教室は静まり返り、鉛筆を握る生徒たちの表情は真剣そのもの。皆机に置かれた画用紙に一心不乱に筆を進める。
今日は美術改めて図工の授業であり、お題は『家族の顔』
皆は画用紙いっぱいに父か母かは分からないが家族の笑顔を一生懸命に描いている。
小学生故に絵があまり上手くないのは仕方ないが、それでも上手い人は何人かいる。
僕もみんなと同じように描いているが、周りの人は僕の絵を見て上手い部類の人間だと思っている人が多い。
だがそれは違う、僕はみんなと違って元は高校生であり、中学生時代は強制的に美術の授業を受けさせられる。
なので、絵心の無い僕でも多少は出来る。いくら絵が苦手でも小学一年生に負けるレベルの絵を描くようでは点数なんて貰えない。
「縁はもう出来たの?」
隣の席のアキラが絵を覗き込んでくる。
僕もアキラの絵を見れると、多分母親なのだろうか、細っそりとした女性の顔が画用紙いっぱいに描かれており、丁寧に色鉛筆で色付けされていた。
「アキラも上手だね、お母さんの特徴がよく出てるよ」
「ありがとう、でも縁の方が凄いよ、なんか古典の絵みたいで凄く上手いよ」
「え?なになに?うわっ!アキラの旦那絵上手過ぎでしょ!勉強、スポーツも出来て絵も上手いなんて天才か!?」
「だ、旦那!?ち、ちが、違うよ!?私と縁はそんな関係じゃなくて、その、えっと……」
後ろから覗き込んできた柿崎さんの発言に顔を真っ赤にしてオタオタと慌てながら否定するアキラに、ちょっと萌えてしまった。
やっぱりアキラは天使だね。彼女にするならアキラみたいな美少女がいいけど、僕はロリコンではないので十年後に期待だよ。
「そんなことないよ、これだったら僕より上手い人なんていくらでもいるよ」
それに勉強が出来るのは僕が元高校生だからだし、スポーツは魔法使いであるから周りよりもずば抜けているのは当たり前だ……まぁ、長瀬さんと古菲さんは別格だけど。
「いや、それでもこれは上手いよ、この美人は三峰のお姉さん?」
「あ、やっぱり伊織さんなんだね、すっごく似てるよ」
「うんそうだよ、でも伊織本人に見せたら笑われちゃうかもね」
僕の家族と言ったら伊織しかいないので必然的にそうなるが、伊織は親と言うより姉に近い。
あの面倒くさがりよりもいつと食事を作りにきている夕子さんの方が母親に近いかもしれない。
「(皆が親を描いてる中で一人だけ姉を描いてるなんて、なんかシスコンに思われそうだなぁ
まぁ、家族は伊織しかいないから仕方ないよね)」
流石に裕奈の親である夕子さんは描くわけにもいかないので、これでいいかと結論付けていると、ふと、ある違和感を感じた。
あれ?何だろう、何がおかしい、何処が間違っている。
いや、もう一度思い出せ、なんで『家族は伊織しか居ない』と思った、僕には『本来の家族が』居るじゃないか。
なのに何故そう思った、それを考えるだけで嫌な汗が止まらない。
僕は普通の家庭で、普通に両親と暮らして、普通に生活してたじゃないか。
「(いや、『普通』ってなんだ?何が『普通』なんだ?どう『普通』だったんだ?
僕はどんな『普通』な生活を送ってたんだ?)」
分からない、解らない、判らない。
今まで気づかなかった、なんで気づかなかった。
そういえば、最近は家族の事も全く調べなくなった、考える事もしなくなった。
いや、そもそもーーー
どんな顔だった?
家族はいったいどんな顔をしていた。
僕の『榊原 縁』としての顔はいったいどんな顔をしていた。
わからない、記憶に靄がかかっているような、そんな感じじゃない、消しゴムで消した様に、綺麗さっぱり忘れていた。
何人家族だったかも、両親がどんな性格だったかも、いや、そもそも僕に両親なんていたのか?
目の前には画用紙がある、それに家族を描けと昔の自分を描けと言われても描けない。
思い出すのは伊織の顔、夕子さんの顔、裕奈の顔、アキラの顔、和美の顔、そして、今の僕の顔。
思い出せない、僕は……誰?
「縁?」
アキラの声で思考に浸ってた意識が現実に戻る。
もう授業は終わったのか、辺りは給食の為にそれぞれ班を作り机を引っ付けていた。
「縁、どうしたの?さっきからボーとしちゃって」
「……ごめん、なんでもないよ」
アキラにこれ以上心配をかけぬように、画用紙を直し、アキラと机を引っ付ける。
その日の給食の味は覚えておらず、授業も全く身が入らなく、アキラに心配されたが、それでも平然を装う。
裕奈にもいつもの様に放課後の遊びに誘われたが、どうもそんな気分になれず、僕は一人で家路についた。
「……今日はこれで終いだ」
砂浜に倒れ伏せる僕に、伊織は静かにそう告げた。
あの後、家に帰っても考えは止まらず、それを引きずったまま伊織の訓練の時間となったが、訓練にも身が入らず伊織に滅多打ちにされた。
「今日はどぉした、考え事はよくする方だって事は知ってるが、今日は特にひでぇ
拳もへなちょこ、防御や回避もする素振りも見せねぇ……なんかあったのか?」
伊織にしては珍しく心配してくれている事に驚いたが、確かに今日の訓練は酷かった。
アキラにも心配され、伊織にも心配された。
これ以上誰にも心配をかけたくはなかったし、僕だけで悩んでも、この考えを解決する糸口は全く掴めない。
ここは、年長者の意見を聞くのもいいかもしれない。
「伊織は…家族の事を忘れるのって……どう思う?」
「あ?おめぇ、自分の家族の事忘れてんのか?」
「そう…そうなんだよ……思い出せないんだよ……
家族がどんな顔で笑ってたのか、どんな家庭で暮らしてたのか…どんな幸せな時間を過ごしていたのか……思い出せないんだよ…」
悲しさで涙が溢れ身体が震える。
長年僕を育て、愛してくれたであろう両親の事を忘れていく、とても怖い、忘れたく無い、なのにどうして思い出せない。やるせない気持ちだけが僕の中で渦巻いていく。
「……おめぇ達は、いつか大人になる、大人になると親から離れ、自分で生きて、自分の生活を手に入れる
親は子供より先に死ぬ、親が死んでも子供の生活は続く、そして自分が親になり、老いていつしか親の顔を忘れる
写真を見なければ顔を忘れ、思いで話を聞かなければ過ごした日々を忘れる」
「でも!それは何十年も経っての話でしょ!!僕はまだ三年しか経ってないんだよ!!」
「それでも忘れる時は忘れる、それが自分の意思であろうと、なかろうとな」
伊織は僕の目を真っ直ぐに見て強く言い放つ。
僕は自分で家族の事を忘れたいと思っていたのか?それとも、若返ったせいで脳がおかしくなったのか?わからない、でもこのままでは家族の事を完全に忘れてしまう。
「大事な人が、この世から居なくなった時、誰かがそいつの事を覚えていりゃあ、それは、誰かの心の中で生きている事になる
誰の心の中にも生きる事が出来なかった奴は、その時、本当の意味でこの世から消える
だから、おめぇが家族の顔を忘れても、過ごした日々を忘れても、おめぇの中で生きてんだよ!
おめぇが忘れた事すらも忘れちまったら、その時本当におめぇの家族は死んじまう!
たとえ欠片でも、曖昧でも、それを覚えていりゃあ、おめぇは家族と繋がってる」
「………でも、このままどんどん忘れしまうかもしれないんだ
そうなったと思うと、どうしようもなく怖いんだ!!」
涙を流し叫ぶ僕に、伊織は優しく頭に手を添えて、ニヒルな表情で笑いかける。
「最初会った時を覚えてるか?あの時、おめぇは話したじゃねぇか、温かい家庭って奴をよ
だから、おめぇが忘れてもあたしが覚えてやる
おめぇが何もかも忘れちまっても、あたしがおめぇのそばに居て、話してやるよ、おめぇがどんな奴で、どんな日々を過ごしていたのかもな」
「…伊織……いおりぃ!!」
伊織のその言葉に、自分の感情はダムが決壊したように崩壊し、止まる事なく涙が流れ続けた。
そんな僕を伊織は何も言わず抱きしめてくれた、僕が泣き止むまで、僕が不安を全て吐き出すまで、伊織は強く抱きしめてくた。
「グス…ありがとう……」
「たく、なんて顔してんだ、おらこっち向け」
涙と鼻水でグチャグチャな顔を、影から出したタオルで乱暴に吹いてくれる。
「ほら、帰るぞ
今日くらいは、てめぇのクソ不味い飯を食ってやるよ」
「もう…またそんな事言って、いっつも美味しそうに気絶してくれるじゃんか」
「おめぇにはどうやったらそう見えんだよっ!!」
涙と鼻水でグチャグチャになったタオルを影の中に放り込むと、僕を子供のように抱きかかえ、別荘の方へと向かう……まぁ、身体は子供だけど……。
「伊織…」
「ったく、なんだよ?」
「……ありがとう」
さっき泣いた事を含めて、今まで一緒にいてくれた事にお礼を言うが、何だか照れ臭くなって、伊織の胸に顔を埋めるように顔を隠す。
伊織もそれがわかったのか、小さく笑い、特に何も話す事なく、ダイオラマ球から出て食事にした。
余談だが、伊織は僕の出した料理を全部食べてくれた。
食べて後は、お腹いっぱいになったのか、倒れるようにその場で眠ってしまったのでベットに運び、その日は伊織と同じベットで一緒に寝た。
やったねいおりん!ゆかりんの好感度が大幅にUPしたよ!!
無意識にヒロイン達よりも点を稼いでいる伊織はきっと主人公体質なんだね。
そして、アキラマジ天使!エヴァ様は小悪魔!
エヴァ様のあの御御足に踏まれたいお(・ω・)