暁美ほむらに現身を。   作:深冬

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第6話

 ふたりの魔法少女は、さやかを先頭にして見滝原中学校までの道のりを駆けていた。

 少女として不審に思われない程度に速度を抑えて、だけれども犠牲者を出さないようにできる限り急いで脚を動かしている。

 

「どのぐらい強くなったの?」

「さてね。でもアンタが驚くぐらいには強くなったつもりだよ」

「それは楽しみだ。いつまでもヘッポコじゃないって教えてちょーだいよ」

「言ったな? 吠え面かくなよ、さやか」

 

 移動しながらも、互いの再会を喜び合うように軽口をたたき合う。

 どれだけ時間が過ぎても友情は変わらないと信じるように。

 

「あそこだな」

「うん」

 

 見滝原中学校の校門が見えるところまでやってきた。ここまで近くに来ればソウルジェムが反応する。魔女は目と鼻の先にいる。

 校門を突っ切って学校に敷地内に入る。校庭に目を向けてみればダラダラと活動する運動部の姿が確認できる。下校時刻が迫っているというのに部活動を続けているとはたいへんご苦労さまである。だが魔女の存在があるのに近くに人間がいることは好ましくない。

 早く狩らねば。ソウルジェムに意識を集中させ、反応から魔女の気配を詳しく探る。

 

「上だッ!」

 

 場所を特定できたら駆け足だ。

 玄関口に侵入。さやかは上履きに履き替えることなく、土足で校舎に足を踏み入れた。もちろん、後に続いた杏子は見滝原中の学生ではないので土足のままだ。

 綺麗に清掃された廊下に土汚れが付着するが、構うことなく階段へと向かい上へ上へと駆けあがった。

 

「ここか」

 

 魔女の気配を強く感じる。

 息を飲んで扉を開けると彼女たちの視界には沈みゆく太陽が現れた。空は色彩を青色から茜色に変化させつつある。

 これから向かうのは戦場である。さやかは邪魔になるであろう通学鞄をタイル張りの地面に置いた。

 

 場所は見滝原中学校屋上。魔女の結界への入口がふたりの魔法少女を出迎えた。

 手早く済ませたいさやかは、間髪を入れずに魔法少女装束へと変身する。それから魔女の結界内に足を踏み入れようとしたが、同じく魔法少女の姿になった杏子に呼びとめられた。

 

「待ちな」

「なに?」

 

 せっかく臨戦態勢が整ったというのに待ったをかけられ、さやかはムッとした表情をする。

 

「賭けをしねぇか?」

「……賭け?」

「どっちが先に魔女にトドメを差すかって賭けだよ。ほら、お互いに一年の成果を見せ合うわけじゃん。それぐらい本気にならないと面白くねーと思ってさ」

「本気ねぇ……。それじゃあ、キツイ罰ゲームにしないと面白くないね」

 

 杏子の提案にさやかは少し考えてから微笑を浮かべ乗っかった。

 再び出会うことができたのだ。出会いに意味を求めた少女は、軽く浮かれ気分になっていた。

 二人の間で何度か言葉を交わし、罰ゲームを決める。

 

「よし。負けた方はワルプルギスの夜を倒すまで食べるお菓子を限定するってことで」

「あたしはトッポ。さやかはポッキー」

「負けないから」

「あたしもな」

 

 例え何年会っていなかったとしても、彼女たちのお菓子に対する溝は埋まらないだろう。トッポ派とポッキー派。きのこたけのこ戦争並の熾烈な争いがそこにはあるのだ。

 一応、例外としてマミの作るお菓子は負けても食べていいということになっていた。せっかくマミに作ってもらったのに食べないわけにはいかない。もったいない。そういった意味不明な理屈が彼女たちの中にあった。

 

「あ、そうだ。巴先輩にはもう会ったの?」

 

 罰ゲームを決め、さあ行くぞと魔女の結界に入る前に、さやかはふと思ったことを口にする。

 杏子は重そうに首を振った。

 

「いや……なかなか踏ん切りがつかなくてな。でもまぁ、コイツを倒してから会いに行こうと思ってたところ」

「そう、か。わかったよ。ひとりで会いに行くのが苦しかったら、私に言って」

「ありがとよ」

 

 装備の最終確認してからふたりは一歩踏み出して魔女の結界内に侵入する。

 次の瞬間彼女たちを浮遊感が襲った。地に足がつかない。地面が見えない。いや地面がないのだ。

 地平線の遥か彼方まで澄渡る一面の青空。アクセントに白い雲がモクモクと漂っている。結界内部は空中であった。

 重力に引っ張られるように身体が落下を始める。

 さやかはすぐさま足元に魔法陣を展開。足場とすることで事なきを得る。だが、そのような技術を持ち合わせていない杏子はそのまま落下し続けた。

 左右に視線を振る。ちょうどいい足場を見つけ、杏子は飛び乗った。

 

「ぅお……っとと。危ねぇ」

 

 杏子が飛び乗ったのはロープであった。蜘蛛の糸のように辺り一帯に張り巡らされている。中継地点に電信柱が確認できることから、ロープのように見えていたモノが電線だったということに気づかされる。

 着地した衝撃で電線がたわんで上下に身体が揺さぶられる。落ち着くまで持ち前のバランス感覚で堪えて、杏子は態勢を立て直した。

 そこにさやかが近づいてくる。彼女は魔法陣の足場を駆使して縦横無尽に空中を移動できる。

 

「大丈夫?」

「ああ、なんとかな。それにしてもなんだこりゃ」

 

 杏子が視線で指し示して不思議がるのはセーラー服の上着だ。

 電線を両袖に通して物干し竿の代わりにしている。風にはためいてまるで洗濯物のようだ。しかもそれが視界一面に渡っている。数えるのも億劫になるほど、セーラー服は全ての電線で優雅に風にはためいていた。

 

「いまさら魔女の結界の内部について考えても無駄でしょ」

「まあな。あたしたちの常識が魔女に通じれば苦労はねぇか」

 

 これまで幾度となく魔女を狩ってきた彼女たちにとって、ある種の見慣れた光景である。

 理解しようとするだけ無駄。一度として魔女の結界の内部が同じような空間であった試しはない。だが、常人には理解できないしっちゃかめっちゃかな空間であることは共通していた。

 

 魔女の結界内部を観察していると、なにかが飛来してきた。

 

「ダンジョン突入直後に先制攻撃仕掛けてくるのかよ」

 

 世間一般的に学校教育で使用されている机だ。間違っても見滝原中学校の床に収納できる最新鋭のハイテク机などではない。

 誰もが想像する机が椅子とセットになって上空から降ってくる。

 

「探索する手間が省けてちょーどいいや」

「そうだね」

 

 魔法少女たちは楽観的に構える。どうせやることは変わらないんだからと、敵からやって来てくれたのは好都合だと言わんばかりだ。

 机と椅子が降ってくる先に視線を向ければ、結界の主がそこにいる。

 黒いセーラー服を身にまとい、女郎蜘蛛を彷彿とさせるように特徴的な六本の()で電線に掴まっている。肩からは左右に二本ずつの合計四本の腕が生え、スカートの下からも健康的な脚ではなく腕がのびていた。

 さらに人間のような姿をしているのにもかかわらず、頭部が存在していないことがその異質さを際立たせている。もっともその体躯は人間比べるまでものなく巨大であるが。

 

 魔女は結界内に侵入してきた異物を排除するために、スカートの中から大量の机と椅子を射出してくる。目標は魔女の平穏を脅かす闖入者。上から下へと撃ちだされた机と椅子は重力に従ってその速度を上昇させる。

 迎撃するために魔法少女は己の得物を取り出す。さやかは刀剣を両手に召喚し、杏子は槍を構えた。

 

「私からいくよ!」

 

 まずは敵の先制攻撃を迎撃しなければならない。さやかは両手に持った刀剣の柄の部分にある撃鉄を起こした。

 両腕を伸ばす。こちらに当たりそうな物体をピックアップし、剣先を合わせる。

 

「よーく狙って……」

 

 人差し指で引き金を引く。さやかの両腕に衝撃が走り負荷がかかった。

 拳銃から弾丸が発砲されるように刀剣の柄から刃が射出される。狙った通りに飛来してきた机と椅子を貫く。勢いを失ったソレはそのままどこまでも澄渡る青空に落下していった。

 

「やっぱりこれ、投げるより速度でるけど腕の負担が大きいな」

 

 柄だけになった刀剣をぽいと捨て、腕をぷらぷら振る。

 その()を見計らうように杏子が行動を開始する。さやかのように空中を闊歩することはできないが、そこら一帯に張り巡らされた細い電線の上を駆けることで魔女へと近づく。

 

「先に行かせてもらうかんな!」

「うわ、ズルッ」

 

 さやかは非難の言葉を口に出すが、杏子は構わず魔女のもとへ行ってしまった。

 早い者勝ちなのである。しかもお菓子のかかった罰ゲームがあるというならなおさらだ。

 軽く呪詛を吐くさやかの視線の先では、バランスを崩して青空へ真っ逆さまに投げ出されない様に、杏子が電線の上で脚を器用に動かしている。風にはためくセーラー服に足を取られることもなく、杏子は最短距離で魔女との距離を詰めていく。

 堪らず魔女は後退を始めた。

 

「チッ」

 

 順調に事を運んでいたのも束の間、杏子の侵攻を阻むように目の前に邪魔者が現れる。舌打ちを鳴らし槍で一薙ぎ。迫ってきた邪魔者を斬り飛ばした。

 それは女性の下半身だった。プリーツカートと膝下までの白いラインの入った靴下で生の太ももを強調させている。足に履いたスケート靴で電線の上を優雅に滑空していた。行く手を邪魔するように現れたので使い魔で間違いないだろう。

 どうやらさきほど降ってきた机や椅子の影に隠れていたらしい。杏子が斬り飛ばした使い魔以外にも、続々と杏子の進路上に使い魔が進み出てきて我先にと体当たりを仕掛けてくる。

 

「メンドくせぇ」

 

 一々相手をしていてはキリがないと悟る。苦々しそうな表情を浮かべ杏子は手近な電線に飛び移った。使い魔は電線上しか移動できないようで、杏子の後に続いて飛び移ってくることはなかった。

 

 歯軋りしたくなる状況に陥った杏子のその横、空中を駆け抜ける者がいた。

 さやかだ。白いマントを風に棚引かせて疾走する。電線という足場の制約を無視できる彼女は、文字通り一直線に魔女のもとへ向かう。

 脚を踏み出すごとに小さな魔法陣を展開し、階段を駆け上がるかのごとく真っ直ぐ進んだ。

 行く手を遮る者はいない。電線上しか行動できない使い魔に邪魔できるわけもなく、さやかは空中を駆ける。

 使い魔では力不足と判断したのか、侵攻してくる外敵から逃げるように後退していた魔女はスカートの中から先ほどまで以上に机と椅子を吐き出して、さやかがこれ以上近づいてこない様に足止めしようとする。

 

「これじゃあ一気に駆け抜けるのは難しいかもしれないね」

 

 眼前に迫った物量の壁に、魔法陣を前方に展開。盾代わりにして防がなければいけない状態になる。少しの間はそのまま脚を動かして前進し続けられたが、徐々にさやかから速度が失われる。やがて立ち止まって剣を捨て防御に専念しなければならなくなった。

 防戦一方。だが、魔女の方もその弾幕とも呼べる物量を維持するためにその場に留まって射出し続けなければならなくなっていた。

 

 この場にいる魔法少女はふたり。魔女が片方と膠着状態となっているというならば、もう一方がフリーになるということだ。

 もちろん使い魔がその隙を埋めようとするが、赤の魔法少女はそれを物ともしない。正面からぶつかり合うのではなく、電線を飛び移ることで使い魔が少ない道筋を選んでいった。

 

「ッシャァァアアア」

 

 邪魔者を排除しながら進む。

 魔女の側面。こちらに魔女の手が届かない程度の場所。そこまで辿り着いた杏子は槍を大上段に振りかぶった。

 

「これでどうだッ!?」

 

 言って、槍を振り下ろす。だが距離が圧倒的に遠すぎる。このままでは刃が空を斬ることは火を見るよりも明らかだ。

 しかし杏子は手応えを感じていた。それもそのはず、槍の柄の部分の部分が伸びているのだ。

 ブチッと電線が何本か切断され、いくつか火花が散った。

 

「仕方ねぇけど任せた!」

「任せて!」

 

 杏子の狙いは魔女自身ではなかった。その巨大な体躯を支えるために魔女が掴まっていた電線を切断することである。バランスを崩させ隙を作り出す。

 案の定魔女は身体の支えを失い、さやかへの攻撃の手を休めざるを得なかった。

 その隙を見逃すほどさやかの魔法少女としての経験は短くない。

 

 さやかは停滞を余儀なくされていた脚を再び動かす。

 ブランクはあった。たしかに一年程度顔を合わせることすらなかった。だけれどもかつての相棒とのコンビネーションは今でも健在だった。

 嬉しくなって口角が上がる。

 駆けながら両手に刀剣を召喚する。さやかには剣を手に取り敵を斬る程度しかできることはない。

 魔法少女として才能に恵まれなかった彼女にはお似合いだ。

 

 魔女が態勢を立て直す前に勢いを殺すことなくスカートの中に突っ込んだ。

 視線が交差する。ないはずの頭部がこんなところにあった。迷いなくその瞳に剣を突き立てる。

 魔女は絶望の表情を浮かべた。

 

 だが関係ない。じゃあね、と撃鉄を起こし引き金を引く。

 肉が引き裂ける音がした。止め金から解放された刃が魔女の体内を突き進んだ。

 さやかは射出の反動を利用して、魔女のスカートの中から空中へ身を投げ出す。

 安全装置を解除。落下に身をまかせながらさやかは躊躇う様子を見せることなく魔女の体内にある刀身を爆破させた。

 魔女は内側から膨張し終には破裂してしまう。それが周囲に爆風を呼び起こす。魔女との距離が離れてから刀身を爆破させれば良いのに、さやかは確実性と迅速性を求めてすぐさま爆破させた。

 自業自得。至近距離で諸に爆風を浴びたさやかの身体は吹き飛ばされた。

 

「さやか!」

 

 杏子がさやかを受け止める。全身煤塗れだが構うことなく抱きとめた。

 それと同時に魔女の結界が崩壊する。空は青空から一転、燃えるような茜色一色になっていた。

 

「へへ、私の勝ちだね」

 

 腕の中から屋上の白いタイルに降りたさやかはにへらと笑みを浮かべる。

 魔女の結界が崩壊。即ち、魔女が討ち滅ぼされたということだ。

 トドメの一撃がさやかによるものだったのは明白である。

 

「わーってるよ、そんなことは。勝利宣言されるとムカツク」

 

 やれやれと杏子は深くため息を吐いた。

 あたしのアシストあってこそだっただろ、とかは言わない。賭けを切り出したのは杏子の方で、そんなカッコ悪いことはできない。

 

「グリーフシードもさやかに譲るよ。あたしからの勝利祝いだ」

「なに言ってるの? 私が魔女を倒したんだから最初からグリーフシードは私の物に決まってるじゃない」

「はぁっ!? なんだよソレ! 賭けのことはともかく共闘したんだからあたしにもグリーフシードを得る権利があると思うんだけど」

「でもどの道私にくれるんでしょ? ならいいじゃない」

「いやそーなんだけど、なんか釈然としねェ」

 

 言質をとってから、さやかはタイルの上にぽつんと落ちていたグリーフシードを拾い上げる。

 変身を解いて、ソウルジェムに溜まった穢れをグリーフシードに吸収させる。ソウルジェムが一点の曇りのない輝きを取り戻したのを確認して、グリーフシードを杏子に向かって放った。

 

「使いなよ」

「いいのか?」

「うん。あと一回使えれば良いかなって感じだし、持ち歩いてて孵化でもしたら最悪だ」

「そうか、ならありがたく使わせてもらう」

 

 杏子がソウルジェムを浄化させていると、完全下校時間を知らせるチャイムが校舎に鳴り響いた。

 そこにタイミングを見計らったかのようにキュゥべえが現れた。

 

『たいへんだ!』

 

 切羽詰まった風に声を張り上げて(テレパシーだが)、キュゥべえは魔女討伐後の余韻に浸っていた魔法少女たちに近づいてきた。

 そんなキュゥべえをソウルジェムの浄化を終えた杏子が胡散臭そうな目で見る。

 

「たいへんって、なにがたいへんなんだよ。この通りお前の言った魔女は倒してやったんだぜ?」

 

 不要となったグリーフシードを杏子が放ると、キュゥべえは慌てて回収する。

 

『やれやれ、グリーフシードはもっと慎重に扱ってくれないかな。もしも何かの弾みで魔女が孵化してしまったらどうするんだい』

「ヘッ、そのときはまたあたしが魔女を倒してやるよ!」

『そういう問題じゃないんだけどなぁ』

 

 背中からグリーフシードを体内に取り込んで、キュゥべえはきゅっぷいと満足そうにおくびに出す。

 このままでは話が進まないと思ったさやかが割って入る。

 

「それで、なにがたいへんなの? 杏子の言ったように魔女は私たちが倒した。これで何の問題もないはずなんだけど」

『僕がたいへんだと言っているのは、今キミたちに倒してもらった魔女のことじゃないんだよ。簡潔に言葉をまとめるなら、マミとまどかが危ない』

「巴先輩とまどかが……?」

「どういうことだよソレ。マミの奴が危ないだと?」

 

 キュゥべえが告げた言葉にそれぞれ反応する。

 危ないというのはどういうことだろうか。まさかさっき倒した魔女以外に魔女が?

 彼女たちの頭の中で思考が錯綜する。

 

『彼女たちは魔女と戦闘中だ。それも苦戦しているみたいなんだ』

 

 早く助けに行った方がいい、とキュゥべえは言った。


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