アーカディアの魔工学士   作:愛及屋烏

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第23話 もう一度、始まりの場所へ

 

 ミュルクの森の集落――滞在、十一日目。

 

 この日、悠二はマルクを誘って、ある場所へ向かうつもりだった。

 

「――武器を選んだ?」

「はい。それで……ユージさんに見てもらいたくて」

 

 ……だったのだが、それを切り出すよりも先に当のマルクから相談を受けてしまった。

 

 悠二が俄か医療行為や蜂蜜採集に同行している間、マルクも我武者羅に修行ばかりしていた訳ではない。

 以前に指摘された自分に合っている戦い方について、マルクなりに色々と試行錯誤をしていたようだ。

 

「それは良いが……態々、俺に披露するからには単純に武器を決めたってだけじゃないんだよな?」

 

 悠二の問いにマルクは真剣な面持ちで頷いた。

 武器や魔術の活用法を含めた総合的な『戦闘スタイル』が定まった、という事である。

 

「分かった。……なら、試しに戦《や》るか」

「いいんですか?」

「断る理由が無い。大事な修行仲間の成果を見るんだ……対戦相手以上に絶好のポジションはないだろ?」

 

 連れ立って例の如く集落の外れにある空き地へと向かう。

 

「とりあえず、模擬戦だから魔法の威力は抑えて、直接攻撃は寸止めって感じで良いか?」

「はい。ユージさんに戦いの型を見てもらうのが目的ですし」

「……余裕? いや、自信か……随分と凛々しく見えるな」

 

 マルクへの期待を隠そうともせずに悠二は笑いながら、屈伸運動をして体を解《ほぐ》す。

 

「凛々しいかどうかは判りませんけど……失望はさせない、つもりです」

「おっと、言うじゃないか。……やはり、自信はあるみたいだな」

 

 悠二とマルクは距離をあけて向かい合い、各々に戦闘へと体と気持ちを切り替えていく。

 

「(攻撃力を抑えてとなると……攻撃は風のみ、防御に水と風でいくか)」

 

 ここで悠二が風をメインに選択したのは、その性質に起因している。

 

 悠二にとっての元の世界の概念――例えば『物理法則』は確かにこの世界にも根源的な法則として存在はしている。

 しかし、この世界における物理法則は魔法によって引き起こされる現象から見た場合、下位に存在する。

 魔術的な法則がその上位、より高次的な概念としての優位性を持っている、という事である。

 

 つまり、この世界の魔法によって『出来る』事は元の世界の『物理法則』を容易に超えてしまうのだ。そのトリガーとなるのは術者の『想像(イメージ)力』と『魔素』。

 

 だが逆に言えば『想像』を抑える事が出来れば術の効果は一般的な物理現象の範疇に抑えてしまえる事になる。

 同時にそれは『常識』に凝り固まった人間では魔法を行使しても超常の結果を起こせない、という事でもあるのだが。

 

 そういう意味では地球の現代人は、正しい科学的な知識に触れ易い為に魔術運用では不利とも考えられる。にも関わらず、悠二が魔術で異世界の住人達と同じように魔術を使用し、魔獣を引き裂くような威力を出せているのは、漫画やアニメ等の創作物での風のイメージが通常の物理を凌駕している為だ。

 学生として科学的な知識を持っているので術を『理解』しやすい一方で、それに染まりきっていないので『想像』に支障をきたさない、という絶妙な状態が悠二に高い魔術への適正を与えている。

 

「(突風で引き起こされる被害は甚大だが、風自体に殺傷力がある訳じゃない)」

 

 改めて、『定義』する事で自分の使う魔術の攻撃力を削ぎ落としていく。

 機動力や防御に関しては元々の風の要素なので損なわれる事は無い。

 

 過去の訓練の時の様に詠唱破棄や術自体を緩める事で威力を抑えてもいいのだが、あれは常に『手加減』をする必要があるので面倒なのだ。

 最初から木刀を使って訓練をするのと、攻撃する度に真剣と木刀を持ち替える事の違いとでも表現すれば、その面倒さが伝わると思う。

 

 そして、悠二の修行や開発に対する勤勉さは、そういう最終的な面倒さを回避したい、という気持ちから来てる部分が多い。

 後で苦労するくらいなら、頑張れる時に「貯金」しておきたい――例えば、夏休みの宿題なら最初の週に終わらせるか、いっそ最後まで放置する、という極端な性質(たち)である。

 

 そんな勤勉な怠け者に対して、如何にも勤勉一辺倒な真面目な性格をしているであろう、マルク。

 彼が選んだ武器は、どんな物か……と注意深く観察する悠二は、マルクが『それ』を身に着けているのを見て、驚きに目を見開いた。

 

「あれは……手甲(ガントレット)?」

 

 両腕を保護するように装着された黒色の武具。

 着けている時の様子から、手甲は軽量な木製の物なのが分かる。

 防御力で考えると鉄には劣るだろうが、それなりの素材を使っているのか丈夫さに関しては心配はなさそうだ。

 

「ユージさん、こっちは準備完了です」

「よし……合図は……硬貨でいいか」

 

 財布の中から一枚の銀貨を取り出して、真上に放り投げる。

 ゆっくりと銀貨は地面へと落下して行き、そして――

 

 ドゴンッ!!!

 

 銀貨が地面に落ちるのと同時に風と火の球が衝突し、熱風が拡散する。

 互いに初手は初級の攻撃魔法の詠唱破棄による先制狙い。

 

「(『風ノ羽衣(ウインドクローク)』、『水ノ帷(ウォーターベール)』発動!)」

「(『赤熱スル膂力(ヒートフォース)』発動!)」

 

 悠二は後方へと距離を取りながら、風の強化魔法と水の防御魔法を発動。

 それに対し、マルクは火の強化魔法を使い、悠二に目掛けて一気に前進する。

 

「(この戦法!?)」

 

 昨日、自分が殺戮熊に対して敢行した、魔術による急加速からの近接戦闘。

 

「だが、そう簡単に!」

 

 懐に踏み込ませはしない、と退きながら『風ノ刃(ウインドカッター)』を連射するが、マルクは手甲を装備した腕を盾にするように前方に構え、更に距離を詰める。

 

「くっ! まだまだーっ!」

 

 風刃が直撃した所で、僅かに足を止める程度の威力しかない。

 術の攻撃力を殺した模擬戦であるからこその大胆な踏み込みだった。

 

「(チッ、足止めにもならない!)」

 

 悠二は早々にマルク自身への攻撃を諦めて、術の照準をマルクが移動している場所の『一歩先の地面』へと移した。

 マルクを狙う時よりも威力を上げた風刃が地面を抉り、足場を崩すと同時に土砂を巻き上げて、マルクの前進と視界を阻む。

 

「うわっ!?」

 

 風によって速力を得る悠二と違い、火属性の強化魔法で筋力を上げているマルクがスピードを得るには「地に足が着いている」必要がある。

 その為、足場が不完全な状態では踏ん張りも踏み込みも足りなくなってしまう。

 

「(流石はユージさん……こっちの狙い通りになんてさせてくれない……けど!)」

「(やばっ!?)」

 

 意を決したようなマルクの眼差しに危険を感じた悠二が距離を取ろうとするが――

 

「ちょっ!?」

 

 ――飛来した無数の『火ノ球(ファイヤーボール)』に動きを阻まれる。

 

「『風ノ壁(ウインドウォール)』!!!」

 

 直線的な動きの火球だったので、正面に展開した風壁で防御には成功するも、悠二の足は確実に止まった。

 

「(今だ! 『土壌操作(ソイルコントロール)』!!!)」

 

 その間にマルクは両の手を地面に着けると、悠二の攻撃で凸凹になっていた広場の地面を地属性の魔術であっという間に整形してのけた。

 

「おおっ!?」

 

 某練金術師風のモーションと見事な対応に思わず感心してしまったが、状況的にはかなりピンチだ。

 

「……少年、そのスタンバっている大量の『火ノ球』は何でしょうか?」

 

 フワフワと、マルクの周囲に浮遊している火球を見て、珍しく動揺を見せる悠二。

 その様子は突撃の時を今か今かと待っているようにも見える。

 

「動きの速い相手を確実に捉えるには、自分も速くなるだけじゃ不十分ですから」

 

 マルクの意図を理解した悠二の表情が更に強張る。

 

「――いきます!」

「っ!」

 

 待機中の火球が、悠二の移動経路を寸断するように飛来する。

 

「くっ!」

 

 火球による牽制で悠二に足場を崩す暇すら与えず、確実にマルクは距離を縮めていく。

 しかも、最も基本的な『火ノ球』だけあって、何発か使用しても補充が早い。

 既に悠二もマルクも初級魔術に関しては詠唱破棄は完璧なので、術の発動は一瞬で事足りる。

 

「(敵に回すと厄介すぎる!)」

 

 特に守勢になっている状況で敵の手数が多いのはかなり厳しい。

 攻める側は雑にバラ撒いても効果が見込めるが、守る側は必死だ。

 

 悠二の動きを妨害し、逃げ道を丹念に潰す様な攻撃。

 下手に足を止めるタイプの防御魔法を使えば、マルクは即座に接近してくるだろう。

 

「風よ、我に絡まり、渦巻け――『旋風ノ斧(トルネードアクス)』二重発動!!!」

 

 両腕に小さな竜巻を纏わせて、直撃コースの火球だけを打ち払いながら移動する。

 しかし、火球の数は次第に増加し、その速度も上がっていく。

 

「(このままじゃ、捌き切れな――)」

 

 新たに飛来した火球を打ち払い、そんな焦燥が思考に表れた直後。

 トン、と軽く触れるようにマルクの拳が悠二の腹部に当たる。

 

「…………」

 

 衝撃は無く、拳が振り抜かれる事はない。

 考えてみれば、寸止めルールで戦っていたのだ。この瞬間まですっかりと忘れていたが。

 

「…………ふぅ」

 

 火球を打ち払った直後、腕が硬直している一瞬を狙われ、マルクに懐まで踏み込まれた。

 今の悠二は完全な死に体である。

 

「――参った、降参」

「ありがとう……御座いました」

 

 あの族長の息子なのだから、成長すれば確実に追い抜かれると確信はしていたが。

 こんなにも簡単に負けてしまうと、いっそ気分が良い。

 

「いやはや……最初は随分と漢前な戦法を選んだなと思ったけど……既に形になってるじゃないか」

「そ、そうですか?」

 

 攻撃魔法を中距離牽制に使いながら、強化魔法で高めた五体を活かした近接格闘戦主体のスタイル。

 手甲を着けているとは言っても、要は素手での殴り合い。エルフの少年とは思えないチョイスである。

 

「その手甲は何処で買ったんだ?」

「えっと、武器屋さんには気に入った武器が無かったので……防具屋さんで」

 

 確かに手甲は武器というよりも防具の範疇に入るかも知れない。

 

「ちなみに購入資金は」

「貯めていた御小遣いを使いました……もう、残ってませんけど」

 

 その言葉に悠二は目頭が熱くなるのを感じていた。

 自分がマルクぐらいの年齢の頃、そんな真面目に貯金した事があっただろうか、と。

 せいぜい、貯金するにしても大金である『お年玉』の時ぐらいで、日々の中でコツコツと貯めるという行為とは無縁だった。

 

「(出発するまでに依頼を手伝って、貯めていた金額以上に稼がせてあげよう)」

 

 そんな決意をしながらも、悠二はマルクの戦法についての評価を続けるのだった。

 

 

 ◇◆◇◆

 

 

 さて、悠二がテキトーに名付けた『魔法戦技(マジックアーツ)』の場合、攻撃性の低い風や水の属性を体術と掛け合わせる事で魔技に転じさせている訳だが、これは小さな数字同士の乗算であると言える。

 それに対して、マルクの戦法は一見すると悠二のそれと似通うが、本質は高いレベルで纏まった体術と魔術の組み合わせ、つまりは足し算である。

 

 悠二は適正属性の欠点を補う為、マルクは適正属性の利点を活かす為。

 狙いこそ対照的ではあるが、結果的には自分と同じような戦法を選択してしまった事に悠二の胸中は複雑だった。

 

「牽制用に選んだのが詠唱破棄で最も簡単に発動可能な『火ノ球(ファイヤーボール)』ってのも、俺としては好評価だな」

 

 下手に派手や威力を求めずに最小限の労力で相手の動きを制する事が出来る魔術の選択は実に素晴らしい。

 上級の攻撃魔法が使えれば、それは確かに役に立つだろうが、基本となる戦いのスタイルには過剰な力。

 

 そんな悠二の考えを知ってか知らずか、マルクは実に理想的な回答を持ってきた。

 地力と基礎を活かしながら無駄を極力、減らしつつも、状況に応じて変化の付けられる戦い方。

 

「しかも、発動してから即座に相手に放つんじゃなく、自分の周りに『待機』させてただろう?」

「あ、はい! ユージさんの動きを見ながら、攻撃のタイミングを計ってたので」

 

 この世界の魔術師は、術の発動=即時攻撃という考えが染付いているので、そういう意味では確実にマルクも悠二の発想に毒されている。

 

「……例えば、敵が反撃で攻撃魔法を使ってきた場合、待機させていた火球で迎撃も可能な訳だ」

 

 そこでマルクの戦法の新たな可能性を即座に指摘する事が出来る悠二も大概なのだが、当人にしてみれば元の世界で読んでいた漫画知識の発露、程度の認識しかない。

 

「な、成程。……ほ、他には何かありますか?」

「そうだな……待機中の火球を集めて即席の盾にするとか、形状を変化させて攻撃の種類や幅を増やすとか……」

 

 恐らく、工夫をすれば元は初級の『火ノ球』でも中級魔術以上の威力や多様性を持たせられる。

 しかも、普通に詠唱を行って中級魔術を発動するよりも、詠唱破棄で待機させた初級魔術から変化させる方が現状では速い上に低燃費だ。

 

「………………」

 

 なんというか、数日もの間、必死に悩んで考えていた自分が馬鹿に思えるほど、ぽんぽんとアイディアが飛び出してくる。

 

「後は、魔術とは別に中距離で使える飛び道具でもあれば理想的じゃないか?」

 

 魔法を十全に使用する事が出来ない状況を考えた場合、他の対中遠距離の武装が無いのは心配になる。

 マルクが一生をミュルクの森の中だけで終えるのであれば、無用の心配だが、流石にそうはならないだろうし、いつまでも森が魔素に恵まれている保証は無い。

 

「飛び道具、ですか?」

「そうだな、手甲に機械仕掛けの《ボウガン》でも仕込んでおく、とか。マルクもエルフだし『目』はかなり良いだろ?」

 

 毒とか痺れ薬を矢に塗っておけば完璧だ、とは流石に子供相手に言うつもりは無かったが。

 

「(……我ながら、発想が鬼畜というか外道というか)」

 

 別に世界を救う英雄でも勇者でもない悠二にしてみれば、卑怯上等、勝てば官軍の気構えだ。

 

「やっぱり、ユージさんは凄いです……!」

「(勝ったマルクに誉められてもなぁ……)そうか?」

 

 将来有望で伸び盛りのマルク相手に真っ向勝負をするのでは悠二に勝ち目が無いのは自明の理。

 

「そうですよ!」

 

 しかし、マルクが尊敬している悠二の持ち味は物や人間に対する『開発力』とでも言うべき発想とセンスなので、模擬戦での敗北が悠二への評価へと影響する事は無い。

 むしろ「悠二との修行で自分は勝てるようにしてもらった」と考えれば、感謝こそすれ、見下す事など有り得ない。

 

「まぁ、マルクの俺への評価は置いておいて……この後、少し付き合ってくれないか」

 

 悠二の言い草にマルクは微妙に不機嫌そうだったが、すぐに「何処にですか?」と聞き返してきた。

 

「例の遺跡に行こうと思うんだけど……」

「行きますっ!」

「(随分と良い返事だな)なら、用意をしてきてくれ。今日は道中で遭遇した魔獣は全部、倒すつもりで行くから」

 

 空の素材袋を忘れずにな、と注意するとマルクは元気に頷いて、意気揚々と自宅へ駆けて行った。

 

「――負けちゃったわね」

 

 背後から響く、慣れ親しんだ声に振り返る事もなく応じる。

 

「……フェルミ、何時から見てたの」

「二人が、この空き地に向かってる時から」

 

 普通に最初から見られていたようだ。声を掛けてくれても良かったのに。

 毎度の事だが、邪魔にならないように配慮してくれたのだろう。

 

「――どうせなら最後まで、そのスタンスでも良かったのに」

「だって、相棒を慰めるのも……良い精霊(おんな)の役目じゃない?」

「慰められる程、悔しい思いをしてる訳じゃないんだけど」

 

 その言葉は有り難かったが、(かぶり)を振って否定する。

 

「……本当に?」

「これが敵に負けたのなら大問題だ。心中穏やかじゃないし、生死に関わる」

 

 でも、今回の相手はマルクなのだ。

 

「自分の非才を嘆く事はあっても、味方相手に悔恨や嫉妬を感じるような事はないよ」

「私としては、ユージが非才とか何の冗談?って感じがするわね」

「……流石に、無能だと卑下したりはしないし、無力だとも言わないよ」

 

 だが、自分は天才どころか秀才でもない。

 武術に関しても天賦の才とは無縁。

 

「――まぁ、相手が『敵』の場合は……それを理由に負けるつもりは微塵もない」

 

 むしろ、己が非才を自覚するからこそ、双葉悠二という人間は強い。

 

 足りないなら――工夫すれば良い。

 まだ足りないなら――鍛え上げれば良い。

 それでも足りないなら――敵を陥れれば良い。

 

 その時、誰か仲間が傍に居てくれたなら――頼れば良い。

 

 だから何度、修行や訓練で負けようと自分は構わない。

 敗北の許されない、実戦の中で勝つ為ならば。

 

「(……これで非才って……詐欺じゃない?)」

 

 ――弱者と呼ぶには、完成され過ぎた精神性を前に電子の精霊は自身の相棒の異質さを再確認する事となった。

 

 

 ◇◆◇◆

 

 

 準備を終えたマルクとフェルミを連れて、ミュルクの森を進む悠二。

 魔素探知(マナサーチ)による戦闘回避をしない、見敵必殺(サーチアンドデストロイ)のスタンスの為、遺跡に辿り着くまでには一時間程度を要した。

 ただ、戦闘の甲斐もあってマルクに早速、実戦で戦闘法を試す機会と売却すれば手甲を購入するのに使った分は取り戻せそうな量の魔獣の素材を得る事が出来た。

 

「さて……遺跡に入る前に調べたい事がある」

「調べたい事、ですか?」

 

 悠二は始まりの場所とでも言うべき遺跡《フォボス》に対して、郷愁に似た感情を覚え、その一方でマルクは未知なる遺跡にいよいよ踏み込める、という事で少年らしい冒険心と期待を隠せない様子だ。

 

「フェルミが言うにはメインの動力設備が沈黙しているにも関わらず、何故か電気――動力が僅かだけど施設内に残っていた」

「確かに室内の灯りも、幾つかは動いてたわね」

 

 世紀単位で存在しているような施設とはいえ、流石に過去に稼動していた時期の動力が残留していた、というのは無理がある。

 

「となれば、施設内にある主動力とは別に動力を確保する為の何らかの設備が稼動している可能性が高い」

「つまり……補助動力を調べる、って事?」

 

 そういう事、と悠二は頷くと掛けていたサーチグラスを操作し、雷動力探知モードへ切り替えた。

 

「怪しいのは遺跡の真上か、その周辺なんだが……」

 

 魔素を探知する時とは違い、雷力――電力で稼動している物の少ない、この時代では逆にそれを探すのは簡単だ。

 

「――あった」

 

 遺跡の中へ流れていく、細い光の道筋。

 川を遡り、その源泉を目指すように視線を動かしていくと、予想通りの場所に『それ』はあった。

 

「移動しよう、ちょっとした山登りだ」

 

 山登りと悠二は表現したが、結果としてそれは誤りだった。

 目的の場所は遺跡から脱出する時に通った亀裂のあった所の反対側の崖の斜面にあった。

 

「……フェルミは平気だと思うけど、マルクは滑り落ちないように注意してくれ」

「はい。結構、角度が急ですね」

 

 周りの木々を支えにしながら、飛べない二人は慎重に斜面を進む。

 いざとなれば魔術でどうとでもなるとは言え、危険は少ないに越した事は無い。

 

「(さて……太陽の位置と方角を考えると……そうなのか?)」

 

 地面を観察すると所々に黒い機械らしきものが見受けられる。

 

「マルクには周辺の土を動かして、地面の下にある装置を剥き出しにして欲しい。出来れば、傷を付けずに」

「えっと……土を退かせばいいんですね?」

 

 悠二の要請に特に疑問を感じるでもなく、マルクは『土壌操作(ソイルコントロール)』で斜面の土を崖下に移動させていく。

 

「――出来ました、けど……ユージさん、これって」

「やっぱり、太陽光発電の為のパネルだったか」

 

 悠二達の視線の先には直並列に配置された太陽電池のパネル。

 

「たいようこう……太陽ですか?」

「簡単に言うと……日の光を受けて、動力を得る装置、かな」

 

 方角的に南側の斜面に敷き詰められている事を考えて、これが太陽電池である事は間違いない。

 だが見た目こそ、自分が知っている太陽光発電のパネルと同質だが、現代日本よりも科学的に発展している時代の装置である事を考えると耐久性や発電量には大きな差があるのだろう。

 

「(とりあえず、マルクのお陰で地表に出せたから……相応の電力確保は可能な筈)」

 

 現代での太陽電池の発電効率は15%程度だったと悠二は記憶していたが、それよりも遥かに多いのが視覚的にも判る。

 

「雨風か土砂崩れか……何かの原因でパネルの一部が地表に露出して、それで動力の一部が復旧したんだと思う」

「そっか、それで……」

 

 そんな納得した声の主を横目で見ると、こっそりと発電されている電力を頂戴しているフェルミの姿が。

 

「エネルギー補給するのは構わないけど、ほどほどにな」

 

 悠二の言葉にフェルミはつまみ食いを発見された子供のような顔をした。

 

「まぁ、元気になった分は働いて貰えそうだから、こっちとしては好都合か」

 

 悪巧みをしていますよ、と言わんばかりの悠二の黒い笑顔にフェルミの頬が引き攣った。

 

「……な、何をさせるつもり?」

「――この施設の完全制圧」

 

 こともなげに告げられた悠二の目的は、さらりと流すには大き過ぎる爆弾だった。

 


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