災厄の再来
壱.イギリス ロンドン 時計塔
既に知っているかと思われるが、時計塔の地下深くには魔術師の魔術師による魔術師のための大学がある。だが、結局は名ばかりのご老人や箱入りの貴族っ子達の横領と賄賂の横行した巣窟のため、傑出した人物が現れることは例外を除けばまずほとんどない。(ちなみにその例外には死徒二十七祖の魔法使いに第四次聖杯戦争の生還者、蒼崎家のとある姉妹 等が挙げられる。)
それはさておき、先程巣窟といったがこの大学はそれと同時にここは迷宮でもある。困ったことに魔術は世界各国の神話や伝承、宗教や神学、果ては都市伝説などの迷信すら含めて収集すると恐ろしい数で存在する。それに相応してこの大学の学科の数も混沌的であるため、全てを把握している者はまず上級魔術師の中でも長く滞在していた者のみだろう。
…その広大な迷宮の何処か。とある部屋にて四十近くの男と二十歳に見える女が静かに言葉の交わし合いが行なわれていた。
「…ということが今現在魔術師の間で噂になっているようでして」
「何ということだ…」
美しい黒の長髪を流す女の伝えた言葉に対し、厳格な風格漂わす男はその事実を受け入れられないようで、頭を重そうに片手で支えて俯いた。
「あの“聖杯が再び現れた”、だと?」
「噂だけ、ではありますが信憑性はかなり高いかと」
男はそう返されると苦々しい顔で一瞬間黙り込んだ。目覚ましのために注いだコーヒーで口を満たそうとしたところにその報告がきたものだから、せっかくの一息が無駄になることも含め、過ぎたはずの厄災が戻ってきたという朗報に頭を悩ませるしかないからだ。
「あり得ん。あの聖杯は随分もの前に私達が解体したはず。再び現れるなど有り得ない。一体何故…」
更にその顔は苦悩に満ちてゆく。その様は命題を解かんと思考する哲学者のそれ故か、この上なく厳粛な様子だった。
「むう、まさかあの儀式が失敗だったというのか…」
「…話の途中なのですが、続けてもよろしいですか?」
「…と、済まない。続けてくれ」
「はい。それで、降臨の地は確かに日本ですが冬木ではないようでして」
「場所は?」
「東北と呼ばれる地方の某県に降臨したと噂されています」
女が至極冷静に、だが何処か悩ましげに告げた予期せぬ事実に男は、
「チッ…秋葉原近くに降りなかったのか、聖杯は」
そのような回答をした。 真剣に苦悩した顔で。
…何だろう。頭を片手で支えるその苦悩した姿は威厳があるのだが、何というか、その、口から
聞いてはイケナイ単語を耳にした気がした。
それは下の話のような卑猥な言葉でも、いわゆる冒涜の言葉でもない。どちらかと言えば、日本の土地名のような…うん、間違いだ。間違いだろう。間違いに違いない。
「え…と、教授?今のは一体…」
女は聞き間違えたのだろうと気を取り直して男に声を掛けた。
その声掛けで男ははっと我に帰って、
…欲しかったのだが。
「ああ、冬木ならばまだ良い。まだ近いし、それよりもあれの最新版の予約販売終了日までに仕事を…」
「ーー教授、それは一体何のことDeath?」
瞬間、危険を察知した男は今度こそは我に帰った。感情の無い殺気めいた冷たい声に心臓を掴まれた感覚に心底恐怖したからだ。
ーーあかいあくまを召喚してしまった。
そう思考した男はこれ以上はNGのようだと変に日本という単語に反応したことを後悔した。
「い、いやなんでもない。話を続けよう」
「…はい。それで、早急にでも欠席許可が必要なので、教授から上の説得をお願いしたいのですが、出来ませんか?」
ーーもう隠す必要はないだろう。(まあ、おおよその方は既に分かっていたかもしれないが…)
彼女の名は遠坂 凛 現在助教授候補者の上級魔術師
かの第五次聖杯戦争の勝利者
男の名は ロードエルメロイ 二世
かの第四次聖杯戦争の厄災からの生還者
ーー彼らが封じたはずのそれは今新たなる伝奇活劇として開幕した。
遅くなりました。 また遅くなるかもしれないですが、(内容は既に出来てはいますが…) 次回もお待ちください。