小麦粉使いの魔法使い   作:蛙顏の何か

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左方にはまだ遠く

「光の処刑?」

 

倒れ伏せる僕を敷物の様に尻に敷き伊織は言う。

黒く光るヤツとの戦いに勝利し、祐奈といつもの様に遊び帰宅したら、そこには風呂場で足を洗い続ける伊織の姿が目に映り、本能的にヤバいと思い避難した。

だが、伊織がそれを許すはずもなく、僕を見つけた途端アイアンクローで捕らえ、そのままダイオラマ球に直行、抵抗する間もなく空中コンボを伊織の気が済むまで繰り出され今に至る。

伊織の様な美人の尻に敷かれるのは悪くないが、今の僕には傷に響くだけだ。

 

「うん、それが僕の能力名

人間では倒せない様なあり得ないほど強い奴を倒す為に生まれた下克上魔術」

 

本当は『神の子』を人の手で殺す為の魔術だけど、そんな事を伊織に言っても分からないだろうし、実際に神の子が居るわけでもないので説明は不要だ。

 

今手元に小麦粉はないが光の処刑なら使えるだろう。

ちょっと伊織には、『神の右席』の実力を見せてやろうではないか。

 

「この力があれば、伊織でも倒せる」

 

「ほぉ、言うじゃねぇか

じゃぁ、やってみろよ、その小麦プレイとやらであたしを倒せるって言うんならやってみな」

 

「光の処刑だよっ!何その怪しいプレイ!」

 

本当に失礼な人である。

だが、しかし!そんな事が言えるのも今の内だ!いおりんなど神の右席の前には無に等しいのだよ!

 

「それじゃあ、僕を思いっきり殴ってみて、軽〜く無効化して見せるよ」

 

伊織が退いたので立ち上がり、服についた砂を叩きながら自信満々に言い放つ。

伊織は肩の調子を確かめる様に腕を回し、コキコキと関節を鳴らす。

 

「んじゃ、いくぜぇ

最後に言い残す事は?」

 

「フフン、そんな事を言ってられるのも今の内なんだよ

伊織の拳は、もう僕に届く事はないんだよ」

 

更に挑発するが、伊織はあまり信じてないのか、さっきからニヤニヤしている。

もしかして、あれだけ格闘ゲーム顔負けの空中コンボを放ったのにまだ根に持っているのか!?

確かにあんな物を踏んでは仕方ない気もするが、むざむざ殴られる訳にはいかないし、伊織の拳は届く事はない。

 

「優先する。ーーー拳を下位に、人肌を上位に」

 

この魔術を使っていた者、左方のテッラをイメージしながら唱える。

伊織の攻撃は神速に等しい、初速に入ったかと思えばもう殴り飛ばされている事が多い。

なので、先に言っておく。

魔術が発動させる前に殴られたらたまったものではない。

 

伊織はいつものダラけたポーズではなく、両手を前にして脇を締める。差し詰めボクサーの様な構え方だが、あまり様になっていないので、やはりこれも適当な構えなのだろう。

伊織は特に構えや型なんてものは教えず、人や物の殴り方だけ教えてくれる。

多分、そういったものに囚われず、自分にあった物を見つけて欲しいのだろうと僕は勝手に解釈した。

 

僕の身長が低いので、伊織も若干姿勢を落し、ハンマーの様に下から初速に入りーーー

 

 

ーーー消えた。

 

 

次の瞬間、ひしゃげるのではないかと思う程の拳が僕の顔面に突き刺さり、鼻血を巻き上げながらいつもの様に数メートル吹き飛んだ。

 

「おびょょょぉぉぉおおおおおおお!!!!」

 

本日三度目の情けない声を上げながら、殴られたら顔を抑え砂浜にのたうち回る。

 

「(痛い!死ぬほど痛い!!絶対鼻折れてるよ!!なんだこの痛み!今まで生きてきた中で一番痛いっっ!!!)」

 

今だに鼻血が出続ける鼻を抑える……鼻の感覚がない。

 

「(と言うか!なんで光の処刑の効果を無視して攻撃通してるの!!

こんなの絶対おかしいよぉっ!!)」

 

今までにないほど困惑し続ける思考に頭がおかしくなってくる。

そもそも『光の処刑』は法則を変える魔術、言うなれば一時的な世界の書き換え

先ほど唱えた魔術は、如何に弱い人肌であろうと、どんな威力を誇る拳でも、人肌の方が拳に勝つと言う魔術だ。

それこそ、紙でハサミを砕いたり、豆腐の角で人が殺せる程だ。

 

つまり、伊織の拳が世界の法則に勝ったと言うのか!?

アホかっ!んな事あるわきゃないだろっ!

もとよりこの魔術の攻略法は、複数の攻撃を同時に出すか、発動させる暇もなく一撃で倒すぐらいしかない。

 

複数の攻撃はない、拳は見えなかったが、伊織は毎回一発で決めている

いくら気で強化しても結局は拳が来るので無効化される筈だ。

それに魔術だって、殴られる前にちゃんと優先する対象を言ったはず……ん?言ったはず?

 

「(もしかして、ただ言っただけで、魔術自体は発動してない!?

そんな馬鹿な!小麦粉だって操作出来てたのに!

それとも僕の勘違い!?光の処刑じゃない!?)」

 

今だに痛む顔を抑えながら、なんとか立ち上がると、数メートル先の伊織は拳を振り抜いたポーズのまま固まっていた。

どうしたのかと思い、気で強化した目で見ると、なんだか微妙にプルプル震えていた。

まさか!向こうにもダメージがあったのか!?光の処刑じゃなくて『一方通行』!?

 

「あはははははっ!!だせぇー!プクク、あれだけ自信満々に言って起きながらぶっ飛ばされるなんて!!

しかも!鼻血がぶーーって!だはははははっっ!!!」

 

笑っているだけだった。

しかも、腹を抱えながら砂浜を転がる程の大爆笑。

 

うぅぅ、今更ながら恥ずかしくなってきた……

あれだけ挑発しといてこのざま、もうお嫁にいけない……男だけど。

 

顔を赤くしながら、今だに笑い転げる伊織の所へ向かう。

笑いすぎだ。

 

「ははははっ!!あーやべぇ、笑い死ぬ〜」

 

「もうそのまま死んじゃえ」

 

「悪い悪い、でもよぉ…くくく」

 

もう家出しよっかな?もうやだこの人……。

 

「あ〜悪かったよ、そういじけんな

ほら、別荘の方に行くぞ、あそこなら魔法薬があるから、それで顔面も直んだろ」

 

「………うん」

 

伊織に手を引かれ、別荘へと向かう。

 

顔面も魔法薬を浸したタオルを置く事で痛みは引いた。

伊織は今日、僕の部屋で寝るから、今晩は別荘で寝ていいらしい。

 

そのまま、伊織がダイオラマ球を出た後、別荘のフカフカなベットで一夜を過ごした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

翌日、僕は伊織と部屋を変わった事を後悔した。

朝食を作ろうといつもより早く起きた僕は、顔が治っている事を確認し、ダイオラマ球を出た。

朝食はいつも夕子さんに先を越されているので早めにキッチンを占領。

朝食を作り、伊織が眠っている僕の部屋に入る。

 

そこで驚いたのは伊織の姿、全裸で寝ていた。

布団をちゃんと着ているので風邪は引いていなさそうだし、別に伊織は家族ようなものだから、それでもいい。

だが、ベットに寝ているのは伊織だけではなかった。

見た感じ10代後半の少女と寝ていた、落ちている制服は麻帆良の高等部の方で見たことがあるので多分高校生だ。

 

「(この一晩で何があった!

普通男じゃないの!?なんで女!?

もしかして伊織ってレズビアン!!)」

 

同居人兼保護者の驚きの秘密に驚きを隠せない。

そういえば、よく男性向けのグラビア雑誌を読んでいたような……

 

「ちょっと伊織!これどういうこと!?

というか、僕のベットでなにやってんの!!」

 

眠っている伊織をユサユサ揺らし、少し強引に起こす。

揺らしている時に、つなぎ越しでは分からなかった伊織の豊満な胸も揺れていたが今はそんな事は関係ない。

 

目を擦りながら、上半身だけ起こす伊織から顔を背ける。

 

「伊織!!なにこれ! 人のベットでなにやってたの!?」

 

「なにって、そりゃぁ、子供には言えない様な色々さ」

 

「僕のベットだよっ!もう僕今日からダイオラマ球のベットで寝るからね!!」

 

「大丈夫、いつも終わった後は洗ってるし、それにダイオラマ球のベットでも魔法使いの女の子達と色々やってるぜ?」

 

さも同然のように言う伊織は、僕と話ながら隣の黒髪の美少女の頭を撫でている。

知らなければ良かった三峰家のタダれた日常、これは革命の時だ!

 

「もういやだこの家!出てってやるぅーーー!!!」

 

テーブルに置いた朝食を放ったらかし、涙目になりながらも、家を出て途方もなく走り出した。

 

 

それから一週間は、家に帰らず、明石家に籠城。

夕子さんの説得もあり、何とか家であんな事をするのは辞めてもらった。

 

 


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