「もうダメだ、お終いだぁ」
両手を畳に付け、打ちひしがれる様に縁は負けの言葉を口にする。
彼の手元には数枚のカードがあるが、それは私が配った時と同じ枚数であり、彼はこのゲームで一枚も消費出来なかった。
「じゃあ、罰ゲームは何にしよっか」
私の追い打ちをかけるような一言に縁も首だけを上げてコッチをみているが、敗者に容赦する気はない。
「あれ?そんなルールだったっけ?」
「あれ〜おかしいな〜、確かゲーム始める時に言ったはずだよ〜
も〜、ちゃんと聞かないとダメじゃん裕奈〜」
実際には言ってなかったのだが、ここはシラを切り続ける。
アキラも特に何も言ってこないので、結局罰ゲームはそれぞれの願いを出来る範囲で叶えると言う方針に決定した。
勿論、縁は「もうワンゲームのチャンスを!」と縋って来たが、せっかくの縁に命令するチャンスをここで逃す訳もなく私は温泉へと向かった。
「でもよかったのかな……縁にあんな罰ゲームさせて……」
「アキラが気にする事もないさ、ゆかりんは負けるべくして負けた、ただ、それだけさ……
それに『出来る範囲で』って事だし、私達がそんなに無茶振りしなければ大丈夫でしょ」
そう、負けるべくして負けた、実はあのゲーム公平なものではない。
私はカードを予め操作していたのだ。
私は確かにあの時、皆の目の前でシャッフルをしたが、実際に配ったのは座布団の下に隠していたもう一つのトランプにすり替えておいたのさ!
そして縁の手札にだけ強いカードを集中させ、自分が疑われない様にワザと裕奈の一番最初にさせ革命を起こさせた。
正に完璧なイカサマ、態々お土産屋でカードを買っただけの事はあった。
あとは二人の反論だけが問題だったが、そこは案外簡単クリアー出来た。
「(この命令権があれば、ゆかりんを好きな時に好きな様に出来る
別に今もぎ取る必要は無いけど、チャンスがあれば幾らでも掴む
あればあるだけ良いものだしね)」
若干ルンルン気分で服を脱衣所の籠に脱ぎ捨て、上機嫌で温泉に向かうが、浮かれてる場合ではない、寧ろこれからが本番だ。
何と言っても、風呂場には縁が居らず、尚且つ私達三人が揃っている。
縁のお姉さんは居ても居なくてもどっちでもいいが、これは絶好のチャンスだ。
私はゆっくりと湯船に浸かると、裕奈とアキラも続いて入ってくる。
二人とも体力は異常にあるが、やはりはしゃぎ過ぎたのか、裕奈は今にもトロけそうな顔でお湯に浸っているが、アキラはこの広い温泉を見てウズウズしている。
多分泳ぎたいのだろう。
行儀が悪いので自重しているようだが。
「話をしよう、あれは今から二年……いや、一年程前だったか」
「え、和美どうしたの?」
突然真顔で語り始めた私に、アキラは戸惑っているようだが無視して語り続ける。
「私は……縁のことが好きだと云うことに気付いた」
「ゴハァッ!!!」
突然の告白にアキラは驚き、温泉のお湯を飲み込んでしまった。
どうやら気管に入ったらしく、咳き込むアキラの背中を裕奈がさすっていた。
「ど、どういうこと!?す、好きって!?
というより何で今ここで!?」
「そのまんまの意味だよ、好き、LOVEって意味さ
友達としての好きじゃなく異性として好き
幼き頃のちょっとした恋心ではなく、生涯を尽くしてもいい程の真剣な愛さ」
私は依然として真面目な表情で再び告白し、アキラは顔を真っ赤にさせブクブクと口元まで沈んでいった。
「私もゆかりの事好きだよ」
裕奈のその一言にアキラは反応するが、まぁ裕奈の反応は予想通りだった。
縁と裕奈は幼馴染、縁の方は分からないが、裕奈の遊びたがりの思考はこの年では普通であり、小学校低学年ではまだlikeもLOVEも同じ様な考えであるが、それがあと中学生になると考えはガラリと変わってくる。
私の予想では、裕奈にその考えを持たれると非常に厄介だ。
何故なら私達三人の中で縁と結ばれる確率が一番高いのは裕奈なのだ。
縁と裕奈は、私やアキラよりも長く縁と過ごしたと云うのもあるが、この二人は何かと波長が合うのだ。
「と、言う訳だ
アキラはどういう意見なの?」
「わ、私は……」
「まぁ、皆まで言わずとも、アキラがムッツリだという事実は知っているから、言わずとも分かるけど」
「なっ!えぇ!?私!ムッツリなんかじゃーーーー」
「違うねえ!!」
必死で否定するアキラの反論を叩き切り、ビシッと指をさす。
「私はゆかりんを日々影ながら見守ってきた、だから、縁を求める奴は匂いで分かる!!
こいつは臭え!!発情した女豹の臭いが!!プンプンするぜぇ!!
こんなムッツリには!出会ったことがねぇ程にだ!!」
まぁ、本当に匂いで分かった訳ではなく、これは念入りな調査の末に出た結果だが、アキラは目を点にして「め、女豹…ムッツリ……」などと呟いているが、私は更に追い打ちをかける。
「知ってるんだぜ…プールの日に、ゆかりんが忘れた水着を見つけてどうするが悩んだ挙句に、水泳キャップだけを被った事を……」
「!」
「体操服を忘れた時も、放課後一人になるまで自習して、体操服をクンカクンカしてた事も……私は知ってるんだぜ、アキラさんよ」
年季の入った刑事の様に、アキラの肩に優しく手を置くが、彼女は頭から湯気を出し、目もグルグルと回して、オーバーヒート状態だった。
「(しまった、告発し過ぎたか……)」
実は、私が今ここで二人に告白したのには理由がある。
実る可能性が一番低い私としては、まだ精神的に幼い裕奈では付け入る隙は幾らでもあり、寡黙で表現することの苦手なアキラでは想いを伝えるのは難しい。
二人を出し抜くことは容易ではあるが、親友とも言えるこの二人を蹴落とす事は、私にはできなかった。
恋は戦争、戦争であるからには情け、容赦なく、勝利を掴む。
それに変わりはないし、自分が敗北する気もない。
だが、この二人の好意を知って、二人を悲しませる事が私はできない。
二人ならきっと自分以外の誰か結ばれても笑顔で祝福するだろう、例え自分の想いを押し殺してでも。
「別に恥じる事はないんだよ、好きという衝動は、思いもよらぬ形で現れる
海パンを頭に被らなかっただけ、あんたはまだまともだよ」
「和美ぃ……」
「だからこそ、君は声を大にして宣言していいんだよ、好きだと
そして共に、縁を分け合おうではないか」
「うん、うん!そうだね、私はーーーーーー
ちょっと待って、今なんて言った?」
アキラは目を潤ませ、今にも自信を持って私達に告白しようとしていたが、一気に冷静になり私に問い詰める。
これが私の考えた結果、一人だけで幸せになる事が出来ないなら、あとの選択肢は二つ、諦めるか分け合うかだ。
そして私の出した答えは分け合うだ。
「三人でゆかりんを囲おうって事だよ
まぁ、俗に言うゆかりんハーレムだよ」
アキラは口をパクパクさせて狼狽え、裕奈はハーレムの意味が分かっていないようだが、実はそこが狙いでもある。
いくら付け入る隙があってもそれで100%縁と結ばれる訳ではないし、ただでさえ自分はアドバンテージがかなりある。
私の分け合うと云う意見は、好き嫌いの恋愛感情がハッキリしていると反対意見が多数で使えにくい上に、縁が断ればそこで終わってしまう。
だからこそ、今の内に縁と裕奈を密かに調教し、私達四人の関係はこれが普通だと教え込む。
あとの問題は、唯一今反対意見を出せるアキラをどう丸め込むかにかかっている。
「で、でも、そういうのっていけないんじゃ……」
「まぁまぁアキラさんや、もちつきたまえ
一夫一妻なんて、この少子化問題を更に深刻にするようなもんさね
それに私の分析によれば、私達の誰かが結ばれる確率は100%中
裕奈が40%
アキラが30%
私が20%
と、私達の勝てる確率は低いのだ」
ちなみに残りの10%の内、近衛 このかが5%、突然現れた転校生などのイレギュラーが4%、残り1%は大穴でお姉さんの伊織さんだ。
「私も、数値で恋愛が決まるなんて思ってはないけど、高い壁というのは何処にでもある
だからって、私は縁を諦めないし、アキラにも諦めろなんて言わないよ」
「確かにそうだけど……でも、なんで和美は、私の方が高いと思ったの?和美の方が勉強も出来るし友達もいっぱいいるのに……」
「いやいや、謙遜してはいかんよアキラ
あんたは誰よりも心優しく、寡黙だがしっかりと気配りのできる奴だよ
それに、背だって高いし絶対に美人になるさね」
これお世辞ではなく本心からの意見だ、美人になるのは裕奈も同じだろうが、アキラの心の優しさは私達の誰よりも美しい美点であり誇れるものだ。
私のように、計算で動くような人間にはないものであり、私もそんな彼女の事が友人として好きなのだから。
「私も、優しいアキラが大好きだよ!」
「ゆーな…ありがとう…」
「それにね、私もいいと思うよ
皆がゆかりの事が好きなら皆で一緒に好きでいようよ」
「お!意外な賛同者がいてくれて朝倉さんは嬉しさで涙が溢れそうだよ〜」
などと口ではおちゃらけるが、内心とても心が痛い。
まだ恋愛感情の乏しい彼女を…大切な友人の恋を歪なものとしているのだ。
アキラは私の言った意味が分かっている、彼女は耳年増なのかは分からないが、意味が分かるものならこの用な反応をするのは当然だ。
四人の関係を歪ませ、どうしても彼との間に入りたい私は、この用な事をしでかしているのだ。
自分の醜いこの考え方が嫌になってしまう。
「私はアキラに強要はしないよ
ただ、私の考えはこうであると言うこと
縁はさ、学校でも結構モテるから、私達が囲っておけば、他の子に目移りしないでしょ?」
そう、強要はしない。
例えアキラ一人が結ばれても、私は文句は言わないし、二人を祝福する。
「ちょっと……考えさせてもらってもいいかな?
今すぐは決められなくて……」
「うん……いいよ、アキラは間違ってないよ……
それが、正しい反応なんだから」
だが、私は何と無く頭の片隅に思っていた。
アキラは直ぐには結論を出さない、結局はこのままの関係が続き、居心地の良さからこの関係の崩壊を恐れてしまう。
そして最終的には私の意見に賛成してしまうであろうと、醜い感情がまた、頭の中を過った。
監視者の尋問では、有力な情報を引き出す事は出来ず、そろそろ帰らなければ怪しまれるので、一度麻帆良に帰宅したのちに再びここを訪れようと思った。
監視者は一応捕まえたので、あとは自害しない様に詠春さん達に見張って貰えればいつでも機会はある。
「結局、渡せなかったなぁ」
あたしは本山の長い階段を下っていた。
手元には布に包まれ、血で汚れた抜き身の小太刀があり、言わずとも分かるであろうが、これは月光の遺品である。
流石剣士だけのことはあり、小太刀には呪いの泥は付着しておらず、刃も欠けていないので、血で汚れている事以外は名刀のままである。
何故彼女の遺品を詠春さんに渡さなかったかと云うと、これは直接彼女の娘の月詠ちゃんに渡そうと思っていたのだ。
「(結局、怨まれてやる事すらできなかった訳か……)」
もっと早くにここを訪れていたら、きっと変わっていただろう、月詠ちゃんも、京都を出ることもなかっただろう。
後悔だけが渦巻く、しかし今更そんな事を考えても仕方のないことだ。
あったかもしれない、こんな未来ではなかっただろう。
そんな可能性の話をしても、今更どうしようもない事であり、今の現実を受け入れなければ前には進めない。
あたしは頭を切り替えると、縁達を監視している式神から情報を得る。
どうやら四人とも温泉に入っているようで、上空から見たところ、不審な人物は見当たらない。
監視者が一人とは限らないが、もしかしたら、一人が捕まったことにより他のやつは撤退したのかもしれない。
「(まぁ、あの餓鬼共の方は大事だろ
今回は旅の目的も達成したし、のんびり京都観光と洒落込みますか)」
小太刀を影の中に落とすと、あたしは思いっきり背伸びをして身体を脱力させる。
ここのところ、監視の目のせいでいつも気張っていた事もあり、身体の彼方此方が疲れている。
自分も温泉に入ってのんびりしようと思った時、あたしの携帯に着信が入った。
「なんだこりゃ」
来たのはメールだったが、差出人は不明だ、どうやら電子精霊を通しての受信であり、その中身が異様だった。
中には、何かのデータの様だが、見ようと思ってもパスワードに阻まれてブロックされてしまった。
「(差出人不明、パスワード有りでデータのブロックも硬い
怪しい、怪し過ぎる……つか胡散臭い
何か変なウイルス流し込まれても嫌だからなー、別荘に戻ってからゆっくり解読していくか)」
とりあえず携帯を懐に戻す。
思わぬものに時間を取られてしまい、急ぎ足で旅館へと戻った。
それから、温泉から戻った僕らは、伊織が戻るまでトランプで遊んでいた。
罰ゲームを撤回するべく、勝負を持ちかけるが、小癪にも断られ、何故かトランプタワーを作っていたり、トランプ手裏剣を飛ばしてきたりしていた。
次の日も、何事もなく京都観光は進み、地主神社で恋占いの石を体験したり、音羽の滝で水を飲んだりと、とても充実した観光であり、奈良公園でアキラが鹿に髪の毛を食べられていたりと、思い出深いものだった。
唯一残念な事と言えば、仕事が忙しかったのか、夕子さんが来れなかった事だ。
裕奈は何も言わなかったが、偶に周りを探したりしていたことから、やっぱり一緒に行きたかったのだろう。
夕子さんの分まで大量のお土産を購入した僕らは昨日ぶりの麻帆良の地に戻って来た。
流石にもう日が暮れており、こんな遅い時間にアキラと和美を一人で帰す訳には行かないので、二人を送り届けたあとに、僕達は三人で帰宅していた。
「結局お母さん来なかったな〜」
「そうブー垂れるなよ裕奈ちゃん
夕子だって忙しかったんだ、帰ったら文句でも言ったらいいさ」
「いや、そこは労いの言葉じゃないの?」
「無理な約束したあいつが悪い
針千本分の文句でも言ってやりゃあいいんだよ
子供ってのは我儘を言うもんさ」
伊織なら本当に針千本を飲ませようとさせるかも知れないが、流石に友人にそんな事はしないよね?
ちょっと不安な気もするが、夕子さんはいい母親だし、文句くらい受け止めてくれるだろう。
アキラと和美が居ないが、まだ裕奈が居るので両手いっぱいの荷物を伊織の影の中に入れることも出来ず。
かと言って子供である裕奈に大量に持たせる訳にもいかず、伊織が殆ど持っている。
ただ一つだけ、裕奈は小さな袋を持っているのだが、それはお土産屋で悩みに悩み抜いて選んだ両親へのお土産だった。
片手が空いている僕は裕奈に手を握られ、急ぎ足で引っ張られる。
「(そういえば、裕奈と始めて会った日も、こうやって引っ張られてたなぁ……
あの時は僕もヒョロヒョロで体力も全然ないから、引っ張られただけで息切れしてたっけ)」
そんなとても懐かしい日々の事を思い出していると、明石家に到着したが裕奈は鍵を持っていないらしく、チャイムを押すが誰も出てこなかった。
困り果てていると、大量の荷物を持った伊織が到着し、何気ない動作で鍵穴を指で触れると、鍵がガチャッと回る音がした。
「(多分、影の魔法で開けたんだろうなぁ
あの自然な動作を見る限りでは、いっつもこんな風にして入っているんだろうなぁ)」
「お邪魔するぜぇ〜」
伊織がピッキングなんて、絶対にろくな事に使わないだろうなぁと、冷ややかな目で伊織に視線を送るが、伊織は全く気にせず明石家に入り、玄関に大量の荷物を降りて一息つく。
「伊織君!!戻っていたのかい!!!」
すると、ドタドタとダイニングから裕奈のお父さんが慌てて出てきた。
手には携帯電話を持っていた事から、きっと電話中でチャイムに気づかなかったと思ったのだが、どうにも様子がおかしい。
「おいおい何だよ、血相変えて
あれか?爺いに首でも切られたか?
まぁ、あんたくらいの腕なら何処でもやっていけるし、気にする必要はーーーー」
「大変なんだ!!夕子が!!夕子が!!!」
茶化す伊織の表情は一瞬にして消えた。
そして続く彼の言葉を耳ににした時、僕達は悪い夢だとしか思えなかった。
悪い夢であってくれ、そう思わずしていられなかった、だが現実は厳しく突き刺さり、受け入れなけれと云う僕達の心は簡単引き裂かれる。
その一言を言ったと同時に、裕奈は持っていた袋を落とし、中から購入した夫婦箸が転げ落ちた。
彼は気づいていなかった、そこに裕奈がいる事に。
しかし彼女は知ってしまった。
残酷な現実を。
夕子さんが昨日、死んでしまったことに。