アーカディアの魔工学士   作:愛及屋烏

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第26話 来たる日・朝

ミュルクの集落――滞在、十六日目。

 

 

「――これで納品用の十個が完成っと」

 

術式の刻印に使用した聖銀のナイフをテーブルに置き、仕上げが済んだ魔導具を事前に用意した木箱に仕舞う。

出立が数日後に迫り、行商人の到来が予定されていたこの日。悠二はマルクとの修行を休みにし、魔道具&魔導具の制作に時間を割いていた。朝食の時にはマルクから色々と相談を受け

 

はしたが、それ以降は宿泊している部屋での制作作業に没頭する事になった。

 

「お疲れ様。それが細工店で販売してもらう魔道具?」

「一応、魔術を発動する(たぐい)の装備だから、正確には魔導具……いや、魔装具?」

 

作業終了に合わせて、ゲーム機の画面から視線を上げたフェルミの質問に首を傾げながら悠二は答える。

 

ここ数日、様々な魔道具製作に対する協力をしてくれたギルミアに対し、悠二が選んだ感謝の気持ちの示し方は利益の大半を相手側に集中させた条件での委託販売であった。

しかし、妻の病気に対する治療という恩を考え、当初こそギルミアは頑なに悠二の提案を拒んだ。

 

だが、委託するのはミュルクの集落で必要性が高いであろう品目を数種類だけ。

加えて、悠二にしてみれば多くの魔道具の完成にはギルミアの協力があったのだから、恩や借りを別にしても相応の利を持って報いたい……。

 

――そんな熱の入った説得をする事で悠二はギルミアにこの条件を押し通した。

 

「それって、具足(ブーツ)や靴に取り付けて使うのよね?」

「強化魔法を発動させて、機動力を上げる為の機構だから付けるとすれば足の装備がベストなんだよ……だから、販売時には靴に装着した状態でセット販売して貰うのが良いと思う」

 

悠二が開発した目玉商品は『脚部装備用魔導機構』である。

 

まず、第一弾として風属性の魔石によって『風ノ羽衣(ウインドクローク)』を発動する『サキガケ』。

これは特に制限無しの一般販売。具足(ブーツ)とセットで『ウイングブーツ』とでも銘打って販売する予定。

 

更に火属性の魔石を加えて『赤熱スル膂力(ヒートフォース)』を同時に使用可能にした『イダテン』。

今回、ギルミアに委託販売してもらうのはこちらの魔導具で、今後も信用のおける店舗にしか置くつもりはない。

後は悠二から見て、信頼の出来る個人への譲渡ぐらいだろう。

 

「下手に高性能の魔導具を売らないのは……」

「まぁ、どんなに注意しても完全に防ぎきれる話ではないけど、悪用を考える人間に流通しないようにかな」

「……ちゃっかりと最高性能の品を自分専用に確保してるのも、その辺りを考えて?」

「当然。……というか、自分の装備を疎かにしてどうするんだ」

 

言いながら、自分の具足(ブーツ)に取り付けられた、より大型の風属性の魔石を使用した魔導具を指で叩く。

 

『ソラガケ』と命名した、この言わば最終生産型の魔導具は前述の二種類の強化魔法に加え、悠二が仮想世界で使用した風の魔術の反動によって空中に擬似的な足場を生成する跳躍法―

 

―『空中機動(エアライド)』を可能にしている。

 

仮に敵対者が自分の作った装備を入手していても同系統で性能を遥かに凌駕した魔導具を自分で確保しておけば最終的には問題にならない。

 

そもそも、悠二が制作する魔道具は基本的に状況的に必要な物か個人的に欲しい物の二種類しかない。

ラナの為に制作した治療用の魔導具は前者、今回のような装備品は後者にあたる。ならば、まずは自分ありきな訳で。

 

「さて、ギルミアさんの所に商品を届けてから、ギルドでも(のぞ)いてこようか。フェルミはどうする?」

「ん。一緒に行くわ、ゲームも一段落したし」

「そういえば、今日は何のソフトを……」

 

画面を見ると、そこには剣と魔法の世界で時を超え、精霊を召喚する術者やエルフが登場する名作RPGが映し出されている。

 

「……この状況下で精霊のフェルミがそのゲームを遊びますか」

 

悠二にしてみれば、現実の状況とゲーム内容が酷似していて笑えない。

 

「ふふっ、これで悠二が刻属性の魔術を習得して時間旅行でもすれば完璧よね」

 

ゲームの電源を落としながら、フェルミは期待を込めた眼差しを悠二に送る。

 

「いやいや、流石にそれは勘弁」

 

そんな大冒険は許容範囲外だ、と悠二は苦笑しながら荷物をまとめると部屋を出る。

相棒の回答に少しだけ不満を見せながら、フェルミは悠二の後を追って僅かに開いた部屋の窓から外へと飛び出した。

 

「――あら?」

 

細工店へと向かう途中、妙に広場の方が賑やかな事にフェルミが気付いた。

 

「結構な人が集まってるみたいだな……どうする?」

「ちょっとだけ見て来ても良い? すぐに追いかけるから」

「良いよ。もしかすると俺達にとって待望の相手かも知れないし」

 

言外に行商人が来た可能性を示唆しながら、悠二はフェルミと別れた。

 

 

◇◆◇◆

 

 

細工店を訪ねた悠二は、完成した魔導具と以前に用意していた熊胆をギルミアに渡す。

そして、ラナの病状が安定して体力が戻った時機を見て、薬を飲ませるようにと伝えた。

 

「では、これらの品はギルミアさんに預けますので後はお任せします」

「ふむ、確かに預かった。……そうそう、頼まれていた物は明日にも仕上がるから……そうだな、出発の時に渡そう」

「本当ですか? 楽しみにしてます」

「……そう言ってくれるのは嬉しいが、餞別で共同制作した品を渡すというのも複雑だな」

 

ギルミアの自嘲気味の言葉に悠二は慌てて首を振る。

 

「俺がした事なんて、素材の用意と例の処理ぐらいじゃないですか。ギルミアさんの専門知識があってこそです」

「だがなぁ……ラナの治療だけでも返しきれない恩だと言うのに傘の新しい仕組みまで教わったのでは……」

 

先日、遺跡《フォボス》から回収した自前の折り畳み傘を参考資料代わりに悠二はギルミアに提供していた。

 

「異世界の技術を活用する事が出来るだけの技術基盤をギルミアさんが確立しているからこそです」

 

それと同時に悠二は現状、フェルミとヘルムホルツしか知らない自身の素性をギルミアに伝えていた。

 

「ギルミアさんには魔導具製作の相談にも乗って貰いましたし、基盤となる細工類も提供してくれました。十二分に助けてられてますよ」

 

本来、傘の出処(でどころ)に関しては、ある程度なら誤魔化す事も可能だった。

しかし、魔導具開発において協力体制を組んでいるギルミアが相手ならば、逆に基本的な事情を伝えていた方が有益と判断した。

 

……無論それは、人格的な信用とは別にラナへの治療の件から、彼の裏切りの類が無いだろうとの確信があっての行動でもある。

 

「そうか……私も色々と新しい発想や技術に触れる事が出来て、一人の職人として良い経験になった」

 

通常、下手に先進技術を発展途上の国、或いは個人に提供すると最適解となる結果ありきになり、試行錯誤の中にある技術発展の萌芽を摘み取る結果になり兼ねない。だが、ギルミアの

 

場合は長い年月を試行錯誤に費やし、土壌となるべき技術を単独で完成させた特殊な個人なのだ。

 

「はい。俺もギルミアさんなら、更に良い作品を作れると思います」

 

一応、ギルミアが元にしている技術と悠二が持ち込んだ現代技術の間には、数百年程度の差がある。

しかし、それは大量生産品に付いて回る『造り易い技術』の差であって、単純に各々の品に使用されている技術の差は然程、大きくはない。故にギルミアは悠二から提供された折り畳み

 

傘をあっさりと自身の技術の糧とし、活用する事を可能にしてしまった。

 

「ありがとう。そうそう、傘に関しては私に任せてくれるという話だったが」

「ギルミアさんの専門ですし、技術的な危険度も高くはないですから、ご自由に。ただ、例の処理の方法は……」

「確かにあの技術を広めるのは危険だな……下手に公表すると魔法文化に引導を渡す羽目になる」

 

世界規模では衰退の道を進む魔法だが、高魔素地域であるミュルクの森では魔法は未だに現役なのだから、それに対抗する技術の露見は損しかない。

 

「そうなりますね。俺としても仮に公表するなら、魔法文化そのものを復興させた上での暴走防止策としてです」

「おっと、魔法文化の復興とは大きく出たな……本気でか?」

 

その問い掛けに悠二は苦笑しながら「割と」と答えた。

悠二がそんな発想に行き着いた理由は、廃れつつある魔法という文化に対し、どこかで恩を返したいと感じているからだった。

 

魔獣が生息しているような見知らぬ異世界で悠二が余裕を失わずに生きていられるのは、生来の性格やフェルミやマルクのような周囲の者の存在だけではなく、魔法という強力な武器を

 

持つ事が出来た、という事実があってこそ。

 

――言わば、悠二は魔法によって現在進行形で助けられているのだ。

 

そして、異世界から齎された技術をこの世界の一部として定着させているギルミアのような職人がいる。

なら逆に異世界人の自分が、この世界の魔法技術とそれに伴う文化を守る行動をしても良いのではないか?

 

「個人的に冒険者よりも魔術士の方が向いていると思いますし……どうせ、ギルドに所属するなら廃れたまま、というのも嫌ですから」

「……さては、魔術士全体の技量を底上げして、自分の希少価値を下げるつもりだな?」

 

ピシッ、と悠二の笑顔に罅が入る。

 

「図星か。身を守る為にも実力は必要だが、それを理由に余計な面倒事を背負い込みたくないんだろう?」

 

既に魔術士として一流の領域に片足を突っ込んでいる悠二が下手に注目されない為には周りの評価を上げて、紛れる様に埋没するしかない。

 

「うわぁ……見透かされてる……」

「まだ短い付き合いだが、割と君の考え方は分かり易いな。人情と同時に道理を考え、危険に備える一方で、事前にその芽を摘む」

 

その辺りはフェルミ殿にも把握されているだろう?とギルミアは訊ねる。

 

「……把握した上で一緒に居てくれてる事を嬉しく思うべきですかね」

 

しかも、その姿勢(スタンス)を好ましく思っていてくれるなら、悠二としては望外の喜びである。

 

「――当然じゃない。道理を弁えない優しさなんて、却って不安になるもの」

「……フェルミ、広場の様子はどうだった?」

 

相棒の率直な回答に表情が緩むのを抑えながら、悠二は別行動の成果を問う。

 

「来てたわよ、行商人。中年?の人族かしら……見た目は若々しかったけど」

「へぇ」

「……でも、今は絶賛商売中だから、同行の交渉をするなら今晩の方が良いと思うわ」

 

どうせ、この村に宿泊するなら自分達と同じ宿になるのは自明だ、と。

その提案に小さく頷いてから、ギルミアの方を見る。

 

「そうか、彼が来たのか……ふむ……私はラナを連れて、品揃えでも覘いてくるかな」

 

良い品でも見つければ、その場でプレゼントするに違いない愛妻家の姿に独り者の悠二としては苦笑するしかない。

 

「やれやれ、仲が良くて結構ですね」

 

思わず男としての嫉妬が言葉に混じったが――

 

「……そう出来るのも君の御蔭だろうに」

 

――大真面目にそう返されては、流石に恐縮するしかなかった。

 

 

◇◆◇◆

 

 

「…………ん、リンの他に誰かいるな」

 

広場の賑わいを尻目にギルドを訪問した悠二は、建物の中にリン以外の人間がいる事を察知した。

 

「その眼鏡が無くても、色々と分かるようになったのね。やっぱり修行の成果?」

「ある程度はね。魔素の大小と気配?みたいのは感じ取れてると思うよ」

 

胸ポケットに仕舞われたサーチグラスを弄びながら、フェルミの質問に答える。

フェルミやマルク等の慣れ親しんだ相手なら個人判別も可能な事を考えれば、将来的にはサーチグラスを凌駕する事も可能だと感じられた。

 

「さて、入るとしようか」

 

ギルドの中に足を踏み入れると、カウンターの奥にリン、その手前に男性の姿が見えた。

 

「(……老年の男性?)」

 

歴戦を潜り抜けた事の伝わる傷だらけの体や鎧に対して、妙に真新しい剣と盾。

年の頃は六十前後……年齢だけならエルフ達よりも遥かに若いが、種族の違い故に既に老人と呼ぶべき世代の人族の男性剣士。

 

「(……この人、かなり強い)」

 

リンと談笑している老齢の剣士の姿に悠二はヘルムホルツに対してイメージした物と似て非なる『驚異』を感じ取った。

 

ヘルムホルツが頂上の見えない大樹とするならば、眼前の老剣士は城壁。

それも大小様々な石(経験)を積み上げて、攻め入る隙を限りなく少なくした堅牢なる石垣。

 

ヘルムホルツのような伝説級(レジェンドクラス)には及ばないが、明らかに達人級(マスタークラス)の剣士。

 

「(タイミングを考えると、行商人の護衛の冒険者なんだろうけど……半端じゃないな)」

 

件の生きる伝説なエルフに比べれば挑む気ぐらいは湧いてくるが「どう攻めれば良いのか対策が思い付かない」という印象。

一応、手段を選ばず魔法で封殺する、というのであれば確かに今の悠二には何本かの勝ち筋は見える。

しかし、個の人間としての性能差がありすぎて仮に戦士として正面から向かい合おう物なら秒殺どころの話ではない。

 

リンが懇意にしている様子を見る限り、こちらの老人もヘルムホルツと同様に温厚な人物なのだろうが……正直、怖い。

というか、目の前の老剣士の実力が一般的な冒険者の基準ではない事を祈るばかりであった。

 

「あ、ユージさん!」

 

戦々恐々としていたら、談笑中のリンが悠二の姿に気付いた。

それまでも嬉しそうにゆらゆらと揺れていた尻尾が一際、大きく揺らめいた。

 

「(尾は口ほどに物を言う、か)」

 

顔を見せた程度で、そんなに喜ばれると内から込み上げる衝動が無い訳ではない。

しかしながら、そういったモノで前後不覚になるような精神構造はしていない。それはそれ、これはこれだ。

 

「……リン、もしや彼が噂の?」

 

そう、こちらに鋭い視線を送ってきている老剣士への対応が最優先だ。

 

「はい、この村に滞在中の――」

「ユージ・フタバと申します……現状、ギルドには仮登録ですので学者の端くれとでも」

「私はフェルミよ」

 

リンの紹介を遮る形で自己紹介を行う。

その際、リンに軽い謝意を込めた視線を送るのも忘れない。

 

「学者、か……その割には中々の活躍だとリンからは聞いておるが?」

 

少なくとも精霊を連れて歩く学者というだけでも稀有じゃろう?と再度の探るような視線。

 

「……その辺の事実は兎も角、俺がリンさんにどんな風に思われているのかは気になる所ですね」

「えぇっ!?」

 

特殊な期待を匂わせる表情と声色と共に視線をリンに向ける。

 

「(またそんな事を……)」

 

背後のフェルミから冷たい視線が突き刺さるが、この程度のやりとりはジャブの範疇なので見逃して欲しい所だ。

そんな微妙な男女の駆け引きは別にして、人物評価に関してはキッチリとしているギルド職員であるリンの意見は気になる。

 

「さて、ワシとしては構わんが……リンはどうかの?」

「あぅ……な、内緒です!」

 

顔を赤くしながら、慌てて老剣士を制止するリン。

 

「と、まぁ……見ての通りの高評価じゃよ。色々と勘繰りたくなる程度には……の」

 

ニヤリ、と擬音が聴こえてきそうな笑み。

思わぬ方向からの援護攻撃に老剣士に対して抱いていた警戒と緊張が少し解れた。

 

「レイお爺ちゃん!」

「おお、怖い怖い。今、広場で商売中の商人の護衛として参った、レイモン・ワーナーじゃ。……宜しくなユージ殿」

 

リンの叫びをさらりと躱し、老剣士は直前とは真逆の性質の笑みを浮かべながら、名乗った。

 

「名のある剣士とお見受けしますが……?」

「えっと……レイお爺ちゃんは王都の騎士団を率いていた方ですよ」

 

地元の人間にすれば常識なのだろうが、悠二がその辺りの情報に疎いのはリンも把握しているので戸惑うことなく教えてくれる。

 

「率いていた……総長ですか?」

「元が付くがの。今は新人の冒険者じゃよ……実は今回の護衛が初仕事でな」

 

騎士団全体を統括する総長ともなれば、国家内――軍事に限ればかなりの地位だ。

初仕事が護衛、というのは騎士であった事を考えれば得意分野ではあるのだろう。

 

「退団された後に冒険者に転向を?」

「寄る年波には勝てなくての。騎士として国に捧げた剣は(おろ)したが、まだまだ剣士として引退するには早い……」

 

騎士団の総長としての立場にしがみ付いて、戦場で無理が祟りでもすれば、それに部下や仲間……最悪、国を巻き込みかねない。

だが冒険者であれば自分の死は自己責任。引くも進むも己の選択。

 

騎士として多くを背負う事によって得られる強さもあるが、身軽な冒険者になった事で得られるモノも確かに存在するのだとレイモンは笑う。

 

「新人冒険者として心機一転。新品の剣と盾を持てば剣士としても若返った気分じゃよ」

「もしかして、鎧以外は国に返還されたのですか?」

 

比較的、補修が容易な剣と盾に比べて個人の体格差で微調整が必要な鎧は、敢えて返還する意味が薄い。

そう悠二が訊ねるとレイモンは恥ずかしげに髭を撫でた。

 

「本来であれば、この鎧も返すべきなのじゃろうが……こんなボロボロでは逆に宛がわれた兵を殺しかねん」

 

確かに古い上に損傷の多い鎧の扱いには困るだろう。この世界の魔術を使用しない一般的な製鉄技術では再利用(リサイクル)も難しい筈だ。

考え様によっては総長が使用していた鎧なら価値も出そうだが、実用を考えると当人が言う様に死人が出そうだった。

 

「(英断……というか、気概が若いのか。普通、心機一転と言った所で簡単に転身の出来る年齢じゃないだろうに)」

 

この世界に定年退職のような制度も概念もないだろうから、引退を決めるのは最終的には当人の判断になる。

自ら引く事を選べる事も新たなる道に迷いなく飛び込める事も並の精神では出来ない事だ。

 

眼前の人物に対して、悠二が最終的に下した結論は、第一印象と違わない「侮り難き先達」という物であった。

 

「……リンさん、冒険者ギルドへの超大型新人加入のお祝いを述べさせて貰うよ」

 

正直、こんな新人が居てたまるか。

 

「あはは……」

「なんじゃい、お主も『期待の新人』じゃろうに」

「そこはアレです、どちらかと言えば魔術士ギルド志望なので」

 

そう告げると、レイモンの表情が驚愕から何か惜しむモノへと移り変わり、最終的に納得の色を見せた。

 

「今の時代、まともに戦闘のこなせる魔術士は貴重じゃ。……ワシが現役であれば、是が非でも王国にスカウトする人材なのじゃが」

「お褒めの言葉は有難く。ですが、国に士官するというのは自分でも向いてないように思いますので」

 

悠二にしてみれば、民――人々への奉仕というのは心情的にも別に悪くないのだが、その一方で国家という形無きモノに忠誠を誓う己の姿は思い描けない。

 

「そうかの? それにしても、どうも固いのぉ、新人の騎士でもあるまいに」

「……人生の先達への敬意は当然ではないですか?」

 

そんな風に切り返してはみるが、自分でも普段以上に固めの口調になっている自覚はあった。

 

「これこれ、年齢だけで判断するのならば、ワシはこの集落の大半に敬語を使わねばならんぞ」

 

確かに悠二も精神年齢的に同年代のアムロドやダイロン相手にまで固い口調を貫こうとは思わない。

そもそも、不老のエルフ相手では見た目での判断は不可能なので会話の中で感じた精神年齢でしか、口調の線引きをする事は出来ないのだが。

 

「ですが……」

「第一、主は未だに仮登録らしいが冒険者としての経験はワシよりも多いじゃろう? ならむしろ、主の方が先輩なのじゃから、もう少しどうにかならんか?」

 

なんなら、リンの様にレイお爺ちゃんと呼んでくれとも構わんぞ、とまで言われてしまえば悠二としても大人しく降伏するしかない。

 

「そうですね……分かりました。よろしくお願いします……レイモン老」

 

字面こそ大差ないが、言葉の中にあった固さは緩み、握手を求めて差し出される手の動きも自然だった。

 

「むぅ……まぁ、このぐらいで勘弁しておくとするかの」

 

ガッシリと握り返してくるレイモンの手の感触はゴツゴツとした老人である前に剣士である事を強く意識させる男の手。

 

――直後、レイモンから言われた「術士の割には鍛えておるの」という何気ない一言に悠二は心の中でのみガッツポーズをとっていた。


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