オレこと二瀬野鷹は、二度目の人生を歩んでいる最中である。
一度目はおそらく交通事故に会って死に、『インフィニット・ストラトス』というマルチフォームド・スーツの存在する世界に生まれ変わった。二瀬野夫妻の子供として生まれ成長し、女性しか扱えないとされている『IS』を操縦できるただ一人の男として、IS学園に入学する。
オレは、この世界で何を得て、何を見るのか……。
そしてオレは今……キレイなお花畑が見える……ああ、川もある、あれぐらいテンペスタならひとっ飛びだぁ……。
「ヨウ君だめええ、それを跳び越しちゃだめええええ」
玲美の叫ぶ声が聞こえる。
ISの実習中、オレはセシリア・オルコットと並んで、飛行訓練の見本を見せてたはずだ。急降下と完全停止を要求され、セシリアに先んじて急降下をし、完全停止のために足を地面に向けようとして、そこで目が眩んだのだ。
結果、飛び始めて100時間近く経つくせに、地面に激突、あまりの大ダメージにシールドエネルギーは全損、ISは解除され、自分の作った大穴の真ん中で気絶した。
「うーん、どうしてだろう」
放課後、地面を整地しながら、首を傾げる。
オレは失敗した罰として、グラウンドの端の盛り土を一輪車に乗せては、巨大な穴を埋める作業を繰り返していた。
「最近、調子悪そうだねー。寝っ転がって本とか見てるんじゃないの?」
と、メガネをかけた岸原理子がからかうように声をかけてくる。
ちなみに手伝うような素振りは一切見せない。
「おっかしいな。鷹の目と言われるこのオレが……」
小首をかしげながらスコップで地面を均してると、
「鳥の目でしょ、アンタが言われたのは」
と、声がかかる。振りかえると、甲龍を装備した鈴が立っていた。
「どうした? 練習か?」
「あんたが言われてたのは、鳥目でしょうが。暗くなると何にも見えなくなるって数馬と弾にからかわれたじゃないの」
「そうだっけ……」
「そんで、アンタは何してんのよ?」
「整地。穴開けたから直してんだよ」
「ふーん。そういやアンタ、ゴールデンウィークに派手にやらかしたんだって?」
「一週間遅れだぞ情報が」
「たまたま聞いただけだからね。で、アメリカ行って、ちっとは上手くなったわけ?」
「それなり。どっかのオチビさんと違う巨乳のお姉さんにみっちりしごかれてきた」
「ほほぅ、挑戦的なことを言うじゃないの」
オレの個人的な感想を言えば、ファン・リンインは自分からは誰とも慣れ合おうとしない。強いていえば一夏ぐらいだろう。一夏の場合は、逆にそういうのが放っておけないようだったが。
クラスに上手く溶け込めてるんだろうか。
「事実だろー? 小学校から変わってないくせに」
「か、変わってるわよ。ぶっ飛ばすわよ!?」
「テンペスタの逆噴射アタックでぶっ飛ばされたのはそっちだろうに」
「なんですって!?」
やれやれ、無暗に突っかかってるところは変わらないなあ。一夏繋がりじゃなかったら、お友達にはなれなかったと思うわ、ホント。
……そういや、箒もそうだな。気づいたら一夏と箒は仲良くなってたし。そう考えると織斑君、マジで良いヤツだわ。パネェっす。
「んで、まさかわざわざISを着てまで、オレにちょっかいを掛けに来たんじゃないだろ?」
「そりゃそうよ。ちょっとクラスの子が操縦を教えてほしいって言うからさ」
「へー。珍しいこともあるもんだ」
「こう見えても、クラス代表ですからね」
ふふん、と得意げにうっすい胸を張る鈴。
お気楽なクラス副代表(セシリア指名)のオレと違って、自覚に満ち溢れてるってわけだ。だけど、それで誰かと仲良くなってるなら結果オーライだ。
ここに織斑一夏がいなくとも、それぞれが生きている。
「ほら、さっさと整地終えなさいよ」
「へいへい」
どうせもう終わるところだったので、オレは地面をスコップで叩いて作業を終える。なぜここまでアナログかと言われれば、罰ゲームだからだ。本来は整地用の機械を使って職員が一瞬で済ませてしまう仕事だ。
「んじゃ理子、オレたちも練習しようか」
「ほーい」
こっちも元々は練習のつもりだったのだ。打鉄の使用許可も取ってあるし、練習に入ろう。
専用機持ちは、率先して他の生徒の指導をしなければならない。これは、セシリア・オルコットが言い始めたことだ。いつのまにか二組にも四組にも浸透しており、放課後では四組の代表候補生の専用機『打鉄弐式』を見かけることも多い。
本来ならこの時点で『打鉄弐式』は完成していない。倉持研究所が織斑一夏専用機の白式にかかりきりになるはずだったからだ。だが、この世界のIS学園には『織斑一夏』はいないので、前倒しで打鉄弐式は完成。生徒会長の妹である更識簪は入学してすぐに専用機を手にし、代表候補生の座に収まっている。ちなみにクラス代表同士が戦うクラス対抗戦は、更識簪の優勝で幕を閉じた。
第二世代機、テンペスタ・ホーク。
イタリア製のインフィニット・ストラトス『テンペスタ』をベースに、四十院財閥の研究所でスピード特化にカスタマイズされた機体だ。
ノーマル機の最大の違いは、背面に位置する二枚の大きな推進翼、そして腰の辺りから斜めに伸びる尾翼だ。足もまた各種スラスターが内蔵されており、足首の辺りから踵までに六基のスラスターが配置してある。これは逆噴射で急ブレーキをかける機体制動が主な役目だが、垂直離陸時には補助動力の役目も兼ねる。あとたまに接近戦用の武器にもなる。
後付け武装の充実した第二世代機らしく、インターフェースの共通した武装なら、容量の許す限り装備が出来る。もちろん、シャルロット・デュノアのラファール・リヴァイヴ・カスタムのように大容量バススロットがあるわけではないので、武装変更にはそれなりに手間がかかるが。
なぜ四十院研究所では第三世代を作っていないのか、と尋ねたところ、本体企業ではないからという返答が返ってきた。各種兵装の実験をするには、ラファールやテンペスタのように『標準化』された機体が望ましいそうだ。逆にデュノアや倉持技研のようなIS本体企業は第三世代機の開発が命題でもあるし、そのために国から大規模な融資を受けているのだ。
かといって、第三世代機が優秀かと言えば、そうでもない。
第二世代機と第三世代機は、使い方次第の用途差ぐらいしか、今のところはない。
第三世代機最大の特徴は、イメージングインターフェースを使用した特殊能力兵装群だ。代表的なのは、セシリア・オルコットの操る
逆に第二世代は、その完成された共通インターフェースを使った兵装換装が優秀だ。テンペスタ・ホークは、同じテンペスタシリーズの武器ならほとんどがインストール可能だし、イギリスのメイルシュトロームやフランスのラファール系の兵装も一部、流用可能だ。
簡単に言うなら、不思議武器が第三世代で、いかにも軍事兵器という武装なら第二世代というわけだ。
で、第二世代のテンペスタ後期高機動タイプのカスタム機であるH.a.w.cはというと、
「痛てえぇ……」
またもや地面にぶつかっていたという。
何なんだ、すげー体の調子が悪い。
「お風邪を召したんじゃありませんこと?」
隣でグラタンを食ってるセシリアが弟子を気遣って声をかける。今は晩飯タイムである。
「んーそうかなぁ。今日は食後の運動はやめて、早めに寝るかあ」
「そうしてくださいまし。他の方に伝染さないように」
「りょーかい」
食事もそこそこに、オレは食器を返却口に片付けて、ふらふらと自室へと歩いていった。
今、すげー嫌な夢を見ている。
前の人生を終えたときの夢だ。
横殴りの衝撃を受け、空中に舞う。すぐに地面へと叩きつけられて、その上を重量のある物体が通り過ぎていった。
右目が見えない。左目の視界が赤く染まっている。
腰から下の感覚はない。べちゃ、という音が聞こえた。
鳥が、青い空を飛んでいる。
……こんな都会に、何で鷹がいるんだろう。
右手を伸ばそうとして、そこで意識が途絶える。
「うわあああああああああああ!!!!」
飛び起きた。
すぐ近くから聞こえる空気が抜ける音が、荒くなった自分の息だと気付く。
頬に触れた。冷や汗をかいていた。
右側の視界がぼんやりとしている。
「だ、大丈夫?」
そのぼんやりとした視界の方向から、誰かの声が聞こえた。
顔ごとそちらを向けて、左目の視野にその人物を入れると、そこには一人ではなく三人いた。玲美、理子、神楽だ。
全員が心配そうにこちらを見つめている。玲美の手には、濡れたタオルがあった。
「あ、ああ……」
視線を戻して、自分の手を見つめる。
あれ、これって、実は右目の視力が落ちてるんじゃないのか?
右手で顔の半分を隠すようにして、もう一度、テンペスタ・ホーク組の三人を見た。
「わりぃ、看病してくれてたのか」
「大丈夫ですか?」
神楽が手に持ったスポーツドリンクのボトルを両手で差し出してくれる。
ようやく、喉がカラカラだったと気付いた。
砂漠で得た水のように一気に飲み干す。机のそばにあるゴミ箱に向かって、空のペットを投げた。大きく外れる。当たり前だ。目標が定まらないのだから。
「何やってんのよ、もう」
理子が呆れたように拾って、ゴミ箱に入れてくれた。
「はい、タオル」
よく絞ってから、玲美が冷たいタオルをオレに渡してくれた。
「さんきゅ」
それを顔の右側に当てる。
「今、何時だ?」
神楽に尋ねると、時計すら見ずに彼女が、
「まだ十時前ですよ」
と答えてくれた。
「そっか……悪い、明日は休みだよな。オレの外出申請、代わりに出しておいてくれないか?」
「体調も悪いのにどちらに……?」
「あーえっと……病院行こうかなって。出来れば総合病院が良い」
「そういうことなら。伝手のあるところに予約も入れておきましょう」
神楽はオレの机に座って、空間ディスプレイを立ち上げる。おっとりとした外見に見合わず有能な彼女は、あっという間に申請を出し終えてしまうだろう。
「私たちもついていくよ」
「だね。心配だし」
玲美と理子が声をかけてくる。
しまったな、黙ってコンタクトレンズでも入れるか、視力回復手術の手続きでもしようと思ったんだが……断る理由が思いつかない。
「わかった」
しばらく考えてから、オレは頷いてベッドに横になる。よく考えたら、四十院研究所で肉体のチェックも行うんだ。バレないわけもないんだ。観念するか……。
「ヨウ君、予約を取るのに保険証の番号が必要みたいです。覚えてますか?」
すでに診療の手続きまで入っていた神楽が聞いてくる。
「あー、なんだっけ。この間変わったから覚えてないや。その辺の引き出しにID入ってないか?」
「開けてもよいですか?」
「大したもんは入ってねえよ」
エロ関連は全て、ベッドの下にあるセカンド端末の中だからな!
「あら、お守り?」
神楽が見つけたのは、母さんから貰った石が入っている守りだった。
「石が入ってるんだ。親から貰った」
「石、ですか。珍しい風習ですね。袋は村松家行の流れをくむ伊勢神道傍流によくある形状ですけど、この場合は普通は内符なんですが」
「何でも詳しいのな、神楽って。袋は箒の実家で買った。中身の石はオレが生れたときに、病室のベッドに落ちてたんだとさ」
神楽が手に持ったお守りを、玲美と理子がのしかかるように覗きこむ。
「開けてもいい?」
「壊すなよ」
「うん」
玲美が返事をすると、神楽がゆっくりと紐を解いて、中の石を取り出した。
「うわぁ、キレーイ」
理子が夢を見るように呟く。
「ホントだ、少し光ってるね」
「光ってる?」
「うん、ぼんやりと光ってるよ」
そんな光るもんだったっけ。照明の加減で反射するのかな。
「ちゃんと仕舞っておいてくれよな」
目を閉じて神楽にお願いする。そのまま、再びゆっくりと闇に落ちていった。
「……似合わんな」
月曜日、箒が朝一で失礼なことを言いやがった。
「自覚はある。玲美からはスケベメガネと呼ばれた」
「普通はメガネをかけたら、真面目に見えるのだが……タカは何故か軽薄さに磨きがかかるようだ」
「……おう、自覚はある」
細いフレームの、縦に狭いスクエア系メガネは、細面のオレを真面目系男子にはしてくれなかった。
ちなみに呆れた表情の箒の後ろで、セシリアが大爆笑をしている。
病院で検査した結果、視力は落ちていたのは間違いなかったが、精密検査をすると眼球の調節機能に異常はなかったのだ。結局、原因はわからずじまい。
ゆえに視力回復の手術はおろか、眼球に接触するコンタクトもやめておこうということになり、メガネになったのだ。
どうせISに乗れば、自動で視界が調節されるのだ。すぐに取り外せるメガネの方が良い。……良いのだが、店員さんオススメのフレームをメガネ屋でつけた瞬間、理子と玲美はおろか神楽まで笑い始め、他のにしようと思ったのだが、三人の強引な説得の結果、今かけてるモデルに決められたのだ。
「皆さんに朝の愉快なひと時を提供できて、恐悦至極でござりますよ……」
肩を落として、席につく。
チャイムが鳴って、教室のドアが空いた。織斑先生が入ってくる。いつも通りの仏頂面だったが、オレと目が合って小さく吹き出しやがった。
……なんでメガネ一つでここまで笑われなきゃならんのだ……。
こうしていつも通りの一日が始まる。
放課後、なぜか絶好調だった。
週末の体調の悪さが嘘のように、ISがしっくりと来る。
地面に立ったまま、推進翼の動作を確認し、空も飛ばずにスラスターの向きを変える訓練を続けた。
いつもより早く出来ている。これは間違いない。今日なら、あの技が出来ると思う。後で挑戦してみよう。
そう思いながらも、やはりオレは背中の推進翼に動かすだけの地味な練習を続けるのであった。
「はあ?」
「だーかーら、倉持とのコンペだって」
「なんで?」
「翼の売り込みに決まってるじゃない」
「はぁ……」
という玲美との会話の末に、オレこと二瀬野鷹はIS学園と同じ市にある巨大競技場施設、通称『ISアリーナ』にやってきていた。
メガネをかけ始めて何とか慣れてきた週末の土曜日に、何でも自衛隊の機体に新採用する兵装のコンペが開催されるとのことだ。今回の参加企業は二社。倉持技術研究所と我らが四十院研究所だ。
「でもなんでまた、オレなんだ?」
ISスーツに着替えたオレは、まだ準備中のアリーナを見下ろせる観客席に立っていた。隣には理子、玲美、神楽がいる。
「それはもちろん、テンペスタ・ホークの推進翼が最新型ですから」
神楽が事務的に答える。ちなみに今日は全員、グレーのサマースーツだ。
「でもこういうコンペって、倉持は四十院に見せないんじゃないの?」
理子に尋ねたのは、自衛隊所属のパパから何か聞いてないかと思ったからだ。
「いや何でも相手からの申し出なんだって。ぜひとも、自社の技術を四十院さんに見せたいとか何とか」
「……うわ、自信過剰」
「ほら、先日のクラス対抗戦で倉持の打鉄弐式が優勝したじゃない? それに比べてテンペスタ後期高機動カスタムは出場すらしてないから」
「いやだって代表決めるとき、その倉持の打鉄しか無かったじゃん」
「そんな事情も知らずに結果だけ見て余裕ぶっこいてんでしょー。ヨウ君、もうぶっちぎってやってよ」
「そういうことなら、お世話になってる四十院のために頑張りますか」
理子が右拳を差し出すので、オレもそこに軽く拳を合わせる。
「で、今から倉持の番が始まるわけだ。オレたちもここで見てていいわけ?」
研究所の主席研究員であるパパから何か聞いてないかという意味を込めて、今度は玲美に尋ねる。
「私たちIS学園の生徒だから、余計に見せたいんでしょ」
ヤレヤレと肩をすくめる。どうやら見て良いということらしいので、このまま観客席の最前列に座る。理子が手に持ったお菓子を差し出してきた。全員がそれを受け取って、ポリポリと音を立て始める。
「お菓子とか食ってて良いのかねえ」
「珍しくパパがくれたんだよ。これでも食って、余裕を見せろってことじゃないの」
「いや、理子のパパって自衛隊だから中立の立場じゃないのかよ」
「パパは倉持嫌いだからね。ほら、打鉄って空戦向けじゃないじゃん。そんな機体をIS学園に無理やり売り込んだのが頭に来たみたいよ」
「元パイロットだから、拘りがあるのかなあ……。もうちょっとくれ」
「ジャイアントタイプもあるよ」
と、手元のビニール袋から長さ三十センチはある大きな棒状のお菓子を取りだした。
「くれ。腹減った」
貰った直径三センチの巨大な棒状スナック菓子を、まるでハムスターのようにカリカリと端から咥えて食べて行く。
「あ、私も私も。かぐちゃんは?」
「えっと、私はさすがに……そちらの小さい方で」
「もう、かぐちゃんってば恥ずかしがり屋なんだからー。あ、飲み物持ってきてる?」
「あるわよ」
わいわいとお菓子を食べ始める。もはや遠足のノリであった。
「お、誰か出てきた。あれ、四組の更識さんじゃない?」
「はれ?」
無暗やたらとデカいお菓子を頬張りながら、アリーナに目を向ける。西側の登場口から、メガネをかけた小柄な女の子が出てきた。
ホントだ、更識簪だ。
何でも日本の暗部を司る更識家の次女で、生徒会長の更識盾無の妹。一年四組クラス代表にして日本の代表候補生。専用機は第二世代機、打鉄弐式だ。
「ってことは、打鉄弐式なのかな?」
「いやーあれはブルーティアーズと同じぐらいしかスピード出ないはずだよ。うちのテンペちゃんの足元にも及ばないって」
玲美の疑問を理子が笑い飛ばす。ただし向こうのマルチロックミサイルとは滅法相性が悪いんだけどな。
「あら、別のISみたいよ。キャリーが出てきたわ」
簪の後ろから、白衣を着た男たちが自走キャリーに乗って出てくる。
「あれは……白式!?」
なんでそんなところにあるんだ!?
第三世代型第四世代機、とでも言えば良いのだろうか。本来、織斑一夏が乗るはずだったインフィニット・ストラトス『白式』。スペック上はブルーティアーズよりも速度が出る機体だ。
……たしか放置されてた機体を篠ノ之束がいじったんだよな。しかしこの世界での白式パイロットは一夏ではないのだ。だとしたら、あそこにある機体は、篠ノ之束がいじっていない可能性が高い。
「ヨウ君、知ってるの? あれ」
左隣に座る玲美が小首を傾げながら尋ねてくる。
「……いや、知らん。テキトーに知ってるっぽく言ってみただけだ」
「なにそれ。マンガの見過ぎ? だから目が悪くなっちゃうのよ」
呆れたような声の抗議をスルーし、オレはメガネを正して、簪が白式を装着する姿を凝視していた。
コンペが始まった。簪を収めた白式が空中を舞う。
目で追えないこともないスピードだ。そんなに速くはない。スペックを生かせてないのか?
「なんか妙な機体だね」
理子がストローで紅茶を飲みながら、そんな感想を漏らす。
確かに妙な機体だ。さっきからフラフラとしている。加速性能自体は悪くないが、それでもブルーティアーズ以下だ。アリーナ内を周回し、ストレートで瞬時加速を見せたりしているが、コーナリング時などは、微妙に機体がフラついたりしている。
「安定してないのかな。それとも更識さんと相性が悪いとか?」
「それぐらいはチェックしてるだろ……でも」
「でも?」
「……迷子みたいだ、あのIS」
オレの感想に、三人がきょとんとした顔を見せる。
誰かを探してさ迷うような印象を見せる。それを簪が無理やり押さえつけて飛ばしてるようなイメージだ。
……そうか。織斑一夏を探してるのか、白式は。もしくは織斑千冬を。確か白式に使われてるISのコアは、織斑先生の使ってたISのコアを使ってたよな。
「そろそろ終わりそうだ」
簪がスピードを緩めて、開始位置に戻る。えらく疲労困憊している様子だった。
「あれが私たちに見せたかったもの?」
理子がつまんないとばかりに言葉を捨てる。
「何だか拍子抜けだね」
「そうよね。倉持はどういうつもりなのかしら」
オレは意味を考える。
……なぜ、あんな未完成の機体をライバルに見せたのだろう。あれではコンペ以前の問題だ。
意味があるのか、ないのか。
「それより二瀬野君、お願いしますね」
「おう?」
「コンペですよ、コ・ン・ペ」
珍しく神楽が青筋を立てている。実は倉持に挑発紛いのコンペを挑まれて、腹が立ってたのかもしれない。なおかつ相手はあの体たらくだからなぁ。
「合コンなら喜んで! だったんだけどな」
場を和やかにするためにアメリカIS部隊仕込みのジョークを飛ばす。
三人が全員、オレのスネを蹴り飛ばした。
「このスケベメガネ!」
玲美の怒声がアリーナ全体に響いていった。
『じゃあ、スケベメガネ君、よろしく頼むよ』
「勘弁してくださいよ国津さん……」
『あっはっはっは。でも、あの様子じゃ倉持技研さんに負けることはないし、気楽にね』
「何のつもりだったんでしょうね」
『調整不足にも程があったね、あの白いISは。向こうの思惑は私にも測りかねるよ』
「で、どうします?」
『こっちは倉持さんに内容を見せないし、あれ、出しちゃって』
「お、いいんですか?」
『四十院の技術力、見せてあげなさい』
「了解!」
アリーナの真ん中まで歩き、周囲を見渡す。観客席の上に飛び出た構造物が見える。おそらくあれがVIPルームで、あそこに自衛隊のお偉いさん方がいるんだろう。
さて、行きますか。
「来い、テンペスタ!」
一瞬でISを展開する。毎日三十分の展開練習のおかげで、一秒程度で全部位を具現化し終わった。
息を大きく吸う。これは、オレのコンペでもあるのだ。このIS世界で、オレが戦えることを日本の武力を統率する皆さんに示さないといけない。これからもこの『テンペスタ・ホーク』に乗り続けるために。
イメージのアクセルをゆっくり踏み込み、垂直上昇を行う。アリーナの観客席と同じ高さになると、玲美と視線があった。親指を立てて、笑みを見せる。
ギアをトップに入れ、一気にトップスピードにまで加速していった。
そして二周めに入ろうとしたとき、大きな衝撃音がアリーナに響いた。
「接近警報?」
ISが近づいてくる、という警告がテンペスタから聞こえる。
視界に捕えた機体は、誰も乗っていない白式だった。
人すら乗せずに、白式がオレに襲いかかる。武装も持っていないようで、ひたすらオレに突撃を繰り返してくるだけだ。
「国津さん!」
相手の突撃を回避しながら、指示を仰いだ。
『何が起きてるんだ、これは?』
「どうします?」
『……倉持は何のつもりだ』
「人すら乗ってないんですよ。おそらくISの暴走です」
『そうだと思うが、しかし……』
「どうします?」
『抑えられるかい?』
「了解です、やってみます」
『頼むよ』
加速して距離を離す。やはりスピードは圧倒的に、このテンペスタ・ホークが上だ。今の白式相手では負ける気がしない。
なぜ動いてるかもわからないが、とりあえずここはこいつを落とすしかない。
「ってイグニッション・ブースト?」
油断した隙をついて、無人の白式が手を広げてオレに突っ込んでくる。尾翼を操作し、軽く高度を上げて回避した。
「……探してるのか、そこに収まるべき人物を」
なんとなく、そう感じた。白式は、自分の中に収めるべき織斑一夏を探してる。
ナターシャさんは『銀の福音』が優しい眼差しで見つめてくれる気がする、と言っていた。オレも何となくそれはわかる。
悪いな、アイツじゃなくて。
心の中が謝ってから、白い機体を見据えた。
「行くぞ、テンペスタ・ホーク!」
オレの相棒はお前だ、とISに告げて、イメージ内のアクセルを踏み瞬時加速をかける。白式もオレに向かって両手を広げて瞬時加速で駆けてきた。
ここだ!
尾翼を立て、二枚の推進翼を折りたたむ。毎日一時間を割いている、ただ羽根をグルグルと回す練習がここで生きた。
本来、真っ直ぐしか飛ぶことの出来ない『イグニッション・ブースト』。だが、このスピードスターは、三枚の翼と脚部装甲のスラスターにより、無軌道化することが出来る。
平たく言えば、最高速度で自由に飛ぶことが出来るのだ。もちろんエネルギー消費は半端じゃないが。
白式の腕を掻い潜って真っ直ぐ上昇し、一気に急下降する。そのまま、鷹の爪が獲物を狙うがごとく、無防備な白式の背部に襲いかかった。
押さえつけるようにして勢いそのままに地面に激突する。大きな土煙りを巻き上げた。
「これでどうだ?」
足元に埋まっている無人の白式を見る。まだ動いていた。その手を伸ばしてオレを掴もうとする。
「……くっ」
テンペスタ・ホークの脚部装甲から逆噴射スラスターを解放、一気にエネルギーを放出し、白式の肩に浮くスラスター内蔵装甲を吹き飛ばした。
オレはその勢いで上昇し、クルッと宙返りを決めてから空中で静止する。そのまま地面を見下ろした。
地面に埋もれ、白い英雄の鎧が、沈黙している。
「……ごめんな、白式……」
せめてあの白式が回収され、誰かと共に歩めますように。
心の中で祈ることしか、オレに出来ることはなかった。
「無軌道瞬時加速、すごかったね」
更衣室で着替え、出てきたオレを三人が出迎える。声をかけてきたのは、玲美だ。
「いや、お前のパパ曰く機体にかかる負担が凄いらしいってさ。あと、エネルギー消耗は半端ない。短期決戦ならいざ知らず、おいそれと出せるモノじゃないなあ、やっぱり」
四人で連れだって、競技場内の通路を出口に向かって歩く。
「この後、どうする? せっかくここまで出てきたんだし、どっかでお茶してく?」
理子が先頭で振りかえって訪ねてくる。
「おう、そうするか」
「いいですね」
「賛成賛成」
三様の答えで返した。
外が見えてきた。冷房の利いたエントランスを出て、空を見上げる。
今日は五月二十五日。汗ばむような陽気だった。
「そろそろ梅雨入りすんのかな」
「夏には臨海学校あるし、色々楽しみだよねー」
「その前に期末試験あるだろ」
「うわー……そうだった」
学生らしい会話をしながら、アリーナの外を歩く。
……やっぱり、世はこともなし、とは行かないもんだ。
搬送される白式を思い出しながら、三人とゆっくりと歩いて行く。
どう足掻いたって、オレは織斑一夏ではなく、二瀬野鷹だ。
専用機は第二世代機テンペスタ・ホーク。周囲には篠ノ之箒がいたり、セシリア・オルコット、ファン・リンインがいたりするが、一夏みたいに惚れられるわけではない。
そもそもオレは織斑一夏じゃない。
前方を歩く三人組の背中を見つめる。大中小と揃った身長と、それぞれの髪が見える。
三人が立ち止まって、オレの方を振り向いた。
「どうしたの? また体の調子が悪いとか?」
と玲美が不安げな顔をする。
「お腹いっぱいで飛んだから、吐きそうとか?」
悪戯っぽい笑みを浮かべているのは、理子だ。
「あの、調子が悪いようでしたら、このまま帰っても……」
神楽がなぜか申し訳なさそうに提案してきた。
自嘲するような笑みが零れる。
「何でもない。さ、行こうぜ」
少し足を早めて、三人に並んだ。
空を見上げる。どこまでも続く青い空は、きっとどの世界だって変わらない。だったら、この世界を飛びたい。
そんなことを思いながら、ゆっくりと地面を歩くオレであった。
翌日の日曜日は珍しくフリーの日だった。
例によって四十院のSP部隊に守られて研究所まで行き、テンペスタを預けてきた。何でも一日かけてメンテをするそうで、今はISの待機状態であるアンクレットはない。
私服姿に帽子を被って軽い変装をし生れ故郷まで戻って、隠れ名店『五反田食堂』の二階にある弾の部屋でゲームをしてた。タイトルは世界中でヒットしているIS格闘ゲーム『IS/VS』だ。
「で、何人の子をいただいたわけ?」
「死ね」
弾の失礼な質問を一言でぶった切る。
「もうIS学園に入って二ヶ月近くだろ。お前のことだから、一人や二人や三人や四人や十人ぐらいペロっと」
「出来るわけねーだろ! あの女子しかいない場所でそんなことしたら、生きていけねーっての。ちょっとでも反感食らったらもう、ボッチ生活決定だぞ」
「またまたー。ってかお前、メイル使いじゃなかった?」
メイルとはイギリスのメイルシュトロームの通称だ。
「だってテンペ強えし。数馬は?」
「午後から来るってよ」
「アラクネうぜええええ! トリッキー過ぎるだろナンダコレ」
クモのような多脚式ISが画面の中でオレのテンペを一方的に蹂躙していく。
「最近目覚めたんだよ。触手に勝るものはないってな」
「その性癖はまずいぞ弾。あとそれは触手じゃねえ」
下らない会話をしながら、休暇を友人と楽しむ。
中学二年まではここに一夏が混ざり、五反田家か織斑家で遊んでいた。真剣にゲームするなら弾の家、トランプとかしながらグダグダするなら一夏の家という感じだ。残念ながらオレの家だった二瀬野家と数馬んちは狭いマンションだったので除外だ。
「そいや鈴来たぞ」
「マジか。何年ぶりだ?」
「一年ぶりぐらいじゃね?」
「何しに?」
「いやIS学園に。中国の代表候補生だってよ」
「はあ? あ、まあアイツなら有り得るか」
弾が渋い表情をする。主に負の思い出が脳裏を駆け巡っているんだろう。
ファン・リンインはオレたちにとってはある意味、恐怖の名前だ。何せヤツは何でも出来る。勉強も学校でトップクラスだったしスポーツも得意で、長距離走なんかはオレたちよりよっぽど速い。ただまあ……女子同士の友人関係というのが苦手らしくオレたち、というよりは一夏にくっついてることが多かった。何でも一夏一夏とまとわりついてくるので、つい弾や数馬がからかってしまうのだが、そのたびにコテンパンにされていたのだ。口でも敵わないし、手こそこちらからは出さなかったが、何度も殴られている。
理不尽大王、鈴。オレたちの中学の間では有名人物だった。
弾の部屋のドアが勢い良く開いた。そちらを振り向くと、弾の妹の蘭が前蹴りでオープンしたようだった。
「おにいーご飯ーって、あれヨウ先輩。おひさー」
「おーっす」
気軽な様子で挨拶を交わす。オレにとっては勝手知ったる五反田家だ。
「もう、ちゃんと亜子とかシイとかとメールしといてよ」
「悪い、夜寝るのが早くてなー。謝っといてくれ」
亜子ちゃんとシイちゃんは名門女子中の生徒で蘭の友達だ。前に一度遊んでメアド交換をしてから、少し交流がある。
「てか、うわーなにそのメガネ、かっこわる」
「うっせえ」
「ナンパな顔に磨きがかかってる」
「知ってるよわかってるよ言うなよチクショウ」
「先輩も食べてくよね? 何にする?」
「業火」
「はいはい。んじゃ二人とも、さっさと降りてきてよね」
返事すら待たずに階段を降りて行った。
「一夏いなくなってから、ガサツさに輪がかかってきたんじゃ?」
弾に聞くと、非常に困ったような顔で、
「……まあ、他の男の前じゃ、女ってあんなもんだよな」
と諦めたような声が漏れてきた。
「あんなもんあんなもん」
「だよなーそうだよなあ。だが、もうちょっとお淑やかに……」
「聞こえたら殺されるぞ」
「おっとやべえ」
慌てて口をつぐむ。聞こえていないだろうな、と蘭がいた方向を見て、何も音がしないことを確認するとホッと息を吐いた。
「さて、これで最後にして、メシ食おうぜ」
「ぶらじゃー」
テキトーに返事をしながらゲーム画面に向き直って、二人で最後の一戦を始める。
「またテンペかよ」
「またアラクネかよ」
今日も平和で世はこともなし。
織斑一夏はここにいない。それでも世の中は回っている。
誰がいなくても、誰が増えても世界は続く。前の人生の記憶があろうと、オレは弾のダチで数馬のダチで、一夏のダチだ。
画面の中でテンペスタが飛びまわっていた。
先日の白式事件を思い出す。
記憶を辿れば、織斑一夏は確か夢うつつの中で、謎の少女と出会っていた。あれが何なのかはまだ判明しないままに、オレは前回の命を終えている。前の世界の読者たちは、ISコアの中に宿ってる意識みたいなものだろうという予想だった。シュヴァルェア・レーゲンが暴走したときも確か搭乗者に誰か話しかけてたよな。
ひょっとしたら、ISにはわかるんだろうか。
ナターシャ・ファイルスは、その専用機『銀の福音』が優しい眼差しをしていると言った。
ISが意識を持ってる、なんて眉唾者だけど、ISコアは独自のネットワーク網を敷いて相互情報交換を行っているらしいし、
迷子のようなIS、白式。あの中にいる白い少女は、オレを恨んでいるかもしれない。
だけど今、ここにいるのはテンペスタ・ホークのパイロット、二瀬野鷹だ。残念ながらこの世界は二つ目のルートを進んでいる。とりあえずは目の前のアラクネをぶっ飛ばして、五反田食堂名物の業火定食を食べよう。
闖入者だって生きてるんだ。
「行くぜ、超必殺!」
コントローラーを握る手が熱くなる。
ゲーム画面の中で、『嵐』の名を持つISが舞い踊っていた。