Fate/of dark night   作:茨の男

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邂逅、或いは運命的な

壱.幾ノ瀬 ???

 

オレが「オレ」というものにふと気付いた時からオレはすでにドレイという奴だった。デカいタルみたいな腹をしたシュジンにボロボロの服でいろんなことにこき使われて、与えられる食い物は片手で持てるくらいちっぽけなのが毎日。

死ぬかと思ったなんていつものことだった。

 

ある日、とても月が青くキレイだった夜。

オレはココから逃げることをようやくケツイした。

みんなが寝たのをみてシュジンのところに行き、オレがどれだけ近づいても起きないと分かると、オレはナニも手に取らずにそこからすぐに逃げはじめた。

はじめはこっそりと歩いて歩いて、そしてその家から出たら普通に、町の中を人に見つからないようにといのりながら歩いて、町を出たらオレは、走っていた。よく分からないナミダを流し、ぬぐい、息を切らせながら走っていた。森に入って峠をコえ、また森を抜けて荒れ地に入って、そして荒れ地を抜けてこごえるようなサバクを走り、走り、走りーーー。

 

‥‥その後のことはよく覚えていない。起きたときにはオレはいつの間にかドコのダレかに捕まってまた買われる前だということだけは分かった。

ジブンのウデと首に付けられた重い黒いテツの鎖がそのショウコにミトめたくない今日がそこにあった。

 

ーーメンドウだな、もう死のう。

そう考えていたオレに待っていたのは、新たなセカイだった。

知らなかった。初めて見るセカイのカタチだった。

メシを喰うためにこんなにも簡単なやり方があったのか。

 

相手に勝てばいい。ただ生きるか死ぬかだけの違いが分からなくなっただけ。

それでいい、そこがいい、それだけでいい。そんな生き方にオレは強くホれた。

 

だからーー。

 

 

 

弐.元屋敷現宿屋 二号室 衛宮夫婦

 

「‥‥ほーんとどうしてこの朴念仁様はこうやって馬鹿みたいにねえ!」

「いや、確かに俺が悪かったけどさ、不可抗力なんだよ。本当なんだ。だからその 魔弾の銃口を降ろしてもらえませんか」

「‥‥何というか仲良いのか悪いのか、いや夫婦だっけか。‥‥あの女神 (ヘラ)と天神 (ゼウス) もこうなら良かったんだけどねぇ」

 

英霊召喚から約三十分後、(妻の制裁により) 撃沈した士郎が目を覚まして起き上がると太陽の如き微笑みと冷気にも似た怒気を放出する凛が片手に特大のルビーをいつでも射出可能にした状態で待機していたのだった。‥‥理由は言うまでもないだろう。強いて言うならば、とばっちりである。

 

「もうこれ以上変に何処ぞの女の子と仲良くなったりだとかもうーー」

「そこまでにしましょうか、主 (マスター) 。見たとはいえ裸体よりはまだ許容出来る上第一、不可抗力だろう? ‥‥まあそこの色男が普段からどういうことを起こしているかは察しましたし、お咎めなしお咎めなし、ね?」

 

割り込んできたのは正に鶴の一声、その柔らかく咎める美女の語りに凛は彼女に向き直しーー呆れ顔から放たれる少々痛烈な視線にうっ‥‥と、やや羞恥しながらも改めて自身の呼び出した使い魔の現在の容姿を拝観した。

なるほど、色々と問いたいことが多々あるが確かにこれでは女でも目を背けたくなるだろう、と彼女は思考した。

(色々とは主にランサーの常識もしくは感覚に対してだが。)

 

「‥‥はぁ、まあいいわ。私もやり過ぎたわ」

 

そうして凛は溜め息を深くーーそして認め難い現実に意識を仕方無く戻すのだった。

 

呼び出した今宵の槍兵、駿足半不死身の英雄アキレウスが女性だったという歴史どころか神話すら根幹から覆す事実に。

 

英雄。そう語られるのは大概歴史上、或いは神話上男が主である。無論女が同じように語られるのは珍しくない。‥‥だがその女が男として、或いは男が女として後世に語られているなど一体どれほどいるのだろうか。もしくは知られているのだろうか。

そうした齟齬が起こる幾多もの理由は理解出来る上に有り得ることだと順応も出来る。伝承の不足、過多による事実の歪曲。誇りの為故の不利益の隠蔽。陰湿な敵対者の流した現実的な嘘。伝説に心躍らせた後世の創造力。神代から薄まりつつあるも未だ根強い男尊女卑。

かの雷神トールや日本武尊の如く女に化けて敵を欺いたように女が男、男が女に詐称して己の身や仲間を護ったという伝承は少なくない。

だがそうだとしても一生どころか後世に渡ってまで一部の者以外から完全に自身の性別を偽るなど現在でも全く不可能なる代物なのだ。

女装男装の伝承より、“実は女だった” “実は男だった” という伝承は希少だ。例に中世の頃ローマ教皇ヨハネス八世はヨハンナという女性だったと語る伝説がある。それは後に創作だったと歴史学者達は結論した。

嘗て聖人とさえ讃えられたかの杭刺し公が後に明確な理由も無く、当て付けの伝承により敵味方双方から恐るべき悪魔ーー吸血鬼の祖として記されたと、誇張の嘘だと結論したのだ。

しかし、彼女は必ずしもそれが正しい結論にはならないと心得ている。現に彼女は知っている。あの日、あの時、聖杯を奪い合う闘争の中で見えた麗しき翡翠の瞳の少女がかの誇り高き騎士王なのだと、自身の目で確かに焼き付けているのだ。

 

(英雄アキレウス。確か子供がいたはずだけど‥‥まさか女装の必要が無いなんて、神代の古代ローマ辺りは何でもありなの?)

 

最初はかなり呆気に取られたがやがてじわじわと笑たい衝動が込み上げてくるのに凛は気が付いた。既に吹き出しそうな勢いだ。

原因は言うまでもなく前述した神話や歴史における齟齬だ。更に詳しく語る為、もしもここに今までに人類史の中で確認された人物の氏名と詳細が余すところ無く記載されたーーきっと塔の如く馬鹿馬鹿しいまでに分厚くなるか、何とか辞書程度ではあるものの巻数が読む気を失せさせる程あるーー人名辞典があったとしよう。其処から完全な神話の登場人物と歴史に存在した者達を完璧に取り除いたしよう。‥‥全てを取り除いくことは出来ただろうか?

 

解答は否。例え除けたとしてもだ、英雄、悪党、愚者と種類種族性別を問わずに必ず、それも星の数程見つけることが出来てしまうだろう。

シャーウッドの森の番人、天才的奇人探偵、怪盗紳士‥‥彼らがその一例だが、実在はしない。何故ならそれは著名な作家達があることないことを全てない交ぜにして生誕させた空想上の人物だからだ。これでも理解が出来ない、もとい大衆小説を好まない生粋、正統なる魔術師であっても “3倍も偉大なるヘルメス” は多かれ少なかれ錬金術の御話でお馴染みであろう。

詰まるところ、彼女は知ってしまったのだ。神話の不確定な情報ではなく、目の前の場違いな現実こそが真理なのだと。‥‥そう考えると驚きや外れを引いたかもしれないと焦燥する思考から発する頭痛より先に阿保らしさから湧く笑いが止まらなくなるのだ。

 

「くっ‥‥ぷふふ、ふ」

「お、おいどうしたんだよ凛? さっきは嫌に寒い殺気を漂わせてたのに今度は急に苦しそうにして‥‥」

 

‥‥その辺りを察することの出来ない衛宮士郎は彼女が笑い (彼には苦しみ出したように見える。) を堪えている様が理解し難ったようで酷く困惑していたが。

 

「っくふふ‥‥ふう、いえ何でもないわ。ちょっと当てられただけだから‥‥」

 

笑いを殺しきった彼女はやがて落ち着いた表情で顔を上げると再度、ランサーに向き直した。

 

「恥ずかしい所を見せてしまってごめんなさいね、お待たせしたわ。早速仕事へと行きたいけれどもその前に一つ確認させて」

 

そう言う彼女の表情は先程と一変して冗談を口にするのも億劫になる真剣さを放ち、ランサーと困惑していた士郎は慌てる素振りも無く気を引き締め直したかの如く静かに彼女の言葉を待った。

 

「単刀直入に聞くけど、貴方が聖杯に願うことは何?」

「ないわ、何一つとして」

「え‥‥⁉」

 

断言した。あまりの即答振りに二人は驚愕した‥‥よりも先に凛はむしろ不思議な爽快感を覚えた。

英霊はどの様な方法であれ、呼ばれるには (彼らにとっては) それ相応の理由や願望を持っているのは当然の話。

王ならば世界の統治を、賢者ならば更なる探求を、無辜の咎人ならば冤罪の直訴を、架空/嘘 ならば現実/誠 に成り変わることをーー。諸事情は多少の差異はあれど大抵はこんなもの。

しかし、例外も無いわけではない。

 

「ないの?」

「ないわ」

「‥‥随分と興味や欲望が皆無ね。それはそれでかなり有り難いのだけども、またどうして?」

「まあ確かに大抵はどんな形であれ聖杯に関しての願いを持っている方が普通に見えるだろうね。‥‥しかし、ふぅんなるほど」

「無いなら、何で召喚に応じてくれたんだ?」

「強いて言うならね、私の所望は前段階としては既に叶っている」

「‥‥それは?」

 

その問にランサーはしばしダンマリを続けたが、意を決したと分かる表情をすると苛立ちを含む口調で語り始めた。

 

「戦だよ、戦。‥‥私はね、嘗ての己を認められずにいるんだよ」

「………」

「戦争を起こすって意味? とでも思っているならそれは不正解だ。個人的な対決をしたい、それだけ」

「‥‥解った」

「こちらから何一つ聞かないでくれる理由はそういうこと、ね。‥‥私たちのは聞く? 貴方だけにこうするのは不公平な気がするから」

 

等価交換にどう? とやや軽めだが質問をするように彼女は催促するようにランサーに顔を向けた。

 

「必要ない。時間か、それかボロが出たら話して貰うから」

 

‥‥敵わないわね、本当に。

そんな風に感じてしまう彼女だが‥‥いや、語るまでも無いのだろうか。何せ彼女、否この夫婦のその願いは冥界より這い出た亡霊 (かれら) に語っただけで殺されかねない代物なのだから。

 

「‥‥ありがとう、ランサー」

「感謝するよ主。何、心配する必要はないさ。欲を言えば本来なら騎兵として万全な形で呼び出して欲しかったが徒での戦闘の心得もある。だからこの戦い、必ず主(マスター)に勝利を捧げようじゃない。アマゾナスの王であることを誓ってね」

 

いやなあせがせすじをはしった。‥‥今彼女は何と語った?

 

「‥‥アキレウスって知っているかしら」

「はい? 何を言ってるのマスター。そんな当たり前なことを聞かないでよ。そいつは私の好敵手、再度私の前に現れたならば次こそは首を狩ってやる気だ」

「‥‥確認だけど、真名は?」

「あ〜‥‥そうか、何か手違いがあると御思いで? いや、既に解っていると思っていたのだけれど‥‥まあいいか、なら改めて名乗らせて貰おうか」

(いや、きっと気のせいだ。絶対に気のせいだ!だから‥‥)

 

「私はの名はペンテシレイア、良く覚えておきなさいな」

 

瞬間、女王の方を呼び出したと頭から理解した赤き魔女は瞬く間に白い灰となって座り込むのであった。

 

ーーそして更にその数分後、この微笑ましいこの光景が戯言だと罵られていると錯覚するほどの凍り付く忌まわしい奇跡に再度、彼らは邂逅する。

 

 

 

参.幾ノ瀬 最後の部屋

 

 

‥‥悪夢、とは何か。

まず夢とは何か。古い迷信も多々あるが現在では浅い眠り、レム睡眠時に無意識的に流される映像がそれと一般的に言われている。内容はそれこそ十人十色、千差万別だ。正夢又は逆夢と呼ぶべき程に現実味溢れたようなものから、何処ぞの御伽話のような妄想味の濃いものまで‥‥それが自分にとって心地良いものか、はたまた悪寒のするものか。とにかく悪寒のする方の夢を悪夢だと仮にしよう。

 

次に地獄とは何か。まず天国の対義語だ。閻魔、或いは魔王サタンが罪深き者達を裁きいたぶる場所‥‥という宗教的なイメージが強い。

比喩の地獄、曰く “生き地獄” 。当人がひた隠ししていた恥ずかしい過去等を晒されて笑いの種にされる様や火山や竜巻のような自然の脅威、そしてTVや新聞等の情報媒体ですら見かけることのないであろう、ーー正に地獄絵図さながらの戦争による人々の悲劇。傷痕。

(あまり込んだ話はしたくはないのだが、例えが少々不謹慎なものを選んだことには謝罪させてほしい。申し訳ない。)

 

以上を元に俺は “現の悪夢” なる言葉を個人的に提唱したいと考えている。

使用方法、状況としては自分がこれからある行動を起こそうとした際に、全く予想だにしなかったこと‥‥それもよく考えれば未然に防げるもの以上の、後に前代未聞の事件として語られるかもしれない現実味の乾いた出来事が我が身に降り掛かる事態。

要約するならば、馬鹿げた杞憂が本当に必要な状況になったとでも言うべきか。そんな時に発する一言に入れてみてほしい。

‥‥どうやら最近は “不幸” という大変便利な単語が市場を独占しているようで流行りそうな気配が全くしないが。

とにかく、次からそのような状況をそう呼ぶつもりだ。では実際の使用例を見てみよう。

 

 

 

ーーーー本当に夢であって欲しい時とは誰にでも訪れるものだ。目を覚ました時に最初に気付いたのはこれ以上ない快楽にも似た熱を纏った激痛を下腹部から訴えられたことだった。

‥‥まあ直接的に言うとだ、

 

何故か俺の分離 (切断) されたほぼ手首と三割くらいの左腕が本棚の壁で失血で気絶してしまっていた俺の腹に指を獣の爪牙の如く喰らい込んでいた。

 

「ぁぐ、がぁーー‥‥」

 

知りたくなどなかった現の悪夢がそこにいた。

‥‥動け、ない。この異質な痛みがまるで打ち込まれた鉄の杭のように縛り付けている感覚に惑う。

首、大事無し。右腕、問題無い。足、脚‥…駄目だ、腰からか。麻痺した感覚がある。

 

「ーーぅ、ぐ」

 

再度、改めてその現の悪夢 (カイブツ) に吐き気を覚えながらも目に移した。

何なんだ、これは。本当に現実なのか? だとしても‥‥いや、悲しいが覆しようの無い事実だろう。証拠は数えるのも面倒になる程ある。

 

「畜生っ‥‥何なんだよ、この状況」

 

逃れたい。だが、逃れられない。バケモノに喰らいつかれ、逃れたられない。

だから少しでもこの現実から逃れようとそれに目を背けようと周辺を視界に捉えようとしてーーそこで見たものを、非常に後悔した。

 

「‥‥起きたか」

「ーーーーーーーーーーーーーーーぁは、え?」

 

‥‥気が付かなかった、目の前に人がいるなんて。こんな非現実的状況を前にして良く怖気付かないものだ。おそらく宿の主である俺に何か聞きたいことがありここまで捜しにきたのだろう。そうでもしなければこんな普段は鍵の掛かっている部屋の中に入ってくるはずがないのだから。だがこの様な精神すら右往左往しているかもしれない俺に出来ることなんて、もうーー。

 

…………? いや待て。

 

どういうことだ、俺は何故この人を知っている。

何時、何処で、何故、誰によって?

そして何故焦りを微塵に露わにせず落ち着いている、いられる。

いや、そもそも考えてもいなかったが、どうして、どうしてこの状況で俺は悠々と安堵に浸っていられるんだ。

 

‥‥そして、この人はーー本当に人間なのか?

 

考えれば考える程分からなくなっていく。馬鹿げた予測が頭の中を高速的に流動し、熱を増す頭痛から鉄の歯車の軋む音が幻聴しそうになる。

 

「済まない、聞きたいことがある」

 

俺の迷走する思考を断つ声がした。あの人だ。目の前に人間‥‥らしき、時代錯誤な古代の戦士の格好をした女性だと再認識するが、俺が先程確認した自身の命も危うく見えてくる中だ。どうしようも無い。あらゆる苦悶に呻く俺を無視して彼女はこう語る。

 

 

 

「オレがお前のサーヴァントか」

 

こうして普遍的存在だったはずの俺が理解出来ることなどない問いをトドメに今日俺の平常な物語はまるでチープなB級映画の展開の如く、劇的に狂い出したのである。

ーーそしてそれが阿呆な古の法則の入り口だと知るのも少々先の話である。

 

 

 




‥‥遅れて済みませんでした‼ 言い訳のしようも有りませんが、少々スランプに陥っていました。次こそは‥‥ともかく、無理矢理まとめた感が強いかもしれませんが、その辺りは感想誤字批評でお願いします。本当に済みませんでした‼

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