プロローグ
「(…ん?何だか騒がしいな?)」
怒鳴り声が聞こえる中、突然目が覚め周囲を確認するが視界は真っ暗なままだった。
正確には目を何かに覆われ、口にはロープか何かで猿轡(さるぐつわ)されており、手足は何かに縛られ身動きがとれず、冷たい床に横たわっていた。
「(あれ?これ何?というより何この状況?何が起きてるの?)」
視覚が使えない以上、聴覚で何が起こっているのかを確認するが聞こえるのは複数の怒鳴り声と何かが爆発する音それと微かに銃声が聞こえてくる。
怒鳴り声を挙げているのは大人である事は分かるがどうにも喋っている言葉が英語なのかフランス語なのかは分からないが日本語じゃないのは理解できる。
「(え?え!?どういう事?昨日は普通に家で寝てたのに、何で縛られてるの!?
拉致?誘拐?全く分からない!?此処って海外!?)」
あまりの状況に思考がついてこれていない。
それはそうだ、昨日は明日の学校に備え普通に自分の部屋で寝ていたのに起きてみれば縛られていたのだ、普通の高校生の僕が混乱するのは当たり前だ。
爆発音と銃声がどんどん近付くに連れて怒鳴り声が少なくなっていき、最後に銃声が鳴り響くと共に怒鳴り声も消えた。
「状況終了、こっちは片付いたわ」
「気を抜くなよ、伏兵が居ないとも限らねぇ」
「わかってるわよ、この部屋で最後かしら?」
今度は日本語で話す女性らしき会話が聴こえると扉の軋む音なのか何だか鈍い音が聞こえてくる。
次第に足音が近付いてくると、目隠しされていた布が取られる。
「生きてるか餓鬼?お、生きてるな。
おい夕子、この餓鬼生きてるぞ」
「伊織…もっと優しい言い方は出来ないの?
ごめんね、大丈夫だった?もう怖くないわよ」
初めに目に入ったのは薄い緑色のつなぎを着た茶色の瞳に茶髪でショートポニーテールの女性だった、しかも美人。
目隠しを外してくれた、つなぎの女性は僕の戸惑う目を見て生存を確認する。
次に目に入ったのは、腰まである長い黒髪の女性だった、こっちも美人。
つなぎの女性の物言いに呆れる黒髪の女性は優しく僕に声をかけ縄を解いていく。
「(というか、黒髪の人なんかゴツい拳銃もってるよ!むっちゃ怖いよっ!!)」
困惑している僕をよそに、二人は縄を解き終える。
すると、つなぎの女性の手が光り出しその手で僕の身体をペタペタと触り始めた。
この時、光だした女性の手にも驚いたが、それより別の事に気が付いた。
それは女性が先ほどから触っている自分の身体だった。
僕の身長は高校生では小さい方だったがそれでも150センチはある、なのに今見ている身体は明らかに小さく100センチ以下であり手足はも小さい。
「ぇ……、ぁ……、」
おかしい、声が出ない。
そういえば、さっきからずっと考え事をしていたせいで気付かなかったが凄くお腹が空いているし、喉も渇いている、尋常じゃないほどに。
「あ〜、ちょっとヤバいな
おーい夕子、タカミチ坊主と合流しといてくれ、あたしはこの餓鬼連れて地上にでる、後は任せた
んじゃ」
「って、ちょっと伊織!後は任せたってーー!こらっ!なに子供担いだまま瞬動使ってるのよ!!」
つなぎの女性は、面倒くさそうに僕を荷物のように担ぐと黒髪の女性を無視して、人間とは思えないスピードで走っていた。
「瞬動、瞬動、あ〜暑い
早くこっから出てビール飲みてぇ」
つなぎの女性は高速で動いては止まり、動いては止まりを繰り返しの移動をかったるそうな顔でしていた。
というか、なにこれ?この人人間?しかもこれだけ動いてるのに何故かあまり空気抵抗がない、瞬間移動?
「あ、やべぇ何か居た」
つなぎの女性は瞬間移動?を止め僕をその辺の置く。
そこには黒いロープを着て杖を持った、悪の魔法使いみたいな奴が居た。
コスプレかと思って見ていると、何か呟き始める、すると、悪の魔法使いっぽい奴の周りに十三の光る玉が現れ、つなぎの女性目掛けて凄い早さで飛んで来る。
つなぎの女性は両手が光り出す
先ほどの触診の時とは違い強い光りを放つ拳を虚空に連続で殴る、すると、拳を振ると同時に光りの弾丸が光りの玉を撃ち抜き、そのまま悪の魔法使いっぽい奴に全弾命中し、数メートル程吹き飛ばす。
何が起こったか分からず、唖然としている僕をよそに、つなぎの女性は再び僕担ぎ歩き出す。
あの後、何度かコスプレイヤーのような魔法使いに遭遇したが、その度につなぎの女性が素早く撃退し建物から脱出した、つなぎの女性と荷物の僕は近くに待機させていたヘリに乗せられ、そこで再び寝てしまったせいで、そこまでしか覚えていない。
気付けばベットで横になっており、腕には点滴が刺されていた。
どうやら僕の身体はかなり衰弱していたらしく、それから数日は身体の回復のため、お粥や点滴が主食だった。
身体が回復し、やっと喋れるようになった頃にあのつなぎの女性が病室を訪れた。
「よぉ餓鬼、身体の具合はどうだ?しっかり飯食ってるか?」
あの時と変わらず、つなぎを着ているがあの時と違い、今はオレンジ色のつなぎを着ていた。
この人つなぎが好きなのか?つなぎって工場の人とかが着る作業着のはず、もしかして、そっち方面の職業?いや、手から弾丸出す作業員なんていないか。
「あの時は助けて頂きまして、本当にありがとうごさいます」
「ほぅ、随分礼儀正しい餓鬼じゃねぇか、その歳でしっかりしてんなぁ」
ベットに座った状態で深々と頭を下げる僕に感心するつなぎの女性。
まぁ、この五歳児のような身体ではそう思われてしまうのも当たり前だ。
「あたしは三峰 伊織(みつみね いおり)だ、おめぇ名前はなんて言うんだ?」
「僕は榊原 縁(さかきばら ゆかり)です」
「女みてぇな名前だな、ボクっ娘か?」
とても失礼な事を言うつなぎの女性改めて三峰さん、僕は男だけど、この名前のせいで友達から「ゆかりん」と呼ばれていた、正直止めて欲しい。
まぁ、それはおいて置いて、僕は三峰さんに聞きたい事があったのだ、それはもうたくさん。
「あの三峰さん、どうして僕はあそこで捕まってたんですか?」
「あ?おめぇ、捕まってた時の事覚えていないのか?それを聞きにやって来たのに、こりゃ無駄足だったか?
でもなぁ、夕子が見舞い行けってうるせぇしなぁ」
ヤバい、このままでは三峰さん帰ってしまう、それはマズい如何にか家に連絡をとって貰わねば。
「あの!三峰さん携帯電話持ってませんか?家に連絡をとりたいので貸してください!」
「家の番号分かるのか?じゃあ、家族の誰でもいいから出たら代わってくれ」
そう言って、携帯電話を渡してもらうと、家の固定電話にかける。
こんな形になっているが、早く家族の声が聞きたい僕は逸る気持ちを抑え携帯を耳に当てる。
「え?」
スピーカーから聞こえてくる声に僕は唖然とした。
聞こえてくるのは機械的な音声で『この電話は現在使われておりません』と聞こえて来た。
焦って番号を間違えたのかと思い、もう一度掛け直すが携帯からは同じ機械的な音声のみ。
三度目をかけようとすると、三峰さんに携帯を掴まれた。
「どうした、繋がらないのか?」
僕は何も言わず小さく頷き、三峰さんに言った番号をかけて貰ったがやはり同じだった。
ならば住所は?と思い、自分の住んでいる住所を三峰さんに教え、調べてもらう。
何処かに連絡をとり数分すると、三峰さんが携帯を切り、返事を待つ。
「お前の言った住所に榊原なんて人間は在宅していなかった」
「そんなはずないです!そこのアパートに三人暮らしで住んでいてーーー!」
「お前の言った住所には、アパートなんてねぇよ、そこには学校が建ってる、創立50周年くらいの」
三峰さんの発言に動揺を隠せない。
僕の住んでいるアパートの近くには学校がない、高校まで電車通学している。
仮に少し住所を間違えたとしても8年近く住んでいるのにそこまで目立った建物があって気付かないなんてあり得ない。
もう何が何だか分からなくなって来た、身体も何だか震えてきた、僕はどうなるんだ?どうなってしまうんだ?
すると三峰さんはそんな僕の様子を見て優しく包み込む様に手を握り僕を見つめる。
「大丈夫だ、ゆっくりでいい、何か思い出せる事はあるか?」
三峰さんは来た時のような怠そうな喋り方ではなく、どこか温かみのある言い方で優しく聞く。
それからは震えながらも色々な事を話した。
両親の名前や自分が高校で過ごして居た日々、そして気が付いたら此処に居てこんな姿になっていたこと、三峰さんは一言も言わず僕の話に耳を傾けてくれた。
「元々は高校生…ねぇ」
「信じられませんよね、僕だって信じられませんよ、いきなりこんな事になって……」
不安で胸が苦しい、何も分からない今がとても怖い。
此処にいる自分は誰?僕の家族はどこ?分からないことだらけだ。
「僕は……これからどうすればいいのかな…?」
「そうだなぁ…」
すると突然、病室の扉が開き僕達はそこに視線を向けると、あの時いた黒髪の女性と昼食を運んで来たナースさんが一緒に入って来る。
黒髪の女性はこの場の暗い雰囲気にキョトンとしており、ナースさんはお粥をテーブルの上に置く。
「え〜と、元気になった……のかな?」
「はぁ、わりぃ夕子、そいつの飯手伝ってやれ、あたしはちょっと席外すわ」
暗い雰囲気に押されている黒髪の女性にため息をつき三峰さんは病室を出て行った。
「はぁ、なんだかなぁ」
三峰 伊織は自動販売機でお茶を買いながら、先ほどまでの少年との会話を思い出す。
聞くだけでも信じられない話であり、あのような場所に監禁されて居た子供なら精神に異常をきたし、あのような事を言っても不思議ではないが、少年の言っていた日常の話が妙に現実味があって、とても5歳の子供がテレビで見ただけで語れるような話ではなかった。
「(それに、あの施設に監禁されているヤツのリストはどれも普通じゃないものばかりだ
あそこにあった資料によりゃぁ確かにあの餓鬼も変わった魔法を覚えてるようだが、記憶の事や身体の事なんて書いてなかった)」
子供の妄想にするのは簡単だが、伊織は縁のあの不安で押しつぶされそうなあの顔が頭に浮かぶ。
「(くそっ!なんで偶々助けてやった餓鬼の事なんかで悩まされなきゃいけねぇんだ!!それもこれもこんなこと押し付けた夕子のせいだ!)」
心の中で自分の数少ない友人に悪態をつくと、お茶を一気に飲み干し、ゴミ箱にブチ込む。
「(取り合いず、ただで際あの餓鬼は普通じゃないのにそれ以上何か増えたんじゃあ大変な事になっちまう、もう一度あの餓鬼と話し合って、本当に高校生っつうなら、今後の自分の方針ぐれぇは決められるだろ)」
伊織は少年をどうするか考え、少年と友人の待つ病室に足を運ぶ。