かちこめ! 花子さん   作:ラミトン

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そのにじゅうはち 異変!七色の霧と弾幕地獄!(5)

 絵の具を無作為に混ぜたような霧の中、飛び交う弾幕を流れるように避けながら、霊夢は冷静に相手を分析していた。

 フランドールの弾幕は、言うまでもなく難解かつ美麗である。弾幕ごっことなればレミリアの方が実力は上だろうが、頭は妹のほうがいい。ショットの撃ち合いにあってもそれが分かるほど、彼女の弾幕は知的なのだ。

 そしてもう一人の主犯、花子。策にやられて被弾してしまったが、やはりその弾幕は荒い。地力が低く、せいぜい神社の近所に住む宵闇の妖怪か、良くて夜雀のミスティアに並ぶ程度の実力であろう。ただ、吸血鬼の姉妹と遊んでいたためか、少ない妖力を最大限に活かす(すべ)を学んでいる。ましてフランドールと組んでいる今、油断ならない相手となっていた。

 特に、そのショットだ。花子を中心として上下に一つずつ、左右に二つずつ、計六つの頂点から繰り出される二重螺旋のショットは、実に厄介な代物だった。遠く離れれば広範囲に拡散するショットとなるし、近寄れば密度の高い弾幕に化ける。交錯させて集中攻撃などされれば、避けるのは非常に難しい。

 これはもしかしたら、ショットの範疇を超えているかもしれない。あまりに避け辛いのなら、頂点を削るか螺旋をやめさせるかをしなければならないだろう。

 

 しかしそれは、この戦いの後でのこと。どうせ宴会になるのだろうから、その時にでも話そうと思いながら、霊夢は霊力弾に紛れ込ませた博麗の札を大きく迂回させ、フランドールの背中を強襲した。

 

 魔理沙に注視していたフランドールが、気づけずショットに被弾する。一点の減点、フランドール達の持ち点は十八点に変わる。

 

 博麗の札の霊力は妖怪にとって天敵であるはずだが、フランドールはあまり痛そうな素振りは見せない。熱中しているからだろうか。

 お返しとばかりに展開してきた雪玉のような魔力弾の間をくぐりつつ、霊夢は花子に向かって霊力弾を展開した。所詮はショットなので避けやすいことは避けやすいのだが、それにしても花子は、ボケっとした見た目によらず俊敏に回避してみせる。

 妖怪の山で文と戦っていた時から、花子が回避に関してなかなかのセンスを持っていることは知っていた。お粗末なおつむのせいで、いまいち生かしきれていないようだが。

 霊夢の弾幕を避けつつ、花子がショットを魔理沙に向ける。桃色の二重螺旋は広範囲に弾幕をばらまき、独特な動きを見せている。しかし魔理沙は、ショットにしては特徴的すぎるその動きを、しっかりと見切っていた。最初こそしてやられたが、今は霊夢も簡単に当たってやるつもりはない。

 

 数秒、花子の背中を追いかけていると、右斜め後方に濃密な魔力を感じた。即座に振り返り、霊力弾を放つ。しかし、そこにいるはずのフランドールの姿はない。

 

「ばぁ」

 

 驚かしたつもりなのだろうか、無邪気な声は真横から。一瞬の間に、回りこまれていた。

 そちらを向いた瞬間、霊夢の視界は純白で染まる。至近距離で放たれた魔力弾が、霊夢の細い体を無遠慮に打つ。

 霊夢、ショットに被弾。霊夢と魔理沙の持ち点は十九点に減った。

 あまりに近くで大量の魔力弾をくらい、霊夢はその痛みにうずくまった。歯を噛み締めるも、目尻に涙が浮かんでくる痛さだ。

 

「わわ、やりすぎたかな。ごめんね」

 

 フランドールは本心から詫びているようだが、彼女はもともと加減が下手なのだ。最近会っていなかったこともあり、すっかり忘れていた。謝ることを覚えたのは意外だったが、花子の影響だろうか。

 ともかく、霊夢は痛みを押し殺し、頬を叩いて無理矢理背筋を伸ばした。

 

「さすがに効いたわ。でもまだまだ、レミリアの弾幕よりずっと温い」

「涙目のくせによく言うぜ」

 

 花子と対峙したままショットを中断している魔理沙が、意地悪く唇を釣り上げる。よほどこの異変を楽しんでいると見えるが、あまりにも失礼な言動が多い。霊夢は近いうちに、彼女に何かしらの仕返しをしてやろうと決めた。

 大幣を構える。撃ち合い可能の合図である。フランドールはもちろん、ポシェットから絆創膏など取り出し始めていた花子も、それをしまって魔理沙にショットを展開した。再び、濁色の霧が弾幕で埋まる。

 素早いレーザーに追いかけられて、花子は四苦八苦しているようだ。そのくせ霊夢の弾幕はしっかり避けていて、なんとなく悔しくなる。何も劣っているわけではなく、単純に相性の問題なのだが。

 ともかく、魔理沙が花子を狙いやすいように、霊夢はフランドールを抑えることにした。援護のショットを撃とうとしているところに、容赦なく博麗の札を投げ込む。

 無数の追跡弾に追われ、フランドールは唇を噛んで回避をしつつ、こちらに魔力弾を放ってきた。やはり、彼女は霊夢のショットを苦手としている。顔や言動に似合わず理論的思考を持つ彼女だ。考えすぎて思考に囚われる、パチュリーと似た癖があった。

 対して霊夢は、直感のみで弾幕の動きを決めている。最初から頭脳戦などしてやるつもりもなく、勘の赴くままにショットを放っているので、フランドールは連続する予想外の事態に追われていることだろう。

 

 じわじわと距離をつめながら、博麗の札の中に霊力弾も交えていく。弾の方は直進しかしないが、フランドールがあからさまに嫌そうな顔をするのを見逃さなかった。札の回避で精一杯な証拠だろう。

 このまま追い詰めたいと思ったが、次の瞬間、霊夢は一時撤退を余儀なくされた。ほぼ真下から、桃色の渦が奇襲をかけてきた。

 魔理沙の追撃を受けながらも、花子が迫っていたのだ。一度上空へ舞い上がり、その後に二重螺旋の射線から脱出する。

 

 花子はまだこちらを狙っているが、構わず反転して弾幕を撃つ。霊力弾が舞い落ち、二重螺旋を相殺した。フランドールのショットが横から襲うが、距離があるので余裕を持って回避できる。

 奇襲をかけて必中を確信していたのだろう。花子は動揺を隠すこともできずに、魔理沙に追いかけられていた。心の乱れがショットに出ており、霊夢は点を奪うチャンスだと確信した。紅白のカードを掲げ、

 

「スペル、いくわよ!」

 

 カード宣言、二枚目。霊夢達の残り枚数は、六枚となる。

 霊夢の周囲に、カラフルで巨大な霊力弾が大量に出現する。数々の妖怪を封印と称して叩きのめしてきた神聖な力に、花子はおろかフランドールすらも、気圧される。 

 放たれた。神霊「夢想封印」。博麗の札など目ではない追尾性能と速度で、封印術が妖怪共に襲いかかる。

 慌てて逃げ出す花子とフランドールに、反撃の様子は見られなかった。花子は初見であるし、フランドールも慣れていないスペルだ。まして霊夢の封印術は、妖怪が当たると死ぬほど痛いと有名である。レミリア達からその体験談は聞いていることだろう。

 素早いフランドールはともかく、何度か追いついているはずなのに、花子はその都度動きを変えて避けている。格上を相手に戦い続けてきただけあって、ずいぶん厄介な下級妖怪になってくれたものだ。

 しかし、霊夢は花子に示さねばならなかった。博麗の巫女は妖怪の天敵であることを、忘れさせてはならないのだ。夢想封印の霊力弾を、さらに加速させる。

 

「ひ、ひっ」

 

 花子の悲鳴が届く。あるいは空耳だったのかもしれないが、彼女の表情から、似たような声が漏れたであろうことは容易に想像がついた。

 上空で退屈そうに見下ろしている魔理沙を一瞥してから、霊夢はラストスパートをかける。フランドールに向けていた霊力弾を、全て花子に向けた。このスペルは、最初から花子に当てるつもりでいたのだ。

 ほんの少し、花子のスペルに当たったことを根に持っていた。それ故に、似たような戦法を取ってしまったのだ。そんな自分に若干自己嫌悪しつつ、最後の一秒で花子を仕留めるように、術を操る。逆に言えば、その一秒をしのげれば、花子は見事霊夢のスペルを破ることができるのだ。

 しかし、容易いことではない。霊夢の技はその霊力だけで、妖怪を威圧する。まして花子程度の妖怪であるなら、色とりどりの霊力弾は飢えた狼の群れより恐ろしい代物に見えるだろう。そんな物に挟撃されて、冷静でいられるわけがない。

 狙いから外されたフランドールが、大急ぎで反転してくる。逃げ惑う花子のフォローをしようというのだろうが、もう遅い、と霊夢は呟いた。混乱の限界に到達した花子が、ついに捕まった。

 霊力弾が花子を捉え、美しい弾幕が一斉に弾ける。その中心にいる花子が、今度は誰にも聞こえるような声量で悲鳴を上げた。

 

 花子、スペルに被弾。残り点数は十五点。

 

 少しばかり、力みすぎたか。霊夢はわずかに後悔した。本気で討伐するほどの威力はないにしても、遊びの範囲としてはギリギリの火力だったかもしれない。フランドールが飛んでいくのを見て、魔理沙と並んでそちらに向かう。

 花子は、気を失ってはいなかった。それでも相当効いたらしく、フランドールに支えられていなければ飛んでいられないようだ。妖怪は回復も早いので、数分もすれば良くなるだろう。

 

「なに、今の」

 

 息が落ち着いてきた花子が、呟いた。顔面蒼白で、かなり精神的に削られているらしい。フランドールがしきりに顔色を伺っている。

 一方で、大して心配していない魔理沙が、なぜか自慢げに言った。

 

「博麗の巫女サマの必殺技だぜ。な、霊夢」

「別に必殺じゃないわ。序の口よあんなの」

 

 しょっちゅう使うくせに、と魔理沙に笑われたが、霊夢は鼻を鳴らすにとどめた。本当は自慢の技なのだが、それを認めるのが恥ずかしかったのだ。

 しかし、花子はどうやら額面通りに受け取ったらしかった。フランドールに礼を言って自力で飛びながら、額の汗を拭い、

 

「すごいね、まだまだ本気じゃないんだ」

「と、当然よ。私は博麗の巫女なんだから、全力を出したらもっとすごいわ」

 

 虚勢というわけではない。実際、霊夢はその気になれば指一つ触れられずに妖怪を撃滅することができる。ただ、花子の透明な視線が、なぜか霊夢をたじろがせてしまった。

 付き合いの長い魔理沙は霊夢の動揺を見ぬいたらしく笑っているが、花子はやはり純粋に受け止め、

 

「本当に、強いんだ。霊夢も、魔理沙も。びっくりしちゃった」

「……」

「フランちゃんも、レミィも、いつもよりずっと綺麗で難しい弾幕で。みんな、本当にすごい」

 

 実力の差に気付けないほど、花子は馬鹿ではないらしい。霊夢のスペルを見て、自信を失くしてしまったか。

 だが花子は、決然とした態度で、顔を上げた。

 

「でも、私、負けないから。フランちゃん達と友達の花子は弱いなんて、絶対言わせないんだから」

「花子……」

 

 フランドールに手を取られ、花子はにっこりと笑みを浮かべた。それだけで伝わるものがあったのだろう、フランドールもまた、破顔して頷く。妖怪にしておくのは惜しいほどに、友人関係の見本のような少女達だ。

 こちらも一応は友のはずなのだが、魔理沙は霊夢の頬を突っつきながら、頬をニヤけさせている。花子達のような微笑ましさなど、そこには微塵もない。

 

「せっかく当てたのに、おいしいところ持っていかれたな? メルヘンチックな乙女劇場を見て、どんな気分だ?」

「別に、そんなの興味ないし。生ぬるい馴れ合いなんて欲しくないわ」

「おーおー、怖い怖い。嫉妬が見え隠れしてるぜ、橋姫でも呼んできてやろうか」

「うっさい」

 

 とんがり帽子ごと魔理沙の頭を叩いて、霊夢はさっさと後退する。もう花子は始められる程に回復しているだろう。

 魔理沙と同時に、ショットを放つ。答えるかのように、花子達も弾幕を展開した。

 

 飛んでいく博麗の札に、花子とフランドールへの羨みが封印されていることは、霊夢以外に誰も知らない。

 

 

◇◆◇◆◇

 

 

 弾幕ごっこという遊びを知った時、魔理沙は心底衝撃を受けた。言ってしまえば弾幕を避けて当てるという単純なルールだが、弾幕の力強さや美しさ、遊び心満載な決闘方法に、あっという間に夢中になってしまった。

 異変解決に首を突っ込むのは、好奇心ももちろんあるが、何より強い相手と弾幕ごっこがしたいという思いからだ。異変の首謀者は、いつも魔理沙を満足させる弾幕を見せてくれる。勝ち負けに関係なく、心地いい戦いをしてくれるのだ。

 今回の異変は、その点においてわずかに不安があった。フランドールはともかく、御手洗花子なる妖怪少女の弱さは、魔理沙もよく知っていたからだ。

 空もろくに飛べなかった頃から、まだ一年しか経っていない。ずいぶん成長したとはいえ、異変を起こす大妖怪に比肩するほどとは、とても思えなかった。

 そしてやはり、今も変わらず花子は弱い。工夫の見られるショットに最初は戸惑ったものの、慣れてしまえばどうとでもなってしまう。伸び代はあるが、今この瞬間、異変の主犯となるほどの力はない。

 

「……」

 

 フランドールの魔力弾に守られるような位置で、花子がショットを撃ってくる。距離を取って螺旋の射出点にだけ注意しておけば、下手を踏まない限り被弾の危険は薄い。地力の低さが、ここにきて露見しつつあった。

 それをカバーし協力することで、花子の弾幕を大妖怪以上の脅威としているのが、フランドールだ。協調性などないと思っていた彼女がここまで連携がうまいとは、魔理沙だけでなく霊夢にとっても予想外だった。援護をするだけでなく、前に出ては花子の弾幕を利用するかのように立ち回り、時間が経つに連れて魔理沙と霊夢は相手のペースに引きずられていく。

 フランドール自身も、姉のレミリアより弱い。しかし、レミリアとパチュリー、文を相手にしたときよりも戦いの主導権を握られがちなのは、どうしたことだろう。花子のショットが初見だったからかとも思ったが、どうにも納得がいかない。

 もしかしたら、タッグバトルという特殊ルールには、魔理沙が思っている以上に連携の力が出るのかもしれない。弾幕ごっこの醍醐味である、弱者が強者を圧倒するということが頻繁に起きるというのなら、これはこれで面白い遊び方だ。

 しかし、一対一こそが弾幕ごっこの原点にして頂点であり、個人の技量――弾幕の美しさも含め――こそが強さであるという魔理沙の考えは変わらない。現に、タッグバトルであっても、スペルカード発動中は大体が一騎打ちになる。全員がスペルを使う乱戦状態は、よほど点数に余裕があるか切羽詰まるかしない限り、なかなか起こり得ない。

 

 博麗の札をしっかりと回避しながら、花子がこちらを狙ってきた。あのショットに接近されては厄介なので、レーザーを撃ちながら距離を取る。フランドールの動きが気になったが、魔力弾は見えるものの、彼女の姿を捉えることはできなかった。

 花子を追う霊夢の方にも、小さな吸血鬼の影はない。魔理沙はフランドールと戦ってきた経験から、彼女の行動を予想する。

 箒を真上に向けた。嫌らしい動きをする桃色の妖弾を小さく動いて避けながら、急上昇する。視線の先には、今まさにショットを撃ち下ろそうとしていたフランドールの姿があった。動きを読まれ、わずかに眉を寄せている。

 

「残念だったな、作戦失敗だ」

「それはどうかな?」

 

 フランドールが弾幕をばらまく。百を超える雪玉のようなショットは、魔理沙の目の前いっぱいに広がり、もはや回避は不可能に見えた。

 しかし、魔理沙は彼女を良く知っていた。どんな弾幕であっても、フランドールは必ずルールを守り、逃げ道を用意しているのだ。それも、避け切れなかった時にからかえるよう、至極単純な回避方法だったりする。

 迷わず真っ直ぐ飛翔する。弾幕が体をかすめるように落ちていくが、その一つも魔理沙に当たることはなかった。逃げ道は、拡散するショットのど真ん中にあった。

 二人の間に、距離はもうほとんどない。魔力弾の群れを突破し、魔理沙はスペルカードをフランドールにつきつけた。カード宣言、三枚目。残りは五枚。

 

「いただくぜ、フラン!」

 

 右手の八卦炉のみならず、左手までも突き出して、魔法を展開する。目をまんまるにしているフランドールの顔、そのただでさえ白い肌が、放たれる光によってさらに純白に染まる。

 恋心「ダブルスパーク」。両の手から放出された二本の巨大なレーザーは、確実にフランドールを飲み込んだように思えた。下方でショットを中断して見上げる霊夢と花子にもまた、同じように見えているだろう。

 しかし、レーザーを放つ魔理沙は、背筋に冷たいものが走るのを感じた。汗が頬を伝い落ちる。

 光が消えたその先に、フランドールはいなかった。ただ、七色にカラーリングされた一枚のカードが浮いている。

 魔理沙は、呟いていた。

 

「参ったな……」

 

 フランドール、カード宣言。妖怪組の残り枚数は、五枚。

 今魔理沙が宣言しているスペルならば、二箇所同時にマスタースパークを撃つことができる。しかし、その利点をもってしても、戦いは有利にならないかもしれない。

 魔理沙の周囲に浮かぶ、濃厚な四つの気配。

 

「ねぇ魔理沙」

「この私が」

「そう簡単に」

「やられると思った?」

 

 四ヶ所から聞こえるフランドールの声に、疑問は浮かばない。なぜなら、彼女は四人いるのだから。

 禁忌「フォーオブアカインド」。分身したフランドールは、それぞれ個性的に、しかし全員が勝ち誇った笑みを浮かべている。

 好き勝手に飛び回る四人のフランドールが、一斉に弾幕を撃ちだした。色も形も大きさも、速度すらもバラバラで、まるで雪崩のように魔理沙を襲う。

 急いで反転し、とにかく離れねばと箒を加速させながら、魔理沙は霊夢と花子を探した。スペルに見とれている花子はともかく、弾幕は霊夢よりも魔理沙に集中している。

 一騎打ちを望んでいるわけではないが、仕掛けてきた相手を狙ってくるだろうとは、予想がついた。フランドールは頭がいいが、中身はレミリアと同じで幼い子供と同じだからだ。

 

「遊んでほしいなら遊んでやるぜ、妹君ッ!」

 

 両手を左右に伸ばして、魔法を解き放つ。二本のマスタースパークは、四人のフランドールがばらまく弾幕を、ことごとく粉砕した。

 レーザーの向こうに、フランドールが見える。本体にだけ当てられればいいのだが、分身の誰もが同じ顔、同じ姿で、まったく区別がつかない。

 本体がどれかなど、考える必要はなかった。一人を探すくらいなら、四人まとめて吹き飛ばしてしまえばいい。愛用の箒を加速させ、再び展開された膨大な弾幕を、巨大レーザーでなぎ払う。

 魔力弾が消え、この瞬間だとばかりに、魔理沙は両手を正面に突き出した。箒の上でもまったくふらつかず、二本が合わさりさらに大きくなったマスタースパークを、フランドールに撃つ。

 散開した四人のフランドールだが、そのうちの一人は純白のレーザーに飲み込まれて消えた。手応えは薄い。分身体だろう。

 

「あぁ、酷いなぁ」

「私が一人、消えちゃった」

「寂しくなるね、私達」

 

 芝居がかった仕草と台詞で、三人になったフランドールが手を取り合って遊んでいる。一人潰した程度では、まだまだ余裕ということか。

 八卦炉を向けるも、彼女達――『彼女』が正しいか――はまったく動じない。少しは焦ってほしいものだと思いつつ、魔理沙は挑発するかのように言った。

 

「だったら、三人まとめて消してやるよ」

「えー、嫌だよ」

「まだ消えられないよ」

「もっともっと、遊びたいもん!」

 

 赤青黄、身勝手な魔力弾の嵐が、魔理沙に向けて放たれる。魔法を撃つより早く、大量の弾幕が迫ってきた。

 集中しきれず、魔法を放てない。小さく毒づきながら、まずは回避に専念する。右も左も正面も魔力弾だらけで、霊夢や花子はおろかフランドールの姿も目視できない。

 これはまずいことになったと、魔理沙は歯噛みした。視界を殺されている間に、フランドールは移動しているだろう。分身も含めて三体、その動きを正確に予想することは難しい。

 

「落ち着け、落ち着けよ私」

 

 自分に言い聞かせ、魔力弾を避けつつ、弾幕が晴れた瞬間をシュミレートする。どう動けばいいか、どの手がもっとも自分に有利なのか。

 作戦が決まった。同時に、弾幕の雪崩が収まる。瞬間、魔理沙は足の力を緩め、するりと箒に逆さ吊りになった。重みでわずかに下降し、色とりどりの魔力弾が、箒の上を交差し駆け抜けていく。二人のフランドールが、魔理沙の正面と右方面にいたのだ。

 あと一人は、真下にいた。ぶら下がったまま、容赦なく二本のマスタースパークを叩きこむ。当てたにしては、その実感が薄い。

 

「こいつも偽物か」

 

 そんな気はしていたが、それでもやはり悔しさはある。箒に跨りなおすと、二人にまで減ったフランドールが、切なげな瞳でこちらを見つめてきた。

 

「酷いわ魔理沙、偽物じゃないよ」

「あの子も大事な私の一部なのに」

「そうかい。じゃあ分身を全部削ったら、大人しくなったりするのか?」

 

 射線が交差する場所から徐々に移動しつつ、魔理沙は意地悪く聞いた。フランドールもこちらに合わせて動きつつ、

 

「まさか。消えちゃった子は、私の中に戻るだけ」

「つまり、二人になっても弾幕の濃さは変わらないわ」

「面倒くさいやつだぜ。引き算くらいちゃんと守れってんだ」

 

 スペルの残り時間は、刻一刻と減ってきている。それはフランドールも同じ事だろうし、お互いが大技だ。時間はそんなに変わらないと思っていいだろう。

 どちらが先に仕掛けるか、心理戦になりかけたが、それは今スペルを使っている二人が嫌う、地味な戦いだった。しびれを切らしたフランドールが、二人揃って騒ぎ出す。

 

「ねぇ、撃たないの?」

「早くしようよ。花子も霊夢も待ってるよ」

 

 言われて見てみると、下方で見守る霊夢と花子は、観客も同然の状態となっていた。これには、さすがに失笑してしまう。

 

「タッグ戦は、もうちょっとルールを練らないとダメだな」

「そうだねぇ」

「あとで相談してみようよ。今はほら、ね」

 

 突然膨れ上がる魔力に、魔理沙はすぐに箒を動かした。撃たれた弾幕は、色は二色に減っているが、確かに四人の時から衰えていない。

 執拗に追いかけてくるフランドールを見据えながら、細かく動いて魔力弾を回避する。一瞬の隙をついて反転、魔理沙は反撃に出た。

 残る二人は、魔理沙から見て十字方向と二時方向にいる。今のスペルなら同時になぎ払うことができるかもしれない。しかし、フランドールのスピードでは、よほど至近距離からでなければマスタースパークを避けられてしまう。二つ合わせて撃てば当てる自信はあるのだが。

 残り時間を考えれば、チャンスはあと一度きりだろう。やはり、狙いは一人に絞るか。二人に避けられるより、一人を確実に仕留めるほうがいい。魔理沙はその答えを採用した。

 弾幕の間を猛スピードでくぐり抜け、狙いをつけたのは、より多くの弾幕を撃っている左のフランドールだ。傲慢な吸血鬼が、己の分身に多くの魔力を割くとは考えにくい。吸血鬼は、より強い自分を愛する種族なのだから。

 決めたらもう迷わないのが、魔理沙の生き方だ。八卦炉と左手を前に出し、魔力弾とすれ違う中、全力で魔法をぶっ放す。

 

「いっけぇぇぇッ!」

 

 特徴的な轟音と共に、レーザーが魔力弾を喰らい尽くし、左方にいるフランドールの姿が光に包まれる。右側のフランドールは、魔理沙の眼中にない。

 二本の光が、徐々に消える。当てた。確実に被弾させ、より勝利に近づいた。

 

 そう信じたかったが、消えた光の先に、フランドールの姿はなかった。

 

「ハ、ズ、レ。惜しかったね、魔理沙」

 

 耳元で聞こえた声に、魔理沙は全身に冷や汗を感じつつ箒を急発進させようとした。しかし、動くよりも早く背中に魔力弾が叩きつけられ、魔理沙は痛みに呻く暇もなく、箒ごと吹き飛ばされる。

 

 魔理沙、スペルに被弾。魔理沙と霊夢は三点減点となり、また、スペル回避に成功した花子とフランドールには、二点加点される。

 

 人間組の持ち点は十六点、対する妖怪組は十七点。残りカードは双方五枚。接戦のまま、勝負は中盤戦に差し掛かる。

 

 

◇◆◇◆◇

 

 

 一点とはいえ、逆転した。レミリアはそのことがとても嬉しくて、少しばかり紅茶が零れても気づかない有様だった。

 

「咲夜、咲夜! とうとう逆転よ!」

「見ておりますよ。すごいですわね、妹様」

「そうね、さすが私の妹だわ」

 

 楽しくなるとつい羽が上下に動いてしまい、隣に座っているパチュリーが鬱陶しそうにしているが、レミリアが気にすることはなかった。

 空の上では、フランドールと花子が抱き合って喜んでいた。一方で、魔理沙は心配もしてもらえず、霊夢にしこたま怒られている。箒の上で小さくなっている魔理沙の姿は、なかなか新鮮だ。文が早速写真を撮りに飛んでいく。

 いい勝負をしていることはもちろんだが、花子が楽しんでくれていることが、レミリアにとって嬉しかった。そして、あの場所にいるフランドールが羨ましくもなる。一緒に弾幕をしたいという思いは、ずっとあったのだ。

 

「妹様と交代されてもよろしいのでは?」

 

 咲夜が言った。彼女には、いつも隠し事ができない。

 

「そういうわけにもいかないわ。花子はフランと組みたがっていたんだから」

「そうかしら? レミィと組むことになっていても、嫌とは言わなかったと思うけれど」

 

 ハーブティーを啜りながら、パチュリーが空を見上げる。もうショットの撃ちあいは始まっていた。

 レミリアも紅茶の入ったカップを口につけ、一息ついてから、

 

「そうね、喜んでくれると思うわ。でも、見てれば分かるのよ。花子は私より、フランドールの方が気が合うの」

「本人がそう言うのなら、そうなのでしょうね」

「うん。もっとも、あのフランであっても、太郎という子には敵わないみたいだけどね」

 

 毎日のように手紙を書いている姿を、レミリアはパチュリーと離れ離れになってもここまではしないだろうなと、感心半分呆れ半分で眺めていた。返事はまったく来ないというのに、悪口の一つも言わないのだ。

 手紙は、八雲紫が外に届けているらしい。あの胡散臭い妖怪だから届けずに食べてしまっているのではと疑ったこともあったが、花子が信じている以上、何も言えない。

 

「花子さんは、恋をしてるのでしょうか」

 

 紅魔館の住人の口から出ることはまずないであろう単語を口にしたのは、小悪魔。レミリアを始めとした皆に見られて、彼女は首まで赤くなった。

 

「や、だ、だって、そうかなぁーって思いません? 一応、男の子と女の子なんですから……」

「うん、まぁ、そうかもしれないけど。こあ、あなたって、結構そういうの好きなの?」

「好きなのよ、この子。図書館にある恋愛物の小説は、ほとんど読んでるものね」

 

 主の容赦無い暴露に、小悪魔は両手で顔を覆ってしまう。なぜそんなに恥ずかしがるのか、レミリアには分からなかった。

 慰めというわけではないだろうが、咲夜が小悪魔に「今度、いいの貸してちょうだい」と耳打ちしているのを横目に、話題を戻した。

 

「私とフランが誰と組むかでケンカをしたら、花子が困るでしょ? だから私が降りたの」

「あら、じゃあ私は花子の代わりなのかしら」

 

 意地の悪いパチュリーの問いに、レミリアは平然と答える。

 

「そうよ。花子と遊ぶよりずっと楽しいんだもの、代わってもらうとしたら、パチェしかいないわ」

 

 にこりとしてやると、パチュリーも似たように微笑んだ。

 しばらく無言で、弾幕ごっこを眺める。飛び交う白と桃のショットを見つめて、レミリアは、ほぅと溜息をついた。広い空を飛び回るフランドールを見ていると、なんとも不思議な心地になる。

 ほんの一年少し前まで、妹を外に出してやろうなど考えたこともなかった。常に気にかけていたし、いつかきっととは思っていたが、それはもっと未来――それこそ、数百年先でもおかしくないと思っていたのだ。

 それが今、あんなに自由に、嬉しそうに、友達と遊んでいる。その、これまで想像すらできなかった光景は、五百年も妹を幽閉してきたことをまるで無意味に感じさせる。

 実際、無意味だったのだと、レミリアは思う。少々癪ではあるが、フランドールは賢い。きっと、世渡りも姉よりうまいことだろう。

 

「……もしかして、私はそれを、認めたくなかったのかしら。それで、フランを閉じ込めたのかしら……」

 

 誰にも聞こえないような声で呟き、レミリアは一人赤面した。もしもそうだとしたら、己のなんと狭量なことか。そんなことがあるはずないのに、もしかしたらと思うと、どうにもそれが本当に思えてしまって、意味のない恥ずかしさに苛まされてしまう。

 どれほど時間が経ったろうか。俯いたまま悶々と考えこみ、気づけば周りの声や景色に気づけなくなっていた。肩を指で突かれて、我に返る。パチュリーが、心配そうにこちらを見ていた。

 

「レミィ、どうしたの? ずっと下を向いて。あら、あなた、顔赤いわよ」

「だ、大丈夫。大丈夫よ。別に私はフランに嫉妬なんてしてないから」

「誰もそんなこと言ってないじゃない……」

 

 怪訝な顔をされてしまったが、深く聞かれる前に咳払いなどして、レミリアは空を見上げた。そこでふと、自分がしばらく弾幕ごっこから目を離していたことを思い出す。

 ショットの撃ち合いが続いているが、まだスペルを使う気配はない。今はどんな戦況なのだろうかと、パチュリーの袖を引っ張った。

 

「パチェ、今何点?」

「見てなかったの? 今は花子と妹様が十三点、霊夢達は十四点ね」

「逆転されてるじゃない! そんなに当たったの?」

「花子が三回、妹様が一回、ショットに当たっているわ。一応こちらも一点は奪っているけれど、お互いにスペルの射程圏だし、どう動くかしらね」

 

 霊夢と魔理沙は、そこらの弱小妖怪ならばショットだけで完封できるほど、弾幕ごっこがうまい。この短時間に花子が三回も被弾したことも、無理ないだろう。相棒がフランドールでなかったら、とっくに敗北しているかもしれない。

 当てやすいと認識されると、当然のことだが、狙われる危険が高くなる。今も魔理沙と霊夢は花子に的を絞りつつあり、疲れからか、花子のショットもわずかに弱まっていた。

 あんなに疲労の色が見えているというのに、フランドールは庇おうとしない。そばで援護してやったりして少しでも体力回復を図ればいいのにと、レミリアはやきもきした。

 そわそわと空を見上げているレミリアに、声がかけられる。美鈴だった。

 

「お嬢様、大丈夫ですよ。妹様は、花子さんのことをちゃんと見ていますから」

「うぅん、そうかしら。フランってば、自分のスタミナ配分ばっかり考えて、花子のことを置いてけぼりにしてるように見えるわ」

 

 友達が少なく、最近は良くなってきているものの、人のことを考えずワガママで自分勝手な――全てレミリアにも当てはまるが、彼女に自覚はない――妹だ。すっかり弾幕に夢中になってしまって、花子のことを忘れているのではとすら思える。

 しかし、美鈴はそう思っていないようだ。フランドールは、彼女のことを花子や魔理沙と同じく友達と呼んでいる。フランドールにとって『友達』という称号はとても大きな意味を持つので、家族という間柄上決してそこに入れないレミリアが知らない信頼を、彼女らは得ているのだろう。

 

「美鈴は、フランのことをよく知っているのね」

「お嬢様ほどではないと思いますが」

「どうかしらね。でもいいわ、あの子に友達がいてくれるのは、悪いことじゃないから」

 

 その言葉に嘘はない。フランドールをまるで人形のように思っていた自分とは違い、友達なる存在は、妹を大人にしてくれたのだ。

 あるいは、レミリアもパチュリーと出会い、変化していたのかもしれない。その自覚があったなら、もっと早くフランドールに友人を与えてやれたのだろうか。

 今更考えても、詮ないことだ。それに、自分が友達を与えるなど、それこそ今までと変わらないではないか。

 姉のレミリアが必要なくなったのではない。帰れる家で共に過ごし、一日を語らえる肉親は、どこを探してもレミリアしかいないのだから。

 フランドールは、外へ出た。もう自分で道を決められるのだ。友と呼ぶ者と一緒に、どこへだって行けるようになった。そのことが少しだけ、寂しくもあるが――

 

「……そっか。私は、寂しかったのか」

「答えは見つかった?」

 

 カップをソーサーにそっと置いて、パチュリーが呟いた。レミリアは微笑む。

 

「やっぱり、私はフランに嫉妬をしていたわけではなかったわ」

「そう」

 

 多くは訊ねず、パチュリーはテーブルに頬杖をついて弾幕を見上げた。レミリアも習って、フランドールと花子の戦いを見守る。

 

「パチェは、なんでもお見通しね」

「長年親友をやっていれば、こんなものよ」

「そうかもね。……花子が、フランドールにとってそんな人になってくれればいいのに」

「花子は友達が多いから、競争率が高そうね」

 

 パチュリーが肩をすくめる。もっともだと、レミリアは思った。花子が語る外の世界や旅の話に出てくる友達の数は、ただでさえ友人の少ないレミリアやフランドールからしたら信じられないほど、多い。

 太郎という少年を超えることはできないだろうが、フランドールが幻想郷における太郎のような存在になることは可能なはずだ。今の時点でフランドールと花子はかなり仲がいいのだから、そうなれる可能性は高い。

 いつの間にか紅茶の水面を見つめて考え込んでいたレミリアに、パチュリーが珍しく吹き出した。

 

「レミィ、妹様を思うのは分かるけれど、打算的になるようなものではないわ」

「むむ」

 

 小さく唸って、それもそうだと、レミリアは考えるのをやめた。

 顔を上げて上空を見やると、何やらフランドールと花子がハイタッチをしている。どちらの弾かは分からないが、魔理沙が被弾したらしい。

 これで、お互い十三点。カードはまだ双方共に五枚残っているし、本当にいい勝負をしている。勝敗の行方は、いよいよ分からない。

 しかしレミリアにとって、勝負の行方は、割りとどうでも良かった。妹と友が、あんなにも楽しそうに飛び回っている。今はそれだけで、満足だった。

 

 

◇◆◇◆◇

 

 

 花子の動きが鈍っていることに、フランドールは気づいていた。心配してはいるのだが、当の花子が大丈夫だと目配せしてくるものだから、休ませることもできない。

 点数はもはやカードで削りきれる範囲なのだが、フランドールと花子には、もう少し粘りたい理由があった。スペルカード一枚分の余裕が欲しかったのだ。

 あと一点奪えれば、この弾幕ごっこでどうしてもやりたかったことができる。焦る心を抑えながら、大量に飛んでくる霊夢の札をひらりと躱す。

 霊夢の注意は引きつけられたものの、魔理沙は花子を集中的に狙っている。花子はあのレーザーが苦手らしく、避けることに必死でショットが安定していない。

 援護の魔力弾を撃ってはいるが、フランドールも霊夢に背中を取られている状況だ。気を抜けば、自分が被弾してしまいかねない。

 うまく事を運べずやきもきしていると、離れたところで衝撃音が響いた。とうとう、魔理沙のレーザーが、花子に当たってしまったのだ。

 

 花子、ショットに被弾。フランドール達の持ち点は、あと十二点。

 

 うずくまった花子だが、頭を二、三度振ると、すぐにショットを展開した。桃色の二重螺旋は勢いを失いつつあるものの、しっかり魔理沙に向けられている。

 

「……花子のこと、信じなきゃね」

 

 悪魔が言うべき台詞ではなかったが、それでもつい、フランドールは呟いていた。対面で弾幕を展開している霊夢に聞かれたりしていないかと様子を伺ったが、どうやら大丈夫のようだ。

 信じるとは言ったものの、花子が疲れてきているのは間違いない。まだ余裕のあるフランドールが少し無理をしてでも、一点を奪ったほうがいいと考えた。

 弾幕を恐れず、フランドールは霊夢に向かって突進をしかけた。追尾してくる札と直線的な霊力弾を避け、ドレスがかすり、敗れた布が霧の空を舞う。

 あまりにも無茶な戦法に、霊夢は驚いたようだ。しかし、対応が早い。即座に霊力弾を多めにばらまき、進行方向を遮ってくる。

 構わず進み、フランドールは白い魔力弾を無数発射した。咄嗟に交差させた霊夢の腕に魔力弾が当たり、弾ける。それを確認した直後、フランドールも霊力弾に肩を打たれた。

 

 霊夢とフランドール、同時にショットに被弾。霊夢と魔理沙の持ち点、残り十二点。対して、花子とフランドールは十一点に変わる。

 

 少し無理矢理がすぎたが、目的の一点は無事削れた。ちらりと視線をやると、花子が頷いて、近寄ってくる。フランドールがショット再開を示さないので、霊夢も弾幕を展開せず、魔理沙までもが集まってきた。

 スペル被弾後に若干の休憩が入ることはあるものの、ショットではあまりない。被弾した腕をさする霊夢が、訝しげに眉を寄せる。

 

「何よ、始めないの?」

「焦らないでよ。これからもっと楽しくなるんだから。ねぇ、花子」

「うん」

 

 花子がカード入れになっているポシェットを開けた。フランドールもまた、スペルカードを召喚する。

 桃色と虹色、カードの色は違えど、そこに書かれているスペルの絵柄は、同じ。二人で一つの、友情の証であるスペルカードだ。

 

 二枚同時のカード宣言。フランドールと花子の残りカードは、三枚にまで減る。

 

 宣言を受けて、霊夢と魔理沙が後退する。見届けてから、フランドールはサッカーボールほどの、赤と黄色の魔力球を召喚した。花子もまた、同じ大きさで、青と緑の玉を作り上げる。

 目配せしてから、フランドールは花子に向かって赤い玉を放り投げた。同時に、花子がフランドールへと一直線に青の妖弾を投げてくる。赤いボールは、放物線を描きつつ大量の弾幕をばらまきながら、花子の元に向かい、また花子の青い玉は、こちらもカラフルな妖弾を展開しながら、迷わずフランドールのもとへ辿り着く。

 投げたボールが手元に届く頃には、黄色い玉が空中に放られ、緑の玉がフランドールへ投げられていた。

 遊符「お手玉レボリューション」。お互いを右手と左手に見立てて、フランドールと花子は弾幕のお手玉を繰り返す。

 

 出会ったばかりの花子に教えてもらい、今ではすっかり趣味と呼べるほどにまで好きになったお手玉を、フランドールはどうしても弾幕に昇華させたかった。

 文と花子の決闘を見た次の日からスペルのアイディアを練り上げ、花子が紅魔館にやってきてからは、二人でよく練習もした。

 タッグバトル専用なので、いつ使えるかも分からなかったが、こんなに早くお披露目できる日がくるとは。運命的なものすら感じる。

 

 濁りが進み、もはや淀んだ色でしかない霧の空を、四つのお手玉から溢れる弾幕が彩る。多彩な色をした細かい妖弾が、霊夢と魔理沙に降り注ぐ。避ける二人には、お手玉の風景を満喫する余裕などなさそうだった。

 遠くでシャッターを切る文が見える。一面を飾れるであろうスペルだ。今から、異変後の新聞が楽しみになる。

 花子も、お手玉を楽しんでくれている。表情は一生懸命で笑顔はないが、それでもフランドールには伝わってくるのだ。

 お手玉がさらに分裂し、合計八つのボールが宙を舞う。舞い散る細かい弾幕もその数を倍に増し、濁色の空はいよいよ賑やかになってきた。

 スペルを楽しんでいるのは本人達と外野だけで、退治に来た二人にとっては厄介以外の何物でもない。避けきるよりも早くケリをつける方が得策だと、霊夢達は気づいているはずだ。

 激しくなる弾幕に、とうとう霊夢が動いた。(ひょう)のように落下してくる魔力弾を避けながら、紅白のスペルカードを掲げる。カード宣言、人間組の残りは四枚。

 

「フランちゃん、来るよ!」

 

 花子の声が空に響く。見れば分かることだが、それでも律儀に教えてくれる友達に、フランドールは感謝した。

 霊夢が懐から何かを取り出す。小さな玉のように見えた。器用に弾幕を避けながら振りかぶり、霊夢が太極図模様のそれを、投げ飛ばす。放たれた直後に霊力を纏い、近づくに連れて、その球体――陰陽玉は、次第に巨大化していく。

 博麗神社最大の秘宝、宝具「陰陽鬼神玉」。フランドールの身長よりずっと大きくなったその玉は、吸血鬼に息を呑ませるほどの迫力を引っさげている。

 その雰囲気に呑まれかけたフランドールだが、我に返り、急いでその場を離れた。細かい七色の弾幕を轢き潰して、陰陽玉が脇を通り抜ける。やや進んだところで、陰陽玉は霊夢に引かれるように手元へと帰り、大きさも元のサイズに戻っていた。

 

 バランスを崩されたものの、花子とフランドールのお手玉は続いている。少し乱れはしたが、すぐにテンポを取り戻せた。お手玉のボールがばらまく弾幕の量も、減ってはいない。

 八つのお手玉から降り注ぐ魔力弾を避けながら、魔理沙が口笛など吹き始めた。慣れられてしまったようだ。さすがだなと、フランドールも楽しくなった。

 弾幕の間をかいくぐり、八色のボールも避けながら、霊夢が陰陽玉を投げる。狙いは花子だ。お手玉で手一杯かと思われたが、巨大化する陰陽玉に驚きの悲鳴を上げながらも、花子は避け切ってくれた。本当に、避けるのだけは中堅妖怪並に上手だ。

 投げられては手元に戻る陰陽玉は、フランドールにヨーヨーなる玩具を思い起こさせた。まるで、空でおもちゃ箱をひっくり返しているような愉快さを覚える。

 ボールを受けては投げながら、弾幕の雹を楽しんでいる魔理沙に大声で訊ねた。

 

「ねぇ、魔理沙はスペル、使わないの?」

 

 フランドールの期待が込められた声を受け、魔理沙は「今は霊夢の番だぜ」と笑った。ノリが悪いなと思ったが、魔理沙にまでスペルを使われては、花子がバテてしまうかもしれない。ここは、我慢することにした。

 巨大化した陰陽玉が目前に迫り、空中でしゃがみこんでやり過ごす。頭上を轟々と通り抜けていく巨大な玉に当たったら、とても痛そうだ。

 姿勢を戻すと、タイミングよくボールが飛んできた。花子が合わせてくれたらしく、彼女の周りには多めにお手玉が浮いている。早く流れを取り戻さなければならない。

 しかし、霊夢がこの瞬間を逃すはずがなかった。五つのボールを処理しきれていない花子に向かって、陰陽玉が投げられる。助けてやることもできず、フランドールは花子の名前を叫びかけた。

 被弾するかと思われたが、花子は咄嗟の行動に出た。五つのうち三つを、霊夢の玉に投げつけたのだ。三つのボールは消滅してしまったが、巨大な陰陽玉の勢いが、わずかに弱まる。

 すぐさま飛翔して陰陽玉を避け、花子が残りの二つをフランドールへと投げた。受け取り、放り上げて分裂、四つに増えてさらに割れ、お手玉はすぐに元の八つへと戻る。

 あっという間に調子を取り戻され、霊夢がつまらなそうに眉を寄せる。だが、こちらにもあまり余裕はなかった。残り時間は多くないし、花子の体力が回復したわけではない。

 

 繰り返し投げられる陰陽玉を避けつつ、フランドールは花子に視線をやる。ちょうど同じタイミングで、彼女もこちらを見ていた。考えていることも、同じだろう。

 ラストスパートをかけるべく、フランドールは全てのボールに魔力を込めた。本来なら花子にも手伝ってもらうはずなのだが、今はボールを操ることで手一杯のはずだ。

 八つのボールが、それぞれ分裂し、とうとうその数は十六にまで増える。もはや大道芸並の数だが、フランドールと花子は息のあった動きでお手玉を続ける。

 倍以上に増えた七色の細かい弾幕に、魔理沙から余裕が消えた。少しでも空間のあるところを目指して、体を逸らしたり箒をうまく動かしつつ移動している。

 そんな弾幕地獄の中でありながら、霊夢はなおも攻撃の手を緩めない。一瞬の余裕を見つけ、確実に陰陽玉を投げてくるのだ。巨大化した陰陽玉に妨害されて、フランドールと花子は何度もボールのコントロールを失いかけた。

 陰陽玉にボールを破壊されては作り直し、集中のしすぎか、ほんの十数秒の出来事が、とても長く感じられた。しかし、ボールに仕込んだ術式――時間が来ると発光する、簡単な魔法――が発動し、正気に戻る。もうわずかしか、残り時間が残されていない。

 花子も気づいたようで、フランドールに小さな仕草で合図をしてきた。今思いついた作戦だろうが、乗ることに決める。首肯し、フランドールは手をメガホンにして、

 

「やーい、めでたいばかりのノロマ巫女! どっち見てるのさ、私に当ててみせてよ!」

 

 思ったよりも簡単に、霊夢は挑発に引っかかった。下方から聞こえる魔理沙の静止も無視して、陰陽玉をフランドールに投げつける。

 太極図模様の球体は、フランドールの背丈をすっぽり隠してしまうほどの大きさにまで巨大化した。 

 かかった。陰陽玉に隠れて霊夢に見られないのをいいことに、こっそりとほくそ笑む。ギリギリまで引きつけて、巨大な球体を躱した。

 霊夢が目を丸くしている。避けられたことに驚いているのではない。お手玉のボールが、フランドールの手元にないのだ。細かな弾幕は降り続いているので、スペルが終わったわけではない。

 呆けたようにこちらを見つめる霊夢。すぐに勘が働き、彼女は背後上空――花子のいる方向へと振り返った。同時に、フランドールと魔理沙が叫ぶ。

 

「いっけぇ、花子!」

「霊夢、避けろッ!」

 

 全てのボールを、花子が振りかぶっていた。霊夢が逃げようとする前に、精一杯の力を持って、投げつける。小さな七色の弾幕をばらまきながら、十六色のボールが、流れ星のように霊夢へ落ちた。

 最後の一撃、これを避けられたら、霊夢達に加点となる。しかし、フランドールはもう見守ることしかできない。

 一つ、二つ、三つ、ボールを避けて、霊夢はなお攻撃に出た。周囲には小さな弾幕が舞っているというのに、構わず陰陽玉を花子に投げつける。

 息が切れている花子は、陰陽玉を避けるのも危なっかしい。休憩できればいいのだが、この状況ではそうもいくまい。

 七つ目のボールを回避した霊夢は、今度はフランドールを狙ってきた。まだまだ疲れは感じていないので、油断さえしなければ避けられる。むしろずっとこっちを狙ってほしいくらいだ。

 霊夢に投げつけられたボールが発した弾幕は、魔理沙の足もしっかり止めている。下に逃げてしまったせいで、上昇できず歯噛みしているようだ。

 ボールを十個避け切ったところで、霊夢の動きが鈍った。あまりにも多くの弾幕に周囲を覆われ、反撃に出れなくなり、回避に専念し始める。

 動きの乱れた霊夢を、フランドールは祈るような心地で見守った。もっと焦ってくれと、霊夢に頼みたいほどだ。

 願いが通じたわけではないだろう。しかし、ついに霊夢はミスをした。十三個目のボールをすれすれで躱したものの、その奥にあった十四個目を見落としていたのだ。らしくない必死な動きで避けるも、ばら撒かれた虹色の弾幕が、さらに彼女の余裕を奪う。

 そしてとうとう、バランスを崩した霊夢に、十五個目のボールが直撃した。七色の光が、花火のように弾け飛ぶ。

 

 霊夢、スペルに被弾。残り持ち点は九点となる。スペル回避前の被弾のため、フランドール達は得点変動なし。

 

 本当に当たったのかと我が目を疑ったが、次の瞬間には、フランドールは花子の元へと飛び、その首に腕を絡めていた。

 

「やったよ花子! 私達のお手玉、霊夢に当たったよ!」

「うん! あは、やったね!」

 

 一緒に喜んでくれているものの、やはり花子には疲れが見える。大丈夫かと問いかけると、小さな声で「少し休めば平気」と答えた。

 駆けつけた魔理沙に支えられ、霊夢は被弾した右の太ももを痛そうにさすっている。他のスペルに比べると火力はほとんどないので、すぐに治るだろう。

 霊夢に肩を貸しながら、魔理沙が言った。

 

「フラン、お手玉うまくなったじゃないか」

「でしょ。花子に教えてもらったの」

「そうかそうか。私がお手玉をプレゼントしたおかげだな。感謝してくれてもいいんだぜ」

「やーよ。魔理沙は教えてくれなかったもん。ありがとうは、花子に言うわ」

 

 べぇと舌を出すと、魔理沙は似たようにして返してきた。弾幕ごっこの合間にあるこういったやり取りが、フランドールにとって楽しみの一つだった。

 痛みが引いたらしい霊夢が、魔理沙から手を離す。魔理沙も箒の上で準備万端のようだが、花子はまだ少し呼吸が乱れている。

 不安げに眺めていると、彼女は小さな体いっぱいに息を吸い込んで、ゆっくりと吐き出した。ボロ布寸前になりかけているドレスを少しだけ直して、

 

「もう大丈夫。これからが勝負だもの、疲れていられないよ」

「うん」

 

 余計な心配は、しないことにした。花子自身が大丈夫だと言うのだ、信じてやらずに、どうして親友と言えるだろう。

 花子の言うとおり、勝負の要はここから先の終盤戦にある。花子とフランドールの持ち点は十一、残りカードは三枚。対して霊夢達は九点、カードは四枚だ。

 お互いにスペルで削りきれる射程圏だが、ここからは駆け引きだ。ショットでより優位に持っていくか、スペルの一撃に賭けるか。相手が魔理沙だけならば後者だが、霊夢の戦い方はいまいち読めない。

 いよいよ緊張感を高めなければならない。しかし、後半戦の研ぎ澄まされた空気も、嫌いではなかった。

 霊夢も魔理沙も、まだまだ余力がある。フランドールもそうだし、花子だって、二人を驚かせられるだけのスペルを持っている。

 もっともっと楽しめる。そう思うと、つい口元が緩んでしまう。勝敗など、どうでもいい。霊夢は、魔理沙は、花子は、どんなスペルを見せてくれるのだろう。ときめきが、止まらない。

 ショットを展開する。同時に、翼のクリスタルが煌めいた。それは、フランドールの踊る心を表すような、実に無邪気な輝きだった。




最初の手紙がないのは、前のお話で花子が言っている通り、弾幕ごっこ中で書けなかったからです。

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