Infinite possibility world ~ ver Servant of zero 作:花極四季
しかし勘違い要素は薄い気がする。読者の皆さんが求めるレベルには達してないよなぁ……。
ルイズちゃんと別れた僕は、朝に行けなかった場所を探索する。
授業時間が近づいているからか、生徒の数も少なく奇異の視線に晒されることもなく、気楽に闊歩していると、図書室と描かれた札を貼った部屋を見つける。
因みに図書室と漢字で書かれてはいない。このゲームで用いられる文字を見ていると、ルビが浮かんでくるので読めたのだ。
折角作った独自言語も、雰囲気作りの為だけに作られ、読めないからルビを振る。本末転倒甚だしいけど、大人の事情を考慮してもまぁ仕方ないわな。
恐る恐る扉を開いた先には、無数の本が整然と並んでいた。
身長の五倍は優に超える本棚が、見渡した程度では視界に収まりきらない程に陳列されている。それだけでも本の数が恐ろしい程あるのがわかる。
しかし、これ全部読めるとなれば、どれだけここには情報が濃密に隠されているのか想像もつかない。
従来のゲームならばただでさえ大半の人が興味を示さない本からの情報。ましてや重要なものだけを注釈したご都合主義すら存在しない上にこの数だ。
普通ならば誰も見向きもしない。せいぜい僕のように興味本位に来るぐらいで、下手をすれば二度と訪れない人だっていそうだ。
勤勉な方ではないし、これだけ本の群れに囲まれようものなら、目眩のひとつでも起こしてしまいそうだ。
取り敢えず落ち着く為に近くの椅子に腰掛けようとした時、視界の端に人影を捉える。
しんと静まりかえる世界で、ひっそりと本を読む青髪の少女。
視線に気が付いたらしく、顔を上げ互いに視線を交差させる。
そして何を思ったのか本を閉じ、近づいてくる。
「貴方は、ルイズの使い魔になった」
「ヴァルディと言う」
「タバサ」
「……それが、君の名前か」
「そう」
……なんというか、典型的な寡黙少女だね。
生活に支障をきたすレベルで寡黙なキャラって、ゲームでしか有り得ないよね。だからこそキャラが映えるんだけどさ。
でも、幾多のゲームをプレイしてきた僕なら意思疎通が図れる、筈!
それにしても、ちっちゃいなぁ。頭が腰ぐらいにあるよ。
ルイズちゃんも背丈は似たり寄ったりなんだけど、この子は雰囲気のせいか更にちっちゃく感じる。
なんていうか、ナイトキャップを被りクマのぬいぐるみを抱いて寝ていそうなイメージ。
「どうしてここに?」
「探索だ。学院の地理を把握している最中なんだ。そういう君こそ、今は授業時間ではないのか?」
「私は――――サボリ」
ぶっちゃけたなぁ、随分。
とはいえ、如何にも勉強できる風体だし、知り合ったばかりの相手に説教をするのもアレだし、聞き入れるだけに留めておこう。
「ここには良く来るのか?」
「結構。まだまだ読んでいない本がある」
「毎日一冊だとしても、卒業までに読み切れるとは思えん量だしな」
適当に一冊手に取る。
難しいことばかり書かれた歴史書で、一瞬すぐにしまおうと思ったが、世界観を知る重要なアイテムだと思い留まる。
流し読みして気になった部分だけを読み解いていく。
まずこの世界、ハルケギニアでの魔法の立場について。
どうやらこの世界の魔法は、現実世界で言うところの科学技術に成り代わったものらしい。
魔法という扱える人間の絶対数が少ない技術が生活の基盤となっているせいで、産業革命も起きる気配もない。故に、発展性も期待できない。
しかし、戦闘用としてもその性能が圧倒的なこともあり、革命も起きない。
武士とかが居た時代は、農民や民に知識を与えず反抗に必要な要素を撤廃していたらしい。今の状況はある意味それに似ているかも。
結局の所、魔法絶対主義が浸透しているのはこういう理由があってのことなのか。
次に、エルフの評価。
エルフは兎に角恐ろしい存在として、その理由も漠然としながらも長々と書かれている。
強さの理由、能力といった詳細に関しては一切書かれていない。
なんだそれ、と思わなくもないけど、穿った視点で見てみるとそれは対策を立てるという前提すら立てられない程、彼我の戦力差がはっきりしているとも考えられる。
そりゃあ恐れるわな。仕方ないね。
んで、そのエルフは東方の砂漠にある「聖地」とやらを護っている種族らしい。
そして、その聖地とやらを取り戻すべく、対立し合っていると。
結構深刻なんだなぁ。そんな中エルフが人間側の立場につくとか、本当にゲームの展開だね。所謂裏切り者的な?
聖地に何があるのかは定かではないが、物語の重要なファクターとはなりそうな感じがプンプンするね。
適当な本を再び手に取る。
そこにはハルケギニアに存在する国家のことについて記されていた。
ひとつは、トリステイン王国。この国だ。
ブリミル信仰という魔法絶対主義の根幹を成す概念を他国と比較して圧倒的に重要視しているらしく、その為それ以外の概念を排斥しようとする思想の持ち主が多いとされている。
魔法を扱えるのは貴族の特権、というワードもこれを調べている内に知ることができた。
そういった閉鎖的な思想を貫いているが故に、国としての規模は他国と比べて遙かに小さいとされる。
国ぐるみで宗教に嵌った結果と言う奴かな。極端すぎる気もするが、その辺りのことは考えても詮無きことだろうし、切り捨てておく。
次に、帝政ゲルマニア。
こちらはトリステインとは真逆で魔法を尊ぶことを重視せず、平民でも相応の価値を持つ者は一代限りの貴族の地位を得られる制度を導入しているらしい。
身分に関係なく評価を下すその様は、現実の日本の在り方と相違ない。そのせいか、親近感というか、すんなり理解することができた。
二国の対比としてはとてもわかりやすく、それ故に思想の齟齬から来る対立も絶えないとされている。
別段トリステインとばかりそうだと言う訳ではなく、各国からも魔法を尊重しないその思想から野蛮人という評価を受けており、アウェーな立場ではあるらしい。
三つ目は、ガリア王国。
ハルケギニア一の大国で魔法先進国とされており、貴族の数、軍事力共に最高峰とされているらしい。
文化形式はトリステインと同じらしい。どこで差が出たのか。
そういったプラスの側面ばかり書かれており、欠点と呼べる要素は見当たらなかった。
何か裏があるな、これは。そんな清廉潔白な国だったら、他国も同調して吸収されていても不思議じゃないのだから。
四つ目は、アルビオン王国。
地上三千メイル(メートル)の高さに位置する浮遊大陸にある国で、大陸の下半分が白い雲で覆われているため「白の国」と呼ばれている。
浮遊大陸に入る為には専用の船が必要で、一定の周期で近づく浮遊大陸に合わせて船が出るとのこと。
浮遊大陸かぁ、なんか憧れちゃうなぁ。そういう如何にもファンタジーしてますって場所。
最後に、ロマリア連合皇国。
始祖ブリミルの弟子であるフォルサテが興した都市国家群で、昔は王国だった時代もあったが現在は教皇が治めているとされている。教皇ってなんだ?
光の国という呼び名で知れ渡っているらしく、上辺だけ聞けばいい国なんだろうなーって思うけど……僕の宗教に抱くイメージと、国や組織が耳触りの良い言葉を名前や理念に添えていると、胡散臭さが五割増しになるという法則を踏まえると、信用できないってレベルではない。
エルフの国を含めて合計六ヶ国。
他にも幾つか国家はあったが、他は中心となりそうな濃い要素を感じられなかった。あくまで個人的感想だけどね。
あ、でもクルデンホルフ大公国はトリステインから自治権を勝ち取ったって経緯があるらしいから、そういった意味では関わってくるかも?
「貴方は」
突如発せられるタバサちゃんの声。
振り返ると、先程まで読んでいた本を胸元に抱え近づいてきていおり、上目遣いで接してくる。
「ん?」
「貴方は、私のエルフのイメージとは違う」
「噂は所詮噂だということだ」
こういう答え方にも慣れたものだ。
しかし、ここからは初めてのパターンでの返答が来ることになる。
「私は、噂を聞きかじってそう認識した訳ではない」
「それは、どういうことだ?」
「……うまく説明できない。直接の面識はないけれど、大きく関わりを持った関係」
それ以上は口を閉ざし、何を告げることはなかった。
どうやら、かなり深刻かつ重要な話題らしい。
多分、彼女と親密になっていくことでクエストとしてその話題に関わることができるのだろう。
「言いたくないのならば言う必要はない」
それだけ言って、新たな探索に向かおうとした時。
「エルフが作った薬で、心を壊した者を治すものはある?」
「心?」
そう問いかけ、タバサちゃんは一拍置いて話始める。
「私の母は、エルフが作った薬によって心を壊されている。そんな薬はメイジには作れないし、当然対抗する薬なんて存在しない。だけどエルフの知識になら、壊すことができるなら治すことができる薬だってあるかもしれない。そう思った」
「つまり、私の知識を当てにしているのだな」
「そう。謝礼が欲しいのならば、何でもする。だから知っているなら教えて欲しい」
先程なんかとは比べものにならないぐらい饒舌に、かつ言葉に力が籠もっている。
心を壊された、と表現していたが、一種の廃人のような症状だろうか。
とはいえ、どんな症状か言われてもそんなの知るはずもなく。
毒や麻痺、とかの簡易症状とは訳が違うようだし、現状ではどうすることもできない。
「すまない。私は何も知らないんだ」
「……そう」
明らかに落胆した表情で、小さく呟く。
その様子に罪悪感のボルテージが高まり、慌ててフォローに入る。
「しかし、協力は惜しむつもりはない。情報があれば伝えるし、薬が見つかれば優先して君に譲ろう」
その言葉を聞き、明らかに目の色を変えるタバサちゃん。
「いいの?」
「そのようなものを持っていたところで無用の長物だからな。求める者がいるのであればそちらに譲るのが当然の摂理だろう」
実際、明らかにイベントアイテム扱いになるであろうものをずっと持ち歩いていたところで無意味だし。
「……ありがとう」
「何、気にすることはない」
「そうはいかない。私も貴方に何か見返りを与えたい」
「まだ欠片も成果を出していない以上、受け取る権利はないと思うが」
「それではこちらの気が済まない」
……そうか、これは連続クエストの走りなんだ。
一回では終わらず、ストーリーを追うようにして細かくクエストが繰り返される方式。だからここで報酬を得たとしても何らおかしくはないんだ。
しかし、報酬はどうすればいいんだろう。
この口ぶりだと、明確に報酬を用意している訳ではなさそうだ。
冷静に考えて、一介の町民の頼み事を聞いてその場でもらった報酬が鎧とか剣とかだったら、それいつも持ち歩いてるの?とか突っ込みを入れたくなるよね。
それともああいうゲームの住人は共通して四次元インベントリを持ってるからって理由なのかな。僕の鞄もそれ仕様らしいし。
とはいえ、彼女はメイジ。ともすれば、前衛用の装備なんてくれるとは思えないし、いきなり言われて他に欲しい物と言われても困る。
「……なら、あらゆる知識に対し造詣の深そうな君にはこの世界のいろはについて教えてもらいたい。何分ここに来たばかりで勝手がわからんことだらけだからな」
「それぐらいなら」
「ありがとう」
あっさりと商談は成立する。
モノではないという利点を活かした頭の良い解決法だと思うね、ドヤ。
「なら、今から教える」
「授業はいいのか?――というのは、今更か」
そういえばサボリという体でこの場にいたんだっけか。
結局僕達は昼食を告げる鐘が鳴るまで図書室で勉強会を続けることとなる。
タバサちゃん――いや、タバサ先生は教え上手です、ハイ。
でも、しばらく活字は見たくないと思ったよ。
ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエールからは、良い噂を聞かない。
それは彼女の性格によるものではなく、その生い立ち――というよりも性質が関係していた。
彼女は、メイジでありながらコモンを含めた五系統の魔法すべてを爆発に還元させる奇異な体質を持っている。
才能がない、という言葉で周囲は彼女を蔑んでいるが、あれを失敗と呼ぶにはあまりにも前例のない法則だ。
魔法の失敗は、共通して不発として完結するようになっている。
書物を紐解いていってもその認識に齟齬は存在せず、信憑性のあるものといえる。
それが爆発という新たな法則が出現したとなれば、それは失敗と結論づけるよりも体質として考えた方が自然といえる。
本人も周囲が失敗と否定するせいで、自らを落ちこぼれと評価している節が見える。
それ故にトリステインの典型的な貴族の立ち回りをすることで、己の理性を保っているのだろう。
私が知る限りの、彼女の情報はこれでお終い。
彼女との直接的な接点は皆無であるが故に、すべてが推測に基づくものでしかないが、概ね正しいと思われる。
観察や考察はすれど、それ以上に彼女に対する関心はなかった。
彼女が魔法を使えようと使えまいと、私の人生に大きく影響することはないと決めつけていたからである。
――――そう、春の使い魔召喚儀式の日までは。
儀式の日当日、私は何の問題も起こることなく使い魔を召還し、適当な壁に寄り添い本を読んでいた。
私の読書好きは周囲に認知されていることから、誰からも憚られることなく堪能することができていた。
しかし、ふと意識を逸らした時、聞き覚えのある声が耳に入る。
ルイズが使い魔の召喚をしようとしていた。
何度も何度も詠唱を繰り返せど、実ることはない。
その度に響く罵声が鬱陶しくてたまらない。
弱者を見下す下卑た視線、ブリミル信仰からくる特権階級の魔法を扱えない者に対する不当な暴力。その縮図がこの学院に集結している。
ゲルマニアは魔法を尊ばない野蛮な国とトリステインの貴族に見下されているが、果たしてこの現状が野蛮ではないと言えるのか。
とはいえ、結局はどこも似たようなものであるというのが現実なのだが。
私自身、他者をこのように評価している癖にルイズに干渉する気はない時点で、所詮は彼らと同類なのかもしれない。
そうして、遂に変化は訪れた。
幾度と振っても爆発しかしなかった結果に、サモン・サーヴァントのゲートが変化の証明として展開される。
馬鹿にしていた声は静まり返り、誰もが召還されるであろう使い魔を固唾を飲んで見守る。
そこからは、誰もが知るとおりであろう。
エルフがゲートから現れ、それを認識した者達は情けない悲鳴と共に散り散りに逃げていく。
そんな気色の悪いぐらいの身の振り方は、気にならなかった。
エルフが召喚されたという事実は、私を震撼させた。
私は、エルフを召還した人物をもう一人知っている。
憎むべき相手であり、母の心を壊す原因でもあり――私の叔父でもある、あの男。
ぎり、と無意識に唇を噛んでいたらしい。しかしそれによる痛みが幸いして黒い感情が深まることはなかった。
改めてエルフを観察する。
私の知るエルフの特徴のひとつである金髪は、混じりけのない漆黒に満たされており、耳を見なければ長身の青年と見間違えてしまうだろう。
一瞬エルフではないのかと勘ぐったが、仮にハーフエルフだとしてもエルフの血を引くことに変わりはない以上、その差に大きな意味はない。
結局彼との邂逅は、ただ認識するだけに留まることとなる。
それから、どうにかして彼と接触しようと算段していた。
もしかすると、彼の知識が私の目的達成に大きく役に立つ可能性があるからだ。
しかしそれは、リスクのある行動でもある。
私達はエルフに対する知識に疎い。
もし特殊な情報伝達技術がエルフ間で浸透しており、そこからあのエルフにこちらの情報が漏れたら一巻の終わりだからだ。
荒唐無稽な理論ではあるが、万一の失敗は許されないのだ。慎重にもなる。
だが、このまま惰性で毎日を続けていてもジリ貧なだけ。どうにかして転機が欲しかった時に、彼が現れた。
なればこそ、このチャンスを逃すのは愚行ではないだろうか?
自分の力だけでは限界を感じていたのだ。
何かに縋ってでも、たとえこの身を犠牲にしてでも、成し遂げなければならない。私には、その覚悟がある。
儀式の次の日。朝食を終え、授業に向かおうとした矢先、ルイズとエルフが廊下で会話している姿を目撃する。
風の魔法で音を拾うと、どうやら彼は人目の少ない授業時間を利用して学院内を探索するようだ。
それを理解した私は、直ぐさま待ち伏せすることにした。
風の魔法を使えば足音も遠くから察知できる為、大凡の目的地を絞ることは造作もない。
情報を整理した結果、図書室を訪れると当たりをつけ、さも最初から居た風に装い接触する算段でいくことにした。
かくして、彼は図書室に現れた。
いつも通りの自分を意識し、多少の興味に引かれた程度の装いで話しかける。
「貴方は、ルイズの使い魔になった」
「ヴァルディと言う」
「タバサ」
「……それが、君の名前か」
「そう」
簡潔な言葉遣いを前にしても、思考を鈍らせる様子はない辺り、頭の回転は悪くない様子。
「どうしてここに?」
「探索だ。学院の地理を把握している最中なんだ。そういう君こそ、今は授業時間ではないのか?」
「私は――――サボリ」
対する私は、なんと陳腐な言い訳だろうかと口にした後に思う。
ガラにもなく緊張しているのが丸わかりだ。
「ここには良く来るのか?」
「結構。まだまだ読んでいない本がある」
「毎日一冊だとしても、卒業までに読み切れるとは思えん量だしな」
それを最後に、彼は手近な本を手に取り読書に耽る。
さも私は最初から存在しなかったかのような立ち振る舞いに、僅かな憤りと焦りを覚える。
しかし、いきなり邪魔をするのも私への評価に関わりそうなので、期を見て話しかけることにする。
「貴方は」
「ん?」
振り返るヴァルディと名乗ったエルフ。
不快そうにした様子はない。
「貴方は、私のエルフのイメージとは違う」
当たり障りのない質問で牽制する。
「噂は所詮噂だということだ」
噂……なのだろうか。
エルフのことをまるで知らない私には、その結論は出せない。
しかし彼からは、エルフとかいう種族を抜きにしてどこか独特の雰囲気を感じる。
何というか――私と似ている、ような。
「私は、噂を聞きかじってそう認識した訳ではない」
意を決し、込み入った内容への布石を投じる。
「それは、どういうことだ?」
興味ありげに問い返してくる。
「……うまく説明できない。直接の面識はないけれど、大きく関わりを持った関係」
ただ、私と母様の運命をねじ曲げた存在のひとりとしての認識しか持たない。
名前も、目的も、何もかもわからない。
しかし決して許すことはできない相手。叶うことならば、私がこの手で――――
「言いたくないのならば言う必要はない」
私の異変に勘づいたのか、そんな言葉を投げかけてくる。
ただし、これで会話は終了だと言わんばかりに私に背を向ける。
駄目。それでは、駄目。
繋がりを断ちたくないという想いが、私に確信を語らせる。
「エルフが作った薬で、心を壊した者を治すものはある?」
「心?」
再度、私の方へと振り返るヴァルデイ。
しまった、と思う反面、よかったと思う自分もいた。
少なくとも、これで話は続けられる。
「私の母は、エルフが作った薬によって心を壊されている。そんな薬はメイジには作れないし、当然対抗する薬なんて存在しない。だけどエルフの知識になら、壊すことができるなら治すことができる薬だってあるかもしれない。そう思った」
言ってしまった以上、洗いざらい吐くほか無い。
後は、彼にすべてを委ねるのみとなる。
「つまり、私の知識を当てにしているのだな」
「そう。謝礼が欲しいのならば、何でもする。だから知っているなら教えて欲しい」
それは、紛れもない本心であった。
そうしないと到れない領域があるというのであれば、代償など幾らでも支払う覚悟はあるつもりだ。
「すまない。私は何も知らないんだ」
「……そう」
しかし返ってきた答えは絶望を後押しするものでしかなかった。
折角、掴めたかもしれないのに。どうして、こう――
「しかし、協力は惜しむつもりはない。情報があれば伝えるし、薬が見つかれば優先して君に譲ろう」
しかし、それに続いて発せられた言葉は、私の予想の範囲外にあるものであった。
「いいの?」
思わず、そう問い返してしまう。
当然だ。知識を提供するだけならいざ知らず、それ以上の労力は本来彼には余分なものでしかないのだから。
それなのに何故、進んで助力を惜しまないと告げたのか。
理解が追いつかない。そんな得のない行為に、意味があるのか。
「そのようなものを持っていたところで無用の長物だからな。求める者がいるのであればそちらに譲るのが当然の摂理だろう」
告げられた答えは、途方もない優しさに満ちていた。
対価を要求することができたであろう立場にも関わらず、無償で提供すると事も無げに言いのけた事も驚きの理由だが、一番の理由は言葉に込められた本質にある。
求める者がいるのであればそちらに譲るという言葉は、言い換えれば救いを求める者へ手を差し伸べることを躊躇わないとも捉えることができる。
口数も多くはなく、無表情も私と似通っていると思っていたが、全然違う。
「……ありがとう」
思わず力が抜ける。
彼の助力を得られたという結果が、あれがその場限りの言葉でしかないという疑いの思考さえ塗りつぶし、私を満たしていた。
「何、気にすることはない」
相変わらずの無表情でそう返す。
その姿が、とても頼もしく見える。
見える、のではない。その通りなのだ。
「そうはいかない。私も貴方に何か見返りを与えたい」
「まだ欠片も成果を出していない以上、受け取る権利はないと思うが」
「それではこちらの気が済まない」
そう。この時点で私にとって、あらゆる価値に優先するのだ。
それ程に重要な結果を得られたというのに、それをただ享受するだけなんて甘えたことは言えない。
「……なら、あらゆる知識に対し造詣の深そうな君にはこの世界のいろはについて教えてもらいたい。何分ここに来たばかりで勝手がわからんことだらけだからな」
謙虚な対応に、思わずそれでいいのか?と問い返したくなったが、何を言っても覆ることはないだろうと思い、素直に受け取ったフリをする。
当然だが、彼に対する恩は後の結果と共に返していくつもりだ。
「それぐらいなら」
「ありがとう」
お礼を言うのはこっちの方だ。
今はこの程度のことでしか恩を返せないが、せめて私の全力を以て彼に貢献するつもりだ。
それから昼時まで、ずっと彼の聞きたいことを懇切丁寧に説明する時間が続いた。
マンツーマンでの勉強会は、一人で本を読む時間以上に充実していた。
今回はタバサ視点がサクサクと書けたお陰ですぐに投稿できた。
でもBLAZBLUEの発売日も近いし、また例の病気が発症しそうだなぁ。よくないことだ。
別のリアル事情を考慮しても、今日の更新は奇跡だよ、うん。だいたい制作期間二日だし。