ルート2 ~インフィニット・ストラトス~   作:葉月乃継

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30、人であるということ

 

 

「あっはっはっはっはっ」

 オータムは極東基地の格納庫で腹を抱えて笑っていた。

「あ、IS学園が独立……」

 太平洋艦隊とIS学園の戦闘を画面越しに見守るために集まっていた第一小隊のメンバーは、開いた口が塞がらずに全世界に放送された映像に見入っていた。隊長であるオータムだけが大声を上げて下品な仕草で笑い続けている。

「さっすが四十院の若旦那だ。考えることはおかしいぜ」

「た、隊長、どうなるんですか……これ」

 震える声で悠美が尋ねるが、宇佐つくみは笑い過ぎの涙を浮かべて、

「知らねえよ、しっかし、頭おかしいな、あの旦那。私は好きだぜ、こういうぶっ飛んだの」

 と答えにもならない答えを返す。

「ゆ、湯屋さん!」

 頼りにならない隊長を放っておいて、真面目な副隊長である湯屋に問いかけた。

「……ここ数十年で独立に成功した国、というのは本当に少ないわ。大体が元の政府に攻撃をかけられ、一瞬で潰されてきた。ただし、今の世界情勢は」

「IS頼みゆえに成功するかもってこと?」

「ただし、IS学園は本土に近過ぎるから、黙っていられないと思う、うん」

「……どうなっちゃうんだろ」

 暗い表情で頭を垂れる隊員たちに、隊長だけが楽しそうな顔を見せている。

「わかりやすくしてくれたんじゃねえか、四十院の若旦那は。ほれ、格納庫に行くぞ」

「わかりやすく?」

「そうだ。IS学園に味方するのか敵対するのか。嫌なら倒して見せろってことだ」

 亡国機業という秘密組織の一員でもあるオータムという女が不敵な笑みを見せた。

 

 

 

 

 IS学園機動風紀のメンバー二十人が、学園から300メートル離れた海上に展開している。もちろん全員が、青紫の専用機マルアハを装着し、それぞれに武器を構えている状態だ。

 その長、ルカ早乙女がフルスキン装甲の舌舐めずりをした。

「さあ皆さん、これはIS学園を守る戦いです。我々の居場所を守りましょうではありませんか」

 少しだけ弾むような響きを見せる声に、全パイロットが頷いた。

 自分たちは引き返せないところに来ている。ならば、突き進むしかない。

 許されるにしても、ISが剥奪されるのは間違いない。剥奪されたあとはどうなるのか。

 ISを操縦するためにこの学園に入ってきた。

 そして、卒業を控えた三年の二学期にようやく手に入れたのだ。今までの努力を、あの篠ノ之束に認められて、だ。これほど光栄なことはない。

 全世界がそんな自分たちを責め立て、IS学園に攻撃を仕掛けてきた。

 許せるはずがない。

 機動風紀の隊員たちは、IS学園では最上級生といえども、ただのティーンエイジャーの集まりだ。

 コネがなくチャンスが無くて誰にも認められず、卒業すればISに関わることすら出来なくなる可能性が高い。

 自分たちは運が無いだけだ。

 だから、運を掴む。世界を敵に回しても。

 彼女たちは自分たちの中から見れば、紛うことなく主人公であった。

「では作戦確認。私以外の全員は、打ち合わせ通り距離と保ち、防衛ラインを形成。各自、自らの守備範囲にミサイルが入り次第」

「ルカ、先走らないようにね」

 機動風紀の一人が笑いながら声をかける。

「それは男性方の専売特許。乙女はただ待ちうけるのみです。私は最奥部にて、殿を務めます。そちらの防衛ラインは」

「防衛ラインがどしたの? ルカ?」

「乙女の守護をする大事な防御なので、貞操帯ラインと名付けましょう」

「じゃあ普通に防衛ラインで行こう、みんな」

 ルカの提案は即時却下され、機動風紀はそれぞれの配置へと向かって飛び始める。

 そんないつもどおりの光景に、ルカは仲間たちの心情を思う。

 ブルネットの生真面目そうな外見に反し、彼女の座学の成績は壊滅的だ。実技の成績があってこそのIS学園入学であり、今の立場である。

 一風変わった性格の彼女だが、IS学園で過ごしてきた仲間たちが嫌いということは決してない。むしろこんな変わり者と一緒に過ごしてくれた、そのことには感謝しかない。

 だから何かするなら仲間たちとが良い。色々と理事長直下で単独行動をしている彼女ではあるが、それでも仲間たちが大好きなのである。

「案外、戦争屋育ちというのはセンチメンタルなものですね」

 誰にも聞こえないように通信をカットしてから、彼女は自分の性根をごちる。

『こちらIS学園管制、第一陣、接近。いずれもトマホークのハードターゲットペネトレイター』

「最初は九〇年代の在庫処分というわけですか。萎え切ったご老人に触れられても、乙女の壺に擦過傷がつくだけです」

 IS学園の中央コントロールルームから入った通信に、ルカ早乙女が愚痴を零す。

「では機動風紀のみなさん、事前の打ち合わせ通り、二人一組でAからJのチームに分かれ、それぞれ担当のエリアだけを死守を」

 青紫色のISマルアハの数は二十機。本来は三十機だったが、うち十機は先日のIS学園襲撃事件のとき、二瀬野鷹を深追いしてしまい、極東IS連隊に鹵獲されたのだ。ISはもちろん人員も帰ってきていない。

「IS学園を中心に、それぞれ800メートルずつ離れて配置。合計15キロほどの防衛ラインを形成。送られてくる情報を元にそれぞれ左右の400メートルずつをカバー、バルカンで武器で撃ち落とす。最悪、体当たりでも問題なし。抜かれた場合は私が対処します」

 ルカの言葉を聞くだけでも、困難な作戦である。

 いったい、白騎士はこれ以上の状況をどうやって防いだというのか。機動風紀の一人が戦慄を覚える。

 音速で飛来する2000を超える数のミサイルを、半分は叩き切って、半分を荷電粒子砲で撃ち落とした。深く考えれば無理にも程がある。もはや伝説を超えて神話の域だとしか彼女には考えられなかった。

「いざとなれば、神頼みがありますので」

 ルカが厳かな様子で述べた言葉に、他の機動風紀たちが小さく笑う。

 ISに関わる者たちにとっては、篠ノ之束は神にも等しい。もっとも、それが良きか悪しかは人次第だ。

「では、みなさん、参りましょう。殿は私におまかせ下さい」

「あんまり後ろから下ネタ流さないでよ?」

「下ネタとは心外な。乙女の機微を詩的に表現してるだけですが」

「恥的の間違いでしょ」

「みなさんとは一度、深く話し合う必要がありそうです」

 少しだけムッとした声が返ってきたので、通信ウィンドウ内で、機動風紀の全員がほがらかに笑う。

 IS学園に入ってからの二年と半年は、あっという間に過ぎていった。

 毎日を精いっぱいに生きてきたつもりだ。

 だから今回も、名も無きヒロインたちは突っ走っていく。

 

 

 

 

 オレは、オレを信じることが出来ない。

 もう二度と二瀬野鷹として抱き締めることが出来ない体で、世界を一つにするために時を騙して駆け巡る。

 ここから見える景色は、もう二度と元に戻らない。

 あと少し、あと少しだけと全員に謝り続ける。

 決して許されない罪を抱き、それでも悪魔に祈り続けるのだ。

 オレの心を生かし続けろと。

 

 

 

 

 

「実物見ると、思ったより速く感じるね! 時速920キロ!」

 機動風紀の一人が焦った声を上げる。

 バイザーで観測したコース通りを進むミサイルの数は二十四発。その一発でもIS学園に大打撃を与えるには充分な威力を備えていた。

「バルカン砲でのクレー射撃だと思えば気楽かも!」

「念のため先行でチャフばら撒いて! あとバルカン持ってる子を最前面に」

 二人一組で散らばっている機動風紀たちが、仲間同士で声を掛け合いながら撃退に向けて動き始める。

 ISでも両手で抱えるのがやっとのバルカン砲を持ち出して、指示のあった方向へと向ける。弾薬の詰まったドラムを背中に積み、

「戦闘機に積んであったヤツのIS版だから、有効射程は一キロないよ! 弾の無駄遣いは出来ない! ギリギリで正確に!」

「わかってるって! 反動制御オートに入るから、動けないよ! 隣のチームへ、外したらゴメン!」

 半身になり両手で銃身を支え、彼女は視界に浮いた望遠視界ウインドウ内で遠距離から迫る巡航ミサイルにロックを合わせる。

「距離、1400……1200、1000、撃つ!」

 視界の中にあるトリガーボタンを押す。六つの銃身を束ねたバルカン砲が火を噴いた。

 高速徹甲弾が秒間100発の速度で連続発射され、迫り来る長さ六メートル超の巡航ミサイルへと炸裂する。

 数十発の被弾を受けた後、ようやく一発のミサイルが爆発して消えた。

「よっしゃ! 距離500で撃沈、次!」

「距離500じゃ近いよ、気をつけて。次!」

 時間差でやってくる二発目を、彼女はもう一度、トリガーを引く。

 そちらも先ほどと同じように

「まだ来るよ、他のチームは!?」

「Aチーム、次弾撃墜に入る」

「Aチーム行動了解」

「了解」

 まだ二十四発か。

 通信を切ったと同時に、ルカは心の中で愚痴を零す。何せ決まり切った終わりなどないシューティングゲームみたいなものだ。

 今はみんな元気だが、いずれ疲れ始める。疲労はミスを呼び、ミスは被害を呼ぶ。IS学園の施設を落とされたなら、あとはジリ貧だ。

『次、来ます。機動風紀のみなさん、データ確認を』

 思索に陥りそうになったルカを、IS学園のコントロールルームから送られてくる声が引き戻す。

「こちらルカ早乙女、了解しました。さあ、機動風紀のみなさん、今は我々という花を手折らんばかりに迫りくる長物を中折れさせてやりましょう」

 

 

 

 

「やるじゃないか、機動風紀のみなさん」

 IS学園の中央タワー内、管制の役目を果たすコントロールルームで、四十院総司が頬杖をついて、手元にある小さなホログラムウィンドウに目を落としていた。

「そうですね。士気の心配をしてたんですが」

 三人のスタッフの一人、スーツを着た中年の女性が振り向いて笑う。

「それは問題なさそうだね。ぶっちゃけ、一発二発食らおうと気にしなくて良いんだけどね。ところで専用機持ちたちはどうしたの?」

「えーっと、人質紛いの一年生たちを助けに行って、シェルターに送り届けてるところですね」

「楯無さんは?」

「まだ電算室です」

「ふーん……何か調べ物かね。とりあえず我々は目の前のことに集中集中」

「了解です」

 正面に浮かんだ巨大ホログラムウィンドウには、3Dで構成された太平洋の海図を、超高速でIS学園へと飛来するミサイルが映っている。

「来た、IS回避型だ」

 その中の数発が、真っ直ぐ進んでいる他のミサイルとは違う航路を取り始めた。

「最初から仕込んできましたか」

「うーん、これなら、もう一つぐらい奥の手あるよね」

「あるに決まってますよ」

 総司の部下である中年の女性が呆れたように笑いながら、いくつもの投影型キーボードを操っている。

「だよねぇ」

 まるで他人事のようにため息を吐いて、彼は再び画面に視線を合わせる。

 全然足りないよな、これじゃ。

 内心の呟きは誰の耳にも届かない。

 

 

 

 

「なにこれ、進路がバラバラに……遠い! そして多い!」

 バルカン砲を構えた一人の生徒が、焦りの声を上げる。

「噂のIS回避弾道型巡航ミサイル? こんな厄介なんて!」

 不満げな声を上げながらも、一キロ先の海面すぐ上で逃げるように弧を描く弾道ミサイルを、秒間百発の20mm高速徹甲弾で追いすがる。なんとかその最後尾にある推進装置に被弾させ、500メートルを切る前に撃ち落とした。

『続々来ます。進路予測送りますが、マルアハのの配置によって逃げるように変更される模様。それぞれ、臨機応変に対処されたし』

「臨機応変って、勝手に頑張れって意味でしょ!」

 あちこちで文句が吹き出しているが、彼女たちの視線は前方に固定されたまま、ISの望遠センサーでミサイルを撃ち落とし続ける。

 20機は10チームに別れ、それぞれ距離を置いて陣取っている。逃げたミサイルを負うように体を動かせば、隙間が開き、その間を他のIS回避型巡航ミサイルが襲いかかる。

「ダメ、Iチームのところ、一発抜ける!」

 そして最初の一発が、偏ったチームの隙間を時速900キロで抜けていった。

 焦りながらバルカンを向けようとしたときに、

「お任せあれ」

 という抑揚のない声が聞こえる。

 委員長が長い鎌を横に振り回してから、勢い良く投擲した。回転しながら弧を描き、彼女たちの絶対防衛ラインをすり抜けそうになった破壊兵器を爆発させる。

「一発二発ぐらい、私の方で処分します。まずは弾幕を絶やさず、どこに移動しようとも落とすつもりでいきましょう」

「了解した、委員長!」

「そもそも乙女を脱がすのは男性の役目、乙女自らとっておきの下着を披露するなど、興が削がれます」

 淡々とした物言いのルカが戻ってきた鎌をキャッチする。

「ルカ……黙ってれば生真面目美人なのに……」

 文句は言うものの、機動風紀の少女たちには、あれが下品なことを言っている間は大丈夫、という暗黙のルールみたいなものがあった。

 だから今は委員長の言うことに従い、ひたすら逃げる魚に弾を撃ち続ける。

 所詮は音速以下の物体だ、どれだけ逃げようとも落とせることに違いはない。

 

 

 

 

 IS学園の端、海に面した灯台の先に、ISスーツを着た篠ノ之箒が立っていた。

 風が強い。頭の後ろで束ねられた箒の髪が、海から吹く髪に煽られて揺れる。

「ねえ、本気で行くわけ?」

 赤いISを身につけた彼女の後ろには、灯台にもたれかかっている制服姿のファン・リンインがいた。

「鈴、誰もお前など誘ってはないぞ」

「シェルターに戻ってジッとしてるのも性に合わないけどさー。別にIS学園の施設とか守っても意味なくない?」

「お前は家が壊れたことがあるか?」

「物理的にはないかな」

「私もそうだ。ただ、ここは居心地が良い。それにここを破壊されたなら」

 一夏と再び離れ離れになってしまう。

 それは口に出せない。

 自分にあるのは、剣とISだけ。いや、剣は中学のときに裏切ったのだから、今は紅椿しかない。

「お前は国がある身だろう。とっとと帰れ。ここでミサイル迎撃に参加したなら、言い訳も出来ないぞ」

「んー。それはそうなんだけど。あんたは?」

「私など身一つで充分だ。国すらも関係ない。この紅椿はただ一人、私の物だからな」

「あっそ」

「ではな、鈴」

「ハイハイ。一夏たちには?」

「アイツらも国元がある。ここでミサイル迎撃に参加すれば、それはすでに国を裏切ったことになる」

「ま、そうね」

 それ以上は何も告げずに、紅のISが空へと飛び立っていった。

「さて、どうするかなぁ……」

 箒の飛び去って行った方向を見上げて、鈴が呟く。

 中国の代表候補生である彼女が国元から与えられた指示は、可能な限り何もせずにことの推移を見守れ、である。

 イギリスの代表候補生であるセシリア・オルコットのように、国元から強制撤退の指示が出ないだけでもありがたいが、ジッとしていられない鈴にとってはかなり辛い命令だ。

「欧州組はどうすんのやら……」

 おそらく同じような指示が出てるはずだと鈴も予想している。

 表向きは生徒会長である更識楯無の指揮に従ってはいるが、そもそもドイツの代表候補生がロシアの正代表の下で従うなんて無理筋だ。IS学園が正常ならどこの国にも従わない組織ならではの秩序があったが、テロリスト認定された現在ではそうも言っていられない。そんなこともわからないほど、鈴もボケてはいない。

「所詮は国があってこそ、か」

 IS操縦者であるという資格は、一夏を慕う全員にとって、無くすわけにいかない宝物だ。今、世の中がISによって乱れていても、離れ離れであった彼女たちを繋ぎ合わせているのも、ISだからである。

「どうにかしたいんだけどな……」

 少女の戸惑いが、幼い声音になり潮風に乗って消えて行く。

 こういうときに、あのバカがいれば、何か策っぽいものを思いつくんだけど。

 今は亡き者へと届かない悪態を吐くことしか、今の鈴には出来なかった。

 

 

 

 

「楯無さん!」

 織斑一夏がラウラとシャルロットを連れて、薄暗い電算室に戻ってきた。

「御苦労さま。みんなは?」

「無事でした。というか、見張り一人いませんでした……」

「やっぱり。始まってしまえば、後はどうでも良かったんでしょうね」

 興味なさげに告げる更識楯無の顔を、電算室のディスプレイが明るく照らす。

「お、俺たちは……どうしますか?」

「どう?」

「機動風紀と一緒に、IS学園を守らないんですか?」

 近づいてきた黒い眼帯の少年に、楯無は優しく微笑んだ。

「今は先輩方を信じるしかないわ。どのみち、私たちは動けないのよ。ねえ、ラウラちゃん、シャルロットちゃん」

 一夏の肩の向こうに見える肩を落とした少女たちに、疲れ切った笑顔で笑いかけた。

「フランスは、何もするな黙って見てろ、ただし逐次報告すべし、でした」

「ドイツも同じく。第十四艦隊の巡航ミサイルを代表候補生が落とせば、国際問題になると」

 二人の返答がわかりきっていたのか、楯無は大きく背伸びをし、

「ロシアも一緒。自由国籍取得者とはいえ、正代表は絶対に動くなと。動けば国際指名手配もあり得るって脅しまで、わざわざ大統領閣下から」

 と肩を竦めた。彼女たちはそれぞれが一国を代表するISパイロットであるゆえに、抱えている責任も大きい。

「……機動風紀たちの様子は?」

 一夏が深刻な様子で尋ねると、楯無が画面を指さす。

「奮闘してるわ。バルカン砲を持ち出して、近づく巡航ミサイルを片っ端から叩き落としてる。今はもう50発を超えたわ。けれど」

「けれど?」

「国際宇宙ステーションのラファール・リヴァイヴと連動した、ISから逃げるように飛ぶミサイルに手を焼いてるわ。陣形を乱されて、その隙間を少しずつ突破されてる。今は委員長のルカ早乙女が奮闘して、抜かれてないようだけど」

 屈みこんで画面を覗き込む一夏に、楯無が指さし説明していく。

 シャルロットとラウラも近寄っていて、同じように覗き込もうとした。

 その瞬間に地響きが起こり、地面が大きく揺れてシャルロットがバランスを崩し転倒する。

「な、なに?」

「どうした?」

 慌てる一年生たちを余所に、頬杖をついた楯無が残念そうに、

「一発……被弾。港湾施設、港、おそらく全て全滅ね……」

 と呟いた。

 IS学園の港湾施設は、日本に面したモノレール駅とは反対側、つまり大きな海に面した場所にある。様々な国籍の船が停泊して荷物を持ち込んだりする場所だ。

 新しく表示されたウィンドウには、おそらく港湾施設であった場所が、瓦礫と炎に覆われている姿が映っていた。防波堤も、停泊する船を繋ぎとめる場所も、下ろした荷物を一時保管する倉庫も全て破壊されて崩れ、元の姿の面影が見当たらない。

「楯無さん、俺たちに何か出来ることはないんですか!」

 珍しく女性に向けて迫る一夏に、楯無は諦めたような笑みを見せるだけだ。

「ないわ。生徒たちを解放しようにも、このタイミングでシェルターから出すわけにもいかない。戦闘が始まったのだから、機動風紀たちの管制を務めている副理事長一派を拘束すれば、IS学園は一気に壊滅。見たでしょう? 今の威力」

「そ、それでも!」

「……愛しい我が家が破壊されても、せめて命だけは守られることを感謝するだけね」

 諦めたような顔で微笑む楯無に、一夏は何かを言おうとしたが、かける言葉が見当たらなかった。

「え?」

 立ち上がって画面を覗き込もうとしたシャルロットが、驚いたように声を上げる。

「どうしたの?」

「今、画面に一瞬、箒の紅椿が映ったような」

「まさか、箒が!?」

 一夏が驚いて画面を覗き込む。

「そうか、箒ちゃんのISは無国籍だし……日本人だけど、別に日本の組織に所属してるわけじゃないってことね」

「お、俺も!」

「待ちなさい。貴方が一番厄介なのよ、一夏君」

 居ても立ってもいられずに駆け出そうとする少年へ、楯無が鋭い口調の言葉を飛ばす。

「でも!」

「理解して、お願いだから」

 声が泣いているのかと思えるほどに震えていた。

 今、ここにいる中では、更識楯無ほどIS学園を愛している者がいない。おそらくIS学園全部を含めても、彼女がもっともIS学園を愛しているだろう。

 いつも飄々として余裕たっぷりの生徒会長が見せたそんな姿に、一夏は一つの決意を心に決める。

 シャルロットとラウラの間を通り抜け、一夏が出口に向けて歩き出した。

「一夏、どこに行くの?」

 シャルロットの声に、一夏は振り向かず、

「守りに」

 とだけ返して、扉の外へと走り出した。

 

 

 

 

「だめ、もう一発抜ける!」

「くぅ!」

 機動風紀たちの言葉に、ルカも焦りの呻きを漏らす。

 鎌を投げ捨て取り出したレーザーライフルは、エスツーという少女を狙撃したときのものだ。理事長製だけあって高出力長射程、しかも連発が効くという優れ物である。

 その特殊兵装を使って、自分を通り越すミサイルを一撃で爆発させる。だが、貫通したレーザーが崩れ落ちた港の瓦礫をさらに破壊してしまった。

「自傷で悦楽を得る癖はありませんのに」

 その様子を見て、ホッとした様子で機動風紀たちはまた前方に視界を合わせる。

「厄介すぎる、逃げるミサイルなんて」

 バルカンの六連発の銃身を回転させ、マズルファイアを吐き出し続けながら一人の委員が愚痴る。

「原理はおそらく国際宇宙ステーションのラファールが、コアネットワークからこちらの位置を把握、これをミサイルに送ってるのでしょう」

「じゃあ何? 国際宇宙ステーションでも叩き落とす?」

「あちらにはもう一機のメイルシュトロームがいます。ガードの堅い処女です。どちらにしても、ここからでは減衰せずに届かせる攻撃手段がありませんし、マルアハでは第一宇宙速度に達することは出来ません」

「ったくもう! 大人って汚い!」

「こちらも全機、ステルスモードにするという手がありますが、おすすめしません。」

 再び抜け出してくるミサイルをレーザーで撃ち落とし、銃身の横にあるレバーを引く。中から薬きょう型のエネルギーカートリッジが飛び出して、内部では新しい物が充填され始める。

「ステルス? でもそれを使ったら、お互いの位置把握も出来なくて、普通のミサイルすら危ないんじゃ」

「その通りです……専用のソナーでも作っておくべきでした。それに一瞬だけステルスになっても意味がありません。さてどうしたものか」

「バルカン砲の弾がかなり減ってるかも」

「終わりが見せない責め苦とは、甘美ではありませんね」

「うちらはマゾじゃないってのに」

 ジョークを言い合いながらも、冷や汗を垂らして目の前のクレー射撃に集中する。

 それでも逃げるミサイルの数が増えれば増えるほど、陣形は崩されていく。

「ルカ、ごめん二発抜けそう!」

「了解」

 返答を返すよりも早く、防衛ラインを抜け出したミサイルへ向けて引き金を引いた。一発が爆発して海面へ破片をばら撒いていく。

 だが、相手は秒速250メートルを超えて飛行する物体だ。あっという間にIS学園の学生寮へ向かっていく。

「させるか!」

 それがルカたちとは別方向に現れた機体が、空中で一刀両断にした。二つに分かれたミサイルが空中で爆散して消える。

「第四世代!」

「紅椿!」

 機影は夕焼けよりもなお赤い深紅の装甲を持つ最新鋭機だ。

「殿は務めます。先輩方は今までどおりに」

 そう言って、ルカと同じラインに距離を置いて並んだ。

「ありがと、篠ノ之さん!」

「助かるわ!」

「あとでケーキ奢ってあげる!」

 機動風紀の人間たちが口々に感謝を述べる。

 篠ノ之箒は二本の刀を構え、ビットを射出し、数百メートル先に作られた機動風紀の防衛ラインを見つめる。

 何も知らずに、理事長が本物だと信じて疑わない人間たちだ。そして今も、自分が姉の妹だということで、完全な味方だと思っている。

 ただ、それを彼女は責めることが出来ない。

 箒自身もまた、力を欲しがって姉にすがったことがあるからだ。ゆえに力を求めて付き従う彼女たちの弱さに、憐れみを抱くことすらあれ嫌悪感を抱くことはない。

「IS学園は、絶対に私たちで守りましょう!」

 一人の三年生が、背中を見せたまま箒に向けて親指を立てる。

 堅く結んでいた箒の口が思わず緩んだ。

 何も知らず、それでも信じたままに自分たちの居場所を守ろうとする姿は、尊いものにしか見えなかった。

 

 

 

 

「副理事長!」

 圧縮空気が音を立てて抜け、管制を務めるコントロールルームの自動ドアが開いた。そこには一人の少年が立っている。

「……織斑君か。どうしたんだい?」

 背もたれから後ろにある出入り口へと顔を覗かせ、四十院総司が眉間に皺を寄せる。

「状況は」

「いちいち説明しなくても、楯無さんから聞いてるでしょ?」

 少しだけ辛辣な響きが込められた言葉に、一夏は思わず反発しそうになる。

 だがその気持ちをグッと堪え、絞り出すように喉の空気を吐き出した。

「俺を」

「キミを?」

「IS学園の代表候補生にしてください!」

 その言葉に、四十院総司の顔がますます険しくなる。座っていたイスから飛び降りて、入ってきた少年の元へと歩いて近寄った。

「何を言ってるんだ」

「ここは今や、独立国なんでしょう?」

「そうだな。うん、そうだ。ここは独立国家IS学園だ」

「だったら俺を、その独立国家の代表候補生にしてください!」

 意を決した言葉に、出来たばかりの小国の執政官が目を丸くして驚いた。

 だがすぐに怒りを込めた顔突きへと変わり、真剣な眼差しを向ける一夏の制服の襟を一気に引っ張って、顔を近づける。

「何を言ってるんだ、てめえ。本気か?」

 先ほどまでとは打って変わった口汚い口調で、四十院総司が脅しをかける。

「本気です」

「黙ってシェルターに入ってろ」

「イヤです。俺にも戦わせてください」

「なんでそんなもの、欲しがるんだ……」

「機動風紀と連携するためです。彼女たちの信用を得るために、IS学園の味方を現す絶対的な肩書が欲しいんです」

 突き放すような口汚い口調にも怯まず、織斑一夏ははっきりと自分の意思を告げる。

 その真剣な表情を見て、副理事長はやれやれと首を横に振った。

「おま……君には国籍もある。日本という受け皿もある。ここで私たちに加担すれば、チャンスを見て逃げ出しても、犯罪者として追われることになる」

「それでも構いません!」

 大声で言い返す一夏に対し、総司は小さく舌打ちをして手を離し、自分が乱した相手の襟を正す。今度は諭すための笑顔を浮かべていた。

「君にはお姉さんがいるじゃないか。お姉さんだって悲しむよ。ほら、五反田君とかその妹さんとか御手洗君とかもさ」

「千冬姉にも弾と蘭と数馬にも申し訳ないとは思うけど、でも、ここでジッとしてたら、俺は何も守れない」

「守る必要はないじゃないか。いいかい? 状況を理解するんだ。我々は生徒をダシに君たちをIS学園に括りつけ、君たちが危険視する理事長からお零れのISコアを貰ってるような三下だ。そこに君が組みしても、何の利益もないじゃないか」

 親しみの湧く笑みを浮かべて自分の両肩に手を乗せた男に、

「それでも今は、IS学園を守りたいんです」

 と一夏は真っ直ぐな言葉を紡ぎ出す。

「どうしてだい? キミはIS学園に来てから半年も経ってないし、そこまで拘る理由はないでしょ?」

「俺は確かにそこまで拘りはありません。でも、IS学園のみんなは仲間です」

 なおも断言する少年に、男は再び驚いたように目を見開いた。

「……意外だな。そこまで思うほど仲良くしてたかい? 君たちは二瀬野鷹を追い出して、周囲から責められていたはずだ」

「それでも、仲良くしようとしてくれた人もいました」

「一組の子たちか。でも大多数はそうじゃなかっただろ」

「そうじゃない人たちも、自分たちの暮らしていたIS学園が破壊されてたら、悲しいと思うんです。仕方ないって笑えないと思うんです」

「ま、正論だ」

「だから、守れる人間になりたい。守るってのは涙を流させないことです」

 少年の意思の堅さが伝わるような、はっきりとした口調で宣言する。

 そのまま一夏の決心を確かめるように目を見つめていた四十院総司だったが、やがて眉間に皺を寄せて、大きく肩と頭を落とした。

「わかってたってのにな……」

「え?」

「いいよ、好きにしたまえ。どうせ止めても行くんだろう。後先が見えないのは君の弱点だと思うよ。ISも好きに使いたまえ。白式は倉持技研の物、ひいては日本の物だけど、君に預けた彼らが悪い」

「それじゃあ」

「一応、筋を通しに来ただけ、まだマシか。私が認めて上げるから、ほら、さっさと行きたまえ。IS学園代表候補生クン」

 総司がまるで虫でも追い払うように手を振ってから、背中を向けて自分のイスに戻る。

「ありがとうございます」

 一夏は勢い良く頭を下げたあと、踵を返して駆け出していく。

 ドアが閉まった音が聞こえたあと、四十院総司は頬杖をついて大きなため息を吐いた。

 その様子に、座っていたスタッフの一人が笑いを堪えながら、

「良い子じゃないですか」

 と問いかける。

「うるさいなあ。おかげで計算が狂っちゃった。まあ、ルカ早乙女と篠ノ之箒ともどもIS学園の国家代表候補生扱いにして、あとの専用機持ちたちはまあ、駐IS学園大使とでもするかな」

「四十院さんがやり込められたところ、初めて見ました」

「やり込められたんじゃないよ、諦めたんだ。尻拭いは慣れたもんさ」

 肩を竦めてから、四十院総司はもう一度、大きなため息を零した。

 

 

 

 

 激しさを増していくミサイルの雨の中、機動風紀たちは港を破壊した物以外の着弾を許していなかった。

 それでも、各人と兵装に疲弊の色が見える。

 バルカン砲を構えた防衛ラインを突破される回数が、箒の目にもわかるほど増え始めた。

「ごめん、篠ノ之さん!」

「大丈夫です」

 青紫のIS群からかけられる声に、箒は短い返答とともにビットの攻撃を撃ち放つ。

「今さらですが篠ノ之箒、この私と貴方だけはステルスモードにしましょう。それだけでかなり移動は減るはず」

「了解」

 ルカ早乙女の提案に、箒は大人しく視界ウィンドウで機能移行を始める。

「男から身を隠し、シャワーカーテンの向こうから影だけで誘うのもまた一興です」

 その余計なひと言はどうにかならないのか、と箒は内心でイラつきながらも、目の前のミサイルへ向けて刀を振るう。そこから発せられたエネルギーの刃が、近づいてきた一機を叩き落とす。

「今、やっと80発超えた」

「終わりが見えない……ね」

 戦闘開始からすでに二十分が経過した。

 一分に五発ずつの計算とはいえ、襲いかかって来ているのはISから一定の距離を取り、機動風紀のバルカン砲の防衛ラインの隙間を縫おうとするミサイルだ。その絶え間ない攻撃は彼女たちの神経を容赦なく削ぎ取っていく。

『こちらコントロール、機動風紀のみなさん、見えているだけでも残り100以上は発射されています』

 IS学園から2000キロ離れた第十四艦隊からの、時速900キロを超える、大量の炸薬を搭載した長さ6メートル超の巡航ミサイル群の乱射。

 方向が決まっているので、いくらミサイルがISから逃げようとも、何とか撃墜可能だ。

 だからこそ、別方向から撃たれる近距離からのミサイルは、防ぎにくい。

『これは……三発来ます、横須賀方面から! そちらとは正反対、モノレール正面駅方面です!』

 コントロールルームから焦りが伝わってくる。

「そっちからも撃ってくるんだ!」

「私たちが第十四艦隊の分だけで手いっぱいなことを見透かされたのかも!」

「ルカ、お願い!」

 仲間たちの呼び掛けに、ルカはライフルの引き金を引きっぱなしにしたまま、十キロ近く先を飛ぶミサイルへ、薙ぎ払うようにレーザーを放つ。

 飛来した三発が上空で分断され、その破片を海上を通るレールの周辺へとばら撒いていく。

「そんな武器あるなら、最初っから使えば良いのに!」

 機動風紀の不満げな声を聞きながら、ルカはライフルの横のレバーを手前に引いた。銃の上から、薬莢の形をしたエネルギーカートリッジが飛び出す。

「理事長特性の物ですが、そこまで便利な物ではありません。長く撃ち続ければ、それだけ消耗が激しくなります。カートリッジの予備はそんなにありません」

「ISM61バルカンの方が長く使えて弾数が多いってことね」

「そういうことです。どれほど薄い避妊具も挿入に耐えられないような粗悪品では意味がありません」

「使ったことないくせに」

「当たり前です、処女は尊いのです。売る時はパテックフィリップのグレーブスより高値をつけるつもりですので」

 ちなみに時価十五億円のスイス時計のことを言っているのだが、平均的日本人の機動風紀委員には通じなかったようだ。

「こうしてルカ早乙女は行き遅れになるのであった」

「こう見えても本国では、お年の召した男性方に人気がありました」

 ルカが振り向きざまに、防衛ラインを抜け出した一発へと、左手で鎌を投げつける。

「それ、行き遅れフラグだから」

 会話をしていたマルアハのパイロットも、多砲身の回転式機関砲から放たれる徹甲弾で、逃げるミサイルを一発撃ち落とした。

 まだまだ数の衰える気配は見えないまま、時速900キロオーバーの乱撃が続いていく。

 

 

 

 

「ふーん、これは出番がありそうだな」

 戦闘機さえも丸々と入りそうな大きさのIS用格納庫で、待機を続ける極東IS連隊の第一小隊長、宇佐つくみが呟いた。

「ええ、そうね。これは最終的に出て行く可能性が高いわ」

 その隣でナターシャ・ファイルスが、同じように格納庫の真ん中に浮かぶホログラムウィンドウを見上げていた。

 巨大な推進翼を持つ銀の福音と、その横にある細身で軽装甲のバアルゼブル。他に悠美たちの打鉄飛翔式や他小隊の汎用機も、左右の壁に並んだIS用のスタンドに立てかけられていた。そして一番奥の壁には、テンペスタ・ホークとラファール・リヴァイヴ8th『ルシファー』が吊るされている。

 合計二十六機のISが並んでいる姿は壮観なもので、まだ年若い整備スタッフなどは見惚れて呆けていた。

「第六から八までの奴らはそろそろ準備すんのか」

 バタバタと駆け出していくISスーツの人間たちを遠目に、宇佐がボソリと呟く。

「あっちの方でしょ。二面作戦の裏手。人質救出作戦が通ったみたいよ。国連軍による人道的軍事戦略ってヤツ」

 ナターシャが豊かな胸を支えるように腕を組み、少し音量を落として返答する。

「大丈夫かねえ」

 他人事のように呟く宇佐に、ナターシャは軽く肩を竦めるだけだった。

 同じ場所でウィンドウを見上げていたリアが、隣にいたアメリカのエースパイロットを見上げる。

「出番があるんですか?」

 不安げなリアの質問に、ナターシャが腕を組んで頷いた。

「あるわね。IS学園はあのマルアハという機体と、第四世代しかは出してきていない。おそらくパイロットがいないのよ」

「パイロットがいない? いえ、IS学園は全員がISの操縦が出来るのでは?」

「そうは思ったのだけど、新しい王様たちは存外、人望がないようね。機動風紀だったかしら。そのメンバーだけみたいよ。内部通報者から密告済」

 意味ありげに笑うナターシャに、並んでいたオータムが鼻を鳴らした。

「そろそろガトリングの弾が尽きてくるな。そしたら本命の出番なんだろ、米軍様」

「そうね、多分、混ざってるわ、あのミサイル群に」

「えげつねえな。さすが世界の警察様だ」

 リアが首を傾げてナターシャを見上げていると、彼女は優しく微笑み、

「ISはISに装備された兵装でしか傷がつかない。だから、すでに200以上発射された巡航ミサイルがISに当たろうとも、ダメージを与えることは出来ない。これがISはISという兵器でしか倒せないという大前提。ドイツの黒兎隊には今さらの講義だったかしら」

「いえ……それが何か?」

「第十四艦隊になぜ二機のISがあるか。どうせ、もうすぐバレてしまうだろうから、言ってしまうけど」

「艦隊防衛用ではないのですか?」

「それもあるわ。でも本命はね、巡航ミサイルを発射出来る機体が乗っているのよ」

「え!?」

「射程3000キロオーバー、時速900キロオーバー、自動追尾を行うミサイルの発射装置を搭載した機体が、第十四艦隊のISなの」

「そんな……じゃあ」

「IS搭載型ミサイルで数を減らして、半数ぐらいになったとき、私たちの出番がある。十機対二十四機なら、何が起ころうと勝てる数だから」

 信じられないと震えるリアに背中を向け、ナターシャはそれ以上喋らずに自分の愛し子である銀の福音の元へ歩き出す。

 リアが格納庫の中央に浮かぶホログラムウィンドウを見上げた。

 そこには、超望遠で捕えたIS学園の、対ミサイル防衛ラインが映っていた。

 青紫のISたちが、必死にバルカン砲を振り回して、襲い来る暴力装置を撃墜し続けていた。

 その中には一機の赤いISが混ざっている。篠ノ之束の妹が操る第四世代機、紅椿だ。

「一夏や少佐たちは出てこないよね……」

 心配げに見守るドイツの少女を期待を裏切って、純白の機体が姿を見せる。

「あれは……」

 織斑一夏が、IS学園を守るために参戦を果たした。

 遠目に見えるその表情は、誰よりも強い意志の光を宿していた。

「一夏!」

 リアの悲壮な声が、格納庫に響き渡る。

 

 

 

 

「そろそろバルカンの弾が切れる!」

「こっちも!」

「こっち切れた! ごめん!」

 IS学園を守る防衛ラインを形成していた機動風紀たちが悲鳴に似た声を上げる。

「任せてください!」

 空を切り裂く音とともに、少年の声が機動風紀と箒の耳に届く。

 IS学園方向から飛来した白式が、左腕を突き出して防衛ラインの遥か先に狙いをつける。人間同様の手の形をしていた装甲が形状変化を起こし、荷電粒子砲の砲身が姿を現した。装甲に光のラインが走り、雷光にも似た電子の輝きが漏れる。

 そこから放たれた一撃が、海面スレスレを飛行して襲いかかるミサイル三機を両断し、海水を切り裂いて壁のように巻き上げた。

「って織斑君!?」

「一夏?」

「すご……さすが第四世代」

「荷電粒子砲とか反則でしょ……」

「でも何で織斑君が……」

 驚きと怪訝な声を上げる機動風紀たちに、一夏は親指を立てる。

「不肖ながら、副理事長から独立国家IS学園の代表候補生という座をいただきました」

「え?」

「と言っても、ただの名目上だけです。また後日、先輩達とは模擬戦でもして正代表を決めましょう。今は箒と同じ位置に立ちます」

 上級生の顔を立てながら、一夏はニコリと笑いかける。

 それまでは半ば敵対関係にあった彼と彼女たちだったが、代表候補生という肩書とミサイルの撃墜数とその爽やかな笑顔で、とりあえずは一夏のことを信用したようだ。

 そんな彼女たちの後ろで、ルカ早乙女は冷静に引き金を引きつつ、

「今のうちに武器の換装を。残弾数の少ないものは各自アサルトライフルへ」

 と指示を告げる。

「了解」

「了解。ありがとね、ガトリンちゃん」

 弾が切れた順番に六連砲身のバルカン砲を投げ捨てて、単砲身のマシンガンライフルを装備する。

「今、何発落としたっけ?」

 セーフロックを解除しながら、機動風紀の一人が四百メートル離れた隣に尋ねた。

「撃墜カウントは百三十発ね」

「まだまだ続きそうだね」

「こっちのライフルは射程短いから気をつけていこう……って言ってる間に一発来た!」

「Bチーム行くわ!」

 並んでいたうちの一機がマシンガンを片手に海面を滑っていく。距離を詰め引き金を引き放たれた弾丸が、一発のトマホークと正面衝突し、破片を撒き散らしながら爆発を起こして消える。

「統制はこちらで行います」

 ルカ早乙女がレーザーライフルを下げようとすると、一人の機動風紀が手を上げる。

「私がロックして、全部指示を出すわ。ルカは計算苦手だし、信用ならない」

「む……確かに私は頭の悪い女ですが、それはそれで乙なものですよ」

 乙女だけにな、と一夏はつい頭の中で呟いてしまったたが、それを察してか、視界ウインドウにいきなり箒の顔が現れる。彼女は馬鹿にしたような目つきで睨んでいた。

「一夏……」

「なんだよ……」

「下らないことを考えてた気がしたからだ」

「ぜ、ぜんぞん考えてねえぴょ?」

「噛み過ぎだ。それより、なぜ来た」

 責め立てるような言葉に、一夏はニヤリと口の端を上げて、

「守りにさ」

 と少し格好をつけた。

「守りに……だがお前は」

「誰かが……幼馴染が守ろうとしているものがある。それだけで、俺が戦う理由になるもんさ。通信切るぞ」

 視界の真ん中にあった不機嫌な顔に笑いかけてから、一夏は機動風紀たちへと視線を向ける。

 今はルカを挟んで、一夏と箒の二人という第二防衛ラインが敷かれている。

 バルカン砲が次々と投棄されていき、ほぼ全てのマルアハがマシンガンへと武装変更を終えていた。

 一夏は拡大表示したマルアハが、どの機体も頭部が小刻みに上下していることに気付く。肩で息しているのは、疲労が貯まっている証拠だ。

 単純計算では百三十発以上を二十人、一人六発ほどを落としただけだ。しかし今までのIS学園の授業とは違う、本番という状況が与える精神的なプレッシャーが疲れに拍車をかけていく。

『こちら管制、機動風紀のみなさん、少し間が開いて次が来ます。二分後です。バイタルが落ちているパイロットも見受けられますので、飲み物とか飲んでおいてください』

 その言葉に、緊張していた面持ちのメンバーがホッとため息を零す。

 しかしその伝達は、このミサイル攻撃はまだまだ続くという不吉な予告でもあった。

 

 

 

 

 

 かつて人を人として正常に見ることが出来ない二瀬野鷹ってヤツがいた。そいつは脇役とか主人公とか、この世界に生きているとか生きていないとか、そういうことに拘っていた。

 この二瀬野鷹ってヤツは、とんでもないクズだ。我ながらそう思う。

 そしてコイツは人間ですらない。輸送機を破壊されて死んだときに気付いた。単にオレが人間と思い込んでいただけだ。何が生まれ変わりだ何が未来人だよ、バカじゃないのか。

 ルート1・絢爛舞踏がエネルギーをISに伝えるバイパスの発展系であり、ルート3・零落白夜はエネルギーを放出するISの独自機能の最終系である。

 ではイメージインターフェースの進化系というルート2とは何なのか。イメージインターフェースとは、ほぼ全てのISに搭載されている人間の意思とISを繋ぐ機能だ。

 ジン・アカツバキのルート1・絢爛舞踏がエネルギーを吸収し、同時に誰かに受け渡すことが出来る。

 同様にルート2は人間の心を取りこみ、そして送り出す機能だと思う。

 つまり二瀬野鷹という存在は、最初から最後まで『心だけで動く』化物だった。

 何が人間とその他の生物を分けるんだろう。

 もし『人間としての心』の有無であったら、神様に感謝しても良い。それならまだ人間を名乗っていられるから。

 敵は、同じように現れた未来からの来訪者。

 あのとき、体を失ったときのショックでうっすらと思い出した記憶から推測すると、滅んだ未来からやってきた意思は、滅ぼした者と生き残った者の二つだけだ。

 ここに生きてるヤツらを守るために、心に残る人間たちを再び滅ぼされないように戦い続ける。

 オレがどこの誰であるかを、誰にも告げずに、何もかもを騙して。

 

 

 

 

 

『次のミサイル、来ます。およそ20秒後』

 管制を務めるIS学園のコントロールルームから連絡を受け、フルスキンのISから顔だけを出してルカ早乙女は、飲んでいたドリンクのチューブから口を離し、そのまま投げ捨てる。

 部分解除していた頭部装甲を再び展開し、生真面目そうな印象を与える顔突きが青紫のISにより完全に保護された。

「なんか……弾道が違う。逃げはしないけど、さっきみたいに海面スレスレじゃなくて……」

 ナビゲートを買って出た機動風紀委員が、怪訝な顔を浮かべる。

「どちらにしても、落とすだけでしょ!」

 元気良く言って、一人の機動風紀がスラスターを吹かし上昇する。向かってくるミサイルが持っているマシンガンの射程に入るのを、ロックオンしながら待っていた。

 そして彼女の視界にある望遠レンズを映し出すウィンドウの中で、変化が起きる。

「弾頭が、割れて……」

 その声にルカがハッとした声を上げる。

「多弾頭を事前に割って数を増やすつもりです、気をつけてください」

 彼女の言った通り、ミサイルの先端が割れ、その中から砲弾を大きくしたような弾頭が射出された。

「いくら沢山になっても、IS学園に当たる前に落ちてくれるなら、逆にありがたいでしょ。ISは通常兵器じゃ傷つかないんだし」

 高を括り、無駄弾を使うまいとマシンガンを下げた機体に、複数の砲弾が振りかかる。

 そして、爆発を巻き起こし、ISが破壊された。

「え?」

 驚きの声は、破壊された機体のパイロットが上げたものだろうか。

 煙と炎を零しながら、一機のマルアハがクルクルと錐揉み状に回転して墜ちて行く。

「な……にが」

 他の機動風紀は、うわごとのように疑問を投げるが、応えるものはいない。

 そこへ、音速に近い速度の次弾が襲う。

 我を取り戻した一機が急加速して上昇し、手に持っていた銃器を構えて撃ち落とそうとした。だが放たれた銃弾がミサイルに当たる寸前に、再び目標の弾頭が割れて、中にあった砲弾状の子爆弾が襲いかかる。

 焦りを隠せぬ彼女が引き金を引くが、数が多過ぎて全てを撃つことが出来ない。

 結果、また一機のマルアハが墜ちて行く。

「なにこれ、なんなのこれ、ルカ? ルカぁ!?」

 ISが万能だと、傷などつかないと調子に乗っていた。学園を傷つけないために、最終手段として機体でぶつかり爆発させれば良い。通常兵器で破壊されることなどないのだから。

 そう思い込んでいた彼女たちは唖然とした顔をし、起きている事象を受け入れらないでいた。

「まさか……ISから発射された巡航ミサイルだとでも……」

 誰かがボソリと呟く。

「う、ウソ、そんなのがあるの?」

「で、でも、そうとしか考えられないでしょ! ISはISの武器じゃないと撃ち落とせないんだから!」

「そ、そうだけど、でもこれじゃ!」

 手詰まりだ。多砲身のバルカン砲ならまだしも、今の彼女たちが手に持っているマシンガンの射程は短い。そしてその射程に入るより前に弾頭が割れ、複数の子爆弾が襲いかかってくる。

「つ、次が来た!」

 慌てて銃を構え飛び出そうとするが、一瞬の躊躇が動作の遅れを呼ぶ。次もまた多弾頭型のIS発射式だろうと思われたからだ。

「焦るんじゃない!」

 その複数に分かれた小型の弾頭を、大きな光の刃が全て消し飛ばした。

「お、織斑君!?」

「俺が中央前面に出ます。箒、お前も頼む。こっちは強力だが燃費が悪い」

「任せろ!」

「ルカ先輩は、そこからなるべくレーザーライフルで早めに落としてください。それでもカバー出来ないヤツは、機動風紀の先輩方が複数人で当たってください。陣形はおまかせします!」

 純白の機体が、刀を持って前方へと飛び出していく。深紅の機体もそれを追い掛けていった。

「織斑一夏、お任せ下さい。この貞操帯は破らせません」

 いつもどおりの口調で、ルカはライフルを構えて引き金を引く。

『機動風紀のみなさん、今は代表候補生の指示に従って、防衛ラインを組み直してください』

 IS学園の管制から伝達される言葉に、やっと全員が我を取り戻す。

「お、おっけー! みんな組み直し。織斑君と篠ノ之さんの部分は任せて、距離を800メートルから400メートルずつに。第十四艦隊のISは二機なんだから、そんなに沢山のIS発射型は撃てないはず!」

「了解!」

「ラジャー!」

 口々に声を上げながら、十七体のマルアハが位置を変え始める。

 その中で、一機のISが、ミサイルと違う物体が飛来していることに気付いた。

 彼女は慌てて視界に映っていた物を拡大化する。

「これは……ISが一機、混ざってる! 速い!」

 その声に驚いて、一夏は前方で視界を上下左右に振った。

 彼がようやく目に捉えたのは、一機のISだった。

「あれ……は、まさか」

 それは二瀬野鷹が乗っていたテンペスタⅡ・ディアブロと似た形状のISだ。ただし、人体を収めることが不可能だった左腕部と脚部装甲は通常の太さに戻り、胸部装甲が追加されている。

「生きてた……のか?」

 うわ言のように箒が呟く。

『二瀬野鷹は死んだ。それは間違いないから』

 しかしそれを否定するような言葉が、オープンチャンネルで彼女たちの元へと届けられた。

「で、では誰だ? お前は誰だ!?」

『悪魔』

「え?」

『IS学園を倒す悪魔だよ』

 男か女かもわからない機械による合成音が、自嘲するような口調でそう呟いた。

 

 

 

 

 

 












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