だ。
女子バトル・ボードでは摩利と小早川という三年生の二人が、男子バトル・ボードでは服部が、それぞれ準決勝進出を決めたのがせめてもの救いだろう。
大会二日目の今日に行われる競技は『アイス・ピラーズ・ブレイク』の予選と、『クラウド・ボール』の予選と決勝。
「男子ピラーズ・ブレイクは十文字会頭が、女子クラウド・ボールは会長が出場するので優勝は問題ないと思いますが……」
「他の選手は厳しいな。どうもクジ運が悪い」
コンピューターの乱数で決まったとされる各競技の予選表を見た一高幹部は、初日に引き続き難しい表情をしている。
十師族の直系である七草真由美や十文字克人ならばどんな相手だろうと問題ないだろう。同世代でこの二人の相手を出来るのは渡辺摩利ぐらいだ。
だが他の選手については、優秀ではあるが他校の選手とそこまで隔絶した差があるわけではない。
よって組み合わせ次第によっては遅れを取る場合も考えてはいたが……。
「男子クラウド・ボールは、三人とも各校のエースと連戦することになりますね。特に桐原君の場合は、一回戦は九高のエース、二回戦は二高のエース、そして三回戦目で優勝候補の三高でしょう」
各校のエースと戦い、消耗した上で優勝候補の三高エースと争う。
三高もそれなりに疲労はしているだろうが、少なくとも三高エースを脅かす実力者は、その前に全て一高の選手と当たることになる。
摩利の言った通り、一高にとって厳しい戦いになるだろう。
「事前に結代神社でお祓いでもして貰った方が良かったかな?」
「縁結びの神社で戦勝祈願と厄払いか? どこまでご利益があることやら」
真由美の場の空気を解す冗談に摩利も乗っかる。
ちなみに厄払いについては、今なら「厄を離す」ことが出来る『結び離れ分つ結う代』がいるのでご利益はあるのだが、結代家に『結び離れ分つ結う代』がいる期間限定のご利益のため世俗には広まっていない。
更に言えば、やりすぎると某厄神様が「厄を散らかさないでー!」と怒るので、今代の『結び離れ分つ結う代』はせいぜい幻想郷の結代神社でたまに厄払いの御守りを販売している程度だが。
無論、この場にいる誰もそんな事を知る由も無い。
「決まったものはしょうがない。各人の奮闘に期待するとしよう」
克人がそう締め括ったことで不平不満の話題は終わりを告げ、それぞれ大会二日目の準備へと取り掛かった。
一高にとっての暗いニュースは、同時に彼らにとっての明るいニュースだ。
「協力者より連絡が入った。予定通り、トーナメント表の細工に成功したそうだ」
『無頭竜』の幹部の一人が受け取った報告の内容を告げると、他の幹部の面々も満足気に頷く。
「そう言えば大会前の定例パーティーで、かの忌々しい老師は魔法にも工夫が必要だと発言したようだが、実にその通りだよ」
無頭竜東日本総支部が抱えている魔法師の中には、軽度な暗示や催眠といった精神干渉系魔法を使える者がいる。
使えるといっても効果は微々たるもので、本格的な洗脳のように思考を強制的に折り曲げるほどの威力は無く、思考の方向性を少しずらす程度のもの。
洗脳が使えるような強力な魔法師は重宝するため、無頭竜本部に囲われている。
彼らの手元にいる魔法師は、せいぜい軽度な勘違いを起こさせる、または逡巡している心をどちらかに押してやる程度のものだ。
故に、別の手と絡めることで相手の思考を混乱させ、コントロールしやすくする必要がある。
たとえば、相手の年収の何倍もの金額を提示して、その心を大きく揺さぶってやるなど――。
相手を動揺させ、心の天秤を大きく揺れ動かしてやれば、後は魔法で背中を押してやればいい。
それで揺れていた天秤は自分達の望む方へ傾く。
今回の大会運営委員の幾人かのように。
「可能であれば『電子金蚕』も使用したかったのだが……」
「仕方あるまい。あれは金で動くような、
一人が不満を口にして、別の者がそれを宥める。
「しかし、スピード・シューティングでは七草選手が優勝している。クラウド・ボールも各校のエース級が当たるように調整したとはいえ、七草選手とでは相手にならないだろう」
「それを言うなら十文字選手も同様だ。多少の工作程度では実力で押し退けてしまう」
「忌々しい十師族め。他校の選手も不甲斐ない、我々が協力してやっているというのに……」
次々と出てくる不満と苛立ちは、結局は不安の裏返しだ。
『もし一高が優勝してしまったら』
その可能性を拭いきれない限り、彼らの不安は解消されない。
「なに、一高にも少しぐらい華を持たせてやればいい」
故に、その中で余裕を保ったままそう口にした人物、ダグラス=
「確かに女子クラウド・ボールは七草選手が、男子ピラーズ・ブレイクは十文字選手が優勝するだろう。だが、準優勝と三位には本命の三高が来るようトーナメント表は調整済みだ」
九校戦のポイントは一位がポイント五十点、二位が三十点、三位が二十点という配点だ。
ただしモノリス・コードのみ点数は倍となり、一位は百点、二位は六十点、三位に四十点となる。
モノリス・コード以外で、たとえ一位が一高だったとしても、二位と三位が三高となれば一高とのポイント差は無くなる。
「本戦モノリス・コードの一高有利は如何ともし難いが、要はモノリス・コードまでに四十点以上の差があればいいのだ。渡辺選手を予定通り棄権に追い込めば、女子バトル・ボードとミラージ・バットの一高優勝は無くなる。他の競技はトーナメント表を操ることで一高を不利な状況に追い込める、何なら『電子金蚕』を使ってもいい。おまけに新人戦では『クリムゾン・プリンス』と『カーディナル・ジョージ』を抱える三高が俄然有利」
次々と有利な点を述べていくダグラスに、全員は段々と落ち着きを取り戻していき、
「四十点程度の差、すぐに付くと思わないか?」
最後のダグラスからの問い掛けに、誰もが納得した顔で頷いた。
「たとえ七草選手と十文字選手が孤軍奮闘しようと、大勢は覆せないか」
「成る程、ダグラスの言う通りだ」
「その冷静さが、ボスの命を救った訳か」
一人が純粋な賛辞で(彼らの間柄では非常に珍しいことだが)そう述べると、気を良くしたダグラスは、彼なりの場を和ませる冗談を言い放った。
「常に優雅であれ。我が黄家が家訓にして紳士の嗜みだよ」
「……」
「……」
「……」
そして、盛大にスベった。
賛辞の眼差しから一瞬にして「何を言っているんだ、お前は?」「大丈夫か、コイツ?」みたいな目となり、中には宇宙人を見るような目を向けてくる者もいた。
「……もう一度、トーナメント表と各校選手のリストの照らし合わせをしておくか」
「……そうだな。何か問題が起きたら拙い」
ダグラスを除いた全員が視線を交叉させ、テーブル席から立ち上がる。
「ジェームス、各競技のトーナメント表を頼む」
「わかった」
「グレゴリー、各高の選手リストはどこのデータベースに保管されている?」
「秘匿ファイルリストだ。パスワードは指紋認証タイプだ」
「特に組み合わせのチェックは厳重にやるとしよう」
「うっかりされたら堪らんからな」
そんな会話を交わしながら、ぞろぞろと部屋から出て行く幹部達。
バタンと扉が締まり、残されたのは椅子に座ったままのダグラス=黄、ただ一人。
「……何故だ?」
ダグラスの問いは、彼以外誰もいない部屋の中に虚しく消えた。
その日の夜、夕食を終えた雅季と森崎は、共に宛てがわれた部屋へと戻ると、自分用のベッドにそれぞれ腰掛けた。
選手達に宛てがわれる部屋は二人部屋。よって理由が無い限り誰かと相部屋となる。
森崎が、自分と同室相手の名前に『結代雅季』と書かれていたのを発見した時の反応については語るに及ばず。
尤も、十日間の寝食を共にするとなれば、森崎にとって雅季は遠慮が要らない相手なだけに実は気が楽だったのだが、それを森崎は故意に無視している。
特に深い理由は無い、ただの意地である。
「んー、何というか、食堂の雰囲気がいま一つ気まずかったよな」
雅季が話題に出したのは、先程の夕食の場での空気だった。
「仕方がないだろ、予想以上の苦戦に先輩達は皆ピリピリしているんだ」
「でも今のところ、
「でも他の選手は予選落ちだった。総合得点だって、ほんの二十点差で三高が二位に付けている。桐原先輩なんかは一回戦、二回戦と優勝候補の一角と連戦して辛勝、三回戦で本命の三高エースにストレート負け。他も似たようなものだし、本当にクジ運が無かったとか言いようが無い」
女子クラウド・ボールは、真由美が全試合無失点のストレート勝ちという、まさに圧勝の優勝だったが、ポイントで言えばその一位の五十点のみだ。
男子クラウド・ボールに至っては桐原が辛うじて三回戦に進出したため五ポイント、他の二人は二回戦で敗退している。
アイス・ピラーズ・ブレイクについては克人と花音が順当の三回戦進出を決めたが、男子で一名、女子で二名が予選で敗退している。
一方で接戦を繰り広げている三高は男子クラウド・ボールで優勝と三位、女子で準優勝。ピラーズ・ブレイクも男女二名ずつ三回戦進出を決めると中々の快進撃だ。
「試合前に厄払いでも祈祷した方が良かったかな?」
「縁結びの神社が厄払いしてもご利益あるのか?」
「大丈夫、やるなら
朝方に真由美と摩利が交わしたものと同じようなやり取りをする二人。
ちなみにこの時、雅季の脳裏に「厄を散らかさないでー!」という厄神様の声が聞こえたような気がしたが、気のせいだろう。
相変わらず妙な“例え話”をする雅季に、森崎はいつものことと軽く受け流す。
部屋のドアがノックされたのは、ちょうどその時だ。
立ち上がった雅季が、部屋のドアへ手を伸ばす。
「はいはい、どちらさん?」
「よ!」
ドアを開けた先にいたのは、友人の西城レオンハルトだ。その後ろにはエリカ、美月、幹比古の姿もある。
「これから達也の部屋に遊びに行くんだが、雅季と森崎も一緒に行くか?」
用件は遊びのお誘いのようだ。
「お、いいね、行くよ。駿はどうする?」
快く誘いに乗った雅季は、部屋の中へ振り返って森崎に尋ねる。
「そうだな、部屋にいてもつまらないし、僕も行く」
森崎も誘いを受け入れてベッドから立ち上がる。
部屋から出てIDカードで鍵を掛けたところで、六人は歩き出す。
「そう言えば司波さんは?」
「深雪ならほのか達を誘いに行ったわよ」
森崎の質問にエリカが答える。
「光井さん達が断るとは到底思えないから、つまり総勢九人で達也の部屋に押し掛ける訳か」
「人気者ですね、達也さん」
「というか入り切れるのかな?」
「ルームメイトは機材らしいから大丈夫だろ」
幹比古の懸念をレオが楽観論で一蹴し、六人は途中で深雪達と合流して九人となり、達也の部屋へ押し掛けた。
押し掛けられた方は、大人数に苦笑いをしながらも九人を迎え入れたが。
「達也くん、これ模擬刀? 刀じゃなくて剣だけど」
手狭となった部屋の中、机に座っていたエリカが、その机上に置かれていた“それ”に気づいて手に取る。
「いや」
「じゃあ鉄鞭?」
「いいや。この国じゃ鉄鞭を好んで使う武芸者なんていないと思うが」
「武芸者って、今時……。じゃあ、なに? あ、もしかして法機?」
「正解。より正確には武装一体型CAD。少し“気分転換”に作った物だ」
「へぇ」
興味深そうに感嘆の声をあげるエリカ。
「達也が作ったのか?」
レオの問い掛けに達也は「ああ」と頷いた。
「渡辺先輩がバトル・ボードで使用した硬化魔法を応用した打撃武器だ。相性で言えばレオ、お前に向いているデバイスだと思う」
「へぇ、俺にか」
「……なあ、司波」
達也とレオの会話に割り込んだのは森崎だ。
「渡辺委員長の試合って、昨日だろ?」
「もしかして、たった一日で作ったのかい、それ?」
森崎に続くかたちで幹比古も同様の疑問を口にする。
つい先日会ったばかりなのに相性いいな、と見当違いなことを思いつつ、達也は手を振って否定する。
「いや、俺は設計図を引いただけで、知り合いの工房の自動加工機で作ってもらった物だ」
(……いや、一日で完成品が出来るような設計図を引けるっていうのもどうなんだ?)
森崎と幹比古は再び同じ疑問を抱いたが、二人とも複雑な表情を浮かべただけで口には出さなかった。
知り合いの工房、というところで深雪が噴き出しそうになるのを我慢している様子を、達也はさり気なく確認すると、「今は、これでいい」と自らを納得させた。
この武装デバイスは、達也が気分転換のために作った物だ。それも一日どころか僅か数時間で設計図を引き終える程に集中して。
達也にとって、昨日の話はそれ程までに衝撃だった。
風間少佐達とも、ラグナレックとも、そして四葉とも敵対するかもしれない現状。
もしそれが現実となれば準備不足どころの話ではない、四面楚歌に等しい状況だ。
この事は未だ深雪には話していない、ただ妨害工作の件のみを伝えている。
それに、水無瀬呉智の名は、深雪にはあまり伝えたくなかった。
深雪にとっての呉智とは、自分の命を救ってくれて、その後も深雪の意を汲み戦場で達也と共に戦ってくれた、感謝に絶えない恩人。
達也にとっての呉智とは、深雪の命を護ってくれた恩人にして、戦場で共に肩を並べて戦った戦友。
風間少佐達と同様に、二人の今の関係の原点とも言える沖縄でのあの出来事に、深く関わっている人物だ。
もし全てを教えれば深雪は激しく動揺するだろう。だが深雪には試合がある。
深雪の晴れ舞台を台無しにするなど、達也に出来るはずも無かった。
「さてレオ、早速だが試してみたくないか?」
「……いいぜ、実験台になってやる」
事態は達也の想定する最悪に近くなりつつあるが、それを覆い隠して達也は普段を装う。
最悪の時は、絶対に深雪だけでも逃がして見せると心に誓いながら。
――お前も兄なら、ちゃんと妹を護れ……!!
あの時の呉智の言葉は、今なお教訓として達也の心の中にあるのだから。
八月が更新できるか不明のため、今日中にキリのいい次話まで投稿します。
次話は20:00更新予定です。