小麦粉使いの魔法使い   作:蛙顏の何か

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激闘の学園祭 後編③

「………………」

 

「………………」

 

お互いに緊迫した空気が流れていた。

己の持つ力を鋭く研ぎ澄ませ、無駄に流れ出る力を収めるが、二人のぶつかり合う殺気だけで空間が揺れていた。

 

「がはぁっ!!」

 

先に動いたのは伊織だった、月光にも認識出来ない程の移動速度で接近し腹部に重い一撃を決めた。

月光の腹部からはミシミシと嫌な音が鳴り、そのまま数メートル離れた森に吹き飛ばされ、数本の木々を薙ぎ倒し漸く停止した。

 

達人同士の戦いでは、相手の行動を予測し、数手先の攻撃を読むと言われているが、この先読みでは伊織の方が若干有利であった。

伊織も月光も戦場を生き抜いた戦士であり、お互いの経験値は拮抗しているであろうが、魔法使いとの戦いに置いては『未来予報』つまり『占いの魔法』により、若干の差が生じる。

魔法使いは精霊の力を借りて魔法を行使する。それは炎や水、風や雷など様々だが、精霊とは多種多様であり予知を司る精霊も存在する。そして魔法使いにとって『占い』は基礎魔法、メルディアナ魔法学校では攻撃魔法よりも、この様な予測系の方がスタンダードだ。

だが、この予知も完全なものでは無い。それに完全予知など、仙人や賢者の領域であり、そこまで到達する物など人生の殆どを消費し無くてはならないだろう。

しかし、例え曖昧な予測でも、そこに伊織のような達人級の者の経験が加わる事により、この予測は明確な物となり、予測は予知となる。

 

それだけではない、先程の驚異の移動力は『瞬動』による物ではない。

月光が殴り飛ばされた瞬間、伊織が跳んだ場所が爆散したのだ。

『縮地』の領域まで達した瞬動は『入り』も『抜き』も静かで無くてはいけない、そのレベルまで達している伊織も同等の事が出来るが『入り』の瞬間に地面が爆散したと言う事は、伊織は月光に認識出来ない程の『瞬動』を行ったなのではない。

いや、これは『瞬動』などではなく、『ただの普通の踏み込み』なのだ。

 

「(何やこのパワーとスピードは、突然雰囲気が変わったかともうおたら呪いは癒えていくし、ここまで火力が上がるなんて……)」

 

月光は、伊織の急激なパワーアップに驚愕しているが、それと同時に興奮していた。

やはりそうだった、この女は自分の認めた強敵にたり得るものだ。

 

今の一撃で肋を数本持って行かれたが、その程度の痛みは関係なかった。

呪いの影響により、彼女は常日頃から身体中に激痛が走り続けており、数本の骨が砕かれようと彼女は痛みのメーターが既にはち切れており、もはや生命活動を断つ以外に彼女を止める術はなかった。

 

「『二刀・斬空閃』!!」

 

月光は伊織が再び跳ぶ前に斬撃を放つ。

伊織は跳び、森の木々を蹴る事で小刻みに移動して斬撃を躱すが、先程の戦いとは違い今の月光には二本の小太刀がある。

一本だけであれだけの斬撃を出せるのだ、それがもういつ一本増えたとなると、単純に考えても二倍、いや、戦いづらい玉手箱を持ったまま戦闘をしていた月光ならそれ以上出せる。

踏み台として跳んでる木々を一瞬で薙ぎ払う事など、月光にとっては造作もない事なのだ。

 

まるで、それは嵐が通り過ぎた様に森は一面丸裸になってしまったが、それを見ても月光は斬撃を放つ手を一向に緩めない。

何故なら、あれだけ斬撃を放ったのにも伊織はあの斬撃の嵐を掻い潜り月光に接近していたからだ。

流石にあの斬撃を完全に躱す事は出来なかった様で身体の至る所に切り傷があるが、どれも致命傷となる部分は回避していた。

もうこれ程まで接近されてしまっては、斬撃を放つ『斬空閃』は悪手となる、斬撃を放つのを止め、今度は刀身を徹底的に気で強化する。

 

「『神鳴流奥義 千本桜』!!」

 

小太刀の射程内に入った伊織に、切り、突き、掻く。小太刀で出来る全てのモーションをランダムで行い、それを千撃切りつける。

先を読む事が出来ず、しかも月光程の神速の剣士が放ち続ける剣戟は、正に突風に舞う花吹雪____。

 

「(なんやと!!?)」

 

しかし、伊織にはただの一太刀も当たらなかった。

飛んでくる全ての攻撃を伊織は気で強化した手刀で小太刀の側面や手首を打つ事で弾き、全てを防いでいた。

 

「(どういう事や、さっきまでは速度でならウチが優っとった、あの瞬間移動ならいざ知らず、攻撃速度も反応速度でも全てがウチに優っとる!!

否!!神鳴流最速の剣士であるウチが負ける訳にはいかへん!!もっと!もっと速度を上げるんや!!!)」

 

弾かれながらも、月光の剣戟は止まらず、気を練り上げ更に速度を上げようとするが、焦りが彼女の手を一瞬鈍らせた。

その一瞬を伊織は逃さず、月光の両手掴んだ。

パワーでは圧倒的に勝る伊織に取られられては容易に脱出する事は出来ない、更に追い打ちをかける様に膝で月光の腹部に一撃蹴り入れた。

伊織のラッシュは止まらず、重い一撃一撃が月光の身体を打ち抜き、身体中が悲鳴をあげていた。

これ以上打たれ続ければ此方が負ける、その想いが強引に身体を動かし、月光も足を強化して応戦する。

まるで鉄骨を蹴っているかの様に強固で、逆に此方の足が砕けそうだが、月光は顔をしか顰めながらも打ち合い続ける。

 

「エゴ・マレ・アルゲオ・ガブリエル

契約により我に従え、海流の王

来たれ神罰の水、愚者には鉄槌、全てを呑みこむ激流よ」

 

「(まずいっ!!)」

 

呪文詠唱、魔法使いが魔法を行使する際に行うものだが、魔法使いのレベルによってこの意味合いは大きく変わってくる。

レベルの低い魔法使い達は魔法の行使が完璧ではなく、低レベルの魔法でもこの様に詠唱するが、伊織の様な上級の魔法使いは、低いレベルの魔法は詠唱なし、つまり『無詠唱』で使うことが出来る。

そして、上級の魔法使いが詠唱をすると言う事は複雑な魔法を使うと言う事。

月光は知っている、魔法剣士は魔法を牽制の為に使う事が多いが伊織は大火力型の魔法剣士、彼女が詠唱すると言うのとは、来るのは最上位クラス。

 

伊織は月光の手を離し、思いっきり蹴り飛ばした。

しかし月光もその攻撃を見抜き、手を離された瞬間後ろに跳ぶ事でダメージを軽減したが、次に来る攻撃に月光は備える。

 

「『沈む深海』!!」

 

右手を前に突き出した瞬間、森を飲み込む程の大量の水が魔法陣から溢れ出し月光に襲いかかる。

 

「『斬魔剣 弍の太刀』!!」

 

迫り来る激流に、月光は渾身の一撃を放ち流れを二つに割くが、あまりの水圧で斬撃は伊織に届く事なく消え去る。

 

別れた激流は止まる事はなく、そのまま軌道を変える。その様はまるで二頭の竜の様であり、月光を飲み込まんとするばかりに襲いかかる。

月光も斬撃を飛ばすが、竜の頭は増えるばかりでどんどん周りを囲まれてゆく。

地面には逃げ場かないと悟り、空中に跳び、虚空瞬動で回避し続ける。

 

伊織も空中に跳び追い詰める、激流は月光を逃がさぬ様に筒状に形成し、月光までの道を一直線に繋げた。

宛ら水のトンネルだが、これでは遮蔽物もなく、真っ直ぐ跳ぶ事しか出来ない、斬撃で飛距離の長い月光にとってこのフィールド彼女にも分がある。

 

「『斬岩剣 弍の太刀』!!」

 

真っ直ぐ跳んで来る伊織に必殺の秘剣を放つ。

しかし、伊織は止まらない、臆する事なく飛び続け、そしてギリギリの所まで引きつけ_____。

 

「なんと!!」

 

 

そのまま受けた。

 

斬撃は伊織を切り裂き、胴体を上下に切り落とすが、月光が驚いているなのはそこではない。

 

切り別れた伊織の身体が、水に変わったのだ。

 

「(水で編んだデコイ!?

しもうた、こいつは____!?)」

 

しかしもう遅い、月光が気づいた時にはもう真下の水の筒から伊織が飛び出した。

『水のゲート』水を出入り口としてそこから転移すると言う高等魔法、縁を助けに来た時もこれを用いて移動してきた。

 

「げっこおおおおおおおっっっ!!!!!!!」

 

回避は間に合わない、月光の名前を叫び伊織は貫手を突き出し、月光は咄嗟に小太刀を振り下ろす。

若干速かった月光の小太刀が伊織の肩を切り裂くが目の前まで接近した伊織の貫手は止まらない。

 

 

槍の様に放たれた伊織の貫手は月光の胸を穿ち、血飛沫を上げて心臓を貫いた。

 

「ゴボォ…」

 

「月光さん、安らかに眠っててくれ」

 

口から大量の血を吐血し、月光は力なく伊織にもたれ掛かり、その手からは小太刀が零れ落ちる。

狂気に狂った剣士は戦いを終えた。

 

 

 

 

 

 

 

「ははは…負けて……もうたなぁ……」

 

「……存外にしぶといな、あんた」

 

地面に降りあたしは、心臓の無い月光をその辺の丸太にもたれ掛からせるが、彼女は愉快そうに笑い自分の敗亡を確認した。心臓が無いのに…。

 

「…いや……もう指一本…動かせへん……口は…動くけどなぁ……」

 

しかし、いくらしぶとい彼女でも、心臓が無ければそう長くは無い、だから死ぬ前に聞かなければいけない。

 

「なぁ、月光さん、なんであんたは一人も殺さなかったんだ?」

 

そう、人斬りに戻ったと主張する割には、今回重傷者はいたが誰も死傷者が出ていないのだ。

 

「現役のあんたなら、迷わず首を切り落とした筈だ、なのになんで一人も殺さなかったんだ?」

 

「あー……ほんまや…なんでなんやろ……?」

 

質問を質問で返された。

呆れた、彼女自身が分かっていなかったのだ。

 

「全く、中途半端なんだよあんた、大体、このか嬢ちゃんの首を跳ねてねぇ事自体おかしかったんだよ

詠春さんを挑発するなら、生首だけ見せれば良かったんだよ、それなのにわざわざ五体満足で連れて行こうとするなんて、あめぇんだよ」

 

結局彼女は平凡に暮らす事も人斬りにもなれず、中途半端にこんな事をしていた。

本当に大馬鹿野郎だとあたしは思った、呪いが辛いのなら詠春さんに相談すればよかったのだ、呪いを受けたのが早い段階ならあたしに相談していたら、腕が腐る前に解呪出来たかもしれないのに……

 

「何でだよ!何であんたは生に執着が無いんだよっ!

剣を振るう以外も、嬉しい事だって!楽しい事だっていっぱいあっただろっ!!」

 

「…ええや無いか…初恋の人に……初めてまともな…生き方を……教えてくれた人に……殺されたって…ええやないか……」

 

「うるせえっ!娘置いて死のうとするなよ!!月詠ちゃんはどうするだよ!!」

 

いつの間にかあたしは彼女の胸ぐらを掴み訴えかけるが、彼女はとても苦しそうに、そして何処か泣き出しそうな程悲しそうに目をそらした。

 

「だって…仕方ないや……ないか…ウチ…が…一緒に居ったら……あの娘に…まで…伝染するところ…やったんや……」

 

「だからって!…だからって……」

 

この人は大馬鹿者だ、だが、この命を捨てようと娘の害にはなりたくなかったのだ。

死に方を選んだのは、彼女の我が儘だが、最後まで娘を守ろうとする母親だった。

 

「…あー……あかん……もう目が…見えへん様に…なってもおた……

はは…きっと…地獄行き……やろうがな…」

 

もう来てしまった彼女との別れ、友人であり、尊敬していた彼女の目に光が無くなるが、それでも愉快そうに彼女は笑ってみせた。

死は怖い筈だ、親しい人達と別れるのは悲しい筈だ、愛しい娘と会えなくなるのが辛い筈だ、なのに彼女は笑っていた……その姿は死んでいった我が師 ガトウの様に。

 

「いや、そうでもないぜ」

 

しっかりと、そして力強く彼女の手を握り、死にゆく友人を見送る。

 

 

「神様なんて、案外誰の目の前にも現れるもんさ」

 

 

それを聞いて一瞬呆気を取られていたが、また愉快そうに笑い力が入らない筈の手を握り返した。

 

「……あの…世で…待っ…とる……で………」

 

そう言い残し、彼女の手は力無く地面に落ちた。

人斬りにも人間にもなれず、しかし母としてあろうとした剣士はこの世を去った。

彼女の目蓋をそっと下ろし、霧が明けた空を見上げた。

辺りはすっかり夜になり、空には満点の星が広がっていた。

 

「やっぱ、神様なんて嫌いだ」

 

あたしは戦いに勝ち、大切な人達を守った、だがそれと同時に一人の友人を失った。

勝利の実感はなく、何とも言えない喪失感だけが胸の中を締め付ける。

 

「また…無くしちまったなぁ」

 

だが立ち止まってはいられない、彼女達は死に、あたしは生きている。

止まる事は出来ない、この何百年ある寿命が尽きるまで、生を燃やし尽くすまで、あたしは生き続ける。

 

死んで行った彼女の屍を越え、大切な人達の待つ場所へと足を進めた。

 

 

 

 

 

 




長かった学園祭編もようやく終わりを迎えました。
後半は伊織の話になっていますが、彼女のチート級の強さは現役の『紅き翼』並みです。

月光さんの正体は、まぁ皆さん気づいていたと思いますが原作の狂人剣士『月詠』のお母さんです。
このキャラは月詠の親とか居たら絶対に強いだろうな〜と思い思いついたキャラです。
月詠ちゃんは白のヒラヒラゴスロリですが、月光さんの黒のヒラヒラゴスロリです。

そして後半から空気だったゆかりんですが、実は河童を追いかける時の話もあったのですが、これ以上書くと話が長くなってしまう為カットしました。次回からはちゃんと彼が主人公なので安心してください。

伊織さんの使った魔法『沈む深海』は原作で出てきた『千の雷』『引き裂く大地』と同じ古代魔法の広域殲滅魔法です。
伊織さんの一番得意とする属性は水であり影はオマケみたいな物です。
そして伊織さんの正体ですが……まぁ、もう分かっていると思いますが、私はあえて引っ張ります。


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