小麦粉使いの魔法使い   作:蛙顏の何か

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私の気持ち、あなたの気持ち

坊主のお経が室内に響き、辺りの人達は今は亡き夕子さんの事を思い涙を流していた。

 

あれから数日が過ぎた。

夕子さんの死を知った僕は動揺と混乱を表さずにはいられず、裕奈のお父さんと伊織は、あの後すぐ家を出て行き、夕子さんの遺体を確認したそうだ。

この数日間は慌ただしく、裕奈のお父さんは亡くなった夕子さんを思う暇もないほどに、葬儀の準備に追われていた。

 

夕子さんの葬儀には多くの者が参列し、中には普段見かける麻帆良の教員や生徒もおり、それだけで夕子さんがどれだけの多くの人達に思われてい、たかが分かる。

 

 

 

「……………」

 

「ゆーな……」

 

しかし、あの日から裕奈の涙は止まらなかった。

僕と裕奈はこの数日学校を休み、裕奈は涙が枯れるまで泣き続けており、僕はそんな裕奈を見て、慰める言葉が見つからず、ただ、ずっと抱きしめていた。

アキラと和美も、毎日顔を出してくれるが、それでも裕奈の涙を止めることは出来ず、夕子さんの遺体を直に見た裕奈は、まるで魂が抜けてしまったかの様に瞳から光が消え、何も反応を示さなくなり、ただ無表情だった。

 

そんな彼女を見て居た堪れなくなり、この世に繋ぎとめる様に力強く彼女の手を握っているが、やはり、何の反応もしめさなかった。

 

「(くそっ!!裕奈はこんなになっているのに、僕は何もしてやることが出来ない!!

それに伊織はどうしたんだ!!)」

 

自身の無力差に悔い、この場にいない伊織の事を思った。

裕奈にとって、伊織は姉の様な存在だ。もしかしたら、彼女なら裕奈の心を少しは癒せるかもしてない。

そう考えだが、伊織はあの日、夕子さんの遺体を確認した日からダイオラマ球に篭り、何かをしている様だった。

 

「(伊織……本当に何をしてるんだ

何で来ないんだよ……

今、伊織が裕奈の側に居てあげないと、裕奈は……)」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

同時刻、三峰家のダイオラマ球の中にいる伊織は、現在ベッドで横になっていた。

だが、ベッドの下には魔法陣が浮かんでおり、周りには空中投影モニターが浮遊していた。

彼女はただ寝ている訳ではなく、電脳世界にダイブし、ある情報の解析を行っていた。

 

 

「………………」

 

丁度解析が終わったのか、目を覚ました彼女は、ゆっくりと起き上がり、モニターに現れたデータを確認すると薄く乾いた笑みを浮かべた。

 

「はは、流石あたしだ

あれだけのロックをたった一日で解くとはな、こういう電脳戦は得意じゃねぇが、やっぱり天才だなあたし」

 

など、笑いながら己を自画自賛するが、彼女はとても疲れきっていた。肉体的ではなく、精神的に。

それもその筈、彼女は明石 夕子の死を知ってから一睡もしておらず、ずっと動き回っており、やっとベッドで横になっても、精神は電脳世界に飛び不得意な解析作業を一日中行っていた、肉体は兎も角精神は限界に近い。

 

伊織はそんな疲れも気にせず、空中のモニターを引き寄せ、解析した情報に目を通す。

 

この情報は明石 夕子が死んだ晩、伊織の電子精霊に届いた差出人不明のデータだった。

 

何故葬儀にも出席せず、データの解析などやっているかと言うと、伊織はこのデータの事がずっと引っかかっていた。

自身の親友とも呼べる友人が亡くなったと推定される晩に送られてきた謎のデータ、彼女はそれに導かれる様に調べると、まず送り先が以外所からだった。

送信元は魔法世界のメガロメセンブリア元老院、つまり、明石 夕子が派遣された場所であると同時に、彼女の死地でもある。

それがわかった瞬間、彼女は直ぐにデータの解析を始め今に至る。

 

「つぅかよぉ、あいつも本当に馬鹿だよなぁ

なんでこんなにブロックが硬ぇのに簡単なパスワードにしたんだよ」

 

実を言うと、伊織はデータのブロックを破ったわけではなく、ただ偶々、パスワードを入力した為情報が引き出せたのだ。

 

パスワードは『0601』と、とても簡単な四桁の数字だが、これを二つに分断すると『06 / 01』

 

つまり『六月一日』、彼女の娘、明石 裕奈の誕生日だった。

 

このパスワードが通った瞬間、彼女は確信した。

あぁ、これは間違いなく自分の親友のモノだと、これは彼女の残した最後のメッセージなのだと。

 

 

「あの馬鹿野郎がっ!!!死んじまったら意味ねぇだろうが!!

 

 

データを見た伊織は、やり場のない怒りを拳込め、ベッドに叩きつけた。

叩きつけた拳はベッドを貫通し、その衝撃は建物全体をが揺らした。

 

 

データの中身は概ね三つ

『研究所で得た縁のデータ』『実験体8号のデータ』『プロジェクトマギステルスマギ』

 

最後の『プロジェクトマギステルスマギ』だけはデータが不十分であり、分かるのはそのプロジェクト名だけだが、伊織は他の二つのデータを見てみて歯噛みした。

 

「(研究所であたしが持ち帰ったのは断片だったのか、完全なデータは向こうが持ってやがった

だが、これでハッキリした

これは明らかに縁に関する情報が送られてきている、こんな事をするのはあのガキの事を知っていて、尚且つそれをあたしに知って欲しいと思う奴、つまり、あの日元老院の施設のに居た夕子だ)」

 

そして伊織は、明石 夕子の遺体の検診状況を思い出した。

メガロメセンブリアから運ばれてきた遺体は麻帆良に運ばれてきており、彼女の旦那の強い要望で検診をすることになった。

 

「(帰ってきたのは夕子の遺体とマガジンの無い魔法拳銃が一丁

遺体自体は何もなかったかの様に

綺麗な状態だったが、中の内臓はズタボロだった

この事から切断、貫通系の魔法を使う魔法使いだと予想する、魔法拳銃の傷跡から見てもそれは明らかだが、そんな魔法は山ほどあるし、習得している魔法使いも星の数程いる

これだけでは夕子を殺った野郎には辿り着けねぇ)」

 

彼女の頭の中には、『復讐』『仇討ち』の言葉が過り、頭に血が上ってくるが途端に冷静になる。

 

「(冷静になれ、激昂してもミイラ取りがミイラになるだけだ

あたしまで死んじまったら、情報を残してくれた夕子の覚悟が無駄になる

落ち着け、そもそもメガロメセンブリア元老院にたった一人で立ち向かう事は、あたしにとっても至難の技だ)」

 

少しづつ冷静さを取り戻しながら、伊織は今の状況を整理した。

 

 

「(まず、何故夕子は殺されたのか

これは多分、口封じであり、メガロメセンブリアを嗅ぎ回っていたあたしに対する忠告だ

あたしを殺そうにも、数の戦いでは話にならないからな。実力的にはタカミチ坊主とクルトの野郎を差し向けなきゃあたしは殺せねぇ

だがこのデータを見るに、メガロの奴らは縁を使って何かよからぬことを考えていやがる

万に一つもねぇが、あたしが夕子の仇討ちを辞めるとしても、奴らは縁を逃がさねぇだろう)」

 

ならばどうする、このまま守りながら戦い続けるか?

その答えは否だった。

このまま後手に回ってしまっては、いつか守りきれなくなってくる。

かと言って連れて行ってもそれは同じだ。

伊織は自分がどうするべきか考えた。

 

だが答えが見つからない、どうすればいい、何が最善だ。

考えても考えても、全ての答えは否と否定してしまう。

 

「(また失うのか、ガトウの時の様に、夕子の時の様に、あの時の様に……)」

 

浮かび上がるのは、失われたモノたちのビジョン。

彼女は前に進むたびに失っていき、そしていつも選択を間違えてしまう。

 

浮かび上がるのは最悪のビジョン。

また一つ、彼女の手元から零れ落ちる幸せ、自分はまた何も出来ず、無力に泣き叫ぶ惨めな姿。

 

「(もう何も失わせねぇ、例え何処の誰からから何を言われようと、後ろ指を刺されようとも、お前だけは失わせねぇ)」

 

迷いは吹っ切れた、彼女の目からは怒りでも悲しみでもなく、覚悟の色が現れる。

 

彼女はすぐさまベッドから飛び降り、電子精霊による連絡を取った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

深夜0時、丁度日付が変わった時間に僕はダイオラマ球の浜辺に立っていた。

一般的には子供がこんな時間まで起きていてはいけない。僕は精神的には成人しているのでへっちゃらだと言いたいが、子供の体のせいかこの時間になると強い眠気が襲ってくる。

 

最近では、裕奈が心配なので明石家で一緒に寝ているが、今日は葬儀が終わった後、僕はずっとダイオラマ球の中にいた。

 

ダイオラマ球中なのに、吹く風は髪を揺らし、さざめく波は潮が満ちてたせいか足を濡らした。

すると、波の音に混じり、砂を踏みしめる音が聞こえてきた。

音のする方を向くと、そこにはポケットに両手を突っ込んだ伊織が悠々と此方に歩いてきた。

 

「……なんだよ縁、今日は裕奈ちゃんと添い寝しねぇのか?

熱々の新婚さんが、もう倦怠期ってか?」

 

「伊織……」

 

いつのもの様な巫山戯た口調、いつのもの様な皮肉めいた笑い方。

いつものように人をからかってくる伊織は、何事もないように僕の横をすり抜ける。

 

「今日はちょっくら、若い姉ちゃんと大人の夜を過ごしてくるからよぉ

子供のおめぇは大人しくお寝んねしとけよ」

 

伊織が夜出て行くのは不思議じゃない、昔女子高生を連れてきて以来、伊織はそういう時は一晩遊び歩いて朝帰ってくる事がよくある。

いつもなら呆れて、適当に受け流してから床に就くが、僕は伊織前に立ち、歩みを止めさせた。

 

「……なんだよ、邪魔だぞ縁」

 

「………なんで…嘘つくの……」

 

目に涙をため、睨みながら伊織を見る。だが伊織にはそんな眼光など意味を成さず、涼しい顔で僕を見下すように眺めていた。

 

「別に嘘なんかついてねぇよ、こんなの何時もの事だろぉが」

 

「夕子さんの葬儀があった後だよ!!そんな日に行けるはずがないよ!!伊織はそんな事しない、葬儀にも出席しないかったのは、夕子さんの為に何かしていた

親友だったなら、伊織ならそうした筈だよ……それじゃなきゃ説明つかないよ……納得できないよ……」

 

「……夕子とは、遺体を確認した時に別れは告げた、今更葬儀に行く必要がなかっただけだ

それに、今日はちょっと疲れて寝てだだけだ、特に変わった事はしてねぇよ」

 

溢れ出る涙を止めれず俯く僕に、伊織は冷たく突き離し、歩き出そうとするが、僕は更に言い放った。

 

「伊織、今日高畑先生との電話って何?」

 

「っ!!」

 

すると、歩きを止めた伊織は僕の顔を見た、伊織は先程とは違い顔には焦りの表情が現れていた。

 

「もう戻らないって…僕を頼むって……どういうことっ!!」

 

あの後、伊織を連れて来ようと、葬儀を早めに終えて、ダイオラマ球の別荘に向かうと、高畑先生に電話をしていた伊織の姿があった。

いつもの伊織なら扉近くにいる自分になど簡単に見つけるが、伊織は電話に集中しており、全く気付いていなかった。

電話の内容は『縁を頼む』『もうここに帰ってくる事はない』『今晩経つ』と断片的だったが、それでも、伊織がここを去ろうとしているのは明白だった。

 

本当は、その場で聞けば良かったのだが、僕は伊織に肯定されてしまうのが怖くなり、逃げ出してしまったのだ。

 

「夕子さんの復讐なの?否定はしないよ、夕子さんを殺された事は僕でも憎いよ……

でも何で今なの?伊織まで居なくなったら、裕奈は………」

 

「……おめぇには関係ない事だ」

 

伊織から出る言葉は、またしても僕を冷たく突き放す。

 

「関係なくないよっ!!!いつまでも一人で背負い込まないでよ!!

僕達……家族じゃないか」

 

僕と伊織の関係はいつまでも同居人と家主の関係だったが、僕はいつしか伊織の事を家族の様に思っていた。

いつもはお互い言葉にしないし、したこともなかった。

お互い赤の他人ということもあり、僕も言うことをずっと躊躇っていた。

いつからだろう、この家で『ただいま』と自然に帰ってこれたのは。

伊織と一緒に居ると、とても暖かな気持ちになるのはいつからだっただろうか。

心の中ではずっと思っていた、でも口にしないと伝わらないこともあった。

だが漸く言えた、自分の気持ちを漸く自分の口から言い出せた。

 

お互いに沈黙が続いた、実際には一分程しか経っていないにも関わらず、僕には何時間も経っている様にも感じた。

だが伊織は僕の目を真っ直ぐ見ると漸く口を開き冷たく言い放った。

 

 

「お前を家族だなんて思った事は一度もない」

 

 

その瞬間、僕の中で何かが砕け散る音がした。

僕にとって、伊織と過ごした日々は宝物の様に大切な思い出だった。

分かり合える時もあった、衝突する時もあった、苦楽を共有することもその全てが掛け替えのないものだった。

 

失われてゆく記憶に怯えていた時も伊織はそばに居てくれた。忘れてもあたしがまた覚えてやるやると言ってくれた。

いつの間にか伊織達と過ごした時間が僕の全てだった、僕の中で『家族』を想う感情が芽生えたのは必然だったのかもしてない。

だが、その想いも否定された。独りよがりの想いだった。

 

自分の想いを否定され、大切な人に尚も突き放されたせいなのか、頭の中が真っ白になり、思考停止した僕の身体は崩れ落ちる様にその場に座り込んでしまった。

 

伊織は何も言わずに去っていく。彼女が行く先には外に出るためのゲートがあり、このまま見送れば、彼女は二度と戻って来ないだろう。

 

でも何と言って連れ戻せばいい?家族でも何でもない子供は何をすればいい、そもそも何故彼女を止めようとする。

 

 

「………何のまねだ」

 

僕はいつの間にか伊織の腕を掴んでおり、力の入らなかった筈の身体は自然に動き、彼女の歩みを止めていた。

 

「例え伊織がそう思っていても、僕はそれでもいいよ、伊織と過ごした思い出は本物で、僕の想いも嘘偽りの無いものだし、否定されたのは胸が張り裂けそうだよ

 

でも!それでも!伊織を行かせる訳にはいかない!!

否定されても、僕の想いは変わらない!!」

 

最初は裕奈の為に自分はこんな事をしているんじゃないかと思った。今の裕奈は今にも散ってしまいそうな程に儚い、誰が支えなければ彼女は立ち上がれない、伊織は裕奈を救える。だから僕の身体は動いた、そう思っていた。

だが違う、確かにそういう想いある。

だが違うんだ、答えはもっと単純なものだったんだ。

 

 

「僕は、伊織と一緒に居たいんだ!!」

 

「ーーーっ!!!」

 

伊織は強引に僕の手を振りほどき、離すまいと掴んでいた僕はそのまま海面まで吹き飛ばされた。

 

だが僕も伊織をそのまま行かせない、全小麦粉を使い伊織の全身を縛り上げるが、伊織の剛力では密集していない小麦粉は簡単に引き剥がされてしまう。

僕の技量では、上半身が下半身の何方かの固定しか出来ない。

 

僕は全てにおいて伊織に劣る、だが今ここで勝たなきゃ僕は何のために訓練してきたかわからない。

 

 

「絶対に負けない」

 

 


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