作者はゲームが下手なので心綺楼のクリアが大変でした。
輝針城では霧の湖にも新キャラが出ましたね。
新キャラの設定が判明したら本文も若干修正しようかな、と考え中。
できれば阿求の「幻想郷縁起」と、文の「文々。新聞」が発行された後で。
それとチルノ、新作も出演おめでとう。
妖怪の山の麓には、霧の湖と呼ばれる湖がある。
然程大きくもない湖だが、昼間になると霧が発生しやすいことからその名が付いた湖で、妖怪の山に流れる川にも繋がっており時たま河童が流れ着くこともある。
まさに河童の川流れ、それも一つの風流だろう。見ていると和む。
その湖に、空を飛んでやって来たのは結代神社の神主、結代雅季である。
外の世界でもつい最近、トーラス・シルバーなる者が現代魔法による飛行魔法を完成させ世界を震撼させたが、この幻想郷では空を飛ぶことなど珍しくも何ともない。
雅季の知人友人を挙げてみても、
そして当の雅季本人も『離れと分ちを操る程度の能力』がなくても普通に飛べる。
雅季としては高校で空を飛ぶつもりなど無いが、仮に飛んだとしても大きな問題にまでは発展しないと思っている。
その理由は、以前に東風谷早苗の実例があったからだ。
実は早苗がまだ外の世界にいた頃、信仰の減少が著しい二柱を助けようと、信仰集めの一環で「空を飛ぶ奇跡」を起こして見せたことがあった。
結果は、ただの古式魔法と解釈され切って捨てられている。
しかもその挙句が、集まったのが信仰では無く結代家からして見れば「つまらない縁談」ばかりなのだから始末が悪い。
雅季の場合も早苗と同様、周囲の評価とか視線が煩わしくなるだけで終わりだろう。今後は飛行魔法の影響で、それも無くなるかもしれない。
余談だが、守矢神社が結代家の伝手を使って幻想郷に引越ししてきた一番の理由は信仰の減少だが、二番目はたぶんその縁談だろう。あそこの神様たちは何だかんだで早苗に対して過保護だし。
自家の魔法力強化という目的が明け透けの縁談が幾つも舞い込んできたとき、守矢神社では「変態が」とか「ロリコンどもめ」とか「暴風雨」とか「祟る」とか「天変地異」とか「天罰」とか、非常に物騒な単語が飛び交っていたらしい。
閑話休題。
「空を飛ぶ」という
そこに「人は空を飛べない」という常識で人と空を切り離したのは、その常識を作った人々そのものだ。
おかげでトーラス・シルバーが発表した飛行魔法の原理は、極めて短い時間で起動式を連続更新することで魔法を連続発動させ続けるという、術者にとって“大変”な魔法になっている。
あれでは並みの魔法師なら数時間も持たずに
尤も、
「常識という理論に収まるような数式を以て、工夫し、知恵を巡らせ、そして実際に飛行魔法を実現させたことについては評価致しましょう。ふふ、努力賞ですわ」
と、妖怪の賢者はそれなりの評価を下していたが。
湖上へとたどり着いた雅季は、そこで一旦止まると周囲を見回す。
今日も今日とて夏の空。湖の冷たい風が心地よい。
霧の湖の名に相応しく今日も薄らと霧が湖上を覆っており、畔に建っている紅魔館や廃洋館も、霞の向こうに建物の朧気な白い影が見えるのみ。
湖の周囲には夏場の涼しさを求めてやって来た妖怪や妖精たちの姿も見える。
たとえば、あの岸際でフワフワと飛んでいる黒い塊は『宵闇の妖怪』ことルーミアだろう。
つい今しがた木にぶつかっていたし、現在進行形で他の妖怪たちが避暑地扱いで闇の中に入ろうとしているし。
一瞬、雅季もこの真夏の日差しから逃れるためあの中へ飛び込みたいという衝動に駆られたが、首を振って欲求を振り払う。
何せ完全フリーな休日は今日しか無いのだ。
今後は九校戦が終わるまで用事の無い日は無い。
つまり、アイス・ピラーズ・ブレイクの本格的な練習が出来る機会は今日のみ、という訳だ。
ちなみに今回は流されてきた河童はいないようだ、至極残念。
雅季は目を閉じると、早速目当ての人物の『縁』を探し始める。
結代家の一族は、一度顔を合わせるなり話をするなりして縁を結んだ相手なら『縁を結ぶ程度の能力』によって相手が近くにいればその縁を感じ取ることができる。
流石に『縁結びの神威』たる
「……いたいた」
案の定、彼女はこの湖にいた。
もし運悪くここにいなかったのなら、博麗神社や魔法の森など“かくれんぼ”の名所を探し回らなければならなかったので一先ず安堵する。
「あっちか」
縁のある方へ雅季は再び飛んでいく。
元々視界が悪いだけでそこまで大きくない湖だ。飛んでいってすぐに雅季は相手を見つけた。
湖の岸部で、真夏の水辺を凍らせて遊んでいる湖上の蒼い妖精。
彼女からダダ漏れしている冷気が周囲の気温を低下させ、この辺りだけ更にヒンヤリとしている。むしろ長居すると逆に寒くなりそうだ。
真夏にも凍えさせる、冷気という自然の化身。
「
雅季に声を掛けられて相手、『氷の妖精』チルノは雅季の方へと振り返った。
「あー!」
チルノは雅季を指差して、
「色っぽい神主!!」
「えぇー!?」
流石にそれは予想外だった。
「色っぽいって何だよ?」
「だって色っぽかったじゃん! 赤とか青とか白とか」
「俺は極東にいる普通の黄色人種だけど?」
「黄色以外にも色々と色っぽかった。ま、あたいの氷で凍らせてやったけどね!」
自慢気なチルノに、雅季はふと閃いた。
そういえば前にここでチルノと会った時、雅季は光の演出魔法の練習をしていた。
確かに、あの時は色鮮やかだった。
(ああ、色っぽいって、そういう意味か……)
色んな色を出していたから「色っぽかった」と。
(うん、全く以て意味が違うな)
とはいえチルノに教えても無駄だと思うので雅季は話を進めることにした。
「チルノ、ちょっとした“遊び”で勝負しないか?」
「勝負! 最強無敵妖精のあたいに勝負を挑むなんて、“せんせんふこく”ね! あんたの弾幕、全部凍らせてやるんだから!」
「言っておくけど弾幕勝負じゃないぞ」
「あれ? そうなの?」
「なに、至極簡単」
雅季はチルノに視線を向けたまま、CADも起動式も使わずただ思うだけで、『離れと分ちを操る程度の能力』によって事象改変を行う。
湖上を飛んでいる雅季の真下にある湖の水を、『分ち』によって縦と横が一メートルずつ、高さ二メートルの長方形に分ける。
そして『離れ』によって、湖から水の長方形を分離させた。
粗の無い綺麗な四角形の水塊が、湖から刃物で切り分けたかのようにすっと浮かび上がり、雅季とチルノの間で停止した。
「これ、中身まで全部凍らせることって出来る?」
「ふふん、あたいを舐めてもらったら困るよ!」
「氷だから味がしないもんな」
「行くよー!」
雅季の軽口はチルノの気合にかき消されたのでチルノの耳には届かなかった。
そしてチルノは両手を水塊へ向けると、
「それ!」
『冷気を操る程度の能力』が、音を立てながら瞬く間に水の塊を凍らせていき、
「どうだ!!」
「おお!」
あっという間に見事な
詳しく見るなら、水から氷への状態変化による体積の増大(他の液体と違い、水の場合は液温4℃が最も体積が小さい)を考慮していなかったので綺麗な長方形が僅かに歪んでしまっているが、まあ気にする程でもない。
「なら――」
雅季は氷柱を岸の地面に着地させると、再び『能力』を使って水の塊を浮き上がらせる。
その数、五つ。
「俺が分ち離す水の塊、全てを凍らせることが出来るかな?」
「そんなの、へっちゃらさ!」
「なら勝負だ。ああ、ちなみに作った氷は壊していくから。場所取るし」
蛇足だが、雅季からすればそっちが本命である。
うまくチルノを乗せることに成功した雅季は、口元を釣り上げると、
「さて、結代が離れ分つ水の塊、どこまで元素を結び続けることができるかな」
水の塊をチルノへと飛ばした。
雅季が
チルノが凍らせて出来た氷柱を地面に置きながら、雅季は競技用のスペックと同等の携帯端末形態の汎用型CADを操作する。
――現符『四系八種の理』。
心の中でスペル宣言をして、雅季は魔法を行使する。
氷柱の真下の地面をピンポイントで振動させて氷を砕く。
太陽光を屈折させ光を集束させて氷を穿つ。
分子を振動させて氷を加熱し溶かす。
加速・移動魔法で氷柱同士をぶつける。
多種多様な現代魔法が氷柱を壊していく。
そこに得意不得意の差など有りはしない。
結代雅季の魔法演算領域、魔法力は、十師族を軽く凌駕する。
十師族はおよそ半世紀近くの歳月をかけて魔法力を強化してきた。
ならば、彼ら彼女らが結代家に届く道理は無い。
――原より出ていて、神代より紡ぐ結う代。
そもそも魔法とは、まだ地上に人間がいなかった時代、神々が物理法則を定める前に世界に満ちていた無秩序な力をコピーしたものに過ぎない。
結代家の原点というべき者は、既にその時代からいたのだから。
氷柱を次々に壊しながら、雅季はどの程度ならば外の世界の常識の範囲内なのかを考慮して、威力を調整し、本番で使用する魔法を選んでいく。
如何にして巧く、そして楽しく、相手の氷柱を壊すか。
横方向の加重魔法で氷柱をへし折った雅季は、自然と笑っていた。
「ま、こんなもんかな」
壊した氷柱が百を超えたあたりで、雅季は『能力』と魔法を止める。
空を飛びながら、百を超える水の塊を『能力』で切り取り、そして魔法で壊していった直後だというのに、その顔色に疲労の色は全く見られない。
「サンキューな、チルノ」
「よくわかんないけど、どういたしまして!」
「というか、本当に全部凍らせるとは……おまえ本当にチルノか?」
「あたいはあたいだよ!」
「あ、間違えた。おまえ本当に妖精か、だ」
「当然! あたいは最強だからね!」
元気に答えるチルノにも疲れた様子は無い。
考えてみれば湖を一日中凍らせて遊んでいるぐらいだから、これぐらいはたいしたことではないのだろう。
たしかに妖精の中ではチルノは最強かもしれない。
「ふふん、色っぽい神主にも勝ったことだし! ……あれ、何しようとしてたんだっけ? ねえ、あたい何しようとしてたか判る?」
バカだけど。
「夏の虫に氷を教えてた」
「そうだ! 虫を凍らせていたんだ!」
いや違うでしょ、と雅季は思ったが、やっぱり口には出さない。
「虫といえば森ね! 早速しゅっぱーつ!」
「虫刺されに気をつけろよー」
湖から森へと飛び出していったチルノを、手を振って見送った雅季は、
「んで、そこの珍しい組み合わせのお二人さん。何か用?」
チルノが飛んでいった空から、岸際の木々に視線を移して尋ねた。
「用も何も、
「あやや、私はまた雅季さんが記事のネタを作っていたようなので取材しに来ただけです」
木陰から姿を現したのは紅魔館の『完璧で瀟洒なメイド』十六夜咲夜と、毎度お馴染みの
「暴れていたとは失礼な、ただの練習だよ。あとまたお前か、文さん。さっきから写真を撮りまくっていたのには気付いていたけどさ」
雅季は二人の前に降り立った。
「妖精を使って氷を作って壊す練習?」
「何故か私の扱いが酷いのは気のせいでしょうか?」
「気のせいだね」
「気のせいでしょ」
雅季だけでなく咲夜も同意する。
「何か納得できないような……」
「何、また紅華にお願いして鯖の幻覚弾幕を見てみたい?」
「あややや、それは勘弁願います」
紅華の幻覚は、その効果こそ『狂気の月の兎』こと
鈴仙は波長を操ることで幻覚を含めた様々な現象を引き起こすが、紅華は相手に「それがある」と強く思い込ませることで幻覚を作り出す。
正確には、相手の精神上に投影して、相手自身に幻を作り出させるのだ。
波長を介するか、精神面に投影するか、これが鈴仙と紅華の能力の違いだろう。
ちなみに紅華の幻覚は化け狸、
その紅華が「ごめんね、文」と言いながらイイ笑顔で見せた幻の鯖は、見た目も匂いも真に迫っていた。あとピチピチと撥ねていた活きの良さも。
ちなみに紅華は半分天狗だが半分は人間なので、鯖も普通に頂ける。
「それで、妖精を使って氷を作って壊す練習なんてしてどうするつもり?」
「何の練習だソレ。九校戦の練習だよ」
「はて、きゅうこうせん、ですか?」
「九校戦は九校戦だね。今年は『クリムゾン・プリンス』も出るらしいぞ」
「誰かしら?」
「実は知らん」
「また吸血鬼ですかね?」
「帰ったらお嬢様に聞いてみようかしら」
雅季の言った『クリムゾン・プリンス』なる者について首を傾げる二人。
まあ、すぐそこに『スカーレット・デビル』の屋敷があるので、どうしても名前から連想してしまうのは吸血鬼になってしまうが。咲夜に至ってはその従者にしてメイド長だし。
「まあ吸血鬼のことは置いといて、その“きゅうこうせん”について取材させて下さい! いまネタが無いんです!」
「といっても、もう練習終わったし」
「まだ氷が残っているけど?」
咲夜が指差した先には、氷の溶けた水と砕けた氷が散乱する中に、未だ七本の氷柱が残っている。
「ああ、あれね。ただの練習の余り品」
雅季は氷柱に視線を向ける。
瞬間、残っていた七本の氷柱が一斉にバラバラに分割されて砕け散った。
「あとは本番で頑張るさ」
結局、咲夜は何事も無いと判断して紅魔館に帰り、雅季はしつこく取材を求める文をあしらい続け最後まで取材には応じなかった。単に面倒だったので。
その結果が、後日――。
『片腕有角の仙人』
今日はその時折の日であり、階段を登って博麗神社を訪れた華仙の目に、賽銭箱の前に座って新聞を読んでいる博麗霊夢と霧雨魔理沙の姿が目に入った。
「ああ、華仙か。ちょうどいいところに来たな」
華仙に気付いた魔理沙が声を掛ける。「ちょうどいい?」と疑問に思いながら華仙は二人の前に歩み寄った。
「二人して何の新聞を読んでいるのですか?」
華仙の質問に、霊夢は新聞から顔を上げて、
「あんた、
そんな問いを返してきた。
「はい?」
疑問符を頭に浮かべる華仙に、霊夢は新聞を手渡し、華仙は新聞に目を通す。
『今代の結代! 神主から躬行仙に!?』
最初に目に飛び込んできたのは、そんな意味不明な見出しと、氷を壊している今代の結代の写真だった。
『霧の湖で氷の妖精を利用して氷を作り出し、それを壊すという奇妙な行為を繰り返していたのは、今代の結代である結代雅季さんだ』
『本人に取材をしたところ、
『躬行仙とはその名の通り、「自ら実行する仙人」という意味であり、既に「クリムゾン・プリンス」という吸血鬼が躬行仙に至っているようだ。吸血鬼も仙人になれる方法があるとは驚きである』
『だが躬行仙になる方法については残念ながら秘匿されており取材は拒否されてしまった』
『また本人が躬行仙を目指す経緯についても取材には応じて貰えなかったが、過去の放蕩を反省し仙人を目指すようになったとは容易に想像できる』
『本新聞が更生の切っ掛けになったのは良いことである』
「……」
どこからツッコミを入れればいいのか、華仙にはわからなかった。
「……何ですか、この記事は?」
「いつもの天狗の記事だぜ。捏造百パーセントの」
ようやく絞り出した華仙の口調も呆れが十割を占めていた。
「吸血鬼が仙人になったみたいなことも書かれているけど、あんた何か知ってる?」
霊夢の問いに、華仙は大きく溜め息を吐いて、答えた。
「とりあえず、そんな仙人は居ませんから」
おまけその一。
「神奈子さま、この記事なんですけど」
「何だい、早苗。……躬行仙?」
「これって、たぶん九校戦って意味ですよね?」
「まあ、たぶんそうだろうね。確か魔法科高校に入ったってあいつも言っていたし。そうか、もうそんな時期か」
「氷を壊していたってことは、担当競技はアイス・ピラーズ・ブレイクですね。……むむ、その手がありましたか!」
「その手?」
「信仰集めです。空を飛ぶだけではインパクトが足りなかったみたいなので、九校戦のような大きな大会で、それこそ神風を吹かせるぐらいすれば信仰が集まったかもしれません!」
「……いや、どっちにしろダメだったと思うぞ」
「神風じゃ足りませんか。なら神奈子さまの力で御柱を降らせれば、あるいは!」
「会場が壊れるって」
守矢神社は今日も平常運転だった。
おまけその二。
「文、今日の鯖はとっても活きがいいよ」
「あややややややや!」
結代神社は今日も平和だった。
次回はサマーフェスになります。
九校戦編とうっておきながら未だ会場にまで行けてませんが(汗)
サマーフェスが終わればきっと始まる、はず(笑)