「さてと」
岸原の運転で辿り着いたのは、内陸にある四十院研究所だ。
ちなみに途中の山道は一夏たちに車ごと担がせてショートカットをした。おかげで一時間ほどで辿りつけたわけだ。
「止まれ、四十院総司だな!?」
ここに来ると予測し待ち伏せしていた迷彩服の部隊が、オレたちを取り囲む。総勢は二十人ぐらいいるだろうか。
両手を上げてオレと岸原、国津、それに青赤緑の三色スタッフが抵抗の意思はないと態度で表した。
「私が四十院総司ですが、何か?」
「貴方には多数の罪状で逮捕状が発行されている。抵抗しないでいただこう!」
一歩前に出たスーツの男が、オレに向かって威勢良く言い放つ。
だがオレはヤレヤレとため息を吐いて、
「だってさ」
と呟いた。
同時に三機のISが降りてきて、オレたちを守るように立ち塞がる。
「あ、IS! こっちもISを出せ!」
銃口を向けたまま、後ずさりながら指示を出す。
「副理事長、先に」
近づいてきた一夏が、オレに向けてボソリと呟く。
「いいよ、大丈夫。キミたちの機体もチェックしなきゃならないんだし」
「しかし」
「邪魔にはならないさ、すぐ片付く」
しかし、情報統制が行われているとはいえ、横須賀が襲われてるだろうに、こんなところにISを配備してて良いのかよ。全くもって、この国はいつも順番を間違えてやがる。
ポケットに手を突っ込んだまま、呆れた様子で上空から一機の打鉄が、研究所の向こうから飛んできた。
「赤木さん」
後ろに立つ中年女性に声をかけると、彼女が端末を取り出してボタンを一つ押した。
同時に打鉄の推進翼が急に動作を停止し、まるで高熱に当てたガラス細工のように溶けていった。
鈍い音を立てて、自衛隊のISが地面に落ちる。やがて高熱を帯びた推進翼が冷えて固まり、ISへとまとわりついた。
他組織で使っているHAWCシステムのデチューン版はある一定の高周波を浴びせると、システムが暴走した後に止まるバグがあるのだ。亡国機業のは三弥子さんが手を加えているだろうけど。
「ったく、中身もよく理解していないのに、機体運用してるんじゃないよ。織斑君」
IS関連を扱う人間は、元々のISコアがブラックボックスなだけあって、意味のわからないものを放置するのに慣れ切っている。業界としての致命的欠陥だが、どうしようもないな、これは。
「……了解です」
呼びかけた意図を理解したのか、一夏は零落白夜を起動させ、動けなくなったISへ振り下ろす。箒は見たくないとばかりに目を閉じて顔をそむけた。
相手のISが消えたのを確認し、オレは悠々とドーム状の研究所に向かって行く。そのサイドをISが固める形で、他のスタッフもついてきた。
呆気に取られている自衛隊員たちは、銃口を構えたまま、有効な手段を打てずに見守るしかないようだ。
「ファン君」
「あいよー」
鈴の機体の肩から小さな鏡のような物が飛び出る。そこから発せられた小出力のレーザーが、周囲を薙ぎ払うように照射された。
「トラップっぽいのは全部、破壊確認おっけー」
「ご苦労。我が社のセキュリティも吹っ飛んだようだけどね」
こういうときには隠れるよりは、堂々と姿を晒して余裕ぶる方がカリスマ性を感じさせる。そうやってオレは四十院総司を作ってきた。
最後に背中を向いたまま、片手を軽く上げ、余裕ぶって手を振る。
「それじゃあみなさん、ごきげんよう」
自動ドアが開き、自衛隊員たちが見守る中、オレは堂々と自分の城へと戻ってきた。
招集をかけた研究員たちが内部にいたようだ。自衛隊は周囲の警備だけか。民間人を拘束する権利は発生してないようだし、ここの内部も一般人にゃあ触れられない機密がバカみたいにあって、下手に他国の物に触れば国際問題にもなるからな。
「何だか久しぶりって感じがしないねえ」
研究所の所長室で自分のイスに座り、周囲を見回す。白衣を着た数人の見慣れた顔たちが、泣きそうな顔でオレの言葉を待っていた。
「今まで心配かけたね。まあ犯罪者だけどよろしく」
労りの言葉をかけると、数人の人間たちが机に詰め寄ってくる。
「所長……!」
「い、いったい今までどこに!」
「私たちにも相談してくれれば、ついていったのに!」
そんな嬉しいことを言ってくれるが、まあさすがにあの行動に一般職員たちを巻き込むつもりもなかった。
ゆえに連れていったのは、ほんの一部の側近と友人、それにアラスカから押し付けられた人員たちだけだ。アラスカのやつらは一般職員なのでIS学園に置き去りにしてきたけど。
「とりあえず状況は? 交戦中?」
「始まったばかりです。極東IS連隊は現在、大気圏外より降下した戦闘機型IS50機と交戦中」
「被害は?」
「わかりません。ただ、現場の混乱を見るに、かなり押されてると思われます」
「あそこに出向して整備班に潜り込んだヤツいたでしょ。村崎君だっけ。彼は無事かい? かなり心配なんだが……」
まだ年若いスタッフで、緑山と同期のそれなりに優秀だったはず。第一小隊の整備を担当してると聞いてるから、リア辺りの下についてるはずなんだけどな。
「連絡が取れません」
「……そうか。スタッフで集まったのは?」
「全体の半分程度かと」
「優秀だね。ありがとう、みんな」
再び感謝を告げて笑いかける。
四十院総司ってヤツは、意外に気さくで部下に対しても感謝を忘れない。周囲がその通りに見てるかは確認のしようがないが、少なくともそうなるようにオレはプロデュースしてきている。
「ではすまないが、白式と紅椿の二機のチェックを二名ずつ。残りはアスタロトの装甲を最新型にバージョンアップ。作ってるでしょ?」
当たり前だよね、という言葉に対し、一人のスタッフが恐る恐る頷いた。
「よろしい。では全員に急いで作業をさせろ。あと、テンペスタⅡ・リベラーレはどうした?」
「リベラーレだけは自衛隊に接収されました……イタリアから抗議が入っているはずですが」
申し訳なさそうに頭を下げるスタッフに、オレは優しく笑いかける。
「まあいいよ。キーは?」
「キーごとです」
「わかった。すまなかったね。みんなが手塩にかけた機体だったのに」
「いえ……」
労を労いつつ、一つ考え込む振りをした。
「まあいいや。とりあえずみんな、自衛隊だか機動隊だかが再度乗り込んでくる前によろしく」
何事もなかったように再び笑みを浮かべ、指示を出す。
全員がオレに従って所長室から駆け出していく。その様子を見送って、所長室の端末を起動させた。
「ん?」
何もなくなっていたデスクトップの真ん中に、一つのクエスチョンマークのアイコンがあった。
呆れつつもダブルクリックして、反応を待つ。
すぐに小さな窓が開き、そこに愛娘である神楽が映っていた。
「やあ、久しぶりだね、神楽。元気だったかい? そこはハワイの別荘かな」
『はい。お久しぶりです、お父様』
「お母さんは元気してる?」
『心配されておりましたが、ご連絡を入れてはいらっしゃらないんですね』
言葉の端々に棘が感じられる口調に、思わず頬が引きつる。これは相当怒ってるな。
『お父様は、どうやってジン・アカツバキを倒したのでしょうか?』
「私は気絶してただけだよ。ディアブロが現れて、勝手にアイツを倒したんだ」
予想された詰問に、さらりと嘘を返す。さらに突っ込まれる前に、今度はこちらから、
「玲美ちゃんはどうした?」
と問い返した。
『……連隊基地にいるはずです』
「まずいな、まだ回収してなかったのか。一日以上あったってのに何をしてんだい、キミたちは。亡国機業と三弥子さんが組んだのは構わないよ。私はトスカーナの連中を敵視してるわけじゃないからね。だけど相手に預けっぱなしってのは、どうなの」
予想外の事態に、つい言葉使いがきつくなる。
『申し訳ありません……ですが、元々はお父様の』
だが相手も少しムキになってるのか、言い返してこようとしてきた。もちろん、こちらとしては、そんなのに取り合うつもりはない。
「言い訳は結構。状況は把握してるね?」
復讐劇は結構だ。オレ自身も似たようなもんだったからな。それにしちゃ脇が甘すぎる。
『ジン・アカツバキのISが五十機、基地を強襲しているとのことです』
「よろしい。では玲美ちゃんが起きたならすぐにHAWCシステムを起動させて、逃げるように伝えること」
『わかりました。それでお父様』
「悪いが忙しいんだ。大した用事じゃないなら、切るよ」
『……申し訳ありません』
本当に申し訳なさそうな態度に、つい苦笑いが浮かんできてしまった。
「悪かった。すまない、勝手にことを運んでしまって」
『状況は理解しているつもりです。お父様方の狙っていたことも。誰にも為し得なかった偉業だと娘としても誇りに思います』
「ありがとう。それで、私の元に来る気は?」
優しく問いかけるが、神楽は首を小さく横に振った。
『残念ですけど、今はママ博士と一緒にいます。それに玲美は、おそらく従わないでしょう』
「ま、わかるよ。私がジン・アカツバキを騙そうとして、その過程で二瀬野鷹が死んだってのは間違いないからね。六百機のISを盗むためとはいえ、そのせいでジン・アカツバキを野放しにしたってのは間違いない」
オレが二瀬野鷹だと信じれば、きっと玲美だってこちらに来て一緒に戦うだろう。だが、そんなのは無理だ。
誰が信じるというんだ、こんな与太話。
「わかった。何か言いたいことは?」
『いえ……申し訳ありません、お父様。ですが、私と理子は玲美を放っておけませんし、もちろん』
「ああ、わかってるよ、キミたちも私たちに怒っているんだろう?」
『はい。お父様が少しでも私たちに話していただければ、変わったかもしれません』
残念ながらそれは無理な話だった。神楽たちは何か情報を与えれば、きっと二瀬野鷹に漏らしてしまうだろう。
それでは、オレが死亡しないのだ。オレが死なないということは、ジン・アカツバキとの対抗勢力を作ることが出来なくなる。そこを変えるわけにはいかない。オレは、アイツを倒すために十二年を費やしたのだ。
ゆえに二瀬野鷹は死ななければならない。
未来を変えて不確定なものに任せて結果、人類を滅ぼさせてはダメなんだ。だからオレがやるしかない。
「了解だ、お母さんにも元気だと伝えておいてくれ」
ウインドウを強制的に閉じて、体重を預けてイスを揺らした。
ったく。何を父親面してんだ、オレは。
「さてと」
反省も後悔も一秒以上はしない。次を見なければ。
こちらの手駒は三機。ここを使えるようになったことで、遠隔サポートが必須なHAWCシステムを動かせるから、鈴のアスタロトもかなりパワーアップしたことになる。
それでも足りる数じゃない。相手は五十機だ。
あの可変戦闘機型ISはかなり厄介だ。戦闘機型だとスピードは速いし、ISモードに入れば小回りも利く。
IS連隊の機体は二十四機。おそらく六機はまだ修復中だから、十八機か。
盗んだ六百機はまともに動かせる機体ではなく、とりあえず『IS』であるというものだ。千冬さんもそんなものを前線に出しては来ないだろう。
あとはIS学園に元からあったラファールぐらいか。打鉄なんて戦闘に耐える機体じゃないしな。
頼みは訓練校にいるセシリア、あとはそれぞれの大使館にいるシャルロットにラウラ、更識本家の二人。プラスアルファで自衛隊機ぐらいか。第十四艦隊の機体は特殊だから、来ないだろうしな。
全力でイーブンに持ち込むことが出来るかどうかって感じか。
しかし、ここが山場だ。この五十機を撃退出来れば、六百機を本格的に始動可能になる。
「……やるか」
オレは懐から小さなヘッドセットを取り出して、ポケットに入れた。
そして電話機の内線ボタンを押す。
『はい、緑山です』
「ああ、私だ。用意して欲しいものがある。今から言うものを所長室に内緒で持ってきてくれ」
そう言って、いくつかの名称を上げる。
『何に使われるんでしょうか』
「ヒ・ミ・ツ。ただ、奇跡を見せてあげるよ。みんなにね」
勿体ぶった演技のような言い回しこそ、四十院総司らしいってもんだ。
研究所内のドーム型試験場に戻ると、すでに準備万端と言わんばかりの一夏と箒がオレを出迎える。
「エネルギー補充、機体チェックともに終わりました。行けます」
彼らがつけているISスーツの胸元には、四つの勾玉で作られてマークが刻んである。これは我が四十院グループのマークだが、昔は全ての菱の中に朱雀やら玄武やらがあったようだ。今はコストがかかるので簡略したと聞いている。
「エネルギーを満タンにしといてね。あとはファンさんだけか」
見ればそこかしこに傷ついたISの装甲が投げ捨てられていた。スタンドにかけられたアスタロトに赤い装甲をつけている最中だ。
「赤とか、わかってるじゃん副理事長」
横に現れたオレに気付いた鈴は、嬉しそうな顔をして肘でウリウリと突いてきた。
「テンペスタⅡ・リベラーレの予備を流用したから当たり前だよ」
お前はもうちょっと年上に敬意とか持てよ……。
「国津、アスタロトはあと何分かかる?」
他の作業員と並んで作業をしながら、
「上っ面の換装と兵装追加だけだし、突貫でやってるよ。あと十分ぐらい」
とこちらを見ずに答えを返してくる。
「早いな」
「内部は全然壊れてなかったし、自己修復モードへの切り替えも早かったからね。ファンさんを褒めてあげて」
国津が顔だけこちらに向けて笑顔で褒めると、鈴が鼻息荒く得意げな顔をオレに向けてくる。
だから何でそんなに馴れ馴れしいの、お前。こう見えてもオレ、偉いのよ?
「織斑君、オルコットさんから連絡は?」
何となくコホンと咳払いをしてから一夏へと問いかけると、こっちはまるで軍人のように姿勢を正した。
「戦闘は先ほど開始されました。かなり状況は悪いようです。ラウラ……いえボーデヴィッヒ少佐は支援要請を受けて直接現地へ、デュノア候補生と更識候補生も同様です」
「ロシア正代表は?」
「本国の説得に手間取ってるようでして……」
「まあ、そうだろうね」
元々がIS後進国でもあるロシアだ。虎の子であるミステリアス・レイディを、勝ち目の少ない他国の戦いに簡単に出すわけがない。
腕を組んで考え込んでいると、赤いISスーツの箒がいつのまにか目の前に近寄ってきていた。
「今すぐ出てもよろしいでしょうか?」
思い詰めたような眼差しを真っ直ぐとオレへと向けてくる。
だが、ISが二機出ていった状態で機動隊と自衛隊に踏み込まれて、アスタロトが完成しないのでは本末転倒だ。
「申し訳ないけど、許可出来ないね」
どうにかしろと一夏の方をチラリと見るが、どうやらコイツも同じ心境らしい。
「副理事長」
「なんだい、織斑一夏君」
「俺……いえ、私も同じ考えです」
「気持ちはわかるがね。私がジン・アカツバキなら、次はここを狙うと思うんだよ」
「なるほど。おっしゃる通りだと思います」
「まあ私たちはジン・アカツバキにとっての裏切り者だし。それにアイツはキミたちを狙ってるんだ。話したよね?」
「え、ええ、まあ」
「あと十分。あと十分だけ我々『大人』に時間をくれないか、織斑君、篠ノ之さん。たったそれだけで良い」
一夏と箒が周囲にいるスタッフたちを見回すと、白衣やら作業着やらを着た彼ら彼女らが振り向いて親指を立てる。
「……わかりました」
神妙な、しかしどこか微笑んだような顔で箒が小さく頷いた。
「赤木さん」
オレが問いかけると同時に、中年の女性スタッフである赤木さんが、手に持ったビニール袋からゼリー状のカロリー食糧やらスポーツ飲料やらを取り出して一夏たちに投げる。
「さあさあ織斑君に篠ノ之さん、それにファンさんも。今のうちにエネルギー補給をしっかりと食べとかないと! ISも人間もエネルギーがなけりゃ始まらないんだからねえ!」
いかにもおばさんっぽい口調でホイホイとパイロットたちに投げ渡していった。
「はい四十院さんも」
そう言って、最後に余った一つをオレに投げ渡す。危うく落としそうになった物をお手玉してから、銀色のパッケージをしたゼリー飲料を手に収めた。
「意外に美味そうだよな」
「はい?」
零した呟きに、一夏が小首を傾げる。
「いいや、何たらインゼリーのフルーツ和え」
「なんですかそれ」
料理には一家言ありそうな一夏が小さく笑う。
「食べときゃ良かったってものが、世の中にはたくさんあるよ、織斑君」
鼻を鳴らすように笑ってから、それに一気に喉へ流し込む。
「他の専用機持ちたちは単独で?」
「各々向かっているようです。ただ、思うに途中で合流してから編隊を組んでいく方が得策だと提案します」
一夏の発案にフムと一つ考え込んだ。
確かにこいつの言う通りだ。一夏、箒、ラウラ、シャルロット、簪、鈴の合計六機。二個小隊分のISが増援で来るんだ。下手に単独行動するよりは、ラウラの指示に従って動いた方が良いだろう。
「わかった。任せるよ。だけど、敵を倒しても離脱は早めにね。IS連隊に捕まらないように。回収ポイントは臨機応変に変えるから、そのときに教えるよ」
「はい」
「もちろん、逃げても文句は言わないさ」
「いえ、逃げません。俺はまだIS学園所属のつもりです」
一夏が笑う顔は、珍しく不敵という表現が相応しい感じだった。
「結構。では頼むよ、代表さん」
こちらは作り笑いを浮かべて、背中を向けて歩き出す。
「副理事長はどちらへ?」
「大人は色々とやることがあるのさ。それじゃあ健闘を祈るよ」
空になったゼリー飲料の入れ物を後ろの赤木さんへと投げ渡し、オレはオレの仕事へと歩き出した。
「ったく、何なのよこれは!」
ナターシャが冷や汗を浮かべ、銀色のISの中で悪態を吐く。
三機に囲まれた銀の福音が旋回しながら、極東IS連隊基地の上空を飛び回る。
下を見れば、ありとあらゆる建造物から火の手が上がっており、逃げ遅れた人間たちの死体が、いたる場所に転がっていた。
「HAWCシステムは使えないってことね、これじゃ」
舌打ちをしながら、追いすがる三機のISを引き離そうとする。
アラスカ条約機構直轄の極東IS連隊基地は、大気圏外から降下してきた謎のIS五十機により、一方的な先制攻撃を仕掛けられた。
相手は全長三メートルほどの、まるでステルス戦闘機のような形をしたISらしきものだ。飛行機で言えば先端、ノーズに当たる部分に大口径のレーザー発射装置を備えており、またスラスターの出力も高いのか、シルバリオ・ゴスペルががかなりの速度を出しても引き離すことが出来ない。
「落ちなさい!」
振り向きながら、後ろについた三機へと右手の多砲身式ビームマシンガンを解き放つ。しかし横殴りの雨のように降りかかる光弾を、相手の三機は全て回避して、すぐに距離を詰めてきた。
「くっ」
上空へ逃れた一機が、銀の福音を目がけてレーザーを撃つ。
対してナターシャは推進翼のスラスターを小刻みに動かし、まるで蝶のように回避してから、瞬時加速を発動して一気に離脱しようとした。
ダメージこそなかったが、相手の数も減らすことが出来ていない。
ひたすら上昇して逃げ回りながら、他のISの状況を確認する。
未だに敵は全部で五十機、こちらは十八機しかいない。IS学園の生徒救出作戦でやられた二個小隊がまだ復帰していない。味方も敵も、まだ一機も落ちていない。
せめて連携を取りつつ少しでも時間を稼いで、基地の人間を逃がせれば良いのだが、こういうときに寄せ集め部隊の悪いところが出る。
ナターシャの意識が逸れた一瞬を狙い澄ましたかのように、レーザーが撃ち込まれた。かすめるように咄嗟に回避した自分を褒めつつ、司令部に向けて英語で汚い侮蔑を発した。
こちらが逃げ惑っている間にも、基地はおろか周囲の土地に向けても大口径レーザーは撃ち続けられていた。遠くに見える港湾施設も、近くにある隊員用のコンビニも燃え上がっている。
おそらく民間人も大量の死者が出ているだろう。それでも相手は容赦する様子がない。
枷のないISとの闘争は、まだ始まったばかりだった。
IS連隊の基地は混乱していた。司令部は完全に沈黙している。
格納庫とそれに連なる建造物も至るところから火の手が上がり、瓦礫の散らばる通路にはいくつもの死体が転がっている。
そんな中、リア・エルメラインヒはテンペスタ・ホークの前に立っていた。
「ごめんヨウ、これ、借りるね」
ウインチが回りワイヤーで天井から吊るされていたISがゆっくりと降りてくる。大きな翼を持った、鷹のようなISだ。
リア以外のスタッフがどうなったか、彼女には確認の術がない。少なくとも格納庫から真っ直ぐ通路を進んだ場所にある指令室に、生きている人間がいないであろうことは一目で理解出来た。
代わりに指揮を取ったナターシャにより、ISのパイロットは全員出陣出来たが、他のスタッフまではわからない。
隣に吊るされた黄金の砲撃型ISを見る。通常の機体より二周りも大きいそれは明らかに鈍重であり、今回の敵との戦闘に耐えられるものではない。そう考えたリア・エルメラインヒはテンペスタ・ホークを選んだ。
自分の目の前に降りてきた脚部装甲に足を通し、腕を入れてISを起動しようとする。
そこへ、上方から大きな爆発音が響いてきた。
リアが見上げれば、そこには一機の戦闘機型ISが浮かんでいる。
「……もう!」
すぐにISを動かそうとしたが、相手の装甲に切れ目が入り、ステルス戦闘機に似た形が一瞬で人型へと変形した。
「え?」
まるで童話に出てくるカカシのような、トランプ兵のような、そんな無機質なIS。
その動きに驚いたリアへと、ISが掌を伸ばす。そこには大口径レーザー発射口が備えられている。
まだ彼女のISは起動完了していない。
スローモーションに見えた視界の中で、ドイツから来た赤毛の少女は必至にISを動かそうとした。
視界に一瞬で浮いてきた仮想ウインドウを目線で操作しようとする。ここまでたったコンマ五秒で終わらせた手腕は、かなりの訓練を積んできたゆえだろう。
だが、相手はコンマ六秒に致る寸前で、腕から光を射出し始める。
一夏! 隊長!
心の中で少女は懐かしい人々の姿を思い浮かべた。
爆発音と地響きにより、黒いISスーツを着た国津玲美は目を覚ました。
「ここ……は?」
まだハッキリと覚醒しない頭で周囲を見回せば、そこはどこにでもあるようなマンションの一室だった。
だが、ここにはこの世から消えた匂いの残滓が、少しだけ残っている。
それもそのはずだ。彼女が寝ていたのは、IS連隊基地の隊員寮の一つであり、二瀬野鷹が数日間だけ使っていた部屋だった。亡国機業の人間であるオータムが、協力関係にある国津三弥子の娘ということで気を使った結果だった。
部屋の中には、ダンボールがいくつか積んである。そして、玲美にとって見覚えのある男物の服がイスにかかっていた。彼女には懐かしくて仕方ない一品だ。ふらつく足でベッドから立ち上がり、ゆらりと歩き出そうとした。
『玲美? 玲美! 起きたの!?』
そこへISが通信を受け、視界内に見慣れた友人の顔が浮き上がってきた。
「かぐちゃん……」
『もう! いつまで寝てるのかと思ったわよ!』
幼馴染の声を聞き、ようやく段々と自分が何をしていたかを思い出し始める。
「ここは? そ、そうだ、私はジン・アカツバキに! あい……つは、アイツはどうなったの!?」
仮想ウィンドウに食ってかかるが、相手は目を背け、
『……あのジン・アカツバキは倒された。たぶん……ディアブロによって』
と自信なさげに答えるだけだ。。
「ど、どういうこと?」
おぼろげな記憶を思い浮かべる。
『お父様の話では、そうらしいわ。ディアブロが現れて、と』
確かに最後の記憶の視界には、幼い頃から良くしてくれた父の友人の後ろ姿があったことしか覚えていない。
何も考えられない。
立ち上がったばかりの膝から力が抜け、腰が砕けたように座りこむ。
「……ヨウ君が?」
生きているわけがない。
自分たちはあの砂浜で見ているのだ。彼の死体が転がっていたのを。
『……そんなわけがないでしょう』
否定する相手の苦しそうな声に、やっぱりそうかと力なく笑う。
『とりあえず、そこから逃げるのよ。敵は五十機もいるわ!』
「逃げる? 敵?」
その言葉に虚ろな光が灯った。
『ジン・アカツバキの残党……と言えば良いのかしら……月の近くに隠れていた五十機のISが大気圏内に降下。今、貴方がいるIS連隊基地を襲っているわ』
「敵……」
『玲美?』
「なんだー、かぐちゃんも人が悪いなあ」
急に能天気な調子に変わった玲美に、通信回線の向こうの神楽はうすら寒い感覚を覚える。
『玲美? ちょっと玲美? 逃げるのよ!』
焦ったように繰り返す言葉に耳を貸さず、玲美は歩き出す。窓を開けて空を見上げた。
そこには、スラスターから放たれる光の粒子が数多の光の線を作っており、それがIS同士の大規模戦闘が行われていることを示していた。
『え? 玲美?』
「全然、死んでないじゃない」
ポソリと呟いた国津玲美の瞳は、暗い炎を宿したかのようだった。
『玲美? ちょっと玲美?』
「終わらないよ、全然。あれを全部、倒すまでは。全てを根絶やしにするまでは」
窓を開けてベランダに出ると、そのまま空へと身を投げ出す。ISを展開しながら落下し、地面すれすれでスラスターを点火し、上空へと舞い上がって行った。
自己修復が半端にしか終わっておらず、頭部と胸部装甲はないままだ。しかし剥き出しになっている部分もISには
激しい戦闘の光と同じ高さで静止をかける。
「かぐちゃん」
『……わかったわ。ただし無茶はしないこと』
「理子」
『HAWCシステム再起動、ブースターランチャー、残り200で照射可能』
そのISが現れたことに気がついて、数機の無人機が一直線に向かってきた。
玲美は口の両端を釣り上げて笑う。
まだ、戦争と戦闘は終わっていない。
だから、ぶちのめして殺して粉みじんにして破壊して生まれたことを後悔させて、それでもまだ殺す。
「テンペスタエイス・アスタロト……
相手が五機だろうと関係ない。
黒い悪魔に似たソレは、再び動き出した。
「大丈夫ですの!? リアさん!」
死んだと思ったレーザー攻撃を弾いたのは、高貴な花を感じさせる青いISだった。
「セシリア……?」
「ここはおまかせに!」
格納庫の中で、ISに手足を入れたリアの前に、セシリア・オルコットとブルーティアーズが立ち塞がる。
固有武装のビットを展開し、周囲への被害もお構いなしに集中砲火を続け、敵を外へ押し出そうとしていた。
その隙を突いて、リアは中断させていたテンペスタ・ホークの駆動開始作業を再開した。
ISに動力の火が入る。
背中の推進翼が勢い良く跳ね上がり、死んでいた機体が動き出した。
「セシリア、どいて!」
赤毛のドイツ少女が機体を一気に加速させる。
なんて扱いにくい機体だ。翼がまるで別格の推力を持ち、なおかつ全く自由に動かない。
これに乗ってた人間はとんでもないヤツね。
親愛の籠った悪態を吐き、体当たりをするように相手の機体を弾き飛ばす。
「いつまでも後方支援ばっかしてらんないんだから」
左手にレーザーライフルを、右手にブレードを展開し、リア・エルメラインヒはテンペスタ・ホークにて戦闘を開始した。
「ったく、何だってんだ、こりゃ! 何で私だけ五機も来やがる!」
長い髪をなびかせ、細身のISを纏ったオータムが必死に逃げ惑う。しかし外敵に襲いかかる蜂が如く攻撃を仕掛ける多数のISに、反撃どころか回避が精一杯の状態だった。
「知りませんよ! 日頃の行いでしょう!」
ピンクの打鉄が手に持ったサブマシンガンを乱射し、オータムから一機でも剥がそうとする。だが戦闘機型ISは他に目もくれず、ひたすらオータムのIS『バアル・ゼブル』だけを狙い続けていた。
「湯屋さん、隊長放っておいても良いかな!?」
「良いわけないでしょう!」
巨大な推進翼の打鉄が、沙良色悠美の隣に並び、同じように五機のISを剥がそうと、銃口で敵機を追いかける。
「くそっ、覚えてろよ乳デカアイドル!」
悪態を吐きながらも、腕から黒い積乱雲のように増える小型ビットを射出し、追手を防ごうとした。
だがその群体に向けて、多方向から大口径ビームが撃ち放たれ、瞬く間に全て吹き飛ばされる。
「連携も完璧ってわけかよ、敵さんは! よくもこんなの五十機相手に生き残ったな、あのガキ!」
投げやりに言い捨て、冷や汗を垂らしながらオータムは逃げまどう。
「くっ、この私がこんな無様な真似を……あの六百機を持ってこいってんだ、あの無愛想女王め!」
そうは言うものの、強奪されてきたISが使えないということは彼女自身がよく知っていた。
あくまでPICとわずかな出力のスラスター、それに絶対防御を含む各種シールドを備えただけの機体である。精々格闘戦は出来るだろうが、というIS学園の練習機である打鉄よりも劣る代物だった。
壁ぐらいにゃなるが、あの織斑千冬が許すわけねえか。
結局、どうにか逃げ切るしかない。オータムとしてはこのIS連隊に愛着があるわけでもなかったので、そう決める。
「ファック! 今回はずっと貧乏くじだ!」
IS学園の生徒相手ならいざ知らず、おそるべき精度と速度の五機相手に勝てるわけもない。
結局、オータムは何とか逃げおおせるために、飛び回ることしか出来ることがなかった。
ISを奪われ、連隊の基地に囚われていたIS学園機動風紀たちは、建物を揺れる度に戸惑うだけだった。
自分たちが収容されている場所は、先ほどから絶えず地響きにあっており、明らかに何らかの攻撃を受けているものだとわかる。
しかし彼女たちは数人ずつに分けられ、側面がガラス張りになった部屋に閉じ込められているのだ。
「誰か! ねえ誰かいないの!?」
生徒たちは必死に外へ繋がる扉を叩くが、人が全く通らない。
「放置プレイとはこのことでしょうか」
ルカ早乙女は、部屋の端っこでボソリと呟く。
「せめてマルアハさえあれば!」
彼女たちはここに収容されたとき、ISは全て剥奪されており、青紫色のISスーツだけの状態になっていた。
「まさか 自らスイス製の超高級腕時計より高いと値付けしたものが、飾られるより前に葬りさられると思いたくありませんが」
誰にも聞こえないよう、ルカが呟く。
そのとき、ルカの目の前に天井の一部が剥げて落下してきた。
「ルカ! 大丈夫?」
「さすがにこんな大きな物で散らしたくはありません……」
珍しく肝を冷やしたのか、ルカが元気ない様子で応える。
「もう! 何が起こってんのよ! 捕虜の扱いすらなってないなんて、これだからアラスカは!」
女生徒の一人が泣きそうな声で叫んだ。
そこへ、強化ガラスの前に一人の男が通りかかる。迷彩服を着て帽子を眼深に被っており、顔は見えない。
「ちょっと、そこのやつ!」
声が通る厚さではないので、それで気付いたわけではないが、男は少女たちが必死な顔で張り付いている前で立ち止まった。それから帽子のつばを掴んで、クイっと持ち上げる。
「副理事長!?」
男は扉の側に近寄って、離れるようにジェスチャーで示す。
「カギでも持ってるのかし……わっ!」
大きな扉の一部が一瞬で破壊され、引っぺがされるように扉が男の方へと倒れて行った。
「やあ、みんな久しぶりだね」
何事もなかったかのように軽く手を上げる。
「副理事長!」
少女たちが駆け寄ってくる様子に、困ったような笑みを浮かべた。
「私はとりあえず他のみんなも助けていかないと。キミたちは早く逃げるんだ。そこの階段を上っていけば、まだ安全なはず。基地のゲート方面じゃなく、海の方へ行きなさい。それとISには近寄らないこと」
「わ、わかりました」
「副理事長は、な、何しにここへ?」
少女たちの質問に、男は再び帽子を眼深に被り直すと、
「ま、後始末さ」
と笑ってから、奥へと駆け出して行った。
セシリア・オルコットは額に汗を浮かべ、必死に敵から逃げ惑っていた。
「これだけの数が来られては!」
彼女の相手の数は七機だ。リアを助けるために割り込んだ後、他の相手をしていた数機がセシリア目がけて集まってきたのだ。勝てる数ではないと判断し、せめてこの数を戦場から離そうと撤退行動に入ろうとしていた。
「しつこい……ですわ!」
限界まで速度を上げつつ、曲折を繰り返しては敵を突き離そうと試みた。
海上の方へ逃げようとしても、器用に陣形を組みながら妨害してくる。完璧に統率された機械の集まりが、複雑怪奇な幾何学模様を描くかのように直角に曲がり、複雑な模様を作る軌道で敵を追い詰めて行く。無人機ならではの連携と飛行だった。
「セシリア!」
テンペスタ・ホークを身に付けた眼帯の少女が、手元のレーザーライフルを撃ちつつ他の一機に近づいて、無理やり接近戦に持ち込もうとした。
だが、機体がブレて、相手の装甲に手をかけられない。
「なんなの、この機体! 推進装置の制御が特殊過ぎる!」
方針を変え、届かない距離をブレードで埋めて、叩き落とそうと飛びかかった。
その瞬間に、相手の一機が戦闘機の形からカカシのようなISへと変わり、手の代わりに生えたレーザー発射口を向ける。
ISパイロットとしての直感だけで、下へ落ちるように方向転換しつつ、相手に対してライフルを撃ち放った。
「戦闘機のときは、体ごと向けないと狙い撃てない、代わりにIS状態のときはどこでも撃てるってことね」
ただ変形するだけじゃない、相手のスピードに合わせて行動を変え、その隙を補うように他の機体が割り込んでくる。
全然、隙がない!
地面スレスレを後ろ方向へスライドしながら、追いかけてくる相手へ牽制のためにレーザーを連射し続けた。
これで一機剥がせたとはいえ、セシリアに取りついているのは六機だ。
セシリアのブルーティアーズは、高機動モードで動かしているためビットを迂闊に放てない。腰に備えられているそれらが、今は補助推進装置になっているからだ。
周囲の状況を探る。敵の数は未だ五十機、味方の数も減っていない。
そう安堵しそうになった瞬間、識別信号を発している機体の一つが、消えた。
「一機、落ちた!? 第四小隊!?」
舌打ちをして、ブレーキをかけ、追いかけてくる相手に近づく。
右手で持っていた合金製のブレードを思いっきり振り下ろすが、相手はそれを右腕部装甲で受け止めて、左手を突き出した。
「ああ、もう!」
体をよじって回避しつつ、今の一撃で落とせなかったことを悔やむ。
ジリ貧じゃない!
戦況は非常に悪い。史上最強の寄せ集めである極東IS連隊は、それを上回る数による強襲によって陥落しようとしていた。
「クソッ、死にやがったか!?」
オータムが近くに墜落した機体をチラリと見る。
西アジア諸国から配備されたラファール・リヴァイヴだったものが滅茶苦茶に破壊され、今はただの金属片となっていた。その隙間では、おびただしい量の赤い液体が落下地点を濡らしている。
撃ち落としたの一機の可変型ISは人型へと変形し、破壊されたISに向けてレーザー光を解き放った。
再び大きな爆発音が起きる。
オータムは思わず口をあんぐりと開けてしまった。
人体だったものが、バラバラに散らばっていた。
つまり、死んだのだ。
「絶対防御を貫通するって聞いていたけどな……間の当たりにするとキツいな、こりゃ」
回線から幾多の悲鳴が湧き上がってくる。連隊の他のISパイロットたちのものだった。
そんぐれえで喚いてねえで、さっさと一機でも落とせよ。
ISによる実戦というものは、今までほとんど起きたことがない。また最近まで軍事行動が条約で完全に禁止されていたので、ISが人を殺したという事例は公式的には起きていないのだ。先のIS学園独立戦争がかなりの特殊な例であり、しかも死人は出なかったので、死体に慣れている操縦者というのはかなり少ない。
直感で横回転したオータムの右頬を、相手の攻撃がかする。彼女の髪が一束ほど焦げて消えた。
「クソッ、自慢の髪を」
五機のISから狙われ、回避行動を続けている彼女も、余裕はない。
追いかけてきていた湯屋かんなぎと沙良色悠美の二人も、今は他の機体に取りつかれており、逃げるので精いっぱいになっていた。
周囲の状況を確認するために、視界の端にあるウインドウを横目で見る。
そしてまた一つ、味方の識別信号が消えた。
味方が一機落ちるということは、敵が一機フリーになるということだ。
事実、彼女を追う機体が追加され、合計六機の機体に追撃される。
腕に自信があり、加えて現在の最高峰の一つである機体を身につけているオータムであっても、この戦況は覆しがたい。
状況はIS連隊側にとって不利な方向へと加速し始めていた。
一夏たちを十分待たせてる間にここまで来たのは良いが、この先か?
事前に調べていた基地の情報に従って、オレは幅三メートル程度の通路を歩いていた。
先ほどから地響きが何度も建物を揺らしている。すでに電気は来ていないのか、窓のなく灯りの消えた地下通路を、手に持ったライトで照らし進んでいく。
さっきので機動風紀たちは全員、無事に逃げられたはず。あとはうちの部下たちに任せるしかねえし。
さっきからすれ違う人間は一人もいない。
ゆっくりと足元を確かめながら進んだ先に、重そうなドアがあった。ISの右腕だけを部分展開して破壊し、中に入る。
ひんやりとした冷たい部屋の壁一面に、引き出しのようなものが並べられていた。
ここは死体安置所だ。そしてここにはまだ一体しか死体が運び込まれたことはないはずである。
カギを破壊しながら、引き出し式の棺桶を無理やり一つずつを引き出していく。
数個を開けてからようやく、目的の物を発見した。
死体袋のチャックを開けて、中身を確認する。
「……凹むわ」
今さらながら、ホントに死んだんだな、オレ。
目の前にあるのは、紛うことなく二瀬野鷹の亡骸ってヤツだ。
オレにとっては、もう十二年前だ。そして他のヤツらにとっちゃまだ一カ月も経っていない。
見ているだけで動悸が激しさを増していく。脳から酸素が失われ、今にもオレは倒れそうだ。足元がふらついて、胚が息を上手く整理出来ず過呼吸が起き始めた。
死んだのか。
そうだな、死んだんだ、二瀬野鷹は。
壁にもたれかかって、口に手を当て大きく息を吐いては小さく吸う。
吐きそうだ。チクショウ。
生まれてから十五年。死んでから十二年。
もう二瀬野鷹の体に未練はない。これからも騙し続けると決めたのだから、もし元の体に戻れるような奇跡を与えられたとしても、笑顔で拒否をしよう。オレはもう四十院総司なのだから。
まずやることは戦力を結集させること。六百機はまだ使えない。
だから、極東の残りとヒーロー&ヒロインズ、そしてあとは亡国機業と手を組んだ三弥子さん。悪いが、彼女からはその戦力を剥がさせてもらおう。
今日という日、五十機のISだけを乗り切れば時間は稼げる。六百機が形に出来れば、対ジン・アカツバキとしては申し分ない。
しなければならないことを指折数え、自分の足で立ち上がるのはいつものことだ。
そこへ、カツンと床を蹴る靴の音が聞こえた。
「フーアーユー?」
背中から声をかけられ、腕を上げてゆっくりと振り向く。
そこには、見た記憶のある女性が立っていた。
「これはこれは、スコール・ミューゼルさんではありませんか」
相手は亡国機業実行部隊の現場監督、オータムやMといったISパイロットたちをまとめる立場の女だ。
「ミスタ・シジュウイン。お久しぶりですわね」
長い豊かな金髪の持ち主が、赤いショートドレスを身にまとい、艶やかに笑う。そんな派手な格好で、よくこんなところまで来れたもんだ。
「一度会ったきりかな」
「ですわね。篠ノ之束製の三機のISコア洗浄の取引以来ですわ」
ジン・アカツバキ製の機体を、彼女たちのために整備してやったときのことだろう。もちろん、それはこちらのテストも兼ねていたんだが。
「どうしてここに?」
「もちろん狙いは一緒ですわ。世界で一つだけの至宝、男性ISパイロットの死体」
「役に立たないと思うがね、これは。なんてことない普通の少年の死体に過ぎないよ」
「あら、それでも価値は莫大ですわ」
「三弥子さんをたぶらかしたのは、貴方ですか、ミズ・ミューゼル」
「取引相手ですわね。四十院の技術を流す代わりに、私たちが様々な物資や情報を提供する」
「なるほどね。彼女の目的は知ってるのかい?」
「いいえ、興味ありませんわ、ミスタ」
小さく笑ってるが、実は知ってるのかもしれない。さすがに簡単に底を見せてはくれねえな。
「ふむ……さて、どうしたものかね。ここは私に売ってくれないかい、これを」
オレの提案に、スコールは人差し指を唇に当て、魔性と言って良いほどの笑みを浮かべた。
「あら、おいくらですの?」
「うーん、参ったな。私の見立てだと、三十セントぐらいか」
「三十セント! まあまあ、ミニスター・オブ・ISがよくもまあそんなはした金を」
「実際、それぐらいしか価値はないさ」
相手のわざとらしい驚きに、こちらも大げさな仕草で肩を竦める。
自分で良く知ってる。こいつにゃ三十セントでも高いかもしれん。
「そんな価値のないものを、わざわざ四十院総司ともあろうお方が、戦闘の中で拾いに来るなんて思えませんわ」
「笑うといいがね、人手不足なのさ、我が社は」
ため息を吐いて苦笑するオレに、スコールはモデルのように歩いて近寄ってくる。
「聞けば、奥さまとは別居されてるとか」
そいつはしなを作ってオレの首に手をかけた。
「ゴシップが好きなのかい、トスカーナの女王様は」
「あら、女王様なんて酷いですわ。まだ姫でいたいのですが」
長い絹の手袋をつけた指が、オレの頬をそっと撫でる。
「貴方のような美しくて若い女性に迫られると、さすがに嬉しくもあるが、こう見えても妻に操を立てているのでね」
さすがに四十院総司として生きていれば、こういう誘惑の場面は多い。だがどれも今と同じような理由で断ってきている。
「あら、お上手ですこと」
「さすがに死体置き場でロマンスを語るのは、やりすぎでしょう」
「ですわね」
眉間に皺を寄せたオレの顔を見て、あっさりと離れて行くのは、慣れてるからか。
「では商談ですわ、ミスタ・シジュウイン」
「三十セント以上払う気はないがね。でも代わりに」
「代わりに?」
「一つ、奇跡を見せましょう、ミズ」
まるでマジシャンのようにお辞儀をしてからウインクをしてみせた。
その言葉に、ミューゼルが驚いて目を丸くしたあと、口元を手で隠し大きく笑う。
「さすが未来を見通すお方だけはありますわ、奇跡とおっしゃられましたか。三十枚から始まる奇跡なんてステキですわね」
「女王様のお眼鏡に叶うと思うよ、きっと」
「面白い。では私の期待に添えなかった場合は」
「いいよ、何でもやってあげる、この私がね」
そう言って、オレは棺桶の中から自分の死体を引っ張り出そうとする。
が、左腕と膝から下がないってのに我ながら意外に重い。まあ、これでも五十キロ以上あるだろうからなぁ。それに生きてない人間って意外に重いっていうし。
参ったな、ISを展開して堂々と歩くわけにもいかん。歳は取りたくねえ。
「あー、ミズ・ミューゼル」
オレは死体を持ち上げるのを一端諦めて、近くに立つミューゼルに笑いかける。相手は怪訝な顔つきでこちらを見返してきた。
「どうかされましたか?」
「あと一セント出すから、これ持ち上げるの、手伝ってくんない?」
距離十メートルに詰められ、セシリアの頬に冷や汗が垂れる。
「くっ」
咄嗟に後ろ向きのまま、誘導ミサイルとして機能するビットの一つを撃ち放った。
しかし補助推進装置の一つとして使っていたそれを放ったことで、推力が五パーセントほど落ち、機体バランスが不安定になる。
判断ミスだ、と後悔しても遅い。
最も接近した機体に直撃したものの、相手に大した損傷はなく、距離を取るためにとった行動なのに、他の二機が追いついてきた。
戦闘機型の先端から放たれた大口径レーザーの一撃が、セシリアのブルーティアーズに回避不能な角度の射線で襲いかかる。
「やられませんわ!」
もう一発残っていたミサイルビットを解き放って爆発させ、わざと機体バランスを崩すことでギリギリの回避行動を成功させる。
彼女ならではの精密な機体操作で瞬時に体勢を立て直し、ふたたび距離を取って逃げようと試みた。
だが補助推進装置六機のうち二機を失い、速度が一割ほど落ちたブルーティアーズへ、相手の可変型IS六機ががジリジリと距離を詰めてくる。
前を向いたまま後方視界を確認しているセシリアには、自分がどれだけ危険な状況であるかが手に取るようにわかる。
そしてそのうちの一機が少しずつ上昇し始めていた。
「頭を押さえる気ですの!?」
角度をつけられ、行く手を阻むように連射されては、蛇行し回避に専念するしかない。そうなれば速度は段違いに落ちてあっという間に追いつかれる。
自身も上昇しようと少しずつ角度をつけて上がろうと試みる。
だが牽制するように放たれたレーザービームに遮られ、セシリアは少しずつ下へ下へと押し下げられていく。
「このままでは! 一か八か、ですわ!」
そもそも、相手のレーザーは真っ直ぐにしか飛ばないが、セシリアの機体のBTレーザーは、速度が通常より遅い代わりに軌道を自由に変えることが可能だ。
しかし、スペック上は、という但し書きがつく。
彼女はまだ未熟故に、BT兵器と呼ばれる機体特有武装の稼働率が低い。つまりブルーティアーズの本当の性能を発揮することが出来ていないのだ。
あの横須賀沖、銀の福音を巡る騒乱で、盗まれたBT二号機はBTレーザーを自由自在に曲げて見せていた。
せめてあれが出来れば。
そう思い、BTライフルの銃口を後ろへ向ける。
視界はISのセンサーで三百六十度把握出来る。
引き金を引き、背後についた機体へ攻撃を放った。
だが、むなしく真っ直ぐ飛ぶだけだ。
自分自身に失望しつつ、不確実な手に頼らずに何とかしなければと思い直そうとした。
その瞬間の出来事だ。
セシリアの行く手へ、鉄格子が落ちて来るがごとく、多数の光が降りかかってくる。
「なっ!?」
弧を描くように急旋回し、何とか回避したのはセシリア・オルコットだから出来た技だった。
だが、飛行軌道が大きく曲がり、その間を真っ直ぐショートカットした機体がすぐ背後まで追いついてくる。
戦闘機型ISが、バッタのような頭部を持つ案山子へと変形し、セシリアの背後からしがみついた。
「は、離しなさい!」
必死にもがくが、相手はびくともしないどころか逆噴射をかけ、セシリアのスピードをゼロへ近づけていく。
気付けば、前に戦闘機型ISが先端のレーザー発射口を向けて空中で制止していた。
先ほどの撃墜されたラファール・リヴァイヴを思い出す。
一夏さん、みなさん、すみません。
目を瞑り、自分の死を覚悟した。
しかし、いつまで経っても、その瞬間は訪れない。
「何を諦めてんだ、セシリア」
聞き慣れた声を、間近で耳にした。
恐る恐る、その瞼を開く。
水平になった敵機に、上からブレードを突き立てたISがいた。
それは純白のインフィニット・ストラトス、白式。IS学園代表・織斑一夏の専用機だ。
「い……ちか、さん?」
「おう、久しぶり」
手を上げる代わりに、突き立てたブレードを横に薙ぎ払う。
真横一文字に切断された敵機が、重力に従って落下していった。
「僕たちもいるよ!」
見回せば、自分を取り囲んでいた機体相手に、離れていた仲間たちが戦闘を開始していた。
橙、黒、紅、水色の機体が空中を駆け巡る。
「まったく、一人で無茶をするな、セシリア」
呆れたように笑いながら、紅蓮の装甲を持つ機体が日本刀からエネルギーの刃を飛ばした。
ポンと背中から叩かれて、セシリアは後ろを向く。
「ったく、アンタって意外にバカよね」
「鈴……さん?」
「ほら、戦うわよ、まだ終わってないんだし、ボーっとしてんじゃないわよ、一組クラス代表さん」
見慣れた得意げな顔を見て、思わず目に熱いものが込み上げてくる。
「アンタ、泣いてんの?」
「な、泣いてませんわ!」
隣のクラスで、会うたびに衝突し、口げんかを交わした相手の声が、酷く懐かしい気がする。
まだ戦える。
私たちは、IS学園は生きている。
セシリアが心の中で呟いたと同時に、視界の端に一つのゲージが浮き上がってきた。
そこに添えられていたメッセージは、BT兵器稼働率80パーセントという文字だ。
その数字を見て彼女は確信する。
今なら、自分の思い通りになると。
その偏向射撃を先に可能としていた機体であるBT二号機『サイレント・ゼフィルス』は、IS連隊の基地から五キロほど離れた位置の海上にいた。
「つまらん」
バイザーにより顔を隠したパイロットは、吐き捨てるように呟く。
彼女の名は織斑マドカ。先の銀の福音が絡んだ事件で、IS学園の専用機持ち数機を相手に立ち回った少女だ。
亡国機業に所属している彼女であったが、今は命令を無視して遠くから眺めているだけだった。
上司であるスコール・ミューゼルがその気になれば、彼女の頭蓋骨の中に仕込まれたナノマシンが小さな爆発を起こして、脳をズタズタにされ死に至る。
だが、それでも従う気にはなれない。
織斑一夏と肩を並べて戦うなど反吐が出る。
それが彼と浅からぬ縁を持つ彼女の、嘘いつわりない気持ちだった。
『織斑マドカ、か』
通信回線を通して、音声のみと表示された仮想ウインドウが浮き上がる。
「誰だ、キサマ」
『誰でも良い。お前は、織斑一夏と戦いたいのだろう』
「ふん」
相手が誰であろうと会話する気などない。織斑マドカと呼ばれた少女はつまらなそうに鼻を鳴らして、ライフルを肩に担いだ。
『では、私がその脳内にあるナノマシンを排除してやろう』
無視をする気だったマドカは、思わず片眉を上げた。
「ほう? だが、外科手術などで無理に排除しようとしても私は死ぬらしいぞ」
バカにした表情を隠すことのないマドカの通信回線へ、
『では、ナノマシンが排除できれば、お前はどうする?』
という問いかけが流れてきた。
「決まっている。織斑一夏を殺す。ああ、オータムやら他の奴らもついでに殺してやってもいいぞ」
『決まりだな、織斑マドカ』
「やれるものならな」
挑発にしか取れない言葉に、通信の向こうの相手が小さく笑い、
『己の好きに世界を壊せ、織斑マドカ』
と神託を囁いた。