小麦粉使いの魔法使い   作:蛙顏の何か

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激闘の学園祭 後編①

あたしは形成した影の手袋を撫でる様に触り強度具合を確認する。

しかし、いくら魔法で作ったとはいえ、これで万全と言うわけでは無い。相手は神鳴流の、しかも免許皆伝を得た程の実力者だ。

 

神鳴流には『斬岩』『斬魔』『斬空』とあらゆる万物を断つ流派だが、その中でも『弍の太刀』と呼ばれる技は非常に厄介だ。

 

 

『斬魔剣』と言う技があるのだが、これは『魔』つまりは悪しき物を断つ為に特化した気を得物に乗せ相手を打ち払う技なのだが、

『弍の太刀』とは個の技の進化系であり究極の技法だ。

魔法障壁を素通りし、魔法服をも抜いて相手を断ち切る『鎧通し』の様な神技を可能とする。

大まかに言えば、自分の斬りたい物だけを切れる便利な斬撃だ。

 

元々は悪霊に取り憑かれた狐憑きや、悪魔憑きの、悪霊のみを斬り伏せる技として生まれたそうだ。

まさに退魔の真髄の様な神技だが、これをあたし達の様な魔法使いとの戦闘に用いられるとこれ程厄介な物はない。

 

「『斬魔剣 弍の太刀』!!」

 

さっそく来た!相変わらずの素早い刀さばきだが、手に持つ小太刀を力ず良く振り下ろすと同時に、カマイタチの様な斬撃が放たれるのを、あたしにはしっかりと捉え、

後ろにいる縁を抱きかかえ、斬撃の範囲外である真横に跳ぶ。

斬撃は止む事なく放たれ続け、ステージの方に当たらない様に回避し続ける。

 

神鳴流との戦いに於いて、攻撃を受ける事は死に繋がる。

古来より化け物との戦闘に特化した流派であり、その名残から長物を有する事が多いが、月光の様な小太刀を使う者はそれに当て嵌まらず、対人戦に特化したタイプの神鳴流だ。

神鳴流同士の戦闘では得物の選択は重要になってくるが、それ以外であれば無類の強さを誇る。

当たれば全てを両断し、先ほどのカマイタチの様な斬撃で射程距離も長く非常に厄介だ。

 

 

それに、ステージを避けて回避しているのは、先ほどチラッと見て確認したのだが、あの河童はともかく少女を傷つけるのはどうしても避けたい。

あの少女は知っている、直接見たのは四年程前だが、あれは師の一人である近衛 詠春の一人娘、近衛 このかだ。

 

「(なんで関東のこんな学園に来てるか知らねぇが、護衛も付けずに来ているなんて不用心にも程があるだろ!!)」

 

詠春は関西呪術連盟のトップだ、それもその一人娘ともなれば、かなりの重要な人物であり、彼女を捕らえればこれ程体のよい人質はいない。

 

それに人質以外にも彼女自身に莫大な価値がある。

一般の魔法使いには分かりづらいかもしてないが、彼女の保有している魔力が異常な程膨大なのだ。

かの英雄『千の呪文の男(サウザンドマスター)』とも呼ばれる大魔法使いをも凌駕するその保有魔力量は、自衛の手段を持たぬ子供にはあまりに不釣り合いであり、人柱としても打って付けなのだ。

 

「縁!おめぇはあの河童を追え!あの嬢ちゃんを学園外に出させるな!!」

 

「わかった!」

 

回避しながら縁の胸ぐらを掴み、ステージで惚けている河童目掛けて縁を投げ飛ばす。衝撃波が出る程の威力で投げ飛ばしたのだが、河童は真上に飛び難なく回避された。

 

「殺す気か!このバカちん!!」

 

縁が罵声を飛ばすが、今はそんな事を聞いてやっている場合では無い。今の行動で此方の意図がわかったのか、月光の殺意が縁に向けられた。

縁が狙い撃ちにされる前に、影の倉庫からガラスで作られたパイナップル型の手榴弾を取り出し、相手に投げつける。

 

置物の様なガラス細工の爆弾は、月光の射程圏内に入ると同時に、

彼女の放った斬撃が手榴弾に当たった瞬間、

その外見とは見合わない強烈な爆炎を起こし周囲一体を飲み飲んだ。

 

魔法世界に於いて、手投げ弾の様な旧世界の兵器は全く使用されない、魔法使い自体が近代兵器と同等の火力があるので必要とされないのだ。

しかし世の中には物好きも居る、この様な旧世界の武器をモチーフにした魔法使いも案外居るものだ。

これはそんな物好きが錬金術で錬成した物らしいが、威力や芸術性を求める為、ガラスから丁寧に作ったらしく、複雑な魔法構成で成り立っているらしい。

 

「(魔導式火炎手榴弾『硝子の少女』

名称は製作者の趣味かは知らねぇが、ピンを抜いてしまえば、ほんの少しの衝撃で爆発しちまう代物だ

少女は繊細ってか?

だがまぁ、何でもかんでも斬る神鳴流でもあの爆炎範囲はどうしようもないだろ)」

 

実はあれ一発で車が帰る程の値段なのだが、そんな事は今気にしても仕方ない。

いくらあの爆炎でも、あれだけでやられる相手では無い、あたしは気を全体に包み、炎が月光の斬撃で振り払われた瞬間、突っ込んだ。

 

相手も気で防御していたのか、あまり外傷はないが、目くらましに十分だった。

爆炎に気を取られ、あたしに気づくタイミングが遅れる月光。その隙を逃さず、相手の手の甲を蹴り、小太刀をはたき落とした。

続けて顎に掌底を一撃与え、肘で頬を叩きつけ、更にボディーに一発。

強烈な連撃に相手も堪らず後ろに下がるが、膝の側面を蹴る事で動きを封じ、そのまま回し蹴りを顔面にブチかまし相手を吹き飛ばす。

 

「(駄目だ、手応えがねぇ、攻撃が当たる瞬間、障壁に緩和される…

かなり良い護符を持ってるみてぇだが、これじゃぁ通常攻撃は効かねぇか)」

 

なれば魔法攻撃だと、足元の影から無詠唱の影槍を射出し物量で攻めるが、瞬動で躱され落とした小太刀を拾い再び斬撃を飛ばしてくる。

 

「ちぃ!いつまで片手で戦ってる気だ!

それとも、その後生大事に持ってる古箱が大事かあっ!!」

 

「そんなことありまへんでぇ、これでも十分に捌けとります

それに、そっちも得物を使こうとらへんやないか」

 

「神鳴流相手に、真っ二つされると分かってて大事な武器使うわけねぇだろが、よっと!」

 

今度は影の刃を伸ばし、鞭の様に伸縮自在な形状の刃が全方位から月光を攻撃するが、それも全てあの斬魔の刃に斬り伏せられる。

 

「大体、あんた何が目的だ!

詠春さんの娘拉致ってあの娘の魔力でも使おうってか!?

目的は京都の『リョウメンスクナノカミ』か!?」

 

「鬼神に興味なんて最初からあらへん、あんなデカブツが暴れ回ったら、ウチの斬る楽しみが無くなるやないか

……まぁ、スクナを斬るんやったら興味が有るんやけどな

ウチの目的は、このかお嬢様を殺すことや」

 

お返しとばがりに今度彼方から斬撃の乱れ撃ちを放つ。

此方も素直に当たってやる訳もない、あの神速の太刀筋は躱しずらいが、斬撃なら多少のタイムラグがあり避けるのは容易い。

 

「はっ、十年前の事まだ恨んでたのか?

その腹癒せに娘を殺すなんて、みみっちいにも程があるぜっ!!」

 

「っ!!」

 

地面から伸ばした影の刃が、真下から月光を狙うが、即座に感知され、後ろに跳ぶと同時に地面に斬撃を放つ。

 

「ふぅ、今のはヤバかったなぁ

でもまぁ、腹癒せかぁ、別にウチはあの時の敗北には何の異議もあらへん、寧ろ清々しい程の敗北にウチもスッキリしとったわ」

 

神鳴流には人を護る為の流派だが、中には人を斬る事を良しとする派閥もある。

元は前者の方が始まりだが、後者の方は戦争の影響でこの考えを持つものが多く出た事からが始まりであり、月光はこの後者に属していた。

だが十年前、人斬りの派閥が、多く同志を引き連れ、東に伝わる魔剣『妖刀 ひな』を強奪しようとした。

月光もその中の一人であり、多くの神鳴流が血を流し、彼女はそのズバ抜けた剣の才能により妖刀まであと一歩の所まで来ていたのだが、私の師の一人であり、今狙われているこのか嬢ちゃんの父親、近衛 詠春によって敗れた。

詠春さんは彼女を殺さず、更正のチャンスを与え、何故かあの彼女が素直に従い、これまで神鳴流の師範として多くの門下生に囲まれ、平穏な日々を過ごしている筈だった。

だが、今あたしの前に居るのは、あの頃の、人斬りの頃の月光だ。

 

「なら何で戻った!平穏な日々に満足してたんじゃねぇのか!!

それに、あんたには『娘』だって居ただろうがっ!!」

 

四年前にあった時は、幸せそうな顔をしていた、こんな平穏も悪くないと、腑抜けた顔で言ってた。

なのにどうして、一体何があったんだ、何が彼女をこうまで変えたんだ。

 

「あれから色々あったんや……色々」

 

一瞬、哀愁な表情を浮かべると、彼女は再び小太刀を握り直し、肌を刺すような殺気を此方に向ける。

もう話す事はない、そう此方に伝えるかの様に、斬撃をやめ、一瞬脱力して、此方を見据える。

 

来る。

 

そう思った瞬間、月光は消えた『縮地』のレベルまで達した完璧な瞬動で此方に一直線に跳び、両断せんとばかりに小太刀を振る。

しかし、それが仇となった。

瞬動とは一直線に跳ぶ跳躍術、来るコースと相手の動きが微かにも見えたのなら、それは此方で潰せる。

月光が此方を通過する前に、彼女の通るコースに肘を構えた瞬間、肘鉄に激突した月光がトラックに引かれたかの様に跳ね飛ばされた。

 

瞬動の弱点の一つでもあるカウンター、コース状に拳や肘鉄の様な何かを添えるだけであとは勝手に相手が自分から激突し、自滅すると言うもの。

これは相手の瞬動を見極める目と即座に判断する対応力が必要とされるが、月光レベルの瞬動を見極めるのは『今の』あたしでは五分五分の賭けだったがどうにか成功した。

 

この隙を逃さない、最初の様に爆弾で近づく事はもう出来ないだろう、大規模魔法で押す事も出来るが相手は詠唱の隙を与えない。これで畳み掛けなければもうチャンスはない。

 

倒れる月光に一気に近づき、大量の気を右手に収束させる。

月光も即座に起き上がるが、この距離では躱せないと悟り、気で強化した小太刀を振る。

 

「『斬岩剣』!!」

 

月光の攻撃を、あたしは避ける素振りすら見せずそのまま受ける。

胸から腹にかけて斜めに切り裂く一閃だったが、あたしの身体は肉を裂く事も、血も吹き出さず、つなぎの上半身だけが消し飛んだ。

 

何が起こったのか分からず、小太刀を振り切った事により大きな隙が出来た体制の月光の腹部に強烈な一撃を入れる訳でもなく、ソフトな感じで右手を添える。

 

「羅漢流『破裏剣掌』!!」

 

その状態から指で相手の腹部をしっかりと掴み、高密度の気で強化した右手を一気に回転させる。

空中に打ち上げられた月光は身体を錐揉みさせながら回転し、『女王艦隊』の残骸に激突した。

 

「ゼロ距離からの純物理攻撃だ

障壁があっても密着状態からの一撃じゃあ、掛かる障壁も薄くなってくる

てめぇの厄介な護符も、それだけの負荷が掛かっちまえば、オシャカになってるだろ」

 

指に着いた月光の血を払い、上半分が無くなり下に来ていたシャツで指を拭きながら、倒れ伏せる月光に言い放つ。

 

彼女の最後の攻撃は、自分でも受け来れるか心配だったが、何とか大丈夫だった様だ。

 

このつなぎはただの作業服ではない、特殊な術式を詰め込んだあたし特製の魔法服だ。

このつなぎには、自分に受けるダメージを服に肩代わりさせる効果があるのだが、月光程の攻撃をそう何発も受け続ける程の効果はない。

この具合を見ると、精々あと一発が限度だった様だが、どうにか倒し来れた様だ。

 

「(目を覚まされない内にさっさと拘束するか

確かプレイ用の魔導錠があった筈……)」

 

影の中から検索して、目的の物を取り出すと、地面に落ちている『和紙貼りの箱』を見つけた。

月光が戦闘中も離す事はなかった京都の呪術具『玉手箱』、それが先程の一撃で月光の手から落ちたのだろう。

 

月光を拘束したら封印しようと思った瞬間、再び感じたあの殺気に咄嗟に後ろに跳んだ。

案の定、斬撃が飛んで来たのだが、それはあたしを狙った物ではなく、全く別の物に向けた放たれた。

 

「なぁっ!!」

 

切り裂かれ、空中に打ち上がるそれを見て唖然とした。

月光が切り裂いたのはあたしじゃない。

 

あたしの目の前にある『玉手箱』だった。

 

 

 

 

 

 

 




本当に久しぶりの投稿、早く更新したくてたまりませんでした\(^o^)/

この話もようやく後編になりましたがあとすこし続きます。

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