暁美ほむらに現身を。   作:深冬

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第2話

「雑魚の露払いお願い! 私は本命を倒して来るから」

 

 深夜のショッピングモール近くにある改装中のビル。時間帯も時間帯であるし、そもそも改装中であるからして人も寄り付かない。

 そんな場所は現在、魔女によって結界が張られていた。結界の内部は無限ループの錯覚が起きそうな騙し絵のような空間。上下左右の理が無いのか、ドアや階段がしっちゃかめっちゃかに配置されている。

 さやかとまどかはそんな空間の中を突き進み、大広間のような場所で待ち構えていた結界を発生させている諸悪の根源である魔女と対峙していた。

 蝶が飛び交うこの部屋の中央で、異様なほどに存在感を醸し出す存在がある。

 その体躯はキリンのような四足動物で、背中には蝶の羽。そして頭から泥を被ったような奇怪な頭部。さらにそんな頭部に薔薇の花がいくつも咲いており、それらが魔女としての異質さを際立てていた。

 周囲には魔女をデフォルメしたような姿をした使い魔が無数に宙を漂っている。

 

「ハアアアアアァァァッ」

 

 さやかは自慢の刀を小さな手に握り、魔女目掛け突進する。今の彼女にできるのは魔女に近づき、斬る。単純なそれだけだ。

 魔女に接近するさやかに使い魔たちが殺到する。ベルのような警戒音をけたたましく鳴らし、さやかに容赦ない頭突きをかまそうとしてくる。

 

「あぶないっ!」

 

 まどかの声が響く。同時にさやかに襲いかかった使い魔たちの身体に矢が突き刺さった。使い魔たちは呆気なく地面に撃墜される。

 

「やった……」

「安心しない! 次来るよ!」

 

 使い魔ごときを倒せたことでホッと息を吐いたまどかをさやかは叱咤する。あくまで使い魔は雑魚でしかないのだ。安心するのは本命である魔女をなんとかしてからだ。

 その本命は使い魔を倒され怒ったのか、ようやく動き出した。

 

「ごめん、さやかちゃん!」

「謝らなくていいから、まどかは作戦通り使い魔の殲滅をお願い」

「うん!」

 

 いやに嬉しそうな声。事実、まどかは嬉しくて仕方がなかった。

 誰かに頼られる自分。自らの力が必要とされることでそれを実感できた。

 勉強も運動も……自慢できる才能なんてないけど、誰かに役に――さやかちゃんに必要としてもらえる!

 命のやり取りをしているというのに破顔してしまいそうになるのを堪えて、弓に次矢を番える。

 魔法少女としてのまどかの武器は弓矢。さやかが刀剣を使っているから自分は遠距離武器だ、なんていう理由はともかく、コンビとしてやっていくには理想的な武器選択かもしれない。

 魔女と戦うさやかに襲いかかる使い魔に狙いを定め、次々と矢を射る。時たま狙いが外れて使い魔の横を通過していくが、おおよそ狙ったところに命中させている。まどかの魔法少女としての基本性能の高さがうかがい知れる。

 その後も、さやかに近づく使い魔を、そしてまどかの方に狙いを定めてきた使い魔を撃墜していった。

 

「終わったよ!」

 

 まどかが使い魔の掃討を終えることには、さやかと魔女の戦いは佳境に差し掛かろうとしていた。

 魔女はその鈍重そうな体躯から考えられないほどの身軽さを発揮して、大部屋の天井や壁を蹴って縦横無尽に攻め立てる。さやかも負けじと魔方陣を足場に魔女の動きについていこうとするが、必殺の一撃を秘めた刃は魔女に届かない。

 もどかしい思いがさやかの心を支配しようとするが、この場には魔法少女が二人いる。一人じゃなければこんなヤツには負けない、と平常心を保つため心に念じる。

 

「頼むまどか! 私のことは気にしなくていいから援護お願い!」

「まかせて!」

 

 まどかの矢が魔女に突き刺さることはない。当たり前のことである。キュゥべえと契約して――魔法少女として戦いが始まって数日。実践回数なんて今回が三度目であるし、そもそも魔女と対峙するなんて初めての経験だ。

 そんなまどかに魔法少女としての一日の長があるさやかでも苦戦を強いられている魔女に攻撃なんて中てられるはずもない。

 しかしそれでいいのだ。魔女がまどかの矢を避けようと行動を制限されれば、さやかにとって満足な結果なのである。

 

 ついにさやかの刃が魔女に届く。奇怪な頭部に咲いた薔薇の花を掠めただけではあるが、たしかに届いた。

 その瞬間。

 魔女が啼いた。この世のものとは思えないおぞましく甲高い啼き声。魔女がこの世のものと言えるかわからないが、それでもさやかとまどかの内心で不快感が渦巻いた。

 

「ヤバいッ! まどか逃げて!」

 

 言ったが早いか、魔女が動き出したのが速いか、次の瞬間にはさやかは魔女の体当たりによって壁に叩きつけられ、肺から空気を吐き出させられた。

 

「――クハッ」

「さやかちゃん!?」

 

 まどかはさやかの身を案ずる声をあげる。

 魔女の顔がまどかの方へと向けられた。

 

「ひぃ……」

 

 恐怖から堪らず悲鳴が零れた。

 

「きゃぁ!?」

 

 まどかの身体に蔦が絡みつき、彼女の動きを拘束する。まどかが周囲を見回してみれば、さきほどまどかが倒して地面に転がっていたはずの使い魔たちがその姿を蔦に変え、続々とまどかの幼くも発達した肢体に絡みついてくる。

 もがけばもがくほど蔦が締め付ける力が強くなっていく。

 魔女はその様子を楽しむように、ゆっくりとまどかの下へと歩みを進めだす。

 

「まどかァ!」

 

 壁に叩きつけられていた身体を起こし、さやかは一心不乱にまどかの元に急ぐ。

 

「喰らええええッ」

 

 背後からの一撃。魔女の泥の被ったような頭部にさやかは刀を力一杯突き刺す。

 安全装置解除。刀身が爆発する。

 身体の内側からの爆破により、魔女の頭部が辺りに飛散する。それはグロテスクな光景で、跳ねた塊が頬に付着したまどかは堪らず瞼を閉じるほどだ。

 

「はぁ、はぁ、はぁ……」

 

 息も絶え絶えな呼吸音を聞いて、まどかは瞼を開く。

 

「さやかちゃんッ!?」

「大丈夫、だから……。こんなのいつものことだよ」

 

 さやかはボロボロな姿で言った。

 刀身爆破は使用者にも爆発ダメージが襲いかかる。魔法少女装束は節々で焼け焦げ、さやかの白い肌を外気に晒している。もっともその肌でさえ、爆発により軽く爛れてしまっている。

 魔女が倒されたことにより蔦の拘束が解けたまどかは、すぐさま駆け寄って治癒魔法をさやかに施す。初心者魔法少女であるまどかの回復魔法の腕は決して良いわけでもないが、さやか自身が自ら回復魔法で癒すよりも効果が高い。

 暖かい光がさやかの身体を包み込む。

 

「ありがとう、まどか。助かったよ」

 

 動ける程度まで回復したさやかは身を起こす。

 

「ダメだよさやかちゃん。もっと休んでなくちゃ!」

「へいきへいき。いつだって私はこうやってきたんだから」

「嫌だよ……さやかちゃん自身が傷ついてまで戦ってほしくない」

 

 だからわたしは魔法少女になった。

 まどかの瞳がさやかを射抜く。強い眼差しだ。力になりたい、という強固な意志が感じられる。

 

「でも、私はこれ以外に戦い方を知らない。みんなが住んでる見滝原を守ることができるなら、こんな私の身体なんて気にしちゃいれられないよ」

 

 嘘である。自己犠牲を正当化するために咄嗟に出た淡い嘘。

 これでまどかが納得してくれるとは思ってはおらず、自分自身を納得させるための言葉。まどかの優しい言葉によって揺らいだ心を嘘という張りぼて固める。

 

『ちょっといいかい、ふたりとも』

 

 魔女の結界が崩壊し、改装中のビル内部へ戻って来た二人を迎えたのは白い生物だった。

 キュゥべえはぴょこんと大きな耳を動かして、その存在を強調する。

 

『見滝原市が消滅してしまうかもしれないほどの大事な話があるんだ。僕の話聞いてくれるよね?』

 

 

 *****

 

 

 話があるとキュゥべえに連れられてきたのは、さやかにとって懐かしい場所であった。

 深夜ということもあり全体像はハッキリ視認できないが、建物の玄関口から漏れる蛍光灯の真っ白い光は暗闇を歩いてきた彼女たちの視神経を強く刺激した。

 

「ここは……?」

 

 まどかは初めて訪れるそのマンションに疑問の声をあげる。キュゥべえのあとに着いてきたのはいいが、徐々に硬くなるさやかの表情に不安を感じていた。

 

「知り合いの家だよ」

 

 慣れた手つきで部屋番号を押しながらさやかはまどかの疑問に答える。

 

「まあ、たぶんまどかも知ってる人」

 

 インターフォンに応じた人と一言二言言葉を交わし、内部からエントランス扉を開けてもらい、エレベーターに乗り込み目的の階に到着する。

 部屋の扉が開き、小柄な体躯を生かしてするりとさきに入っていったキュゥべえを尻目に人間同士挨拶を交わす。

 

「こんばんは、巴先輩」

「こんばんは美樹さん。そちらの方は?」

 

 出迎えたのは物腰の柔らかそうな黄色の髪をした少女であった。

 巴マミ。さやかたちの通う見滝原中学校の一年先輩で、容姿端麗、学業優秀と学年を越えて噂されるような人物だ。

 そんな雲の上の人物だからか、まどかは緊張した面持ちで名乗る。

 

「鹿目まどかです。よ、よろしくお願いします巴先輩!」

「マミって呼んでくれて構わないわよ。美樹さんはなかなかに強情で呼んでくれないんだけど」

 

 困ったわー、とマミは微笑んだ。

 

「別にいいじゃないですか。年長者を敬うのは人間として当然のことですよ」

「あら、だったらその年長者のお願いを聞いてくれたっていいじゃない」

「残念。学校では巴先輩は先輩だし、それに魔法少女としては私の方が先輩なんで巴先輩の言うことは聞けませーん」

「フフッ、なによそれ」

 

 軽口をたたき合ってから、マミは来客をリビングへ案内する。

 彼女の美的感覚で揃えられた家具やおしゃれな小物類は、それだけでまどかの乙女心をくすぐる。おしゃれについて色々と聞きたいことができたが、今はそんなことを質問している場合ではない。

 キュゥべえが大事な話があると言って、みんなを集めた。それがメインの話なのである。

 

「さあ、教えてちょうだいキュゥべえ。見滝原市が危険ってどういうことなの?」

 

 口火を切ったのはマミだ。みんながガラス板のテーブルを囲んで腰をおろしたのを確認して年長者らしく話を進行させる。

 

『そうだね。僕は無駄話が好きじゃないから端的に現状を報告するね』

 

 キュゥべえは太い尻尾をひと振りしてから、

 

『一ヶ月後――ワルプルギスの夜が見滝原市に襲来する』

 

 ワルプルギスの夜。その存在を一言で表すというならば、最強の魔女という他ないだろう。

 歴史上で語り継がれるほど古くから存在を確認されている魔女であり、過去に出現した際には、一度に何千人という人間を殺戮したこともあった。それは彼女が結界に身を潜めて魔法少女から身を守る必要のないほど強大な存在ということを証明しており、ただ現実世界に姿を現すだけで物理的破壊を伴う局地的自然災害によって周囲に絶望を撒き散らす。

 それこそが、キュゥべえが見滝原市が消滅してしまうかもしれないと言った根拠であり、実際にワルプルギスの夜が出現した際にはスーパーセルとして見滝原の地に猛威を振るい、決して少なくはない人命をさらっていくことだろう。

 

「そんなぁ……」

「…………ッ」

「どうにかならないのキュゥべえ?」

 

 これから起きるであろう事態を聞いて、それぞれ悲痛な声をあげる。

 

『だからこそ、きみたち魔法少女がいるんじゃないか。僕に奇跡を願った対価に魔女を倒すという宿命を負ったきみたちが。きみたちの手で見滝原市を救うんだよ!』

 

 たしかにキュゥべえの言う通りなのだろう。

 魔女を倒すのは魔法少女の役目で、周囲の人間を魔女の魔の手から救う。それは過去から現在に受け継がれてきた魔法少女の使命といってもいい。

 だけれども、さやかは危機感を感じていた。

 古くから存在を確認されていたのにも関わらず、今もなおワルプルギスの夜という魔女が存在し続けている事実。すなわち敵は強大ということだ。

 過去にもさやかたちと同じ境遇に立たされた魔法少女たちもいたことだろう。だけれどもワルプルギスの夜が存在し続けているということは、彼女たちの奮闘は最悪の結果に繋がったはずだ。

 

「私たちがしっかりしないといけないみたいね。短い時間しかないようだけど、がんばって強くなりましょう」

「はい。マミさん」

 

 キュゥべえが予期したワルプルギスの夜の襲来。ひとまずの対応として各々のスキルアップということで決着した。

 魔法少女初心者であるまどかは一カ月以内に魔女との戦闘経験を積み一人前になること。そしてベテランといって差し支えないさやかとマミは、更なる向上を目指して頑張ることになった。

 

「まどか。悪いけど先に帰ってて」

「どうしたの? マミさんの家に忘れものしたんだったら待ってるけど」

「いや、ちょっとばかし巴先輩と話があることを思い出してね」

 

 ごめんね、とさやかはマンションのエントランスでまどかと別れ、マミの部屋に戻る。

 

「巴先輩。話があります」

 

 帰ったはずの人間が戻って来たのにもかかわらず、マミは暖かくリビングまで迎えてくれた。ホットミルクが差し出され、さやかは瞳を落とした。

 

「それは美樹さんに与えられた魔法属性のことかしら?」

「あっ、知ってたんですか……」

「もしかして……って思ったことがあったから」

 

 マミは自分の分のホットミルクに口をつける。

 

「まあそうですよね。私の契約時のこと話したことありましたものね。その時に私の願いについても話してたんでしたっけ」

 

 ――私は……意味が欲しい。人との出会いに意味を。くだらないと蔑んだこの世界を少しでも素敵なものにするために、人と人との出会いには意味があるって思いたい。

 

 さやかは“出会いに意味が欲しい”と願った。

 決して良い願いではない。出会いに意味があるとすれば別れがあるというだけ。そのことを悟ったさやかは、願いと対価の比重に少し後悔していた。

 魔法少女は戦わなければならない。ソウルジェムの濁りを取り除くため、魔女を倒すという宿命からは逃れられない。

 そのための魔法少女最大の武器となるのが魔法属性だ。

 願いによって強化された魔法資質。例えばマミならば“命を繋ぎ止めたい”という願いによって拘束魔法が強化された。他にも怪我や病気の治癒を願えば、治癒魔法が強化されたりする。

 

「ハハッ、私の魔法属性はなんて呼べばいいんでしょうかね。なかなかいい言葉が見つかりませんよ」

 

 ようやくホットミルクに口をつける。さやかの胃袋に暖かい液体が流れ着き、それが彼女を落ち着かせる。

 

「なにもかも私のせいなんでしょうね。杏子が私たちの目の前からいなくなったのも、まどかが契約することになったのも」

 

 嫌になっちゃうな、とさやかは内心を吐露した。


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