暁美ほむらに現身を。   作:深冬

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舞台上も稀にネタ差しこんでますが気にしないでください。


舞台上
第1話


 暁美ほむらは緊張から身体を震わせていた。嫌な汗を体中から噴出させ、現実を見つめようとする。

 引き戸の前に佇んで、教室内から自らを呼ぶ声を待っている。

 

 ――ずっと呼ばれなきゃいいのに。

 

 朝目覚めて一番初めに思ったことは、今日なんて来なければよかったのに。

 見滝原中学の門を潜り思ったことは、なんで私はこんなところにいるんだろう。

 そしてクラス担任早乙女和子に連れられ、今この場にいる。大罪を犯した犯罪者が処刑を待っているような感覚だ。

 

 転校初日。第一印象が大事だとわかっている。だけれども、ほむらは全てを放り投げてこの場から逃げ出したい気持ちでいっぱいだった。

 眼鏡をかけ、長い黒髪を三つ編みにした地味な外見。彼女はどうしようもなく、自分に自信を持てなかった。

 長らく入院して、やっとこさ先日退院できた心臓病のこともあるのだろう。

 勉強についていけない。運動すらまともにできない。自分に自信を持てる要素が一つもなかった。

 それに虐めに遭ってしまうのでないかと恐れていた。

 先に挙げたとおり、ほむらは病気のせいで人より劣ってしまっている。弱いものを虐める。それが人間の(さが)であると、ほむらはその十年とちょっとの人生の中で身に沁みるほど理解していた。

 

「……帰りたい」

 

 ここに来るまでずっと我慢していたモノが吐き出される。

 学校なんて行きたくない。ずっと家に引き籠っていたい。

 現代の社会問題である引き籠りに足を踏み入れようとした瞬間、それを制止するように教室の中からほむらを呼ぶ担任の声が聞こえてきた。

 逃げるタイミングを完全に失ったほむらは、震える手を抑えながらゆっくりと引き戸を開ける。

 初めに視界に入ってきたのは大きな電子黒板である。事前に聞かされていた情報によれば、黒板を使用しない時は天井に収納されるそうだ。

 電子黒板以外にも映像を映すための天井に収納タイプのプロジェクター、床に収納できる机など、世間一般からかけ離れた最新鋭の学校設備がほむらを迎えた。

 転校前の東京のミッション系の学校の伝統ある古めかしい校舎とは違って、見滝原中学校の学校設備に驚かされる。

 

「はーい、それじゃあ自己紹介いってみよー」

 

 人を意識しないようと意識を紛らわせていたほむらに、早乙女が最後の後押しをする。

 余計なお世話だ。せっかく自分のタイミングで自己紹介を始めようとしていたところに、いきなりの外部からのアシスト。やめてほしい。

 俯き、全身から冷や汗を噴き出しながら、やっとの思いでほむらは口を開く。

 

「あ……あああの、私……暁美、ほむらです。どうか、よ、よろしくお願いします」

「暁美さんは心臓の病気でずっと入院していたの。みんな仲良くしてあげてね」

 

 言えた、という安堵感がほむらを支配した。

 少しばかりどもり口調になってしまっていたが、しっかり挨拶できただけでも御の字だ。ほむら自身は緊張から言葉をうまく出せなかったらどうしよう、と不安な気持ちでいっぱいだったので、この結果に十分満足していた。

 

 休み時間。ほむらの元に生徒たちが集まってくる。

 晴れてクラスの仲間入りをした彼女であったが、その内心はどんよりとした曇り空であった。

 

「ねぇねぇ、暁美さん。前はどこの学校だったの?」

「部活とかやってた?」

「すっごく長い髪だよね。編むの大変じゃない?」

 

 矢継ぎ早に投げかけられる質問の嵐。ほむらとしてもひとつひとつ丁寧に返答していきたいのだが、内気な性格がそれを許さなかった。

 

「あ、あの、えと……その……」

 

 上手く言葉が出てこない。せっかく昨日の夜、予想できた質問の返答を考えてきたというのに、ほむらはそれを生かすことができない。

 ほむらがあたふたしていると、

 

「ちょっとごめんねみんな!」

 

 助け船を出すように少女の声が割って入ってきた。

 

 鹿目まどかは、転校生の顔を見る。

 不安そうな表情だ。自分に自信が持てなくて、だから言葉が出てこない。ちょっと前の自分自身と同じだった。

 何かしようとして、だけれども何もできなくて。嵌らない歯車のように全てが空回りしていた。

 

「暁美さん、休み時間は保健室でお薬飲まなきゃいけないんだって」

 

 まどかの言葉を聞き、ほむらはハッとした表情になる。クラスに馴染むことばかり考えていて完全に忘れていた。

 未だ全快とはいかない身体のため、医者から処方された薬を飲まなければいけない。

 

「そうだったの?」

「あっ、はい。そうでした。すいません」

「いいよいいよ。こっちこそごめんね、暁美さん」

 

 申し訳そうに謝るほむらにクラスメイトたちは笑って返す。

 それを見て、まどかは安心する。どうやらほむらはクラスに馴染めそうだ。

 

「いこうか、暁美さん。わたし保健委員なんだ」

「はい」

「それじゃあ、みんなまた後でね」

 

 クラスメイトたちが手を振って二人を送り出す。

 廊下に出て、まどかの後ろをほむらがヒヨコのようについていく。保健室の場所はよく利用することになるのでほむらは下調べしていたが、まどかの優しさに甘えた。

 

「ほむらちゃん……って呼んでいいかな?」

 

 自らの後ろをビクビクと歩くほむらの様子を確認して、まどかはしゃべりかける。

 

「え……あ、はい。えぇっと……」

「鹿目まどか。さっきも言ったけど保健委員なんだ。よろしくね、ほむらちゃん!」

「はいっ! よろしくお願いします鹿目さん!」

 

 よかった。まどかは嬉しそうなほむらの表情を見て安心した。

 ただ不安だったのだ。手をかける取っ掛かりがなくて、現実味がなかった。だから切欠を与えるべく手を差し伸べた。

 まどかがさやかにされたように、まどかもほむらへと手を差し伸べた。

 

 放課後。全ての授業が終わりクラスメイトたちは各々帰宅したり部活へ行ったりと教室から溢れだすように我先にと這い出て行った。

 まどかもそれに倣い友達と一緒に教室を後にしようとしたが、机から教科書を取り出して鞄にしまう転校生の姿を見つけた。

 

「ねぇ、さやかちゃん。仁美ちゃん。誘いたい子がいるんだけどいいかな?」

 

 

 *****

 

 

 ど、どどどどどうなってるんですか!?

 暁美ほむらはオレンジジュースが中ほどまで入ったコップを両手に持ち、俯き加減にそのコップを凝視していた。

 学校からほど近いショッピングモール内にあるファミレス。少女たちはそこで放課後ティータイムと洒落こんでいた。

 ほむらの他にはまどかや、彼女の友達である志筑仁美、美樹さやかの姿もあった。

 

「それでですね、これをこういう風に解けばいいのですよ」

「ふんふん。えぇっと……これでいいかな?」

「それであってますよ。次の問題ですが、応用問題になっていまして――」

 

 隣に座ったまどかは対面にいる仁美に数学の宿題を手伝ってもらっている。長いこと入院していて勉強に追いつけていないほむらとしてもそれに交じりたかったが、持ち前のコミュ障を発揮して押し黙ってしまっている。

 俯き加減だった視線を少し上げてみる。

 

「――!?」

 

 声にならない悲鳴。こんなところで悲鳴なんてあげてしまっては迷惑なことだし、しかもほむらの対面に腰掛けている少女にあまりにも失礼だ。

 慌てて手に持ったコップに視線を戻す。

 

 なんで私なんかを見てるの!?

 

 理解力が追いつかなかった。

 正面向かい側に座った青色の短い髪をした少女――美樹さやかがお菓子を摘まみながらほむらのことをその瞳に捉えていた。

 

 ほむらが美樹さやかに対して一番初めに抱いた感情は恐怖だった。

 ファミレスに来る前、学校でまどかに紹介された時、志筑仁美には清純そうな印象を受け地味な自分なんかが友達になっても良いのかと考えてしまうほどだったが、美樹さやかに関しては恐怖を感じたのだ。

 観察されていると言えばいいのだろうか。とにかく見られていた。

 顔を合わせた時。まどかに紹介された時。挨拶の言葉を交わした時。

 地味で底の浅いような人間性をした自分のすべてを暴きだされているような感覚が、ほむらのその病弱な身体を襲った。

 でも、それは自分に自信を持てないからで。きっと勘違い。

 悪いのは全部自分だ。美樹さんはなにも悪いことはしていない。

 初めてその人に会った時、その人を知るため観察するような視線になることもあるだろう。事実、ほむら自身は過剰に相手を観察して、なにもかも自分が劣っていると思いこんでしまう嫌いがある。

 

「ねぇ、暁美さんだっけ?」

「は、はい!」

 

 心の準備をしていない状態で話しかけられたので、ほむらのは若干裏返ってしまっている。

 さやかはお菓子がたくさん乗った皿をほむらの目の前に移動させ、

 

「遠慮しなくていいから食べなよ。まどかと仁美は宿題に夢中みたいだし、さすがの私も一人で食べきるのはちょっと厳しいかな」

 

 太ると動きづらくなってアレだし、とさやかは苦笑いを浮かべる。

 

「では遠慮なく……」

 

 体温で温くなってしまったオレンジジュースをテーブルに置き、ほむらはおずおずと皿に盛られたポテチに手を伸ばす。

 それを見届けたさやかは微笑みを浮かべ、自らもトッポを手にとってポリポリ食べだした。

 

「たしか転校前はミッション系の中学だったよね。こう言っちゃなんだけど、毎朝とか祈らなくちゃいけないんでしょ? 大変そうだよね」

「そうなんですけど……私はあまり学校行けなかったので」

「ああ、ごめん。入院してたんだっけか」

「いえ……」

 

 会話が止まる。

 私のせいだ。せっかく私なんかのために美樹さんは気を使ってしゃべりかけてくれたのに、私のせいで口を噤んでしまった。

 ほむらの自己嫌悪が始まる。

 病弱という自らがどうしようもないことが原因であったのにもかかわらず、自分が悪いと決めつけ、自分勝手に沈んでいく。

 彼女のことを理解してあげられない人間からしてみれば迷惑な話である。

 

 しかしそんなほむらの姿を見て、さやかは苦笑した。

 

「もしかして自分に自信がないの? それとも自信を持てないことを免罪符に他者を遠ざけているのかな?」

「そ、そんなことは……ない、です」

 

 見透かされたようなその言葉を、焦ったようにほむらは否定する。尻すぼみになってしまったが、間違いなくほむらの本心だった。

 

「まぁ、転校生がどんな思考で、どんな人間でも別にいいんだけどさ。でもね、私と暁美さんは今日この日、確かに出会ってしまったんだ」

「出会い……?」

「そう、出会い。顔を合わせたら友達、ってそんなお気楽な脳ミソをしているわけではないけれど、私は出会いに意味があると知ってるから。信じてるから」

 

 ――だから私たちは友達だよ?

 ねっ、とほほ笑みながら伸ばされたさやかの右手は、ほむらの瞳にはあまりにも眩しく映った。

 


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