Fate/of dark night   作:茨の男

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再・運命の夜

壱. 幾ノ瀬光一 ???

 

九つの部屋を除いて、この部屋は最悪だった。

 

古風で錆の多い鉄鍵を使って開けたこの日本屋敷ただ唯一の場違いな西洋扉の向こうは、先さら一筋の光も見当たらない暗闇だった。

夜中だったこともあり、俺は数割り増しの恐怖で背筋が凍りそうだったが、怖じ気ずに装備した懐中電灯の光で照らし出されたのは一面薄い雪のように積もった灰色の埃の狭い平原だった。踏み込めば最後、間違い無く全身は埃塗れとなるだろう。

また時間が掛かりそうだ、と溜息を一つ。……しかしその程度ならいくらでも、こいつの前には意味が無い。持ってきた文明の利器、掃除機を起動させて埃の駆除を開始した。

 

 

 

 

弐.遠坂夫婦 二号室

 

「……良し、こんな感じかしら?」

 

同時刻、遠坂夫婦は英霊召喚のための仕上げを行っていた。先程の蒸れるような愛(汗)に濡れた敷布団を畳んで押入れに投げ込んだり、その他様々の邪魔な物を片付けるとすぐ様召喚儀式の準備に移った。

 

「凜、護符とかの配置終わったぞ」

 

「そう、ご苦労様。こっちもちょうど終わったわ」

 

現在彼らが行っているのは目当ての英雄を確実に引き当てるための準備、言うならば簡易的な祭壇、つまりは簡略化した儀式場の用意というべきだろう。

 

実の所、英霊の召喚を行う為に場所にこだわる必要はあまり無い。勿論、優れた霊場や龍脈の流れる土地を選ぶことに重要性は確かにあるが、それを度外視したとしても……まあ、かなりのリスクを伴う大変危険な賭けとはなるが、魔術の知識に基づき、召喚の為の膨大な魔力量の確保、余裕があれば触媒となる遺物等を用意出来てしまえば殆ど準備は終わったようなものだ。

しかしそんな危ない縄橋を渡ろうとする人間は大抵は魔術の知識どころかその存在すら全く知らない素人以前の愚か者か、嫌が応でも危機的困難な状況を打破しうる方法があの御都合主義の救世主(デウス・エクス・マキナ)たる者の乱入のみという決断による理由がほとんどで、成功例は……後々の展開や末路にさえ目を瞑れば多々ある。(因みに、過去に衛宮士郎は大方前者の形、更には詠唱無しに偶発的にだが英雄の召喚に成功している。)

だがそうは言うものの、例え召喚準備がどんなに最良の状態だろうとその危険性が薄まっただけであり、無くなったとは断言することは不可能だ。詰まるところ、これは魔術師としての実力は言うまでもなく問われるが、同時に運の実力も試されているのだ。

 

「後は……儀式をするだけか」

 

そんな万全を期した彼らの目下の問題は……召喚を行なう人物だった。

 

今回英霊召喚の権限の象徴、令呪を獲たのは間違い様も無く彼女、遠坂凜だ。彼女は嘗て聖杯戦争に望んで参加した者の一人だった。彼女がその戦争から生きて帰還出来たのには幼少より身に付けてきた八極の極意、優柔不断に陥ることの少ないさっぱりとした性格、そして魔術師として大変優れた技量と技術があった。英霊を従わせるには十二分の実力の持ち主なのだ。

しかし悲しい哉、彼女は優秀な能力を活かせず、否一時的に封じてしまう恐ろしいファンブル体質なのだ。

 

命名「UKKARI」 これにより彼女は大抵の場合、常に「イチタリナイ」状態が、それも重要な場面で巻き起こすのだ。彼女の場合、大体は微笑ましいことが立て続けに連鎖するのだ。

……きっと彼女は(※ある意味) 運命(ダイス)の女神に愛されているのだ、多分。

(もっとも、本人としては笑い事では無い。)

 

「後は成功すると信じるだけ……うん」

 

そんな不安があの愉快犯の声で囁いた気がしたが、彼女はすぐに振り払って集中を始めた。

 

「後、二分ね?」

 

……もうすぐ運命の夜の刻限に至る。その時此処に顕現する存在は天使か悪魔か、はたまた死神か。四方に配置された光灯す燈台の真中にある、畳床に敷いた継ぎ接ぎの巨大な羊皮紙に鮮血で描いた魔術陣が深い奈落の入り口のように幻視した。

 

「すぅーー……ふぅーー……」

 

深呼吸を一つ。緊張する理由は分からなくもない。これは召喚の儀式が何度も経験する類の試練では無いこともあるが、彼女には初めての召喚の際、ある一つの失敗を犯している。その時はそのまま運用するには無問題で済んだが、極端に、特に武勇や武器が著名な人物がそのような状態に陥った場合、恐ろしい程不利に働いてしまうのだ。

そんな厭な懸念が頭を過るが、刻はゆっくりと、そして迅速にして冷酷に経ち過ぎてゆきーーー

 

参.儀式開始

 

遂に時計の針は運命の刻を指し、

“そして魔術師達の召喚の儀は幕開いた。”

 

「閉じよ閉じよ閉じよ閉じよ閉じよ

(みたせみたせみたせみたせみたせ)

繰り返す都度に五度。ただ満たされる時を破却する」

 

令呪を刻まれた腕を円陣に向けながら、凜はあの聖杯戦争に身を投じた頃の嘗ての自分を微かに思い浮かべながらその召喚の言霊を発し続けた。

戦う理由は、この狂った闘争を再度封印する理由はただ一つ、それはーー。

 

(私には、やらなくちゃいけないことがまだあるんだから……‼)

 

その顔に負の感情は一切刻まれていなかった。

 

 

 

 

「素に銀と鉄。礎に石と契約の大公。祖には我が大師????」

 

遠い昔、救世主が生誕した国の大地の地下深く、白銀の髪を流すうら若き女が感情を、抑揚すらも込もっていない冷たい口調で唱えながら己の右手の甲に映える両刃斧を模したような令呪を虚空に、自身の身体と垂直に掲げる。

我が主を崇拝してきた彷徨の民の彼女は今も尚この聖なる地の所有権を巡り啓典の民達のこの世界の闇で密かに続けられる汚れた聖戦(ジハード)により血を流すことも厭わない者のあまりの膨大さに、遂にかの偽りの奇跡を以てして救世することを苦渋の末、賛同者と共に堅く決意した。

世俗で混沌としたこの世界を救世する為、この地球上を我々の主のみの信仰に染め上げる為に。

 

 

 

「降り立つ風には壁を。四方の門は閉じ、王冠より出でて、王国に至る三叉路は循環せよ」

 

遠い昔、目覚めた者の生誕した国で、幾億もの星群が夜天を飾るその下、菩提樹の森の奥深く、長身の浅黒い肌をした男が焦燥と憎悪を込めた言霊を放つ。

 

「告げる、」(殺す。奴だけは……弟だけは‼)

 

ある者との力の差を肯定出来ず、虚しく抵抗を続ける幼稚な理由で、かの運命の神に反逆せん為の存在を得んが為に。……首元に刻まれた令呪は彼の醜さを象徴したように無機質な抽象的を放っていた。

 

 

 

「告げる。汝の身は我が元に、我が命運は汝の剣に。 聖杯の寄るべに従い、この意、この理に従うならば応えよ」

 

太古、広大な砂漠と河川が続くその大地に、現代(いま)を凌駕する程の神秘の文明が、黄金の王朝が生まれ、そしてその痕跡は砂の下へと埋没するように衰退、滅亡し、遂には征服王の支配により神話共々上書きされたこの国のとある西洋屋敷の何処か。茶肌の美しい十代後半の少女は今にも泣き出しそうな顔をして怯え混じりの切迫した声で言葉を紡いでいく。

 

「誓いを此処に、」(誰か、助けて……ただ来るだけでいいから!)

 

果たして、彼女の誓文により出でて従うのは正義の使者か悪の徒か、それともーー。

 

 

 

「誓いを此処に。我は常世総ての善と成る者、我は常世総ての悪を敷く者」

 

嘗て眠れる獅子と呼ばれ、近代や西洋の哲学者達に劣らぬ偉大な賢人を、かの星群の神話にも勝るとも劣らぬ多くの英傑達を産んだ広大な国の何処か。都市の郊外、一人の短い黒髪の少女が人知れぬ広い路地裏で召喚の儀式を行っていた。

 

「汝、」

 

偶然に知り得たこの闘争へ投げられたことをただ幸運だったとだけで参加するという恐ろしい順応力の持ち主だった。

しかし、彼女は知らないのだ。聖杯戦争なる儀式が名状し難いまでの悲喜劇であることを。無知な彼女の愚行を制止しようとする、否すべき魔の賢人は此処には居ない。

 

 

 

「されど汝はその眼を混沌に曇らせ侍るべし。汝、狂乱の檻に囚われし者。我はその鎖を手操る者」

 

嘗て世界を国の全てにする為、あらゆる最新科学技術から古の魔術までに手を出し、更にはかの聖なる血の槍(ロンギヌス)や聖杯を求めた恐ろしき独裁者を産んだ国の何処か。首都近くの小さな森の奥、一人の今にも消えてしまいそうな眼鏡をした茶髪の男が、その言葉の意味を知るならば絶対安易に唱えてはならない禁句をその詠唱に躊躇することなく付け足した。

ゆっくりと白く眩い光を放つ魔術陣を見詰めるその眼はまるで己の死に場所を求めているようにしか見受けられず、彼にとってこの儀式など只のーー。

 

「汝、」(俺は、どうしたら死ぬことが出来るのだろうか……)

 

 

 

「汝三大の言霊を纏う七天、抑止の輪より来たれ、天秤の守り手よ‼」

 

そして全呪文の詠唱が終了した。やがてそれに呼応するように彼らの眼の前に放たれる白い輝きは更に増してーー

 

 

 

四.????

 

「さて、此処らで一つ謳い上げようか」

 

ーーこれより語るは新たにして懐かしさ香る伝奇活劇。

始めるは思惑交差する台本の無い台詞劇。

月と星の瞬く夜天の下、踊り狂うは無知な新参者達と全て知るたった二人の古参達。

 

かくして悲喜劇は開幕する。

これは無学の叡智なる月の序曲。

それは常識を捨てた古の理に縛られた世界の入り口。

故にそこは理解不能の法則に支配される狂乱と悦楽の檻にして底の澱。

汝(なれ)はこの物語の末路を見る探索者。

我は姿無き語り部にして口先だけの似非悪魔。

……未だ口数と頭の臓の足りぬ三流だが何、語り聞かせるには十分だろう。

 

では、ゆっくりと御覧あれ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




こいつぁくせぇ!!(ry ……はい、済みませんでした。随分と遅れてしまいました。言い訳させてもらうなら……ネタ切れです。というわけでしばらくネタの貯蔵に入ります。 けど、未完にする気は毛頭無いので頑張ります!
次回、遂にfateらしい主役級の方々の登場です!

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