魔法科高校の幻想紡義 -旧-   作:空之風

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サッカーを見ながら投稿。

ようやくサマーフェス編が終わりました。

書くのに苦労しました、ちょっと勢いだけの部分もあるかも(汗)

あとがきの「おまけ」は半分ネタです、深く突っ込まないで下さい(笑)

次回からはいよいよ九校戦に突入します。



第22話 サマーフェス・ナイト

それは、サマーフェスが始まる一ヶ月前、六月の終わりの頃。

 

「俺が、ですか?」

 

「君が、だよ。結代君」

 

クリエイティブ社の会議室で、スタッフは雅季の問いに頷く。

 

この場にいるのは雅季と、クリエイティブ社のスタッフ、演出魔法師の都田尚士(つだなおし)の三人だ。

 

「でも、『slow hand(スローハンド)』の担当は都田さんじゃないですか。都田さんを差し置いて俺がステージに上がる訳には……」

 

雅季は困惑しながらチラッと都田に視線を向ける。

 

都田は何てことないように笑ったまま雅季を見ていた。

 

「都田君も参加するよ。区分けは、観客席は都田君、そしてステージ上は結代君だ。都田君は合意済みだ。というよりも、この話は都田君の方から持ちかけてきたんだ」

 

雅季が再び都田に視線を移すと、都田は笑いながら言った。

 

「せっかく面白いギターが出来たんだから、使わないのは損さ。……なんだけど」

 

都田はわざとらしく肩を落として、

 

「自分は聞く専門だからね、ギター弾けないんだよ。結代君はギターも弾けたよね?」

 

「流石にプロには及びませんけど、それなりには」

 

鳥獣伎楽(ちょうじゅうぎがく)』のギタリストですので、と内心で続けるも口には出さない。

 

ちなみに『鳥獣伎楽』とは、山彦の妖怪である幽谷響子(かそだにきょうこ)と夜雀の妖怪であるミスティア・ローレライが結成したパンクロックバンドで、雅季は途中でメンバーに加わった。

 

ボーカルが響子で、ギターがミスティアと雅季。

 

「なんでギターが二人?」とか「ベースとドラムは?」とか細かいことは気にしてはいけない。幻想郷に外の世界の常識など通用しないのだ。

 

世界広しといえども山彦と夜雀とバンドを組んでいる、というか組むことが出来るのは雅季ぐらいだろう。

 

「今回は嬉しい誤算というか、特注をかけた時期だけに本当ならこのギターはサマーフェス以降に完成の予定だったんだ。でもF(フォア)L(リーブス)T(テクノロジー)がいい仕事をしてくれてね。まさか一ヶ月で納入してくれるとは思わなかったよ……」

 

スタッフの言葉の最後は雅季に対してというより、FLTの仕事の早さに脱帽している様子だった。

 

 

 

クリエイティブ社がFLTにギター一体型の汎用型CADを特注したのが五月の中旬。

 

当然ながら前例のない新規のCADとなるので設計、試作を含めて半年は掛かるだろうとクリエイティブ社は見越しており、実際に打ち合わせ時にはFLTも「少なくとも三ヶ月は必要」との見解だった。

 

よってクリエイティブ社はギター型CADの使用は冬以降、特に来年のサマーフェスを意識していた。

 

それが、僅か一ヶ月後に納入されるとは誰が予想できただろうか。

 

実のところ、これはトーラス・シルバーこと司波達也と牛山主任の二人組があっという間に設計、試作を終わらせた為だ。

 

達也が飛行魔法以外に余計な仕事を抱えたくないという思いのもと一日で設計を終わらせ、牛山が早く作ってみたいという一心で徹夜して自動加工機を走らせた結果である。

 

元々ソフトウェア的な部分は既存のものを流用しており、ハードウェアもギターのヘッド部に感応石を搭載するだけとはいえ、一発で合格基準を満たす設計図を作り上げた達也の非凡さは推して知るべきだろう。

 

以上のような、達也にとっては片手間のような仕事であったが、製品の出来の良さはクリエイティブ社を充分に満足させている。

 

 

 

「勿論、結代君の都合は最優先するよ。というよりも、既に結代君は巨大ロボの演出が入っているからね。私は魔法師じゃないから魔法がどれだけ疲れるのかはわからないけど、もし連続の出演が厳しいようだったら従来通りに戻す。とりあえず、考えてみてくれないかな?」

 

「いえ――」

 

雅季は首を横に振るとスタッフを見据えて、

 

「やります」

 

ハッキリとした口調で告げた。

 

 

 

 

 

 

午後六時三十分。

 

USNAカリフォルニア州出身の世界的有名ロックバンド『slow hand』のライヴ開始まで残り三十分となった屋内メインホールには、五万人に及ぶ観客が詰めかけていた。

 

サマーフェス入場チケットとは別途で販売されたライヴチケット(当然ながら単独ライヴ代より格安)は完売御礼(ソールドアウト)

 

オールスタンディングの一階アリーナは超満員、二階スタンドの指定席も満席だ。

 

「凄いな……」

 

アリーナの最後方の機材エリアにいる都田尚士は、会場の熱気に圧倒されていた。

 

自分が観客側に居たのならば、ただ興奮と期待に胸を躍らせれば良かった。

 

だが、自分は五万人分の期待に応える側にいる。

 

無意識に腕に巻いたブレスレット形態の汎用型CADに手がいった。

 

CADの感触が、都田の強気な部分を刺激する。意地といってもいいかもしれない。

 

(……そうだ、今の自分は演出魔法師なんだ。これに応えられなくてどうする)

 

魔法師になりたい、その夢は無情な才能の差によって一度は挫折した。

 

魔法科大学の受験で、実技での合格基準を満たせなかったからだ。

 

ランク至上主義の魔法師世界。

 

そこに新風を吹き入れたのが、ランク不要の演出魔法。

 

魔法師世界において演出魔法に対する風当たりは、特に一部においては未だ根強い。

 

第一線で活躍しているような高ランクの魔法師達の一部は、演出魔法師を「三流魔法師が三流ピエロに転職した」と揶揄して見下し、魔法を見世物(サーカス)にしていることに対して侮蔑と反感を持っていると聞く。

 

実際、都田のような魔法師になれなかった者達ばかりが集まっているのだから、今の演出魔法師のほとんどが三流魔法師であることは事実だ。

 

結代雅季は、その極僅かな例外の一人であり、演出魔法そのものを支えている主柱だ。

 

都田視点でも百家に、いやもしかしたら十師族に匹敵するかもしれない程の魔法力を惜しみなく使って、大観衆の中、昼間のような大規模な演出を見事に成功させる。

 

本人は「趣味」と明言しながらも、その魔法力と胆力で演出魔法というものを世に広め続けている。

 

今回だってそうだ。

 

魔法は精神状態で左右される。

 

今のような後方にいる時点でもかなり緊張しているのだ。

 

これがもしステージ上だったのなら、元々人の前に立った経験などほとんど無い都田には魔法を確実に成功させる自信がまだ無かった。

 

(でも、いつかは――)

 

都田は震えそうになる膝を抑えて、強い視線で前方のステージを見据えた。

 

Aランクのライセンスに比べれば、あのステージの方が遥かに近くて手が届く。

 

何故なら、あそこに行くのに必要なのは才能ではなく、練習と場慣れ。

 

魔法師など関係なく、誰もが普通にやっていることなのだから。

 

 

 

 

 

 

ステージの奥まで観客のざわめきが聞こえてくる中、雅季はチューニングを終えたギター一体型汎用型CADを手に持ったまま、パイプ椅子に座って時を待っている。

 

HEY(ヘイ)! Masaki(マサキ)!」

 

その雅季に声を掛けたのは、『slow hand』のボーカルだ。背後にはギター、ベース、ドラムの担当もいる。

 

『slow hand』は典型的な四人組バンド。つまり雅季の前にメンバーが集まっていることになる。

 

「調子はどうだい?」

 

「バッチリ」

 

ボーカルの英語の問い掛けに、雅季は親指を立てながら英語で答える。

 

「OK! もうすぐ時間だ。クールに行こうぜ」

 

四人が代わりがわりに雅季の肩を叩いてはステージへと向かって歩いていく。

 

その後ろ姿が何とも様になっており、世界トップレベルのロックバンドの風格というものを漂わせている。

 

「流石は現代の伝説、カッコイイねぇ」

 

雅季は小声でポツリと呟く。

 

『鳥獣伎楽』もロックバンドらしい伝説になろうと頑張ってはいるのだが。

 

伎楽メンバーの二人と共に、盗んだ箒で飛び出して紅魔館の窓を壊して回った十五夜の夜。

 

その後に起きた白黒の魔法使い、メイド長、吸血鬼との空中弾幕乱闘。伎楽のメンバー二人の秒殺。妹様の乱入。門番の不幸な事故。

 

命蓮寺からの解散命令によって、解散の危機に瀕したこともあった。

 

あの時は、三日後には響子とミスティアが解散命令のことを忘れていたので解散の危機を乗り越えることができた。ちなみに雅季は当然ながら覚えていたがバンドを優先して(というか面白そうだったので)黙っていた。

 

ある意味では『slow hand』を超えた伝説を築き上げてはいるのだが、あの後ろ姿のような風格は永遠に出せないだろう。特にミスティアと響子。出せたら怖い。

 

「よし!」

 

雅季はパイプ椅子から立ち上がると、彼らの後に続いてステージへと向かって歩き始める。

 

気合は入っていても必要以上に緊張していない、確かな足取りでステージへ向かう雅季の後ろ姿もまた、素人とは思えないものだった。

 

 

 

 

 

 

午後七時――。

 

会場の照明が消され、大歓声があがった。

 

照明演出用のドライアイスの霧が会場内を包み込む。

 

この時、都田が気流を操作して会場内に万遍なく霧を充満させる。

 

こういった技術的には難しいところも演出魔法師の仕事だ。

 

そして、僅かな沈黙の後――暗闇のステージで奏でられるギターの音色。

 

『サマーエンターテインメントフェスティバル二○九五』最終日、最後のイベント。

 

メインステージにてロックバンド『slow hand』のライヴが始まった。

 

 

 

 

 

 

薄暗いステージの中で演奏されるイントロ。

 

最初は静かに、段々とテンポが早くなっていく曲調。

 

ステージ横の装置から幾線もの黄色のレーザーが照射される。

 

霧に反射してクッキリと目視できる黄色い光線が観客席へと伸び、途中で無秩序に屈折した。

 

可視光線の反射。都田の魔法が光を屈折させているのだ。

 

空中で万華鏡のように彼方此方へ反射するレーザー光線。

 

練習やリハーサルで何回か見ているとはいえ、ステージ上の『slow hand』のメンバーは物珍しい光景に一瞬目を遣るも、すぐに演奏に集中する。

 

ボーカルはステージ中央、ギターはその右側、ベースは左側、ボーカルの後ろにドラム。

 

そしてベースの更に左後ろ、ステージの端で曲に合わせてギターを弾いている人物が一人。

 

薄暗い会場だが、次第に目敏い観客達が目立たない所にもう一人見知らぬギタリストがいることに「おや?」と首を傾げる。

 

その人物、ステージの端とはいえ同じ舞台に立っている雅季は、ギター一体型汎用型CADの弦に想子(サイオン)を流し込んだ。

 

弦を通じてヘッド部の感応石から起動式を読み込み、魔法式を展開する。

 

ステージ上に白、赤、青など色とりどりの、拳程度の大きさの光の玉が幾つも浮かび上がった。

 

弾幕ほどではないが多数の光弾が、ステージ後方から前方に向かって移動し、観客席の寸前で消える。

 

曲のテンポに合わせて光弾のスピードが変わっていき、段々と速くなっていく。

 

雅季の思い描いているイメージは宇宙空間。

 

そして、曲がサビに入った瞬間、暗闇にも関わらずバンドメンバーの姿がクッキリと浮かび上がった。

 

同時に、光弾の速さは最大限に達し、光が残影を残して駆け抜けていく。

 

それはまるで、宇宙を旅する流星群のど真ん中で演奏しているようで、或いはよくアニメで見かける宇宙空間をワープしている光景か。

 

ステージ上に突如現れた流れ星の中で歌う『slow hand』。

 

その曲調はワイルドであり、その舞台は幻想的であり、観客のボルテージを否応なしに上げていった。

 

 

 

数曲を終えたところで、予定通りボーカルのMCが入る。

 

USNA出身の彼らは挨拶程度の日本語しか話せないため必然的に英語のトークとなるが、音声認識技術の発達によって今では背後の大型ディスプレイに自動翻訳された字幕がリアルタイムで表示される。

 

ボーカルとギターが観客を盛り上げている中、雅季は袖で額の汗を拭きながら次の演出に意識を向ける。

 

(次の曲は『Supernova(スーパーノヴァ)』だから、サビのタイミングで空中に浮かせた爆竹を一斉爆破か)

 

ステージの外に目を向けてスタッフに視線で問いかけると、スタッフは小さな球状の爆竹が沢山入った箱を掲げて見せる。

 

ここからでもかなり目を凝らさないと見えないほどの小さな爆竹だ。アリーナ最前列からでも当然見えないだろう。

 

サビに入った瞬間、照明の演出とこの爆竹の同時爆破で、曲名通り超新星をイメージした演出が成される。

 

魔法力(スタミナ)は、まだまだ充分)

 

『能力』と違い、起動式を読み取って魔法演算領域で魔法式を構築する必要のある魔法は、結代でも魔法師と同じく疲労は免れえない。一線級の魔法師と比べて感じる疲れは非常に少ないが。

 

それでも昼間に巨大ロボの演出、そして夜にライヴの演出と続けて行っているため、流石の雅季でも少しばかり疲労を感じている。

 

雅季自身はそれ以上に今を楽しんでいるので、あまり気にしていないが。

 

「さあ、メンバー紹介だ!」

 

ボーカルの言葉に雅季は顔をボーカルの方へ向け、同時に「あれ?」と疑問を持つ。

 

メンバー紹介は次のMCのタイミングだったはずなのだが。

 

視線をスタッフに向けてみると、向こうから慌ただしい雰囲気が伝わってくる。スタッフも予定とは違う行動に戸惑っているようだ。

 

そう言えば『slow hand』はこういった予定と違う、アドリブ的な進め方を好むと、雅季はスタッフから聞いたことがある。今回もそれなのかもしれない。

 

雅季の立ち位置からは見えないが、スタッフがカンペで何かをボーカルに伝えると、ボーカルはニヤリと笑っただけで何事も無かったかのようにメンバー紹介を始めた。

 

ギター、ベース、ドラム、そしてボーカル。

 

それぞれのメンバー紹介が終わり――それだけで終わらなかった。

 

「次に、今日限定で俺たちの仲間に加わった、新しいメンバーの紹介だ」

 

そう言ってボーカルは振り返り、映画で見るような悪役っぽい笑みを浮かべながら雅季へ顔を向け、

 

come on(カモン)!」

 

雅季を手招きした。

 

演出魔法師は言わば裏方と同じだと認識されており、雅季も魔法による演出効果を行いたかっただけで自分が前に出るという思いは無かったため、その認識は日本の関係者の間では定着している。

 

とはいえ演出魔法自体が新しいジャンルであり、その定着は非常に軽いもの。

 

特に海外では演出魔法が未だ無いため、簡単に覆される類の常識だ。

 

「マジで?」

 

それでも突然覆すのは止めてほしいなー、と雅季は他人事のように思った。実際は完全な当事者だが。

 

再びスタッフに目を遣る。彼らは諦めたように苦笑いを浮かべて、頷いた。

 

どうやら前に出るしかなさそうだ。

 

(しゃーない、行くか!)

 

雅季は意を決し、ステージの後方端からボーカルの横へと歩き出し、興味深く雅季を見る五万人の観客の前に立つ。

 

Attractive(アトラクティブ) Magic(マジック) Artist(アーティスト)、マサキ・ユーシロ!」

 

ボーカルが予定には無かった雅季の紹介を行い、雅季はギターを弾いてそれに応える。

 

雅季のギターテクニックはアマチュアの中では「そこそこは巧い」程度であり、世界でもトップクラスのテクニックを持つ『slow hand』のギタリストとは比べ物にならない。

 

だから、雅季は元より演出魔法師としてそれに応えた。

 

会場内を包み込む熱気が汗を流させ、会場内の湿度は高い。

 

雅季はギターを弾きながら、魔法によって湿度を収束させて自分の周りに幾つもの水蒸気を作り出し、電子を放出させる。

 

ギターを弾く雅季の周囲に電光が走り、観客を沸かせた。

 

「今日はこの通り、派手好きな奴を含めた五人で派手に行くぜ。俺たちに付いて来られるか!」

 

――ワアァァアア!

 

ボーカルの問い掛けに、観客は歓声で答える。

 

「マサキは俺の隣に。そのまま派手に、アドリブもがんがんやってくれ!」

 

「わかりました」

 

言われるまま雅季はギタリストの隣に位置取る。

 

随分と強引かつ無茶な要望だが、不思議と悪い気はしない。

 

それは、彼ら自身もこの夜を本当に楽しんでいるからだろう。

 

人は楽しければ、少し無茶なこともやって見せる。

 

「OK! 次の曲、行くぞ! 『Supernova』!」

 

 

 

再び始まるライヴ。

 

先ほどまでとの違いは、雅季の位置。

 

目立たぬステージの端から、ステージ前面でギタリストと隣り合わせ。

 

それでも、雅季は気後れも臆す事もなく、ギターを弾きながら魔法を行使する。

 

『slow hand』が雅季を前に呼んだ理由も、雅季の為人に触れてそのノリの良さや剛胆さを買ったことも要因の一つだろう。

 

曲のサビで小さな爆竹を一斉に炸裂させ、観客から驚きの声を上げさせる。

 

ロックな曲のギターソロではギタリストを宙に浮かせ、バラードな曲ではステージ上に星空を作り出す。

 

電子の強制放出による空中放電。

 

舞台演出として炎が上がれば、酸素で道を作り、炎を走らせる。

 

そして、まるで弾幕のような光の演出。

 

目に見える事象改変が、『slow hand』も観客も全てを楽しませる。

 

雅季はラストの曲までステージ前面で演出魔法を行使し続け、サマーフェスの最後を飾った。

 

最終的に十六万人、三日間で四十二万という大観衆を集めた『サマーエンターテインメントフェスティバル二○九五』は成功裏に終わりを告げた。

 

 

 

 

 

 

午後十時。

 

有明の会場エリアは昼とは打って変わり閑散としており、祭りの後の侘しさを感じさせる。

 

エリア内には観客は無論だが、警備員を除いた関係者たちの姿も見られない。

 

彼らは会場エリアと隣接するホテルの会場で打ち上げパーティーを行っていた。

 

「全く驚きましたよ。せめて前もって言ってくれれば良かったのに」

 

「ハハ、サプライズだよ。マサキなら大丈夫だろって話になってな」

 

「あの時のマサキの顔、笑えたぜ」

 

「ナオシもお疲れ。いい演出だったぜ」

 

雅季も『slow hand』のメンバーや都田尚士、巨大ロボ演出の関係者、クリエイティブ社のスタッフなどと談笑の輪に混ざっていた。

 

立食形式のこの打ち上げパーティーには関係者の大半が姿を見せているが、中には疲れのあまりパーティーに参加せずホテルの一室で眠っている者達もいる。

 

「結代君は明日からは九校戦だろ。大人顔負けのハードスケジュールだな」

 

「といっても俺が出るのは新人戦の『棒倒し』ですし、競技自体は八月七日なんで一週間は休めますよ」

 

「明日は出発だけなのかい?」

 

「そうなんですよ。夜にパーティーがあるらしいですけど、おかげで今日は長居できませんしねー」

 

前時代の大量輸送機関から、キャビネットやシティコミューターなどを主流とした少人数小型輸送機関へと様変わりした首都圏は、同時に交通機関の二十四時間営業を実現している。

 

「始発」や「終電」という言葉は、「満員電車」と同じくほとんど死語だ。

 

もし明日が九校戦の出発日でなければ、雅季はこのパーティーにも最後まで残っていたことだろう。

 

「そう言えば、前から結代君に聞きたいことがあったんだ」

 

「何ですか、都田さん?」

 

都田が思い出したように雅季に声を掛ける。

 

「いや、たいしたことじゃないんだけど、何で魔法を演出に使おうと思ったのかなって。その切っ掛けとかあれば聞いてみたいんだけど」

 

 

 

――そう、貴方は少し差別が過ぎる。

 

 

 

都田の好奇心から発せられた問いに、あの言葉が雅季の脳裏を掠める。

 

切っ掛けは何かと問われれば、紛れもなくあの『説教』だろう。

 

「おもしろき、こともなき世に、おもしろく、すみなすものは、心なりけり」

 

「それって確か、高杉晋作の辞世の句だっけ?」

 

「本当の辞世の句は前句のみで、後句は付け足されたものですけど。演出魔法は、この句の通りに過ごしたいからです」

 

雅季はよくわかっていない様子の都田に顔を向けると、

 

「まあ、エゴみたいなもんです」

 

自然と笑いながら、そう言った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それは、現在より少し前。

 

幻想の地において、無縁なる者達が眠る塚。

 

無縁仏から信仰を集める社も無く、花が咲き乱れるより前の、そんな頃。

 

対面するは二つの人影。

 

一つは少年、もう一つは――。

 

「貴方は幻想郷と外の世界を行き来する。幻想郷と外の世界を結び、離して分つことが幻想郷における『結び離れ分つ結う代』の役目。だが貴方は外の世界を軽視し、その心は常に此方寄り。それでは本当の結う代とは言えない」

 

「……軽視した覚えはないんですけど」

 

「貴方は今ここにいる。少しでも暇さえあれば幻想郷へやって来る。それが軽視の顕れです」

 

「外の世界にいる時間の方が多いですよ? あっちの方でもよく遊びに行くし」

 

「それは貴方が縁を大切にするが故、誘われたからに過ぎない。貴方は外の世界で、一度も自分から誰かを誘ったことはない」

 

「……」

 

「そう、貴方は少し差別が過ぎる」

 

そう告げた時、『少年』は『何者』かへと、或いは『何者でもなき者』へと変わる。

 

「結代の名を持つ者に、差別が過ぎるとは――少々、言葉が過ぎますね。たとえ閻魔様でも、結う代なるものを白黒付けることなど出来はしない」

 

「結う代とは境目の上にいる者。何者でもあって何者でもない。そう、貴方の言う通り私ですら白黒つけることは敵わない。その立場の危うさと、紡ぐものの重みを知れ!」

 

直後、互いから放たれた弾幕がその地を覆った。

 

 

 

 

 

 

幻想郷と外の世界は、ただ結界で隔てただけの、遠いようで近い世界。

 

『結び離れ分つ結う代』でも切ることのできない、奇縁で結ばれた二つの世界。

 

結代とは、その間に立つ者たちである。

 

結代雅季は幻想郷の今代の結代。幻想を紡ぐ側に身を置くのは当然のこと。

 

雅季がただの『結代』だったのならば、幻想郷の結代神社に定住し、全ての間に立ち、時代を紡ぎ、次代へ紡いでいくことだっただろう。

 

だが雅季は『結び離れ分つ結う代』だ。

 

幻想郷と外の世界を自由に行き来し、二つの世界を結び、離して、分ける者。

 

二つの世界を結ぶ者が、その全てを幻想側に置くことは許されない。

 

 

 

それでも――。

 

 

 

不思議に満ちた幻想と、不思議を受け入れなくなった現実――。

 

 

 

どちらの居心地が良いかと問われれば、それは――。

 

 

 

だからこその演出魔法。

 

演出魔法とは、結代雅季が『結代』たらんとした結果。

 

外の世界を少しでも居心地の良いように、心から楽しめるようにする為のもの。

 

幻想郷が夢幻の世界であるのならば、外の世界は夢幻を想像することができる世界。

 

空想だからこそ、夢を見るからこそ、人は何事も楽しめる。楽しむ方向に持っていくことができる。

 

火薬は爆弾を作ったが、花火も作った。

 

魔法も同じだ。人の命を奪える力は、同時に娯楽として楽しむこともできる。

 

 

 

そう、演出魔法とは、結代雅季と外の世界を、一般人と魔法師を、あらゆるものを繋ぐ、結う代なる魔法なのだから――。

 

 

 




演出魔法誕生秘話その一、「始まりは閻魔様の説教」でした。

時系列については敢えてぼかしています。

強いて言えば花映塚と奇縁異変の前です。

というか東方の時系列に合わせようとするとトンデモないことに(汗)

そもそも幻想郷は「サ○エさん」(早苗さんじゃないよ)とか「ドラ○もん」みたいな年を取らない世界ですから、東方側の時系列は全て気にしないで下さい。

ちなみに奇縁異変は花映塚の後に起きた異変、という設定です。

誕生秘話その二も、そのうち本編で語る機会があることでしょう。

最後は花映塚のエンディングを意識しました。



――おまけ――

ある月の十五夜の博麗神社。

日常的に博麗神社に遊びに来ている魔理沙は、今日も遊びに来ていた。

「んじゃ、そろそろ帰るぜ。邪魔したな」

「ホントよ、こんな夜遅くまで居座って」

「おう、邪魔してたぜ」

そんな会話を霊夢と交わしながら、魔理沙は縁側へと通じる部屋の障子を開ける。

そして、魔理沙の目に飛び込んできたのは、

「あ」

「あ♪」

「あ!」

結代雅季、ミスティア・ローレライ、幽谷響子の順で、縁側に立てかけてあった自分の箒に跨っている三人の姿だった。

「……」

ほんの僅かな沈黙の後、

「盗んだ箒でー♪」

「盗んだ箒で~♪」

「盗んだ箒でー!」

「「「走り出すー♪」」」

三人は歌いながら箒と共に夜空へ飛び出していった。

「ど、ドロボー!!」

魔理沙がハッと我に返って叫んだ時には、既に三人の姿は夜の闇の中に消えていた。

「くっ、霊夢! 何か箒の代わりになるやつないか!?」

魔理沙は部屋へと振り返り、始終を暢気に見ていた霊夢へと尋ねる。

「箒の代わりねぇ。というか、箒なくても飛べるでしょ」

「箒は魔法使いの必需品だぜ?」

変なこだわりを見せる魔理沙に、霊夢は小さく溜め息を吐いて考える素振りを見せた後、「ああ、そう言えば」と膝を打って魔理沙に答えた。

「神社の裏手にデッキブラシがあるわよ」

「……何で神社にデッキブラシがあるんだ?」

「さあ? 外の世界から流れてきたんじゃない」

あまり神社には似つかわしくない物が出てきたことに魔理沙は不思議に思ったが、当の霊夢は気にしている様子は無さそうだ。

「ま、まあ、この際デッキブラシでもいいか、とにかく借りるぜ!」

「いつも通り死ぬまで? 使わないから別にいいけど」

「いや、流石にデッキブラシはいらないぜ……」

魔理沙は裏手へと駆け出し、無造作に置いてあったデッキブラシを手に取ると空へと飛んでいった。

霊夢は高速で消え去った魔理沙の後ろ姿を見つめながら、「あ」と小声で呟き、

「……そう言えば、境内の掃除用の箒もあったんだけど、『箒の代わりになる物』なんだし、別に問題ないわよね。うん、別に忘れてたわけじゃないのよ」

自らにそう言い聞かせて、霊夢はそそくさと部屋の中に戻っていった。



後日、魔理沙は自分の箒に跨ってデッキブラシを返しに来た時、「すごいじゃじゃ馬だったぜ、コイツ。ま、最後は私の言うことを聞くようになったけどな」と霊夢に語ったとか。

余談だが、あの日の夜を堺に何故か紅魔館の窓ガラスが河童たちの手によって強化ガラスに張り替えられ、また門番が急患として永遠亭に担ぎ込まれたという。


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