七月も中旬になり、幼児化して初めての夏休み、今日はその最初の日。
人々はクーラーの効いた部屋でのんびり過ごすなり、海かプールで水遊びするなどして過ごしているであろうこの時期に、僕は学園にいた。
「暑い……」
蝉が煩く鳴き、太陽がかんかん照りの外で、暑さに苦しみながアイスを頬張る。
僕だって、今日は家でゴロゴロして居たかったが、伊織の言った事のせいで此処まで足を運んだのだ。
それは僕が仮契約して次の日のこと。
僕は『アドリア海の指揮権』の性能を確かめるべく、ダイオラマ球で試し打ちをしていた。
『アドリア海の指揮権』はやはり『前方のヴェント』が使ってた『女王艦隊』の一部を使役する物で、使用すると、巨大な魔法陣から氷の材質の様な巨大な船が現れた。
今のところは一隻しか出せないが、それでも『女王艦隊』は強力だ、側面に取り付けられた氷の砲は一隻でも絶大な威力だ。
伊織が言うには『帝国のインペリアルシップ』並の威力らしく、帝国とは何か知らないが、この船がどんどん増えて行けば、もしかしたら国を落とせるかもしれない。
と言っても、この『アドリア海の指揮権』が、『前方のヴェント』の霊装と同じならそんなに多くは出せないだろう。
元々、ヴェントが『アドリア海の女王』の調整を行ったからこそ、彼女がその一部を操船出来るのだから、出せたとしても四、五隻が限界であろう。
そして、ここからが問題だ。
アーティファクトの強力性を見た伊織は、もうすぐ夏休みという事で課題を出した。
課題は、図書館島の最深部に謎の扉があるらしく、そこに行けという内容だ。
それだけなら簡単だと思うが、思い出して欲しい、図書館島の地下にはあのドラゴンがいる。
アーティファクトを使えば倒せるかと思ったが直ぐにその考えは諦めた。
確かに『アドリア海の指揮権』は強力だ、あのドラゴンを倒すだけの火力はあると思う。
しかし問題は僕自身だ、『女王艦隊』の中に居ればいいと思ったが、砲台の照準を合わせるには僕が一度敵を目視しないといけない、あのドラゴンの機動性は高く照準を合わせるのも容易ではない。
だが、僕が外に出れば、あのブレスで一瞬にして灰になる。
つまり、あのドラゴンを倒すには、少なくとも気の防御力を上げるか、虚空瞬動を連発して回避し続けるくらいしかない。
何故伊織は僕にそんな事をさせるかと言うと、僕の魔法の伸び悩みが原因だった。
あれだけ練習しても灯りの魔法しかまだ使えない僕の不器用さ、伊織の使っている魔法は大火力の物ばかりらしいので、あまり教えられないらしい。
伊織が言うには、あの扉の先に行けば如何にかして貰えるかもしれないらしい。
無茶振りにも程かあるが、別に夏休み中にやれとは言わないらしく、なるべくなら早く行けとのことだ。
なので、今日はこのクソ暑い中その下見に来たという事だ。
「(あんなのまともにやっても勝てっこないよなぁ
せめて『後方のアックア』の『アスカロン』みたいな竜殺しがあればなぁ……いや駄目だ、総重量二百キロの大剣なんて持てる訳がないし、そもそも武器は使い手次第だからある意味『アドリア海の指揮権』みたいなのが出たのはラッキーかもしれない)」
改めて自分のアーティファクトの有能生には気づいたが、結論から言えばまだ先は遠いという事だ。
気長にやるしかないかと思い、棒だけになったアイスをゴミ箱に投げる………外したよ。
仕方なく、ゴミ箱に弾かれたアイスの棒を拾いに行くと、ある物が目に入った。
「(あれってもしかして僕が退院した時に、伊織が乗って来た大型トラック……)」
視線の先には、派手なペイントの施されたトラックが、大広間の噴水の隣に停車していた。
それを見た僕は、また伊織が乗り捨てたのであろうと推測した。
「(またあんなところに放ったらかしにして、取りにくる先生も大変だよね
いったいどんな先生が取りにくるんだろ?予想では高畑先生だけど)」
身内の不始末に申し訳なく思うが、いったいどの様な先生が取りにくるのか興味が湧いたので、その辺の木陰で待とうと思っていたが、トラックはエンジンをかけ再び走り始めた。
「(もしかして、伊織?いや、あの面倒臭がりがそんな事するかな?)」
トラックは、敷地内を緩やかに走り始めた。
走るといっても自転車と同じくらいのゆっくりな速さで、明らかにおかしい。
そう思った僕は腰に付けていたポーチに手を入れる。
このポーチは、図書館島での事を教訓にして、伊織から買って貰った物なのだが、特注品とか何とかで収納量が物理法則を無視した程の多さであり、四次元ポケットなんじゃないかと思ってしまった程だが、異質なのは収納量だけでポーチの口は大きくない為入れれる物は限られてくる。
中には大量の袋詰めの小麦粉やパクティオーカード、少しだが魔法薬も入っている。
今まではランドセルに入れていたが、これならあまり不自然に思われず普段から着ける事が出来る。
袋の小麦粉を少し掴み、杭の形にしてトラックに投擲する。
小麦粉の杭は、トラックのコンテナに命中し、刺さるのではなく、壁を凹ませる形で止まっている。
小麦粉を投げたのは発信機の代わりであり、あまり離れすぎなければその位置を此方で確認できる。
小麦粉の反応を追って、炎天下の中に走り出す。
別に走ってまで追う必要はあまり無いが、興味本位というのもあるが、あのトラックは怪しい。
小麦粉の反応からでも分かるが、夏休みにという事もあり人通りの少ない道を未だに緩やかに走っているのだ、これが怪しくなくて何という。
小麦粉の反応が止まったので、林を抜けて急いでそこを目指すと、十五階建て程のビルに到着した。
近くの立札を見ると、第二化学研究会と書いてあった。
「(あのトラックに入ってたのは、実験で使う道具や材料だったのかな?
これは取り越し苦労だったかもなぁ…
仕方ない、小麦粉は諦めて帰ろうかな)」
この猛暑の中、気を使わず全力ダッシュしたので、もう汗がダラダラである。
今日はシャワーを浴びて、訓練の時間まで寝ようと、来た道ではなく道路沿いを歩こうとした時、ガサガサと茂みが不自然に揺れる音が聞こえた。
不思議に思いを周りの空気を嗅いでみると、動物の臭いがそこら中に漂っている。
犬か猫かなと思い、期待しながら茂みに近寄ると、あちら側から先に出てきた。
「ありゃりゃ、見つかっちゃったな〜」
それは動物でも何でもなく人だった。
その人は、濃い茶髪のショートポニーテールで、片手にはデジタルカメラを持った、僕と同じくらいの少女だった。
「おや?君は化学部の人じゃないね、もしかして同業者?
私は朝倉 和美(あさくら がずみ)しがない記者見習いさ」
記者見習いの朝倉さんは、自己紹介をした後、何故かカメラで僕を撮影した。眩しい。
同業者かどうかは知らないが、とりあえず此方も自己紹介しておこう。
「僕は三峰 縁、多分君の言う同業者ではないと思うよ
君は何であんな所に?」
「それは勿論、第二化学研究会の悪事を、このカメラに収めるため!」
「悪事?」
「あら?知らないの?最近、ロボット工学研究会の発注した機材が盗まれてるんだよ、トラックごと
それでトラックを追っていたらなんと!第二化学研究会だったという訳さ!
これはもうスクープの匂いしかしないね!
やっぱりあれかな、第二化学研究会は実は秘密の科学結社とか!宇宙からやって来た金属生命体を匿ってるとか!謎の天才火星人が占拠してるとかかな!?」
朝倉さんが物凄い妄想を爆烈させているが、僕は肉体的にも精神的にも、滝の様な汗をかくほど焦っていた。
トラックが盗まれてる?それってあれだよね、伊織が放ったらかしにしてるから、そうなったんだよね!?
ヤバイじゃん!完全に身内の不始末じゃん!!伊織も伊織だよ!なんでトラック取りにくる先生が来るまで待たないんだよ!!
「(どうしよう!どうしよう!?
いつから盗まれていたかは知らないけど、さっきのトラック一台分の荷物だけでもかなりの額だよ!!
いや、でも伊織なら弁償なんてしない気がする……『早く取りに来なかったおめぇらが悪い』とか言うに決まってるよ!!でも、本当にどうしよう!!)」
朝倉さんが何か未だに話しているが、もはやそんな事は聞こえない。
秘密結社?金属生命体?天才火星人?
んなもん、どうでもいいんだよ!!このままでは伊織のせいで大変な事になってしまう!!いや、もうなってるけど、如何にかしなくては……
「……朝倉さん」
「それで!未来から来た火星人がーーーー
っと、なに?三峰君?」
「スクープを求めて来たんだよね?なら、中を調べてみない?」
何だか、更にヒートアップし始めた朝倉さんは、一瞬でクールダウンして、僕の提案に少し考え出す。
僕の考えは、朝倉さんは記者見習いらしいので、とりあえず侵入して悪の科学者の悪事を暴き、そしてその記事を学園全土に知らしめ、伊織の不始末から目を逸らさせると同時に、身内の僕がけじめを付ければ学園側も文句はないだろう、と言う計画だ。
それに盗んだ奴が悪いのだ、いくらそこに置いてあったからと言っても、それを盗んでいい道理はない。
などと、穴だらけな作戦の上に勝手な結論をつける。
「ど…どうかな?」
「うん、OKそれで行こう
私としても一人で侵入するのは無理があるからね
でも、一つ質問いいかな?」
「……なに?」
「なんで、いきないそんな事しようと思ったの?同業者じゃないならそんな事しなくていいはずだよ」
やっぱり疑問に思われたか、この子も小学生の筈なのに鋭い。
麻帆良には、祐奈やアキラの様な運動能力がズバ抜けた人が多くいるが、頭脳面で優れた人も多くいる。
多分、朝倉さんはそちら側の人間だ、なら下手な言い訳はやめた方がいい、だが真実を告げると伊織の不始末がバレてしまう。
「あ、あれだよ!謎の科学結社の悪事を暴くなんて、何だかワクワクしてくるでしょ!?」
故に、麻帆良の学生らしい反応をしてみた。
麻帆良の人間は、お祭り好きであり、頭のネジが外れた奴らばかりだ
なので、こういった事には自分から飛び込む輩が多い。
……いけるかな?
「あぁなるほど、そういう事ね
いいよ、それじゃあ、一緒に悪の科学者の秘密を暴きに行きますか!!」
どうやら疑われずに済んだ様だ。
朝倉さんも麻帆良にはこういった人達が多い事を分かってるのかもしれない。
騙しているので悪いが、盗みを働く様な奴にはお仕置きが必要かな?
まぁ、もしも変な研究をしていたら、小麦粉で全部スクラップにすればいいよね
僕と朝倉さんは、ビルの裏側に回り込む為に、警備の人間が居ないか注意しながら林の中に入って行った。
「それじゃあ行きましょうか、ゆかりん」
「ゆかりんって言うな」