小麦粉使いの魔法使い   作:蛙顏の何か

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彼女なりの守り方

「よぉ、タカミチ、火ぃくれねぇか

最後の一服…って奴だぜ」

 

火を貰い、タバコを吹かす中年、ガトウ・カグラ・ヴァンデンバーグは口から血を流しながら岩場に背を預けていた。

腹部を中心に深い傷をおい、大量の血が流れており、その量は致死量に達していた。

 

「くそっ!止まれ!止まりやがれっ!!」

 

そしてその傍らでは、三峰 伊織が魔法薬を使い、必死にガトウの傷を塞ごうとしているが傷口が思ったより広く、回復は芳しくない。

彼女も頭から血を流しているが、それでもガトウの出血量の方が断然に多く、自分に使っている暇は無い。

 

「最後の魔法薬だ……俺に使わず…お前に使え」

 

力無い手で魔法薬を拒み、

煙を肺の中に入れて吐き出し、人生最後の一服を済ませる。

ガトウは最後に自分の目に焼き付けようと、二人の弟子を見る。

タカミチは信じられないものを見るかのように顔が青ざめ、若干震えていた。

それもそうだろう、彼、ガトウ・カグラ・ヴァンデンバーグは大戦の英雄『紅き翼(アラルブラ)』の一人であり自分が今まで慕い続けた師匠なのだ、当然である。

そしてもう一人の弟子、伊織を見て、ガトウは驚いた。

 

泣いていたのだ、あの伊織が出会った時は機械の様に感情がなく、今では面倒くさがりのあの伊織が、鼻水を垂らし両目から涙を流していたのだ。

 

「さぁ、行けや

ここは俺が何とかしとく」

 

ガトウは今だに傷を塞ごうとする弟子を軽く押す。

そして、自分達が守り抜くべき少女を見る。

 

「……何だよ、嬢ちゃんも泣いてんのか?

お前らが涙見せるなんて……初めてだな

 

へへ…嬉しいねぇ」

 

「師匠……」

 

「タカミチ、伊織……記憶のコトだけどよ

俺のトコだけ念入りに消し…といてくれねぇか」

 

「ふざけんなっ!!んなもん、てめぇでやれ!!

勝手に生きんの諦めてんじゃねえっっ!!!」

 

「そうっスよ!何言ってんスか師匠!!」

 

「ゴフッ、ゴホッ……流石に傷が深いと…助からねぇのは……経験上わかる

それに…これからの嬢ちゃんには……俺の事は…必要ないモンだ」

 

吐血するガトウを、伊織とタカミチが必死に説得しようする。

二人も己の師が助からない事を悟っていたが、それでも認められない、諦められないものがあった。

 

「やだ……

ナギもいなくなって……おじさんまで……」

 

少女はガトウの手にキュと震える手を握る。

ガトウは少女の頭に手を添え、最後の言葉を残す。

 

「幸せになりな、嬢ちゃん

あんたには、その権利がある」

 

故に、ガトウは笑ってみせた、自分の仲間達と護り通した少女の、未来を祝福する様に。

少女は更にガトウの手を強く握り、「やだ…」と小さく呟く。

 

 

「ダメ!ガトーさん!!

 

いなくなっちゃやだ…!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

最近、伊織の様子がおかしい。

そう思ったのは、夏休みを目前に控える七月の事だった。

仕事が忙しいらしく、六月は家を空けていた伊織が漸く帰ってきたと思えば、何だかあまり元気がなかったのだ。

 

最初は疲れているだけと思ったが、毎日のように呑んでいたお酒も呑まず、訓練の時間もボーとしていて、何だか心ここに在らずといった感じだった。

家を空けた一ヶ月、いったい何があったのか。

 

「ゆかりパス!!」

 

「え?ーーゴボッ!!」

 

顔面にボールが激突し、痛みのあまり蹲る。鼻を触り鼻血が出てない事を確認すると、どうやら大丈夫のようだ。

 

「もぉー!ゆかり!ちゃんとキャッチしなくちゃダメじゃん!」

 

「だったら何で顔に向けてパスしたんだよぉ!」

 

「縁、大丈夫?」

 

狙ってやったんじゃないかと思う程の裕奈の正確なパスに、文句を言うが、確かに考え事をしていたせいでこうなっているので、結局のところは僕が悪い。

それにしても、アキラは相変わらず優しい、蹲る僕に近寄って、何故か背中をさすってくれている。

まぁ、伊織の拳に比べれば屁でもないが、それでも痛いものは痛い。

 

放課後、僕達はいつもの様に遊んでいて、今日は学校のグラウンドでサッカーをする事になったのだが、僕達のチームは相手チームに三点も差をつけられている。

別に僕達のチームが弱い訳では無い、相手チームが強すぎるのだ。

此方には裕奈とアキラが居るにも関わらず、あっちは隣のクラスの和泉さんが一人でハットトリックをキメやがった。

彼女のドリブルやパス回しは速く、裕奈も眼では追えているが、体がついて行っていない。

 

「(それでもこっちには、中高生並みの体力を持つアキラと上級生相手に無双した裕奈がいるんだよ!

それをぬいてハットトリックキメるあの子は何者なの!?)」

 

改めて相手チームのエースストライカーに驚愕を覚える。

やはり麻帆良は超人の集う所らしい、ここの女の子強過ぎだよ!!

 

すると、完全下校時刻を告げる放送が流れる。

それを聞き、皆今日は解散になるが、裕奈は和泉さんに次こそは勝つと告げる。

……明日もサッカーかもしれない。

 

木陰に置いたランドセルを背負い、三人で下校する。

アキラも僕達と帰る方向が同じらしく、友達になってからは毎日一緒に帰っている。

 

「今日はボーとしてたけど、具合が悪いの?」

 

「僕は至って健康だよアキラ、ちょっと考え事してただけだよ」

 

「ゆかりは何か悩み後でもあるの?」

 

「うん、最近伊織が元気ないから、どうしたんだろと思ってね」

 

自分では解決策を見出せないので、ここは包み隠さず二人に打ち明ける。

裕奈は大体は直感でアイディアを出してくれし、アキラは真剣に考えてまともな案を出してくれるから、案外この二人に聞くといい答えが帰ってくる。

 

「伊織さんって、縁のお姉さんだよね、あの凄く綺麗な人」

 

「そうそう!イオリさんはすっごく綺麗でカッコいい人なんだよ!」

 

姉と紹介した覚えはないが、多分アキラが三峰家に遊びに来た時にそう解釈したのだろう。

実年齢は聞いていないが、見た目が若いので確かに姉の方が近いかもしれない。

それにしても祐奈は伊織によく懐いている、僕が来る前は明石家に入り浸ってたらしいし、裕奈にとっては姉のような存在なのかもしれない。

 

「まぁ、その裕奈が絶賛する伊織が何で元気がないかが分からなくてね」

 

「仕事が行き詰まったとか?」

 

「そもそも、どんな仕事をしてるのか分からないから、違うとも言い難いんだよねぇ」

 

そういえば、僕ってあんまり伊織の事を知らない気がする。

面倒くさがりで女好きのレズビアンであり得ない程強くてつなぎばかり着ている変な人だが、

そういった生活の中で見られるものは知っているが、彼女の仕事や家族関係なんかは全然知らない。

 

「誰か伊織の事をよく知っている人が居たらなぁ……」

 

「ならお母さんに聞いてみれば?今日はお仕事休みだから家に居るよ」

 

「あ、それがあったね」

 

何で気づかなかった僕!アキラも苦笑いしてるよ!

伊織が家を空けてる時は大抵、明石家に泊まっているのに、何故今まで夕子さんに聞かなかったのだろう。

いつから友人だったかは分からないが、それでも僕よりも伊織の事を断然に知っている筈だ。

 

善は急げだ、裕奈の話では今日は家に居る。

伊織にはいつもお世話になってるんだ、少しくらい恩返ししたっていい筈だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

「はぁぁ〜」

 

「伊織、人の家で不機嫌オーラ撒き散らさないでくれないかしら、元気が逃げて行くわ」

 

あたしは、夕子の家のソファーでうな垂れる様に寝転がっていた。

今日は夕子の仕事が休みらしいが、主婦にそんな事は関係無いようで、掃除機を掛けて室内の清掃をしている。

 

「平日の昼間っからやって来たと思えば、いきなりお茶を出せだの飯を食わせろだの好き勝手言って、

主婦を舐めんな!!こっちは暇じゃないの!そんなにぐうたらしたいなら自分の家でやりなさい!!」

 

夕子は先ほどからこう言うが、自分からあたしを追い出そうとはしない、やはり気を使われたか……

まぁ、あたしもそんな夕子の優しさに甘えてしまっている訳だがな。

 

「貴女、もしかして家でもそんな感じなわけ?

確かにあれだけの事があって、辛いのは分かるけど、それでも子供にだけは心配かける様な親になっちゃダメよ」

 

「はっ!知った様なこと言ってんじゃねぇよ、おめぇに分かるわきゃねぇだろ」

 

つい友人に当たってしまった。

分かってはいるが、あたしはこんな性格なせいで友達も少ない、関係のない夕子に当たるのはお門違いもいい所だ。

あたしはクソッタレだ……

 

「確かに、私は彼とは親しくもなかったし、あの場に居合わせた訳でもない

けど、貴女が凄く悲しんで、自分を責めているのは分かるわ」

 

やはり夕子はいい女だ、こんなあたしの事を分かろうとしてくれているし、何よりも励まそうと、支えようとしてくれている。

本当にいい友人だ、親友じゃなきゃ絶対に口説いてる。

夕子の旦那が羨ましいぜ。

 

「私の前では弱音は幾らでも吐いていい、でも、縁君の前ではしっかりしなさい

貴女がそんな感じだと、縁君も暗くなっちゃうのよ

だから、いい加減に立ち直りなさい

そんな落ち込んでいるのは三峰 伊織らしくないわよ」

 

「へっ、元気が最強ってやつか?」

 

「そう!元気が最強!元気が最優先!」

 

これは夕子の口癖だ、特に難しい意味はない、言葉通り常に元気でいる事が大事だということだ。

 

まったく、本当にあたしらしくない、あたし達は師の言葉に従い、あの娘を護り抜いたんだ

師の最後の願いを守った、胸を張らなければ。ガトウさんだって、あたしのこんな姿は望んでねぇ。

それに、あたしよりも、タカミチ坊主の方が辛い筈だ、あたしは他にも師はいたが、あいつはずっとガトウさんの教えを受けていたんだ。

あいつだって何かしらの踏ん切りはつけた筈、ならば、あたしもあたしなりの踏ん切りを着けなくてはならない。

 

「あぁ、そぉだな、いい加減に立ち直らねぇと、毎日のようにあの餓鬼の辛気臭せぇ顔を見る事になるからなぁ

んじゃ、頼んでた物はあるか?それ貰ったら帰るよ」

 

「まったく、素直じゃないわね

『スクロール』なら買って来てるわ、ちょっと待ってて」

 

そう言って、夕子は部屋に入ると直ぐに巻物のような羊皮紙を持って来た。

実は今日夕子の家に来たのはこれを貰う為だ、まぁ、ちょっといじけていて夕子にあれこれ言ったが、今は夕子に感謝している。

 

「一回限りのインスタント物だけど……貴女、本当に縁君とするの…?」

 

「まぁな、あの餓鬼の為じゃねぇが、この方があたしも四六時中監視しなくて済むし、何より、式神は使い慣れないから疲れんだよ」

 

あたしが縁をいつも護衛してる訳じゃねぇ、いつもは式神で作った鳥を側に着かせている。

陰陽道は苦手だが、役に立つと言われて一応教えて貰ったが、今まで使っていなかったが存外、監視には使い勝手がいい。

 

「ほらよ、金はここに置いとくからな」

 

「でも意外だわ、貴女って女好きだけど、そういうのをやろうとしないから、パートナーなんて要らないタイプだと思ってた」

 

「別にパートナーなんて要らねぇよ、ただこれの方が面倒が少なくて助かるからだよ」

 

テーブルにスクロールの代金を置き、玄関まで行く。

あたしの戦闘スタイルなら、パートナーは要らねぇし、あたしについて来れる奴なんて限られてる。

それこそ師匠達のレベルじゃないと話にならない。

 

「あの子にも一生に残るものなんだから、やるんなら適当じゃダメよ」

 

「はっ、『パクティオー』程度で何言ってんだよ、本契約じゃあるまいし」

 

あたしは明石家を後にし、そろそろ縁が帰ってくるだろうと思い、家に帰ろうとするが、ふと足を止めた。

 

「やっぱ線香でも買ってくるか、まだ自分で弔ってねぇしな」

 

あたしは線香が何処で売っているか考え、とりあえず商店街の方を目指した。


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