壱.イスラエル 某所
私 (わたくし) の名はナオミ・マカベア。純系のユダヤの民の者、今では数少ない旧教の信徒の一人である。‥‥話すこともあまりない為開示要点だけを告げさせてもらう。
私は苦渋の決意により神の意に反して過去からの招来、召喚を行ったが、その冒涜の試みは成功に終わった。これにより一部の過激派が救世の英雄 (マカベア) が再臨したとこれより始まる戦争にまだ勝利していないにもかからわず熱狂的に賞賛し、父母には神の理を犯してまで我らが民を救おうとする意志、お前は私たちの誇りだと激しく涙され、ラバイたる我が師はその力は救世の為、それを忘れるなと強い警告と共に鼓舞を言い渡された。
ーーしかし、自分が召喚を行ったが故に口にするのははばかれるのだが、私は人類救世の為の力を得た喜びを得られなかった。私の誓いに応えたのは十二士師の者だったが、だからといって私はその救世主 (メシア) を心底尊ぶ気にはなれなかった。
何故なら彼は救世主の一人として (個人的に) 数えたくもない無頼紛いだったからだ。
確かに主の賜物による力は伝承通りで申し分も無い。屈強な軍人を手合いさせた所二秒で完勝してみせた。銃火器や弾丸も刃も通さないベストやらで完全武装した五人隊二つを素手で以て、手は抜いてやったと話してはいたが全員巨大な物体‥‥相応な例に大型車種に体当たり、或いは破壊作業に用いられる鉄球を装備した重機で殴られたかのように重傷を負ったのだ。
“俺に身合う武器すりゃありゃあ軽く千、二千は殺ってやるよ”
などとほざいていたが事実だった。あの弱点はやはりそのままだったがそれには有効な対策が用意される為心配する必要が無い。正に無敵が此処に完成するのだーー、
‥‥のに、なのに私には現在進行で問題が一つ浮上してしまったのだ。
儀式には何の問題も無かったが主従契約の際、彼は明らかに私を主として観念して渋々承諾したように私を含め協力者の目に伺えられたのだ。契約破棄は無いとは思いつつも放ってはおけず疑念の出処を問うと、
「‥‥お前はあの裏切った女 (アマ) に驚くほどそっくりなんだよ」
そう告げられたのだ。
名誉毀損である。理由が理解出来ない。一体私の何処があの奔放な悪女と相似するのだろうか?そもそもーー
(以下、延々と彼女のぶつけようの無い怒りが続く。)
ーー丸一日食い潰してでも問答と弁明を行いたいが本来儀式の場は極東の島国、残念ながらその様な時間は作れない。今は諦めてこの待遇に耐えるしかない。
私の、我々の望みは救済だ。皆が無条件に望む平穏だ。自らの思想を押し付けることで世界を無理矢理束ねる啓典の民の名を騙るあの狂信者や一部の資金稼ぎにしか目が無い俗物とは我々は違うのだ。
神の子の血を受けた杯の模倣が真に万能であるのならばこの程度叶えてみせてみるべきだ。
ーー我らが主Y.H.V.Hの影にすら及ばぬただの有り触れた盃でないというのならば。
弐.某国 とある研究員の手記
・後半部より
(※書かれた字は後ろにいく程酷く歪んだように震えており、当時の精神状態が伺える。)
もしこれが表に流出したとして、自分は後世どう語られているのだろうか、どうでもいいことのはずなのにどうしようもない不安に駆られてしまう。
こんな前代未聞の研究はきっと自らを啓典の民と自負する奴らが恐れる程の冒涜か、或いは昔に滅んだグノーシスや錬金術師の集まりが羨望の眼差しをする程の科学の偉大なる又一歩と認識されるのだろう。それ故前者の人間達には絶対に出会いたくないものだ。
私はそれ程の愚行を成した。些細であろうが確かな事実なのだ。
私はその真意を知らなかった。現代科学では論外、魔術を以ってしても再現不可能の奇跡を追い続け、遂にはその奇跡を手に入れた人間は稀有な存在とされ、俗に言う “封印指定” に認識されてしまうのだ。表の世界ではこれへの摘発は無いが、こちらの世界では話は別だ。我々には言えることだが信仰とは本当に恐ろしい。
巷に聞くバチカン市国の奇跡狩りならば物品は没収、能力者は人権に配慮した一定期間の軟禁、逃げた際の戒め‥‥を除けば至極穏便に済むのだが、あの魔術協会とやらだけはそうはいかない。逃げようと逃げなかろうと彼らは最大の敬意を以って脳をホルマリン漬けされるからではない。発現、開発者のみ再現可能の奇跡を封印する為に執拗に追跡を続けるのだ。完全に姿を暗ますか、彼らの手足にでもならない限りそれは終わらない。
‥‥だが、そんな存在は私にはもう凄味は無い。何故ならば私それらを遥かに凌駕する恐ろしき事象に今現在命を狙われているからだ。
私は知り過ぎ、理解し過ぎたのだ。神の領域にのみ存在すべきそのあまりにも神々しき輝きを放つ未知で構成された物質を。そしてそれをーー神を量産する方法を飽くまで理論的、仮説的に発見してしまったのだ。我ら彷徨の民の行末を強く思慮したが故の所業だった。
これは再興の為だ、我らが主の威光を知らしめる為だった。
ーーだったと言うのに、私は、私は‥‥!!
‥‥奴は、来ないか。だが時間を許された訳ではない。死の宣告者はまだ扉に、二度と開くことの無い厚い鉄の扉の前に確かにいるのだ。
同胞か異教の者かは解らぬがこれを読む者よ、どうか私の戯れ言に付き合ってはくれないだろうか。ここに書き残したあまりに空想地味た法螺の如き現実を。
( ※それ以降は白紙。何ヶ所か破り取った後があるのみである。)
参.研究者の知人の供述より
(※個人のプライバシーに関わる情報は削除しました。)
ーーええ、彼は研究に携っていて暫く会うことは難しいという報告の後見事に音信不通となりました。
ーー研究内容? いや、私も流石にその中身は知りませんよ。第一彼は国家機密の研究だと言って一切それらに関するものは話してくれません出したし。ただ大掛かりな任務だから申し訳ないが邪魔にならないようにしたいからと音信不通の予告をしたので、ええ……。
(中略)
しかしあれは驚きましたね、何せあれから数年経って以降消息が全く見当たらなくて、薄々心配していた頃、数週間前に彼からEメールが届いたんですよ。いやはや、友人達と久しぶりに飲みに行ってた最中にですから皆に笑顔が灯りましたよーーそれを見るまでは‥‥ええ。
何を言っているのか、最初は理解が出来ませんでした。この
「神に殺される 冒涜者だった 私は」‥‥って。
しかし私は彼がこんな冗談を吐かないことを知っていました。私と友人達は嫌な予感を察知して後日他の友人や、知人の軍人や警察にも協力してもらったんです。
民間の企業に逆探知で彼が最後にいたと思われる場所を割り出してもらいーー国境を越えたアフリカの砂漠の経緯????にいることが判明しーー徹底的にその周辺を巡り探しーー遂に古代遺跡のように埋もれる砂漠には不相応な近代の建物を見つけたのです。かなり新しく建てられたはずなのに廃墟寸前の城構えがやけに不気味でしたが。
ーーそうして埋もれていなかった強固な硝子窓を玄関に中の探索を始めたのですが‥‥結局の所彼は見つかりましたが、手遅れでした。まさか、とは思いました。しかし薄々その可能性も少なくない話、衝撃は少なく済んだのですがーー、
ーーソドムとゴモラという言葉を知っていますか? 旧約聖書、ユダヤの民に伝わる‥‥今では世界中に知られる戒めの逸話です。
これはヨルダンーー現在は死海に沈んだ二つの町なのですが、そこには描写することも躊躇う、正に七つの大罪全てを体現したかのような淫靡な所業が蔓延っていました。神はこれに憤怒して天から硫黄と火の豪雨にて滅ぼしてしまったのです。天使の警告に従ったロトという男とその妻子は町から逃げることが出来ましたが、彼の妻はある警告を破ってしまうのです。
天使の “振り向いてはならぬ” という警告に背いて焼かれる町を見た彼女は神罰により塩の柱にされてしまうのです。
ーー何を言っている? あ、ああ済みません。あの時の恐怖が取り払えず‥‥とにかくあれを見た時落ち着くには無理がありました。友人達の中にも失神してしまったりとかなり非現実だったんです。例えるにあれ程適した話はありませんよ、だって、
だって、彼の骨の周りには散乱した塩と十数cm程度の塩の柱、燃えて灰と化した衣服の残骸ーーそしてその意味不明な内容のノートのみだったのですから。
後に警察の知人から詳しく教えてもらったんですが、死体というのは白骨化して発見されることは珍しくない話だそうです。ーー成人の肉体でも完全なら数ヶ月、最低でも数週間野に晒されていたならば、ですが。因みに地中だと数年がかるそうですが、彼が見つかったのは室内、それもどうやら研究を行う場所故無菌の状態です。このまま放置しても蝿が入り込まない限り水分が抜けてミイラになるだけです。
要するに、こんな冗談としか言えない事実は本来有り得ない現象なのです。これが何故目の前に現れたこと
(中略)
ーーふと思い出したのですが彼は私と二人酒を飲み、幾らか酔うと口癖のように俺は山師だと自嘲することが多々ありました。いや、魔術師だったかな? ‥‥とにかく彼の妄想癖が始まると呪文のように専門用語を多用するので大抵は聞き流しているのですがそれがばれないように、といっても全く彼は私の行動に気付いていませんがまるでその表情は常に既に酒から醒めて達観した物悲しさを訴えているのです。
ーー彼は一体何時何処で何を何故どう選びどうやってしてこのような結末に辿り着いてしまったのでしょうか?
ネタ切れ part2! いや、喜べません。また蓄積期間に入ります。今回でペースを戻したかったんですがね、思いつくこと出来なきゃ意味なしですし、 ‥‥はぁ。
感想批評誤字報告お持ちしております。