魔法科高校の幻想紡義 -旧-   作:空之風

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『縁を結ぶ程度の能力』
『離れと分ちを操る程度の能力』
二つの能力の一端を公開です。


第8話 能力

それは、森崎駿や結代雅季など多くの生徒にとっては何の前触れもなく、唐突だった。

 

『全校生徒の皆さん!』

 

「え!?」

 

「何だ!?」

 

放課後、突然流れた大音量の放送に、生徒の誰もが手を止めてスピーカーへ顔を向けた。

 

『……失礼しました、全校生徒の皆さん』

 

「あ、小さくなった。なんだ、ただの音量のミスかぁ」

 

「なんでそこで残念そうなんだよ、お前は」

 

不満そうに呟いた雅季を森崎はジト目で睨む。

 

『僕たちは学内の差別撤廃を目指す有志同盟です』

 

「お金を出し合う組織?」

 

「融資じゃなくて有志! 志の方! わかれよ!」

 

二人の変わらない日常的な掛け合いに、A組の生徒は苦笑して冷静さを取り戻す。

 

『僕たちは生徒会と部活連に対し、対等な立場における交渉を要求します』

 

とはいえ、今が普通とは違う事態であることには変わりはない。

 

それは森崎も、そして雅季も理解していた。

 

「駿、風紀委員の出番じゃないのか?」

 

「言われるまでもない」

 

既に携帯端末に着信したメールを開いていた森崎は、端末をポケットにしまうと教室の出口に向かって歩き出す。

 

「森崎君」

 

その背中に司波深雪が声をかける。

 

振り返った森崎は、深雪の凛とした表情を見て一瞬目を奪われるも、すぐに首を横に振って気持ちを仕事用に切り替える。

 

「司波さんも?」

 

「はい。会長からの呼び出しです」

 

最初こそ険悪な間柄になった両者だが、今では「知人以上友人未満」といったところだ。

 

深雪にとっても森崎とは光井ほのかや北山雫のように親しくはないが、その人柄を邪険に思ったりはしていない。

 

何より新入生勧誘活動の騒動で活躍した司波達也をある程度は認めている節があるので、寧ろ「友人」として見るならば好印象を抱いている。

 

「そうですか、なら行きましょう」

 

「はい」

 

駆け足気味に教室から出て行った森崎と深雪の二人。

 

その後ろ姿を雅季は見送って、再びスピーカーに顔を向けた。

 

(実に『こっち』らしい『異変』だなー。妖怪退治じゃないから博麗の巫女の出番はないけど)

 

学校の変事を解決するのは風紀委員や生徒会の仕事。

 

まあ、霧雨魔理沙みたいに好奇心で首を突っ込んでくる輩もいるだろうが。

 

そこは現実も幻想郷も変わらないな、と小さく笑みを浮かべながら、雅季は「この異変に名前を付けるなら何がいいかなー」と暢気に考えていた。

 

 

 

 

 

 

案の定というか当然というか、雅季が暢気に過ごしていても事態は進んでいく。

 

放送室の不法占拠は収拾し、次の展開を迎えることになった。

 

「明日、講堂で公開討論会だってよ」

 

「俺たちと同じ待遇にしろだって? 身の程を弁えろって感じだよな」

 

「そうだよな。補欠のくせに」

 

授業の合間の休憩時間、廊下を歩く雅季の耳にそんな会話が入ってくる。

 

前から歩いてくる一年の男子生徒が三人、誰も見覚えがないので他のクラスだ。

 

胸元には八枚の花弁のエンブレム。つまり一科生、彼らの言うブルームだ。

 

雅季はちらっと三人に目を向けると、すぐに関心を無くして視線を外した。

 

人は何事にも境目を作りたがるものと、『結び離れ分つ結う代』である彼は識っているが故に、別に彼らが誰を差別しようと雅季は関与するつもりもない。

 

――だから、事の発端は三人の方から雅季に声を掛けてきたことだ。

 

「おい」

 

「ん?」

 

三人とすれ違った直後、雅季は背後から友好的とは言えない口調で声を掛けられる。

 

「お前、A組の結代雅季だな?」

 

「そうだけど?」

 

雅季が肯定すると、三人は雅季を睨みつける。

 

「お前みたいなのがいるからウィードが調子付くんだ、気をつけろ」

 

そうして放たれた悪態は、少なくとも雅季にとっては意味がわからなかった。

 

「……? 悪い、わかりやすく言ってくれ」

 

「だから! お前みたいなのがいるから、ウィードが調子に乗ってふざけた真似し始めたんだろ!」

 

苛立ちを隠しきれず一人が半ば怒鳴るように雅季に難癖を付ける。

 

それによって周囲の注目を集めたが、渦中の人物たちは気づかない。

 

尤も、

 

「言葉遊びは嫌いじゃないけど、それも相手に伝わらなきゃ遊びとしてもつまらんぞ」

 

一科生(ブルーム)、いや魔法師としての価値観を持たない雅季には、その難癖の付け方は通じなかったが。

 

「……ああ、わかったよ。白痴なお前にもわかりやすく説明してやる」

 

露骨な侮蔑を浴びせながら、別の一人が口を開いた。

 

「お前がウィードごときと同じ視線で付き合ったりするから、連中が俺たちと対等だなんて勘違いして、挙句『有志同盟』なんてもんを作って学校の風紀を乱し始めたんだ。どう責任取るつもりだ?」

 

詰問してきた男子生徒に、雅季は「は?」と間の抜けた声を出し、頭に疑問符を浮かべた。

 

つまり彼らからすれば「有志同盟が生まれたのは結代雅季にも一因がある」ということか。

 

それはあまりにも話が飛躍し過ぎている気がする、というか確実に飛び過ぎだ。

 

「とりあえず、魔法理論の前に理論って言葉の意味を勉強することをお勧めする。あとついでに責任って言葉も」

 

それは男子生徒の問いに答えるものではなく、その男子生徒自身に向けた答えだった。

 

一瞬の間の後、その意味に気づいた彼は怒りに肩を震わせる。

 

「この野郎、ちょっと実技がいいからって調子に乗りやがって……ブルームの誇りを持たない恥晒しが……!!」

 

歯ぎしりが聞こえてきそうなぐらい歯を噛み締めながら彼は言葉を発する。

 

(追加で恥って言葉の意味も、だな)

 

雅季は内心でそう思ったが、流石に口に出すのは止めておいた。

 

ここまで来れば三人が何を思っているのか理解できた。

 

要するに、雅季に対して『地殻の下の嫉妬心』の妖怪が(くら)い喜びを浮かべそうな思いを抱いているということだ。

 

「んで、結局は何が言いたいの?」

 

全く悪びれる、いや怯む様子も見せない雅季に、三人はどんどん感情的になっていく。

 

「ブルームとしての自覚が無いんだったらウィードにでもなってろ!!」

 

「テメェのその胸のエンブレム、破り捨ててやろうか!?」

 

もし雅季が二科生になったとしても実技二位という事実は覆らない、むしろ司波深雪以外の一科生全員が実技で二科生以下になるという不条理な現実が生まれるということに三人は気づいているだろうか。

 

それに、そもそも――。

 

「いや本当、今更だけど何で一科生なんだろうな、俺。入学前に申請出したけどダメだったし」

 

当の本人がそれを希望していたのだ。

 

「な、何言ってやがる?」

 

「何って、入学前に『卒業後の進路で魔法科大学には行かないので二科生でいいです』って申請書を出したんだけど、何でか一科生だったんだよね」

 

入学式の時の疑問が再燃して首を傾げる雅季を見る三人の目に、怒り以外の色が混ざり始める。

 

理解できない、それは三人の共通した認識だった。

 

「じゃ、じゃあ何でここにいるんだよ!! “たかが”神社の跡取りが、魔法科高校に、魔法師の中に入ってくるな!」

 

不満以外に生まれつつあった感情を振り払うように、一人が声を荒げた。

 

「――へぇ」

 

そして、声を荒げたことではなく、彼の言った一言が、結代雅季の「誇り」を傷つけた。

 

結代雅季は『能力』を行使した。

 

魔法科高校という敷地内にいながら七草真由美、十文字克人、そして司波達也などを含めた誰にも感知されず、どんな優れた魔法機器にも検知されることなく。

 

『離れと分ちを操る程度の能力』が、こちらを注目していた人々の興味を『断ち』、意識せず止めていた足を動かしてこの場から『離れ』はじめる。

 

同時に、こちらに駆けつけてきている人物がいることに自分への『縁』を感じることで気付いていた雅季は、その人物に『良縁を結ぶ』ことで少しばかり足止めする。

 

仕上げとして『分ち』で自分と三人を囲うように境界線を引き、『離れ』の術式を織り込んで誰も近づかなくなる結界を構築する。

 

一連の流れは全て人が認識できるよりも早く始まり、認識できる前に終わった。

 

術式など必要とせず、ただ思うだけで魔法を行使する者たちを超能力者と現代魔法は解釈している。

 

だが雅季がほんの一瞬で行使して見せた『能力』は、超能力と呼ぶには多様過ぎて、あまりにも“自然”過ぎた。

 

雅季が『能力』を行使したことにも、周囲の人間が唐突に歩みを再開して歩き去っていくことにも、そして誰もいなくなったことにも三人は気づかず。

 

「な、なんだよ……!?」

 

ただ目の前の人物の雰囲気が変わったことだけは、雅季本人が隠すつもりも無かったので気づくことができた。

 

「魔法師の中に、ね」

 

「そ、そうだ! 一般人を目指すなら一般の高校に入れよ!」

 

「こ、ここは魔法師の学校なんだ!」

 

雅季から発せられる威圧感はまるで遥か格上の者と対峙しているかのようで、三人の気勢を急速に削いでいく。

 

それでもありったけの気力で虚勢を張る三人に、雅季は小さく口元を歪めて、

 

「俺から言わせて貰えば、“たかが”百年前に生まれた『業種』と比較されてもね」

 

淡々と、そう言ってのけた。

 

三人のギョッとした視線が、雅季を捉える。

 

「ぎょ、業種……?」

 

「そうだろ? 兵器として開発された、なんて嘯いているけど、結局のところ『魔法を使える人間』はいても、『魔法師』なんて“種族”はいないんだから」

 

噛み合っていない。

 

何かが噛み合っていない。

 

自分たちと彼は、何かが決定的に違っている。

 

何で、さも当然のように“種族”なんて言葉がいきなり出てくるのか。

 

それはまるで、人以外にも“何か”がいるようではないか――。

 

三人の中に生まれた感情が、段々と大きいものになっていく。

 

かつて、人は理解できないモノに対して「怖れ」を、或いは「畏れ」を抱いた。

 

近世に入り、情報と認識を信仰することによって“それら”を遠くへ追いやって、そして忘れていった。

 

三人が感じているもの、それは正しく人が忘れていた感情だった。

 

それを思い出させた雅季は、不敵な笑みを浮かべて再び『能力』を駆使した。

 

三人に気づかれることなく、三人から極小の、大きさで表現すれば微粒子程度の想子(サイオン)を『分ち』で切り取る。

 

そして、全ての『能力』を解いた。

 

「まあ、俺が入学したのは演出魔法を公式にやってみたいからだけどね。今はアマチュアだし」

 

威圧感も、場を覆っていた『離れ』の結界も全て消え去り、雅季は何事も無かったかのように普段と変わらぬ調子で三人に話しかける。

 

「あ、ああ……」

 

心ここにあらずといった声で返事をする三人から会った時の不機嫌さは消えており、何か釈然としない面持ちで首を傾げている。

 

そこへ、

 

「お前ら、何やってる!」

 

まるで図ったかのように、先ほど雅季が『良縁を結んで』足止めしていた人物がちょうど駆け付けてきた。

 

「き、桐原先輩!」

 

「な、なんでここに……!」

 

三人は顔を強ばらせて現れた人物、桐原武明(きりはらたけあき)へと向き直り、反射的に姿勢を正した。

 

「俺の端末に、剣術部の一年三人が別の一年に絡んでるって連絡が届いたからな。どういうことなのか、説明して貰おうか?」

 

台詞の後半に威圧を込めて桐原が問うと、強ばった三人の表情が一気に青褪める。

 

そこへ、やはり普段通りの態度で待ったを掛けたのは雅季だった。

 

「いや、もう和解しましたよ、先輩」

 

「和解した?」

 

怪訝そうな目を雅季に向ける桐原。それを雅季は平然と受け止め、三人に向き直る。

 

「はい。だよなー?」

 

「え!? あ、ああ!」

 

雅季に同意を求められ、目を白黒させていた三人は弾かれたように一斉に頷く。

 

「というわけで、特に問題ないです。いや、わざわざ駆けつけて頂いたみたいで、ありがとうございます」

 

頭を下げる雅季を、桐原は怪訝そうに暫く見つめ、徐に口を開いた。

 

「お前、名前は?」

 

「結代雅季です」

 

「結代か、俺は二年の桐原武明。こいつらは部活の後輩でな」

 

桐原は雅季にそう告げると、三人へと視線を移した。

 

「お前ら、行っていいぞ。……俺が言えた面じゃないが、剣術部の看板、汚すなよ」

 

「は、はい! すいませんでした!」

 

「失礼します!」

 

三人は萎縮しながら深く頭を下げると、逃げるようにその場を立ち去る。

 

その後ろ姿を雅季は「縁があればまたなー」と声をかけて見送った。

 

「悪かったな、うちの連中が不快な思いさせちまったみたいでよ」

 

「いやいや、大丈夫でしたんで」

 

三人が見えなくなった後、雅季の方へ向き直った桐原が謝罪し、雅季は手を振って何も無かったことを告げた。

 

そう、“何も無かったこと”になっている。

 

 

 

あの三人は会話の途中の記憶が抜け落ちている。

 

雅季と何かを話していたことはわかるが、それが何なのかが漠然としていて明確に思い出せない状態だ。

 

雅季の『能力』によって、ほんの僅かな想子(サイオン)を、「認識」と「情報」を抜き取られた三人は、つい先ほどまでどんな会話をしたのか生涯思い出せることは無く。

 

ただ何故か「得体の知れない恐怖」のみが、心に残っていた。

 

 

 




桐原の『良縁』は次回に持ち越しです。

ちなみに結代雅季は「幻想郷で異変の首謀者になれる」ぐらい強いです。

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