課金厨のソシャゲ廃人がリリカルなのは世界に神様転生してまた課金するようです 作:ルシエド
「すっごーい!」
緑の大地に、子供達が目を輝かせる。
死蝕が世界を包み込んでから生まれたその子供は、生まれて初めて、緑が満ちる大地というものを目にしていた。
紫の雲に覆われていない青空を、初めて目にしていた。
防護服を着なくても生きていける空気というものを、初めて味わっていた。
毒の無い大地を、初めて踏みしめていた。
捕食者が居ない平和な世界に、初めて生きていた。
なにもかもが当たり前のもので、けれど子供達には当たり前のものではなくて。
興奮した子供達が、蘇ったエルトリアの大地を走る。
目に映る全てが、全身で感じられる全てが、子供達には新鮮なものだった。
「なにこれ、すっごい!」
子供達とは対照的に、歳を重ねた大人達の反応は静かなものだ。
彼らにとって、今星に広がるこの光景は新鮮なものではない。
見ているだけで興奮するものでもない。
ただ、懐かしかった。
郷愁が胸に満ちていた。
彼らがかつて当たり前のように感じていて、死蝕が時間をかけて奪っていったものが、今、取り戻されたのだ。
「見ろよ」
「ああ」
「俺達のエルトリアだ」
とても大切だったのに、奪われたもの。
当たり前のようにそこにあったのに、奪われたもの。
失ってから初めてその大切さに気付いた、奪われたもの。
その全てが、彼らの目の前に在る。
「子供の頃に見て、それからずっと見ていなかった、緑の大地と青い空だ……」
なんでもない緑の大地、青い空、心地よい風が、彼らに涙を流させる。
新鮮さに興奮する子供とは対照的に、大人達は懐かしさに泣いていた。
沢山死んで、沢山奪われて、それでも最後には、報われた結末があった。
「よかった……この星に残ってて、本当によかった」
星の表皮を、小さく優しい風が撫でる。
「やっぱり僕は、この故郷が……
星と人が、今は同じ風を、肌を撫でる優しい風を感じていた。
「プログラムカートリッジは、製作者の望むように調整ができる」
戦いが終わった後のこと。
グランツ・フローリアンは、手の中で空のカートリッジを弄びながら、世界を救った勇者達に語りかけていた。
その中で二人、青年とシュテルだけが驚いている。
青年が背負うはずだった借金を、グランツが背負っていることが判明したからだ。
「このくらいは、お茶の子さいさいだったよ」
「ま、まさか……借金を横合いからぶん取られるとは……初めての体験です」
「君と私には共通点がある。私には君の行動を予想する材料があったんだ」
プログラムカートリッジ・ネクサスの効果は『二つ』あったのだ。
一つは、新規に作られたエグザミア制御システム。
そしてもう一つが、既存のプログラムである、"発生した負債を移す"プログラムであった。
代金ベルカ式の概要を聞き、同じソシャゲ厨として似た感性を持ち、極めて優れた頭脳を持つグランツなら、リボルビングフォームの使用さえも予想できたということだ。
とはいえ、100個のピースで出来ているパズルの完成形を、一つ二つピースを見ただけで推測するようなものだ。尋常な頭脳でできることではない。
アルハザードを滅ぼした借金課金システムを捻じ曲げたことを考えれば、その技術力はアルハザードの域に届いているとさえ言えるだろう。
リボルビングフォームの負債は、青年には何一つとして残らなかった。
「オレの借金を他人に背負わせるわけにも……」
「まあ、大丈夫じゃない? 博士って意外とお金持ってるのよ。
流通がちゃんと機能してた頃から、博士は沢山発明してたからね」
「博士が無欲な人なので、使われないまま死蔵されたお金が沢山あるんです。
エルトリアはずっとこうですから、資源採掘も生産もギアーズ頼りでしたし」
金に関しては、相当な蓄財があるらしい。
そもそも借金は、金が無い者が分不相応に借りるから破滅するのだ。
金がある人間が許容範囲で借金をする分には、何ら危険ではない。
金があり、金になる技術を無数に保有し、これから先世界を救った科学者として英雄扱いされるであろうグランツからすれば、この程度の借金は負担にさえならないのだろう。
「未来の課金兵から、過去の課金王への献上品さ。受け取って欲しい」
「ですが……」
「この世界を救ったお礼を、何かしたいんだ。受け取ってくれるかい?」
「……」
「私も父親だ。娘の前では格好つけたいんだよ」
格好つけてる時でなくてもこういうことはする、"いい父親"なグランツが笑う。
青年は悩んでいたが、やがて折れたようだ。
彼がどう食い下がっても、グランツは借金を彼には返さない。
その上、これは純粋な好意だ。
グランツの負担になっていないことを考えれば、断るほうが失礼というものだろう。
被害を被るのは、自分の借金を他人に肩代わりしてもらった青年のハートだけである。
「そういえば、タイムパラドックスの問題はどうするのですか、博士」
「にんてんどっぐす? なにそれ?」
「タイムパラドックスです、レヴィ。
時間の矛盾のことです。
例えば、マスターがこの未来の情報を持って過去に帰ったとします。
過去で未来の情報を前提として動いたとします。そうすれば、未来は変わってしまうのでは?」
「タイムパラドックス、確かにそれは問題だね」
過去の世界に未来の情報を与えてはならない。でなければ未来世界が最悪崩壊してしまう。……はず、だったのだが。
「なんだけど、不思議なことに問題はないんだ」
「何故ですか?」
「シミュレーターで試算してみたんだ。
彼をそのまま過去に返しても、未来は変わらないという結論が出た」
「えっ」
「いや、正確には違うかな。
彼の周囲では、時間移動の作用が霞む次元事象が多発しているんだ。
ソシャゲの主人公が、異様な頻度でトラブルに巻き込まれるように」
それは、矛盾の超越。
シナリオで出会う前にガチャで新規実装キャラを先に引いてしまい、シナリオで出会った新規実装キャラが「初めまして」と言っている横で、プレイヤーが先に引いた新規実装キャラが微妙な顔をしている、という状況に等しい矛盾の超越であった。
ガチャは時に世界の流れと矛盾を起こすが、気にしてはならない。
「課金王君は言うなれば世界の特異点。
何故かは分からないけれど、次元世界という枠と法則の半歩外側に居る。
まるで、世界観という箱の外側からやって来たかのようだよ」
「んー……心当たりはないですね。オレ、普通の日本人でしたし」
「貴様が普通? 片腹痛いわ、寝言は眠っている時だけにせんか」
「辛辣……!」
「君のそれが、災いのトリガーとならないことを祈るよ」
グランツは嫌な予感を皆の心に残すようなことを言う。
次元、時空という単位で見て初めて見える、この青年の奇天烈さもあるようだ。
この青年の周囲では、未来から情報を持ち帰ったに等しい世界変動が常時発生している。
そのくせ、何故か未来世界の崩壊が起こる気配はないという。
この青年の周囲であれば、時間移動による矛盾は滅多に発生しない。
本来ならば、時間異動には記憶操作が必須であるのだが……この青年の周りでは、それもあまり意味が無いため、やる必要が無いらしい。
「とはいえ、言い触らされてもいいことはない。基本的には内緒でお願いするよ」
「了解です」
転生に由来した青年のちょっとした特異性。前世で自分がどういう人間だったかさえ忘れている以上、その謎を解ける者はもう居ないだろう。
「スルトの遺跡はほぼ全てがヒドゥンに取り込まれていた。
だから、使える遺跡はあと一つだけ。
時空移動装置として使えるのもあと一回が限度だろうね」
「あと一回だけ、ですか」
元の時代に帰り、それで初めて彼の今回の冒険は終わる。
あと一度しか時間移動ができないのなら、それでこの世界の皆とはお別れだ。
ディアーチェとレヴィがこの世界に残るという話はもう聞いていた。
アミタとキリエもこれから忙しくなるだろう。
後は彼とシュテルが元の時代に帰るだけ……で、あったのだが。
「マスター」
真剣な表情で、シュテルは彼を驚愕させる言葉を吐く。
「私は、ここに残ります。元の時代に帰る時は、私を置いて行って下さい」
その言葉に驚きながら、彼は気付いた。
いつからか、自分が―――『シュテルは自分に付いて来てくれる』と、思い込んでいたことに。
やることがある、とシュテルは言った。
それはエルトリアの復興と、仲間を支えることなのだろう。
青年は一瞬引き止めてしまいそうになったが、その言葉を口には出さずに噛み殺し、シュテルの願いを了承した。
(ようやく会えた本当の仲間。
ずっと一緒に居た、あんなに会いたがってたマテリアルと盟主だもんな。
少し、寂しいが……シュテルがそう望んだなら、それを尊重してやるべきだ)
青年は自分を納得させようとする、
元の時代に帰る直前になってもなお、自分を納得させようと言葉を繰り返す。
そして、青年は『シュテルのことしか考えていない自分』に気付き、苦笑した。
グランツや、キリエや、アミタと別れるのも辛いはずなのに。
レヴィ、ディアーチェ、ユーリと別れるのも辛いはずなのに。
特にアミタ、キリエ、ディアーチェ、ユーリとは繋がりも深かったはずなのに。
それらのどの辛さも、シュテルと別れる辛さには及ばない。
別れの辛さは、関係の深さだけでは測れない。一緒に居た時間が長ければ長いほど、その分だけ別れの辛さは倍々に増加していくものだ。
あの時、古代ベルカの友と別れた時にも、彼の胸中には辛い悲しみがあった。
シュテルと彼の付き合いは十年以上。
それだけ長く深く関わっていた人物と別れるのであれば、そのショックは計り知れない。
もしそのショックに並ぶものがあるとすれば、高町なのはと永遠の別れを迎えた時だけだろう。
「ありがとう。そしてさようなら。過去の、異世界の同志よ」
「ありがとうございました。そしてさようなら。未来の、異世界の同志」
グランツと別れの言葉を交わして、彼は一度きりの転送装置へと向かう。
そこで、腕を組んで壁に背を預けるディアーチェが彼に声をかけてきた。
「また、貴様が友を呼ぶ機会があれば、我を喚ぶがよい。
クラウスより先にな。
貴様が我を真っ先に、信じる王として喚んだなら、貴様が直面した万難を打ち砕いてやろう」
「対抗心燃やすなよ、王様。
誰かと比べなくたって、お前の偉大さはちゃんと分かってるから」
「我が偉大かどうかではない。今見ているのは、貴様が我を真っ先に頼るかどうかよ」
「……分かった、また機会があったらな」
「それでよい」
ディアーチェと別れの言葉を交わし、前を向くと、力いっぱい手を振り回すレヴィが居た。
彼女の意を汲み、青年は笑って手を上げる。
両者が魔力抜きの全力で、ハイタッチをぶつけ合う。
「また会おうね、マスター!」
「元気でな、レヴィ」
二人して赤くなった痛む手を振りながら、別れの言葉をぶつけ合う。
もう二度と会えないと知りながら、レヴィの『また会おうね』を否定しないのは、彼の優しさか。それとも、彼自身の『もう一度会いたい』という気持ちの表れなのか。
次に現れたのはアミタ。アミタは現れるやいなや、彼の胸に軽く拳を叩きつける。
「はいっ」
「え、何してんのお前」
「心に私の勇気を注入しました! これで私達はいつでも一緒です!」
「……凄え、最後の最後までアミタらしくて思わず安心しちまった!」
"それぞれの時代でお互い頑張りましょう"とエールを貰ったようなものだ。
気のせいか、心臓の中に熱い血が流れ込み、前よりも熱くなった気すらする。アミティエ・フローリアンは安定して、女性らしいままにとても熱い少女だった。
別れの言葉をアミタと交わし、次に会ったのはそっけない態度を見せているキリエ。
「心配は要らないわよ。
そりゃ、心配される理由も分かるけど……
わたしはこれからも、わたし自身とよろしくやっていく。
他人からは逃げられても、自分からは逃げられないしね。だから、大丈夫」
「そうか。なら……大丈夫かもな」
「こんないい女にアピールもしないで元の時代に帰っちゃうなんて、あなたホモなのかしら?」
「オレの恋人はソシャゲで、お前よりずっといい女だから目移りしないんだよ。
……とか言って欲しいのか? オレはマジトーンでこの台詞を言えるぞ?」
「やめなさい……! 本気で撃つわよ……!」
最後の最後までからかい、からかわれ、二人は別れる。
その次に、金の髪を揺らした小柄な少女が現れた。
「私は、皆が、あなたが、大好きです」
「オレも大好きだぞ」
「あぅ……わ、私の方がもっと大好きです!」
「おっ、恥ずかしがり屋のユーリが食い下がるとは珍しい」
「だ、誰が言わせたと思ってるんですか! もう!
……ちょっとお別れしたからって、私達のこと、忘れないで下さいね」
「ああ、忘れない」
ユーリは顔を赤らめて、彼の手をギュッと握り、ブンブンと上下に振る。
彼女なりの感情表現にほっこりし、ユーリにも別れを告げて彼は行く。
最後に、転送機の前で待っていたのはシュテル。
シュテル・スタークスは腰の前で手を合わせ、彼を静かに待っていた。
「マスター」
真っ直ぐな目が、彼の目を捉える。
これが最後だと思うと、彼の中にもこみ上げてくるものがあった。
シュテルは何を考えているのか分かりづらい表情で、胸に手を当て、彼に熱のこもった言葉を投げかける。
「伝えたい気持ちがあるのなら、言葉だけでなく、行動でもお願いします」
シュテルらしくないようで、シュテルらしい言葉だった。
その言葉に、彼は呆れたように笑って、寂しそうに笑った。
「寂しいな、シュテル」
「……え」
「寂しいけど、仕方ない」
青年は、シュテルを抱きしめる。
男が親友にそうするように、先生が卒業式で子供にそうするように、兄が妹にそうするように、親が子にそうするように、戦士が戦友にそうするように。
力強く、抱きしめる。
「今までありがとう。心からそう言えるよ、相棒」
シュテルは一瞬体を硬直させたが、やがておずおずと彼の腰に手を回し、控え目に彼を抱きしめ返した。
「そのお気持ちが、何よりも嬉しい贈り物です。マスター」
そして、彼はあっさりとシュテルを離し、シュテルも名残惜しそうに離れる。
二人の別れは、これで十分だった。
シュテルの瞳から、涙が溢れる。
何かを言おうとして動いたシュテルの口は、何も言わずに噤まれる。
彼はシュテルに背を向けて、今の自分の顔を見せないようにした。
男の足が、転送機の中へと踏み込む。
「じゃあな」
長いようで短かった数日の戦いが終わる。
未来の異世界の冒険が終わる。
ずっとずっと続いていた悪夢が終わる。
多くの出会いがあり、最後は別れで締めくくられた。
だが、彼の胸に寂しさはあれど、後悔はない。
この先の未来では、きっと皆は笑えているはずだと―――信じていたからだ。
悲しい別れが想い出になり、彼が元の時代に帰ってから、一ヶ月が経っていた。
相も変わらずスカリエッティが事件を起こしていて、次元世界の緊張は加速度的に高まりつつある。
ソシャゲ管理局の局長である彼の仕事も増えていたが、シュテルが居なくなったことで仕事の処理速度は低下し、仕事の負担は倍増では済まないくらいに膨れ上がっていた。
彼は背伸びして、ぼうっとあの未来の世界の事を思い出す。
(不思議なもんだ。エルトリアには、一週間くらいしか居なかったのに)
一ヶ月しか経っていないのに、とても懐かしく感じてしまう。
一週間前後しか居なかったのに、とても強く頭に焼き付いている。
不思議な日々だった。
その最後には別れがあったが、それでも誇らしい気持ちで思い出せる、そんな時間だった。
(昔はこういうことなかった気がするんだけどなあ。
オレはもうちょっとさっぱりした性格で。
何事も引きずらないし、大抵のものには縛られてなかったし。
実際、古代ベルカから帰って来た時も、大きく引きずってはいなかったんだ)
彼は古代ベルカの時の比でないくらいに引きずっている。
古代ベルカとエルトリア、どちらの想い出が重いだとか、そういう話ではない。
ここ数年で、彼の心に生じた変化。
及び、20年の内11年……人生の半分を共に過ごした相棒との別れ。
それが、少しばかり彼の心をブルーにさせている。
「やめやめ」
体が疲れているから、心の揺らぎを認識してしまうのだ。
体が疲れていなければ、誰よりも笑っている男と言われる彼なら、心の状態を表に出すことなどありえない。
今日の仕事は、ここでおしまい。
彼は早めに休もうと、決め、自室の扉を開き――
「あ、ユーリ、お菓子があったよ!」
「れ、レヴィ! 勝手に食べるのはいけませんよ!」
「あ、見てアミタ。あいついっちょ前に難しい経営の本なんて読んでるわよ」
「キリエ、失礼ですよ。……意外なのは、同意ですが。
かっちゃんさん、裏でこっそり経営の勉強してたりしてたんですね」
「なんだこの散らかった机は! 我が片付けてくれる!」
「ディアーチェ、それは私の仕事です。貴女は座っていて下さい」
――彼の部屋の中で、好き放題やっている面々を見た。
「……お前ら、なんで居んの?」
「あ、マスター。お帰りなさいませ」
「お帰りなさいませ、じゃねーよシュテル。え? なにこれ? イザナミか?」
課金王は万華鏡課金眼の幻術でも食らった気分になっていた。
「資料はありました。
データも有りました。
時を操る者も居ました。
なので、最初から時を越えるシステムを魔法で再現するつもりだったんです」
「―――!?」
「エネルギーチャージだけで一ヶ月かかるという問題。
この時代のミッドとあの時代のエルトリアしか繋げないという欠点。
私が居なければ使えず、私一人でも使えないという欠陥。
ユーリ、アミタ、キリエ、私が居て初めて使えるというハードル。
完成形と言うにはあまりにも不格好が過ぎますが……まあ、どうでもいいことですね」
シュテルはやることがあると言った。
エルトリアに残ると言った。
が、この時代に帰らないとは言ってない。
勝手に勘違いしたのは彼で、勝手に勘違いするよう誘導したのがシュテルだった。単にそれだけのこと。
「そんなあてがあるなら、あんな別れ方する必要なかったんじゃないか……?」
「いえ、マスターは私と永遠の別れとなれば、寂しがってくれるのかなあと思いまして」
「こ、この女……!」
つれない男と付き合っていると、女は不安になるものだ。
その男のことをちゃんと理解していても、それは変わらない。
いや、同性にさえそういう気持ちはあるだろう。
"あの人は自分をどう思っているのか"と思い、知ろうとするのは、古今東西よくあることである。
「貴方がとても寂しがってくれたので、とても満足です。嬉しすぎて泣いてしまいましたよ」
「お前、お前、あの涙の理由は……!」
「ダメじゃないですかマスター。
ああいうことされると、私は一生貴方に尽くしてしまいますよ。私はそういう女です」
「なっちゃんと決着付けてから図太くなりすぎだろシュテルッ!」
たまに関係の主導権を握ったと思えばこれだ。これだから女というものは恐ろしい。
「わたし、確かにファッション悪女だったわ。
シュテルのやったことは可愛らしいけど、あれこそ悪女よ。小悪魔よ。
あれに比べたら、わたしなんて調子こいた小娘みたいなものよ……」
「ボク思うんだけどさー、ああいう演技してたらユーリとかもギューってされる流れだったよね。
マスターって案外さびしんぼで、友達とお別れするのが嫌な人なんだなあって思ったなー」
「ぎゅ、ぎゅーですか。
それは恥ずかしすぎて、し、死んじゃいそうなので遠慮したいです……」
「貴様は本当にそのまま死んでしまいそうで我は恐ろしいぞ」
彼はあの一件を、一生このメンツにネタにされるような気がしていた。
人を殺せそうな目で、青年はシュテルを見る。
気恥ずかしくて彼と目を合わせられないのか、シュテルは彼と目を合わせず、髪先をいじりながら会話している。
「私が時を越えられないと誰が決めたのですか? それだけの話ですよ」
「さっすがシュテルさん! 不肖アミタ、感服致しました!」
「ね、凄くない? この二人。熱さを表に出すと、アミタが二人居るみたいよ」
「キリエは知らないんだろうが、シュテルは昔から熱いやつなんだよ……」
この青年がタイムパラドックスを発生させない特異点であるのをいいことに、彼女らは平然と過去に遊びに来ていたのである。
彼は今日これから、このメンツの相手をしないといけなくなったわけだ。
先程まで疲労感に包まれていた彼の体が、不思議と軽くなった感じがする。
「ふわぁ……流石に徹夜明けは眠い。我が主よ、ベッドを借りるぞ」
「そこはオレのベッド……もう寝てる!?」
「マスター、このお菓子食べていい!?」
「もう食ってんじゃねえか!」
「あの……お疲れのようですし、肩でもお揉みしましょうか?」
「サンキューユーリ。お前は本当にいい子だな……」
「仕事のことなら、キリエが頼りになりますよ。
現場指揮でも事務作業でも、私が驚くような能力を発揮してましたから」
「アミタもこんなんだけど頼りにるわよ?
今のエルトリア復興計画の企画立案と総指揮、やってるのアミタだもの」
「助かる。クソ助かる。超嬉しい。スカリエッティのせいで手が回ってなかったんだ」
「マスター、マスター、ああいう別れをした私があっさり戻って来てどういう気持ちですか?」
「初めてお前を叩き出したいと思ったよこの野郎!」
「やるべきことはやってきました。……もう一度、一緒に。よろしくお願いしますね、マスター」
騒がしい日々は、もうちょっとだけ続きそうだった。
これにてエルトリア編は終了。中編書いてから次の章を始めます
課金厨も残り二章。あとはスプラッタホラーとかサイコホラー系統の猫姉妹編、そして最終章で終了です
投稿回数に直せば10~20回くらいでしょうか? もしかしたら年内に終わるかもしれませんね