アメリカの大地に立つ。それは長く険しい道のりだった。
連休に入ったオレたちは、テンペスタ・ホークの開発元である四十院研究所に招かれ、カルフォルニアで行われる国際ISショーに出向くことになった。
本当なら、財閥の一族である神楽の父親が用意してくれた、快適かつ高速な飛行機の旅を満喫するはずだった。
だが、残念ながら専用機持ちのオレだけが、横須賀の米軍基地から軍用機の格納庫に荷物のように置かれて、長時間のフライトを味わった。いっそテンペスタで飛んで行きたかったが、もちろん許されるわけもなく、今時十時間以上もかけて何とか辿り着いたのだ。
しかも基地からホテルまで三時間の道のりを、これまた荷物に挟まれて輸送車の荷台で過ごすという酷い扱いが最後に待っていた。
「太陽が……眩しい……」
車から降りて、地面に立った瞬間にオレの気力は尽きた。膝から崩れ落ちる。
「ヨウ君! ヨウくーん!?」
玲美の声が聞こえた気がしたが、もう立っていることが出来そうもなかった。
次の日、オレは変装用のメガネをかけて、国際ISショーの現場となるカルフォルニア・アカデミーオブサイエンスの隣接会場に向けて歩いていた。
「すっげえ人の数……」
「そりゃそうだよ、なんせ世界最大のIS関連の展示博なんだから」
右隣に位置取った玲美が得意げに答える。
国際ISショー。IS関連の技術展示会。各種IS関連企業がブースを出し、各国からの来賓にアピールする年に一度の晴れ舞台だ。
他のエレクトロニクスショーなどと違い、軍事色が濃いのが特色だが、それでも各企業ブースには、華やかなお姉ちゃんたちが水着でポーズを取っていた。たまにブーメランパンツの筋肉モリモリのお兄さんたちがいるのが、このご時世ならでは、というところか。
「……あそこ歩いてるお姉さん、すっげぇ水着だな……コンパニオンかな」
思わず心の声が漏れる。ダイナマイツ。あ、鼻血出そう。
「いてぇ!」
思わず叫んだのは、後ろに立っていた三人組から腕を思いっきり抓られたからだ。
「何すんだよ!」
「あんな格好のお姉さんたちより、私たちを見て言うことないの!?」
玲美が怒り露わにオレに詰め寄る。今日は三人ともオシャレをしているらしい。それぞれのイメージに合った服装をしている。よく見れば、三人とも薄らと化粧をしているようだ。
「わーお、びゅーてぃほー!」
アメリカナイズされた褒め言葉を送るが、火に油を注いだようだ。
「バカにしてるのかなっ!?」
と詰め寄ってくるのが、装飾の多い白いワンピースを着て、長い外ハネ気味の黒髪を後ろでまとめている国津玲美だ。服装は流行りのスウェーデン風ってヤツだが、実際にスウェーデンにこんな格好のやつはいないって言われてる。目の大きなスタンダード美少女で、容姿に欠点はない、とオレは思ってる。
「ヨウ君のバーカ」
腰に手を当てて怒ってるのが、肩までの髪にカチューシャをつけ、メガネをかけた岸原理子だ。濃い青色のカーディガンとそれに合わせた色のワンウェーブプリーツを履いてる。ちょっと小柄な元気ッ子という扱いだ。
「……まったくもう」
最後に呆れたような声を出したのが四十院神楽。いつも以上に大人っぽく見せるためか、長い黒髪をアップにし、彼女だけが黒いシャツと明るいグレイのスーツを身につけている。この子は四十院財閥のお嬢様なので、その名代のためもあってのスーツ姿なのかもしれない。しかし実に大人っぽい。少し下がった目尻も合わせて、優しいお姉さん風だ(以前、人妻っぽいと形容したら怒られた)。
……どうも、この三人は最近、オレに対して独占欲が湧いてきたらしい。惚れてんのか、と思うこともあるが、言わぬが花、オレが通う学校は恋に恋する乙女多きIS学園だ。
それにつけてもたった一人の男性IS操縦者なのだ。自覚を持って、その辺りは気をつけて生きて行きたい。
「あらあら、モテるのね、ヨウ君」
傍に立っていた、青いスーツを着た金髪のお姉さんが笑いかける。
「な、ナターシャさぁん! い、いやそんなことないッスよ!」
「ハロー。今日は私が護衛を務めるわね」
ナターシャ・ファイルス。米軍所属ISパイロットで、母性溢れた肉体を持つ年上のお姉さんだ。
彼女が護衛についた理由は、もちろんオレが男性IS操縦者である、という一点に尽きる。そうでなければ、エース級パイロットである彼女が、日本から来た学生の護衛などにつく必要はない。
オレは彼女が軍用の最新ISである『銀の福音』のパイロットであることを、以前の人生により知っていた。しかし一夏がIS学園にいないのだ。箒が嫉妬して紅椿を欲しがることもないし、そうなれば束博士が銀の福音を暴走させることもないと思う。ゆえに、この世界ではいわゆる『銀の福音事件』は起きないはずだ。
そういわけで、その襟元から覗く白い谷間にオレの目は釘付けだ。
「よろしくおねがいします!」
だから、何の憂いもなく、この金髪グラマーお姉さんの厄介になろう。
直角に近い角度でお辞儀したとき、オレの尻が後ろの同級生三人から抓られた。
インフィニット・ストラトス。
主に軍事目的で作られるそれは、やはり莫大な利益をもたらす産業の一つである。まだ若い分野であるせいもあって、勢いもある。
今までの量産可能な兵器と違うのは、467個という限られたISコアしかないということだ。なのでISごと購入するということはまずない。ISコアを持つ組織が、IS本体を作り上げる技術を持つ企業と契約するというのが一般的だ。そして成立すると、ISコアをリセットし、新たに各種装甲・武装をインストールし調整する。
もちろん企業側もISコアを持っているが、それを販売しては今後の研究が行えなくなり商売が続けられなくなる。ゆえにIS本体を、展示会に持ちこむ意味はないし、そんなことをする企業はいない。
ただ、大企業ともなればISコアを使わない展示用のモックアップを置いており、会場は十分に華やかだった。たまに単なるパワードスーツに装甲をつけてISっぽく見えるようにコスプレしたコンパニオンたちもいて、見てるだけでも十分に面白い。そこにISコアを持つ本体企業に対して、関連部品を売り込もうとする会社も参加しているので、IS学園五個分と聞いている会場には、所せましとブースがひしめき合っていた。
今、オレたち五人が歩いているのは、IS本体関連の企業ブースが集まるメイン会場だ。
「お、デュノア社だ」
「気合い入ってるねー」
一番大きな場所を陣取ってるのは、フランスのデュノア社だった。ブースの上には高い天井に届きそうなバルーンがいくつも浮かんでおり、そこにはラファール型のバルーンまであった。
「第三世代の開発が遅れてるって話ですから、今回のISショーに賭けるのもわかります」
神楽が説明を付け加えてくれる。
「ラファールはいろんなところで正式採用されてるし、ライセンス生産までされてるから、まだまだ第二世代じゃトップグループじゃないの?」
理子が尋ねると、ナターシャさんが笑いながら、
「だからよ。第三世代が出来てないからって、技術が劣ってるわけじゃないってアピールしないと、ラファールの契約も切られちゃうからね。特にイタリアのOM社は第三世代機のテンペスタIIの開発に成功してるし、今、OM社は株が急上昇中よ」
と親切丁寧に答えてくれる。
なるほどなー。企業って大変なんだ。ちなみに最初期のテンペスタはブレダ88の後継機とか言われバカにされてたもんだったが、イタリア人にしては珍しく頑張って改良したようだ(偏見)。今でもテンペスタの機体本体の評価は高い。
「なんでも、デュノアは今回のショーにIS本体を持ちこんでるらしいわよ」
「え? 本当ですか?」
「ええ。そうじゃなきゃ、この国際ショーで一番良い場所取れないわよ。アラスカ条約機構の主催って言ってもステイツが開催国なんだから、それぐらいしてもらわないとね」
そう言ってナターシャさんが理子にウインクした。
確かに開催国の企業を押しのけて、一番良い場所にバカでかいブースを作るんだ。何らかの密約があったって不思議じゃない。
「ヨウ君、ちょっと見て行く?」
玲美が誘うので、みんなしてぞろぞろとブース内に入っていく。
すでに大勢の来賓がごった返しており、おそらくデュノア社の社員と思われる、ポロシャツに身を包んだスタッフたちが応対に当たっていた。
ちなみに今日は一般開放されていない関係者のみの日で、そうでなければ簡単な変装だけのオレが、こんなに堂々と歩いていられない。
「お、デュノア社のIS用純正ライフルだ。やたらと廃莢不良を起こすっていう」
最近、けん制用にライフル系武装に興味が湧いてきたオレは、一丁の展示された銃の前で立ち止まった。
「同じフランスのFA-MASを参考に作った物ね。確かに評判はよくないけど」
五人の中で一番小柄な理子もオレに釣られて笑う。メガネをかけた外見ゆえに、武装関連は詳しい。いや偏見だけど。
「よろしければ、ご案内しましょうか。こちらをどうぞ」
トレイに飲み物を乗せて、オレンジのポロシャツを着た若い女の子が声を掛けてくる。
「ありがと、ちょうど喉が渇いてたんだ」
「日本の方ですか? ひょっとしてIS学園関連の」
「いやいや、単なる観光客ですよ、ちょっと伝手があって」
と声をかけてきた女の子の方を向いた瞬間、オレは口に含んだ甘いオレンジジュースを吐きだしそうになった。
「どうかされましたか?」
小首を傾げてオレを覗き込む金髪の女の子は、『シャルロット・デュノア』だった。
……やべえ超可愛い。
「いいい、いえ、何でもないっす」
「よろしければ、ご案内しましょうか? あ、ちなみにこちらのプルパップは改善されてますよ」
「だったら自社のラファールにも採用すればいいのに」
理子が呆れたように肩をすくめた。
なんでこんなところに、社長令嬢がいやがる。いや、彼女の立場的に仕方ないかもしれないけれど!
「に」
「に?」
「日本語、お上手ですね!」
何言ってるんだオレは!
「お褒めいただきありがとうございます。友人に日本人がいまして」
「な、なるほど」
「よろしければ、少しお相手いただけませんか? ……まあここだけの話、ずっと年上のお相手ばかりでちょっと疲れちゃいまして」
小さく舌を出して、悪戯っぽく笑う。少し少年っぽい美少女の可愛さに、オレの頬が思わず紅潮した。
ぐあああああ、お持ち帰りしたいぐらいの可愛さだあああ。チクショウ! 一夏めえええええ、この子の裸を見ただとぉぉぉぉ?
ここにいない友人の、この世界では体験していない不埒さに対して、オレは危うく血の涙を流しそうになった。
シャルロット・デュノア。以前の人生で得た記憶の中では、IS学園に男装して転入してくるはずの女の子だ。デュノア社の社長の隠し子であり、同社の第二世代機ラファール・リヴァイブのカスタムモデルを扱うオール・トレイダー。この世界での彼女が、何ゆえ、こんな場所でスタッフとしているのだろうか。
オレ、玲美、理子、神楽、ナターシャさんの五人は、デュノア社のブースの奥にあった区切られた個室に通される。
どうやら現場での商談に使う用らしく、防音仕様らしかった。
「はい、こちらにどうぞ」
シャルロットが黒い革張りのソファへと案内してくれる。六人で入っても十分な広さがあり、まるで一流企業の応接室のようだった。
「私の名前は、シャルロット・ファブレと申します。よろしくお願いしますね」
そう言って、彼女はオレたち一人一人にネームカードを差し出してくる。
ファブレ……偽名か、たぶん。もしくは母方のセカンドネームとか。
「お名前を窺ってもよろしいですか?」
「あ、えーっと」
思わず年長者のナターシャさんの顔を窺う。目を細めて笑みを返してくるってことは、打ち合わせ通りにしろってことか。
「五反田弾と言います。知り合いがIS関連の企業に勤めてるので、今日はその伝手で」
テキトーに決めた偽名を答える。
「ダンさん、ですね」
「岸原理子でーす」
「四十院神楽です、よろしくお願いいたします」
「国津玲美です」
シャルロットと握手をしながら、それぞれ自己紹介をしていく。最後のナターシャさんは、
「ナターシャ・ファイルスよ。よろしくね」
と握手をしたが、お互いそのまま手を離そうとしなかった。
「あなたが米軍のエースの」
「あら、ご存じだとは光栄ね」
「有名人ですからね」
「そんなに表に出たつもりはないのだけれど」
笑いながらも全然和やかではない会話をしてから、二人は離れる。
「四十院さんは、四十院財閥の?」
「はい」
「と言うことは、IS学園の方ですね」
「はい」
「他の方も?」
シャルロットの疑問に、理子と玲美が頷いて答える。別に三人は素性を隠す必要などない。
「ですが、まさかナターシャさんほどの方が付き添いでいらっしゃるなんて」
「四十院さんのお父様とは縁がありますからね。米軍でも『第三世代機』に四十院研究所の推進翼を採用してます」
第三世代、というところを強調したのは、デュノア社への挑発だろうか。ナターシャさん超怖いっす。
「まあ弊社でも四十院の推進翼は採用していますからね」
「ありがとうございます」
神楽が座ったまま、深くお辞儀をする。
「IS学園はどんな所ですか? 私も少し興味があって」
シャルロットが玲美たちに尋ねる。
「良いところですよ。機会があれば、一度訪ねてきてください。ご案内しますよ」
答えたのは神楽だ。彼女が一番、こういう事務的なやり取りが上手い。玲美と理子はシャルロットのビジネス然とした雰囲気に押されっぱなしのようだ。
「何でもイギリスのブルーティアーズと中国の甲龍も今はいるとか」
「第三世代機にやはり興味が?」
「ええまあ。ご存じかもしれませんが、弊社の最大の課題でもありますので。ところで、そちらの三人は、男性ISパイロットはお知り合いですか?」
「それは答えられません。彼に関する事項は、部外者には機密ですので」
「なるほど、それは失礼いたしました」
そう言って、会話していた神楽ではなくオレに笑みを向ける。
これはおそらく、バレてるんだろうな。
「何でもイタリアのテンペスタに乗ってるとか」
「機密です。答えられません」
「おっと失礼しました」
なんか思ってたよりも全然食わせ者的なイメージだな、シャルロットは。
何やら緊張した雰囲気の歓談が、ナターシャさん、神楽、シャルロットの三人で続けられていく。
理子と玲美、そしてオレのバカ三人は、黙ってそれを見つめるだけだった。
「……何かすげー時間を無駄にした気がするな」
思わぬ人物との会合だったが、嬉しかったのは最初だけだった。
あとはビジネス会話をボーっと聞いてるだけで、全然楽しくなかった。
「まったくだよ。お腹減っちゃった」
理子が呟くと、玲美が同意とばかりに大きく頷く。
「混雑する前に、早めに昼食でも取りましょうか?」
とナターシャさんが提案してきた。
「ですね、そうしましょうか」
「ところで、ファブレさんを見たとき、妙に驚いてたけど、ヨウ君は彼女のことを知ってたの?」
「い、いや全然。可愛い子だったから、驚いただけですよ」
「ホントかなぁ?」
「いやホント」
どうせ言っても信じてもらえないことは言わないことにしよう。
ちなみに思わず可愛い子と言ってしまったせいか、女子連中の目線が痛い。そんなに嫉妬されると勘違いしちまうだろコラァ。
「でも、何か緊張している感じでしたね、彼女」
主に彼女と会話していた神楽が感想を述べる。
「緊張?」
「ええ。強張ってるというか自然さがないというか」
「へー。全然わからなかった」
「ナターシャさんはどう思いました?」
「同じ感想ね。無理してるって感じを受けたわ。それに、どうもヨウ君に気付いてたみたいだしね」
「え? オレ?」
「そうよ。IS学園の生徒にISパイロットと一緒にいる男の子が、普通の子とは思わないでしょう」
「なるほど……」
確かに他の四人の素性がバレてしまえば、ひょっとしたら、と思うかもしれない。気をつけないと。
「さ、早く行きましょ。美味しい店はすぐに埋まっちゃうからね」
先導するナターシャさんがウインクした。
オレはフラフラとそのお尻についていくだけだった。
「みんなは午後からは何か予定あるのかしら?」
ナターシャさんが問いかけると、玲美が自分の顎に手を当てて、考え込むように、
「とりあえずメインの何社を回って、そのあと、ISスーツメーカーを見て回ろうかなぁ」
と答える。
「だったら、少し時間があまりそうね。クラウス社のブースにも誘われてるし、そこを見たらちょうどいいぐらいかな。夕方の予定には」
クラウス社はアメリカの銃器メーカーであり、多くの第二世代ISに採用されている有名メーカーだ。
「予定?」
「そう、うちのブースにね」
「うちって……米軍も出してるんですか?」
「ジョークよジョーク。まあここから少し行った場所に基地があって、そこにご招待の予定だったのよ。聞いてない?」
聞いてないぞ、と玲美を見ると、とたんに気まずそうに視線を逸らす。また大事なことを言い忘れてたな、こいつ。
しかし、ちょっと興味がある。ナターシャさんみたいな、爆裂ボディの美人さんがISスーツを着て待ってるかもしれないし。
「ってイテぇ!?」
また腕を思いっきり抓られた。犯人は玲美だった。
「何かえっちぃこと、考えてたでしょ」
「か、考えてませんよ?」
「ホントにぃ?」
「は、はひ!」
周りを見渡せば、理子と神楽もジト目で睨んでいた。
そんなやりとりに金髪の軍人さんが笑う。
「じゃあ決まりね。映画に出てくるような人はいるわよ。楽しみにしててネ」
マジか。そんな美人がまだ控えてるのか。おそるべしアメリカ軍。
まさに映画に出てくるような人物だった。
ただし、刑事モノの、愉快な黒人の相棒役として。
「HAHAHAHA」
白い歯をむき出しにして、身長2メートルはありそうな巨大な黒人のオッサンが、オレの肩をバシバシと楽しそうに叩いてくる。英語ばっかりで何を言ってるかわからんが、とりあえず、本気で痛いからやめてほしい。
ナターシャさんの運転する車に乗せられ、2時間ほど走った場所に、その基地はあった。ナターシャさんは検問を顔パスで通り(網膜認証という意味だ)、様々なシャッター付きの建物の間を縫って、基地の中心にある整地された飛行場に辿り着いた。
「おや、玲美、理子ちゃん、神楽ちゃん。やっと来たのかい?」
「あ、パパ!」
玲美が駆け出して、父親に抱きつく。ホントにパパ大好きなんだな。父親もまんざらでないのか、理知的なメガネの奥に笑みを浮かべ、娘の頭を撫でている。
「国津のオジサン、こんにちはー」
理子が手を上げて気さくに挨拶をする。
「はい、こんにちは。理子ちゃん、可愛い格好してるね」
「えっへへー。さっすが国津のオジサン。わかってるぅ! うちのパパとは大違い!」
「おじ様、もう準備は済まされたんですね」
黙って一礼したあと、神楽が尋ねる。
「そりゃ、今日の本題はこっちだからね。ショーのブースだって、このお披露目のついでに頼まれたから出してるようなものだし。二瀬野君に来てもらったのもそういうわけだよ」
話を振られたが、オレは愉快な黒人にヘッドロックのごとき抱擁をされ、まともに挨拶すら出来ない。
「John」
ナターシャさんが呆れたように名前を呼ぶと、舌うちをして残念そうな顔でジョンとかいう黒人が離れてくれた。それからナターシャに敬礼をし、スキップしながら大きなコンボイの荷台に入っていった。
「まったく。よっぽど楽しみにしてたのね、ジョンたら」
「アゴが砕かれるかと思った」
「ごめんね、悪い人じゃないんだけど」
「まあ歓迎されないよりは……マシなのかな?」
「気をつけてね。若い男の子が好きだから」
「へ?」
「モテモテねー、ヨウ君」
カラカラと笑いながらナターシャさんがツンツンとオレの頬をつつく。その後ろで玲美たちが腹を抱えて笑っていた。
チクショウ、覚えてろよ。
「二瀬野君、ISの準備にかかって欲しい。スーツはこっちで用意したから」
「へ? やっぱオレがやるんですか?」
「実は米軍の第三世代機に搭載する推進翼の新しいバージョンを見せたくてね。テンペスタ・ホークを彼らに披露して欲しいんだ」
「い、いいんですか?」
「許可は取ってるよ。そうだろ?」
国津さんが神楽に問いかけると、彼女が小さく頷いて返す。
神楽が良いっていうんなら、四十院の許可が出てるってことか。だけど国とかは良いんだろうか?
「大丈夫だよ、その辺りは全部クリアしてる。さすがに日本を敵に回すほど、あの国が嫌いなわけじゃないよ」
「あら、我が国はいつでもプロフェッサー国津を歓迎いたしますわよ?」
「それはありがとう。実に光栄だよ。あと米軍の男性にも『ホントに男の子が乗れる』ってのを見せてあげないとね」
ふむ、そういうことなら、オレの一存で拒否も出来ないか。おそらく四十院の利益にも関わってくるはずだし、日米の軍事協力体制にも影響してくんのかな、これ。
とりあえずは、言われたとおりにするかと腹をくくった。
夕方の米軍基地。夕焼けが美しいこの時刻に、カルフォルニアベースのど真ん中に位置した飛行場で、オレはISスーツを着て立っていた。
周囲を見渡せば、軍服を着たいろんな人間が、野次馬に来ている。こんなにお気楽でいいのか米軍。口笛吹いてるヤツとかいるぞ。
「さて、いいよ、二瀬野君」
オレから少し離れた場所に計測器用機械を並べたテントが設置されていた。その中から国津さんが声をかけてくる。
今、思ったことは、すばやくISを展開装着する練習をしといて良かったなーってことだ。
来い、テンペスタ・ホーク。
頭にイメージを描くと同時に、左足首のアンクレットが光を放ち、二秒ほどでオレの専用機が姿を現す。
「ホントに男が装着したぞ!」
「マジだったのか」
「うちのカミさんより細いけど、ホントに男か、あれ」
「さっき、さりげなくアレを触ってみたが、しっかりついてたから、間違いないと思うぜ」
ベースの連中が英語で何やら会話をしているが、オレには内容がわからなかった。ただ、スラングでキン○マ的なことをジョンが言ってるのだけ理解したよファッキンUSA。
「さて、じゃあ基地の周囲を自由に飛び回ってみて」
国津さんがマイクで話しかけてきたので、オレは大きく頷いてから、背後のウイングスラスターを垂直に立てて、まっすぐ上空へと飛び立った。
まさか、アメリカの空を飛ぶようになるとは思わなかったな。
ステータスが上空500メートルを差した辺りで、周囲を見渡す。
『そのまま、周囲をぐるっと加速しながら回ってくれるかな』
「了解です」
言われた通り、推進翼に意識を集中し円を描くように飛びながら加速していく。
気持ち良く最高速度の7割程度に達したところで、ISから警告音が鳴った。
接近アラーム?
360度をカバーするISの視野で、その相手を補足する。
「シルバリオ・ゴスペル?」
ナターシャ・ファイルスのインフィニット・ストラトス『銀の福音』だった。
『ハーイ。ちょっとこの子と一緒に飛んでくれるかしら?』
フルスキン型なので顔は見えないが、オープンチャンネルで聞こえてくる声は間違いなくナターシャさんだった。
「国津さん?」
『オーケーだ。テンペスタ・ホークの速さを見せてあげて欲しい』
「……イエッサ」
本物を見る。初めて見るその羽根は、確かに四十院製の大型推進翼だ。ただし、オレのと少し形状が違うのは、バージョンがやや古いからだろうか。
「じゃあナターシャさん、先に飛びます」
『了解、追いかけるわね』
再び翼を立て、スラスターを真っ直ぐ後ろに向ける。ここで少し悪戯心が湧いた。
「国津さん、アレはオッケーです?」
『好きにしていいよ。別に秘密ってほどじゃないから』
「ありがとございます!」
許可も出たことだし、遠慮なく行こう。
スラスターに意識を集中させる。エネルギーを排出すると同時に内部に取り込み、内部で圧縮して一気に加速させる加速方法。いわゆる
一気にトップスピードへ。真っ直ぐしか飛べないのが欠点だが、単純速度だけなら十分に速い。実はこれより速い加速方法もあるにはあるが、それは秘中の秘らしく、おいそれとは使えない。
圧縮したエネルギーを放出しきったあと、羽根を傾け、大きく旋回していく。
『速いわねーさすが四十院』
のんびりした声が聞こえる。ふと視界を後ろに向けてみると、銀色のISが少し離れた場所にぴったりとくっついてきた。
「んなバカな」
『ほら、追いかけるわよ? 頑張って逃げてね』
そう言って、ナターシャさんの機体が加速を始める。スピード命のテンペスタ・ホークが追いつかれるわけにはいかない。意識を前方に向け、今度は通常加速で旋回しながら飛び回る。
『二瀬野君、ちゃんと旋回性能も披露してあげてね』
「了解!」
チラリと右後方に意識を向ける。銀の福音はまだついてきている。
再び可能な限りの加速をしながら、左右へ旋回、時には上下と飛び回る。だが、その全ての動きにナターシャさんは対応し、気を抜くと、いつのまにか後ろにいる。
いくら銀の福音とはいえ、これは何かおかしいぞ?
IS学園の誇る(自称)スピードスターのテンペスタ・ホークがこうも簡単に追いつかれるのはおかしい。
今度は出来るだけ意識を背面に持ちながら加速をする。ナターシャさんの動きを観察するためだ。
銀の福音はやはり一瞬、離されている。だが、そのあとすぐに、最短のコースを選んで追いついてきていた。
きたねぇ、大人ってきたねえ。ぴったりと後ろを付いてきてるのかと思ったら、実はショートカットかよ。
と思ったが、考え直す。彼女は単純にドッグファイトが上手いんだ。
オレはISの航空教本を思い出す。彼女はオレの動きに合わせバレルロール、ブレイキングスティフメイト、カウンテニングロー、ハイスピード・ヨーヨーなど、飛び方を選んで追いついてきているのだ。
……これが米軍のエースパイロットって奴かよ。
前回の人生の知識を思い出す。銀の福音ってひょっとして、暴走するより彼女が動かした方が強いんじゃないのか。少なくとも一対一では。
そんなことを思いながら、推進翼のコンペが終わった。
ISを解除し、周囲を見渡す。先に着地していたナターシャさんを見つけた。彼女はISを待機状態に戻すのではなく、パーツを外して地面へと飛び降りたところだ。すぐにスタッフが駆け寄り、ISを専用カートに乗せる作業に入る。
「ふふ、おつかれさま」
駆け寄るオレに気付き、ナターシャさんがほほ笑む。
「ありがとうございました! 勉強になりました!」
思いっきり頭を下げる。
「あら、どうしたの?」
「自分が未熟者だってことが再確認できました!」
頭を上げるとナターシャさんが慈愛に満ちた笑みでオレの肩に手を置いた。
「これから色々と大変だと思うけど、頑張ってね」
「はい!」
最大限の敬意を表して、直立不動で答える。
「ナターシャさんの機体はメンテですか?」
「いいえ、あなたのテンペスタ・ホークの性能に満足したらしいわ、上の人たちは。すぐに四十院の新しい推進翼に変えたいそうよ。まだ国際ショーの会期中だっていうのに」
良かった、オレも何とか仕事は出来ていたようだった。
「……良い機体ですね、あの子」
オレのセリフに、ナターシャ・ファイルスが少し目を丸くしたあと、先ほどよりもさらに慈愛に満ちた笑みを浮かべ、巨大なコンボイに収納されていくISを見つめる。
「ええ、本当に良い子よ、あの機体は。我が子のよう、と言ったらおかしいかもしれないけど、今まで乗ったどんなISよりも、私を優しい眼差しで見守ってくれる」
「……優しい眼差し、ですか」
「そんな気がするだけかもしれないけど」
「いえ、ナターシャさんが言うなら、本当にそうなのだと思います」
「ふふっ、キミも良い子ね」
銀の福音のパイロットが握手を求めて、手を差し出す。オレはそれを握り返して、彼女を真っ直ぐ見詰めた。
「ナターシャさんに認めてもらえるようなパイロットになれるよう、頑張りたいと思います」
自分の決意を告げる。
カルフォルニアの国際ISショー、その一日目は、素晴らしい成果を得て終えることが出来た。
次の日になり、今日は報道関係が会場に入るらしく、オレは立ち入り禁止を指示され、ホテル内をブラブラとするしかなかった。そして玲美、理子、神楽の三人はオレを置いて会場に行きやがりました。とはいうものの、神楽は半分仕事で、玲美と理子もその手伝いらしい。今日は四十院のブースの人出が足りないらしく、午前中いっぱいはブースに張り付きだそうだ。
ヒマを持て余して、ホテルに隣接したショッピングモールにでも行こうと思ったが、どうも気が乗らない。そもそも通訳も無しじゃ、大した買い物も出来ないだろうし。
午前中はネットに繋いでニュースサイトを駆け回る。最後にメールチェックをした。メールフォルダにはセシリア師匠から、クラス全員にお土産よろしくという悪魔のような一言だけが届けられていた。
腹が減ったので、ホテルのロビーに降りる。さすが一流ホテルと言わんばかりの受付を通り、カフェテリアに向かった。
まずはメシ、自主トレはそれからだ。テキトーに席に座り、メニューを眺める。
テキトーに肉食おう肉。そう思い、ウェイターさんにチップを渡しながら、メニューを指さす。
「レアで」
テキトーに日本語で言うと、外国人に慣れているのか、ウェイターさんは親指を立てて、戻って行った。なんてフランクなヤツなんだ。
ガラス越しに外の風景を見つめる。
父さんと母さん、元気かなぁ。家族旅行なんて国内の近場の温泉しか行った記憶ないけどね。
「ここ、良いですか?」
日本語が聞こえてくる。声の主を見上げると、そこにはシャルロット・デュノアがいた。
……かわええ。天使か。
「シャルロットさんは今日はフリーですか?」
「食事したら出かけますよ。ダンさんは?」
「ダン?」
「はい? ダンさんですよね?」
「ああ、はいはい、ダンです、ダン。普段はバンダナつけてます」
「ふふっ、おかしな人ですね」
偽名名乗ったのをすっかり忘れてた。気合い入れないと。
彼女は流暢な英語でウェイトレスに注文をすると、オレに向き直る。
「奇遇ですね。今日は会場に行かないんですか?」
「いや、朝はちょっと気分が悪くて、人が多いのはそこまで好きじゃないんで」
「お連れのIS学園の方々は?」
「彼女たちは半分仕事ですよ」
「神楽さんでしたか。四十院財閥の方でしたね」
「他の子はそのお手伝いです」
昨日と違い、朗らかに話しかけてくる。
「そういえば、ヨウさんは昨日はどこか見て回りました?」
「あークラウスとか、デュノアのブースの近くをぐるっと。あとはISスーツを見に。デュノア社はあちらにもブースを出されてんですね」
「ええ、まあ。IS関連はだいたい扱っていますから」
「そういえば、シャルロットさんは、アルバイトか何かなんです?」
彼女のような存在を表に出してくるとは思えなかったので、ずっと疑問に思ってたのだ。
「私、パイロットの卵なんですよ。デュノア社所属の」
「へーそりゃすごいや」
代表候補生のくせにとは思ったけど、何かの事情で黙ってるんだろうな。
「ところで昨日、会場の西にある米軍基地の上空、夕方にUFOが出たそうですよ」
「へ、へえ」
「ヨウさんはUFO信じます?」
「い、いや信じてないかな。そりゃいるなら見たかったけど。でも米軍基地には、昔っからほらUFOの噂とか多いじゃないですか」
「へー。そうなんですか。それは知らなかったなあ」
あははははと笑うシャルロット。……この人、実はおっかない人なの? 昨日辺りから薄々と感じてたけど。
「で、なぜヨウさんは、ダンさんと名乗っているんです?」
シャルロット・デュノアの目がキラリと光る。
「へ? え、えっと、何のことです?」
「いえいえ、隠さないでも結構ですよ。昨日の時点で気付いてましたから」
「……あ、そうですか」
そうだろうよとは思ったけど、なんか悔しいと感じてしまうのは、オレが男の子だからか。そりゃ自分の隠し方が完璧だとは思わなかったけどさ。
「はじめまして、IS学園の男性ISパイロット、ヨウ・フタセノさん」
ニコリとアルカイックスマイルを見せるシャルロット。何が目的かは知らないが、得体のしれない感じを覚える。前世の記憶で一方的に知っているから、可愛い美少女だとしか思ってなかったけど、どうにも一筋縄で行かないようだ。
「はじめまして、シャルロット・『デュノア』さん」
カウンターでパンチを打っておく。これはナターシャさんすら知らない情報だ。
ガタッとイスが揺れる。彼女腰を浮かして、いつでも動ける状態になったようだ。
「……何者ですか」
「さっき、アンタが言ったじゃないか。それ以上でもそれ以下でもないよ」
「まさか、昨日の米軍が?」
「いいや、オレ独自の情報さ。彼女も知らないはずだよ」
「……よっぽど強力なバックがついてるようですね」
「実はそうでもないけど……で、率直に行こうよ。何が目的なんだ?」
先ほどからオレはニコニコ笑っているが、実は背中に冷や汗が垂れている。そりゃ常人じゃないことぐらい知ってたけど、銃とか突きつけられたらどうしよう。
じっと、オレを観察するシャルロット・デュノアだったが、やがて根が尽きたのか、ゆっくりと大きなため息を吐いて、イスに深く座りなおした。
「あははは、慣れないことはするものじゃないね」
目の前のISパイロットはリラックスした表情で、苦笑いを浮かべる。
「お互いに。オレも実は今、すげー緊張してた」
「ちょっと気合いが入りすぎてたみたい。お互い、正体がバレたところで、改めてよろしくということでいいかな?」
右手が差し伸べられる。オレもわずかに腰を浮かして、握り返した。
うわ、手小さいなー。むっちゃ可愛いな~……昨日も同じこと思ったけど、アイドルとの握手とか、こんな気持ちなんだろうか。
「改めまして、二瀬野鷹だ。よろしく」
「シャルロット・デュノアです。よろしくね」
ニコリ、と年頃の少女らしく笑う。
ああ、溶けそう。その笑顔でオレ、溶けちゃいそう。
二人が手を離したところに、ちょうどウェイターが料理を運んできた。
「とりあえずお腹減ったから、メシにしようか」
「うん、そうしよう」
カチャカチャとナイフとフォークを動かしながら、シャルロットと和やかな会話を続ける。
「へー。じゃあ、ホントに男の子一人で頑張ってるんだ」
「まあね。色々と大変だけど、良い人ばっかりで助かってる」
「イギリスの代表候補生とかどうなの? なかなか不思議な人物像が伝わってきてるけど」
「まぁ、ちょっと気位が高いぐらいで、良い人だよ。オレにとっちゃ空中戦の師匠だし。クラス代表だから、よく他の生徒にも教えてるよ」
「本物の貴族の家系って聞いてたけど」
「その辺はよく知らないなあ。そういやシャルロットは、どうしてまたオレに近づいてきたんだ?」
「んー。四十院が来てるのは知ってたし、キミと知り合いになっておくには越したことないだろうと思ってね。あとは四十院の開発したスラスターがどうしても欲しくて」
「なるほどねー。あーシャルロット的には、今のうちに社内の立場を強くするためとか?」
「どこまで知ってるのかな、キミは。まあ、そんなところ。やっぱり手柄を持っておくに越したことはないしね。第三世代実験機に次々と採用されてる翼がどうしても欲しくて」
「そこまで上手く行ってないんだ、開発」
「うん、僕も開発じゃないから詳しく知らないけどね。ただ、昨日、米軍基地上空を飛んでたキミのテンペスタの加速度を見て、これはすごいなって思ったよ」
「やっぱ見てたんだ」
「キミたちが会場から車に乗ってどっかに行くの見かけたからね。キミの正体にも気づいてたわけだし」
「なるほどね。それで米軍基地に当たりをつけて、遠くから見張ってたってわけなんだ」
「そういうこと」
シャルロットが水を飲み干してカップを置く。オレもちょうどステーキを食べ終わり、ナプキンで口元を拭いた。
「でも、よく国外に出れたね。大変だったんじゃない? 入ってきたなんて情報はなかったし」
「その辺は企業秘密さ」
まさか荷物と一緒に運ばれたなどとは思うまい。
「そういえばキミ、中国の代表候補生と幼馴染なんだって?」
「お? どこでそれを?」
幼馴染っていうか、小学校中学校と一緒だっただけなんだけど。
「これは企業秘密。どうだった? 戦ったんじゃないの? 結構、血の気の多い子って聞いてたけど」
「血の気が多い……うーん、まあ戦ったけどね。ダブルKOだった」
「情報通りだね。結構、相手は悔しがってたみたいだけどさ」
「そりゃプライドの高さで言えば、セシリアも鈴もどっちもどっちだよ。代表候補生ってのもあるけど、自分の実力で専用機までブン取ったって自負があるんだろうけどさ。あいつなー。昔っから意地っ張りっていうか、ツンデレっていうか」
「つんでれ?」
「普段はツンツンしてるくせに、好きな人の前ではデレデレするってこと。あー違うわやっぱ。あいつはツンツンだ。好きなヤツの前じゃ余計、ツンツンしてるわ」
「あはははは、素直に慣れないタイプなんだ」
「もうホント、オレとダチで結構、頑張ったんだぜ、もう一人のダチとくっつけようとしてさ。でも、お膳立ては全部、アイツ自身でパーにしやがった。まあ、相手も鈍感野郎だったけどさ」
……なんで鈴と一夏をくっつけようとしたか。
それは苦い思い出がある。一夏が誰かと前もってくっつけば、オレの知らない未来がある気がした。
あのときは、一夏がIS学園に入るだろうと思ってたし、そこで目の前のシャルロットやセシリアなんかとよろしくやるだろうとも思ってた。だが、それはオレが脇役の人生を送ることを意味する。良くてオレは友人Aとか、一夏の友人御手洗数馬、二瀬野鷹、みたいな感じで一行で説明されるだけのキャラになるはずだった。それは何か嫌だった。つまんない人生過ぎて……何とか変えたかったという気持ちがあった。
だから、数馬と結託して、一夏と鈴をくっつけようとした。まあ、その目論見は見事に当の本人たちがご破算にしちゃったんだけどな!
「そういえば、一緒に来てた三人のうち、誰かが恋人なの?」
シャルロットの何気ない一言に、口に含んだ水を吐き出しそうになる。
「だ、大丈夫?」
「ごほっ、ごほっ、あ、うん。ちょっとびっくりしただけ」
「そんな図星の話題だったんだ」
「あー、あいつらなあ。ほら、オレの機体って四十院研究所のカスタマイズじゃん。だからその縁でいつのまにか仲良くなったんだ」
「でも、あっちの三人はキミに気があるような気がしたけどぉ?」
意地悪な笑みで問いかけてくるシャルロットさん。
「うーん、まあ、それはなんとなくわかる……とかは本人たちの前じゃ言えないけどさ」
「へー。でも、ちゃんと一人に絞った方がいいと思うよ」
……あなたも一夏ハーレムの一員ですけど、とツッコミたいけどね。
「まーそこはほれ、オレって、あれじゃん。男じゃん」
「なるほどね。うかつに相手を選べないってことなんだ」
「そうそう。相手にも迷惑かかるかもしらんし。オレにそういう気がないってわかれば、あっちもいつのまにか、適度な距離を作るだろ。別にオレだって、あいつらのことが嫌いなわけじゃないし、仲良くはしたいんだ」
「色々考えてるんだね。ちょっと見直しちゃったかも」
「ありがたいお言葉で。今まで、どういう目で見てたわけ?」
「軽薄そう」
「うはー、よく言われるんだよそれ。どうしてかなぁ」
「話しやすいからじゃないのかなあ、僕だってそんなに男の子と話した経験があるわけじゃないけど、キミは気さくだし会話しやすいと思う」
「お気楽主義なんだよ」
二度めの人生だから他の人間より余裕があるせいだ、とは言えない。あと、一度目の人生よりは顔が良いのも気づいてたので、身だしなみには気をつけてる。
「さて、そろそろ僕もお仕事に戻らないと。ここは払っておくよ」
「マジかっ。いや、女の子に奢ってもらうとかそこは」
「いいのいいの。どうせ経費で落とすんだし。それじゃあね、バイバイ、ヨウ君」
「ありがとう。話せて嬉しかった」
オレが背中に声をかけると、首だけで振りかって、小さく手を振ってくれた。
打ち解けると、すごい気さくな良い子だった。あーオレ、シャルロッ党員になりそうだ。許してセシリア師匠。
……だけど、これからの彼女は、どういう人生を歩んでいくのだろうか。
記憶通りなら、シャルロット・デュノアは、シャルル・デュノアとして男装してIS学園に入学してくるはずだ。だが、最大の問題はオレが織斑一夏ではないことだ。
織斑一夏とオレの違いはいくつかある。まず、オレがクラス代表ではないこと。白式を専用機としていないこと。篠ノ之箒と同じ部屋でなかったこと。鈴とはクラス代表選でなく放課後の模擬戦で戦ったこと。それによって無人機の乱入がなかったこと。
今、アメリカにいることも、織斑一夏のスケジュールでは存在しなかったことだ。
ところどころで、織斑一夏ではないことが響いてきている。まあ、オレが一夏だったとして、それでどうなるって話でもないんだけどな。
ホテルのプールでひとしきり運動したあと、オレは部屋に戻って昼寝をしていた。時差ボケのせいで夜が眠れなかったのと、水泳で疲れたせいだろう。いつのまにかウトウトとしていた。
こういうときはいつも夢を見る。
……やあどうだい、気分は。
暗い闇の中、一羽の鳥が見えた気がした。
キミはルート2を歩き出した。
そんな一言を告げて、闇夜に羽ばたいて消え去った。
部屋の電話の音で目を覚ます。
慌ててベッドサイドの電話を取ると、何やら英語が消こえてきた。
やべ、マジわからん。どうしよう。
戸惑っていると、誰かが電話を変わったようだ。
『ハロー、ヨウ君』
「あ、ナターシャさん」
『一緒にディナーに行きましょ』
色っぽい声の金髪美人から、超嬉しいお誘いだった。
「騙された、超騙されたよ」
車の助手席で、オレは項垂れていた。
「ごめんね、ヨウ君からかうと面白くって」
「へーへー。そりゃ良かったですねー」
後ろを見ると、ナターシャさんの同僚の、少年好きの黒人男性ジョンがいた。キラキラした目でオレを見つめてきやがる。さっきから何やら英語で話しかけてくるが、無視だ無視。黙ってるとサワサワとゴツい手でオレの肩を触ってきたりするが、頑張ってスルーだスルー。
オレが心底、嫌そうな顔をしていると、クスクス笑いながら、ナターシャさんがジョンに英語で何やら話しかける。ジョンはOh、とか言って肩をすくめ引き下がった。
「何て言ったんです?」
「日本人はシャイだから、積極的なのは嫌われるわよって」
「根本的解決になってないじゃないですか!」
オレの抗議に、ナターシャさんは愉快そうな声で笑うだけだった。
「ところで、どこに行くんです?」
「プロフェッサー国津から、ブースの撤収を手伝って欲しいって言われてね。明日からの一般公開に用はないみたい」
「そんなホイホイ手伝って良いものなんです?」
「ホントは忙しいんだけど、四十院のブースで受け取らなきゃいけないものもあったしね」
「へー。何を受け取るんですか?」
「キミのテンペスタのISログ。もちろん出せるところだけね。今日は玲美ちゃんと理子ちゃんたちにブースの裏で、私たち向けにログを加工してもらってたの」
「で、何でジョンが?」
またオレに触れようとしてくるジョンを睨む。
「ジョンは優秀な技術スタッフだから。現場で内容を確認してもらおうと思って」
「あ、そですか……」
「さて、そろそろ会場に着くわよ」
ナターシャさんがハンドルを切る。関係者用の搬入口近くに車を止め、ドアを開けて降りた。現地時間十八時を過ぎた今は、会場の正面がもう閉まっているので、裏口から関係者パスで入るようだ。警備についている軍人たちが、ナターシャを見て敬礼をする。
「誰か!」
女性の叫び声が聞こえた。
銃声が響く。しかも単発ではなく、マシンガンだろう。
ジョンが車の影にオレを引っ張り、ナターシャさんも銃を構えて反対側の車の影に隠れた。
「……何? 強盗?」
オレたちが隠れている場所の横に、バカでかいトレーラーが走り込んでくる。駐車場のゲートもぶち壊して、背面を搬入口につけて、中から人が出てくる。それに混じって人型の機械がゆっくりと歩いて出てきた。
「あれは……IS……いや、単なるパワードスーツか」
大きな卵に饅頭を乗せたような鈍重な外見といかにも機械然とした動きが、ISコアのない通常のパワードスーツである証拠だ。大きさもISの二倍はある。
「時代遅れ、とは言え、あんなもの引っ張り出して強盗? 狙いは今日公開してた、デュノアのISかしら」
「なるほど」
IS強盗……また大胆な手に、とは思ったが、何せ世界でISコアは467個しかないんだ。危ない橋を渡っても手に入れる価値はあるだろう。
「さて、どうしたものかしら。目の前でISを奪われたなんて軍の名折れだけど、デュノア社の研究用ISコアが無くなったって、うちは痛くも痒くもないのよねえ」
「……ですよねぇ」
「とは言うものの、ISが盗まれるのを黙って見てるのは、気分の良いものじゃないわ」
自分の『銀の福音』を人一倍大切にしているナターシャさんだ。そういう気持ちになるのも理解できる。何やらジョンに指示を出し、ナターシャさんは自分も携帯電話を取り出してコールを始める。オレはジョンの横で、車の影から会場の機材搬入口を覗き込んだ。
今回、国際ISショーの会場となっている場所は、車の展示会などにも使われるらしく、後ろの搬入口もそれなり大きい。ISぐらい悠々と運び出せるだろう。事実、三メートルは高さのある鈍重なパワードスーツが中に入っていった。
入れ替わりに、中からマシンガンを持った覆面の人間たちが出てくる。どうやら人質もいるようだ……。、
「って玲美? それにシャルロットまで」
最悪だ、人質は二人。両方ともがオレの知りあいだった。
……シャルロット・デュノアはISパイロットとして、それなりの軍人とも戦える訓練を受けている。が、相手は多数で完全武装だ。うかつに手も出せないだろう。玲美にいたっては、IS学園でパイロットとしての基礎訓練を受けていると言っても、シャルロットよりさらに練度は落ちる。事実、銃を持った相手にビビりきっていた。
そりゃそうだよな……普通の女の子だもんな、あいつ。
どうする、どうする?
仕掛けられるタイミングを待つか。いや、ISを奪ってトレーラーに乗り込んだら、人質は用無しだろう。どうせUSAだってISを奪われようというときに、他国人までカバーはしない。それはデュノアだって一緒だ。
……まずい、超まずい。
横にいるナターシャさんと目が合う。
彼女もそれを見てかなり焦っているようだった。銀の福音さえ彼女が持ってきていれば、また状況は違っただろうが、残念ながら今日はメンテ中だ。
「ナターシャさん」
「仕方ないわね……。今、ここにいる最大戦力は、おそらくヨウ君のテンペスタよ。私の名において許可します。責任は全て私が」
「良いんですか?」
「もちろんよ。ISもあの子たちも無事、取り返して見せる」
「ありがとうございます!」
「まずは逃走手段を潰して。あと、あの時代遅れのISもどきも処分しちゃいなさい。その間に私とジョンで、周囲の人間と協力して人質を助けるわ」
「了解しました!」
待機状態のアンクレットからISを展開する。完全展開までの速度は、今までで一番の早さだった。
第二世代インフィニット・ストラトス。テンペスタ・ホーク。頼むぞ!
駐車場を滑走し、トレーラーに一気に近づく。運転席から銃撃を食らうが、そんなものがISのシールドに通用するわけもない。
側面に取りついて一気に加速し、トレーラーを横倒しにする。
これでもう車は動けまい。
驚くテロリスト集団を横目に、そのまま滑走して、展示会場に突入する。
中では犯人グループを取り囲むように軍人たちが銃を構えていたが、パワードスーツが盾になっており、また人質がいることもあって、中々有効な手段に出れていなかったようだ。
四体のずんぐりとした体形のパワードスーツのうち、二体がオレンジのISを担ぎ上げようとしていた。
あれは、ラファール・リヴァイヴ・カスタム! デュノアが持ち込んでたのはシャルロットの機体かよ?
腰の後ろのホルダーから、ブレードを抜き取ると、オレはパワードスーツに向かって滑走する。こんだけ人がいる中で、さすがにスラスターを動かすわけにはいかない。だが、パワードスーツとISの性能差を考えれば、それでも十分だった。
マスクをした集団が銃を向けてくるが、当たってもほとんどシールドエネルギーは減らない。
脚部装甲のPICだけで滑走し、一体目のパワードスーツの足を叩き切る。そのまま横に立っていたパワードスーツの腕を叩き落とし、頭部分にハイキックを喰らわせた。簡単に頭部装甲が空中に舞って、壁に突き刺さる。
残り二体。
ブレードを投げて、一体の足を地面に縫い付けると、そのまま殴りかかる。打鉄にすらダメージを与えられないような出力だったが、それでも軽々とパワードスーツをへこませ、足払いをすれば、相手の足が吹き飛んで地面に崩れる。
最後の一体が後ずさりながら、オレに手に持ったグレネードを向ける。即座に近づくと、銃を叩き落とし、手刀で両腕を肩から叩き切った。そしてパワードスーツの前面装甲に手を掛けると、無理やり引っ剥がす。中では男が一人、愕然とした顔で首をふるふると振っていた。
全ては一瞬だった。我ながら素晴らしい手加減が出来たもんだ。誰も殺してない。
視線をシャルロットたちに戻す。
テロリスト集団は突如現れたインフィニット・ストラトスに驚いて、ただ銃を向けるばかりだった。
その隙をシャルロットが見逃さなかった。後ろに立つ男の腹に肘打ちを決めて、そのままマシンガンを奪い取る。銃口をテロリストに向けて威圧した。
それを合図に、ナターシャさんたちが飛び込んで行った。
だが、玲美を人質にしたマスクの男が彼女を引きずりながら、逃げようとする。オレは軽くジャンプして、男と玲美に向かって飛びこんだ。
震える手で引き金を引く男だが、オレ自身に届くはずもない。生身に見える部分も、ISによって皮膜装甲というバリアが張られているのだ。そのまま突進し、玲美を優しく右手に抱え、左手で男のベルトを掴み、空中に舞い上がる。男は足場のない空で銃を落としてしまったようだ。ようやく観念したのか、抵抗を見せる様子はない。
それを確認して、右手に抱えた玲美の顔を見る。
「大丈夫か?」
可能な限り、優しく声を掛けると、玲美が抱きついてくる。
「こ」
「こ?」
「こわかったよぉ!」
可能な限りの弱い出力で抱きしめ返してやると、玲美は堰を切ったように泣き始めた。
「無事で良かった」
やれやれ、一見落着か。
周囲を見回すと、マスコミが集まってきていた。しまった、今日は報道が入る日だった。まだ閉会したばかりだったため、付近にいて騒ぎを聞きつけて寄ってきたようだ。
『二瀬野君、玲美は無事かい?』
慌てた声の国津さんが通信をかけてくる。
『はい、ケガはありません』
『ホントに良かった! ナターシャさんに要請したから、そのまま犯人はその辺に放って、二人で昨日の基地まで飛んで行ってくれるかな。私たちもすぐ後で追いかけるよ』
『了解しました』
通信を終え周囲を見渡すと、星条旗がはためくポールが見えた。左手でプランプランとさせていた犯人をそこに引っかけると、オレは両手で玲美を抱えなおす。
「ほれ、そろそろ泣きやめ」
可能な限り、ゆっくりと飛ぶ。
「う、うん」
鼻をすすりながら、玲美が顔を上げた。
「このまま昨日の基地に厄介になる。あーあ、お忍びでここまで来たのに、何の意味もなかったな。派手に暴れちまった」
ISのセンサーを望遠モードにして、犯行現場を見る。犯人一味はどんどん捕まっているようだ。さらに拡大すると、シャルロットがこっちに向かって手を振っていた。
「……何で笑ってるの?」
不機嫌そうな顔が間近にあった。
「え?」
「……今、シャルロットさん見てたでしょ」
すげぇするどい。
「いや、みんなが無事で良かったって思っただけだよ」
「ほんとにー?」
「ホントホント」
腕の中の玲美が、じーっとオレの顔を覗き込む。苦笑いを返すと、彼女がぎゅっとオレの首に強く抱きついてきた。
「……助けてくれて、ありがと……」
「お前が人質になってるのを見たとき、生きた心地がしなかったよ」
「それと……その、カッコ良かった」
「そりゃどーも。んじゃ少し飛ばすぞ。しっかり捕まってろよ」
「うん」
今日、初めて誰かを守れた気がする。累計三十四年の人生で初めて、この腕にある温もりを掴めた気がする。
それを溢さないようにしっかりと抱きかかえて、オレとテンペスタ・ホークが北米大陸の空を飛んで行った。
国際ISショーの会期も終わり、明後日から学校なので、オレたちはアメリカの大地を後にすることとなった。
「ふっ、アメリカの観光地の思い出が何にもねえ」
そう、オレは強盗テロ事件の後も、そのまま米軍基地にいた。勝手に他国でISを動かしたせいでIS条約機構からの事情聴取も色々あったが、これはナターシャさん他、米軍が味方になってくれたおかげで一日だけの拘留で終わった。
だがそれが終わっても、基地の周りがマスコミだらけで外に出ることが敵わなかった。何せ世界で唯一の男性IS操縦者がテロリストを鎮圧したのだ。噂が噂を呼び、結局、外出一つ許されず、二日間を米軍基地で過ごすことになった。
その間、ナターシャさんに色々と教えてもらい、メンテの終わった『銀の福音』に遊んでもらっていたので、充実した日々ではあった。
気づけば帰る予定日となった。
ちなみにだ。帰りもまた米軍の輸送機の荷物と一緒に運ばれることに決まった。なにこの扱い。さらに玲美たちは一足先に、四十院が用意した豪華なファーストクラスで帰途についた。チクショウ。
そういうわけで、オレは今、カルフォルニアベースの飛行場に立っている。
「それじゃ、みんな、また会おうぜ、シーユーアゲイン」
色々と遊んでくれた米軍基地の大人たちに、知ってる英語で挨拶をして、輸送機に乗り込む。
ジョンが本気で泣いてる気がしたが、無視だ無視。
みんな、英語でなんか叫びながら手を振ってくれていた。言葉はわからんが良いヤツばっかりだ。あと最後に誰かスラングでキン○マ言っただろファッキンUSA。
輸送機が飛び立つ。
まだ荷物置き場に行かなくて良いらしく、オレは窓から外を眺めていた。
「お?」
銀の福音が飛んできた。背中の2枚の推進翼が、オレのテンペスタ・ホークと同じ形の物に換装されている。
窓に張り付いて、オレは手を振った。
ナターシャさんが、フルスキンISのまま投げキッスを飛ばしてくれた。
また会えるといいな。
そんなことを思いながら、オレはいつまでも手を振っていた。
……あ、セシリアに頼まれたお土産、買うのすっかり忘れてた。