1248年。バケットヒル。
万策尽きた。
眼前に広がる光景を見たギュスターヴ14世は自身の命運を悟った。
王国の相続権を主張して南大陸からやって来た異母兄ギュスターヴ13世。
現在王の地位にある14世にそんな事が認められる筈もなく、彼はただちに軍を編成して討伐に乗り出した。
万夫不当の勇士達。無敵の精鋭。そう信じていた王国軍はアニマの力を遮る鋼を身に纏った軍勢に蹴散らされ、14世も包囲されつつあった。
義兄のカンタールも異母兄のフィリップもここにはいない。
見捨てられたのだと気付いたが、既に生存は無理だと判断している14世は怒りを感じなかった。
今胸にあるのはただでは死なないという決意のみ。この身はユジーヌの血脈を受け継ぐ正統な王である。叛徒共に見せる背中はない。
14世の意気に呼応するように手にしていたファイアブランドが赤い光を放つ。この輝きこそ王の証であり、フィニー王国を照らす明かりだ。
戦意が体中にみなぎるのを感じながら14世は正面を見据える。
いつの間にか鋼鉄の軍勢は動きを止め、一人の男が14世の方へ向かって来ていた。
鋼の剣を携えた金髪の偉丈夫。会うのは初めてだが14世は直感で理解した。あれがギュスターヴ13世だと。
その佇まいに幼き頃、自分を先導するようにファイアブランドを掲げてみせた父の姿を見てしまい、14世は歯噛みする。
あれは反逆者だ。自分に強く言い聞かせ14世は駆け出す。その疾走は烈風もかくやという勢いで、両者の間にあった距離は瞬く間に埋まる。あと一歩でファイアブランドの射程に入る。
入った。
大地を力強く踏み締め、ファイアブランドを振り下ろす。
対する13世は剣を頭上で構えて防御の姿勢を見せる。
甲高い激突音が戦場に響く。火花が散って腕に衝撃が走り、視線がぶつかる。
「王位を簒奪し、貴様はこの国をどうするつもりだ!」
喉が張り裂けんばかりの叫び。
王としての最後の使命である。もし邪な野望を持って国を奪うつもりなら、刺し違えてでも倒さねばならない。
「人が、人らしく生きられる国を」
静かな、しかしはっきりとした声だった。そして瞳には強い意思がある。
告げられた当初、言葉の意味が分からなかった。
14世は敬愛する父から託された国の事を真摯に思い、善政を心がけてきた。13世の言葉にこれまでの成果を否定されたように感じて苛立ちを覚えたが、すぐに察した。術不能者の事か、と。
そう考えると腑に落ちる点もある。配下の兵がよくもまあ鋼鉄の武具を装備する気になったと思ったが、彼等も術不能者なのだろう。
そして同時に、13世の発言の意図を読み取れなかった訳に気付いて愕然とする。無意識の内に術不能者を人だと思っていなかったのだ。
動揺を落ち着かせる為にいったん距離を取るが、13世がすぐさま接近した事で打ち合いが始まる。
速さは雷撃、当たれば致命。そんな一撃の応酬。けれどそれは三十を超えても終わらない。
互いの全身に細かな傷が無数に生まれるものの、刃は命までには届かない。
13世が首筋を狙って放った一閃を身を屈めて躱し、即座に刺突を見舞う。
だがこれも13世が咄嗟に数歩後退した事で空を切るのみ。完全にファイアブランドの間合いを見切られていた。
それは13世が戦いの才に溢れているというだけではない。彼がファイアブランドに向ける目には尋常ならざる執念が籠っていた。
「長らく続いた慣習を変えようとすれば反発を生む。国内は乱れ、他国は好機だと考えるだろう。今回とは比べ物にならない戦乱が起きるかもしれない。その危険を冒してまでやる意味があるのか!?」
「誰かがやらなくてはならない事だ。そして誰もがやろうとしないなら私がやるまで」
13世の信念は揺るぎない。
切っ先もぶれる事はなく、剣撃は嵐のような凶暴さを持って14世に襲いかかる。
防ぎ、逸らし、躱し、凌ぐ。一瞬でも気を抜けば枯れ木のように容易く両断されるだろう攻撃。
そんな猛攻に晒されながら14世の思考は別の事で占められていた。
こうして剣を交えるまで13世を突き動かすのは野心だと思っていたが実際は違った。しかし、考えてみれば当然かもしれない。
母親の家柄も立派、長子として生まれ、栄光あるギュスターヴの名を授かった。
約束されていた筈の未来。だがそれもアニマがないという一点だけで奈落に突き落された。
古くから仕える家臣によれば、儀式以前はとても仲の良い父子だったと聞く。
人は誰しも、親だけは絶対の味方だと思っている。子供の頃ならなおさらだろう。その親に見捨てられた時に彼が抱いた絶望はどれ程か。
されど、絶望に押し潰されずに前を見た時それは抗う力に変わる。落差が大きければ大きいほど意思も強くなる。
それはヤーデ伯や配下に13世なら世界を変えるだろうと信じさせ、カンタールやフィリップもそれを感じ取ったからこそ自分を見捨てたのだろう。
「……は」
14世の心中に渦巻いていたわだかまりが晴れた。
構えていたファイアブランドを下ろす。直後、剣が体を刺し貫く。
(これで、いい……)
虜囚になるつもりはない。武力衝突にまで発展した以上、どちらかが死ななければ終わらない。
仮に生かしておくと本人に叛意がなくとも不満を持った勢力が担ぎ上げる可能性もある。
この戦いの発端も父が13世に情けをかけたのが原因という見方も出来るのだ。彼の家臣も先王は殺すように進言するだろう。
それは正しい。
一度大規模な戦いを行ってしまえば貴族達の自制心は緩む。勝ってさえしまえば弑逆によって王位を奪う事は肯定されるとこれから13世が身をもって証明してしまうのだから。
14世という絶好の大義名分を利用して反乱を企む輩は必ず現れるだろう。
そうなれば被害を受けるのは民だ。火種を残すのは14世にとっても本意ではない。
「すまない」
視界が霞み、全身から力が抜ける。命の次に大事にしていたファイアブランドを地面に落としてしまう。
臓腑から血液が逆流して口から零れる。負の感情が血と一緒に流れ出しているのか、己を殺す13世に対しても心安らかだった。
ただ、ここまで付き従ってくれた家臣には申し訳ない。
権力闘争で敗れた側は不遇になるのが歴史の常だが、13世なら彼等も何とかしてくれると思ってしまうのは期待のしすぎだろうか。
薄れる視界の中で体を貫く剣を見る。
鋼鉄製の武器。これまで蔑まれてきた鉄によって王が倒れ、新たな王が立つ。
これから時代が変わるのだろう。
革新は必ず犠牲を生む。それは誰だろうと覆せず、多いか少ないかの違いがあるだけだ。
だが、13世なら大丈夫だろう。民が彼で良かったと思える国を作ってくれる。
「国を頼みます……兄さん……」
遂に視界が暗く閉ざされた。
意識が途切れる間際、抱きかかえられた気がした。
上記はギュスターヴ戦争を舞台にした創作の一つである。
著者は不明。成立時期もはっきりとした事は分かっていないが、ギュスターヴ13世の生前には存在していたようである。
大衆娯楽の一つとして庶民の間で成立したとする説が一般的だが、13世が自身を正当化する目的で書かせたとするものや、逆に13世の治世下で冷遇されていた14世の元側近が待遇改善を目的に執筆したという説も存在する。
今回紹介したのはギュスターヴ14世伝の中で一番オーソドックスな物語だが派生系が幾つかあり、中にはファイアブランドが14世を王と認めず折れるパターンや臣下が14世を密かに逃がすパターンなどもある。
なお、史実のバケットヒルの戦いで14世がファイアブランドを用いて13世と一騎打ちを行った事を裏付ける記録は見付かっていない。
若くして亡くなった14世についての資料は極めて少なく、その実像は不明な点が多いのが現状である。
その事が後世の創作において多種多様な性格付けが行われる一因になったと思われる。
多分1000年後くらいには女性化版とかも書かれてるね、きっと。