小麦粉使いの魔法使い   作:蛙顏の何か

5 / 43
魔法使いにはまだ遠い

「ゆかりんおはよーう!」

 

「もぉ、ゆかりん言わないでよぉ」

 

「それよりゆかりん!見てよこれ!今僕ちんの中で一番暑いもんなんだけど!」

 

糸目が特徴的な高校程の少年は、前髪が目元を覆い隠す程に伸びきった同じ制服を着た少年に携帯電話を突き付ける。

携帯電話の画面に写っていたのは何かの携帯小説のサイトなのか文章がつらつらと書かれている。

 

「なにこれ?」

 

「知らないのゆかりん?二次創作の携帯小説サイトだよ!

原作となっているもののストーリーや世界観を二次的に創作しているもので、オリ主が無双しまくったり、ハーレム作りまくったりするんだよっ!!」

 

「最後の方やけに強調したね…

ところで、オリ主ってなに?」

 

「オリジナル主人公ってこと、大抵のオリ主は転生とか憑依して原作の世界に入るんよ

ほら、ゆかりんの好きな『リリカルなのは』や『禁書目録』も一杯あるよ」

 

「あっ、本当だ

転生って、輪廻転生のこと?憑依ってのはもしかして……幽霊とかの…?」

 

「そうそう、それそれ

転生は神様が間違えて一般人を殺しちゃって、土下座しながら願いをかなえてくれるんよ

大抵は、他の作品の能力を貰ったりとか、例えば『無限剣製』とか『一方通行』とかそんなやつ

憑依はゆかりんの言うように乗り移るやつ、大抵は原作キャラに憑依するけど、どんな能力なんかは憑依した相手によるね」

 

「ふ〜ん」

 

長い前髪の少年は、糸目の少年の携帯に写る、数多ある携帯小説をあまり興味なさげに見る。

 

 

「でもさ、それって、その人は一度は死んでるって事だよね?」

 

 

 

 

 

 

 

 

「…ん……ん?…」

 

目を覚ますと、砂浜に倒れ伏せていた。

周りを見渡すと、数メートル先に青いつなぎを着た伊織を悠々とこちらに歩いてくる。

 

僕が退院して、半年程の月日が流れ暑い夏が終わりを告げ、幼児化しての初めての秋。

にも拘らず、僕は南国の島で殺されかかっていた。

正確には南国の島ではなく、ダイオラマ球と呼ばれるデカいボトルシップの中にある空間

この空間はちょっとした浦島太郎の『竜宮城』や『精神と時の部屋』の様なもので、内部で経過する時間を操作することができる。

例えば、現実の時間で一時間経過したとする、その時、ダイオラマ球の内部で過ごした時間は一日程になるという、修行にはうってつけの空間なのだ。

僕の場合は外で修行する訳にも行かないのでこれを使っている、時間の方はあまり弄っていないらしく、精々一時間を一時間半に伸ばすくらいらしい。

 

この半年間はダイオラマ球の修行場で自衛の為の訓練に明け暮れていた。

最初の方は、体力作りと魔法の発動練習、それと気の発生の三つを毎日やっていた。

どうやら、この世界には『魔力』の他に『気』が存在するらしく、

魔力は、大気に満ちる、自然のエネルギーを精神の力と術法で、人に従えたもの

気は人に宿る生命エネルギーを体内で燃焼させたものらしい。

 

体力作りは元からやる予定だったが、伊織の組んだトーニングは五歳程の身体にはきつ過ぎた。

だが、いくらキツくてもこのメニューを終わらせなければ食事も貰えず

そのまま魔法の発動の練習、つまりは『火よ灯れ』の練習を何度とやり続けるが一向につく様子はなく、この修行は一番出来が悪かった。

だが、気の発生は一番上手く出来、これは三日程でできるようになっていて一週間程で拳から光る何かのが出てきた。

まぁ、数センチ飛んだら線香花火の様に落ちていったが……

 

気の習得が早かったせいか、魔力で火も出せないまま、早い段階で次のステップに行く事になった。

気でも鍛えた身体でも、何でもいいから、棒立ちの伊織にダメージをいれてみろというもので最初簡単だと思っていたが、これが地獄の始まりだ。

一歩も動かない伊織に気を出しながら全力で殴るにも拘らず、伊織は平然としていた。

ひたすら殴り続けるが痛むそぶりも見せず、欠伸までするしまつ。

すると、ゆっくりとした動作で軽くデコピンをされ、気付いたら生い茂るヤシの木に激突していた。

最初は意味が分からなかったが、どうも伊織は高密度に練り上げ膜のように薄い気を纏って防御していたらしい、そして、そんな高密度の気を纏ったデコピンをくらえば、僕のようなただ放出しているだけの気ではまだ紙の方が防御力はあるだろう。

そしてそれからは、あの必殺のデコピンをどうにか防げる様に、気の防御を優先的に覚える様になっていた。

 

「(まぁ、今では気の制御もかなりできる様になって、デコピンじゃなくなったけど、あっちの方が百万倍ましだよ!!

それになんだよあの速さと攻撃力!絶対あいつだけで世界征服できるでしょ!!)」

 

こちらも気の制御が上手くなり、攻撃力もかなり上がったが相変わらず攻撃は通っておらず。

攻撃もデコピンではなく、軽く拳を振る程度にはなったが、見えもしないし躱せもしない、当たれば問答無用で数メートル吹き飛ばされ意識を刈り取られる、正に悪魔の一撃。

あいつなら世界を取れる。

 

「なんだ、ずいぶんと元気そうじゃねぇか」

 

いつの間にか目の前まで来ていた伊織。

どうやらまた、思考に耽り過ぎていたようだ。

 

「ほれ、一分で攻撃を通してみろ

出来なきゃまた拳が飛ぶぜ?」

 

そう言って携帯電話のストップウォッチで測り出す。

その事を聞き、急いで気の練り上げ、伊織に拳の連撃を放つが、やはり眉一つ、足一歩も動かせない。

五十近くの拳を放つと携帯電話のアラームが鳴り響き、一分の経過を告げる。

 

「ほら、一分経ったぞ

躱すか防ぐか掻い潜るかしねぇとと、また一発ダウンだぞ」

 

その言葉に咄嗟に後ろに大きく跳んでしまった。

この行動は不正解、自分としての毒手となってしまった。

伊織程の相手に後退するのは逆に自殺行為、これならまだ掻い潜るを選択した方が、少しは被害が少なかったであろうがもう遅い。

伊織が軽く拳を振ると同時に、あの施設で見た光の弾丸が一瞬で飛んでくる。

 

『遠当て』

練り上げた気を球状に射出するという、一般人でも気を使えるものなら誰でもできる気の初歩中の初歩の技だが、伊織程の実力者ならそれも大きく違ってくる。

伊織の遠当ては高密度の気の球体をニ回りほど圧縮して、攻撃力と射出速度を大幅に上昇させたもので伊織は『気功弾』と呼んでいた。

 

気功弾はそのまま腹部を撃ち抜き、再び意識が刈り取られる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

伊織との戦闘が終われば、次は魔法の練習だ。

子供用の杖を持ち、今だに着かない灯りの魔法を練習し続ける。

 

「それにしても全く着かねぇな

魔法のコツが掴めねぇのか、そもそも才能がねぇかは分からねぇがよ」

 

基本この修行では伊織は見てるだけで、いつも椅子に座って女性のグラビアアイドル写真集を見ている。

 

「(なぜ女性の伊織が男性向けの冊子を……)

 

ねぇ、なんかコツとかないの?」

 

「ねぇ、根気良くやれ、魔力の流れを身体で覚えて、集う精霊を肌で感じろ」

 

結局のところで根性論でありめげづに杖を振ってろということだ。

別に諦めている訳ではない、僕だって魔法は憧れるし空を飛んで見たいとも思っているが、こんな初歩以下の魔法も出来ない様では空を飛ぶなど夢のまた夢。

 

「(気は出来たのに何でこっちは今だに出来ないんだろう?才能がないのか?

ん?才能……能力…)」

 

才能で思い出したが、僕があの施設に囚われていたのは特別な能力があるからだと伊織は言っていたがその能力とは何なのか?この半年、気や魔力の練習で伊織に殴られない為に必死になり過ぎて忘れていた。

 

「ねぇ伊織、そういえば、僕の特別な能力って、実際何だったの?この半年間、使った覚えがないんだけど?」

 

「あぁ、そういえば言ってなかったな、ちょっと待ってろ」

 

伊織は椅子から立ち上がり、自分の影に手を突っ込む。

伊織の影の魔法で自分の影の中を倉庫の様に使っているらしい。

それにしても僕の能力は封印処理されていたか、話すと不味いタイプのものかと思っていたがただ伊織が忘れているだけだった。

 

影の中から、数枚の紙切れを出すとその中身を読んでいる

 

「ん〜と、なになに?

『優先順位の変更』だってよ」

 

「え?何それ、どんな能力なの?」

 

「具体的には、物を硬くしたり、脆くしたりするらしい」

 

凄く地味な能力だ。

誘拐してまで研究した能力なのにとてもありふれている。

これなら普通に硬化の魔法でも良さそうだが……

 

「でも僕使えてないから意味ないんじゃ……」

 

「おめぇが使えてるかどうか何て関係ねぇ

特別な力あるってだけで、敵にはお前の事を狙ってくる

下手すりゃ、切り刻まれてホルマリン漬けだ」

 

それは絶対に嫌だ。

だけど、僕は使えてない能力のせいで狙われるなんて、とても理不尽に思えてくる。

 

「(それでもホルマリン漬けは嫌だ、標本にされるくらいなら、伊織の弾幕を掻い潜ってた方がまだ幸せだ)」

 

自分の危うい立場を再確認し、取り敢えず今は、使える力で何とかするしかないので再び灯りの魔法の練習に取り掛かる。

 

この日も結局、火は灯る事もなく、修行の時間は終わった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 




ご指摘がございましたので、縁達の使っているダイオラマ球の設定を少し継ぎ足しました
作者の文章力が足らず申し訳ございません。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。