小麦粉使いの魔法使い   作:蛙顏の何か

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無駄に洗礼された無駄しかない無駄な兵器

「ゴォラア!待たんかおんどりゃあー!!」

 

「あー!もおしつこい!!」

 

朝倉 和美は息を切らしながら自分を追う追撃者に悪態をつく。

後ろを見れば鬼の様な形相で化学部長が追いかけてきていた。

 

「(なんでこんな事に!?元はスクープを見つけて報道部に入る布石にするつもりだったのに!!)」

 

彼女、朝倉 和美は小学生にしては大人びた少女だ。

悪く言えば、周りより知識だけはあるマセ餓鬼だ。

親が報道関係の仕事をしている事もあり、昔から新聞やニュースなどを見て色々な情報を集め、知識を吸収していた。

記者になるのも親に憧れてと言うのもあるが、彼女自身も真実を求め続ける報道の仕事に惹かれていた。

そして今回はその記念すべき初の収穫になる筈が、まさかここまでの大事になるとは本人でさえ予想していなかった。

 

「(でも、最初に距離を離してるから、そう簡単には追いつかれないとは思うけど、向こうは高校生くらいだから時間の問題かな

ここはやっぱり早く外に出て学園に通報するか?それともあえて何処かに試験管を隠して逃げる事に専念するか?

もし転んで試験管を割るのは最悪だけど、隠したとしてもここは相手にとっては自分の庭も同然

すぐに見つかる可能性が高いし、もし捕まったら何をされるか分かったもんじゃない

……いや、もとから捕まれば何をされるか分からないか)」

 

隠すにしても相手を撒いてからでなくては直ぐに見つかるので、やはりここは階段を目指す。

 

自分が逃げている途中にも関わらず、朝倉は縁の事を思い出していた。

今も戦っているのか、それとももう捕まってしまったのかは分からないが、彼は彼女を逃がす為に精一杯の事をしてくれている。

 

「(こっちもカメラ武器にしてまでこれ(試験管)を奪取したんだし

それに何より、三峰君もあんなに頑張ってるんだから、私がここで逃げ切らなきゃ報道記者の名が廃る!!)」

 

故に彼女はこの試験管を守り抜かなくてはいけない、彼の努力を無駄にしない為に、犠牲になったカメラの為にも。

 

体力が余りなかったのか、小刻みに逃げ回っている内に、化学部長は息を切らし、段々距離が空いて行くと、漸く撒く事ができ、とりあえず息を整える。

何処かに隠すにしても、流石にこの階段に隠す訳にはいかないので予定通りに階段を探す。

見つからない様、泥棒の様に抜き足差し足で曲がり角を曲がった瞬間、後ろから声が聞こえてきた。

 

「部長!こっちに居ました!!」

 

「なに叫んでんの!見つかっちゃうでしょ!!」

 

化学部長の声と他の部員の声が聞こえ、再び走り出す。

 

「(ちょーっ!なんで他の部員までいるの!?あの時集まっていたので全員じゃなかったの!?

それとも倒した部員達が起きたの!?)」

 

兎に角、これ以上集まってくる前に階段を目指すが、彼女はビルの中を把握している訳ではないので適当に走っている。

道を曲がれば曲がるだけ人が増えていき、等々六人程の人間と追いかけっこする事になり、漸く階段を見つけた。

 

「はぁはぁ…やっとここまできた…とにかく、早くトンズラして、三峰君の救出もして貰わないと」

 

足が棒になりそうな程走り、エレベーターを使おうと思ったが、エレベーターは三階で止まっておりこのままでは間に合わない。

仕方なく階段から降りようと足を引きずりなが進むが、左右から複数の人間の走る音が聞こえてくる。

 

「(やばいなー、本当にやばい

流石にこれ以上は走る体力も残ってないし、ここでゲームオーバーかな…

いや、ゲームオーバーになるくらいなら奴らの口にでもこれ突っ込んでやろうかな)」

 

最後の抵抗とばかりに、ポケットに入れている試験管に手を伸ばす。

すると、背後からキンコーン、と電子レンジみたいな音が聞こえ、エレベーターの扉が開かれる。

 

「(しまっーーー!)」

 

彼女は左右から来る敵を警戒していたせいか、背後で稼働しているエレベーターに全く気がついてなかった。

縁とは違い、何の訓練も受けていない彼女は、十も年上の化学部員に簡単に組み伏せられる。

体が強張り、試験管のゴムキャップに手をかけた瞬間、エレベーターからは彼女も予想がつかなかった人が現れた。

 

「いやー、探しましたよお嬢ちゃん、今迎えに来たっスよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

田中さんが動く前に、僕は気を練り上げ、瞬動を用いて一気に接近する。

田中さんもいきなり接近した僕に対処が遅れ両手をクロスしてガードするが、気の籠った拳はガードの上からでも強烈な一撃を放ち、その巨体を吹き飛ばした。

部屋の端まで吹き飛ばされた田中さんは、そのまま壁に激突し、漸く止まる。

あれだけ飛ばされても、平然と立ち上がるが、ガードした左腕がおかしな方向に曲がっていた。

 

「(いける、やっぱり生身で戦うのとは全然違う、気の攻撃なら金属の体もあの有り様だ

これなら、こいつを早く倒して朝倉さんと合流出来る)」

 

気を使える事により若干の安心と油断が出来てしまい、その隙をついて、田中さんは足元の工具箱を此方に蹴り飛ばしてきた。

工具自体も金属性であり普通の人間が蹴り飛ばせば、下手すれば骨折もしてしまうが、ロボットである田中さんにはそんな事は関係なく、逆に工具の方が凹んでいる。

工具箱は中身を撒き散らしながら、工具の弾幕が襲いかかって来る。

 

僕は即座に小麦粉を集め、円盤型の盾の様な形を取らせ工具を防き、今度はギロチンを二枚程形成し向き直ると、田中さんは顎が外れんばかりに口を開け始めた。

先程の攻撃でバグったのかと思ったが、完全に口が開くと、その中から何かが出てきた。

 

「(あれは…レンズ?)」

 

口の中からはビデオカメラのレンズの様な楕円状の物が顔を出していた。

カメラ機能かと、思ったがレンズからキュィィと何かチャージする様な音が聞こえ、一瞬嫌な予感がしたので咄嗟に横に跳ぶと、

僕が先程までいた場にレーザー光線が通過した。

 

「(って、ええーーー!!

こ、光化学兵器!?いくら科学が進歩してるからってこんなのあり!!

ロボット研究会の人達、なんて物作ってるんだよ!

流石に僕もレーザーなんて防ぎきれないよ!!)」

 

相手が再び発射してきたので、とにかく除けまくる。

光速の攻撃なんて、瞬時に判断して躱すなど出来る訳がない、相手の顔の向きで発射方向を見極め、躱しつづける。

光化学兵器なんで食らったらひとたまりもないが、このままではジリ貧になってしまう。

 

「(こうなったら、瞬動で回り込んで、一撃で首を落とす!)」

 

光線の嵐を除けつつ、足元に気を爆発させる様に跳び、田中さんの後ろに移動の力を床に流す様に着地する。

僕レベルの瞬動術では、足元に物が散乱している場所で、何か物を踏んで着地すれば、力を逃がせず自爆してしまう恐れがあったので、あまり何回も使いたくはなかったが、どうにか成功した。

 

一撃で仕留めようと、拳に気を集中して殴りかかろうとした瞬間、田中さんは首をグルリと180度回転させ、此方を向いた。

 

「イナバウアー!!」

 

体を海老反りして、何とかレーザーを回避したが、強引な回避をしたせいで身体を痛めてしまった。

回り込みも通用せず、何かないのかと痛む身体を庇いながら部屋の見渡すと、ある事を気付いた。

この部屋には、僕と田中さんしか居ない。

先程までは化学部長も居たが田中さんに妨害され見逃してしまったが、この部屋にはまだ人が居た。

 

化学部員だ。僕が小麦粉の津波で倒した筈の部員達がいつの間にか居なくなって居たのだ。

 

 

「(しまった!田中さんとの戦闘に集中していたせいで気が付かなかった!

このままじゃ朝倉さんが危ない!!)」

 

自分の失態に激しく後悔するが、今は戦闘中。

伊織にも言われた事だが、戦いの途中で別の事に意識を向ける事は自殺行為だ。そして今は正にその状況。

更にここは足場が悪い、当然の如く足元にも注意しなくてはならないが、それを一瞬怠り、ドライバーの様な棒状の物に足を取られ、体制を崩してしまった。

 

その隙を逃す事はなく、光速で射出されるレーザーは、僕の胸を貫いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

朝倉 和美は困惑していた。

エレベーターから出てきたのは、一階で此方にウインクした後輩っぽい中高生だった。

 

敵か見方か分からないか人物あるせいか、朝倉は試験管を握ったまま後ろに下がる。

 

「おお!丁度いいところに、瀬流彦(せるひこ)!その小学生を捕まえろ!!」

 

左右からは化学部達が集まり、八方塞がりな状況に朝倉は焦るが、瀬流彦と呼ばれた中高生は、先程までは持っていなかった杖で頭をかく。

 

「あれ?もう一人の子はどうしたんスか?」

 

「……なんか、巨体のロボットと戦っていました」

 

「ああ、ロボット研究会から盗んだ奴っスね

まぁ、彼なら大丈夫でしょ

 

それよりもここは危ないんで、君は外に出た方がいいっスよ」

 

「ちょっと瀬流彦!話し聞いてんの!!?」

 

呼びかける化学部員の声も無視し、朝倉をエレベーターに乗せようとさせるが、化学部長の呼びかけに静止した。

 

「別に、自分は先輩に借りがあったから雑用をしていただけであって、化学部には所属してませんし、あの人形を崇拝していた訳でもないっス

それに、この子達には部長達の注意を引いて貰おうと思ってここを教えたんですしね」

 

なんの悪びれた様子もなく暴露する瀬流彦に化学部長はワナワナと震え怒りを露わにする。

 

「もういいわ、裏切り者のあなたも一緒に捕らえさせてもらうわ

この人数で、何処までもつかしら?」

 

「(たしかに、いくら武器(杖)を持ってきたからと言っても、この人だけでこの人数をどうこう出来る訳がない)」

 

多勢に無勢。個人で多勢に勝利するなと、普通の人間には無理だ。

だがしかし彼女は知らない、彼の持っている物が、この世界では何を表すのか。たった杖一本で、彼は普通の人間が逸脱する事を、彼女や、化学部員全員は知らなかった。

 

「大気よ、水よ、白霧となれ、彼の者等に一時の安息を。『眠りの霧』」

 

瀬流彦は杖を構え、呪文を唱えると、彼を中心に白い霧が立ち込める。

一番最初に効果が出たのは彼の近くに居た朝倉だった。襲いかかる強烈な眠気にどうにか耐えようと抗うが、身体の力が抜け、床にへこたれてしまった。

 

化学部の面々も何も分からないかまま霧を吸い、次々と倒れる様に眠り、意識を保っているのは朝倉だけになってしまった。

 

「(だ、ダメだ……今眠ったら……三峰君が…)」

 

必死で抗うが、魔法の力は人の意識をも凌駕する。魔法耐性のない朝倉にはこれに抗う術はない。ただ、自分の為に戦っている少年の事だけが、朝倉の意識を辛うじて保っていた。

 

「大丈夫、あの子は強いッスよ、それにあの程度で負ける様な我々(魔法使い)ではないっス」

 

瀬流彦は優しく朝倉の頭を撫で、更に睡眠魔法を上乗せし、試験管が手から零れ落ちると、意識を完全に失った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……………ん?」

 

レーザーで胸を撃ち抜かれ、絶命したかと思いきや、僕の意識はしっかりとしていた。

もしかしたら自分は霊体になっており、もうこの世には存在してないのかと思いきや、普通に手足を動かせており、足元と工具を蹴る事も出来るので、それはないと確認する。

ではどうして生きているのか、死んでいなくとも絶対に致命傷だ。

それなのに、撃ち抜かれ左胸を見るが全く外傷がない。体調と特に悪くもなく、怪我もないが、何故か上半身の服だけが消し飛んでいた。

 

田中さんは未だにレーザーを乱射しており、今度は足に命中すると、靴から膝までの服が消し飛んだ。

 

「ははは、まさか、服を消し飛ばすだけの武器なのね」

 

命中したのに服は消し飛んだ。つまりこれがこの兵器の効果なのだ。

あまりの馬鹿さ加減に乾いた笑い声が出てしまった。

 

「なにこれ?服だけを攻撃するなんて逆に凄いよ

脱衣光線……脱げビーム…」

 

やっぱり麻帆良の人間は頭のネジが外れてる。もうこれは確定だ。今後この評価は変わる事はないだろう。

 

しかし、僕も本当に馬鹿だ。こんなしょうもない兵器に必死に、身体を痛めてまで回避し続けていたのだ。もう笑いが止まらない。

こんなアホな遊戯をさせられ、今の

僕はかなり頭にきていた。

こいつを直ぐにグズ鉄にしてやろう。

そう思い、気を全力で放出し、遠当ての弾幕を放つが、田中さんはレーザーの放出を辞め、今度は向こうが回避に専念し始めた。

素体のロボットを盾にして遠当てを防ぎ、近づこうとしても相手は距離を取り、隙があれば工具を飛ばして来る。

完全に防御重視の戦い方、いや時間稼ぎだ。

 

化学部の人達を逃がしてしまったので朝倉さんが心配だが、向こうは偶に攻撃するので、朝倉さんを追いかけたくても、背を見せればあの巨体で組み伏せられる恐れもある。

だがこうも逃げ続けられると、僕も攻撃を当てる事が出来ない。

向こうが距離をとるので、遠距離技で決めるしかないが、僕は小麦粉と遠当てしか、今のところは使える技がない。

それにこの場合は範囲攻撃がいいが、僕は『アドリア海の指揮権』しかそれがない。パクティオーカードはあるが、こんな室内で『女王艦隊』を召喚すればビルが倒壊する。

 

手詰まりの様にも思えるが、実は僕には秘策があった。

僕はポーチの中からありったけの小麦粉を出し、粉の状態で田中さんに投げつけた。

投げた小麦粉の大半は空中に舞い、殆ど田中さんに当たる事はなかったがそれでいい。形成した小麦粉も粉状に戻す。

小麦粉のせいで視界が悪くなり、部屋中に充満しているせいで、くしゃみも出そうになるが、我慢して田中さんに語りかける。

 

「何でも空気中に粉末が漂ってて、そいつに火が点くとさァ。酸素の燃焼速度がバカみてェに速くなるンだと。結果、そこら中の空間そのものが一個の巨大な爆弾になるらしいンだが」

 

『アクセラレータ』をイメージした口調で、ポーチを探りながら田中さんに語りかける。

 

「なァ、鉄クズ。粉塵爆発って言葉ぐれェ、聞いた事あるよなァ?」

 

そして今、この状況は正にそれ。この部屋は一つの爆弾だ。火花一つ散らせば、この部屋は一瞬にして吹き飛ぶ。

 

小麦粉を使っていた時に、粉塵爆発を使えないのかと前々から考えていたが、この様な室内で戦う事などなかったので使う機会がなかったし、一般人である化学部員達を巻き込むので使えなかったが、今は僕達二人だけだ。絶好の粉塵爆発日和である。

 

ポーチから取り出したのは先端に三日月が付いたオモチャの様な杖。

得意気に杖を持ち、今までずっと練習してきた、唯一僕の使える魔法を唱える。

 

 

「『火よ、灯れ』」

 

直後、あらゆる音が吹き飛ばされた。

小麦粉の粉末が撒き散らされ、部屋全体が巨大な爆弾と化して、辺り一面の空間が爆発して炎と熱気を撒き散らす。

 

そして着火点に一番近かった僕は爆発の衝撃波を正面から叩きつけられ、数メートル吹き飛び、窓から叩き出された。

 

「…かはっ!」

 

いきなりの衝撃に息が止まり、漸く息を吸うが、ここは空中。爆発は気で防げたが、八階から落ちて助かるかは怪しい。

前の落下の経験を活かして、小麦粉を常時装備していたが、粉塵爆発で全部使い切ってしまい打つ手がない。

そう思った瞬間、手を掴まれ空中でぶら下がる様にも止まった。

 

「びっくりしたっスよ

爆発があったと思ったら、空から落下系ショタボーイが降って来るなんて新しいっスね!」

 

一階でウインクしてきた後輩っぽい人は、何か訳の分からないか事を言い始めた。

この人自身も杖に乗って空を飛んでいるので、魔法少年と言うジャンルなんて珍しいと思う。

 

魔法少年は瀬流彦さんと言うらしく、この人も学園所属の魔法使いらしい。何故化学部に加担していたかと言うと、一階で言ってた様に金を借りたからその借りを返す為だそうだ。

でも何故裏切ったかと言うと、どうもこの人は三階の猫ちゃん達の世話をしていたらしく、それで猫ちゃんに愛着が湧き、僕達が八階で騒いでいる間に逃がしたそうだ。

最初は胡散臭い奴と思ったが、いい人の様だ。猫好きに悪い奴は居ない。

 

「あ!そういえば、試験管知りませんか?あの中には細菌兵器が入ってるんですよ!」

 

あのにっくきウイルスは完全にこの世から消し去らなければならない。世界中の猫ちゃんの為にも!!

 

「あぁ、あの女の子が持っていた奴っスね

ありますよ、確かここに………あれ?」

 

瀬流彦さんは白衣のポケットに手を入れて探すが、一行に見つからない。……まさか。

 

「あの爆風で落としたみたい…」

 

「なにやってるのぉぉー!!」

 




今回で終わらせようと思ったのですが、思ったより長くなり朝倉編はあと一話だけ続きます。

最近、学校が始まり、更新のスピードが落ちていますが、これからもなるべく速く更新していく所存であります。

宿題を大量に出す教師なんて、宇宙の悪魔だ。

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