かちこめ! 花子さん   作:ラミトン

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そのさんじゅうさん 恐怖!夜闇に響く妖怪パンク!

 

 

~~~~

 

 

 太郎くんへ

 

 

 こんにちは。花子は元気です。新しい便箋だよ! どうかな、気に入ってもらえたかな?

 

 ねぇ太郎くん、突然だけれど、もしも私が不良になっちゃったら、どうする?

 

 黒いぴっちりした服を着て、サングラスなんてかけて。がおーって、文句や愚痴を叫ぶの。

 

 あは、大丈夫。私はそんなことはできません。びっくりしたかな。それとも、太郎くんにはお見通しだったかな?

 

 そうなっちゃったのは、私の友達二人です。なんでこんなことをしたいのかは分からないけれど、楽しそうだったよ。

 

 でも、パンクロック、私もちょっと好きかも。聞くだけなら、だけれどね。真似したりはしないから、安心してね。

 

 私の一番の楽しみは、太郎くんに手紙を書くことだもの。私の手紙を読むことは、太郎くんの趣味になっているかな。そうなら、嬉しいな。

 

 それでは、またね。お元気で。

 

 

 花子より

 

 

~~~~

 

 

 久々に訪れた人里は、とても賑やかだった。大人は忙しそうに仕事に走り回り、子供達は一生懸命に遊んでいる。隔離された里の中でも、彼らにそれを憂うような表情はちっともなく、外の人間よりずっと元気があるように、花子には思えた。

 ちらほらと妖怪が出すお店などもあり、綺麗な石の装飾品やら妖怪の山の特産品やらを売っている。前者は個人がやっているものらしいが、特産品を売っている妖怪は、どうやら天狗の下っ端らしい。文が紅魔館に持ってきた天狗饅頭も置いてあった。

 朝の活気はとても爽やかで、その中を歩いているだけの花子にも元気がもらえるような気がして、嬉しくなってくる。足取り軽やかに、文房具が売っていそうな店を探した。

 ほどなく歩くと、『道具』と書かれたのぼり旗を見つけた。なかなか大きな店らしく、ここになら手紙を書くものも売っているに違いないと、花子は足を運ぶ。

 近づくと、予想以上に立派な店舗だった。客もたくさんいるようで、妖怪の姿もちらほら見られる。

 看板を見上げて、花子は書かれている文字に既視感を覚えた。

 

「霧雨店……?」

 

 魔理沙の苗字と同じであることに、すぐ思い当たった。しかし、彼女は里ではなくどこかの森に住んでいるという話だ。あの年齢で一人暮らしはおかしいなと思っていたが、何か事情があるのかもしれない。

 もしそうだとしても、花子が首を突っ込めることではなかった。何かができるわけでもなかろうと、客として店内を見て回る。

 便箋と封筒は、すぐに見つかった。和風の花柄で、上品な可愛さがある。平成の子供が持っていたような可憐さはないが、幻想郷らしくて気に入った。

 難儀したのが、鉛筆だった。筆と墨こそたくさんあるが、どうしてか鉛筆が見つからない。店主に聞いてみると、里ではあまり主流じゃないから物量が少ない、うちでは売り切れてしまった、と言われた。

 

「うぅん、売り切れかぁ」

「すまないね。あれはなかなか、入荷がないから」

 

 中年の男性は、申し訳なさそうに頭を下げた。気にしないでくださいと言ってはみたものの、鉛筆がなければ手紙が書けない。まだ少しは持つが、旅路の途中でなくなってしまうだろう。

 いっそ、筆と墨で書くかとも考えたが、花子は筆を握ったことがない。読めたものではなくなるだろうことは目に見えている。

 しばらく店の中で唸っていると、同情したらしい店主が呟いた。

 

「一本、あるにはあるが……」

「えっ」

 

 目を輝かせて見上げると、店主は複雑な表情で悩んでいるようだった。もしかしたら、香霖堂のように非売品として置いているのかもしれない。

 

「あの、売り物じゃないなら、大丈夫です」

「一応売る物ではあるのだがね、なにせちょっと特別で……。失礼だが、君は人間かい?」

「いえ、あの、妖怪です」

 

 追い払われるかと覚悟したが、店主にその様子は見られず、そうかと頷いて店の奥に行ってしまう。立ち去るわけにもいかず数分待っていると、彼は木箱を抱えて戻ってきた。

 箱そのものは安そうだが、店主はまるで忌み嫌われたものの封印を解くかのように、慎重に蓋を開ける。中には、鉛筆が一本だけ、綿に包まれて入っていた。

 

「これが、今うちにある最後の鉛筆だ。ただ、この店では取り扱わないと決めている、魔法の品でな。使ってもなくならないということだが、本当かどうか」

「魔法の鉛筆……」

 

 響きがとてもメルヘンチックだし、いくらでも使えるというのが本当ならば、これほどありがたいものはない。花子はすっかり気に入ってしまった。

 しかし、本物かどうかが怪しい。店主を疑うようで申し訳なかったが、念のためにと、訊ねる。

 

「あのぅ、これは誰が作ったんですか? 魔法使いだと思うのだけれど」

「……お客様に嘘はつけんな。これは、私の不出来な娘が作ったものだ。置き土産という嫌がらせでね、いい値で売れるなどとほざきよって、馬鹿娘が」

「そっか、魔理沙が作ったんだ」

 

 つい口を滑らせてしまい、花子は一瞬後に後悔した。恐る恐る顔をあげると、店主が驚いたようにこちらを見ている。

 

「娘と、知り合いかね」

「その、はい。友達です」

「そうか。魔理沙は、元気かね」

「こないだ会った時は、元気でした。いつもよくしてくれます」

 

 本音ではあるものの、すっかり店主を気遣うような言葉選びをしてしまう。先ほどの口ぶりから、魔理沙を良く思っていないように感じたからだ。

 しかし、店主は「そうかね」と嬉しそうに頷いた。魔理沙の方はどうか知らないが、少なくとも彼女の父は、娘を嫌いになったというわけではないらしい。

 魔法の鉛筆を箱に収め、店主はそれを花子に手渡した。受け取ってから、財布を取り出す。

 

「あの、おいくらですか?」

「それがだね、実は値段を決めていなかったんだ。人間に売るつもりもなかったし、いつか馬鹿娘に押し返すつもりでいたのでな」

「はぁ……」

「我が店では取り扱わないと決めていた品だが、そうだな、娘も世話になっているようだから、この金額でいかがだろう。押し付けてしまったのに、申し訳ないが」

 

 男が提示した金額が安いのか高いのかは、幻想郷の物価に疎い花子には分からなかった。だが、頂戴した小遣いはほとんど減らなそうな金額だ。きっと安いのだろう。

 商談が成立し、花子は封筒と便箋の分もまとめてお金を支払い、鞄へ入れた。店主に礼を述べて、霧雨店を後にする。

 

 なかなか長いこと話をしていたらしく、爽やかだった太陽の日差しは、だいぶ力強いものに変わっていた。それでもまだ、お昼には届いていなそうだ。

 小腹が減ったので、そこらの茶屋で団子をいただく。鉛筆よりも少し高い値段のお団子を頬張っていると、子供連れの親子が手を繋いで歩いていった。

 

「いつか、あんな子を驚かせたらいいな」

 

 爽やかに言う台詞ではないが、花子にとって子供を驚かすのは仕事でもあり趣味でもあるので、一緒に遊べたらいいなと同義である。

 一息ついて、何か面白いものでもないかなと里を見て回っていると、突然背後から声がかかった。

 

「おっ! 御手洗花子!」

 

 聞いたことがあるようなないような、懐かしいけど思い出せない、そんな声だった。振り返り、花子は「げっ」と小さく声を上げる。

 よほど渋面を浮かべていたらしく、花子の顔を見た声の主――いつぞやケンカを吹っ掛けてきた封獣ぬえは、つまらなそうに腕組みをした。

 

「なによ、その顔」

「なんでここにいるの?」

「天下の往来でうろうろして、何がいけないの」

「妖怪が言う台詞じゃないがの」

 

 相棒のマミゾウに突っ込まれて、ぬえは確かにと頭を掻いた。その様子から、今日はケンカをしにきたわけではなさそうだ。

 以前、フランドールが彼女の世話になったと言っていたのを思い出す。もしかしたら、第一印象が悪かっただけで、嫌な人というわけではないのかもしれない。

 

「それで、私になにか用事?」

 

 聞くと、ぬえは手をポンと叩いて、

 

「あぁ、そうだ。あんた響子と仲よかったよね」

「うん」

「ちっとな、手伝って欲しいことがあるんじゃ」

 

 また何かイタズラでもするのかと疑いかけたが、ぬえとマミゾウは割りと真剣に悩んでいるようだった。立ち話もなんだからと、一行は先ほど花子が行った茶屋に戻る。

 一番安いお茶を注文してから、ぬえが説明を始めた。

 

「実はね、響子がグレたのよ」

「えっ!?」

 

 あの、元気だけれど臆病で、優しい少女が。花子には信じられなかった。何かの間違いではないかと訊ねたが、二人は揃って首を横に振った。

 なんでも、タチの悪い妖怪とつるんで、夜な夜な奇声を上げて回っているとか。昼行性の彼女が深夜に活動することももちろんだが、響子が率先して人の迷惑になるようなことをしているという話に、花子はショックを隠せなかった。

 いったいなぜ。何が彼女を変えてしまったのか。悩む花子の頭には、彼女も妖怪なのだからという答えは浮かんでこなかった。

 

「まぁ、奇声って言っても、一応音楽らしいけど」

「ぱんくろっく、じゃったか? (ひじり)にしばき倒されても続けるっちゅーことは、封獣のしょーもないイタズラぐらい身に染み付いているってことじゃな」

「しょうもないって言うな。でもまぁ、確かにそうかも。止めさせるのは無理だろうね」

「じゃあ、私に何をしてほしいの?」

 

 首を傾げると、ぬえは一つ頷いて、

 

「ちょっとさ、様子を見にいってよ。んで、あわよくば回数を減らすとか、ちょっと声を控えめにしてもらうとか、してもらってほしいの」

「なんで私なの?」

「わしらがいくら言っても、聞きゃせんかったからのぅ」

 

 先輩の注意を無視するとなると、よっぽど夢中になっているのだろう。人に迷惑をかけない趣味なら、むしろ褒めてやりたいほどなのだが。

 花子は、命蓮寺の先輩に言われても止めないのに、自分にできるだろうかと心配になった。

 

「あのぅ、私以外の人の方がいいと思うのだけれど。ナズーリンさんは?」

「あいつはダメダメ。前に一回、『私が止めてやる』なんて勇んで出ていったくせに、帰ってきたら涙目よ。響子の奇声が怖かったみたい」

「ビビリじゃからのう、あやつは」

 

 怒りんぼの怖い妖怪というイメージが強かったが、真実は真逆らしい。花子はナズーリンのためにも、今の話を聞かなかったことにした。

 とにかく、と言いながら、ぬえが一枚の小さな紙切れを差し出した。チケットらしいそれには、『鳥獣伎楽(ちょうじゅうぎがく)パンクライブ』と書かれている。

 

「これあげるから、行ってみてくれない?」

「お前さんにあんなことしたわしらの頼みじゃ、聞きたくないとは思うがの」

 

 ぬえはともかく、マミゾウはその辺りを気にしてくれているらしい。もっとも、単純な花子は、この数十分のやり取りで、すっかり彼女らを友達だと思ってしまっていた。

 鞄から小物入れのポーチを取り出し、チケットをその中に入れつつ、

 

「行ってみるよ。久々に、響子にも会いたいし。ぬえ達には、フランちゃんもお世話になったものね」

「花子とケンカした時のあれ? まぁ世話っていうか、一緒に遊んでただけだけど」

「それでも、フランちゃんはたくさん勉強できたって言ってたよ。ぬえには感謝してるって」

「そ、そう? ふぅん、なかなか、分かってるじゃない」

 

 頬杖をついてそっけなく言うぬえだが、頬がすっかり赤いので、照れ隠しは失敗に終わっている。花子とマミゾウは、揃ってクスリと笑った。

 響子が奇声を上げるコンサートの時間は、かなり遅い。それまで時間があるのでお喋りでもと思ったが、ぬえ達はやることが残っているそうなので、命蓮寺に帰ってしまった。

 茶屋を出て、花子は暇つぶしに人里を探索することにした。以前はまっすぐ寺子屋の厠に向かったので、ゆっくり歩くのは今日が初めてだ。

 一通りの店が集まった里の商店街は、歩くだけでも面白い。見るものがどれも新鮮で、とても楽しかったのだが、花子の心にはずっともやがかかっていた。

 あの優しい山彦の響子が不良になってしまったということが、花子にはどうしても、信じられなかったのだ。

 

 

◇◆◇◆◇

 

 

 しかし、現実というものはあくまで現実であり続け、夢や希望を容易く打ち砕くものである。せめてもの抵抗として、花子はそっと耳を塞いだ。

 人里と博麗神社の間に位置する雑木林の真ん中に、そのステージは作られていた。時刻はもう深夜だが、多くの妖怪にとっては活動時間でもある。

 電気ではないだろう謎の光に照らされたステージに、響子は立っていた。サングラスなどかけて、黒を基調とした服はスカートが短く、同じく黒のニーソックスで露出は減っているものの、お世辞にも響子らしい服装とはいえない。

 奇声と言われていたが、どちらかというと絶叫である。マイクいらずの響子は、それっぽい音程をちょこちょこ外しつつなぞりながら、社会風刺の振りをした愚痴を叫んでいる。

 やはり、話は本当だった。そのこともショックだが、花子に追い打ちをかける事実が、ステージにはあった。

 慣れ親しんだ、柔らかそうな鳥の羽。今日は蘇芳(すおう)の和服でも普段着でもなく、響子と同じく体に張り付くような黒の衣装を纏っている。

 その優しさに花子が密かに憧れていた、ミスティア・ローレライ。怖い顔でエレキギターらしいものをかき鳴らしているが、間違いなく彼女だ。

 

 ステージに夢中の妖怪や妖精は皆、響子達と似たような服装をしている。ステージに向かって頭を縦に横に振り乱し、ナズーリンが泣きながら帰ってきても仕方がないと思えてしまう。

 盛り上がるライブ会場の隅っこで、花子は小さく縮こまって、ライブが終わるのを待った。響子とミスティアの姿を信じたくなかったし、なにより、観客の妖怪や妖精が怖くて仕方がない。

 パンクという音楽自体は、嫌いではなかった。確かに耳がおかしくなりそうなほどやかましいが、なかなか刺激的だと思えるし、たまに聞くだけならいいかもしれない。

 

「おう、そこの嬢ちゃん」

 

 低い声で話しかけられ、花子はビクリと肩を震わせた。顔を上げると、花子の倍近い身長で、筋骨隆々な肉体の大男が見下ろしているではないか。なんの妖怪かは分からないが、一つ目なので人間ではないことは確かだ。

 すっかり怯えてしまっている花子に、大男はにぃと口を歪ませる。

 

「そんなとこじゃ、ステージ見えねぇだろ。こっちきて一緒に叫ぼうや」

「わ、私はここで、いいです。みみ、見えますから」

「ノリが悪いな。まぁいいけどよ、普段言えないことをデタラメに叫べるのはここだけだぜ。隅っこにいちゃぁ、もったいねぇ」

「どどどうも、ありがとう」

 

 あと少しで泣いてしまいそうだったが、大男はその前に肩をすくめてステージの方に戻ってくれた。言っていた通り、仲間と思しき妖怪と一緒にステージへ叫んでいる。その光景は、やはり怖い。

 花子はこっそりステージを離れた。耳に優しい距離まで移動して、響子とミスティアの歌を遠くに聞きながら、早くライブが終わらないかなと願う。ライブが終われば、いつもの二人に戻るのではと期待しているのだ。

 歌が終わる度に立ち上がるが、間をほとんど置かずに次の曲が始まり、その都度またしゃがみこんで、時が過ぎるのを待つ。

 響子の歌は仏教の矛盾を風刺したものに聞こえなくもないが、修行に対する愚痴でしかない。歌によっては、屋台を経営するミスティアの酔っぱらいへの文句も入っていたりもする。

 あんな風に愚痴を叫べたら、確かに気持ちが晴れるだろう。しかし、お行儀がいいとは言えない。まして信仰している宗教の悪口をあんな大声で言っていたら、白蓮にしばかれても仕方ないなと花子は思った。

 

 早く終わってほしいという花子の願いは届かず、その日のライブは盛況で、日付が変わって数時間ほどしても終わる気配を見せなかった。

 響子達の叫びにも慣れてきて、程よく離れていたせいもあってか、花子はうとうととし始めた。大きな木に寄りかかってうたた寝をしていると、耳に入る音が突然変わった。

 絶叫は絶叫なのだが、妖怪達の声は入り交じって、悲鳴に近いものになっていた。聞こえていたギターの音も、爆発音になっている。

 

「な、なに?」

 

 ただごとではないと、花子はステージに急いだ。さすがに飛び出す勇気はなかったので、草むらの影から様子を伺う。

 先ほどまで頭を振り乱して叫んでいた妖怪達が、頭を抱えて逃げ回っていた。あの大男も、一つ目から大粒の涙を零しながら雑木林に駆け込んでいく。

 崩壊したステージの上では、照らしていたライトはあらぬ方向に光を向けて倒れ、ギターを抱えたミスティアも転がっていた。腰を抜かした響子が、上空を見上げて震えている。

 響子の視線を追って、花子は息を呑んだ。

 聖なる純白の光を纏って、しかし顔は鬼の形相の、寝間着姿の博麗霊夢がそこにいた。大幣を担いで響子を睨みつけているが、少し間抜けな姿だ。

 

「このクソ夜中に、でっかい声出してんじゃないわよ! 神社まで聞こえてきて、安眠妨害もいいとこだわ!」

「い、言いがかりよ! 神社に届く頃には、私の声も小さくなってるはずだもん」

「私は静かじゃないと眠れないタイプなのよ。ここは里と神社の真ん中だから、里の人も迷惑してるはずだわ。というわけで、あんたはこれから退治します」

「ひえぇ」

 

 ミスティアを抱えて逃げようと試みる響子だが、その目の前に霊力弾が突き刺さり、尻もちをついた。

 

「逃がすわけないでしょ。大幣か陰陽玉か、今日はこの二択よ。それ以外の選択肢は、弾幕ごっこくらいかしらね。今日の私はすこぶる不機嫌だから本気でフルボッコにするわ」

「あわわわ……」

 

 すっかり不良になったと思っていたが、響子はやはり響子のままらしい。そうとなれば、花子が彼女を庇わない理由はない。

 草むらから飛び出して、ステージに這い上がり、花子は霊夢と響子の間に立った。

 

「ま、待って!」

「あら花子、あんたもいたの」

「離れてたけど、いたよ。あの、霊夢の気持も分かるけど、ミスティアさんはもうのびてるし、響子も反省しているし、許してあげてよ」

「はぁ? 馬鹿言ってんじゃないわよ。こいつは妖怪で、悪いことしたの。だったら退治されて当然でしょ」

「それはそうだけれど。でも、こんなに怖がっているんだもの。それに、霊夢ももう眠いでしょ? 片付けはちゃんとするから、帰ってお休みしたらどうかな? 紅魔館でパーティーした時みたいに、お酒を飲めば眠れるよ」

 

 なるたけ笑顔で諭す花子だが、霊夢の表情がまったく変わらないので、内心は響子と同じくらいに怖くて仕方がなかった。

 やや考えてから、霊夢はゆっくり息を吐きだした。落ち着いてくれたかと、花子は胸を撫で下ろす。

 

「そうね……そうだったわね」

「そうだよ。今日はもう遅いもの、おうちでゆっくり――」

「あんたも妖怪だったわね。私の味方につくわけないのよね」

 

 笑顔のまま、花子の顔色は真っ青になった。あぁ、これは逃げられないなと、なぜか冷静に諦める。

 

「余計なことを考える必要は、なかったんだわ。妖怪は無条件に退治すりゃいいのよ。そうすりゃ万事解決するんだから」

 

 寝間着に大幣という珍妙な格好の霊夢が、今では鬼神のようにすら見える。背後で不幸にも目を覚ましたらしいミスティアと響子が抱き合っているが、花子はそれに混じる気にもならなかった。

 霊夢が大きく振りかぶる。どうやら今日は、陰陽玉を食らうことになるようだ。当たると痛いに違いない。

 

「何か言い残すことは?」

 

 一瞬考え、花子は自分が響子達を止めるために送られたことを思い出した。卑怯かもしれないと思う以前に、口に出る。

 

「私、ぬえ達に響子を止めろって――」

「問答無用っ!」

 

 じゃあ聞かないでよ、という言葉は声にならず、野球選手よろしく投げられた陰陽玉を、花子は思い切り顔面に食らった。

 予想以上の威力に、ステージの外まで吹っ飛ばされる。痛みと脱力感で、立ち上がることもできそうにない。

 響子とミスティアを無理矢理に気をつけさせて、一人ひとり陰陽玉でお仕置きしてから、霊夢は鼻歌など歌いながら帰っていった。ステージには、鳥獣伎楽の二人が悲しげに転がっている。

 

「私、なにしにきたんだろ」

 

 無気力に零れた自分の言葉に、花子は地面に倒れたまま、大きな大きなため息をついた。

 

 

◇◆◇◆◇

 

 

 早朝。日が昇り始めた頃にようやく片付けが終わり、面倒だからという理由で解体しなかったステージの端に腰掛け、花子達は一息ついていた。

 霊夢の襲来には驚いたが、彼女の怒りも分からなくはない。響子の声量にミスティアがかき鳴らしていたギター、そこに観客である妖怪や妖精の奇声まで混ざれば、遠く離れた神社や人里にいても気になってしまうだろう。

 鼻っ面に陰陽玉を食らったものの、怪我らしい怪我はしていない。頑丈な自分の体に感謝したが、鼻はまだ痛かった。ミスティアと響子も同じらしく、動くたびに「いたた」と声を漏らしている。

 まさかの出来事ですっかり忘れかけていたが、花子はようやく本題を切り出すことにした。たんこぶを擦る響子に、少しだけ神妙な面持ちを向ける。

 

「響子、ぬえとマミゾウが心配していたよ。響子がグレたって聞いて、私びっくりしたんだから」

「グレたなんて、人聞き悪いなぁ。私は音楽に目覚めただけよ。パンクは魂の叫びなんだから。ねぇ、みすちー」

「そうそう。芸術の形なんて人それぞれなんだから、誰にも私達を止められやしないの」

 

 なぜか自慢げに言い張るミスティアは、屋台の女将をしているミスティアと同一人物だとは思えない。そういえば、花子が初めて弾幕ごっこをやった時についてきた彼女も、活発な少女らしさがあった。

 どちらが素なのかと言われれば、どちらもなのだろうなと、一人納得する。和服の時の優しいミスティアも、普段の元気な彼女も、花子は好きだった。

 しかし、それはそれ、これはこれである。ぬえ達に頼まれている以上、花子は二人ともを説得しなければならない。

 

「でも、これだけ酷い目にあったんだもの。もう止めたほうがいいんじゃない? 霊夢にまた怒られるよ」

「うーん。別に今回が初めてじゃないしなぁ」

 

 足をぶらぶらさせながら、響子がぼやいた。聞けば、霊夢のみならず魔理沙にまで退治されたことがあるらしい。しかし、数こそ少ないが人間にもファンがいるようで、それを免罪符に活動しているようだ。

 歌で夜目を操る妖怪のミスティアが、不満そうに唇を尖らせる。

 

「だって、騒霊達のライブは許されて、私の歌が許されないなんておかしいじゃない。あこぎな商売してたのは認めるけど、私だって……」

「あれ? でもミスティアさん、さっき歌ってましたっけ?」

「今日は響子の番なの。次は私。交代でやってるんだよ」

 

 ミスティアは次と言った。きっと、またやるつもりなのだろう。響子にも反省の色はまったく見られないし、花子は自分の言葉では彼女らを説得できないなと確信した。

 どうやら、金輪際止めてもらうのは難しそうだ。それでも、回数を減らすことくらいはできるかもしれないと、口を開く。

 

「でもさ、響子。心配してくれてる人がいるのに、その人達を無視しちゃだめだよ。ぬえは意地悪だけれど、本当に心配していたよ」

「うん、分かってるんだけどね。久々に私の声で喜んでくれる場所を見つけて、嬉しくなっちゃって。花子だって、もし里で子供を驚かしてもいいってなったら、霊夢達に退治されてもやるでしょ?」

「そうかもしれないけれど。でも、友達に心配かけちゃうなら、やらない、かな」

 

 言い切ることができない情けなさに、花子は頭が重くなった。

 山彦としての存在意義を見失い仏門に下った響子にとって、鳥獣伎楽は新たな可能性だったのだろう。自分の旅に似たものを感じ、言葉を続けられない。

 それでも、お世話になっている人や友達に心配や迷惑をかけてまで続けるのは、やはりおかしいという思いはある。白蓮やぬえ達の気持ちも、理解できるのだ。

 心の中で勝手に板挟みになり、花子の思考はぐるぐると堂々巡りを始めた。元来頭の弱い少女である。こうなると、自分で結論を出すのは難しい。

 さすがに見かねたらしいミスティアが、苦笑を浮かべた。

 

「花子ちゃんの言うことも、一理あるかもね。響子、そろそろライブの間隔を開けるようにしない?」

「えーっ! 私にとって唯一の楽しみなのに」

「楽しいことを毎日やってたら、すぐ飽きちゃうかもしれないでしょ。それに、響子にはお寺の修行があるんだし、私にも屋台があるもん。時間見つけていっぱい練習して、ライブは月に一回くらいにした方がいいと思うの」

「……まぁ確かに、巫女にも目をつけられちゃったし、新しい会場を探さないといけないもんね。はぁー、また読経の毎日かぁ」

 

 ぐったりとうなだれる響子。前に会った時は、とても楽しそうにお経を読んでいたのだが。嫌になったのかと訊ねると、少しだけ考えてから、彼女は首を横に振った。

 

「お経を読むのは、嫌いじゃないよ。心がスーッとするから。でも、やっぱり私は山彦だから、叫びたくなる時があるんだ」

「鬱憤が溜まっていたんだね」

「そういうこと。まぁここしばらくでたっぷり叫べたし、我慢するよ」

 

 止めるまではできなかったものの、回数を減らすことはできたようだ。ぬえとマミゾウに頼まれたことは果たしたのだから、満足のいく結果だった。

 助け舟を出してくれたミスティアに小さな声で感謝を述べると、彼女は「いえいえ」と、優しく言ってくれた。やはり、おてんばなだけの妖怪少女ではない。花子にとっては頼れるお姉さんである。

 朝もやが晴れて気温が上がり始める頃に、三人は解散することにした。羽ばたいて飛んでいくミスティアを見送ってから、響子が花子の方を向く。

 

「花子、今日はどうするの?」

「うーん。眠気はないけれど、少し疲れちゃったから、どこかで休憩するよ」

「じゃあさ、命蓮寺においでよ。迷惑かけちゃったし、お礼がしたいんだ」

「そんな、悪いよ」

 

 遠慮してはみたのの、響子は思った以上に粘った。どうしてそこまで引き止めたがるのか分からないが、是が非でも連れて行くつもりらしい。

 結局、朝ご飯も出してあげるからの一言で、命蓮寺へ向かうことになる。彼女の一存で朝食を出してもらえるのかという疑問はあったが、あの寺はいつも多めにご飯を作るそうだ。花子自身も、空腹に嘘はつけなかった。

 

「こないだね、お寺に新しい子が入ってきたんだ。私にも後輩ができたんだよー」

 

 響子はそう、嬉しそうに笑った。なんでも、白蓮直々のスカウトで入った期待の新人らしい。響子とも仲がいいそうだ。寺に住み込む出家ではなく、家から通う在家なのだとも教えてくれた。

 

「へぇ、白蓮さんが入るようお願いするなんて、すごいね。どんな子なの?」

「ん? んー……、それは会ってからのお楽しみにしよっかな」

「いじわる、教えてくれてもいいのに」

「だーめ。お寺につけば会えるんだから、いいじゃない」

 

 寺に向かう道の上で、花子と響子の会話はどんどん弾んでいった。相変わらずの元気いっぱいな声は、聞いているだけで力が湧いてくるようだ。

 どんなにおかしな趣味を持っても、それが少し怖いと思ってしまうようなことでも、響子はずっと、明るく優しい少女なのだ。ミスティアだって、何も変わっていなかった。そのことが、花子を安心させていた。

 

 朝の空気に、少女二人の声が明るく響く。しかし、それをうるさいと思う者は、一人もいなかった。


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