小麦粉使いの魔法使い 第九話
「出来たあっ!!」
現時刻は夜の十一時、子供ならもう就寝していなくてはいけない時間に、僕はダイオラマ球の別荘前で歓声を上げる。
僕の手には、いつも魔法の練習で使う子供用の杖が握られている。
至っていつもの光景の様に見えるがそうではない。
いつもはならば、魔法を行使しようとして不発するだけだが、今日は違った。
三日月が先端に付いた杖の先には、ライターの火と同じくらいの小さな火が灯っていた。
つまり、遂に魔法を行使したのだ。
「やったぁっ!遂にやったんだよ!!ねぇねぇ見てよ伊織!!」
「あー、見てるからそんなに騒ぐな、鬱陶しい」
これが騒がずにいられるものか。
魔法の練習を始め早一年、遂に魔法を行使したのだ!
小麦粉の魔術を使用できる様になってから、ふと思ったのだが、
光の処刑を持っているなら、普通の魔法ってつかえないんじゃないの?と思っていた時もあった。
神の右席は、天使に近づいた事により、普通とは異なる魔術を使える様になっているが、その代わり普通の魔術が使えなくなる。
なので、もしかしてそのせいで魔法がつかえないのでは?とあの時は諦め気味だったが、そんな理由で伊織が辞める事を許す訳もなく、こうして続けた結果がご覧の通り。
火が消えない様に気を付けながら、嬉しさのあまり小躍りをしてしまう。
伊織はそんな僕を見てため息をつき、踊る僕に歩み寄り、杖先の火を握り潰す。
「ああっ!!」
「それだけ継続し続けてるんなら、次も使えるだろ
明日は早いんだ、早く寝ろ」
もう一度灯りの魔法を使うと、杖先に再び小さな日が灯る。
よかった、まぐれではなかった。
安心した後、ポケットに杖を仕舞い、明日何があるのかを思い出す。
駄目だ、魔法が使えた喜びが大きかったせいでど忘れした。
こういう時は、聞くのが一番だ。
「明日何があるの?」
「はぁ、お前、明日から学校だろ」
早朝、今日は訓練もなく、ゆったりとした朝を過ごす。
朝食はパン屋で買ってきた食パンと、果汁百パーセントのぶどうジュース。
何故得意の料理を作らず、この様な質素な食事しているかと言うと、『光の処刑』の補給である。
『光の処刑』は天使の中でも『神の薬』であるラファエルに近づいた者が得る魔術であり、土を示す。
大地の恵みや実りを利用のが手っ取り早いらしい。
ミサの仕組みを用いた儀式で、ぶどうジュースは『神の血』を表し、小麦粉は『神の肉』を表しているのでパンはこれに属する。
「(でも、テッラはぶどうジュースじゃなくて、ぶどう酒で補給してたけどね
子供の僕が酒を飲むわけにもいかないし、飲める様な歳でも、テッラみたいに浴びるほどは飲みたいくはない)」
なので、伊織に殴られたのは補給不足なだけでは?と思い、毎日三食、パンとぶどうジュースだけで生活するのは無理なので、こうして朝だけでも補給している。
今だに使えてはいないし、本当に持っているかどうかも怪しいが、小麦粉が使えているので微かな希望に賭けて半年も続けている。
「(そういえば、禁書目録の世界って、確か世界のズレの影響で実際の神話の天使とは違ってた様な……
確か本来は、風を司るヴェントが『神の薬』で、地を司るテッラが『神の火』だから、僕って本当にテッラをイメージしてていいのかな?)」
そんな事を考えながら、食事を終えた僕は、小麦粉をカチンコの形にして歯ブラシを取りにいかせる。
あれから、小麦粉の練習の為、家では小麦粉に何かしらの形を与え、僕の手足の様に動かしている。
小麦粉の形態は、僕のイメージから作られているので、テッラの使っていたギロチンの形態は勿論、今では色々な形に出来るので僕としては大助かりだ。
準備を終え、数年ぶりのランドセルを背負い、伊織の部屋に向かう。
今日は麻帆良小学校の入学式がある。
僕は一応、麻帆良所属の魔法使い見習いとなっているが、まだ麻帆良入学していないので正式なものではない。
なので、また小学一年生からやり直しである。
若干落ち込みながら部屋に入ると、伊織はダイオラマ球から出ていたが、その姿に驚愕した。
いつもは何種類持ってんだとツッコミたくなる程毎日色の違うつなぎを着ている伊織が、スーツを着ていた。
しかも、若干化粧もしている様でいつもより大人っぽさが際立っており、さらに美人になっていた。
「………」
あまりの出来事に空いた口が塞がらない。
この一年、つなぎ姿でしか見た事のない伊織がスーツを着て、しかもメイクまでしていたのだ、驚かない方がおかしい。
「おい、入学式に間に合わなくなるから早く行くぞ」
思考停止し、半分意識が無いまま伊織に手を引かれ家を出る。
途中、裕奈と夕子さんに会い四人で麻帆良まで向かう。
意識が戻った僕は、伊織の袖をグイグイ引っ張る。
「ねぇ伊織、今携帯持ってる?ちょっと貸してくれない?」
「お?ようやく話し掛けてきやがったな
ほらよ、麻帆良に着く前に返せよ」
伊織から携帯を借りると、すぐさまカメラモードに切り替え、伊織を撮影する。
シャッター音が鳴り、綺麗に伊織が撮れているのを確認すると、伊織に携帯を奪われた。
「おい、何のつもりだぁ?」
「こんな貴重な伊織を何かに残さないのは持ったいないと思い
レアな伊織の姿をカメラに収めました」
「んなもん撮らなくていい!
つか、今日は入学式だから、カメラに収まるのはおめぇの方だろぉが!!」
写真を消そうとする伊織を阻止するべく飛びかかったが、伊織はなかなか携帯を渡さない、小癪な。
「残してあげればいいじゃない
確かに貴方のスーツなんて貴重よ?」
「イオリさんすっごくキレイだよ!!」
明石家からの援護射撃。
いいぞ!もっと言え!
明石家の二人からまで言われるとは思ってなかったのか、伊織は赤面しながら、舌打ちをして、しがみ付く僕を引き剥がし、携帯を締まった。
「(よかった、消されなかった
でも、僕の為に態々ちゃんとした格好してくれるなんて、なんか少し嬉しいな
それに伊織も褒められて満更でもなさそうだしね
やっぱりツンデレなのかな?)」
「おい、ちょっと考え事してねぇで聞け、結構真面目な話だ」
伊織のツンデレ疑惑を検討てていると、小声で話しかけられた。
明石家の二人は前の方を歩いているのでこの話は聞こえていない。
「これから麻帆良にいる魔法使い達を何人も見かけるかも知れないが基本無視しろ、変な関わり合いはもつな
お前の事を知ってる奴も魔法教師の中に数人いるが、魔法関連では関わるな
学園長の妖怪爺に何か依頼されても無視しろ」
「え?いいの?僕って一応は麻帆良所属の魔法使いでしょ?学園長まで無視していいの?」
「基本無視、利害が一致した時以外はなるべく面倒事は避けろ
学園の魔法使いに関わっても、程のいい使いっ走りにされるだけだ」
案外ブラックな魔法使い社会、僕もあまり危険な事はしたくないので、ここは伊織の言うとおりにしておいた方が良さそうだ。
「まぁそうは言っても、あいつらも小学生に危険な事はさせねぇだろ
向こうも魔法が一般人にバレるのは避けてぇから、忠告には来るかもな
そん時は適当に返事しとけ」
「うん、わかった」
「それと、おめぇが内気なのは知ってるが、せっかくの二度目の小学生なんだ、今までの様に生きるんじゃなくて、もっとやりたい事とか、昔やりたかった事を積極的にやってみろ
なりたい自分ってヤツを目指すのもいいんじゃねぇか?」
分かってはいる、僕も友達は余り居なかったし、特に目立った成績もなく、地味な見た目で彼女もできた事はなかった。
なりたい自分を目指す、確かにそれもいいかもしれない。
「……考えとく」
それだけ言って伊織の袖を掴み歩いていると、
僕と同じ様にランドセルを背負った子供やその親御さん達がどんどん増えていく中、麻帆良小学校の校舎が見えると、校舎を目指す人々とは違い伊織だけが別の方向に歩き始めた。
「え!?どこ行くの?そっちは違うでしょ?」
「誰がお前の入学式に出席するっつったよ
あたしは野暮用で来ただけだ」
ならなぜスーツ着て来たと突っ込もうとしたが、伊織は軽く手だけ振って、人の波に向かって歩き消えて行った。
伊織は縁と別れ、麻帆良のとあるカフェに向かっていた。
彼女が今日麻帆良に来た理由は入学式で人がいつもより多くなり、なおかつ、麻帆良の魔法先生達はこの機に乗じて侵入しようとする外部の魔法使いの警戒に当たるせいで、内部の警戒は魔法生徒に任されてある。
麻帆良の魔法先生に遅れを取る伊織ではないが、それでも警戒している者は数人いる。
だが、未熟な魔法生徒など、伊織には取るに足らない。
なので、このタイミングを狙って麻帆良に入り、スーツは周りの人間に合わせ、見つかりにくくしたいからである。
「なんで、おめぇがついて来てんだよ」
イラついた口調で伊織は後ろの追跡者に話しかける。
伊織が後ろを向くと、物陰に身を潜めていたのは友の明石 夕子だった。
「貴女こそ、こんな所でなにしてるの?今日は縁君の入学式でしょ」
「それは裕奈ちゃんも同じだろ?
ほら、もうすぐ始まるぜ」
いつもとは違い、どこか真剣な伊織は友人に帰るように告げるが、夕子は一向に去る気はない。
「貴女がちゃんとした格好で出るから、親としての自覚が出たのかと思っていたのだけど、私の勘違いだったの?」
「あいつとはそんな仲じゃねぇよ、保護者と居候、それだけの関係だ」
不穏な雰囲気が流れる二人に通行人の何人かが注目し始めた。
普段なら認識阻害魔法を使って偽装しているが、ここは魔法使いの総本山麻帆良学園、下手に偽装して魔法使い達に気付かれたくなかったのであえて認識阻害魔法を使っていなかった。
「…これからカフェに行く、そこで珈琲でも飲むか?」
「いいわ、久しぶりに二人でそういう所に行くのもいいわね」
周り視線を感じ、これ以上注目が集まるのは避けたいと思った伊織はため息を付き、夕子を追い返すのを諦め、仕方なく目的地のカフェまで連れて行く事にした。