白式たちまで1キロ近くある地点で、黒い四枚羽根の機体が完全静止する。
その横を一発の巡航ミサイルが通り抜けていったが、特に構う様子もない。
掌を上に向けると同時に、ハンドルのついたスーツケースのような物体が現れた。黒いISは、推進翼から飛び出した二本のコードを左手で繋げる。
『HAWCシステム起動』
立方体の兵装は折り畳まれていたライフルであり、その本来の姿へと戻って行く。ISで持つには長過ぎる砲身のせいか、左の脇で抱え、バレルの上にあるハンドルを掴んで銃口をIS学園に向ける体勢を取った。
『連動制御開始……。HAWCシステムよりエネルギー充填……60、70、80』
ISからの言葉に連動して、砲身に入る装甲の切れ目から光が溢れて行く。
『90……100。推進装置より充填完了。荷電粒子砲『天の女王』、撃ちます』
巡洋艦の副砲サイズのエネルギーライフルから放たれた光が、追い抜いて行った巡航ミサイルを焼き尽くし、戸惑う白式と紅椿の横をすり抜け、マルアハたちの間を通り過ぎてIS学園の第三アリーナへと着弾した。
大きな地鳴りを起こし、IS学園を巡るモノレールラインを分断し、整地されたアリーナを客席ごと焼断し、生徒たちが授業を受けていた教室等を真っ二つに切断した。
「……なんだ……あれ」
信じられない光景に、一夏がうわ言のように呟く。今まで守ってきたIS学園の施設が、そのISの持つ一撃で防衛ラインをすり抜けて破壊された。
機動風紀たちも手を止め、ルカ早乙女ですら驚愕に口を閉じることが出来ず、左腕の荷電粒子砲で巡航ミサイル三発を一撃で葬る一夏でさえも、その破壊力に冷や汗が落ちる。
そんな中で一人だけ、撃たれた方ではなく撃った方を睨むパイロットがいる。
「タカ……」
最新鋭第四世代機の選任操縦者であり、IS開発者の妹である篠ノ之箒だ。唇を噛み締め、二本の刀を握る指部マニュピュレーターがギリっと音を立てる。
『墜ちたくなければ、避けた方が良い』
そう言って、下げていた銃口を再びIS学園へと向ける。
「タカ……まず生きていたのなら、そう教えてくれ。私たちがどれだけ悲しんだか、それがわからないのか」
『二瀬野鷹は死んだ』
そのISの横を一発のミサイルが通り抜けて行く。
「極東の訓練校に行ったセシリアが教えてくれたとき、私は息が止まるかと思った」
『二瀬野鷹は死んだ』
「ふざけるな……どうして、IS学園を攻撃する? ジン・アカツバキを倒したいのか」
箒が刀の一振りで、飛んできたミサイルを切断して落とした。
『二瀬野鷹は死んだ』
「タカ!」
『タカなんて人はいない。二瀬野鷹は死んだ。その亡骸は今も極東の基地にある。HAWCシステム再起動』
「また秘密主義か。何も語らずに気持ちが受け入れられるわけがないだろう」
『連動制御開始……HAWCシステムよりエネルギー充填……40、50、60、70』
二発の巡航ミサイルが、再び漆黒のISの横を通り抜けて行く。
『幼かった頃の話はもう終わり。今、ここにいるのは、二瀬野鷹じゃない。避けないなら、撃つだけ』
「ジン・アカツバキだけを狙えば良いだろう! IS学園には手を出さないでくれ!」
『IS学園は破壊する必要がある』
「なぜだ? なぜ、そんなことをする? 生徒たちに罪はないだろう!? わ、私の家を壊さないでくれ!」
そんな言葉がつい口から漏れる。
『紅椿のパイロットは、ジン・アカツバキを生む原因ともなった』
「え?」
『篠ノ之箒は、ジン・アカツバキの味方?』
ISから放たれた、まるで少女のように問いかける疑問に箒は動けなくなる。
『エネルギー充填完了。HAWCシステム連結荷電粒子砲
その銃身から、再び暴虐の閃光が放たれた。
「と、っとと」
学園の副理事長はイスにしがみつき、IS学園を揺らす地響きに耐える。
「四十院さん、あれは……」
「うーん、何であるんだろうね……HAWCシステムってことは、やっぱり三弥子さんなのかね」
「国津博士の奥様ですよね?」
「置いてきたこと恨んじゃってるのかな」
乾いた笑いを浮かべながら、四十院総司は崩れた姿勢を戻して足を組みかえる。
肘かけにあるタッチパネルを操作して、小さなウインドウを浮かび上がらせる。そこには、一つのデータがあった。
クニツミヤコ。四十院総司にとっては遠戚であり、友人の妻でもある。
テンペスタ・ホークに搭載された大型推進翼システムの完成などに貢献した、四十院研究所における主席研究者の一人だ。今は行方不明ということになっているが、彼は生きていることをちゃんと知っている。
参ったな。亡国機業と独自に繋がってるのか?
心の中で小さく呟いた。
顔に似合わず厳しい人だということはよく知っていたが、夫の不貞に怒ってるのか、と苦笑いを浮かべる。
十二年前の事故よりさらに前から、四十院総司や国津幹久、それに岸原大輔とは友人関係にあり同じサークルだった。ただ、女性ということもあり、どうしても男三人に付き合いきれないときの方が多いようだと彼は知っていた。
「副理事長いますかー?」
今度は誰だ? と背もたれの横から後方にあるドアを覗き込む。そこには長い髪を二つに分けて横で縛った活発そうな少女が立っている。人好きのする悪戯っぽい笑顔を浮かべていた。
「……ファンさんか。何か用かい?」
「えーっと、ちょっとお願いがあって」
「今、忙しいんだけど」
大きくため息を吐きながら返答する副理事長に、中国の代表候補生は悪びれずに、
「んじゃちょっとだけ。何かIS貸してくれないかなーって。フルスキンタイプでよろしくオネガイシマーッス!」
と元気良く言い放つ。
「はぁ?」
「いや、やっぱり一夏たちに任せっぱなしってのも悪いけど、アタシが出て行ったら国元にも悪いじゃない? そんなわけで、アタシってバレないようなISを貸してください」
「……なんでだよ……」
両手を出してお小遣いでもねだるようなポーズを取る鈴に、四十院総司が心底疲れ切ったように頭を抱える。だが鈴は臆面もなく笑顔で両手を合わせた。
「このとーり!」
「キミが甲龍を外したことも、後でISログでバレるとは思うんだけど」
「そこはまあ、あとで何とか。あ、副理事長がログの改竄をしてくれるとか?」
思いついた意見を投げかけながら、得意げな顔を四十院総司に向ける。
「いや、何で……私が?」
「だって、IS学園を破壊されたら負けなんでしょ? それでここに代表候補になるぐらいの優秀な操縦者がいる。ほら、バッチシじゃん」
何か文句でもありますか、と挑発するように楽しそうな顔を浮かべる鈴に、四十院総司は頭を抱えてブツブツと悪態を吐き始める。
「副理事長、聞いてるー?」
「ああ、もう! わかった、わかりました。ったく。みんな忙しいってのに!」
投げやりに文句を言った後、電話を取り出して、国津幹久を回線を繋いだ。
「ああ国津? 悪いけど、なんか余ってるマルアハない? え? いいよもう何でも! 今から一人行くから、それに渡して準備してあげて。以上!」
やけっぱちな雰囲気の四十院を見て、スタッフたちは笑いを堪えるのが精いっぱいだった。それらに気付いてムッとした視線を見せたあと、電話を切って鈴の方を向く。
「第四シェルターの横に格納庫があるから、そこにダッシュ。国津主任がいるから、お願いして」
「副理事長って案外、話しやすいね!」
「褒め言葉は結構! ほら、さっさと行った行った」
小動物を追い払うようなジェスチャーをする副理事長を見て、鈴はしたり顔で笑う。
「タイシェシェニィロ! それじゃこれで!」
シュタッと手を上げ母国語で感謝の意を示してから、踵を返し部屋の外へと走り出す。
合金製の分厚い自動ドアが閉まる音を聞いてから、四十院総司は深いため息を、床に届きそうな勢いで吐き散らす。
「四十院さん、ひょっとして若い子が苦手なんですか?」
三人のスタッフのうちの一人、人を食った笑みを浮かべた髭面の男性が笑いかける。
「苦手ってことはないけど……まあ、昔っからうちの三人娘たちにはよく困らされたもんさ」
「意外に子煩悩ですよね」
「子供は宝さ。未来そのものだからね」
「それは別居中の奥さんにも言ってあげたら良かったんじゃないですか」
「うるさいなあ。こっちにも色々と事情があるの。ほら、仕事仕事」
「了解!」
「ったく」
やれやれと呟きながら、目線を正面に浮いた巨大な投影型ディスプレイへと戻す。そこには、巡航ミサイルを落としながら会話を続ける少年少女の姿が映っていた。
どちらにしても、こんな序盤戦でこれ以上、弱みを見せるわけにもいかない。
ふと、航空図と合わせた警戒モニターに、新たな赤い点が映っているのを見つける。
「あれは……ってことはそろそろ理事長のところにお伺いにいかないとマズいか」
イスから飛び降りて、ジャケットを脱ぐ。
「四十院さん、どちらへ?」
「ちょっと神様のご機嫌伺いさ」
つまらなそうに言い放ってから、四十院総司もコントロールルームから出て行った。
独立国家IS学園と日本の間にある夜の海に、闇に紛れるような船がいくつか漂っていた。そのどれもが米国製のLCAC、つまりホバークラフト揚陸艇である。
彼女たちはIS学園の人質となっている生徒たちを助けるための、救出部隊であった。乗ってきた強襲揚陸艇には人員輸送用のモジュールを搭載しているので、一隻あたり200名以上を連れて帰ることが出来る。つまり三隻でIS学園の全生徒と非戦闘員を救出する予定であった。
外洋側は巡航ミサイルとISたちによって激しい戦闘が起きている。だが、島を挟んでちょうど反対側にある内海は比較的安全な部類と言えた。何せ戦闘空域から十キロ近く離れている。
だが、それでも危険の度合いで言えば相当なものだ。IS乗りたちは三人しかおらず、他の数十人の男たちは、ただの軍人たちに過ぎない。
揚陸艇の乗っていたイタリアの国旗入りISスーツを着たパイロットが、ちらりと自慢の腕時計を見る。
時刻はちょうどタクティカル・トマホークの大群が押し寄せている頃だ。こちらに気付いても回せるISはないと踏んでいる。そして、一度生徒を連れ出して揚陸艇に乗せてしまえば、作戦は成功のはずだ。何せ逃げ込む場所はすぐ近くにあるし、極東IS連隊基地で控えている他の小隊たちも、そろそろ攻撃に来る手はずだ。
しかし、イタリアから出向している彼女は、先ほどから様子がおかしいことも気になっていた。
「全てミサイルというはずなのに、攻撃側にISが混ざってるなんて」
作戦は慎重を期する必要がある。
だが、変更の指示もない。
あとは部隊指揮官に任せるだけだ。
乗り合わせた軍服の男へとチラリと視線を送る。彼は少し悩んだ後、ハンドサインでゴーの指示を送ってきた。
ゴーサインが出れば、現場に迷うことは許されない。速度を抑え、揚陸艇が夜の海を進んでいく。
こうして、ゆっくりと静かにIS学園の600人を救う作戦が始まった。
まるで熱したナイフに切断されるバターのように、IS学園の学生寮が崩れ落ちて行く。
「タカ、やめるんだ! 頼む、やめてくれ! お願いだ!」
箒の悲痛な叫びも意に介さず、その悪魔を模したISは銃口を下げる様子はない。
『ISに当てないだけ感謝して欲しいけど』
再び推進翼から輝く粒子が漏れ始め、繋がれた二本のチューブに光る線が通る。
両腕で抱えた大砲は、たったの二発で寮と校舎という生徒たちにとって最も馴染みの深い建物を破壊してしまった。
四枚羽根が僅かに横にスライドすると、再び訪れた巡航ミサイルが避けた場所を通ってIS学園へと向かっていく。
「くっ」
出鱈目に二本の刀を振り、そこから放たれるビームでミサイルを撃ち落とす。だが、その間にも漆黒のISの主砲にエネルギーが充填されていった。
「これ以上はさせません」
ルカ早乙女が手に持ったレーザーライフルの引き金を引く。三キロの距離を貫いて、相手を狙い撃った。しかし、わずか数メートル横に動いただけで、相手は回避してしまう。
「……さすがですね」
機動風紀の委員長にとっては、舌舐めずりをせずにはいられない事態だ。
まさかの復活だ。死んだはずの男が、戦いに戻ってきた。
自分が惚れた男は、さすが人間ではないだけある。
『全機動風紀、並びに織斑、篠ノ之の両代表候補生、タクティカル・トマホークの大群、来ます。備えてください。数は45……いえ、およそ50発!』
その言葉に、呆気に取られていた人間たちが正気に戻った。先ほどまで指揮を取っていた機動風紀委員が、銃口を前方へと向ける。
「全員、構え! 何でも良いから弾幕張って! チャフばら撒いて!」
一方、先ほどまで強大な砲撃を放っていたISは、主砲とも言える巨大な荷電粒子砲を投げ捨てる。
『HAWCシステム連結解除』
その短いシステム音声のような言葉とともに、推進翼から伸びていた二本のチューブが外れる。本体との接続を離され具現化出来なくなった兵装が、光る粒子となって夜の海に舞い散っていった。
「ヨウ」
織斑一夏が操る白式が紅椿の前に立ち塞がる。
『そのひとはもういない』
「これ以上、IS学園を破壊するなら」
『するなら?』
「お前は、このIS学園代表候補生、織斑一夏の……敵だ」
震える声で呟いて、右手の刀で空を横薙ぎした。
顔すら見えないフルスキンタイプISをまとった相手は、それ以上何も答えずに、ただ黙って四枚の推進翼を立てるだけだ。
『レクレスネス』
ISのインストール領域から、量子化されていた兵装を抜き放つ。それは自らの全長を超える一本の長い槍だった。
『HAWCシステム再起動』
その機体の後方から、数十発の巡航ミサイルが迫っていた。
『イグニッション・バースト』
二枚二組の推進装置を交互に点火させ、その機体は音速を超える。
黒いISにより半壊させられた校舎。その廊下を走っている総司が、砕けて半分になった窓ガラスの前でふと立ち止まる。
そこに映った顔は、まだ三十路と言っても通用するほど若々しい。下手をすれば二十代の若造にも見え、実際に外国では小僧扱いされることも多い。
肉体は精神に、精神は肉体に引きずられるのだという。
だが、四十院総司はその精神を絶対に揺るがさないと決めていた。だから、体だけが心に引きずられていく。
「化物め」
右腕を振り払って、窓枠に張り付いていたガラスを乱暴に打ち砕く。
鼻で笑ったのは自嘲ゆえに。
それだけで悔恨は終わり。今から同じ化物に遭いに行くのだ。下手は出来ない。
戦いとは、事前の準備が物を言う。
四十院総司にとっての戦いとは、まだ始まっていない。
「四十院総司に関する報告書、ね」
楯無が手に持っている紙の束をペラペラと捲る。横に立っている簪が申し訳なさそうにしていた。
「これぐらいしか……たぶん。更識の情報網でも」
「ううん、ありがとう、簪ちゃん。わざわざ外まで出てもらって」
「す、すぐ戻ってきたから、大丈夫だった……よ」
「うんうん」
楯無は一仕事を終えた妹の頭を軽く撫でた。それを黙って少し気持ち良さそうに受け入れている妹を見ていると、棘立っていた気分が少しだけ幸せなものになる。
「あっちの情報は?」
「……うん。間違いなく、二瀬野君……の、亡骸は極東にあるって」
「そう……」
電算室の端末には、望遠レンズで捕えられた二瀬野鷹の専用機と瓜二つのISが映っている。今、この建物を揺らしているのも、あの機体の攻撃だ。
「なんとなくカラクリがわかってきたけど……うーん」
「お姉ちゃん?」
「ううん、何でもないわ。あと問題は本物の篠ノ之束博士の行方か。本物さえ出てきてくれれば、話は早いんだけど」
戦闘の余波で建物が揺れ、彼女たちの上には天井から小さな破片が降り注ぐ。
楯無は髪の上に落ちてきた埃を気だるい手つきで振り払った。
「ったく、やってくれるわね。あの子もこの学園にいたことがあるってのに、よくもここまで。この棟もいつまでもつか……」
イスに座り、楯無はキーボードを叩こうとした。
その瞬間、同じように作業をしていたラウラが銃を構えて立ち上がる。
「誰だ!?」
同じようにシャルロットも小型のデリンジャーをスカートの下から抜いて、入口へと向けた。
「ふん、気付くのが遅いぞボーデヴィッヒ」
生徒を叱る教師のような声が聞こえてくる。その声にラウラは耳を疑った。
「お、織斑教官!?」
「まあ、今はその呼び方で良いか。何をしている、早く逃げた方が良いぞ」
紺色のスーツを着た織斑千冬が、自嘲しながら歩いて部屋に入ってくる。
「し、しかし教官」
「何をしていた?」
ラウラではなく、この場を統率していた楯無の方をジロリと睨む。その眼光は厳しい教師だったとき以上だ。
「こちらとしては、防衛手段です」
「前線に出たバカどもが、後で困らないようにか」
「はい。アラスカ側との取引材料になるデータを一つでも多くと思い、電算室から現在のIS学園のデータを探ろうとしていました。織斑先生、貴方こそ、どうしてこちらへ?」
「似たような理由だ。今なら手薄だと思ったからな。データを奪うなら、この電算室が良いと思っただけだ」
「……狙いはおそらく、このIS学園のライブラリに移された四十院のデータですね」
「ああ。自分たちが不利になるものを外部に残しているはずがないからな。だから、ここにあると思って踏み込んだわけだ」
「それは極東の士官として、ということでしょうか」
「そうだとしても、お前たちは私を阻む動機があるまい。むしろ、ここで協力的な態度を見せておけよ、ガキども」
「そうですね、わかりました」
千冬の言っていることを瞬時に理解し、楯無は神妙に頷いた。彼女たち専用機持ちは、立場上はIS学園側として動くことを許されていない。しかし、その通りにしたとしても、その証明をする人間が他国人のお互い同士しかいないことがネックにもなっていた。
それが代わりに極東IS連隊の士官が証言してくれるなら、まだ取っ掛かりにはなる。かつての恩師という立場が疑われるかもしれないが、彼女たちにとって無いよりはマシだ。
「お前たち何を調べていた?」
電算室のイスに座り、端末を起動させながら、千冬が尋ねる。
「四十院総司本人のことです」
「良い線を突いてる。さすがだな」
「織斑先生は?」
「二瀬野のことを調べようとしていた」
「え? 二瀬野クンの?」
「二瀬野に関するデータのほぼ全ては、身元引受人である四十院が持っているはずだからな」
「ですが、今さら二瀬野君のことを調べても」
「いや、関係ある。二瀬野鷹のご両親のことは教えたな。あの件の続報だが、二瀬野夫妻の周辺警備をしていたのは、おそらく四十院の手の者だ」
「なっ!?」
「もちろんただの過失だろう。二瀬野夫妻を殺す意味はないからな。ただ、ここが酷く気になった。どうして四十院総司がそんなことを気にするのか」
「それは、あの妙な研究所にいた二瀬野鷹に対する抑止力では?」
「二瀬野鷹を、っと、なかなか戦闘が激しいようだな。二瀬野鷹が研究所に運び込まれたのは、お二人が亡くなられた後だ」
電算室のある建物が大きく揺れ、廊下側の上部にあった排気用の窓が歪みガラスが割れて落ちる。
「つまり、四十院の関心は警護そのものにあったと? では、何のために?」
歪み始めた建物を気にする様子もなく、楯無は乱入者から視線を逸らさなかった。
「警護なら、守るためだろう」
「そういう問答をしたいのではありません」
突き離すような千冬の言い方に、さすがの楯無もムッとした顔を見せる。
「お前はたまに素直になった方が良い。裏を探ってばかりでは、表が見えなくなるぞ」
「けだし至言ですね。今は禅問答をしたいわけではありません。邪魔をするようなら」
「ふん、私のIDをまだ残してるのは、何かの罠か」
「え?」
「IS学園のほぼ全てのデータに触れることが出来る私のIDが、生きていると言っているんだ」
その言葉に全員が千冬の側によって画面を覗き込む。
「ホントだ……。管理者クラスの織斑先生のIDが動く」
「面白い。罠にひっかかってやろう。更識……ああ、妹の方だ。手を貸せ」
「え、えーっと?」
急に話を振られ、控え目に覗き込んでいた簪が戸惑うような顔を見せる。。
「この中ではお前が一番マシだろう。探るぞ、現在の世界に隠された秘密を」
長さ六メートル、時速900キロメートルを超える金属の塊に向けて、青紫のIS集団が必死に引き金を引き続ける。
一発落としてもまた一発、次に一発と休む暇すらない。
「くっ、さ、させるか!」
一夏は左腕に荷電粒子砲を展開させ、小刻みに撃ち続ける。それでも一回に発射で二本巻き込めれば良い方だ。
箒も両手に持った刀から絶えず光の刃を飛ばし続ける。
そこへ、黒いISが襲いかかった。
純白のISへ一撃、紅蓮のISへ二撃。相手の体勢が崩し、ミサイルの雨の隙間を超高速で飛びまわって、IS学園へと向かって行く。
「タカ!」
「じゃ、邪魔をするな、ヨウ!」
スラスタを細かく動かして体勢を立て直そうとした箒へと、一発のミサイルが着弾する。
「ぐっ!? これは!」
咄嗟にビットと刀を盾にしたものの、それでも左脚部装甲と腰部に大きな損傷を負って吹き飛ばされる。
本来ならISのシールドにより一切傷がつかないはずの攻撃だったが、よりにもよって太平洋艦隊のISから放たれたタイプを食らったようだ。
「箒!」
体勢を立て直し、一夏は被弾して落ちていく箒の元へと駆け出そうとした。
しかし、漆黒のISは手に持っていた槍を構え、勢い良く投擲する。
地球で最も速く堅い槍が、空気を切り裂いて紅椿へと迫る。その無慈悲な刃が箒の機体に届く瞬間に、
「危ない!」
と声を上げて割り込む機体があった。
大きな破砕音とともに、青紫のISの肩から推進翼へと貫通して突き刺さる。名前すら知らない機動風紀の一人が、箒をかばったのだ。
「センパイ!」
声をかけても返事すらなく落ちて行く機体を、箒は咄嗟にその腕部装甲を掴んで引き揚げた。
だが、黒いISは指を鳴らすような仕草をして、
『
と呟いた。
突き刺さっていた槍の横から数本の細いアームが現れ、青紫のISへと取りつく。
同時に展開されていた装甲が光る粒子になって、槍へと集まっていった。
「なんだ……あれ」
箒が掴んでいた腕部装甲も消え去り、学園標準のISスーツを着た少女が箒の手から滑り落ちて行く。
「な、何が起きた!?」
そして、少女が落ちていく先へ、一発の巡航ミサイルが切っ先を向けて飛んできていた。
数人の機動風紀が悲鳴を上げた。
「くっそぉぉぉ!!!」
雄たけびを上げながら、一夏が破れかぶれで巨大な光る剣を振るう。
今までにない長さの零落白夜が、名も知らぬ少女に襲いかかるミサイルへと振るわれた。
だが、届かない。あと数メートル足りない。
「間に合え!」
箒が手を伸ばし、負傷した少女とミサイルの間に割って入ろうとする。だが、コンマ数秒間に遭わない。
せめてミサイルがわずかにコースを変えてくれたなら。
そう祈っても、無慈悲な金属の塊は何も聞いてはくれない。
「届けええぇぇぇぇぇ!」
一夏が叫んだ瞬間に、彼の視界で一つのメッセージが浮かび上がる。
『ルート3・零落白夜再起動』
光る刀身が全て消えさった。
だがなぜか、ミサイルの後部にある尾翼が削り取られ、バランスを失ったミサイルはコースを変えて海面へと向かって落下する。
箒が機動風紀を抱きかかえると同時に、海中から爆発起きて水柱が巻き上がった。
「何が……起きた?」
一夏は自分が起こした現象が理解できずに、うわ言のように呟いた。
茫然とする彼の耳に、一つの通信が入る。
『いっくん、なーいす! さすがいっくんだね!』
数か月ぶりに聞く能天気な声が、一夏の耳に届いた。織斑一夏をその呼び方で話しかける人物は、世界でただ一人しかいない。
「え? は? 束さん!? 本物?」
『もちのろんろん、本物さ! あの未来から来た紅椿じゃない、正真正銘交りっけなし不純物なしの純度百パーセントの篠ノ之束ちゃんだよん!』
緊迫した場面に介した一夏たちに、その調子っぱずれの上機嫌な声が本物であると告げ始めた。
簪は自機である打鉄弐式の背部装甲だけを展開し、PICを起動させて宙に浮かぶ。そしてその周囲をいくつものホログラムウィンドウが囲んでいた。その真ん中で彼女は多数のキーボードを操り、それに従うように全ての画面がすさまじい勢いでスクロールを始めている。
シャルロットはPICの影響を受けないように少し離れた場所の端末に座り、簪から送られてくるデータを電算室の端末上で確認していた。
「これ……まさか」
信じられないと呟き、シャルロットは後ろに立つ織斑千冬へと視線を向ける。彼女はかなり渋い表情を浮かべていた。
「四十院総司は……何者なんだ」
「これですね。四十院からの資金の流れ。ISの発表が行われた会場すら、四十院の航宙技術部、つまり今の四十院研究所の段取りで行われてる」
「黎明期にISを作るための資材、設計図、インターフェース、必要な機材をIS関連企業の各社に売りつけていたのが四十院……。道理でIS業界に異常な力を持ってるわけだ」
「副理事長だけがIS発表時からその性能に注目していた、ということでしょうか」
「いや、用意が迅速過ぎる。おそらくは……ISが発表される前から準備していたんだろう」
「え? で、でもどうやって? 篠ノ之束博士と事前に協力関係にあったとか?」
「そういうわけではないだろう。他にカラクリがある」
「からくり?」
「それはまあいい。他にもアラスカ条約の条項作成、ここに深く噛んでいるのが四十院の法務部か」
「これは……IS学園の前身となる巨大な技術員要請学校の設立? 開校前に国際IS委員会から要請を受けた日本政府へと格安で提供した? ……こうなるともう」
信じられないと戦慄いて、シャルロットは首を横に振った。
千冬は鋭い眼差しでデータひとつ見逃すまいとする。
「ISを作ったのは篠ノ之束、ISで一番儲けているのは四十院か。しかし、一切表に出ず、自らは一つの研究所の所長としての立場を崩していない。必要以上に儲けてはいない、という印象だな。代わりに恩を売りコネクションを築き上げている」
「そしてIS学園の副理事長に就任」
「ふむ……あのジン・アカツバキとどうやってコンタクトを取ったのか。やはり、そういうことか」
「織斑先生?」
「二瀬野が言っていた件が真実味を帯びてきたな。っと、今のデータ、画面に戻せデュノア」
千冬の言葉に従って、流れて行くデータの一つをスクロールして戻す。そこに映ったのは、写真と文章で構成された報告書の体裁を取った文書だった。
「は、はい……これは、白式に関する報告書? 今年二月に四十院提供の新システムの暴走が原因!?」
シャルロットとラウラが顔を見合わせる。
それは彼女たちが日本に来る前、白式が暴走し欧州で暴れ回っていた件についての報告書だった。そして、その白式が関与した事件に、シャルロットもラウラも当事者として遭遇している。
「白式が行方不明になっていたのを四十院の指示により倉持技研が隠ぺいと発覚。これにより男性操縦者に貸与されるはずの機体の変更、いくつか候補が上がったのち、四十院が責任を取る形でテンペスタ・ホークをデータ収集用専用機として提供」
ラウラはイスに座ったシャルロットの肩から覗き込み、そこにある情報に目を凝らす。
「つまり、これも四十院の仕込みだったってことか? なぜだ? いや、結果として正解だったのか」
「そ、そうだね。一夏はワンオフアビリティを発動したわけだし……待って。じゃあ、四十院は一夏がワンオフアビリティを発動させることを知ってたの?」
シャルロットが気付いた謎に、ラウラが驚いて目を丸くする。
「そんなことがあり得るのか!? 偶然に決まっている! ワンオフアビリティを誰がどう発動するかなど、どこの国も企業も組織もわかっていないはずだ!」
「わかってたら、誰も苦労しないわけだしね。第三世代は全てワンオフアビリティの発現を目標の一つとしているわけだし。でも、もし本当に最初から、一夏が零落白夜を発動すると知っていたなら」
「四十院は最初から、そうだ。何もかもが始まる前から、織斑一夏が白式に乗りワンオフアビリティを発動させることを知っていた、ということになる」
「ちょっと荒唐無稽過ぎるけど」
「ほ、他には何かないのか!?」
「銀の福音事件も四十院が絡んでたよね、確か。そして暴走したはずの銀の福音を二週間足らずで完全に修復してみせた。それを最初から知っていたかのように……。こうなると」
「私たちの身に起きたほぼ全ての事柄に、四十院の影が見えるぞ」
眩暈がするような思いを覚え、ラウラは一歩後ずさる。
シャルロットは腕を組んで顎に手を当て、深く考え込むような仕草を見せた。
「正直、僕は二瀬野君の未来人の話は信じてなかったけど……これは」
「ああ、四十院総司は未来でも知っていたのかというような暗躍ぶりだな……なんだこれは? トスカーナ? シャルロットは知ってるか?」
「トスカーナって、イタリアのことじゃないのかな?」
左右から首を突っこんだまま顔を見合わせる二人を両手で押し退け、楯無は大きくため息を吐く。
「トスカーナってのは今は亡きトスカーナ大公国から来た隠語よ。端的に言えば、亡国機業。知ってるわよね?」
「……そういえばヨウ君が銀の福音を強奪に来たとき、乱入してきたISがいたよね……」
「あれが亡国機業よ。私はそれらがいるから、参戦したわけ」
「じゃ、じゃあ四十院は亡国機業とも繋がっていた?」
「そこはわからないわ。少なくとも現在の四十院総司の裏には、その影はないわ。亡国機業がアラスカ条約機構直轄の極東試験飛行IS部隊に入り込んできたとき、そこへウチの一族を潜り込むことが出来たのは、四十院の力があってこそだったわけだし」
楯無が苛立たしげに爪を噛む。
「自分のいない未来を知っている、か」
腕を組んで見守っていた千冬が、ボソリと自嘲するように呟いた。
「どういう意味でしょう?」
「二瀬野が言っていた言葉だ。今から考えたなら、学年別タッグトーナメントのとき、無人機の襲来を察知して落とした二瀬野は、本当に未来を知っていたのかもしれないな。もっとも、それを確認する手段はすでにないが。更識簪」
「は、はい! あと十二秒でラ、ライブラリデータ転送完了します!」
「わかった」
「今、最後の報告書……が、これ? 新聞記事? ネットのニュースサイトのアーカイブ? なのかな……四十院が圧力をかけて消したって話みたいです……」
自信なさげに言いながら、簪が一つのホログラムウィンドウを滑らせて、他の人間の元へ送る。
「交通事故のデータか?」
全員がその記事を読もうとしたときに、大きな衝撃が建物を揺らした。ISを展開している簪以外の全員が手近なものにしがみつく。
「ちっ、もう限界か!」
薄暗い電算室の天井が瓦礫となって落下し、大きな音を立てて端末を破壊していく。
「全員撤退! とりあえずはシェルターの方向へ! 織斑先生は?」
楯無の指示に全員が部屋から走って出ていく。だが、千冬だけは逆方向へ向かい、割れた窓へと足をかける。
「私はもう少し回って出ていく。少し話がある人物もいる。こんなデータをIS学園のライブラリに残していたヤツのことが気になるからな」
「織斑先生!? ってもうやばいか!」
千冬が崩れ落ちる瓦礫の向こうで窓から外へ出ていくのを確認し、楯無も走り出す。
崩れ落ちて行く廊下を走りながら、楯無は小さく舌打ちをした。
結局のところ、全ての始点は篠ノ之束でありながら、裏で動いていたのは四十院総司なのだ。
学園の外で人質を取られているゆえに、直接動くことは出来ない。それでもやれることをしていかなければ。
この崩壊していくIS学園を、せめて元の形へと戻れるよう。
更識楯無は祈りながら壊れて行く校舎を走り抜ける。
二瀬野鷹を初めて見たとき、四十院総司としては失望せざるを得なかった。
こんなものだったのか。
何の変哲もない少年が、少し緊張した面持ちで握手を返してきた。
倉持から、世界で唯一の男性操縦者に与えられるはずだった機体は白式の予定だった。それを無理やり欧州へと飛ばし、四十院研究所としてテンペスタのカスタイマイズ機を渡した。
HAWCシステムという高エネルギーを生み出す最新の推進翼を備えた、世界最高速のインフィニット・ストラトス。
使いこなせるわけがないと知っていた。
それでも、こいつは自分なりに精いっぱい、やっていくんだろう。
反吐が出ると同時に、愛おしくもある。
国津博士たちのパワードスーツのテスト飛行を終え、一通りのデスクワークを終えて研究所を後にしようと、玄関につけていた車の後部座席に乗り込もうとした。
「お父様」
神楽が声をかけてきたので、振り向いた。
そこにはもちろん玲美と理子も付き添っている。
「おや、どうしたんだい、みんな」
「オジサンが出て行くの見かけたから、お見送りー」
理子が元気良く返答したので、思わず笑いそうになる。
「どうしたの? おじさん」
玲美が小首を傾げる。
「いや、二瀬野君がいないから、また三人でお小遣いでも貰いにきたものかと。玲美ちゃんはぬいぐるみかい? 理子ちゃんは花火かな?」
笑いを堪えながら返事をすると、理子と玲美の二人ともが不満げな顔をして、
「もう子供じゃないよ!」
「勝手に貰ったらママに怒られるもん!」
と可愛らしく怒りながら反論してきた。その姿を見ると、思わず笑みが零れる。
「いやごめんごめん。それじゃあ行くよ。次の仕事も差し迫ってきてるんで」
止まっていた黒塗りの車へ乗り込もうとする。
「お父様」
その足が神楽の声で止まる。
「ん?」
「あの、お忙しいようですが、その、ご自愛くださいませ」
神楽らしい言い方だ。
思わず頬が緩む。
「ありがとう。かまってやれなくて悪い。またすぐに会えるよう調整するよ」
「いえ、私は……」
申し訳なさそうにスカートを掴む神楽に対し、なるべく冗談めいた空元気で、
「なんだ、父離れか。つらいなぁ……」
と笑いかける。
「わ、私も十六になりましたので。で、ですが」
「嘘だよ。でもそうだな、神楽、玲美ちゃん、理子ちゃん」
車のドアを閉める前に三人の顔を見渡した。急に改まったような言い方をした自分を、全員が不思議そうな面持ちで見ている。
「二瀬野鷹をよろしく頼むよ」
それだけ言ってドアを閉める。
「出してくれ」
運転手が頷いて、車が走り出した。
後部座席から後ろを振り向けば、三人娘がいつまでも手を振って見送っている。
可愛らしいものだ。そして愛おしい子たちだ。
だから、心の中が謝り続ける。
ごめん、すまない。本当に、悪い。
それでも、自分は止まることが出来ない。
そういう記憶だった。
極東IS連隊の基地には、うるさいほどのサイレンが鳴り響き、どこまでも伸びるレーザーライトが夜空を切り裂いていた。鉄橋を途中でぶった切って先端を空に向けたようなマスドライバー発射装置が、様々な光源によって明るく照らし出されている。
「先行した第七・第八小隊が作戦を開始した! 残り全機はIS学園のマルアハと呼ばれる個体の拿捕へと向かう!」
そのマスドライバーの根元にある射出装置格納庫の中で、軍服を着たがっしりとした体形の黒人女性が号令を飛ばす。
迷彩カラーのラファール・リヴァイヴを身にまとっていた三人が敬礼をしてから踵を返した。。
「第四小隊、レディ! 一人前の振りをしているヒヨッコどもを叩き落とせ!」
その声とともに、一辺三メートルほどの三角形の形をしたマスドライバー用のカイトに、ラファール・リヴァイヴが乗っかる。手足を固定するハンドルを掴むと同時にホログラムウインドウがカウントダウンを始めた。それがゼロになると同時に、レールを伝って超高速で射出されていく。
「次、第三、行くぞ!」
バタバタを走る音とともに、ISスーツに身を包んだ女性たちが装備を展開しては、射出用のカイトに乗り込んでいく。
「オーダーはIS学園の全ISを落とすことだ! 行け行け行け!」
一機、また一機と空へと飛び立ち、弧を描いて同じ方向へと飛び立っていく。
「ったく、謎のISの乱入ってどういうことなの」
マスドライバーの根元にある格納庫内で、愛機『銀の福音』を装着したナターシャ・ファイルスがボヤく。
「謎のISじゃねえよ」
嘲笑うように宇佐つくみことオータムが肩を竦める。
「あら、トスカーナの連中の仲間なの?」
「さあな。たぶん、向こうは違うって言うと思うぜ」
「詳しくは後でとっちめてあげるわ、オータム」
「その名で呼ぶなよ、他のヤツらが怖がる。ほら、第二小隊の順番だぜ」
「バイバイ、ビッチ」
優しい声音で罵りながら、ナターシャの銀の福音が、ISの手足を遠した。
「さっさと死んでこい、クソったれ」
中指を立ててオータムが見送った。
シルバリオ・ゴスペルが戦場の空へと飛び立っていった。
「貴方は?」
「はい、この基地の留守の守備にと遣わされた、訓練校代表のセシリア・オルコットです」
「そう。第一小隊のリア・エルメラインヒよ。よろしくね、セシリア」
シャッターが開けられ中が空っぽになったIS用格納庫で、黒い眼帯をつけた赤い髪の少女が手を差し出す。それを美しい輝きを放つ金髪の少女がその手を握り返した。
「リアさんは、ひょっとしてラウラさんの?」
「ええ、部下よ。今はこちらに出向ということになってるわ」
「そう……ですか」
セシリアはIS学園の制服ではなく、似たようなデザインでカーキ色を基調とした服を身にまとっていた。長い後ろ髪は三つ編みとして一本になっている。
「タッグトーナメントで少佐と組んだオルコット代表候補生よね」
「はい、そうですわ」
「仲良くしてね」
「喜んで」
柔らかく微笑んでから、セシリアは数キロ先にあるマスドライバー射出装置を見つめた。
「……行きたい?」
リアが苦笑しながら問いかけると、セシリアが胸を押さえて首を横に振った。
「それは許されませんわ……わたくしにも国元に責任がありますわ」
「行きたいって顔に書いてあるわよ」
「それは……否定しませんわ」
疲れたように小さく微笑んでから、セシリアは再びレーザービームまみれになったマスドライバー射出装置へと視線を移す。
「一夏……大丈夫かな」
リアが小さくぼやくと、セシリアが目を丸くした。
「い、一夏さんがどうされたんですの!?」
詰め寄ってくるセシリアに、リアは少し驚きながら手に持っていたタブレット端末を見せる。
「これ」
そこには、ミサイルへ向かって左腕の荷電粒子砲を撃ち放つ白式の姿が映っていた。
「い、一夏さん!? どうして出撃を?」
「どうしてって……そりゃバカだからでしょ」
小さくため息を吐いてから、リアは端末を自分の腕の中へと抱えた。まるで、誰かを抱き締めるようにも見えた。
「で、ですが、今、IS学園側としてミサイル迎撃に出てしまえば、もう……」
「そうよ、テロリスト認定されたも同然。この先、ISパイロットとしてまともな道はないわ。そして世界で唯一生き残った男性操縦者としての道なんて限られてるわよ」
震える声ででリアが笑う。
金髪の淑女が自分を抱き締めるように腕を組む。
「もう……何も元には戻らないんですのね」
「一人のバカは死んだ。生き残ったバカはこの通り」
「何も出来ないのでしょうか」
「ええ。悔しい?」
「はい」
「私もよ、セシリア」
「……助けたはずの仲間は死に、残してきた仲間は苦しんでいるというのに」
「そうね……それでもきっと」
二人は暗い天を引き裂くビームライトの隙間、わずかに届く星の光を見上げた。
「理事長、いらっしゃいますかー」
蝶番から外れかけたドアを押し退けながら、理事長室があった場所へと四十院総司が足を踏み入れる。
そこには、ガラスが割れ枠しか残っていない窓から、空を見上げる人間のようなものがいた。
「あれ、起きてらしたんですか」
「ディアブロが来ている」
「ほう?」
感情のない相手の呟きに、彼は片眉を上げて驚いたような仕草を見せる。
「近くにまで来てるようだ。それで四十院、何か用か?」
視線すら合わせずに問いかける理事長に、副理事長はスーツについた埃を叩き落としながら、
「いや、ISが盗まれそうなんで、動かして欲しいんですけどね」
と張り付いた仮面のような顔で笑いかける。
「お前に与えたISコアで作ったものか」
「ええ、この機会に生徒に渡したんですよ、ISにして。ほら、生徒の安全を図るのも理事の役目でしょ」
「エイスフォームたちは?」
「専用機持ちのことですか。何か色々嗅ぎまわってますがね、どうせ何も出来やしませんて」
「お前の不手際で一体、外へ逃がしてしまったからな」
篠ノ之束の声を持ち、篠ノ之束と同じ姿をしたISが、無表情な顔で呟いた。聞いていても聞いていなくとも良い、そういう言葉だ。
「いや、ホントすみません。とはいえ、他の専用機持ちはまだIS学園にいるんで、他の機体を取り込めば、今の世界のISを全て集めても勝てるんでしょう?」
「そろそろ迎えに行ってやるとしようか、ディアブロを。パイロットがいなくなったというのに、健気なものだ。まるで私のようだ」
「えっと、私のお願いは?」
「わかった」
辛うじて届いた答えに、四十院総司がホッと胸を撫で下ろす。
「じゃ、そういうことで」
返事すら期待せずに、副理事長は部屋を駆け出していく。
まったく、お互い苦労するもんだな、ディアブロ。
「ここか」
IS学園の日本列島側に面したモノレール正面駅、そこから数キロ離れた場所にある地下シェルターの入り口に、三機のISが降り立っていた。
やや暗い色の迷彩柄をしたそれらは、地面に埋まった巨大な金属の扉を見下ろしていた。その後ろには、十人ほどの迷彩服の男たちが、マシンガンを持って控えている。
「まずはここの二百人ちょっとか」
一機が屈んで、数百キロはありそうな扉の取っ手を上へと引っ張り上げる。そこには幅五メートルはありそうな階段があり、等間隔に設置された赤い非常灯で足元が照らされていた。
まず一機のISがその中へ乗り込み、続いてISを持たない男の軍人たちが警戒しながら入っていく。殿として一機のISが最後尾につき、最後の一機と二人の兵隊が通路の入り口に待機となった。
「地下三十メートルってところか」
シェルターの中を下る部隊で、先頭を進むラテン系のパイロットが呟いた。
真っ直ぐ斜め下方へ、階段は伸び続けていた。暗視スコープで周囲を見渡せば、大きな空洞の横に設置された階段なのだとわかる。
「……何のための穴だ?」
戦闘機用のエレベーターでも作っているのか、と思われるほどの大きさの縦穴だった。
IS学園の避難シェルターに、これほどの穴を用意する意味もわからず、小首を傾げながら下へ下へと進んでいく。
「最下層まで敵影、IS反応なし。一番下に扉があって、その先がシェルターと思われる」
「ヤー」
ISからの言葉を受けて、全員が一気に走り出す。ISが安全と言えば安全だという認識が彼らにはあったし、事実、これまで間違っていたことなどなかった。
二十メートル以上降りた先に、空洞の底が見え、その横の壁に密閉仕様のドアが設置されていた。
ドアの前にISが立ち、壁に手を当てる。
「内部はかなり広い。内部人員はおよそ二百人ほど。IS学園の二年が全員、このシェルター内という情報がある。他の生徒は別の場所のシェルターのようだ」
その言葉に無言で頷き、一人の兵隊が壁に密着して、ドアノブ変わりのハンドルを回そうとした。
だが、力を入れると、あっさりと奥へ開いていく。
「だ、誰ですか!?」
中から驚いたような若い女性の声が聞こえてきたので、一人の兵隊が武器から手を離し、両手を上げて中に入っていく。
内部はかなり広いが、薄暗く快適そうな雰囲気はない。だが、かなりの数の人間が息を潜めているのがすぐに伝わってきた。
「我々はアラスカ条約機構、極東IS連隊の者です。IS学園の一般生徒ならびに一般職員の方々を助けに来ました」
流暢な日本語で優しく話しかけると、中の少女たちが一斉にざわめき始める。
兵士たちが困ったようにお互いを顔を見合わせていると、制服を着た少女が一人、前に出てくる。
「あ、私は二年一組のクラス代表です。えっと、このシェルターから脱出をしても大丈夫なのでしょうか?」
「ええ、今は我々が退路を作っています」
「い、いえ、私たちは国際IS委員会がここから出さないようにしている、と聞いていたんですが」
少し疲れた顔だが、クラス代表という少女はハキハキとした口調で言葉を返してくる。
「おそらくIS学園の理事側がウソをついていたんでしょう。我々がそうした要求を出したことはありませんし、そうなら、みなさんを脱出させるために、ここまで来ませんよ」
笑顔で話しかけられ、強張っていた生徒たちが一斉に驚きの声を上げる。
だが兵士たちはティーンエイジャーのざわめきが治まるのを待っているわけにはいかない。
「では、我々が警護しますので、二列になって、ここから脱出しましょう。落ち着いて、騒がずに。戦闘空域は十キロ近く離れていますので、問題ありません。代表の方がいらっしゃるのなら、生徒ナンバーに従って外に出るよう、誘導してください。さ、早く」
兵士の声が大きなシェルター内に反響していく。
それでも動き出さない生徒たちをなだめるように優しく手を取り、
「さ、こちらへ」
と少し強引に背中を押し出した。
「で、でも大丈夫なんでしょうか」
「ええ、問題ありませんよ。我々も三機のISがあるので、安全です」
「い、いえ、ここにいる私たちは全員、副理事長からISを渡されてるので……」
申し訳なさそうに言う少女の言葉に、全員が驚いた。
それを信じるなら、ここに二百体のISがあるということだ。
世界には467個しかISコアが存在しないことになっている。だが、ISコアを作れる唯一の人間が理事長なのだ。
小隊を率いるリーダー格の男が一瞬驚いたあと、わからないようにほくそ笑む。
危険な任務だと思ったが、これは大戦果だ。何せISコアを二百個以上も持って帰ると同義である。
「なら、尚更問題ありませんよ。みなさんは一度、極東の基地に移動していただいた後、ご家族の元へ帰ることが出来ます。それに連隊の訓練校には、先に転校した一年生たちもいますので」
なるべく慎重に、ことを荒立てないように説得を続ける。
その中で、やはり家族の元へ帰るという言葉が効いたようで、バラバラに固まっていた生徒たちが、少しずつ入口の方へ向かって歩き始めた。
救出部隊の隊長は心の中でガッツポーズをし、部下に話しかけるために生徒たちへ背中を向けた。
その瞬間、ざわついていた少女の声が、一斉に消えてなくなる。途端を耳を冷やすような沈黙が訪れた。
何だ?
怪訝に思いながら、薄暗いシェルター内部へと再び目を向ける。
そこには二百機の薄い紫色をしたフルスキンISが全て展開され、頭部にあるバイザー状のセンサーが光を灯していた。
「みなさん? ISは展開せずとも……」
背中に垂れる冷や汗を感じながら、なんとか冷静に話しかけようとする。
だが、全てのISが一歩、また一歩とまるでロボットのように近づいてくる。
「止まって、止まってください! ISを解除してください! 我々が誘導しますので、ISを解除してください!」
出口へと後ずさりながら大声を上げるが、ISたちはまるでゾンビのような歩みを止めずに、少しずつ近づいてくる。
「待て、ヘイ、止まるんだ、おい、止まれ、止まれ、近づくな、おい!」
男の軍人が震える手で銃口を上げるが、そんな豆鉄砲がISに効くはずもない。
錆びた歯車のように軋む首を動かして、隣に立っていた味方のパイロットを見る。その口元が小刻みに震え、歯がガチガチと音を立てていた。
「待て、止まれ、止まるんだ、ファック、おい!」
兵士たちの叫びがシェルター内に響く。
だが、数百機のISたちは答えずに、薄暗く広大なシェルター内で、バイザーに灯った光をゆらりゆらりと揺らすだけであった。
「いいかい? 調子が悪かったら早めに降りるんだ。この機体はまともじゃないから」
救出部隊が突入した場所から二キロほど離れた、別のシェルターの上で国津幹久が少女に向けて説明を始めていた。
ファン・リンインが身につけている銀に赤のラインを入れたISが、足元の土を踏みにじる。彼女の髪はいつものサイドテールではなく、一本にまとめたものをバレッタで止めていた。
「問題なし、今のところ良好!」
甲龍を脱ぎ棄てて新しいISを身に付け、中国の代表候補生は背中にある四枚の推進翼をバタつかせる。
「試作中の試作機だ。元はテンペスタだけど、本来はパイロットの他に二人ぐらい遠隔の補助がいる。装備は使えないと思って!」
「やればできるって! これ、頭部装甲は?」
「ヘッドギア横のスイッチを叩けば展開されるよ。ちなみに装甲は全て仮の仮だ。形も本番とはちょっと違うし、それに」
「大丈夫大丈夫。これ、似てるけどヨウの機体と同じやつ?」
鈴が国津幹久の小うるさい話を遮るように問いかける。
「あんな化物のことは忘れるんだ。そのISがまともじゃないなら、向こうはこの世の物じゃない」
「ふむふむ。ラインカラーは甲龍と一緒。もう最初っからアタシが着るために用意してあったようなもんじゃない」
「試作用に色々塗りたくっただけだよ」
国津がため息と共に吐いた言葉通りに、装甲の至る所にテスト機用の記号が描かれていた。ロールアウトしたISにはない特徴だ。
「あと、頭部は試作用センサーだけだから、カッコ悪いのは我慢して。あとHAWCシステムには触れないように!」
「細かいことは置いておいて、フルスキンなら問題なし!」
問答を続ける国津と鈴の周りで、サポートするために集まった三年生の整備班が驚きの声を上げている。
「ファンさん、この機体と凄く相性が良いみたい」
「さすが代表候補生……IS適正自体が高いのかな。連続加速も可能みたい」
ISと繋がったケーブルの先にある端末を見ながら、口々に感嘆の声を上げていた。
それを一瞥した後、国津はもう一度だけ、
「とりあえず、無茶はしないこと」
と優しく念押しした。しかし当の本人はどこ吹く風か、不敵に笑う。
「それは臨機応変に現場で判断しまぁす! それじゃ行くんで、離れてください!」
「ああもう。整備のみんなはPICの影響範囲外に退避。モニターケーブル切断。ファン君、頭部バイザー展開して!」
「らじゃー」
鈴が頭頂部にあるヘッドギアを軽く叩くと、顎周りに張り付いていた装甲が可変し、顔と後ろ頭を包み込む。その形状からでは、一目ではファン・リンインとわからなくなった。
「僕はバレても知らないからね!」
「あとで副理事長が何とかするって言ってました! じゃ、出ます!」
「ああもう!」
やけっぱちで吐き捨てながら、国津がISから走って離れると同時に、鈴はPICを起動させて空中に浮き上がる。
ISの調子を見るように十本の指部マニュピュレーターを動かしてから、鈴は真剣な眼差しを空へと向けた。
「テンペスタ・エイス・アスタロト。ファン・リンイン、行くわよ!」
四枚の推進翼から光る粒子を吐き出し、その試作機は夜空へと舞い上がった。
同じ高さまで上昇し、赤や白といった光を放つ戦闘空域を見つめる。
「死んでまでよくやるわね」
呆れたように呟いてから、手に一本の槍を取り出した。彼女の背後にある赤と銀の推進翼が、放出されていた粒子を吸い込み始める。
「加速はこれね。んじゃ、やりますか」
ファン・リンインは小さく息を吸い込み、強い意志を込めて戦場を睨んだ。
「