「…なんだ…こりゃぁ……」
帰ってきたあたしは驚愕した。
線香を買って帰り、案外探すのに手間取ったせいで辺りはもう暗くなっていた。
いつもの様に適当に弁当を買って帰宅すれば、縁が笑顔で出迎えてきた。
その時何か嫌な予感がした、あたしの五感全てから得るものが居間にあるなにかを感じ取った。
手を洗い、居間に来てみれば案の定、縁の料理があった。
しかも、今回は品数が多いのだ、もう地獄でしかない。
縁の料理は見た目はいい、だがそのせいで初見の奴は大抵騙されるが、あれは凶器だ。
縁の料理は、味が不味い訳では無い、いや、正確には口に放り込んだ瞬間に意識が飛んだり、平衡感覚がおかしくなったりして絶対に気絶するので、味の採点なんで出来やしない。
しかも、縁も自分の料理を食って気絶しやがるから、この凶器の後処理は誰も出来なくなる。
一度、あいつの前で不味いと言ったら、今度は味を工夫したとかぬかしやがって、また持ってくる。
努力する事は間違いじゃねぇが、あいつの場合は酷い、その努力の結晶とやらを食った瞬間、口の中が爆発した。
比喩ではない、本当に爆発したのだ。
一瞬で口の中を気で全力防御しなければ多分歯がなくなっていた……まぁ、そのまま気絶したが…
旨くなるどころか攻撃力が増しただけ、あたしはもうあいつの料理に何も言わなくなった。
いや、これはもう料理ではない、ただの料理の姿をした見栄えのいいゴミだ。
「さぁ!食べて食べて!伊織の為に丹精込めて作ったんだよ!」
「ざけなテメェ!!今日こそあたしを本気で殺す気かっ!!」
こんなに量産しやかって、こいつは戦争でも仕掛けるつもりか?
もはや、こいつの料理で新しい大量虐殺兵器が生み出されたって言われても、あたしは驚かねぇ。
それより今は、自分の命が大事だ、居候に毒殺されて師匠の後を追うとかマジ笑えねぇ。
「もぉ、またそんな事言って、今日は伊織の為に頑張って作った『ゆかりスペシャル』なんだよ」
「そこまで本気で殺す気だったのか……
って、おい!馬鹿!なに自分でその毒を食おうとしてんだ!今日はお前に用があるんだ!勝手に死ぬんじゃねぇ!!」
炒飯の様な毒を食おうとした縁を掴み、毒を掬ったスプーンを台所に放り投げる。
通過地点にあった、縁の買ってきた観葉植物に数粒当たると、植物が蠢きだし、何だか悲鳴を上げ始めた。
こいつ炒飯に何入れた!!
伊織が僕の観葉植物を気功弾で消し去った後、テーブルの食事に手を付けないまま、ダイオラマ球へと連れて来られた。
僕も突然植物から叫び声の様なものが聞こえてきたので、正直ビックリした。
でも、せっかく料理を作ったので、なるべくなら温かい内に食べて欲しかったけどなぁ。
「まったく、おめぇは何がしたかったんだ」
「その…伊織を元気付けようと思って……
伊織の大切な人が亡くなったて……」
「……誰から聞いた」
「夕子さんから…
だから元気付けてあげなさいって」
帰りに夕子さんの家に行ったら、裕奈やアキラも居たので魔法の事を上手く隠して話していたが、まさか、伊織の魔法の先生が亡くなってたなんて……
「夕子め、余計な事を…お蔭でこっちは殺されかけたぞ…
おめぇが心配する様な事じゃねぇ、今日中には、自分の気持ちに決着をつけるところだった」
「無理してない?」
「はっ、おめぇ誰の心配してると思ってるんだ?おめぇに心配される程、あたしは弱かねぇよ」
伊織が無理してないか心配だったが、やはり伊織は強い人だ。
僕だったらずっと部屋に引きこもっていただろう。
だが伊織は違う、もう自分の気持ちに踏ん切りをつけ、前に進もうとしているのだ。
「もうこの話はいいだろ、それよりもこっちが重要だ」
伊織は先ほどから手に持っていた巻物の様な布……羊皮紙かな?見るのは初めてだけど、その羊皮紙を取り出して、砂浜に置いた。
羊皮紙には色鮮やかな魔法陣が描かれており、今もオーロラの様に様々な色を出している。
「パクティオー魔法陣の簡略版だ、使い切りだけどな」
「パクティオー?」
また知らない語源が出てきた、英語苦手なんだよね。
「パクティオーってのは契約の事だ、仮だがな
あたし達がやろうとしてんのは従者契約だ、別に一生にあたしの従者って訳じゃねぇ、仮契約だから、あたしが破棄する権限を持ってるが、おめぇが嫌になりゃぁいつでも破棄してやんよ」
つまり、僕が伊織の従者になるって事でいいのかな?
従者にしてくれるって事は、やっぱり僕の事を認めてくれたって事はだよね。
やばいよ!どうしようもなく顔がニヤけてるよ!嬉しくて顔がニヤニヤしちゃってるよ!!
ニヤける僕の顔を必死で隠そうとするが、伊織はジト目で僕の頬を指で挟んだ。
「なにニヤニヤしてるかは知らねぇが、話を続けるぞ
パクティオーした従者には幾つかの特典が付いてくる
まず一つ目は、契約してた魔法使いからの魔力供給だが、おめぇの場合は灯りの魔法しかできねぇからここはあまり気にしなくていい
二つ目は、念話だ、おめぇも多少は使った事があるから説明は省くが、これを使えば10キロくれぇ離れても通信が出来る。
ちなみに、あたしからならおめぇを強制召喚出来る機能も付いてる、これは念話と同じで10キロ圏内におめぇが居ねぇと使えねぇがな。
そして三つ目、これが一番重要だ
魔法使いの従者『ミニステル・マギ』には、特殊な魔法道具『アーティファクト』が使えるようになるんだ
これは人それぞれで、どんな物が出るかは分からねぇ」
何だか、聞けば聞くほど良い事ずくめな事ばかりだね。
勝手に契約者に呼び出される事はあるけど、それ以外は便利な事ばかりだし、その魔法道具も凄く気になる。
もとより、伊織の従者に何のは嫌じゃないし、これはパクティオーするしかないね。
「それは良い事ずくめだね、さっそくやろうよ」
頬から指を離されると、僕を魔法陣に立たせ、伊織も僕と同じ高さまでしゃがむ。
契約って、どんなものなんだろうなと、ドキドキワクワクしながら待っていると、伊織が顔を近づけだした。
「え?なに?どうしたの伊織」
「契約だ、契約の儀式だ」
「そういえば聞いてなかったけど、契約ってどうやってやるの?」
伊織から女性特有の甘い香りが鼻につき、何だかキス出来そうなくらい近づいてきている。
「接吻…キスすんだよキス!」
「だにぃ!!」
ちょっと待って!キス!?接吻!?伊織と僕が!!
産まれてこのかた一回もキスした事のない僕が、伊織の様な美人とキッス!
ダメだ、また頭がショートし始めた、僕の考えられる容量を超えている。
キスで契約成立なんて、魔法少女詐欺の奴でもやらないよ!誰だこんな儀式考えた奴は!!
「ちょ…伊織……ダメ……」
近づいてくる伊織を僕は弱々しく拒むが、それより強く抱きしめられ、そのまま、伊織の柔らかい唇と僕の唇が重なった。
「んっ!」
それと同時に、足元の魔法陣は強い光を放ち、伊織との魔力のラインが繋がり、僕に魔力が流れてくる。
「(身体がポカポカしてくる…それに何だか気持ちいいかも……)」
魔力が行き渡っているせいか、身体の調子が良くなり、気分が良くなってた。
頭がボーとしてくると、伊織は唇を離し、僕を見つめてくる。
よく見ると、伊織も顔が赤くなっており、照れていた。
もしかしたら、伊織もファーストキスなのかと思ったが、そういえば女の人と寝ていたので、それはないかと、思考を巡らせていると、
漸く惚けていた頭が覚醒し始めた。
「(僕…伊織とキスしたんだ……
って、ちょっと待てよ
僕、せっかくのファーストキスなのに気持ち良すぎてあんまり覚えてないぞ!
キスはレモンの味ってよく本で見るけど、本当にレモン味だったのかな!?
だ、駄目だ、覚えていない……)」
「なんだよ、高校生なのにキスもした事ねぇのかよ」
悪かったね、本当にした事ないんだよ!
「ふんだ、悪かったね、どうせ僕は彼女が出来た事だってない寂しい高校生ですよーだ」
なに悲しい告発してるんだ僕は!!
恥ずかしさのあまり、伊織から顔を背けると、足元に何か落ちていた。
拾い上げて見ると、一枚のカードがあり、一面紺色の真ん中に目玉マークのある六芒星が描かれており、下に方にはローマ字で伊織の名前が書いてあった。
素材は紙の様にペラペラな物ではなく、多分プラスチックに似た素材だと推測する。
カードを裏返して見ると、そこには僕が描かれていた。
カードの僕は、緑を主体とした、ロングコートに似た修道服を着ており、服には鋭い形をした大きな十字架が描かれていた。
僕の記憶が正しければ、これは『左方のテッラ』が着ていた修道服と全く同じだ。
更にカードの僕は、片手に小麦粉のギロチンを持っており、耳には水色の十字架のピアスをしていた。
十字架のピアスはしていたか分からないが、もはやこれは『左方のテッラ』のコスプレをした僕だ。
誰だこんな痛々しいカードを作った奴は。
「それはパクティオーカードだ、ミニステル・マギになった奴は、そのカードから念話やアーティファクトが出せるようになる
ちょっと貸してみろ」
伊織にカードを渡すと、影から取り出した虫眼鏡で鑑定士の様なことをやり始めた。
鑑定が終わると、虫眼鏡を捨てる様に影に戻し、何故かカードを二枚に増やして片方を僕に渡した。
「おめぇのは複製版の方だ、オリジナルはあたしが預かる
鑑定は済んだが、百聞は一見に如かずって奴だ、『アデアット』で出す、『アベアット』で戻すだ
とりあえずやってみろ」
「うん、アデアット!」
伊織からカードを渡され、呪文を唱えると、一瞬身体が光に包まれ、砕け散る様に光が飛び散ると、カードに描いてあった様なコスプレ姿になっていた。
呪文で変身なんて、魔法少女にでもなった気分だ。
気になっていた左耳のアクセサリーを触ると、どうやらピアス穴を開けるタイプではなく、挟むタイプのようで簡単に取り外せた。
それは、透明な、まるで氷のような材質の、錨に似た装飾の十字架だった。
とても綺麗なアクセサリーだが、これ何なのだろうか。
左方のテッラはこんな装飾品を多分だが付けていない、彼の『神の薬』は緑を司っているので、この様なアンバランスな色の物は付けていない筈。
「そのアクセサリーがアーティファクトだ、魔法服の方は自動で付いてくる
称号は『左方を預りし者』
アーティファクトは『アドリア海の指揮権』
これは召喚型のアーティファクトだな、なかなかいいもん引いたじゃねぇか」
ちょっと待ってよ、『左方を預りし者』って、もろテッラじゃん!じゃあ、やっぱり僕の力って『神の薬』ってこと!?
「(いやいや、それもあるけど『アドリア海の指揮権』って、もしかして『アドリア海の女王』!?
そういえば、今思い出したけど、この十字架って『前方のヴェント』が『右方のフィアンマ』と戦った時に使ってた『女王艦隊』の一部を召喚出来る霊装じゃないの!?)」
あまりにも色々な事が起こり過ぎて訳がわからないよ状態になってきた。
なんで『前方のヴェント』の霊装が出てきたのか、分からないがとりあえず強力なアーティファクトが出たという事でひとまず落ち着こう。
「まぁ、無事に契約終了してめでたしめでたしだな
んじゃ、私はこのままダイオラマ球の中で飯食うから、おめぇも落ち着いたら部屋に戻れよ」
「…うん、そうだね、戻ったらテーブルの料理運んで来るよ、温め直せばまだ美味しいよ」
「……来なくていい」
気持ちが落ち着くと、一度外に戻り料理を大量に持ってダイオラマ球に入った。
伊織はまたコンビニ弁当を食べるみたいなので、ちゃんと僕の料理を食べて栄養を付けて貰わないと。
砂浜を歩き、別荘を目指すとお香の様な匂いが何処からかしてきた。
もしかしたら火事かと思いを、料理を置き、匂いの方へ走ると、伊織が線香の束に火を付けていた
。
「なにしてるの?」
「ん?あぁ、なんつぅかよ、自分なりの弔いだ」
伊織は線香を砂浜に置き、ヤシの木に体を預け、少しづつ燃えていく線香をジーと見つめる。
「正しい弔い形なんて分からねぇ、だから線香を上げてんだよ
あたしなりの……踏ん切りって、やつだ」
とても寂しそうに線香を見つめる伊織を見て、僕は歩み寄り伊織に体を預ける様に隣に座る。
「あ?なんだよ、どうしたんだ?」
「いや、なんでもないよ」
伊織は突然の僕の行動に疑問を持ったが、正直、僕にも分からない。何だか急にこうしたくなったのだ。
伊織と同じ様に、燃えていく線香を見つめ、僕達は何も言わないまま、線香が燃え尽きるまで眺める。
線香が燃え尽きても何も言わず、そこに座り続ける伊織に、僕は何も言わず、寄り添い続けた。