Fate/of dark night   作:茨の男

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英雄召喚

壱.幾ノ瀬光一 最後の部屋

 

この世には“事実は小説より奇なり”という大変便利にして随分と使い古された名言がある。(しかし、これの元がかつて伝説の好色漢の物語で使われた小説の一句だったとどれほどの人が知っているのだろうか?)

俺はこれを「現実には空想地味た阿呆な奇跡が存在する」という大体合っているが何処か嫌なニヒリズムを含むような感触で自己解釈している節がある。

例えるなら……

ある日、特に理由も無く偶然空から絶世の美少女が降ってきて、「アンタ、私をお嫁にしなさいっ!」と、何故か頭から理解不能かつ理不尽な理由で一つ屋根の下、怒気惑(ドキ&ワク)の共同生活をすることになったとか。

ある日、突然悪の軍団に世界を支配される危機に陥ってしまい、あわやここまでか、と思ったのも束の間、表現のしにくい意味不明な力に目覚めてしまい敵を返り討ちにした挙句、よく分からない使者を名乗る人物がやって来て「貴方こそが世界を救う宿命にある勇者だ……!」と、頭の沸いたような発言されることになったとか。

ある日、自分が奇っ怪な悪夢を見始めたのを筆頭に恐怖の怪事件に巻き込まれたと思ったら今度は神の使いを名乗る名状し難い不定形の悪魔がやって来て「この世界は君達人類のものではないのだよ」と、絶望的な真実を告げられてしまい、やがて自分も発狂により人ならざる者になってしまったとか。

無論、そのような非常識は99.99…%有り得ない話だ。しかし極論的に歴史上の奇跡の数々の伝承を完全否定するつもりは毛頭無いのだが、かつて「神は死んだ」と宣告した哲学者がいたように、かつて世界を構成しているという元素、第五架空要素(エーテル)の存在を完全否定した理論物理学者がいたように、魔法を迷信と蔑むようになり、何時SFの類も時間と共に空想として否定されゆくだろうと現代の科学技術を過大評価し、信じ込んでいたのだ。

 

……だが、そんな俺の普遍的な幻想(イマジン)は次の瞬間に跡形も無く、そして瞬く間に崩壊してしまったのだ。

これから語る俺が知る言語を以てした表現を一体誰が信じてくれるのだろうか?

 

 

 

俺が掃除機を使って埃を駆除を終えると、辺りは先程とは全く違う世界にがらりと顔を変えてしまったいた。

未だ電灯に照らされていない為に相変わらず深い闇が残っているが、灰白の膜を取り除いた下にあったのは古めかしい本の山だった。部屋一面の壁棚に収まりきらなかった本達は四隅の内入り口の向こう側の二角を始めに塔でも作る気だったのではないのかという程に俺の背丈並に積まれていたおかげなのか軋みそうな木の床が一応見えた。

 

「凄い数だな、こりゃ……」

 

おおよそ何処かの小さな図書館でもなければお目にかけることの出来ないであろう圧倒的間狭なる空間で立ち尽くしていると、ふと、奇妙に興味をひく一冊の本があった。

……おそるおそる手を伸ばし、少しばかり塗れた埃を払いーーその時誤って埃を吸ってしまい、咳き込んで数秒後、涙を漏らした目元を拭うと改めてその本に目を移した。

それはとても重厚な雰囲気を醸し出す題名の無い黒表紙で、一度も空気に触れてこなかったかのように真新しくあると同時に、所々錆びてはいるが細かな金属の装飾がその本の崇高さを物語っていた。

 

「……見たことないなこんな本」

 

嗚‥‥駄目だ、駄目なのだ。いますぐにでもいい、捨てるんだ! 力無く座り込んで幼稚に泣き出そうと、無様に地に伏して這いずり回ろうとどれ程の醜態を晒してでもその禁忌の本の扉だけは開けては鳴らないのだ!

だが、そんな本能的にけたたましく鳴り響く警鐘を普遍的人間である俺が聴き取れるはずがなく。

俺はどんな内容かを確かめようとページを開こうとして本の扉に手を掛けたーー、

ーー斬‼

と、瞬間、俺の左手首に鋭く冷たい金属が通り抜けるような感触が走ったのだ。

 

「が痛!?」

 

俺はその痛みに反射して持っていたその黒本を落としてしまい、自身の身体は仰け反るように倒れてしまった。左手に痛烈な熱と空虚を感じながら。

 

「痛たた‥‥あ、え?」

 

そして違和感を感じる痛みに右手が触れて掴もうとした左手にいつも通りの感触が無いことに気付き、慌てて自分の左腕を見ると‥‥鮮やかな赤を垂れ流す本来あるべき肉を三割持っていかれた腕の生々しい断面図が俺の両眼に映ったのだ。

 

「 」

 

目の前の出来事が理解出来なかった。腰が抜けて微動だに出来なかった。この現実を取り繕う都合の良い言葉が出なかった。全てが嘘であって欲しかった。

そんな俺を無視して人格の無い規則めいた非常識は更に物事を加速させていく。

床に転げ落ちた謎の本は俺から分離した左手首から流れる血を喉の渇きを潤す為のようにじわじわと吸い上げると、開かれたページが再度風に吹かれたかのような速度で捲られーーーやがて止まると、その新しく開かれたページからめりあがるように精巧な口元が現れ、一呼吸すると、全く意図の理解仕様の無い呪文らしき言葉を唱え始めたのだ。

 

「閉じよ閉じよ閉じよ閉じよ閉じよ

(みたせみたせみたせみたせみたせ)

繰り返す都度に五度 ただ満たされる時を破却する」

「素に銀と鉄 礎に石と契約の大公 祖には我が大師???? 降り立つ風には壁を 四方の門は閉じ 王冠より出でて 王国に至る三叉路は循環せよ」

 

理解が俺の頭では追いつかない。ただ意味不明な非常識が恐ろしかった。この後どうなってしまうのかとひたすら焦燥に駆られ始めていた。

 

「告げる 汝の身は我が元に 我が命運は汝の剣に 聖杯の寄るべに従い この意 この理に従うならば応えよ」

「誓いを此処に 我は常世総ての善と成る者 我は常世総ての悪を敷く者」

 

ーーまずい、今までのことに気を取られ過ぎて自分が腕の傷によって失血しかねないかもしれないことを考えていなかった。このままでは事の顛末を見る前に、死ぬ。間違い無く。

 

「汝三大の言霊を纏う七天 抑止の輪より来たれ 天秤の守り手よ」

 

そして意識が遠のきそうなままの俺の目の前の白い輝きは加速するようにその光量を増していきーー。

 

 

 

 

 

弐.衛宮夫婦 儀式場(仮)

 

「ーー問おう。お前がアタシの主(マスター)か?」

 

小太陽を間近で受けたかのような熱と光が闇に収まると、今度はやや湿気を孕ませたように幻惑する霧の如き白煙が覆うその向こうから凝縮された強靭な魔力の波動が感じ取れた。

それは人間の姿こそしているが、自分達とは体系が全く異なる、次元すら違う異形の存在がそこにいる。

‥‥夫婦(ふたり)にとっては再び経験することなのだが、このえも言われぬ感覚は改めて体感するに辺り、十分に新鮮な緊迫と高揚、不安と期待を与えてくれた。

白煙の晴れた先を見れば、鮮血で描かれた魔術陣の真ん中に立つ者がいた。

 

ーー女神だ、女神がいる。

 

そこにいたのは二振りの青銅色の長槍を右手に携えた美しい女の戦士だった。

銅のインゴットを糸の如く限界まで繊細に鋳造したかのような長く巻き毛の目立つ栗毛色の髪、宝石と見紛う程に輝かしい黒の瞳、触れればその手垢だけで穢してしまいかね無いと罪悪感が走る程に白い陶磁器の如き肌、それを限界までに晒している上に最低限の部分しか隠していない蠱惑さを漂わす鋼の防具。それこそ腰に備えられた短剣や斧を持ってしても秘部以外を殆ど隠していない白桃は好青年の目には猛毒級の代物だ。胸元は言うまでもない、卑猥ではないのだが、何度見てもそれはただの鉄の水着としか思えなかった。更に、彼女は黄金の西洋兜を被っており、もう少し深く被れば彼女の顔はこちらからでは見えなくなりそうなまでに大きく不相応だというのに、ずれ落ちないのが不思議だった。

 

 

 

(成功、した)

 

もう十数年も前になる本来最後の聖杯戦争があった頃、彼女、遠坂凛は「UKKARI」により自身の使い魔をスカイダイビングさせて降ろし、自分の家の一角に衝突させ、それが原因か記憶喪失状態にさせてしまった。

 

(ーー成功したんだ、私)

 

挙句、衛宮士郎の使い魔が敵に誘拐された時に何を考えたのかその敵の魔術にて遠坂凛との契約を解除、更には相手側に着いて若かりし頃の衛宮を襲ったのだ。

 

(「成功」、だ‥‥‼)

 

割愛して終局、誘拐犯を撃破した際にはぐれになった衛宮の使い魔と再契約し、そして明らかになった二人の首謀者を倒して、泥に侵されていた聖杯を破壊したのである。その時に彼女の使い魔も影から応戦し、その後、彼が衛宮の未来分岐による結末の姿であることを知ったのだ。

 

「‥‥ええ、私が貴女のマスター。間違い無くてよ」

 

「そうか、了解した。主(マスター)」

 

その聖杯戦争は便宜上彼女の勝利とされた。無論、聖杯は破壊した為に魔術師としての願いは叶わずに終わってしまったが、他の魔術師にその中身を理解しないで聖杯を用いられるよりはマシだったのだ。無論、彼女自身も不満は相当持っていた。しかし、彼女は優しさを忘れることをしない善の魔女、悪く言うならば温情を捨て切れない未熟者だった。その程度、彼女も理解している。だが、それが当時に置いて最良の解答だったのだ。故に、不完全燃焼(とは言うものの、何度か死に目に遭いそうになったが。) にこの闘争に致命的を超えた絶望的欠陥が見つかった以上解体、もしくは封印しなければならなかったのだ。

 

 

 

‥‥が、それでも彼女には拭えないものがあったのだ。

 

「…………成功したぁ」

 

そうして契約成立を終えた瞬間、凛は唐突にへたり込むと押し込めていた感情が涙となって溢れ出したのであった。

 

「ちょ、ちょっとマスター!? いきなり泣き出すなんて……」

「ううっ、ひっく、もう嬉しくて嬉しくて……」

「あぁもう、召喚されてからのアタシの始まりがコレって……」

 

溢れんばかりの喜びに涙をぼろぼろと流す彼女にはもう新参の従者の声は聞こえていないようだった。

 

 

 

 

 

 

……ちなみに先程から一言も聞こえない此処での唯一の男子、衛宮士郎は何故か部屋の隅の壁に向かって「俺は見ていない、俺は見ていないぞ!」と謎に満ちた供述をしており、やがてそれに気付いた妻の凛は顔を振り向かす処か、自身の涙も拭かず、通称“フィンの一撃”を後頭部急所のピンポイントに的確に構えて放ったのは別の話である。

 

また、「馴れた手捌き、それもたった一発だけで沈めたことに何処となく軽い恐怖を感じさせるマスターだった」と、後にこの使い魔が意識を取り戻した彼へ秘密裏に語ったのも別の話である。




不定期気味で済みません。現在生活が忙しくて中々執筆が進まぬ状況です……。
オリ鯖の情報整理も兼ねていてアイデアが出ても、それらがうまぁく繋がらないもので。次回も遅くなりますが、どうか最後までお付き合いお願いします。

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