暁美ほむらに現身を。   作:深冬

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第3話

 転校から一週間ほど過ぎたが、内気な傾向があるほむらは上手くクラスに馴染めないでいた。

 勉強はダメ。運動もダメ。自分自身が予想していた通りの結果が、そのまま周囲からの自らの印象になっていた。誰の視界にも入らないように身を小さく小さく丸め、自分という出来損ないの存在を縮めようと、見当違いの方向に努力した。

 だけれども、どんな場所にもモノ好きはいるものである。

 ダメダメなほむらのことを友達と呼んで、普通に接してくれる少女たちがいた。美樹さやかを中心とする仲良し三人組である。

 縮こまったほむらの手を取り、クラスのみんなに馴染ませようとしてくれる。決してクラスメイトたちがほむらを疎外しようとしているわけではないと理解していながらも、上手く踏み込んでいけないほむらの手を引いてくれた。

 しかしそれでもクラスに馴染めないのが自虐傾向のあるほむらなのである。

 なんとか気を許すことができた三人以外の周囲のクラスメイトたちとの間に勝手に心の壁を築き、自らの進むべき道を一方的に閉ざした。バカだバカだと自分を罵っても解決する問題ではなく、結局どうすることもできないのが現状だった。

 

「――……ぁ」

 

 意識が急に切り替わる。

 そこは暗幕を垂らしたような闇が支配する空間だった。

 ――どこ?

 口に出したはずだった。たしかに言葉を発した。自分の身体であるはずなのに、言うことを聞かない。

 普通ならパニックになるであろう状況だが、ほむらにはなにもかもどうでもいい気がしていた。

 ここがどこかもどうでもいい。身体が自由に動かないのもどうでもいい。無気力感が全身を襲った。

 だというのに、一歩、また一歩と左右の脚がほむらの意志の介在も無しに勝手に動き、身体を前へと進める。

 もはや何もかもどうでもよくなっているのに、どうして私の身体は動くのだろうと、ほむらは力が入らぬ身体で思った。

 

「――……ぇ?」

 

 いったいどれぐらい前に進んだだろうか。真っ暗な空間で、しかも勝手に身体が動く状態ではわからなかった。

 パチッ、というブラウン管テレビが点くような音と共に真っ暗だった空間に壁が現れた。進行方向はこっちだよ、とでも言いたげに、ほむらの左右に形容しがたい液晶ディスプレイのような真っ黒で、だけれども黒とは区別できる黒が存在していた。だから壁だと認識できた。

 その壁に映像が映る。なんてことのない、一人の少女を主役にした物語だった。

 左右の壁一面に映像が流れている。終わりがないと思わせるほどに遥か彼方の前方まで区切り区切りで映画館で鑑賞するように物語は上映されていた。

 ほむらの身体は意志を関係なく勝手に前進する。顔は前方を向くように固定され、瞬きすら自由にさせてくれない。

 ――なんで……なんでなの!?

 ほむらの瞳から涙が止め処なく溢れる。涙のせいで視界がぼやけたのはほむらにとって幸いだったのかもしれない。

 拭うことすらできぬ涙腺から分泌された己の体液に心の中で感謝したほどだ。それほどまでに視聴拒否すらできない映像は、ほむらの心を深くえぐっていた。

 心臓病を患った少女が孤独に耐えながら長い入院生活を送っているところから始まり、無事退院して中学校に転校、そして疎外感に苛まれる。そんな物語だ。

 少女が幸せそうに笑っている場面なんてない。ずっと不幸のどん底だった。

 

「ぁぁ……」

 

 気付けばほむらはその場にへたり込んでいた。いつ膝をついたのかわからなかった。

 眼前にテレビがあった。白いブラウン管テレビだ。普通のテレビと違うのは筐体の左右からにょろんと髪の毛が飛び出しており、宙に浮かんでいることだ。

 そんな不可思議な物体が目の前にあるというのに、ほむらの瞳はテレビの画面に釘づけだった。

 ほむら自身の姿が映っている。勉強や運動についていけず、陰口を叩かれ、せっかく友達だといってくれた人にさえも無視される自分自身の姿が。

 

 

 *****

 

 

 巴マミは愚かな少女だった。

 安心して命を預け合えるような信頼を持ったこの世の本当のことを共有し合える友達の一人と喧嘩別れをした。

 それに伴い、もう一人の友達と段々と疎遠になっていった。会話すらしないというわけではないけれど、ギクシャクした複雑な関係になってしまった。

 

 全てマミが悪かった。

 杏子のことを理解してあげられなかった。関係が壊れることを恐れて踏み込むことができなかった。

 

「その結果、関係が壊れてしまってはザマないわね」

 

 夜の公道を街灯の光源がポツポツと照らす中、自嘲気味に呟いた。

 

「美樹さんは自分のせいだって悲観してたけど、やっぱり私の責任だわ。年長者として私がもっとしっかりしていれば、佐倉さんだって……」

 

 過去を想って『たられば』を考える。

 マミは失敗する度にあの時はこうしておけば良かったと後悔することが多い。無意味で無駄なことであると理解しつつも、成功している自分の姿を妄想して自身を慰めていた。

 

 夜道を歩く。こうして左中指に嵌めた指輪に変化させたソウルジェムが魔女の気配を察知するのを待っている。

 キュゥべえによってワルプルギスの夜の襲来が予知されている以上、グリーフシードの貯蓄は急務だった。今だってさやかたちと二手に分かれて魔女狩りをしているところだ。

 マミはグリーフシードを。さやかはまどかの新人研修を。やることは山積みだ。

 

「ワルプルギスの夜か……」

 

 改めていずれ戦うことになる魔女のことを考える。

 魔法少女たちの間で噂されている超弩級の大物魔女。噂はたくさんあるが、かなり昔からその存在を確認されているようで、現在に至るまで討伐されていないことから、基本的に魔法少女の間ではその力が強大であるとされている。

 

「勝てるかな?」

 

 不安である。たった三人だけの戦力で、魔法少女たちの間で噂になるほどの大物を仕留められるのか、という恐れだ。

 戦いに負けて死んでしまうかもしれない。マミは自身がたとえ死ぬことになっても見滝原に住まう人々を守れれば良いと思ってはいるが、後輩たちが死んでしまうのだけは耐えられなかった。

 年長者として私がしっかりしなきゃ。

 

「いいえ、勝たなければいけないわ。一人でも多くの人々の命を守ることが魔法少女の使命なんですもの!」

 

 重責に押し潰れそうになるガラスのように割れやすい精神を言葉として形にすることで鼓舞する。

 これで大丈夫。まだ頑張れる。

 

「あら?」

 

 ソウルジェムが魔女の気配を察知して、黄色い光となって存在を教えてくれる。

 マミはそれに従って魔女がいるであろう方向へ急いだ。

 

「ここは……」

 

 廃工場だった。何を生産していたかわからないが、埃の積もり具合からここ数年で廃棄された工場であることがわかる。

 大型の物を搬入するためにある正面のシャッターが上げられており、中をうかがい知ることができる。しかし、そこには工場の入り口とは別の入り口も存在していた。現実とは違う空間へと繋がる入り口が。

 

 マミは躊躇いなく魔女の結界へと侵入する。

 魔法少女として見滝原市の平和と守って2年ほど。今更怖気づくほどのことではない。

 魔女の結界内部はコロッセオのように円形になっており、周囲をメリーゴーラウンドのようなモノがぐるりと輪状となって囲んでいた。

 無事魔女の結界に侵入を果たしたマミの瞳はすぐさま魔女の姿を捉えた。運が良かったのか悪かったのか、結界の主は結界の入り口付近までやって着ていたのだ。

 

「あれはッ!?」

 

 ブラウン管テレビにツインテールを生やした様な魔女の目の前に、黒髪を三つ編みにした少女がへたり込んでいた。

 その瞳からは生気が感じられず、うわごとのように何かを呟いていた。

 

 これはマズイ。黒髪の少女の身を案じたマミはすぐさま行動に移す。

 素早くリボンをマスケット銃へと変化させ撃鉄を鳴らす。銃口から放たれた弾丸は側面から魔女を貫通、一発の弾丸のみで魔女を討伐することに成功した。魔女の結界に侵入したことを魔女に察知される前に不意打ちできたことが幸いした。

 

「大丈夫っ!?」

 

 遠目で魔女を倒したことを確認したマミはへたり込む少女に駆け寄った。

 少女の首筋を見れば、魔女の口付けがちょうど消えていくところだった。

 

「よかった……」

 

 少女の安全を確認してマミは一息ついて安心する。マミにとって人命とはなによりも大事なことなのだ。

 マミは少女の姿を改めて確認する。意識がなくぐったりとした様子だが命に別条はなさそうだ。眼鏡をかけ長い黒髪を三つ編みにしているどこにでもいそうな中学生といった印象だ。マミと同じく見滝原中学校の制服を着ているので中学生なのは明らかであるわけだけど。

 

 魔女の結界が崩壊して、近くの公園のベンチで少女を膝枕で看病していると、少女は意識を回復させた。

 

「……うう、ん」

「起きた?」

 

 混乱させないように優しげな声色で言葉をかける。

 マミが見たところ、少女は魔女に精神攻撃を仕掛けられていた。そんな精神が衰弱した状態である少女に強い刺激を与えるわけにはいかない。

 

「ここは……」

 

 少女は起き上がって周囲を確認する。夜の公園。街灯の下に設置されたベンチ。なにがなんだかわからないといった様子だ。

 数秒辺りを見渡して、少女は何かに気付く。

 

「ぁ……あの化け物。いや、やめて……私にそれを見せないでッ!」

 

 パニックに陥ったのか少女は頭を抱えて身体を震わせながら、やめてやめて、と言葉を繰り返した。

 そんな様子の少女を悲しそうな目でマミは見ていた。

 やがて耐えきれなかったのかマミは震える少女の身体を上から抱きしめた。

 

「大丈夫よ。もう大丈夫。悪い魔女はお姉さんがやっつけたんだから」

 

 安心して、とマミは何度も何度も少女に声をかけ続けた。

 しばらくすると少女も落ち着いてくる。それを見計らってしゃべりかける。

 

「私は巴マミ。あなたのお名前は?」

「暁美……ほむら、です」

 

 俯き気味に少女――暁美ほむらは答えた。

 

「そう、暁美さんって言うのね。その制服、見滝原中学のモノよね? 何年生かしら?」

 

 同じ中学校の三年生だということを伝えつつ、マミはほむらに訊いた。

 

「二年生、です。あの、でも……」

「でも?」

「あの……私、見滝原中学校に転校してきた、ばっかで……」

 

 マミはほむらの顔をしっかりと見る。

 恐怖。混乱。戸惑い。それらがほむらの強張った表情から伝わってくる。

 当たり前だ。この世の本当のことを目の当たりにして、しかもそのことを憶えているのだ。あまりの恐怖によって記憶が飛んでしまっていた方が、ほむらにとって良かったのかもしれない。

 ほむらはトラウマを強制的に想起させられたのだ。こんな記憶なんて忘れてしまう方がいい。

 

 抱きしめる力が強まる。

 マミは見ていられなかった。両親を失ってキュゥべえの言うままに唯々諾々と魔法少女の契約を行った自分を重ね合わせてしまっていた。

 魔法少女になんてなるものではない。魔法少女になってから理解させられる理不尽な日々。魔女を討伐させられる毎日。拒否などできない。生きるためには危険を冒してまで魔女を狩らねばならない二律背反。

 正義への憧れは、生存競争をしなければならない絶望へと、取って代わる。

 口では正義を語るけれど、生存競争の片隅で正義を行うけれど、だけど、それは表面上のことでしかなかった。

 魔法少女になって、いつか気付く。魔法少女になんて望んでなるべきではない、と。私のように仕方なくなるべきなのだとマミは思ってしまった。

 

 せっかく塗り固めた嘘が決壊した。

 まるで悪魔に囁かれたかのようにマミは行動に移した。

 

「ごめんね」

 

 なんの謝罪なのだろうか。マミの口から零れた言葉。

 ほむらの耳元でそっと言葉を続けた。

 

「暁美さんには教えてあげる。この世の本当のことを」

 

 誰も孤独には耐えられない。

 友達、仲間、親友。それらを一度でも味わってしまっては、もう孤独には耐えられない。

 

「……だから、お願いだから私と一緒にいてください」

 

 ほむらのためにならないとは理解している。

 だけど羨んだ。新たな仲間を連れた美樹さやかを羨んだ。出会いを望んだ彼女とは同じものを望むわけではないけれど、私にだって出会いがあっても良いじゃない。

 もう一人にはなりたくない。その気持ちがダメだとわかってて口を動かした。


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