小麦粉使いの魔法使い   作:蛙顏の何か

9 / 43
守られている者は知らない

入学式が終わり、各教室でクラスの顔合わせがあった後、あまり目立ったこともなく二度目の小学生初日は終わった。

あまり変わった事はなかったが強いて言えば、式典で見た校長が妖怪の様な容姿だったのと、祐奈とは別のクラスだったという事だけだ。

今は親御さん達と教室を出る生徒を見ながら、伊織が来ないかと探している。

 

「(本当に何しに来たんだろあの人、何だか喜んだ自分がバカらしくなってきた)」

 

来ないなら仕方ないと自分に言い聞かせ、裕奈のクラスへと向かい明石家と合流して、一緒に帰ろうと教室を出る。

 

「確か、一年A組だって聞いたけど……まだ人が多そうだね」

 

目的の一年A組の前には、今だに多くの人がごった返しており、とてもあの中に入れそうに無い。

仕方ないと思い一人で帰宅しようと思うと、誰かに肩を軽く叩かれた。

 

「三峰 縁君かい?ちょっといいかな」

 

振り返ると、そこには短い白髪の青年が話し掛けてきた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「よぉ、待ったか?」

 

「いいえ、私もさっき来た所よ」

 

まるで待ち合わせしている恋人の様な返事した金髪の女性の席に伊織は堂々と座る。

 

「ドネット?なんでここに…」

 

伊織の待ち合わせ相手、ドネット・マクギネスを見て夕子は驚愕する。

 

夕子とも友人であり、彼女は英国のウェールズの魔法使いだ、なぜここにいるのか不思議でならない。

 

「伊織、貴女説明しなかったの?」

 

「勝手について来たんだよ、これ以上騒がれても面倒だから連れて来た

夕子も早く座れ、お前も珈琲でいいだろ?」

 

夕子を席に座らせ、店員に珈琲を頼むと、ドネットはカバンから数枚の資料を取り出す。

 

「これは?」

 

「メガロの奴らの一年前に使用した予算の報告書だ

かなり無理言っといてなんだが、よく持って来れたな」

 

「貴女の無茶な要求には慣れてるけど、今回のは特に大変だったわ

 

でも、貴女の言うとおり、一年前の研究施設はメガロメセンブリアの息がかかった物よ」

 

一年前の研究施設と聞いて、夕子は縁が捉えられていた施設を思い出した。

確かあの事件は、外部の魔法使い達による違法研究と言う事で幕を下ろしたが、伊織の中ではまだ終わっていなかった。

伊織は再び縁を狙ってくるかも知れないと言う事で、一年間自宅で縁を守ってきたが、襲撃者や疎か監視者まで一人も現れなかった。

伊織も取り越し苦労かと思い、一応独自でも調べてみたが不自然な事に気付き、友人のドネットに依頼したのだ。

 

「あの後、縁の情報が外部に漏れてないか探ってみたが、驚く事に全く出てない。

不自然じゃねぇか?あの施設で特殊な人間は縁ただ一人だった

それなら多少なりと噂みてぇなのが出回るかと思えばそれもねぇ

 

んで、きな臭くなって、あの施設に資金援助してるっつう魔術結社とやらを片っ端から見つけてぶちのめしたが、

見つかるのは何処も弱小組織ばかりで資金援助なんでとてもじゃねぇができねぇ」

 

「でも、それでどうしてメガロメセンブリアが!?」

 

「夕子落ち着いて、いくら認識阻害を張ってるからと言っても、あまり騒がれると意味がないわ」

 

夕子を宥めるドネット。

夕子が落ち着いたのを見て、伊織は話を続ける。

 

「そこでこの資料だ、あたしの考えでは、あんだけデカい施設を建てたり人を集めるのはかなりデカい金がいる

多数の組織の援助がないとすりゃあ、何処かデカい組織になる。

それにあの研究施設は誰に言われて研究してたんだ?言っちゃあなんだが、あの施設で捕まえたリーダー格の奴は小物だぜ?あんな奴がこんな大規模な事するか?

じゃあ、あの施設は誰の為に研究してたんだ?」

 

しかも、伊織達が捕まえた構成員達の処遇も聞かされていないし、資料も封印指定され、実際どの様な物か確認できない。

故に、伊織があの時、縁の資料だけ抜き取ったのは正解だった。

 

「答えは簡単、メガロの奴らは正義の名の下に施設を制圧、メガロの奴らにとって邪魔な構成員の魔法使いをあたし達制圧部隊に紛れて消す

そして押収した資料はメガロにいる奴の懐の中

奴らは自分達の手を汚さず、研究成果だけ手に入れハイおしまい」

 

話しすぎて喉が渇いた伊織は、店員の持って来た珈琲で喉を潤す。

夕子もドネットも、伊織の考えを聞き、否定できないのか黙ってしまった。

 

「つっても、証拠も何もねぇから、所詮は小娘の戯言で終わるのがオチだ

あたしの考えを信じるも信じねぇもおめぇら次第だ」

 

「伊織、貴女がそこまでするのは縁君のため?」

 

夕子は疑問だった、伊織は誰もが知っている様に面倒くさがりだ。

彼女が知っている中では、仕事でも無いのに、一人の人間の為にこれ程まで一生懸命になった事はなかった。

縁が来て彼女は変わった、自堕落な生活も改善され、酷かった女遊びも控えるようになった。

本人の口では、認めていないが縁の事を大事に思っている事は、彼女の話したこれまでの行動からも理解できる。

 

「ちげぇよ、臭い匂いは元から絶つ主義でね、いつまでも警戒しなくちゃいけねぇのがウザったいだけだ

メガロの野郎共は元から気に入らねぇし、昔の借りもあるから潰す。

それだけだ、あいつの為じゃねぇ、自分の為だ」

 

やはり彼女は素直じゃない、夕子はそう思った。

確かに彼女は面倒くさがりだが、基本いい人だ、他人の事はどうでもいいが、身内の事になると熱くなれる、そんな人だ。

 

「仕方ない、私も手伝うわよ」

 

故に、そんな友人をほっとけなかった。

先ほどの話でも分かる様に、彼女一人で抱え込む事が多い。

ドネットに資料を依頼したが、もうこの件からは引かせるだろう。

 

「それに帝国側の貴女より、メガロメセンブリアに派遣されている私の方が探りやすいでしょ?」

 

「馬鹿野郎!そんな協力必要ねぇ!

おめぇには、旦那と裕奈ちゃんが居んだろうが!」

 

「貴女だって、今は縁君が居るでしょ?」

 

「あいつは元より一人で生きていける様に仕込んでる

いつまでもあたしの下に置いておく訳にはいかねぇからな

それにおめぇに何かあったら、あたしはあの二人に顔向けできねぇ……」

 

「私だって、死ぬつもりはないし、態々消されてやるつもりもないわ

これは私達の仕事のやり残し、受けた仕事は最後までやりきらなきゃね

 

それに、縁君が裕奈を貰ってくれないと、あの娘本当に旦那と結婚しかねないわ……」

 

最後に重大な事を聞いた気がするが、夕子も引くつもりはない様だ。

こうなったらテコでも動かせない事は伊織も知っていた。

 

「(ここに連れて来た事は失敗だったかぁ?

だが、確かに帝国側のあたしじゃ限界はあったし、何よりこれはあたしの問題だ、ついでにあの餓鬼が助かる為に、夕子をあまり巻き込みたくはねぇ

ここは慎重に行くしかねぇな)

 

あー、わかった、わかったよ

ただし無理だけはするな、それでおめぇが死なれちゃ後味悪い」

 

「そうこなくっちゃ」

 

「ふふ、私も協力させてもらうわ、ここまで要求したのだから、嫌とは言わないでしょ?」

 

「もう好きにしろ、命の保証はしねぇがよ」

 

夕子に続きドネットまで加わる事になり、伊織はもう疲れ気味だ。

こうなったら意地でもメガロに居る黒幕を叩き潰し、無事帰還しよう。

そう決意した伊織はふと入学式の校門まで一緒に来ていた縁を思い出す。

 

「(そういやあいつ、あたしが入学式に一緒に行くと思って、やけに喜んでたな、まぁ、ぬか喜びだったがよ

なんか、悪いことしたなぁ)」

 

「そういえば、近々帝国の方から麻帆良に移民計画の子を送るそうよ

確か名前がココネ・ファティマ・ロザさんだったかしら、貴女の後輩なのだし、面倒見てあげたら?」

 

「なんだ、あの実験成功してたのか、まぁ、どうでもいいがよ

それに、失敗作で劣等生のあたしが、帝国の未来を担う優等生様に何すりゃいいんだよ

可愛かったら抱いてやるが、それ以外は特に興味もねぇし、これ以上居候が増えるのは願い下げだ」

 

ドネットの情報を伊織はどうてもいいと、この話を打ち切り、今後の活動の方針を決める。

 

「んじゃま、いつもの通り、元気に根気良く行きますか」

 

「そうそう、元気が最強、元気が最優先なんだから」

 

根気強くいくしかない、なので友人の言うとおり元気で有る事は必要だ

相手は天下のメガロメセンブリア、たった三人で挑むにはあまりに強大過ぎる、此方が喰われない為には、細心の注意を払う必要がある。

此方が弱っている所は見せられない、喰い殺すのは此方の方だ。

 

伊織達はこれからの事を話し合いながら、一時間程で解散した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「(結局、こんな時間になってしまった)」

 

現時刻昼の四時、二時間程前に初日は終わっていたので、朝はあれだけ多くの人でごった返していたが、今は殆ど居ない。

入学式が終わり、一人で帰ろうとした僕を短い白髪の青年、タカミチ・T・高畑先生に呼び止められ学園長室まで案内された。

どうやら、この高畑先生は魔法使いであり、入学した魔法生徒を連れてくるのか目的らしい。

 

「(でも、初日に来るとは思わなかった

伊織が来るとは言ってたけど、流石に心の準備ができて居ない内に来たからかなり慌てたよ)」

 

学園長室に居たのはもちろん学園長で、他の魔法生徒も居るのかと思えば何処には居なかった、多分時間差で別々に連れて来てるのだろう。

部屋に居るのは学園長と高畑先生と僕だけ、何を言われるのかと、内心ドキドキていたが、話した事は、魔法バレをしない様に釘を刺しただけだった。

流石にバレたらオコジョの刑とは言われなかったが要注意するようにと言われたので素直に返事をした。

伊織に子供である事をうまく使えと言われたので、少し陽気な子供を演じた。

 

学園長の話はそれで終わり、高畑先生からは伊織との生活は上手くいっているかと聞かれた。

どうやら高畑先生は、伊織の昔からの友達らしく、あの面倒くさがりが子供を引き取った事に驚いていたらしい。

特に伊織との生活は上手くいってるので、伊織はいい人だと言っておいたら、高畑先生は何だか嬉しそうにしていた。

 

伊織はあまり身の上の話しはしないので、高畑先生みたいな人達に聞くのもいいかもしれない。

 

学園長達との話も終わり、帰宅しようと学園内を歩くがある事に気づいた。

学園長室は麻帆良の女子校の中等部のエリアにある、なぜそこに学園長室が有るのかは置いておいて、僕は入学したばかりの小学生。

そしてここは未開の女子校エリア、僕が迷うのは当然だ。

そこから、迷い続け、一時間半程でようやく高畑先生が案内した時の道に戻り今に至る。

 

「(案内したならちゃんと送って欲しいよ、こっちは一応子供何だから…)」

 

歩き回ったせいで疲れてしまった、この後夜は訓練があるから更に憂鬱になる。

すると、目の前に見覚えのある後ろ姿が見えた。

あの茶髪のショートポニーテール、しかもやけに似合ってるスーツを着ている。

それを見た僕はその背中に飛び掛かった。

 

「うおっ!こら!何してんだてめぇ!」

 

「うるさい!突然居なくなりやがって!ぬか喜びだよっ!」

 

コアラの様に背中にしがみつく僕を伊織は振り落とそうとするが、断固として離れるつもりはない。

 

「……何処に行ってたの?」

 

「は?なんだ?あたしが居なくて寂しかったのか?」

 

「そういうわけじゃないよ、でも伊織が何時もとは違う格好をして来てくれたのが嬉しかった」

 

だからこそ、あそこで来てくれなかった少しショックだった。

すると伊織は、僕を優しく下ろし、頭をグシャグシャに撫でる。

 

「はっ、おめぇは餓鬼じゃねぇんだろ?それに男なら、これくらいで落ち込むな

ほら、今日はお前の入学祝いだ、なんか美味いもんでも食いに行くぞ」

 

伊織は僕の手を引き、麻帆良学園をあとにする、

その時の伊織を、僕はどこか自分の母親と重ねてしまった。

もしかしたら、他の人達から見たら僕らは親子に見えているかもしれない。

そう思った僕は、どこか嬉しくなり伊織の手を握り返した。




今回は伊織をメインにした話を書きましたが、この話は元々一話でやる予定だったのですが、思いのほか長くなったのでニ話に分けて投稿しました。

縁の平穏な日々を、影ながら守り続けてるいる伊織
伊織との間に、本当の家族らしい感情が芽生えてきた縁
口にはしないが、お互いがお互いを思いやっている二人の気持ちが、読者の方に伝わっていれば良いのですが、作者は何分修行不足なのでそこはご了承ください。

次回は、また縁メインの話に戻ります。
ついに第二のヒロインが登場!!

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。