課金厨のソシャゲ廃人がリリカルなのは世界に神様転生してまた課金するようです   作:ルシエド

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武勇伝武勇伝、武勇でんでんででんでん! レッツゴー!
課っ金ー! かっちゃんかっこいー! ペケポン!


魔法少女リリカルなのはK's(クズ)
フェイト・グランドオーダー


 

 

 男の人生は、友情が裏切られたことで終わりを迎えた。

 

 

 

 

 

 ある男の最初の人生の話をしよう。

 今ではとある少年の魂に残滓が残るのみである、一人の男の人生の話をしよう。

 男は課金厨だった。

 

「ああ、ニュースで見たことある。ソーシャルゲームの課金プレイヤーだっけ?」

「やだー、初めて見たー。ちょっときもちわるーい」

「もーやめなさいよー」

 

 男の周囲の人間は、男に対し"自分が当たり前だと思う扱い"をした。

 それに何かを感じることもなく、男は職場で有能な結果を出し続け、同期の人間よりずっと多くの金を稼ぎながら、その金の大半を課金していった。

 男の周りから次第に人々は離れて行って、遠巻きに男を小馬鹿にする声が増えていき、それでも男は何も気にしなかったため、男は日に日に孤独を深めていく。

 

「ったく、お前は本当に愉快な奴だよ」

 

「課金こそが俺の生き様よ!」

 

 それでも一人だけ、職場にたった一人だけ、男には親友が居た。

 男がどれだけ周囲から見下されていても、その親友は男の傍を離れなかった。

 親友が居る限り、その友情がある限り、男は本当の意味で孤独ではなかった。

 

「なー頼むよー、連帯保証人になって欲しいんだよ」

 

「ん? 別にいいぞ」

 

 その友情が終わり、孤独になってしまった時の記憶すら、今の少年の中には残っていない。

 

「○○さんですか? 夜逃げをした■■■さんの代わりに、借金の支払いをして下さいますね?」

 

 親友を信じていた。だから借金を背負うリスクも受け入れた。

 ゆえに、親友に裏切られた彼が借金を背負うことになったのは必然であり……なのに男はそこに大した反応も見せず、借金を背負った上で課金を続けていた。

 

「知ったこっちゃねーわ」

 

 男は生き方を曲げない。借金の支払期日まで課金を楽しむ刹那的で享楽的な日々を続ける。

 課金をやめて借金を支払うためだけに生きるようになるくらいなら、課金しながら死んで行った方がずっといいと男は考える。

 親友に借金を背負わされてなお、男は笑いながら生きていた。

 

 そんな彼を見て、周囲の人間はどんな気持ちで居たのだろうか。

 

「ん?」

 

 その答えは、ある日男が喫茶店の前を通りがかった時、明らかになった。

 

『だから言っただろう。気に病むことはないと』

 

『しかし……』

 

『お前も俺の言うことをもっともだと思ったから、あいつに借金を押し付けたんだろう?』

 

 男は物陰に身を隠し、窓ガラス越しに聞こえて来る会話に耳をそばだてる。

 姿を隠す直前喫茶店の中に見えたのは、男の同僚と、夜逃げして行方知れずになっていたはずの男の親友の会話風景だった。

 

『ああ、やっぱりあいつは頭がおかしいんだよ。まだ課金してる。

 止むに止まれずした借金なんてあいつに押し付けてよかったんだ。

 よかったよかった、これでまともな人間の方が生き残れたってわけだ。

 神様は真面目に生きてた人間のことをちゃんと見ていてくれたんだなあ』

 

 一般人がクズな人間に吐いて当然な言葉を、男の同僚が安心した顔で、平気で口にする。

 

『正しくまともに生きていた奴がちゃんと報われて、私も嬉しいよ』

 

 男はその言葉にも、特に何も思わなかった。

 

「どうでもいいことだ」

 

 そして男は、最後まで好きに生きてやりたいようにやり、生き方を変えないまま死んでいった。にっちもさっちも行かなくなった途端、彼は作業のように死を選んだのだ。

 死ぬまで課金に執着して、自分の命にも執着しないままに。

 

 最初から最後まで好きなように生きた男は、ずっとずっと楽しそうに笑っていた。

 

 男は誰も恨まない。

 課金厨で他人と上手くやれなかった自分以外の誰も、男は悪いと思っていない。

 自分の選択の責任、自分の未来の責任は、自分以外の誰にも求めるべきでないと思っている。

 彼は他人から共感されない精神性のサイコパスだった。

 

 けれど、それでも、少しだけ、悲しかった。

 

 友達が友達でないものになってしまったことが、悲しかった。

 なくならない友情(じぶんのもの)だと思っていたものが無くなってしまったことが、悲しかった。

 その小さな悲しみ以外、何の感慨も湧き上がっては来なかった。

 死と共に、男の精神も男の記憶も、前世で男の周囲の人間がした行為が生んだ悲しみも、全ては吹き飛び無かったことになった。

 

 少年は何も覚えていない。

 記憶も精神も、転生の際の爆発で一欠片も残らず吹き飛んでいた。

 だが、魂が悲しみに傷付けられた事実は残る。

 

 「あいつは元犯罪者だから」「あいつはクズだから」「あいつはまっとうな趣味をしていないから」『だからどうせあいつは悪い奴だし』『俺達があいつに何をしようが許されるんだ』。

 そういう考え方が、かの少年は生まれた時からどうにも気に食わなかった。

 そういう考え方をする人間が嫌いなのではない。

 他人に自分がそう思われることは割とどうでもいい。

 あくまで嫌いなのは考え方そのもので、他人がそういう考え方で悲しむことだった。

 

 この先彼の目の届く場所で、同じようにただの犯罪者(下等な人間)とレッテルを貼られる誰かが居たならば。

 きっと彼は、その人の味方をするだろう。それが正義であるかどうかは関係ない。

 非社会性の塊である彼は、時折社会正義と相容れない選択をすることがあった。

 

 前世であれば、そんな人間を見ても彼は何も行動に移さなかっただろう。

 されど今生は『ほんの少しだけ』そうではない。

 前世から連続性を保つ魂が、幼い頃から傍に居続けたお節介で優しい幼馴染(なのは)が、僅かにこういった方向性を持たせていた。

 

 

 

 

 

 少年は夢を見る。

 

『泣いている子が居たら、私は助けてあげたいんだ』

 

 高町なのはは、何故少年に手を差し伸べるのか。幼馴染だから、それだけなのか。

 彼女が少年に課金をやめるよう忠告しているのは、誰の未来のためなのか。

 思考ではなく感性で悲しみを見る彼女は、どこにある悲しみを見ているのか。

 

『助けられる力があるなら、私は手を差し伸べたい』

 

 なのはは少年を遠巻きに見ない。

 見下して踏みつけにしない。笑いものにしない。不幸になって当然だなんて思わない。

 近づいて、襟元引っ掴んでグングン揺らして、可愛らしい説教をぶちまける。

 

『お金はもっとけーかくてきにせーさんてきに使おうってばー!

 最後に一番悲しかったり寂しかったり虚しかったりするのはかっちゃんなんだよー!?』

 

 高町なのはが自分の性格に全く影響を与えていないだなんて嘘を、彼が吐くことはあるまい。

 

『何があっても笑って生きて行けそうなのは、かっちゃんの凄いところだと思うな』

 

 夢が覚める。

 少年は身を起こし、寝ぼけた頭でここがアースラの一室であることを認識した。

 時は深夜。男であるならば起床時にフルウェイクアップしてしかるべきである課金欲が、夢の中で幼馴染に説教されたせいで萎えているのを確認する。

 

「……おのれ、夢の中でまで課金を諌める良心的幼馴染め……」

 

 少年は気分転換にとテレビをつけた。

 すると『朝まで徹底討論』という深夜番組の文字列が目に入り、次に画面の中の席に座る男の前のレジアス・ゲイズというネームプレートが目に入る。

 少年がちょっとばかり苦手意識を持っていた地上本部のレジアスなる男は、語り始めた。

 

『犯罪者が犯罪者でしかない、という気持ちは私にも分かるつもりだ』

 

 レジアスは周りから何かを言われるたびに持論を語る。

 他人の言葉に穏やかな語調で強弁を返し、激昂こそしないものの自分の主張を絶対に曲げず、犯罪者は犯罪者でしかないという本音を、分かる人には分かる形で滲ませていた。

 

 レジアス・ゲイズは、脛に何の傷もない市民から、自分が善良でまともな人間であると信じている人々から、絶大な支持を受けている管理局員である。

 その理由が、この揺らがない強烈なスタンスにあった。

 

 今の管理局は更生した元犯罪者の高ランク魔導師の局員が、両手の指で数えられないくらいに所属している。

 それに『管理局は間違ってしまった人にやり直しを認める寛容な組織』と言う市民も居る。

 『犯罪者が体制側で再犯する可能性は?』と不安を持つ市民も居る。

 過激な武闘派局員で知られるレジアス・ゲイズは、この後者の市民から強く支持されていた。

 

『司法取引、情状酌量、奉仕活動……

 それらによる減刑を"罪がちゃんと相応に裁かれていない"と考えることは、変な事ではない』

 

 レジアスは善良に、真面目に、法で定められた範囲の中で生きている人間を愛している。どんな理由があろうとも、その範囲を逸脱してしまった犯罪者を憎んでいる。

 そういう管理局員だ。

 もしも仮に課金少年が事件に何の工作もせず、レジアスがかの事件を担当することになったと仮定を重ねたならば、プレシアはロストロギア重犯罪を理由に極刑。アルフとフェイトは最低でも数百年の懲役を科せられていただろう。

 死傷者が一人も出ていない事件だったとしても、そうなっていただろう。

 

 だからか、課金少年はこの男に少々苦手意識を持っていた。

 深夜に適当にテレビの電源をつけた途端こんなオッサンの顔と熱弁が出て来たとなれば、課金少年の顔も、中学生がテレビ欄で見つけた深夜のエロドラマをワクワクしながら見ようとしたら女優がクソブサイクだった時のような顔にもなるというものだ。

 

『だが、我らを信じて今しばらく待って欲しい』

 

 自分の睡眠時間をソシャゲの行動力回復時間程度にしか考えていない少年は、深夜の部屋のベッドの上でスマホを手に取る。

 目を瞑ってもできるようになったドロップアイテム回収用クエストを始めようとし、いつまで経ってもログインできないことを不思議に思い、公式サイトを見て絶望した。

 

「あ」

 

『我らは市民にとって信じる価値のある法の番人で在ろうとしている。

 不安の種も私がいつかどうにかしよう。

 今の管理局が抱かれているイメージを、遠からぬ未来によりクリーンなものにしてみせよう!』

 

 もはやレジアスの熱弁も、少年の目には入らない。

 

「クソ、深夜から早朝にかけて告知なしの緊急メンテとかホントクソ……」

 

 親友に裏切られたとしても、少年がここまで絶望した顔を見せることはない。絶対にない。

 ここまでの憎しみを発することもない。罪を憎んで人を憎まず、緊急メンテを憎んで運営を憎まず。それは人らしい憎しみであると同時に許す仏の心でもある。

 されど、心にもやもやしたものが残ることに変わりはなく。

 

 悲しき課金サイコパスの宿業であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 現在は、地球時間で言うところの七月頃である。

 高町なのはは日常に戻り、小学校生活を普通に楽しんでいる。

 ユーノ・スクライアはテスタロッサ家の裁判に協力しつつ、ジュエルシードの件でスクライア一族に面倒がかからないよう動き、休日に課金少年とラーメン食べに行ったりする日々。

 プレシアとフェイトは裁判のためにクロノと打ち合わせ。

 アリシアはクロノの母リンディ等、アースラのメンバーが面倒を見てくれている。

 そして例の少年は何やっているのかと思えば、裁判の手伝いをしつつ嘱託として働いて給料を貰い、それを片っ端から課金していくいつもの日常を送っていた。

 

「―――ということで、打ち合わせは以上だ。何か質問はあるか、フェイト?」

 

「ううん、ないよ。クロノの説明が丁寧だったから」

 

 深夜までイベントを走り続けた結果寝坊していた少年に舌打ちするクロノ、そんなクロノをなだめるフェイト。根が真面目な二人が、自然と事件に関しての打ち合わせを始めるのは必然だった。

 話の終わりにフェイトが背伸びしたのを見て、クロノは彼女が少し疲れていたことに気付く。

 

「少し休憩にしようか、フェイト」

 

 席を離れ、ほどなく戻って来たクロノの手の中には、二つのコーヒーカップと少々の菓子が握られていた。

 

「ありがとう、クロノ」

 

「ただのインスタントコーヒーと茶菓子だ。礼を言われるほどのことでもない」

 

 フェイトはクロノの器用でない気遣いを受け取り、コーヒーカップに口をつける。

 

「甘っ」

 

「……! す、すまない! 僕の周りには甘党が多かったから、つい……」

 

「あ、ううん、大丈夫だよ。甘いものが嫌いなわけじゃないし。

 そういえばリンディ提督もかっちゃんも、コーヒーは真っ白ジャリジャリにしてたね」

 

「覚えておくといい。あの課金野郎は、苦い物全く飲めないぞ。あいつの弱点だ」

 

「え、それは私にその弱点を突けってこと?」

 

 何故友人の弱点を突かねばならないのか、とフェイトは"男の友情"というものに理解できないものを感じ取る。同様にクロノもフェイトのクリーンな友情にちょっと理解できないものを感じていたが、友情なんてものは人それぞれだ。

 

「あ、そうだ。クロノは、かっちゃんとどうやって友達になったの?」

 

 フェイトのクリーンな友情理論その一。

 友達は特別で、大切で、誰かと友達になるのには何かしらの出来事がある。

 ……と、世間知らずな彼女はそう思い込んでいるが、特にそういうことはない。

 

「ん? どうだったかな……こう、なんとなく流れで……」

 

「え、流れなんだ……」

 

「本格的に仲良くなったのは、あいつが課金ガチャで大爆死した時だ」

 

「仲良くなる理由が酷すぎない!?」

 

 クロノは苦笑して、もう何年も前のことになる、課金少年と本当の意味で仲良くなった日のことを思い出していた。

 

 

 

 

 

 数年前。

 クロノは雨の中、デバイスを構えて少年と対峙する。

 少年もまた、戦うことも辞さないといった様子でデバイス・アンチメンテを構える。

 

 少年の様子がおかしい、とクロノが気付いたのが数日前。

 豪雨の街で少年が行方をくらましてから、数時間。

 リンディを始めとする大人達の手を借り、雨の中走り回って友を探し続けたクロノが見た物は、私物のほとんどを売り払って金に変え、その上で借金までしようとしていた少年の姿だった。

 

「やめろ! 借金してまで何を回す気だ!」

 

「いいから待ってろってクオン。

 もうちょっと、もうちょっとだけ回せば……お前を父親と、会わせてやれるかもしれない」

 

「―――」

 

「あと少しで出るはずだ。

 もうオレの所持金全部すったんだ。

 確率的に言えば、あと少しだけ回せば、絶対に出るはずなんだ……!」

 

 『SSR 亡くした尊敬(クライド・ハラオウン)』ピックアップ。

 百種同時企画イベントで百種のものが同時にピックアップされたせいで、相対的に排出率が激減してしまった悪夢のようなガチャ。

 少年は直観的に、クライドの再録はもう無いと理解していた。

 これが最初で最後の実装だと分かっていた。

 "今しか手に入らない"という事実が、彼に途方も無い課金欲と"絶対に家族と再会させる"という義務感を生じさせていく。

 

 だからだろうか。少年が生まれて初めて、借金を背負う覚悟を決めたのは。

 

「僕がいつ、そんなことを君に頼んだ!? いいから妥協しろ!

 引けなかったとしても君のせいではないし、君が悪いなんてことはない!」

 

「引きたいから引いてんだ!

 見たいものがあるから金注ぎ込んでんだよ! オレはしたいからしてるだけだ!」

 

 価値観の基本に課金欲があるから、友情という動機に課金欲が入り混じってしまう。

 課金をしないと中毒症状が起きる、課金そのものが目的となっている愚かさも。

 自分が最高に上手くやれば誰も悲しまないで済むはずだと、そう確信している愚かさも。

 どちらも彼の一面で、両立しうる愚かさだ。自分と相手を共に救う方向性がない愚かさだ。

 

「オレは、欲しいと思ったものは絶対に諦めない!

 だから黙ってろ! 離れてろ! 触るな! 止めるな!

 オレが、オレが必ず! お前をお前の父親と再会させてやる!」

 

 リンディ・ハラオウンも嫌いじゃない。むしろ好きだった。

 クロノ・ハラオウンも嫌いじゃない。むしろ好きだった。

 だから、奇跡の果てに家族三人が揃う光景があるのなら、その光景(イラスト)を見るためだけにいくら課金したって構わないと、そう思えたのだ。

 課金厨がイラストを見るためだけに大金を支払うように。

 ひと目その光景が見られれば、それだけでよかった。

 

 少年が本当に欲しがっていた自分だけの最高レア(価値あるもの)とは、ハラオウン一家が揃って幸せそうにしている未来、それひとつ。

 

「オレにしかできないことなら! そいつはきっと、オレがやるべきことなんだ!」

 

 自分以外の誰もがクライド・ハラオウンを生き返らせることが出来ないという事実が、雨の中で少年を蛮行に走らせる。

 

「アンチメンテ! リボルビングフォーム!」

 

 少年のデバイスが赤い光を放ち―――そうになった、その瞬間。

 クロノが手にしていたデバイスが、少年のデバイスを弾き落とす。

 

「あっ」

 

「過去に死んだ父のために、君が未来を捨てるのを見過ごせというのか? ふざけるな!」

 

 デバイスを弾かれた衝撃で、少年は倒れ尻餅をつく。

 雨水と泥が衝撃で跳ねて、尻餅をついた少年の服と顔を汚す。

 クロノは自分も泥まみれになりながら、倒れている少年に掴みかかった。

 

「君がいつか破滅する人間だったとしても、僕は君の破滅を望んだことなど一度もない!」

 

 彼らしくもなく、クロノは激しく怒っている。

 それは、少年がクロノに向ける確かな友情を感じられたのと同時に、クロノが少年に向けていた友情が裏切られたような気がしてしまったから。

 

「まだ一緒にやりたいことがあると思っていたのは僕だけか!?

 一緒に困難を乗り越えていける友人だと、そう思っていたのは僕だけか!?」

 

「……あ」

 

「君が未来を捨てて得た金で掴んだ明日になんて、僕は価値を感じない!」

 

 本音でぶつかり合って初めて、内心を明かしあって初めて、繋がれる友情もある。

 

「その気持ちだけで十分だ。僕も、母さんも、父も……その気持ちだけで救われている」

 

 クロノ・ハラオウンは少年と違い、妥協と折り合いというものを知っていた。

 次善の今を受け入れられる強さを持っていた。

 そんな彼が居たからこそ、少年は借金してまでガチャを回そうとしていた手を止めてしまう。

 

 時計の針がかちりと動く。

 クライド・ハラオウンピックアップの時間が終わる。

 これでもう二度と、クロノの父が蘇ることはない。

 

「……クオン」

 

「行こう。みんなも、君のことを探している」

 

 欲しい物を諦められない、最高の未来が手に入らない現実が苦痛、そんな弱さを抱えた少年に、クロノは笑って手を差し伸べる。

 繋がる手。

 引き上げられ、立ち上がる少年。

 泥に濡れた友の顔がおかしくて、二人の少年はどちらからともなく笑った。

 

 課金に頼らなくても人を救える彼のその姿に、少年は心からの尊敬を覚えていた。

 

 

 

 

 

 努力が形になったクロノの思考速度は、マルチタスク技能も相まって非常に速い。

 彼は記憶を一瞬で辿り、分かりやすく掻い摘んで――クロノの熱い台詞シーンなどをカットして――フェイトに語る。

 クロノのちょっとした昔話に、フェイトはふと疑問を抱いた。

 

(じゃあ、アリシアは……私達は、かっちゃんの中でどういう扱いになってるんだろう?)

 

 それは一つの可能性。

 アリシアがどういう人間か知らずしてガチャから引き、一つの家族を救った少年は、その時にハラオウン家のことを思い出していたのでは、という仮定。

 テスタロッサ家もハラオウン家も、死を基点にして欠けた家族であったから。

 

(クロノのお父さんを助けられなかったことが悔しかったなら。

 アリシアを助けられたことで、ほんのちょっとくらいは、気が楽になったのかな……)

 

 そうだったらいいな、とフェイトは思う。

 

「君の目の届く範囲の中で、あいつが破滅しそうになっていたら……

 あの出来の悪い友人に、少しだけ手を貸してやってくれると嬉しい」

 

 そこでクロノが照れくさそうにそう言うものだから、フェイトは思わず笑ってしまう。

 

「ふふふっ」

 

 少女に笑われ、少年は一気に仏頂面になる。

 

「……なんだ、何故笑う?」

 

「かっちゃんがクロノを大好きな理由が、分かった気がする」

 

「はあ!? いきなり何を言ってるんだ君は!」

 

「大丈夫」

 

 胸に手を当て、胸の奥から言葉を直接吐き出すように、フェイトは笑って気持ちを語る。

 

「私も、誰にも破滅なんてして欲しくないって、そう思ってるから」

 

 少し前まで、フェイトには散る前の花に近い儚げな美しさがあった。

 だが今は、闇夜を切り裂く雷のような煌めく強さが垣間見える。

 この日この時クロノは初めて、フェイト・テスタロッサという少女の内に『強さ』を見た。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 フェイトは訓練室で汗を流すか、なのは達等の知人と通信でお話するか、何をするかの候補の中から一つを選べないまま、アースラの中をぶらぶらと歩いていた。

 事件の参考人である彼女が、許可なしに船の外を歩き回ることはできない。

 必然的に彼女の行動範囲は狭く、知り合いの課金少年と食堂で顔を合わせることになった。

 

 顔を合わせたとは言うが、少年は空間投影ディスプレイを操作して報告書らしきものを凄まじい速度で書き上げており、フェイトが一方的にその存在に気付いたというだけのことだった。

 「また課金してるのかな」とフェイトは小首を傾げて推察する。

 そしてすぐさま「私の思考が汚染されてる……!」と真っ先にその可能性を考えてしまった自分の毒されっぷりに頭を抱えた。

 

(お仕事中?)

 

 フェイトは仕事の邪魔をしないようこっそり去ろうとするが、そこで目が合ってしまう。

 ディスプレイを消して手招きする少年。

 てくてくと歩み寄り、少年の横にちょこんと座るフェイト。

 角度的にそこまで見えていなかったテーブル上の手付かずアイスがフェイトの目に入り、少年はそれを二つに切って、大きい方を小皿に取ってフェイトに渡す。

 

「あ、ありがとう」

 

「ん」

 

 少年から手付かずのスプーンを受け取り、フェイトはアイスに手を付けた。

 チョコミントのすっとした味が心地よく舌の上から消えて行く。

 フェイトは少し申し訳無さそうに、恐る恐る、仕事の手を止めた少年に声をかけた。

 

「なんで作業止めちゃったの? 私、迷惑だったらすぐにどこか行くよ?」

 

「友達とアイス食べながら友好を深めたいと思うのはそんなに変か?」

 

「―――え」

 

 だが少年の仕事の手の次は、フェイトがアイスを食べる手が止まってしまう。

 

「私達、友達なの?」

 

「フェイフェイがオレのこと友達だと思ってなくてもオレは友達だと思ってるぞ」

 

「かっちゃんのその自分の認識第一なスタンスは時々凄いなあと思う」

 

 "お前が自分のことを良い奴だと思ってなくてもオレは良い奴だと思ってるぞ"的な思考回路が透けて見える。少年の判断基準・評価基準は恐ろしいまでに自分の中で完結していた。

 

「友達……いつから……うむむ……友達なのは嬉しいけどいつから友達に……ううん……」

 

「友達なんてぐだぐだだらだら適当になるもんじゃないかなぁ」

 

「ぐだぐだ、だらだら……」

 

 フェイトの脳裏に、"友達になるためには名前を呼び合うんだ"というなのはの言葉が蘇る。

 少年は友達なんて適当になるもんだ、と友達になるための方法論を語っている。

 クロノから聞いた"友達と親友になった話"を思い出せば、『友達のなり方』というものに唯一絶対の正解など無いのだと、ようやくフェイトは一つの"当たり前"を理解する。

 そして彼女は、彼女なりに考えて、彼女なりの『友達』というものに答えを出した。

 

「信じられたら友達、なのかな? 私はかっちゃんのこと、信じられてるから」

 

「……フェイフェイは気軽に人を信じすぎだ」

 

「だって、アリシアも、母さんも、きっと私やアルフも……

 かっちゃんに助けてもらったんだよ? なら、信じられるよ」

 

 笑えなかった家の中で、笑えるようになった。

 大切な人の未来が明るくなった。

 悲しみも苦しみもどこかに行った。

 だからフェイトは、幸せな今をもたらしてくれた友達を信じているし、感謝している。

 

 そんなフェイトを課金少年は、課金にハマりたてで親のカードに手をつけそうになっている中学生を見るような、純粋すぎて危なっかしいものを見る目で見ていた。

 

「あのな、信頼ってのは、一回助けられたくらいで作っていいもんじゃないだろ」

 

「そう、かな?

 信じることは難しいけど、信じることはいいことだと思うよ?」

 

「信頼には価値がある。

 その価値は他人に信じられてから、それを裏切らなかった日々の長さで決まるんだ。

 約束を破る人は信頼されないし、よく負ける人は勝利を信じてもらえないだろう?」

 

「それは……そうだね」

 

 時間をかけて積み重ねられた信頼には万金の価値がある。

 すぐ裏切られる信頼に価値はない。

 時間をかけて努力を重ねた人間は、自分自身を信じられる。

 自分が自分に向ける信頼を裏切り続けた人間は、自分を信じられない。

 

 本当に大切な戦いでは絶対に負けない不屈の魔導師であれば、もしもそんな人間が居たならば、きっと多くの人から価値ある信頼を向けられたことだろう。

 

「オレもお前もまだこっからだ。

 まだ信頼を築くだけの友達付き合いしてないじゃないか」

 

「これから先もずっと仲良くできたら、きっと嬉しいけど……でも、確かにそうかも」

 

 少年がフェイトに信頼がどうのという話をしているのは、フェイトが信頼に値しない人間だからというわけではない。むしろ、その逆と言っていいだろう。

 会話の中に『まだ』という言葉がちらほら見えるのが、その証拠。

 

「フェイト、信頼を安売りするな。

 人を信じることはそれだけで価値のあることだ。だけど、信頼の安売りに価値はない」

 

 フェイト・テスタロッサの信頼を安っぽいものにするなと、彼は言う。

 純粋すぎて危なっかしい子を心配するあまり、愛称さえもどこかに行っていた。

 これで彼が課金厨でなければ、9歳の男の台詞としてはそこそこ立派なものだったろうに。

 

「信頼をインスタントに抱いちゃう奴をなんと呼ぶか知ってるか。チョロインだ」

 

「チョロイン……なんだかむずむずする響き……」

 

「お前の信頼が薄っぺらくなっちまったら、デバイスまでバルティッシュになるぞ」

 

《 Fuck you. 》

 

「バルディッシュ!? どうしちゃったの!?」

 

 課金少年には英語がわからぬ。

 だが"もう許さねえからな"というバルディッシュの鋼鉄の意志だけは伝わってきた。

 油断ならないバルディッシュを視界に入れつつ、少年はポケットの中に入れてあった一枚のカードの存在を思い出し、適当に会話の流れを御し始めた。

 

「そこでオレとフェイフェイ間の信頼を普通に育もうと思う」

 

「うんうん!」

 

「ここは手堅くプレゼントと行こう」

 

「プレゼント!? ああ、何も用意してない……」

 

「フェイフェイはしょうがないやつだな。とりあえず今日はオレから贈ろう」

 

 いやこんな話を突然振ってきたかっちゃんでもなければプレゼントなんてあるわけないよ、だなどと叫べるような対人判断能力はまだフェイトの内に芽生えてはいない。

 慌てるフェイトを見て笑っている少年を見れば、少しは分かりそうなものなのだが。

 

「そう、つまりこれが! バルディッシュ強化イベントだ! アサルトになってしまえ!」

 

《 Don't touch me,Crazy boy 》

 

「何事!?」

 

 ポケットの中から取り出したカードを、バルディッシュに叩きつける少年。

 ぺかーっと光ったバルディッシュは、ほぼ一瞬で今とは比べ物にならない域の強武器へと進化を遂げていた。

 "既存キャラの上位互換を新しくガチャに実装するんじゃなくて、既存キャラの救済をしておくれ"という祈りを束ねたかのような輝きが、バルディッシュを新たな次元に到達させる。

 

「ば、バルディッシュが何となく強くなった気がする……」

 

「これが『SSR バルディッシュ・アサルト』。

 フェイフェイのお母さんから貰った金で引いた、先行ガチャ景品だ」

 

「母さんの?」

 

「ああ。プレシアさんの金で引いた物なんだから、これは当然フェイフェイのものだ」

 

「え? あれ? その理屈は何かおかしいような……」

 

「とりあえずこのほぼ空になった通帳、プレシアさんに返しておいてくれ」

 

 戸惑うフェイトに少年は通帳を投げ渡す。

 何かがおかしいのだが、考えることが多すぎて、フェイトはどこがおかしいのか気付けない。頭が現実にまるで追いつけていない。

 

(あれ、この通帳って地球換算で一千万円以上入ってなかったっけ……

 あ、いや、でも、かっちゃんが口座のお金引き出して移しただけかもしれない。

 うん、そうだよ、きっとそう。

 でないとかっちゃんが一ヶ月足らずで一千万以上課金してるって計算になるし……)

 

 記載された日付を見る限り通帳の数字は一ヶ月足らずでほぼ0になっており、それがフェイトに『貰ったバルディッシュ・アサルト』の意味と重さを嫌な感じに想像させる。

 以前、ピックアップは一ヶ月続くものもあるとこの少年から聞いていたからなおさらに。

 

「えっと、それじゃ、母さんにこのほぼ空の通帳渡しておくね」

 

「あんがとさん。まあとりあえず、これが友好の証とかそういう感じのプレゼントだ」

 

 あれだけガチャに執着して金もたくさん注いでいたというのに、手に入れたものに大して頓着せずプレゼントしてきた少年に、フェイトは少し戸惑っていた。

 

「いいの? あんなに夢中になってたガチャの景品なのに……」

 

「フェイフェイはコレクションアイテムとガチャレアの違いが分かってないな」

 

「?」

 

「ガチャの醍醐味を感じる時は二つある。

 一つはとびっきりのレアを引いた時。なら、もう一つはなんだと思う?」

 

「えっと……分かんない……」

 

 少年は菩薩のように微笑んでいた。

 

「ガチャで引いたレア物で、無双する時さ」

 

「―――うん、なんとなくそう言われるような気がしてた」

 

「ああ、オレのチームつええなあ……そう感じられた時、本当にカタルシスなんだ」

 

 課金するだけで楽しい、いいもの引いたら楽しい、引いたいいものの影響で皆が幸せになったら楽しい、引いたいいものが活躍したら楽しい、フェイトが大活躍したら楽しい。

 お前の人生いつだったら楽しくないんだと問いたくなるノリだ。

 この少年の人生は楽しさに満ちているに違いない。

 

「ガチャで引いたものは、使わなくちゃ意味が無い。

 倉庫で死蔵してるのを眺めるのも悪くないが……

 手に入れれば嬉しいだけで役立たずなコレクションアイテムとは、また違うんだぜ」

 

「えーと、ソーシャルゲームってそんなに楽しいの?」

 

「―――!」

 

 あんまりにも少年が楽しそうなものだったから、フェイトはそこで、口にすべきでないことを口走ってしまった。

 

「やろう」

 

「え?」

 

「やろう、フェイフェイ! ソシャゲデビューだ!」

 

「は、話の展開が速いよ!」

 

 フェイト・テスタロッサ、ソシャゲデビュー。悲しきかな、彼女は友達に誘われると中々断れないタチであった。

 

「―――……」

 

「―――!」

 

 あれやこれやとやっている内に、フェイトはソシャゲのチュートリアルを終了する。

 

「ねえかっちゃん、これ何?」

 

「これか? フレンド機能だな」

 

「……フレンド?」

 

「このソシャゲの場合、ピンチになったらフレンド登録してた人が助けてくれるんだ」

 

 チュートリアルを終えたフェイトが色々と試していると、『フレンド一覧』という画面が表示され、そこにぽつんと『K』という名前のプレイヤーが表示されていた。

 今現在、このゲームにおけるフェイトのフレンドはこの少年のみ。

 逆説的に言えば、フェイトがこのゲームでピンチになったなら、必ずこの少年が助けてくれるということだ。

 

「フレンド……フレンド。助け合う、フレンド」

 

「フレンドって響きが気に入ったのか?」

 

「うん」

 

 ソシャゲを好きになる理由も、課金を好きになる理由も、フェイトにはない。

 

「この機能、ちょっと好きかな」

 

 だが『フレンド』という機能だけは、なんとなく好きになれそうだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ある世界、ある時代に、ある物が生まれた。

 それは本であり、闇であり、悪夢であり、夜の(そら)だった。

 本は悪意の流れに沿って世界を巡る。

 

 本質を捻じ曲げた悪意があった。

 特定の人種を皆殺しにするためなら、世界ごと壊してもいいという悪意があった。

 個人への憎悪を、人種そのものへの憎悪に履き違えた愚か者が居た。

 

 "課金厨は皆死ねばいいのに"というシンプルかつ、実行するのであれば幼稚極まりない思想が、その本を突き動かしていた。

 課金厨以外の誰にも危害を加えるな、という設定がなされていたのなら、この本もさして危険なものではなかっただろう。

 だが、そうではなかった。

 "これは壊すな"という設定は一切なされていなかった。

 本は一旦暴走を始めてしまえば、殲滅の対象の定義を広げに広げ、全てを巻き込んでいく。

 

 課金厨が『課金に執着する人間』と定義されている間はいいが、本の中のバグの発現率が上がっていくと、『何かに執着する人間』と定義があやふやになる。

 執着を持たない人間などいるわけがない。この時点で、無差別虐殺が始まる。

 次第に人間が執着を持った対象への破壊も始まり、建物や世界も対象に含まれていく。

 『執着される』が『価値があると思われる』に定義拡大されれば、それで終わりだ。

 

 "価値があると人間に一度でも思われたもの"が闇の書の蒐集対象・破壊対象に定義されたその瞬間―――被害の規模は、指数関数的に増加する。

 

 金銭とは価値ある物の代替。

 様々な形で持ち歩きやすくした、人間社会における価値の塊である。

 それを基点に設定した蒐集機能・破壊機能とはすなわち、人間社会における価値あるもののほぼ全てを対象と捉えた災厄を意味する。

 

 本は魔導師のリンカーコアを喰らい、魔法を蒐集し、魔導師を殺す特性を残していた。

 そのため、魔導師社会に対する天敵であり、全ての魔導師の敵だった。

 本は課金厨を喰らい、その全てを否定して、課金厨を殺す特性を残していた。

 そのため、ソシャゲを許容する社会に対する天敵であり、全ての課金厨の敵だった。

 

 人は忌まわしさを込めて、本をこう呼ぶ。ロストロギア『闇の書』と。

 

 三人の騎士と一人の守護獣で構成される守護騎士と共に、本は世界を渡り歩いていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 戦いの夜が、始まる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 なっちゃんは無事だったろうか、遠くにレイジングハートの起動魔力を感じる、あそこで一戦交えなくてよかった、どうすればいい、こいつらのことは事前に警戒していたはずだったのに。

 そんな風に思考を高速で回して、少年は数分前の攻防をなんとか意識の上に留める。

 

 少年は消えていく代金ベルカの転移魔法陣の残滓、自分の胸に突き刺さる少女の腕、周りを取り囲むベルカの騎士達を視界に入れながら、苦悶の声を漏らした。

 

「が、か、ふっ……!」

 

「こいつ、リンカーコア小せえな……この小ささだと、管理局員かも怪しいぞ」

 

 少年の胸からリンカーコアを抜き取るは、赤と橙の装束の少女。

 彼女の名はヴィータ。

 冠する名は、鉄槌の騎士。

 

 もがこうとする少年の手足を掴んで抵抗を無力化しているのは、白と赤紫の装束の女性。

 彼女の名はシグナム。

 冠する名は、剣の騎士。

 

 少年が万が一拘束を抜け出した場合を考慮し、嫌な立ち位置を選んでいるのは青い装束の獣人。

 彼の名はザフィーラ。

 冠する名は、盾の守護獣。

 

「この男の術式、見覚えがある……なんだ、この頭蓋骨の裏をまさぐられる感覚は……」

 

「代金ベルカ式……なんだ、この、何かを思い出しそうな、何かを忘れているような……」

 

「……あたしは知らねえぞ。こんなの知らねえ。絶対に知らないんだ」

 

 少年が抵抗に使った魔法術式は一瞬のみ構築されたが、魔法術式をもって胸に手を差し込まれた激痛により、すぐさま魔力素の塵と還ってしまった。

 その魔法陣を見て少年を襲っている三人・ヴォルケンリッターが揃って謎の頭痛に身を震わせていたが、(かぶり)を振って痛みをどこかに投げ捨てる。

 

「ヴィータ、蒐集を」

 

「……」

 

 シグナムがヴィータに作業の続行を促すが、ヴィータの手は止まったまま動かない。

 

「どうした、ヴィータ?」

 

「……」

 

「何を躊躇っている」

 

 躊躇いの理由を文字にするならば、"人の情"といったところか。

 彼女らに止まる気はない。けれど、躊躇いも気後れもある。

 胸の奥に湧き上がる苦々しいものを噛み潰しながら、ヴィータは拳を強く握った。

 

「お前がしたくないと言うのなら、私が……」

 

「いや、いい。あたしがやる」

 

 そうしてヴィータは、魔導師の命たるリンカーコアを、少年の胸の内から引っこ抜いた。

 

「ぐ、あ、あああああああああああああああああッ!!」

 

 気を失って当然の激痛が少年を苦しめる。

 しかも、地獄はここで終わらなかった。

 引き抜かれたリンカーコアと見えない糸で繋がっていたかのように、リンカーコアと連動して少年の胸の奥より、この世に存在するどの色とも違う不可思議な光の珠が引き抜かれる。

 シグナムはそれを優しく握り、苦しみの声を上げる少年に語りかけた。

 

「あ、が、あ、あああああああッ!!」

 

「お前が金と引き換えに手に入れたゲーム内アイテム。

 お前が金を注いで積み上げたゲームのアカウントデータ。

 そしてデジタルマネーの全てをいただく。……許しは請わない。悪は、我々だ」

 

 明らかに"特定のソーシャルゲームプレイヤー"に対する悪意を持った人間により実装されたであろう特異な魔術式が、少年の内側を蝕んでいく。

 お前が課金した金全部没収な、お前が課金して得たもの全て没収な、お前がソシャゲプレイしてきた過去は全部無かったことにするな、と宣言するに等しい暗黒術式。

 個人の財産権、及びソシャゲにかけてきた金と時間の全てを侵害する悪魔のような技だ。

 魂レベルで課金とソシャゲに最適化された存在である彼にとってそれは、心臓を丸ごと抉り出されるに等しいダメージとなる。

 つまり、即死だ。

 

(―――オレの―――課金生命が―――終わる―――奪われる―――!?)

 

 少年が血を吐く。

 リンカーコア摘出の時点で入院すべき状態だった体が、更に傷めつけられていく。

 RPGで全滅しセーブした地点が随分前だった時の喪失感を数百倍にした痛みが、精神を。

 心臓を抉り出される苦痛を数百倍にした痛みが、肉体を。

 大切なものが奪われていく悲しみが、魂を。

 それぞれに苦しめていく。

 

「―――っ! ―――ッ! ―――!?」

 

 少年の悲鳴は、もはや言語にすらなっていない。

 

「我が主よ。これで、少しは……」

 

 ザフィーラが少年の悲鳴に僅かに罪悪感を覚えつつも、"これでどうにかなる"という想いに近い希望的観測に満ちた安堵の息を吐いた。

 

 その一瞬が、防御を担当する盾の守護獣の呼吸の隙が、唯一無二のチャンスとなった。

 

「! 敵―――」

 

 シグナムが反応して剣を構えるが、もう遅い。

 迎撃を行う時間すら与えず、金色の閃光は雷の刃を走らせた。

 最高速度にまで加速した空戦魔導師が、別の魔導師の転移魔法により射出され、少年を害していた三人に同時に攻撃を仕掛ける。

 

 シグナムには雷の刃の斬撃を。

 ヴィータには最高速度かつ体重を全て乗せた飛び蹴りを。

 ザフィーラには左手にチャージしていた雷の砲撃を。

 そして三者を吹き飛ばした後に、残った一人の少年には優しい包容を。

 

 シグナムも、ヴィータも、ザフィーラも、吹き飛ばされはしたものの攻撃自体はちゃんとガードしていたため、この程度の攻撃では倒せていないようだ。

 ヴィータは唾を吐き捨て、乱入してきた少女に鉄槌の先端を向ける。

 少女は気絶している少年を、物語の王子が姫にそうするように、優しく抱きかかえていた。

 

「誰だてめー?」

 

「信頼は積み上げないといけないんだって。だから、何度だって助けるつもり」

 

「あ?」

 

「きっとかっちゃんも、私が困ってたら助けてくれると思うから」

 

 ユーノの援護を受け、新たなデバイスを手に、フェイトはたった一人で戦場に立つ。 

 

友達(フレンド)救援、って言うのかな? これは」

 

「その少年の友か」

 

「フェイト・テスタロッサ。友達に信頼されたい、通りすがりの魔導師だ」

 

 友に裏切られて死んだ人間が、生まれ変わっても友に恵まれないなどと、誰が決めたのか。

 

「この人は、私が守る」

 

 この少年が関わると、悲劇は何でも喜劇に変わり……されど、喜劇に変わり切る前に少年が力尽き倒れそうになった、その時は。

 彼の友が彼を支える。

 今度の人生は、きっと誰も裏切らない。

 

 

 




『DLC』

 ダウンロードコンテンツの略。
 課金の一種。現在のソシャゲの祖の一つであるとも言われる、始祖課金種の一種。
 ○○円で売ったゲームをネットに繋ぎ、金を払ってオンラインから追加データをダウンロードすることで、後付けにゲームの多様性を拡張する機能等のことである。

・大きなバグのサイレント修正
・未完成のまま発売したゲームをDLCで完成させる
・ユーザーの不満を反映しゲームを発売後に改良発展させる
・ゲームの原価を超える金額をDLCの合計値に設定し荒稼ぎする
・DLCデータという、生産するために物理的コストが発生しないものを販売し稼ぐ
・ゲームを丸ごとDLCとして発売するという試みもなされた
・"アイドルマスター"という媒体などを通してソシャゲの基礎にその血脈を受け継がせた

 などなど、現代において『無限にコピーできるイラストを高値で売っている』と揶揄されることもあるソシャゲの搾取システムは、一節にはこれを先祖に持っているとされる。

 だが「DLCが原因でバグが起こってしまうことがある」という問題もよく話題に上がる。
 後付けのデータは、十分にデバッグを行わなければバグを起こしてしまいがちだ。
 魔法を集めるための魔導書が、破壊を撒き散らすだけの暴走ユニットになったりもする。
 騎士が痴呆になって過去のことを綺麗さっぱり忘れてしまったりもする。
 課金なんてしてる奴は皆殺しだぜ、という風にシステムが安定して動いたりもする。
 文字コードがバグると『夜天』の文字が『闇』に変わってしまったりもする。
 DLCで闇に飲まれよ!

 1300円で真の仲間が買えるのか、それとも真の仲間は金で買えないものなのか。
 かっちゃんに真の仲間はいるのだろうか。
 その答えはこの作品を読む人の数だけ存在する。

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