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某所にある洋室を訪れたマイヤ・パレオロギナは、執務机で報告書に目を通しているバートン・ハウエルに問いかけた。
「それで、何故ブランシュごときに肩入れなどした? キャスト・ジャミングなど、大した技術ではあるまい」
「お礼だよ」
問いに対する答えは、やはりマイヤには理解できないものであり、自然と見る目が険しくなる。
それを察してか、それとも元々そのつもりだったのか、バートンは報告書を机に置いてマイヤへと向き直ると、
「アストーの『
いつもと変わらぬ穏やかな声で、事情通の者が聞けば絶句して顔面蒼白になる内容を告げた。
精神干渉系魔法『
対象に特殊な視覚イメージを見せつけることで直接精神を崩壊させて発狂死させる、死の魔法。
アストー・ウィザートゥは視覚イメージとして魔法名の由来となった絵画『死の舞踏』を、起動式となる術式を織り交ぜたものを自ら描き、それに
故に、アストーが
だが『
視覚イメージのもたらす「死」は術者でも例外ではなく、通常の魔法師では
特殊な精神性を持つアストー・ウィザートゥだからこそ使用できる魔法。
――若しくは、生みの親である四葉なら使えるかもしれない魔法。
もし四葉の人間が『
それはまるで、四葉の元当主、故・
それもそのはずだ。
『
四葉元造が崑崙方院で死を振りまく中、その隊員は気配を偽ることで四葉側に存在を感知されることなく、四葉元造が死ぬまで魔法を観察し続けた。
そうして得られた証言から、四葉元造の魔法は「死のイメージ」を相手に叩きつけることで相手を殺す魔法だと推察し、証言を下にマイヤ・パレオロギナが作り上げた魔法式こそが『
結局は人を選ぶ魔法であることには変わりは無いが――四葉家にしてみれば絶対に座視できない事態。
もし四葉家が事情を知れば、下手をしなくともラグナレック・カンパニーと四葉家の全面戦争が始まるだろう。
そして、それは一つ会社と一つの家の争いという枠組みには収まらない。収まるはずもない。
ラグナレックも四葉も、保有する戦力と影響力が強大過ぎる。第四次世界大戦の勃発すら憂慮すべき事態だ、それも少なくない可能性として。
だというのに、それを敢えて四葉の人間の前で見せつけ、挙句「お礼」と言い放ったバートン・ハウエル。
そもそも彼にとってブランシュを介してウクライナ・ベラルーシ再分離独立派が手に入れたキャスト・ジャミング技術の情報などどうでも良かった。
肝心だったのはその使い手が司波達也だということ、四葉に連なる者だという点なのだから。
キャスト・ジャミング技術は表向きの名目、ただのカモフラージュに過ぎない。
(狂っている)
マイヤ・パレオロギナをしてそう思わせる者、バートン・ハウエル。
『
彼はやはり常人では理解し得ない存在だ。
今回の件でもし戦争が始まるとしても、バートンからすればそれでも構わないのだろう。
そして、マイヤ・パレオロギナはそれを非難することは出来ない。
(相手が狂人だろうと、それに協力している私は、結局は同じ穴の狢か)
目的も動機も求める結果も違えど、だがやろうとしている事は同じ。
だからこそ、マイヤは大戦が始まる直前に接触してきた『バートン・ハウエル』との取引に応じ、そして今なお『バートン・ハウエル』の下でラグナレックに協力している。
「……まあいい。計画に支障さえ無ければ、お前が何をしようと私には関係の無いことだ」
そう言って踵を返すマイヤ。
「もう行くのかな? 紅茶でもご馳走しようと思ったのだが」
「要らん。それに『人形』も追加で作製する必要がある。あの国の魔法師を相手にするならば、全員に『人形』を持たせておく必要がある。……あの国は昔から奇妙なところだからな」
「それはありがたい。後で君の工房にワインを届けさせるよ」
バートンの礼にマイヤは何の反応も示さず、部屋から出て行った。
「フフ、それにしてもマイヤからも奇妙と評されるとは。本当に不思議な国だ――日本は」
部屋に一人残ったバートン・ハウエルは静かに笑うと、再び報告書を手に取った。
事件の後始末は、十文字克人が請け負った。
高校への襲撃については、壬生紗耶香を含めた襲撃に参加した生徒たちに害が及ばぬよう辻褄合わせを含めた後処理も難なく進んだ。
問題なのは、拠点襲撃の方だ。
あの場にいたブランシュのメンバー、司一を含めた全員の死亡が確認された。
死因は心不全と診断されたが、それに至った経緯は依然不明のままだ。
達也と克人はあの瞬間、司一に活性化した『精霊』が憑いていたことに気付いた。
精霊自体に高度な隠形が施されていたため、深雪を含む他のメンバーは気付けなかったが、達也は『
そして、克人が知っている情報は『精霊』がいたということのみ。達也は更に一歩踏み込んだ情報を持っている。
あの『精霊』は、別の『精霊』の視覚映像を映し出すだけの役割しか負っていなかったということを。
つまり、司一を始めとしたブランシュのメンバーを殺害したのは『精霊』ではなく、『精霊』が映し出した“何か”の方だ。
尤も、その“何か”まではわからなかったが。
この事はあの場にいたメンバーの中では深雪にしか告げていない。
これを知ることが出来たのも『
そして、この時点では未だ司波達也は、十文字克人を信用していない。
達也からすれば克人との面識は僅か数回、それも相手は十師族の直系にして跡継ぎなのだから、秘密を抱える者として慎重になるのは当然と言えた。
その点で言えば、四月という時期も悪かった。
そういった擦れ違いもあり、ブランシュを全滅させた勢力も方法も不明のまま、四月も終わりを迎えようとしていた。
「というわけで、今日は桐原先輩の恋人たる壬生先輩の退院祝いにやってきました」
「……誰に向かって説明しているんだ、お前は」
病院を目の前にして突拍子のない発言をする結代雅季に、森崎駿が何かに耐えるように頭に手を当てながらツッコミを入れる。
そんないつもと変わらぬ二人のやり取りを、後ろにいる花束を持った司波深雪と司波達也が「しょうがないな」とでも言いたげに苦笑いを浮かべながら見つめている。
雅季が虚空に向かって説明した通り、四人は壬生紗耶香の退院祝いに来ていた。
最初は達也と深雪の二人で行く予定だったのだが、いつの間にか桐原とも仲良くなっていた雅季が深雪経由で話を聞き、「じゃあ俺も」とあっさり参加を表明。
そして当日、先に集合場所に来ていた雅季の隣には、何故か森崎の姿が。
まあ、森崎のげんなりした顔を見て、二人は大体の事情を察して何も言わなかったが。
尤も、森崎の気苦労に同情した深雪が道中によく話しかけてきてくれたということもあり、森崎にしてみればまさに「災い転じて福となす」といった状況だった。
壬生紗耶香はマインドコントロールを受けていたということもあり、大事を取って入院をしていた。
経過は非常に良好で、今日から晴れて退院ということになった。
彼女の治療がスムーズに進んだ理由の一つは、毎日見舞いに来ていた、そしてあの事件の後日に恋人となった桐原武明の存在があるのは間違いないだろう。
現に、病院の入り口で佇む壬生紗耶香は自然に笑っていた。
彼女の周りには、先に来ていた千葉エリカを追い回す桐原武明。状況としてはきっとエリカが桐原をからかったのだろう。
そして見知らぬ中年男性の姿、おそらく彼女の父親か親族か。
「あ、司波くん!」
四人の姿に気付いた紗耶香が満面の笑みで手を振る。
司波、というか達也の名で呼んだのは、彼が四人の中で一番関わり合いが深いからだろう。
「退院おめでとうございます」
「花束までわざわざ……本当にありがとう」
深雪から花束を受け取り、本当に嬉しそうに頬を緩める紗耶香。
「こんにちはー、桐原先輩」
「結代、それに森崎。お前たちも来てくれたのか」
「はい」
若干離れたところで達也が紗耶香の父親、
「ねえ雅季。桐原先輩とさーやがくっついたけど、縁結びの神社の跡取りとして何か一言!」
「ちょ、ちょっとエリちゃん!?」
「千葉、お前は先輩にまでそんな態度なのか」
こっちの集団は主にエリカのせいで騒がしくなる。
エリカからインタビュー形式でフリを受けた雅季は、
「結代として、両者の良縁を心から祝福しますよ」
縁結びを祀る一族として、素直に祝辞を述べた。
「おおぅ、雅季が真面目だ。何か意外」
「神職に関わること“だけ”は真面目だぞ、雅季は」
目を白黒させるエリカに、「だけ」という部分をやけに強調して森崎が言った。
二人が普段どういう目で雅季のことを見ているかがよくわかる。ちなみにその見方は正解だ。
そして、珍しく真面目と評された雅季はポケットに手を入れ、ある物を取り出した。
「今日は退院祝いの花束は持ってきていませんが、代わりにこれを」
雅季は桐原と紗耶香の二人にそれを渡す。
それは木札だ。一般的な名刺ぐらいの大きさで、左下に撫子の花柄が描かれている。
「これって、結び木札?」
受け取った木札を見ながら紗耶香が呟くように雅季に尋ねた。
結び木札。正式には『
木札にそれぞれの名前を書き、それを赤い糸で結んで神木の枝に掛けて縁結びを祈願するという、朱糸伝説に肖った結代神社独自の風習だ。
八玉結姫と旅人を最初に、歴史上の人物から現代の人々まで、まさに悠久の歴史を紡ぎながら幾多のカップルを結んできたそれを、二人に渡した雅季の真意は明白だった。
「ご利益は保証しますよ。本家本元、結代の系譜が祈祷しますから。間違いなく八玉結姫様に届きます」
「何だ雅季、実家の宣伝か」
少年染みた笑顔を浮かべる雅季に、桐原は照れ臭そうに憎まれ口を叩く。
「二割ぐらいは。信仰も宣伝しないと集まりませんからね、今も昔も」
「案外、神社も世知辛えもんだな」
そんな応酬を繰り返した後、桐原は頬を赤く染めながら木札と桐原を交互に見つめる紗耶香に向かって、小さく頷いた。
幻想郷、結代神社。
「これで良し、と」
「あ、お疲れ様です。玉姫さま」
「紅華。この縁結木札、神木の枝に括りつけておいてね」
「はい。わかりました」
玉姫は境内を掃除していた荒倉紅華に結び木札を渡す。
玉姫から木札を受け取った紅華は、自然と笑みを浮かべる。
「ふふ、雅季さん。やっぱり外でも『結代』なんですね」
「そうよ。雅季は誰よりも『結代』に近き者。だからこの地の、幻想郷の今代の結代を任したんだから。……尤も、そうでなければ『幻想』を紡ぐことは出来ないんだけどね」
後半は紅華に聞こえないぐらいの小声で、玉姫は呟く。
『幻想』を紡ぐということは、人の世にあっては縁を結ぶ者であると同時に、自然の理を紡ぐ者であるということ。
『結代』であるということは、人の世にあっては縁と幻想以外の出来事には深く関わらぬということ。
その重さと覚悟を、寧ろ当然として受け止めている雅季の在り方は、玉姫の言ったように誰よりも『結代』だ。
きっと『外の世界』では雅季の事をこう評する日がくるかもしれない。
――人でなし、と。
「玉姫さま?」
紅華の声で我に返った玉姫は、何でもないと笑いつつ境内を見回す。
「そういや雅季は――と、またどっか出かけたわね」
「はい、博麗神社へ行きました。その、お酒を持って……」
「本当、しょうがないんだから……」
やれやれとわざとらしく肩をすくめる玉姫。
紅華は乾いた笑いを零すのみで、実は雅季にお呼ばれしていて、境内の掃除が終わったら行く事を承諾したとは言えなかった。
「ま、放蕩神主は置いといて。それじゃ紅華、木札はお願いねー」
そう言って神社の奥へと引っ込んでいく玉姫。
紅華は少しだけ噴き出しながら「わかりました」と玉姫の後ろ姿に伝えた。
結局、雅季は射命丸文の記事を阻止できなかったため、『文々。新聞』には一面に放蕩神主の文字がデカデカと掲載されてしまった。
そして、それを見た幻想郷の住人たちの反応は、「今更よね」と一蹴だったのだから、紅華としてはおかしくて仕方がなかった。
「さて、と」
紅華は受け取った木札を持って神木へと向かうと、木の枝にそれを括りつけた。
「放蕩神主なんて呼ばれていますけど、雅季さんは誰よりも縁を大切にする方です。あなた方の良縁は、決して切れることはないでしょう。――お幸せに」
踵を返して境内の掃除に戻る紅華。
括りつけられた二つの木札。
朱い糸で結ばれた木札には、この地では誰も知らない名が記されていた。
『桐原武明』、『壬生紗耶香』と――。
博麗神社にやって来た結代雅季は、縁側に座ってお茶をしている二人の姿を見て、二人の前に降り立った。
「よ、霊夢、魔理沙」
「誰かと思えば放蕩神主ね」
「サボり過ぎて神主はついにクビか?」
『楽園の素敵な巫女』、博麗霊夢。
『普通の魔法使い』、霧雨魔理沙。
二人の出会い頭の随分な挨拶に、雅季はズルっとこける。
「文さんめ、今度悪縁でもくっつけてやろうか」
「天狗の悪縁っていうと、鯖? 鯖の妖怪なんていたっけ?」
「というより幻想郷に海は無いぜ。それよりも――」
泥棒らしく目敏く雅季が持つそれに気付いた魔理沙が目を輝かせる。
「今日は良縁を結んできたばっかだからね、その祝い酒だ」
「おお! 気が利くな」
酒瓶を見せる雅季に、魔理沙は喜色を顕わにする。
一方で霊夢はジト目で雅季を見遣る。
「祝い酒はいいけど、何で
「あとで紅華もちゃんと来るぞ」
「……アンタ、うちを宴会場か何かと勘違いしてない?」
平然と答える雅季に、霊夢は不機嫌そうな顔になる。
「ほとんど宴会場じゃん」
「私はてっきり宴会場だと思ってたぜ。神社はついでだな」
「ついでじゃないわよ!」
二人に対して怒りを顕わにする霊夢。
本当にこの巫女は見ていて飽きない、と雅季は思う。
自由奔放で無邪気で表情豊かで、誰に対しても暖かくもなく冷たくもなく同じように接する。
「まあいいじゃん。お酒はこっち持ちなんだから」
「そうだぜ霊夢。タダより美味い酒はないぜ」
「後片付けはいつも私なんだから!」
だというのに、気がつけば博麗霊夢の周りには様々な幻想たちが集う。
「それじゃ、呑もうぜ!」
「まったく……」
魔理沙が雅季の手から酒瓶を奪い、霊夢も何だかんだ言いながら杯を用意する為に居間へと向かう。
そうして始まった酒盛りは。
神社の騒がしさに様子を見に来た妖精たちも。
自称「運命を感じて」たまたま訪れた吸血鬼一行も。
酒の匂いを嗅ぎつけて来た鬼も。
ネタを探して飛んできた天狗も。
遊びに来た風祝も。
スキマから亡霊とその従者と一緒に現れた賢者も。
そして、掃除を終えてやって来た結びの巫女も。
全てを巻き込んで、いつの間にか宴会へと変わる。
『外の世界』では滅多にないようなことも、この幻想郷ではいつものこと。
そして、誰も後片付けをしないまま去っていくのもまた、幻想郷ではよく見かける一幕だ。
季節は巡り、桜が散り、緑葉が生い茂り始める夏へと向かう。
現実は流れ続け、幻想は変わらずそこにある。
現実と幻想。相反する二つを結ぶは、境目の上に立つ者のみ。
これは、原より出ていて、神代より紡がれる
《オリジナル魔法》
系統外精神干渉系魔法『
使用者はラグナレック本隊所属、アストー・ウィザートゥ。
対象に特殊な視覚イメージを見せつけることで直接精神を崩壊させ発狂死させる。
アストー・ウィザートゥの場合、その視覚イメージとして絵画を使用。
カードに起動式を織り交ぜた絵画『死の舞踏』を描き、それに
魔法式が構築されている時にその絵を見た者は発狂死するが、逆に魔法式がない時、即ち
本来ならば術者もその絵を見ると発狂死してしまう欠陥魔法だったのだが、特殊な精神耐性を持つ者なら耐えることができる。
ちなみに某亡霊なら
初めまして、またはこんにちは。作者の空之風です。
この話にて第一章は完結となります。
稚拙な文章ですが、様々な感想や評価をして頂き誠にありがとうございます。
改めて読み返して見ると、色々と謎が多いなと自分でも思う内容です(汗)
ラグナレックとは何なのか。
崑崙方院になぜラグナレックの人間がいたのか。
バートン・ハウエル、マイヤ・パレオロギナとは何者なのか、二人の目的とは。
水無瀬呉智と司波兄妹の関係は。
『結代』とは。
そして、現実と幻想はどのように絡み合うのか。
様々な疑問があるかと思いますが、それはまたの機会に、本編にて語らせて頂きます。
ちなみに現実側について、本編では語っていませんが十文字家は他家の協力も仰いでブランシュメンバー殺害の捜査を続けており、また達也も独自に動いています。
幻想側については、百年経とうが何も変わりません。
一応、幻想側の男性オリキャラも二名ほど考えていますが、出演機会があるかどうかは不明です(笑)
ちなみに一章のラストに博麗霊夢と霧雨魔理沙を出すことは確定していました。
個人的には東方にこの二人は欠かせません。
次回についてですが、現実側と幻想側の幕間というか小話を一話ずつ掲載した後、九校戦に入ることを考えています。
幕間では設定だけしか出て来てない演出魔法にも焦点を当てたいと思っています。
それでは、またいずれお会いしましょう。