暁美ほむらに現身を。   作:深冬

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第四話

 恋とは戦争だ。

 意中の相手との境界線を越え、侵略して心を略奪せんとする。まるで戦争のようではないか。

 時に第三者の介入があるかもしれない。いわゆる三角関係だ。

 自らと同じ相手を好いている同性の存在。憎々しくも思えてくるが、その恋のライバルが友人関係であったのならば性質が悪い。関係が悪化し、友人としての縁が切れてしまう切欠になる場合がある。

 関係が悪化しない場合も当然あるだろう。

 だが、そんな保証どこにあるだろうか。常に最悪の可能性を考え、行動する。それが人間ではないだろうか。まあ楽観主義の能天気野郎がこの世界に存在することも確かではあるけれど。

 と、私が恋を語るのはお門違いなのだろうと思う。

 恋をしたことがない……とは言わない。だって私は女の子だから。世間一般的に女の子とは恋に生きると相場は決まっているのだ。

 だからと言って、現在進行形で恋をしているわけでもない。これと言って恋するに値するような目ぼしい異性なんて、幼馴染くらいしかいないのが現状だ。

 そしてあくまで幼馴染は幼馴染でしかない。必ずしも幼馴染を好きにならなければならないなんて決まっていない。恋愛モノの漫画なんかがおかしいのだ。

 あれはなんだ。ダメな幼馴染に母性本能をくすぐられているのだろうか。私には理解できなかった。

 朝、主人公の部屋まで起こしに行って、しかもお弁当まで用意してあげるとか、漫画の世界の幼馴染はどこまで尽くすつもりなのだろうか。

 もしかして漫画の登場人物の多くは高校生であるから、中学生の私には理解できないだけ?

 そんなはずはないとは思うけれど、無きにしも非ずと言ったところか。年齢によって価値観の相違とは生まれてくるのだから当然だ。私が高校生になってもまだ、今と同じ考えを持ち続けていたとしたら、それは否定されるべきであろうけどね。

 話題が逸れた。

 つまり恋とは戦争なのである。恋する乙女の気迫は尋常ではない。

 新たな一面に出会ったと言って差し支えないレベルの何かがそこにはある。

 そう、新たな一面に出会うのだ。

 出会いは一度きり、なんてことはない。出会いは何度だって繰り返せる。例え、すでに出会ったことのある人間とだって再び出会えるのだ。

 それまで知らなかった一面。それを知ることは、出会いなのではないだろうか。

 

 

 *****

 

 

 中学二年の夏が終わり、日中は暑いくせに朝晩は肌寒さを感じさせる頃。私の幼馴染が事故に遭った。巴先輩のような地方紙を騒がせるような大事故ではなかったけれど、それとは違う意味で世間を騒がせた。

 上条恭介。幼馴染の名前だ。

 小学校に上がった頃から天才ヴァイオリン奏者と呼ばれ、その界隈の人たちに期待と羨望を一身に向けられていた。

 私もその一人。発表会で恭介が奏でた音色に羨望を抱き、そして神を呪った。

 どうして彼に才能を与えて、私に才能を与えなかったのか。音楽が好きで、自らも親に頼みこんでピアノのレッスンに通わせて貰っていた私には、どうしようもなく才能が無かった。

 自覚してからだろうか。私がこんなにも偏屈になってしまったのは。才能の差をまざまざと見せつけられ、私はピアノを止めた。

 今でも偶にCDを購入して音楽を聴くけれど、それは未だ諦めきれない気持ちが私の中にあるからなのかもしれない。音楽は嫌いではないのだ。ただ、自分には素質が無いことを再確認してしまうのが嫌で嫌で仕方がなかった。

 

 瞳に映る視界の中には、私に絶望を教えてくれた存在がベッドの上にいる。

 ざまぁみろ、と思うことはない。恭介は悪くない。勝手に比較して、勝手に絶望したのは私なのだ。恨みの言葉を吐くのは筋違いである。

 

「お見舞いに来てくれてありがとう」

 

 病院のベッドの上で恭介は感謝の言葉を口にする。痛々しくも左手には包帯が巻かれ、彼がもう一度ヴァイオリンを演奏できるか不安になってくる。彼自身もそれを心配しているのか、どこか無理をしているような雰囲気が感じられる。

 

「あの、これ……お見舞いのお花です」

「上条くんのことを想って、みんなで選びましたの」

 

 桃色の髪を左右で纏めた少女――鹿目まどかがフラワーアレンジを渡そうとするが、心配しすぎて恭介が怪我人だということをいうことをスッカリ忘れているみたいだ。

 怪我人に無駄な手間をかけさせるわけにはいかないので、横合いからヒョイと手を伸ばしてフラワーアレンジをまどかの手から奪う。

 

「ここでいい、恭介?」

「ああ、助かるよさやか」

 

 ちょうど花瓶が入り口近くの棚に置かれていたので、その隣にフラワーアレンジを飾る。

 私たち三人が花屋で、ああでもないこうでもないと選んだのはガーベラの花である。名門志筑家の御息女様である仁美が花言葉をひとつひとつ丁寧に説明してくれて、満場一致でガーベラに決まった。

 希望、神秘。例え重い怪我だとしても、希望を忘れずに奇跡を祈っています、という私たちから恭介へのメッセージである。

 私はともかく、まどかと仁美は恭介に対して恋愛感情を抱いている。三角関係……と言えば聞こえはいいが、実際のところ恭介は恋愛よりも音楽をとる性格だ。幼稚園、小学校、そして中学校と一緒である私が言うのだから間違いない。そんな彼に恋してしまった彼女たちはたいへんである。

 私と恭介の阿吽の呼吸ともいえるやり取りを見て、友達二人はぶすっとした表情をしている。私が恭介のことを好きになるなんて絶対にあり得ないというのに、ご苦労さまである。

 

「それで大丈夫なの?」

 

 交通事故が起こったのが三日前。昨日一昨日と安静のため面会謝絶だったのだが、入院三日目にしてようやく面会することができた。

 事故の起きた翌日、事故のことを先生から告げられ、教室のあちこちから心配する声があがったことを覚えている。そこでは詳しい容態を聞かされなかったので、余計に心配したのだと思う。

 

「どうだろうね。先生によれば絶対安静。詳しい検査結果はもう少し後にならないとわからないってさ」

「大丈夫だよ、きっと!」

「そうですわ。いざとなれば、私が世界中から名医を捜し出してみせますわ!」

「あはは、ありがとうね二人とも」

 

 弱ったところに付け入るつもりだろうか。恋する乙女たちはここぞとばかりに、恭介を元気づけようとする。

 まどかは天然だろうけど、仁美は狙ってやっているのだろう。あれは獲物を狙う目だ。我らが見滝原中学二年きってのモテモテである美少女志筑仁美の狩人の一面が垣間見える。

 

「恭介の無事も確認できたところで私は帰るね。二人はまだいるの?」

「はい。今日までの授業内容やノートを上条くんに伝えるようにと先生から言伝をいただいているので」

「あ……じゃあ、私にも! 勉強教えてくれたらな……って」

「ええ。構いませんよ」

 

 ここに居残る理由としてまどかのそれは苦しいものがあるように感じられたが、清楚キャラが売りの仁美は快諾するしかない。上条恭介を争奪する熾烈な戦いである。

 たぶん、ガチでまどかは勉強教えてもらいたかったのだろうけどさ。それほどまどかの成績は芳しくないのである。

 その日は魔女退治に出掛ける気力もなく、ベッドに入ってすぐに寝た。

 

 数日後の放課後。オレンジ色の日の光がアスファルトを照らしている。その中を私は歩いていた。

 杏子と別れて一年。巴先輩と警邏に出掛けなくなって半年。あっという間だったように感じる。

 あれ以来、杏子は私の目の前には一度たりとも現れない。一応、巴先輩とは未だ協力関係を取っているが、段々と繋がりは希薄になっている。今となっては学校で会ったら挨拶する程度の関係でしかなくなっていた。

 寂しいと言えば寂しい。非日常の中での繋がり。それがほとんどなくなってしまったのだ。

 私は、キュゥべえに人との出会いに意味が欲しいと願った。

 

「……あんまりじゃないか」

 

 これがその答えか。

 出会いに意味があるとすれば、必ず別れが来るということだけ。出会いは偶然、別れは必然。どこかで聞いたそんなフレーズが脳内を反芻した。

 

「あーあ、悲しくなってくる。泣いてもいいのかな、これは?」

 

 最後に泣いたのはいつだったか。

 ハッキリと泣いたと自覚しているのは、恭介の発表会の演奏を聞いた時。自らに才能が無いと自覚して一人寂しく泣いた記憶がある。

 

「泣きたいなぁ……でも、その前にやらなくちゃいけないことがあるみたいだね」

 

 嫌になっちゃうよね、と内心毒づく。

 私は魔法少女。魔女を狩るものだ。人々に安全という名の幸福を与えなければならない。

 

「こっちか」

 

 卵サイズの私の運命を手の平に乗せる。ソウルジェムは薄っすらと青色に発光しており、魔女がいる方角へと向けると輝きが増して教えてくれている。

 

 魔女がいる方へと歩みを進めながら、さきほどまでの思考を捨て去るように努める。

 戦いの最中に余計なことを考えていては、生死にかかわる。いくら強力な魔女と邂逅する確率が低いとはいえ、油断していてはならない。

 魔女は魔女であるし、魔女の中には特殊な能力を持っている奴もいるので、単純な戦闘力が当てにならない場合もある。

 特に精神攻撃をしてくる魔女は性質が悪い。人の思い出したくない過去を抉ってくる。魔法少女となるものは総じてその過去に陰りを持つ場合が多く、そう言った魔女と魔法少女はたいてい相性が悪い。

 現場に到着する。ショッピングモールの建物の間の狭い路地。そこに魔女の結界内部へと繋がる入り口が存在していた。

 躊躇うことなく、足を踏み入れる。

 一瞬のぬめりとした感触の後、世界が変わる。日常から非日常へ。人間が知ってはならない空間へと迷い込む。

 

「これまた、寒そうなところだなー。早いところ終わらせたいもんだ」

 

 上着のポケットに入れている箱からトッポを一本取りだし口に咥えながら、辺りを見渡す。

 洞窟だ。それも身冷えする冷気を漂わせた洞窟。どうやら奥の方から冷気が伝わってきているようだ。

 溜め息を吐いて、魔法少女へと変身する。こんな寒い場所で肩出しヘソ出しスタイルの衣装になんてなりたくないが、しょうがない。戦えなければ意味が無いのだ。

 口に咥えたトッポをもぐもぐと咀嚼しながら、徐々に端から食べる。おいしい。

 最後まで食べ切ってから左手には鞘に納まった刀剣を召喚し、準備万端である。

 

「……いくか」

 

 足に力を溜め、一気に開放する。魔法少女としての身体能力が人間の限界を軽々と突破し、私に速度を与えてくれる。

 着用しているマントを棚引かせ、薄暗い洞窟の中を疾走する。

 地面が凍結している場所があるが関係ない。踏み締める地面の上に小さな魔方陣を展開し、それを足場とする。これを応用すれば、空中戦も可能だ。

 

「――ハッ」

 

 目の前に飛び出てくる使い魔。大きな目玉にコウモリの羽がついたような姿をしている。

 出会いがしらに抜刀。速度を落とさぬまま斬り捨て、先を急ぐ。

 その後も続々と使い魔が現れ出したので、手にしていた鞘を投げ捨て、左手にも刀剣を召喚する。二刀を持って、手数で対処していく。

 こんな寒い場所にいつまでもいたくないので、立ち止まって応戦するつもりは毛頭ない。だから少々討ち損じたが、大元の魔女さえ討滅出来さえすればいいのだ。

 

「あれは……」

 

 迷路のように入り組んだ構造をしている洞窟。魔女の結界内部だということを知らなければ、一昔前のゲームのダンジョンに迷い込んだように錯覚してしまうだろう。

 そんな魔女の結界内部を迷うことなく突き進んでいると、人影を視認した。遠目から認識するに寒さから身体を震わせながら、徐々に奥へ奥へと歩を進めて行っている。

 魔女に誘われているのだろうか。それはここにいる魔女に訊いてでも見ない限りわからない。

 どちらにせよ、人間が結界に迷い込んだ場合、生きては帰ることは出来ない。

 助けなくちゃ。

 近づくにつれ、人影が見滝原中学の制服を身に纏っている少女でることに気付き、強くそう思った。身近な者との別れは寂しいのだ。私の知らない人かもしれないが、同じ学校の生徒が死ぬことは気分が悪い。

 

「大丈夫ですか!?」

 

 少女の背後で急停止して声をかける。

 改めて少女を確認してみれば、どこかで見たことがあるような後姿をしていた。小柄でか細い体格の桃色ツインテール。

 少女が振り返る。

 

「……さやかちゃん?」

 

 少女は、鹿目まどかであった。

 冷気から身を守るため自らの身体を抱いて、白い息を吐いている。顔面蒼白で、すぐにでもこの空間から連れ出して身体を温めなければ不味いことになるだろうと容易に想像できた。

 私は着用していた白いマントをまどかに被せる。

 

「気休め程度だけど、いまはそれで我慢して」

「でもこれじゃあ、さやかちゃんが凍えちゃうよ」

 

 寒さから思考が停滞しているのか、まどかは私の格好や現状の疑問ではなく、私の肩出しヘソ出しスタイルでは寒いだろうと心配してくる。

 それはとっても嬉しいことだけれど、私はまどかの方が心配だ。

 この場所は入り口よりも温度は低く、このままでは一般人のまどかは凍え死んでしまう。

 

「大丈夫だよ。私は寒くない」

 

 嘘である。寒い。

 いくら私が魔法少女であろうとも感覚は存在する。肌を刺すような冷気に辟易としている。

 しかし、私は魔法少女である。魔女と戦う存在なのだ。普通の人間と比べ多少の無理が出来る。

 だから寒くない、と心に念じ、寒さを耐え忍ぶ。

 

「ううん、絶対に寒いよ。さやかちゃんの心は凍えてる」

「えっ?」

「我慢しなくていいんだよ。つらいなら、わたしに……そうだん、して、ね?」

 

 限界がきたのか、まどかの意識が途切れる。

 倒れるまどかの身体を受け止め、被せた白いマントで身体を包んで寝かせる。

 

「まどか……」

 

 まどかの顔を見る。寝息をたてている小さな顔がそこにはあった。

 

「ははっ、まどかに気付かれていたとはね……。うまく隠せてるつもりだったんだけどなぁ」

 

 いつだってこの子は他人のために自分を犠牲にする。

 誰かが困っていたら、率先して力になる。迷子の子を見かけたら一緒に母親を探してあげる。道に迷った老人がいれば目的地まで導いてあげる。

 そのどれもが完璧というわけではない。天性のドジっ子である彼女は、ミスを犯して事を大きくしてしまうこともあるけど、それでも一生懸命親身になって他人に尽くす。

 そんな姿を出会ってから何年も、私は近くで見続けていた。

 はじめは、なにやってんだ、と内心呆れていた。だけれども、これこそがまどかの良いところだと気づいた一年ぐらい前からは私も一緒になって困っている人を助け出したのだっけ。

 

「ふぅ」

 

 一度肺に溜まった空気を吐き出す。これで心の中にあったモヤモヤを全て吐き出してしまえ。

 この先に待ち構える魔女を倒して外に出たら、まどかにこの世界の本当のことを話そう。

 拒絶は……されないと思う。まどかは優しい子だ。私のことを化け物なんて言わないはずだ。

 

 新たに刀剣を召喚し、再び結界の奥へと駆けだす。

 一刻の猶予もない。友達を助けるため、罠などを警戒する暇もなく馬鹿正直に突き進むしかないのだ。




 序幕終わり。
 次話より三人称で進行していきます。

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