小麦粉使いの魔法使い   作:蛙顏の何か

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動き出す者達の思想

 

目覚ましの電子音が鳴り、騒音にも等しい音の源を止めると、僕はのっそりと布団から這い出た。

 

隣に視線を移すと、僕と同じように布団から這い出るオレンジの頭。

眠たそうに目をこすりながら、青と緑の双方違う色をした瞳が僕を見つめてくる。

 

彼女は神楽坂 明日菜(かぐらざか あすな)といい、僕と同じく何らかの理由で高畑先生の部屋に厄介になっている住人である。

 

お互いに軽く挨拶だけ済ませ、洗面所の取り合いにならないように、先に僕から顔を洗うと、鏡に映った自分の姿が目に入った。

 

瞳はやはり黒のままであり、いつも見慣れた自分の顔なのに、一つの変化があるだけで自分の顔ではないかのような違和感が生まれる。

 

結局あの後、裕奈のお父さんに病院に連れて行ってもらった。無論、普通の医者に診せるのではなく、裕奈のお父さんが信頼している魔法使いの医者に診てもらったところ、特に異常はなかったそうだ。

 

 

後天的な虹彩異色症らしく、何らかの原因でメラニン色素が変化して瞳の色が変色したと考えられるらしい。

検査魔法で調べられたところ、体内に異変はなく、物理的な損傷によるものではないらしいので、伊織から殴打されたことが原因ではないと解りほっとした。

 

結局何もわからず、医者には様子を見るため、一応直射日光を避けるように言われて、外出時はサングラスをかけることになった。

 

 

 

顔を洗い、リビングへと向かうと高畑先生が朝食を用意していた。

 

「おはよう縁君、もうご飯も出来てるよ」

 

「……おはようございます、高畑先生」

 

僕を見かけて、微笑みながらテーブルに朝食を置くと、神楽坂さんも来たことで三人で朝食をとることにした。

 

「縁君、ここの生活で不便な事はないかい?」

 

「いえ、伊織の部屋と違って物がいっぱいあるので、色々便利ですよ」

 

食事を取りながか、朝の何気ない会話を話す。

基本的には高畑先生の質問に僕が返しているだけの会話であり、神楽坂さんは段々と食事をとっている。

 

いつもは伊織と向かい合っての食事であり、たった二人しかいなかったが、僕にとっては今でも掛け替えのない日々であり、どうでもいいような話を笑いながら聞いてくれた伊織の姿が目に浮かび、ポツリと、一雫の涙が零れ落ちた。

 

それを見た高畑先生は慌ててハンカチを取り出し、僕に渡してくれると、それで涙を拭き、思いっきり鼻をかんだ。

 

「……ありがとう…ございます」

 

「いや、いいんだよ

辛かったらいつでも言ってくれていいんだ

僕じゃなにも出来ないかもしれないが、こうやってハンカチを出すくらいは出来るからね」

 

高畑先生は優しく微笑んで僕の頭を撫でてくれると、神楽坂さんが高畑先生を袖を引き置き時計を指差した。

 

「タカミチ、遅刻するよ?」

 

「おっと!そうだった!

ごめんね縁君、明日菜君、今日は早朝会議があるから僕は先に出るよ!」

 

高畑先生が慌ただしく支度を済ませると僕達に手を振って急いで出て行った。

神楽坂さんは相変わらず段々と支度を進め、僕も特に彼女とは話すことなく。二人になんとも言えない気まずい雰囲気が流れる中、僕も早々に登校の準備を始めた。

 

 

 

 

 

 

 

教員寮が学園の中にあることから、かなり余裕を持っての登校となったが、僕も神楽坂さんも牛の歩みの如く、ゆっくりと歩いていた。

 

しかも、神楽坂さんは僕に合わせているだけで、進行が遅い原因は僕にあった。

春の麗らかな季節にも関わらず、額には汗が滲み出ており、息は荒れ、両膝に手をついて止まっていた。

 

「はぁ、はぁ……ダルい……」

 

視線を上げれば、神楽坂さんがじっと無表情で僕を見ているが、何か文句があるという訳でもなく、ただ黙って僕の歩みを待っていた。

 

あの日、僕の目に異常が発見されてから、僕には更に二つの異変が現れた。

 

その一つが体の怠さ。

風邪を引いているとか、泣き疲れたといったそういった事では無く。

健康な筈の体が、全身に重りをつけた様に重くなり、あれだけ鍛えていたにも関わらず動きが鈍くなり、中高生程のだった身体能力はかなり低下しまったのだ。

 

「(いや、それでも同年代に比べればかなり高くはある

それでも息切れしてるのは……動きに慣れていないから?

何だが水の中を歩いてるみたいに変な抵抗を感じる

でも、昨晩よりはマシになってるから、どうにか今日中にはこの違和感を治したいけど……)」

 

「……大丈夫?」

 

自分の身体の状態を確認していると、流石に止まったままの僕を心配したのか、神楽坂さんが声をかけてくる。

 

「…はぁ…大丈…夫…」

 

「そうは見えない、タカミチ呼ぶ?」

 

「へっちゃら……はぁ…へっちゃら……はぁぁ…ひぃ……」

 

これ以上は心配させられないと思い、足を引きずりながらも電車に乗車した。

寮がある場から初等部までは道のりがかなりあるので、この電車で麻帆良の端にある初等部エリアまで向かう。

 

電車中で息を整え、どうにかこの怠さに慣れようと深呼吸するが、あまり意味はなく。このまま神楽坂さんを心配させるのは忍びなく思い、今度は集中して気を練り始めた。

 

戦闘時の様に、全身から放出する程ではなく、身体の中を巡るように少量に調整して体に強化をかける。

すると、あれだけ重かった体が軽やかになり、まるで窮屈なギブスを外したかのように緩やかになる。

 

「(多少の抵抗はあるけど、これなら日常生活に支障はなさそうだね

気もほんの少量しか使ってないし、僕の気の量なら集中を切らさない限りは一日中いけそうだ)」

 

体の怠さもとれ、突然軽やかに歩み出した僕を怪しんだのか、神楽坂さんはじっと無言で僕を見つめていたが、結局は話しかけてくることはなく、お互いに違うクラスという事で下駄箱で別れた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

私、大河内 アキラは通学中の生徒の視線も気にせず、全力疾走で学校に向かったいた。

理由は私の大切な友達である縁がニュースに出ていた事だった。

昨日の朝から夜にかけても、ずっとテレビで話題になったいたことであり、友人のお姉さんがテロリストだと報道されていた時は、自分も唖然としてしまった。

しかも、それが気になり、昨日は一日中テレビを付けていたが、まさか縁自身がテレビに映った時は本当に驚いた。

 

三峰家の電話番号も分からず、家に行ってもそこには報道者と警察、そしてそれに群がる野次馬で、三峰家のアパート付近の道は埋め尽くされていた。

 

縁に会うことも出来ず、登校日まで待った私は、何時もよりも早く学校に向かい、縁の様子を確かめたかった。

 

「ちょ!アキラ!アッキラーー!!止まれーー!!そこの暴走特急娘ーーー!!止まりなさーーいっ!!」

 

縁の事で頭がいっぱいだったから気づかなかったが、さっきから私を呼ぶ声が聞こえくる。

何かと思い後ろを振り向くと、そこには盛大に息を切らしながら私を追いかけてくる和美の姿が映った。

 

足に急ブレーキをかけ、千鳥足の和美に歩み寄ると、私の両肩を掴み息を整えていた。

 

「はぁはぁ…ひぃひぃぃ……ゔぅゔぇ……ふぅ……」

 

「………」

 

とても乙女らしからぬ息をしているが、和美は体力が無い訳でもないのにこんなに吐きそうな程息切れをしている。もしかして、かなり走ってきたのだろうか?

 

「大丈夫?」

 

「これが…へぇへぇ……大丈夫に…ごがぁ…見えるなら……はへぇ……お前の胸を…はぁはぁ……Eカップにしてやる…」

 

それはつまり揉むぞこの野郎ということなのか。とりあえず和美の背中を摩り、水筒からお茶を差し出すと和美はそれを一気飲みした。

 

「ってアッチいぃぃーーっっ!!」

 

「あ、ごめん、それ温かいお茶なんだ」

 

「ドリフじゃねぇんだぞこの野郎ーーーっ!!!!」

 

和美はコップを地面に叩きつけようとしたが寸前で手が止まり、やっぱりやめて自分のランドセルを地面に叩きつけた。

 

「はぁはぁ、喉を焼きやがって、どこの拷問だよまったく…」

 

「それより和美、どうしたの?私は早く学校に行きたいのだけど」

 

「無視しやがった……まぁいいや

アキラは縁に会いに行くんでしょ?それなら一緒に行こうと思ってね」

 

ランドセルについた砂をはたき落としながらそう言うと、お互い話しながら歩き出した。

 

「和美は昨日のニュース見た?」

 

「うん見たよ、前に言ったと思うけど、私の両親報道関係の仕事してるからさ

ある程度知ってるよ」

 

和美とお互いに知っている情報確認するが、結局和美もニュースや新聞で報道されていること以上は分からないそうだ。

 

「あと、裕奈の家にも寄ったけど、やっぱり裕奈はまだ外に出たがらないらしいよ

玄関先で裕奈のお父さんと話したけど、数日中には無理を言ってでも連れて行くらしいけど」

 

「そっか…ゆーなもニュース観たのかな」

 

「観たから余計にショックが大きいんだろうね」

 

「そうだよね……」

 

皆で京都旅行に行った時は思いもしなかった。あんなに楽しかった旅行が今では遠い昔のことに感じてしまう程に、私達の周りは劇的に変化していた。

 

縁も裕奈も笑ってた。

和美と好きだの共用だのと口論した。

伊織お姉さんは、口は悪かったけど、とっても優しかった。

裕奈のお母さんは……今思えばあの駅であったのが最後だった。

 

皆楽しく笑ってた。いつまでもこんな日々が続けばいいと思ってた。四人で笑顔でいれる時間が、私は何よりも大事だった。

でも、それも今では、四人の関係には亀裂が入り崩壊寸前だ。

 

私は暗い気持ちになりながらも、和美に励まされながら、縁の待つ学校へと向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

小学三年生になってから、私と和美は同じクラスにもなり、三年連続で縁とも同じクラスになれた。しかも裕奈とも同じクラスになる事ができ、三年間で初めて全員同じクラスになれたのだが、裕奈はまだ学校に登校出来るまで回復しておらず、今のところは私達三人だけの集まりとなってしまう。

 

私と和美は急いで自分の教室に入り、裕奈の様に気に病んでないか心配であり、落ち込んでいるであろう縁のいる席に真っ先に向かおうとしたが、扉の前で立ち止まってしまった。

 

和美も「ぐぇっ」と変な声を出して私の背中に顔をぶつけるが、急に止まった私に抗議することなく、和美も中の様子に唖然とした。

 

 

教室の中で縁を発見し、彼がちゃんと登校していることには安心したが、彼は入ってきた私達に気づかず、無表情で自分の机に視線を向けていた。

彼の机には、マジックやチョークで落書きがされており、『テロリスト』『人ごろし』など、余りにも酷い暴言が書き殴られていた。

 

「おい、人ごろしが来たぜ」

 

「お前の姉ちゃんテロリストなんだってな」

 

「マジで怖えよな〜、俺達も殺されるかも〜」

 

 

男子達の馬鹿みたに騒ぎ立て、下品な笑い声をあげで教室中に響き、女子達はヒソヒソと何かを話しており、あからさまに縁から遠ざかっている。

 

縁は彼らに反論することなく、ただ無反応でその場に固まっていた。

男子生徒達は、今だに罵詈雑言を浴びせ、誰も縁を弁護するものはおらず。頭にきた私は青筋を立て、今にも掴みかからんとするばかりの気迫で彼らに詰め寄ろうとすると、私の脇下から和美がすり抜けて行った。

 

「ゆっかりーん!おっはっーー!!」

 

「のあっ!?」

 

和美は縁の背中に飛び乗ると首に手を回し、足で腰をホールドして縁にしがみ付いた。

 

誰もが唖然とした。あれだけ騒ぎ立てていた男子は静まり返り、私を含めた教室内の皆が口をあんぐりと開けていた。

 

「ちょっと!なに!何なの和美!?」

 

「お?なんだなんだよぉ〜、そんなに朝倉さんが恋しかったかぁ〜

よぉ〜しよしよし、カワユイ奴め〜」

 

「うわぁ!ちょっと!やめてぇー!!」

 

動物をあやす様にメチャクチャに撫で回し、縁の頭は大変なことになっていた。

二人の戯れている姿を見て、なんだか懐かしくなり、つい吹き出して笑ってしまった。

 

「お、おい朝倉!!お前なに人ごろしと仲良くしてんだよ!!」

 

「そうだぞ!!はんざいしゃなんだぞ!!」

 

「リア充爆散しろぉぉぉおおお!!!」

 

ハッと気づいた男子生徒達は、二人のやり取りが気に食わないのか、和美に注意を促すが、当の本人は全く聞いていない。

それどころか、縁の服の中を弄り始め、「ここか?ここがええのか?」などととても犯罪臭漂うやり取りをしており、このままでは友人がおかしな道に進みそうだと思い、彼女を強引に引っぺがした。

 

「はぁはぁ…いったい何なの…?」

 

顔を赤面させて、服を守る様に縮こまっているその姿に、不覚にも可愛いと思ってしまった。

 

「小動物を元気づけるにはこれが一番

アキラはそっち持って、これを運び出すよ」

 

何の悪びれもなくそう言うと、和美は縁の机の片方を持ち上げ、私に協力を頼み、彼女の意図が分かった私は机を持ち上げた。

 

「縁も一緒に行こう」

 

「そうそう、自分の机なんだから、自分で綺麗にしないとね」

 

「でも、二人とも……」

 

未だに自分の味方をしている私達に、縁は申し訳なさそうに顔を伏せているが、和美は気にせず彼に言い切った。

 

「自分の味方はしない方がいい?

それは私達が決める事であって、ゆかりんや周りが決めることじゃないよ

グダグダ言わずについて来る!男なら、下半身に伝説の聖剣が備わっているなら、黙ってついてくる!」

 

「せっかくカッコ良く決めたのに…台無しだ和美」

 

いい事言ってたのに、最後下ネタで台無しにする和美の残念さに、顔を覆いたくなる。というより他人のフリしたい。

教室から響く罵詈雑言を気にせず、私達は縁を連れて机を洗えそうな場所を探し、洗剤を貰う為とりあえず職員室を目指した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

放課後、私達は校門前に背を預け、夕焼けの空を眺めていた。

縁は担任の先生に呼ばれ、職員室に連れて行かれたので、私達はこうして彼と一緒に帰る為に待っているのだ。

 

「私の調査によると、縁のお姉さんの事件は麻帆良中に知れ渡っているようだね」

 

和美は携帯電話に視線を落としながら、今朝の騒ぎについて調べていた。

 

あの後、机の洗浄を終えた私達は、油性のマジックを落とすのに手間取り、一時間目の途中に戻って来たのだがお咎めなく授業に参加し、急遽変更になった道徳の授業を受けた。

内容は大まかに言えば『イジメ』に対する授業であり、それが如何に悪いことか学ばせる授業だったが、昼休みになって縁に紙屑をぶつけてきた事から全く効果はなかったようだ。

その生徒には、和美が箒の柄で浣腸をして泣かせてしまい、昼の教室は大混乱だった。

 

「でもこんなに早く知れ渡るものなのかな?確かに昨日ニュースで大体的に取り上げられていたけど、麻帆良は全寮制のところばかりでテレビもない部屋だってあるのに、ここまで広がるかな?」

 

「どうも報道部が拡散させてるね、しかも捏造多めにして

縁のお姉さん、この麻帆良学園のOBだったらしくて、『学生時代も教師をブン殴った程気性が荒いかった』『卒業も学園長に色目を使った結果だ』『女子生徒を性的に食ってた』という、明らかに嘘っぱちな情報ばっかり

ニュースの影響もあって生徒達の殆どは信じきってるから書きたい放題だよ」

 

携帯を閉じて溜息を吐く。ニュースも麻帆良報道部も縁のお姉さんの悪い情報ばかり流す、世間の全員がこの情報を信じるとは思わないが、信じている者たちの方が大多数だろう。

 

「どうにか……出来ないの?」

 

「噂や情報には鮮度があるから、時間が経てば人の記憶から薄れていくけど、これだけインパクトがデカイとなかなか忘れないだろうけどね

他にビッグニュースがあれば、それでこの話題から少しは反らせるけど、今のところそんな話題はないし、今公表してもインパクトに欠ける

現状では耐えることしか出来ないね」

 

 

 

人の噂も七十五日、噂がどんなに早く広がろうと、時が経てば忘れ去られる。

だが、それではあまりにも遅すぎる。縁はたった一人の家族を失ってしまったのだ。彼の心は、今とても脆くなっている。それに加えて周りからは容赦の無い嫌がらせ。

 

いくら縁に寛容性があっても、このままでは、彼の心は壊れてしまう。そう思わずにはいられなかった。

 

「元々ゆかりんは成績優秀で女子に人気あったし、女子とばっかり遊んでいたから男子達には面白くない存在だったからね

まぁ、ゆかりんの場合は女子しか友達がいないんだけど……

でも運動も勉強も、ゆかりんに敵う奴がいなかったから、何もしてこなかったから、今が絶好のチャンスなんだろね」

 

「でも、そんな事で__」

 

「そんな事でも、人間の恨み妬みはどんな形で牙を向くが分からないからね

アキラは優しいからそういうのがないかもしれないけど、劣等感って人の心に良くないものを蔓延らせるから、優秀な人って風当たりが強いんだよ?」

 

出る杭は打たれるって言うしね、と和美は言うが、縁以外にも優秀な人なんてこの麻帆良にはいくらでもいる。

勉強は得意ではないが、動体視力が高く運動全般が得意な裕奈。

裕奈程ではないが、運動は平均よりは高く、成績は常に上位で、情報収集能力の長けた和美。

この二人のだけでも十分優秀であり、他のクラスにはもっと凄い人たちがおり、麻帆良でそんな事を言っていては、毎日が戦争になってしまう。

 

「だけど、安心しなアキラ

熱り冷めるまで待てばいいけど、そんな悠長に待っている私ではないからね

中学になるまでやる気はなかったけど、私も動き出すかね」

 

そう言うと和美は、物凄い速さで指が動き携帯を操作し始める。

きっと誰かにメールをしているのだろうか、一時無言で操作を続ける。

そんな一生懸命な彼女の姿に、私は何だが羨ましく思った。

 

「和美は…凄いね」

 

「ん?突然どうしたの?」

 

「和美には出来ることがある、でも私は何もない、何も出来ない…」

 

彼女はこれから何か仕出かすのだろう。そして、彼女にはそれを成功させる能力がある。それは勿論縁の為であり、好きの人の為に彼女は戦うのだろう。

凡俗な私には彼女の助けにはなれない、それどころか自分が誰かと争う姿なんて、私には想像もつかない。

 

「私…皆の事が好きなのに……和美やゆーなが……縁のことが…好きなのに…何も出来ない……」

 

悔しさで涙が溢れる。自分の無力さが、自分の無能さが悔しい。

縁が異性として好きだなんて、やっぱり分からない。

でも好きなんだ。縁が、裕奈が、和美が____大好きなんだ。

 

私は、縁を守ることも出来なかった。裕奈を励ますことも出来なかった。和美の手伝いだって出来はしない。

こんな無力な私が、この輪の中に入っていいのか、入る資格があるのだろうか。

好きだからこそ悔しくて仕方なかった。泣く資格なんてないのに、溢れ出た涙は尚も止まらなかった。

 

すると、和美はやさしく微笑み、涙でグチャグチャな顔をハンカチで優しく拭いてくれた。

 

 

「全く、アキラはどうしてそう悲観的かな

前にも言ったじゃんか、アキラには私達にない良いところを沢山持ってるって

そうやって泣いてくれるのは、アキラが優しい証拠、今朝だって縁の為に怒ってくれた

あのアキラが、鬼の形相で迫って行くんだもん、私もあの時は焦ったよ」

 

和美はケラケラと笑っているが、まさかそんなに怖い顔になっていたとは思わず、そんな顔を縁や和美に見られたと思うと何だがもの凄く落ち込んでしまった。

 

「争いが嫌いで誰かと競い合うのも苦手だけど、縁の為に立ち向かってアキラを、私は尊敬してる

何も出来ないなんてあり得ない!私には私の、アキラにはアキラにしか出来ないことがある」

 

「でも、それが分からないんだ……」

 

「もぉ、この鈍感さんめ

じゃあ!朝倉さんからのお願い!

 

縁と裕奈の側に居てあげて、今の二人は大切な人を失った事で心に穴が空いてる

誰かがその穴を塞いであげなきゃ、二人の心は温まらない。孤独は人の心を悪い方へと蝕んで行く

だからあの寂しんボーイ達を、一人にしないで」

 

何時になく真剣な彼女の表情に、私は目が離せなかった。彼女は私の事を信頼してくれている。こんな私にも出来ることがあると言ってくれている。

私は腕で涙を拭った。もう弱音は吐かない、大好きな二人の為にも、私を信頼してくれている和美のためにも、私は、私の出来ることを精一杯してみせる。

 

「朝倉さんはこれからちょっとばかし忙しくなるからね

 

だから、あの二人を頼んだよ」

 

少し前に、戦争ものの映画を観た事がある。いざ最後の戦いとなり、もう戻れないと悟った兵士が託す最後の言葉の様に、今の和美の言葉にはそんな重みがあった。

 

「この騒動が終わったら、また皆で遊びに行こう」

 

「おっ、いいね、じゃあ遊園地にする?

 

私は彼女のそんな雰囲気に当てられたのか、死亡フラグのような台詞を吐いてしまったが、そんな事にはならない。

 

私は信じている。縁が立ち上がってくれること。裕奈が前を向いてくれること。和美はやってくれること。

そして、私が成し遂げること。

 

私達はまた戻れる。あの時の様に笑あった日々に。

それがどれだけ時間がかかるか分からないが、私は信じている。

 

私達の絆は、今も繋がっていると__。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「う〜〜む」

 

麻帆良学園の女子校エリアにある一室。

そこは立派な部屋であり、備え付けられている机や椅子もどれも一級品の物ばかり。

そこは学園長室と書かれた部屋であり、学園長 近衛 近衛門 は長く白い顎髭を摩りながら悩ましい声で書類を読んでいた。

 

それは本国から送られてきた書類であり、その書類の束の殆どは三峰 伊織に関する資料であるが、数枚は彼女の弟子の三峰 縁に関する資料を本国に提出するようにと催促するのものだった。

近衛門は、メガロメセルブリア元老院からこの麻帆良の地の守護と運営を任されてあるが、ここ最近は本国から通達が多い。

それもこれも、今世間を騒がせている三峰 伊織が原因であり、何か後ろめたい事があるのか、元老院側は如何にか彼女を捕縛、もしくは抹殺したいらしい。

 

正直なところ、近衛門は自分の持つ調査結果を本国に送ろうか悩んでいた。

 

MM(メガロメセルブリア)元老院が計画する『プロジェクトマギステルスマギ』これは彼自身もこの世界には必要なものだと理解しており、プロジェクト自体にも賛同している。

だが、彼は元老院のやり方には反対していた。

何故なら元老院の考え方は柔軟性にかけており、世界の為と云うより自分達のためだという私欲の色が強いが、何よりも効率が悪い。

 

大切な計画の為、そしてその舞台となるこの麻帆良を守護を任された近衛門の役割はとても重要である。

来るべき日の為にも舞台を整え、三峰という異分子を警戒するのは当然だが、近衛門から見た縁はただの子供でしかなかった。

 

孫と同い年ということもある事から、いくらあの伊織の弟子だからといってもまだ未熟な原石である子供を処分するなど近衛門には出来なかった。

そもそも縁の身柄はあの英雄のタカミチが保護しており、下手に手を出せば昨日の会議の様にタカミチの拳は、縁にあだなす敵を打ち砕くだろう。

 

近衛門はそれを分かっており、元より縁をどうこうする気はないが、他の者たちは違う。

 

それが昨日の教師達だ。

この麻帆良学園の教師には大まかに分けて三つのタイプに分かれる。

 

先ず一つは『一般教師』、つまり、魔法も知らない一般人の教師のことであり、この麻帆良学園の教師の殆どがこれに当てはまる。

二つ目はMM元老院から送られてきた『MM側教師』、これは元老院からの命令を遵守し、麻帆良の守護と関東の魔法使い側の監視を主とした者たちであり、昨日の縁が居た会議に参加していたのは彼らとなる。

そして最後に、学園長自らがスカウトした魔法使い達『麻帆良側教師』、彼らはMM側教師達と違い、本国からの命令を絶対遵守とせず、柔軟な思考を持ち、麻帆良の地と人々の平穏を守ることを主とした者たち。タカミチと明石教師もこちら側に属する。

 

この二つの魔法教師勢力は思想の違いからお互いがいがみ合っており、表面的な衝突はないが、やはり口論が絶えない。

 

元々は麻帆良学園には『麻帆良側教師』達の方が多かったのだが、ここ最近は元老院から送られてくる魔法使いが多く『MM側教師』が多くなってしまった。

 

この状況は近衛門にとっても、好ましくない環境だった。

『MM側教師』達は戦力的にはとても優秀なのだが、元老院に忠実過ぎるせいで何分融通が利かない。

 

元老院の非効率なやり方に反対している近衛門は、自分のやり方で麻帆良を運営したいのだが、『MM側教師』が監視を行っているせいでそれができないのだ。

もし学園長である近衛門がMM元老院に背けいたと判断されれば、近衛門は元老院に招集されその真偽を確かめされられるがそれも近衛門にとっては無駄なことでしかなかった。

 

常に新しいものを求める近衛門と、古く凝り固まった考えしかできない元老院では、お互いの意に反してしまうのは当然であり、それを監視して一々報告をする『MM側教師』は、目の上のタンコブでしかなかった。

 

「さて、どうするかのぉ」

 

このままでは麻帆良は停滞してしまう、古き者たちによってこの街は悪い方へと進み、常に新しいものを取り入れ進化し続けるこの街を腐らせる訳にはいかない。

そう思った近衛門は、ニヤリと怪しく笑った。

 

人生、規律と秩序ばかりでは息が詰まってしまう。適度な娯楽と若き者たちの活力は、この学園都市の新たなる発展へと繋がり、これから世界を作っていく若者たちの良い経験となる。

 

「未来を生きる若者たちの為にも、停滞した者たちにはご退場願おうかのぉ

フォッフォッフォッ」

 

近衛門は愉快に笑いながら書類に判子を押した。

書類にはこう記されていた。

 

 

『調査対象者である三峰 縁の危険性は低く、我々の計画の障害になることも低いと思われる

以後も監視を続け、危険性が判断された場合は此方で対処する所存である』

 

 




ハッピーバレンタイン!あー五円チョコ美味え(T ^ T)
私はチョコなんていいからエヴァ様の蹴りが欲しいです(^p^)


そんなこんなで何とゆかりんが劣化した!?いったい誰がこんなことをー(棒読み)

そして今回は視点移動の多い回でした、初めはゆかりん、中盤にアキラ、最後にぬらりひょん学園長。左方の天使編からはゆかりん達四人の変化が主となっているのでこれから視点移動が多くなっています。誰の視点かが分からなかったり、読みズラかったりする場合はご報告下さい。なるべく訂正します。


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