魔法科高校の幻想紡義 -旧-   作:空之風

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お待たせしました。
九校戦前の幕間その一になります。


第16話 幕間「演出魔法」

演出魔法(アトラクティブ・マジック)』。

 

それは近年になって提示された新しい魔法の使い方。

 

演出魔法師(アトラクティブ・マジック・アーティスト)』。

 

それは、『兵器』以外としての新しい魔法師の在り方。

 

そもそも演出魔法とは何か、それは文字通り『演出』する為の魔法である。

 

音楽のコンサートやライヴといった様々なイベントの演出として魔法を使う。

 

例えば光波の振動によって光のウェーブを作り出したり、気流を操作して多数のバルーンの流れを操ったり、加速と加重の複合魔法で演奏中のギタリストを宙に浮かせて宙返りさせたりと、演出魔法師のセンスによって様々な演出が成される。

 

そう、演出魔法師にとって必要なのは魔法力ではなくセンス。

 

確かに魔法力があれば演出の幅も広がるが、極端な話をすれば単一系統魔法というシンプルな魔法でも演出は可能だ。

 

ならば後は如何にして観客を魅せるかが重要になる。

 

発祥の地である日本では『演出魔法師』と命名されているが、英訳の『アトラクティブ・マジック・アーティスト』の方が本質を表している。

 

即ち、「魅せる魔法芸術家」。

 

こちらも才能や感性が少なからず影響してくる分野であることには違いない。

 

それでも魔法を学びながらも魔法師になれなかった者たちにとっては魅力的な職業であり、一般人と魔法師という、互いに離れた目で見ていた両者の縁を結ぶ、ある意味「結う代」となる職業だ。

 

そして、演出魔法という新ジャンルを生み出した人物こそが、結代神社の宮司を代々務める結代家が嫡男にして魔法科第一高校の一年生、結代雅季である。

 

 

 

 

 

 

五月も中旬に差し掛かった頃、五月晴れの空の下、雅季の姿は東京渋谷にあった。

 

学校を終えた雅季はその足で渋谷に向かうと、駅から然程離れていない距離にあるビジネスビルの中へと足を踏み入れた。

 

雅季の入って行ったビルの看板には『クリエイティブ・エンターテインメント株式会社』という会社名が明記されている。

 

このビルはクリエイティブ・エンターテインメント株式会社、通称『クリエイティブ社』の事業所で、クリエイティブ社とはイベント開催などを手掛ける大手企業だ。

 

雅季は打ち合わせのある会議室へ向かうため、エレベーターに乗り込み指定の階のボタンを押す。

 

勝手知った様子で事業所内を歩き進む雅季は目的の会議室まで迷うことなく辿り着き、

 

「こんにちはー」

 

軽くノックをしてから挨拶と共に中に入った。

 

「おお、来たか結代くん」

 

「待っていたわ」

 

中にいるのは雅季より年上の、つまり成人した男性女性が十人ほど。

 

誰もが長机に座ってスクリーン型端末に目を通している途中のようだった。

 

「もしかして、俺が最後ですか?」

 

「いや、まだ三人ほど来ていない。先ほど少し遅れると連絡があった」

 

「今のうちに結代くんも企画書に軽く目を通しておいて」

 

「わかりました」

 

雅季はパイプ椅子に座ると、長机に置いてある端末を起動させる。

 

スクリーンを立ち上げると同時に『二○九五年サマーフェス企画案(第四報)』というタイトルが雅季の目に飛び込んできた。

 

 

 

クリエイティブ社は先述した通り、イベント開催を手がける企業だ。

 

そして、最も早く演出魔法の可能性に気付き、他企業に先んじて結代雅季に接触してきた会社でもある。

 

それ以来、クリエイティブ社は演出魔法の多彩さと演出魔法師の獲得に力を注いでおり、雅季がここにいるのも神職たる結代家としてではなく、もう一つの顔であるアマチュア演出魔法師として呼ばれたがためだ。

 

今回の打ち合わせは東京の有明で毎年行われるクリエイティブ社主催・運営の『サマーエンターテインメントフェスティバル』、通称『サマーフェス』についてだ。

 

サマーフェスは有名海外バンドのライヴやCGドールのコンサートなど音楽系をはじめ、芸能人や有名人のトークショー、バラエティ番組などによる一般人参加型企画など様々なエンターテインメントを提供する日本有数の大規模なイベントだ。

 

七月の下旬に三日間開催され、今年は七月二十九日の金曜日、三十日の土曜日、三十一日の日曜日の三日間で開催される。

 

入場者数は毎年三十万人を超え、特に演出魔法を導入した三年前から入場者数が急増し今年は四十万人に達するのではないかと見込まれている。

 

 

 

雅季が資料に目を通して暫くした後、遅れていた三人が到着し、いよいよ打ち合わせが開始された。

 

この会議室にいるのは十四人。

 

うちクリエイティブ社のスタッフは四人。雅季を含めた残りの十人は演出魔法師だ。

 

三日間の様々なイベントで企画している演出魔法をこの十人がそれぞれ担当する事になる。

 

といっても演出魔法を必要とするイベントはトリのライヴやコンサートなど規模が大きいものしかないため、内訳としては一人が一つ又は二つのイベントを担当する程度になる。

 

「――では、最終日のラストを飾る『Slow hand(スローハンド)』のライヴは都田(つだ)君が担当してくれ」

 

「わかりました!」

 

都田と呼ばれた二十代後半の男性が力強く頷くと、ホワイトボードの三日目の欄に「都田尚士(つだなおし)」と書かれる。

 

既にホワイトボードには一日目から三日目のスケジュールと、各種イベントの演出魔法を担当する魔法師の名前などがビッシリと書き込まれている。

 

ちなみに現代のホワイトボードは書き込まれた内容をボタン一つで電子ファイル化し、各自の端末に送信する機能が標準として備わっている。

 

「それにしても、自分があの『Slow hand(スローハンド)』と共演することになるなんて、三年前までは夢にも思っていませんでしたよ」

 

感慨深く都田がそう口にする。

 

彼は魔法科高校に二科生として入学したものの魔法科大学の受験に失敗し、結局は魔法とは関係ない中小企業の会社員として働いていた。

 

だが演出魔法と演出魔法師が世に広まった際、「魔法に携わる仕事がしたい」という夢を叶える為に会社を退職したという経歴を持つ。

 

そんな自分がまさか世界的に有名な超大物ロックバンドと共演することになるとは、確かに会社員として働いていた頃では想像すら出来なかっただろう。

 

「それを言えば俺も似たようなものだよ」

 

別の演出魔法師が同意する。

 

彼ら九人の魔法師たちは、いずれも魔法科高校を卒業しながら魔法師の道を断念せざるを得なかった者たちだ。

 

そんな彼らが再び魔法に携われることになった。

 

何より、自分たちの魔法で観客が楽しんでくれるということは、彼らが思っていた以上に嬉しく感じるものだ。

 

その為か、彼らの表情は全員が生き生きとしている。

 

クリエイティブ社のスタッフがニヤリと口元を緩めて二人に、いやこの場にいる演出魔法師たちに言った。

 

「これからはこういった大口の依頼もどんどん増えていくぞ。なにせ演出魔法を法的に認めているのは未だ日本しかないからな。だから海外の大物ミュージシャンも次々に日本での公演を希望、いや熱望しているといってもいい」

 

「イギリスとUSNAでは大物ミュージシャン達と大手レーベルが連盟で議会に演出魔法を認めるよう署名運動をしているという話よ。他の国も似たり寄ったりね」

 

感嘆の息を漏らす演出魔法師たち。

 

演出魔法(アトラクティブ・マジック)』と『演出魔法師(アトラクティブ・マジック・アーティスト)』は、新しいビックビジネス、そして新しい魔法師の在り方としてまさに世界に広まろうとしている。

 

そして、スタッフ四人と演出魔法師たち九人の視線は、自然と一人の少年に集まった。

 

「いやー、演出魔法がどんどん広まっていくのは嬉しい限りですね」

 

全員の視線に笑顔でそう答える雅季もまた、三日目の昼間に行われるイベントへの参加が決定している。

 

演出魔法の発案者でありながら、演出魔法師の資格を持っていないアマチュア演出魔法師として。

 

尤も演出魔法師の発案者という点については、雅季自身は幻想郷のスペルカードルールを演出魔法の原型としている為、自ら名乗ったことはない。

 

故に雅季は常に「アマチュアの演出魔法師」としか名乗っていない。

 

そしてプロではないが故に、雅季の演出には制限が掛けられる。

 

 

 

結代雅季が十歳で結代東宮大社の神楽で初めて演出魔法を行った時、実は魔法行使の許可を当局に取り付けてあった。

 

雅季の実父にして結代東宮大社の現宮司、結代家でいう今代の結代の一人である結代百秋(ゆうしろおあき)が、結代家お決まりの「無駄に広い人脈」を駆使した結果だ。

 

ちなみに後の、そして演出魔法が世に広まる切っ掛けとなったライヴも同様である。

 

演出魔法の目新しさと魅力が世間に知れ渡ると、当然ながら「自分たちも演出魔法を使いたい」という申し出が当局に殺到。

 

ちょうど選挙の時期と重なっていたこともあり、国民の支持を集めたい各政党は当時最もホットな話題である演出魔法の許可について法整備を行うとマニフェストに公約として記載。

 

そして雅季が十二歳の時、つまり演出魔法が世間に認知されてから二年後に演出魔法と演出魔法師は法的に認められた。

 

演出魔法師は、二段階に分けられた。

 

まずは日本魔法師協会が開催する講習を受講した者に、演出魔法師の仮資格が与えられる。

 

仮資格を持った者は、当局に演出魔法の使用届出を出した場合、()()()のみ演出魔法の使用が許可される。

 

次に同協会の本試験、つまり筆記試験および実技試験に合格した者のみに、演出魔法師の本資格が与えられる。

 

本資格を持った者は、()()全てを使った演出魔法が許可される。

 

そして、本試験を受ける為の必須条件は魔法科高校を卒業していること。

 

法案成立時の公的なコメントとしては、魔法のコントロールが未成熟であり、また魔法の危険性を充分に認知していない青少年および少女による観客側への魔法の行使は安全性に欠けるという説明。

 

だがおそらくは、魔法というただでさえデリケートな分野に新しい難題を投げつけてきた雅季に対する政治家や役人たちの嫌がらせの意味もあったかもしれない。

 

つまり今の雅季では本試験を受けることができない。それ故の仮資格(アマチュア)

 

雅季が演出魔法を行使できるのはステージ上のみ。

 

観客席も巻き込むような大きな演出魔法の行使は認められていない。

 

 

 

「法律だから仕方がないとはいえ、結代くんの本気の演出魔法が見られるのはあと三年後か。待ち遠しいな」

 

「まあ、もう少し待っていて下さい。魔法科高校には無事に入学できましたので、三年後には本試験を受けますから」

 

スタッフの一人の心底から残念そうな呟きに雅季が答える。

 

「そうかい? それじゃ、三年後を期待して待っているとしよう」

 

「あの時のライヴ映像、俺も見たけどスゴかったぜ。俺も早く生で見たいよ」

 

「二○九八年のサマーフェスの大トリは結代くんで決まりね」

 

「演出魔法師がトリ取ってどうするんですか」

 

会議室に笑いが溢れる。

 

「さて、雑談を交えながらでもいいから打ち合わせを続けようか」

 

「そうですね、それでは手元の資料を。次に各自の演出魔法についてですが、先方から幾つか要望がありますので順番に見ていきましょう。何か質問があれば途中でも構いませんので遠慮なくどうぞ」

 

和やかな雰囲気のまま、この日の打ち合わせは深夜帯まで続くことになる。

 

 

 

 

 

 

CADメーカー『フォア・リーブス・テクノロジー』のCAD開発第三課は、かの「シルバー・モデル」開発部署として社内では良い意味でも悪い意味でも有名である。

 

シルバー・モデルは特化型CADの中では非常に人気が高い。

 

そう、シルバー・モデルは特化型CADであり、なので開発部署である第三課も基本的には特化型CADを中心に開発している。

 

「……まあ、汎用型も作れなくはないですけど」

 

トーラス・シルバーの片割れにして第三課の全員からリーダー扱いされているミスター・シルバーこと司波達也は、本社から命じられた業務に内心で溜め息を吐きそうになった。

 

今日、達也がこの研究所に来たのは新型デバイスのテストの為だ。ちなみに深雪は家で留守番中である。

 

そしてテストを終えた後、牛山主任から先日に本社から新しいCADを作るよう業務命令があったという連絡を受けて、その概要を確認したところで今に至る。

 

「しっかし、なんでまた第三課(ウチ)が担当なんですかねぇ」

 

「期待されているのでしょう」

 

トーラス・シルバーのもう一人、ミスター・トーラスこと牛山主任のボヤキに達也が間髪入れずに答える。

 

尤も、達也自身は内心では面倒な仕事を押し付けてきたのだろうと考えているが。

 

本社には第三課は飛行魔法の開発を行っている最中と報告しているのだが、おそらく父親と義母はそんな魔法など不可能だと思っているのだろう。

 

だから横からこういった仕事を投げ入れてくる。いつものことである。

 

「それにしても、エレキギターの形をした汎用型CADですかい」

 

「というより、ギターと一体型のCADですね」

 

そう、本社からオーダーされたCADとはエレキギターと一体型の汎用型CADである。

 

大手イベント会社である『クリエイティブ・エンターテインメント社』から特注の依頼があったということらしい。

 

勿論、このCADの用途は演出魔法用である。

 

「しかも外観モデルが伝統のSGと来やしたか、渋いねぇ。流石はクリエイティブ社、遊び心ってもんがわかってる」

 

端末の資料を読んでいくうちに牛山は何度も頷き、顔色は喜色に染まっていく。

 

達也はギターについて詳しくないのでよくわかっていないが。

 

「クリエイティブ社は弦に起動式を組み込んで欲しいという要望ですが」

 

「つまりギターを弾きながら魔法を使えるようにしたいってことでさぁ。益々楽しみになりやしたよ」

 

達也は視線を資料から牛山に向ける。

 

「楽しそうですね、牛山さん」

 

「俺も学生ん時はちっとばっかしギターを齧ってましたからね。それに、これから作るコイツはまさにロックと魔法を融合させたもんですから。コイツを持った魔法師のギタリストがライヴするとこを想像するだけで、ワクワクしてきやせんか、御曹司?」

 

「……そうですね」

 

牛山の言いたいことは達也も理解している。

 

とはいえ共感しているかと言えばそういうわけでもないので返事は上辺だけのものになってしまったが、牛山は資料に夢中だったので気付いた様子は無い。

 

仮に達也がこのギターを持った人物が演奏する場にいたとしても、達也の興味は音楽よりも起動式の処理速度や魔法式の強度などに向くだろう。

 

「まあ、遊び心ってやつですよ」

 

何気なく牛山がそう口にしたものこそが、今の達也には足りないものだ。

 

何事も楽しめる余裕、「遊び心」というものが。

 

尤も、達也は牛山が言った別のことに関心を持っていた。

 

(魔法師のギタリスト、か)

 

研究用でも実用でもない、娯楽の為のCADと魔法。

 

『兵器』として生み出された魔法師の方向性が変わり始めていることを、達也は実感し始めていた。

 

 

 




《オリジナルキャラ》
都田尚士(つだなおし)
結代百秋(ゆうしろおあき)

バンド名の『Slow hand(スローハンド)』は有名なギタリストのニックネームより。

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