課金厨のソシャゲ廃人がリリカルなのは世界に神様転生してまた課金するようです   作:ルシエド

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「君がいつか破滅する人間だったとしても、僕は君の破滅を望んだことなど一度もない!」
「まだ一緒にやりたいことがあると思っていたのは僕だけか!?
 一緒に困難を乗り越えていける友人だと、そう思っていたのは僕だけか!?」
「君が未来を捨てて得た金で掴んだ明日になんて、僕は価値を感じない!」

 Ks編の最初の話で、かっちゃんが心に刻んだある少年の言葉です。一線を越えさせない歯止めになっている言葉です。他人のために自分から破滅を望む子を見るたびに思い出している言葉です。


イベント完走報酬『ユーリ・エーベルヴァイン』。死ぬ気で走って、イベ残り五分、ゴールに着くまであと少し

 この世界に生きていた生物を汚染し、組み換え、侵食して作り上げた無数の生物達。

 それが、死触の森の奥から湧いて来る。

 無数としか言えない悪性生物達の数は、圧倒的だった。

 

 夜空を星が埋め尽くすことはない。

 星は数え切れない数であるが、夜空の黒の上にポツポツと浮かぶだけだ。

 だが、この生物群は違う。

 人の視点でこれを捉えようとすれば、地平線を右から左まで埋め尽くし、地面の下から雲の上までを埋め尽くすこれを、壁としてしか見ることは出来ないだろう。

 

 人の感覚で見る限り、宇宙(そら)の星よりもなお多い数の敵。

 

 ゆえに、彼女らは数を質で圧倒した。

 

「来たれ、命の連鎖断ち切る氷河期の悪魔! コキュートスッ!」

 

 ディアーチェの広域攻撃が道を開く。

 闇と氷が、破壊と混沌をもたらして、陰と雪の軌跡を残しながら生物の群れを吹き飛ばした。

 彼女が開いた道を、皆で突き進む。

 

「こいつがボクのさーきょーたるゆえんっ! 雷刃封殺爆滅剣!」

 

 レヴィの雷刃が放たれる。

 雷刃は爆裂し、更に進む道を押し広げるが、レヴィは大量に構築した雷刃を連射することで、ディアーチェに次ぐほどの範囲の道を切り開いてみせる。

 一発で足りないなら何も考えず連射する。実にレヴィらしい攻撃だ。

 彼女が開いた道を、皆で突き進む。

 

「キリエ!」

「アミタ!」

 

「「 ファイネストッ! 」」

 

 ヴァリアントザッパーの高威力砲撃弾・ファイネストカノンが同時に発射される。

 姉妹の攻撃は完璧に息のあったものであったためか、相乗効果を引き起こし、ディアーチェの広域攻撃並みに敵を吹き飛ばしていた。

 姉妹が開いた道を、皆で突き進む。

 

 やがてディアーチェは、生物と生物の隙間を通して、遠く彼方に石像となった彼の姿を見た。

 肩に乗せた小さな彼の頭を、ディアーチェの人差し指が撫で、闇の王は不敵に笑う。

 

「貴様を取り戻すぞ! 本当の戦いはそれからだ!」

 

「ああ、頼む!」

 

 一人が前に出て攻撃し、三人がその後ろで力を溜め、四人でローテーション大規模攻撃を行いながら、五人で悪性生物の群れを突っ切っていく。

 全員が高い能力を持つからこそできる強行突破だ。

 彼女らの全エネルギーを費やしたとて、この数を全て倒すことは不可能である。

 

 なればこそ彼女らは、『彼』と『彼女』の復活で繋がる希望に賭けていた。

 

「ゆくぞレヴィ! 我らの力で、外部からシュテルに再起動をかける!」

 

「うん!」

 

「シュテルの奴の居場所には見当がついておる! 奴ならば、かの男の傍に居るはずだ!」

 

 撃つ。

 切る。

 放つ。

 全ての敵を倒すのではなく、進む道を作るためだけに放たれた大技は、彼女らの前にだけ道を作る。敵が集まってくるせいで、彼女らの後方に既に道は無い。

 だが、振り返らず前に進む者には、希望が見えるものだ。

 

 今、彼女らが視界に捉えた、森の広場に安置された青年の石像。不確定要素の塊。

 それこそが、彼女らの希望である。

 

「「 再起動っー! 」」

 

《 Awakening 》

 

 ディアーチェとレヴィが突っ込み、アミタとキリエが二人に近寄る全ての敵を打ち砕く。

 

 かくして二人のマテリアルは、その手に宿したシュテル再起動のプログラムを、闇と接続されている石像の青年へと撃ち込んだ。

 

 

 

 

 

 それが、シュテルに最後の力を与える。

 

「……さて、最後の大仕事をいたしましょう」

 

 ディアーチェの予想通り"彼の近く"の闇に漂っていた彼女の基幹プログラムは、外部から再起動をかけられたことで一気にその力を取り戻した。

 ここを超える千載一遇のチャンスは存在しない。

 シュテルはそのまま闇の中に潜行し、石化され心を囚われ闇に接続された彼の夢の中に侵入、体と心にかけられた魔法を内側からあっさりと解除してみせた。

 

「私は理のマテリアル。得意分野である、と言わせていただきます」

 

 外側からなら困難でも、内側からなら破壊可能。それはセキュリティの常道である。

 この闇も一種のプログラムである以上、例えるならばOSの末端を内部から一時的に利用するというこの裏技には、抗えない。

 砕け得ぬ闇はすぐに気付いたようだが、既に手遅れだ。

 

「マスター」

 

「シュテルか」

 

 砕けた夢の残骸の中で、彼と彼女は再会する。

 

「お互いひっどい状態になったもんだ。

 オレとシュテルだけでこの世界に来たのに、今じゃ両方やられてるんだぜ?」

 

「まったくです」

 

 また会えたことが嬉しいのか、二人は自然と笑い合っていた。

 

「かつて、砕け得ぬ闇とマテリアルは、一つのものでした」

 

 シュテルはかつて忘れ、そして思い出したマテリアルの使命を口にする。

 

「本の断章(マテリアル)にしてシステムの構築体(マテリアル)

 我ら三人はエグザミアそのものである彼女に寄り添い、守り支える円環の一部。

 制御システムを持つ王が制御を行い、私とレヴィがその補佐をする……

 そうすることで、暴走する無限の力を外から制御するという機構を前提としていました」

 

 彼女らは元々一つのものだった。一つのものとしてウーンズに作られた。

 

「ですが、外付け回路であるということは、それだけが壊れる可能性もあるということ。

 核の砕け得ぬ闇だけを残し、マテリアルは破損……

 闇の書の闇は、将来に破滅の可能性だけを残す形で、あの日ナノハに砕かれてしまいました」

 

 その瞬間、本来ならばユーリが救われる可能性は、消え去っていたのだ。

 

「けれど、貴方が居た。ユーリの生前唯一の友であった貴方が」

 

 だが、失われたその可能性を『引いた』者が居た。

 

「これを運命と言わずなんと言いましょう。

 私達はこの世界に生まれなかったはずの者として、この世界に誕生した。

 ユーリを助ける約束をした貴方の下に、ユーリを助ける力を持って馳せ参じた。

 いや、言い方を変えましょうか。

 貴方はあの日の約束を果たそうと、毎日欠かさずユーリのことを想っていた。

 それが、貴方の引き運に作用したのです。

 明確に欲しいと思わぬまま、けれどユーリの救いを求める生き方を選び、貴方は引き続けた」

 

 物欲センサーにさえ引っかからない、奇妙な友情と約束。

 一瞬一瞬に求めて引くのではなく、慢性的に長い年月の間心の奥に横たわっていた想い。

 "人に優しくしよう"と心がけて生きている人間のように、彼は"いつか必ずユーリを救う"と心がけて生きていた。

 あの日ユーリに約束してから、何年という時間が経っただろうか。

 されど、想いは色あせない。

 

「その結果。救われる可能性が無くなったはずのユーリには今、救われる可能性が残されている」

 

 救われるべき少女が居る。

 救いたいと願う青年が居る。

 青年に召喚され、少女を救う使命を持ったマテリアルが居る。

 

 この状況が、既に奇跡のようなものだった。

 青年は拳を握った義手を、シュテルの前に掲げる。

 

「あの子を救いたい。お前の力が必要だ。弱いオレを助けてくれ」

 

「御意に」

 

 シュテルが掲げた杖が、義手にコツンと打ち合わされる。

 そこには、紛れもない絆があった。

 崩れ去る世界に侵食して来たユーリの闇を見て、長居は無用とばかりに、シュテルは手にした杖を空へと向ける。

 

「貴方を置いて、ああした選択をした私が言えることではないのかもしれませんが……」

 

 そして、青年に微笑みかけ。

 

「もう一度、貴方を守らせて下さい」

 

 何もかもを吹っ飛ばすような、派手な砲撃をぶちかました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 石像から空へと向けて、燃えるような砲撃が立ち昇る。

 その炎の中から青年を抱えたシュテルが姿を現せば、皆の表情が一気に明るくなった。

 

「シュテルさん! かっちゃんさん!」

 

「もぅー二人共、わたしをハラハラさせちゃって、困った子達なんだから!」

 

「よーぅっしゃあ! ボクらの作戦、大成功!」

 

 三人のマテリアル、二人のギアーズ、一人の課金厨が勢揃いする。

 ミニかっちゃんは本体の帰還と同時に闇の欠片に戻り、黒い球となって彼の手の中に収まった。

 青年は二本の足で立つ。

 体内の闇の欠片を排出した以上、今の彼の体内に敵は居ない。

 弱りきった体はそのままだが、青年は一人で戦場に立てる体を取り戻していた。

 

「顕現率100%。封印率0%。出力100%」

 

 そして、青年の復活と同時に、赤き魄翼を従えた少女が森の上空へと現れる。

 

「ユーリ……」

 

「もう、うんざりだ」

 

 何度倒そうと、何度打ちのめそうと、勝ち切れない。倒し切れない。

 それどころか更に強くなって立ち塞がってくる。

 闇に属するユーリに、彼らの心に宿る『光』はあまりにも眩しすぎた。

 

「何故、諦めない?

 何故、壊れない?

 何故、逃げてくれないんですか?

 何故、死んでくれないんですか?

 ああ、頭が痛い。痛いよ。痛いです。痛い痛い痛い……あれ、今、どこが痛かったんだっけ」

 

 狂気と正気の狭間、破壊衝動と優しさの狭間、自分と父の狭間で揺れるユーリの言葉には、人間らしい一貫性がまるで無い。

 そんな彼女に、青年は断言する言葉を投げつけた。

 

「何故諦めないか? 決まってる。お前がまだ幸せじゃないからだ。お前が笑ってないからだ」

 

 その言葉が、ユーリの瞳から濁りを僅かに消し去る。

 

「もう、見捨てて下さい……」

 

 目に正気の光が戻って来たかと思えば、ユーリはすぐさまその表情を悲壮に染めた。

 

「私は頑張って、誰も居ない世界に行きます。

 何もない世界に行きます。そうすればもう、何も壊すことはありません」

 

 何者も居ない世界、何も者が無い世界、光さえ存在しない世界。

 そんな世界に行けたなら、そこで孤独に耐えながら暴走を抑え込めたなら、その作業を永遠に一人で続けられたなら、確かに彼女はもう何も壊さずに済むだろう。

 

「何も無い闇と虚空の中で、私は永遠に自分を抑え続けます……

 隣に居て欲しいなんて、もう願わない。

 孤独が嫌だなんて、もう二度と考えない。

 寂しいだなんて、絶対に思わない。

 それが終わりのない地獄だとしても、誰かを壊してしまうよりは、ずっといい!

 これからは一人で、ずっと一人で、誰にも触れず、何も無い闇の中で過ごし続けるんです!」

 

 だがそれは、永遠の苦痛を食んで生きることを選ぶこと。

 そして、闇に抗うという絶対的な不可能に挑戦することと同義だった。

 女性陣の表情が悲痛に染まり、同情の色を顔に浮かべる。

 青年は自分の顔を見せないまま下を向き、気合いを入れるように靴紐を結び直していた。

 

「すまんユーリ、お前何か勘違いしてないか?」

 

「え?」

 

「お前の未来、幸せ、笑顔が欲しいと思ってるのはオレなんだ。お前の意見なんて知らんがな」

 

「えっ」

 

「オレを誰だと思ってるんだ? いつも通りだろう?

 オレはオレの欲しいものをゲットするために、ここに居るんだ」

 

 何故ユーリは、自分が幸せや未来を拒めば、彼らが帰ると思ったのだろうか。

 救いを拒絶すれば、彼らが諦めると思ったのだろうか。

 ユーリの『自己犠牲』は、彼の『全員笑って幸せに生きてろ』という基本スタンスが、絶対にぶっ壊そうとするものだというのに。

 

「幸せになれ、バカな薄幸少女。

 オレ達は今日、魔法と救済と幸せを、お前の意志ガン無視でぶち込みに来たんだよ」

 

あなた(おまえ)は、あなた(おまえ)は……! 本当にっ―――!」

 

 二つの声が重なる。

 二人分の感情が重なる。

 彼の在り方に、少女は嬉しさや希望を見せた。

 彼の在り方に、男は忌々しさと絶望を見せた。

 その在り方に、かつて娘は救われ、父親は打倒されたのだから、それも当然のこと。

 

 ユーリが見せる感情と表情がめまぐるしく変わり、正負の感情と表情が入り乱れていた。

 感情が浮かんでは消え、混ざっては分かれる、そんな中で。

 一瞬だけ、心からの嬉しさを込めた笑顔が見えたよう気がしたのは、気のせいではないだろう。

 

「闇の欠片が、目覚めます」

 

 最後に残ったのは悲しみ。悲しみを浮かべた沈痛な表情だけを浮かべ、ユーリは静かに語る。

 

「もう、止められない。

 私はあなたを殺したくないけど殺したいから、殺さないと。

 壊したくないけど壊さないといけないから、壊さないと。

 早くここから逃げて……逃げなくていいから、どうかここで、安らかな死の眠りを受け入れて」

 

 支離滅裂に、けれど必死に話に整合性をつけようとしながら、ユーリは警告する。

 

「闇の欠片は、闇に触れた者の記憶を再生し、破壊に走らせる。

 それは誰かの記憶に残る人間の、闇によって歪められた姿……」

 

 彼女を操る闇から生まれた闇が、欠片となって降り注ぐ。

 青年の前で、青年の記憶を材料(ソース)にし、闇の欠片が形を変える。

 闇が、悪夢へと変わる。

 

「悪夢は、蘇る」

 

 青年の記憶から、闇の欠片は悪夢を再生した。

 

 

 

 

 

 無限の石と主を内包し、闇の書の闇に突き動かされるリインフォースが居た。

 

 古代ベルカの時代、最後に戦ったジェイルが居た。

 ウーンズ・エーベルヴァインが居た。

 ガーフィールド・チャリオッツが居た。

 カリギュラ・キングマクベスが居た。

 

 現代で、自分を最大限に改造したスカリエッティが居た。

 

 

 

 

 

 その光景に、青年が目を見開くのは、当然の流れであった。

 

「なっ……!?」

 

 誰よりも早く、シュテルは仲間に警告して後退させる。

 

「下がって!」

 

 感じられる力は、オリジナルと遜色ない。

 それぞれの時代の力を青年が結集し、ぶつけ、それでようやく勝てた強敵達が勢揃いだ。

 模倣体ではあるが、古代ベルカのジェイルに至ってはシュテルを一度倒している。

 

「……シュテルさん、そんなに強い奴らなんですか?」

 

「時間が足りません。

 戦力が足りません。

 武装と準備が足りません。

 あの中で最も強い者であれば、一人で私達全員を屠れるでしょう」

 

「そんなに……!?」

 

 世界が滅びるまであと五分と少し。

 それでこの面々を倒してユーリも倒す? 不可能だ。

 限界突破しなければなのは含む全戦力を投入して勝てなかったリインフォース、課金魔法を無効化し闇の書を持つウーンズ、完成された聖王のカリギュラ、事実上の古代ベルカ戦線ラスボスであったジェイル、異能山盛りのスカリエッティ、そしてそれらの誰よりも強いガーフィールド。

 一番弱いウーンズだけでも倒せれば、奇跡だろう。

 

 悪性生物達は勇者達を逃さぬよう、森の周囲を囲んで壁を作り上げている。

 

 ユーリは青年を見つめ、悲しそうに呟いた。

 

「あなたを殺すのは、それぞれの時代であなたを苦しめた恐るべき敵達だ」

 

 闇の虫と獣に囲まれ、闇の者に相対され、闇に囚われた少女に悲しみの目を向けられる課金王。

 

 その心は、なおも折れず。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――いい友達だったよな? オレ達

 

―――違うさ、ベルカ。それは過去形にしちゃいけない。

―――もう二度と会うことがなくても、僕らは永遠に親友なんだ

 

 

 

 

 

「殺させないよ。僕が、僕達が」

 

「言いましたね? 砕け得ぬ闇。私の友を殺すのは、彼を苦しめた恐るべき敵だと」

 

「ならば、僕の親友を助けるのは、それぞれの時代で彼に信頼された英雄の想い出だ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その折れない心に呼応するかのように、三人の人間が現れる。

 三人の内一人、若草色の髪の青年が、追い詰められた課金王の肩に手を置いていた。

 

「……え……エレミア……オリヴィエ様……クラウス……?」

 

「ああ、僕だ。一夜の夢として形を得た、君の想い出の中の親友だ」

 

 ヴィルフリッド・エレミアがそこに居た。

 オリヴィエ・ゼーゲブレヒトがそこに居た。

 クラウス・G・S・イングヴァルトがそこに居た。

 あの日別れたままの姿で、彼の前に現れていた。

 

 闇の欠片は、『記憶から人物を再生する』。

 それは、他の誰でもなく、ユーリ自身が言ったこと。

 

「そんな……これは、一体……!

 理論上はあり得る、でも奇跡みたいな確率で起きるバグみたいなものなのに……!?」

 

「奇跡ってのは起きるから奇跡なんだよ。僕はそれをよく知ってる」

「奇跡は諦めなければ起こせるから奇跡なんです。私はそれをよく知っています」

 

 エレミアとオリヴィエが諭すようにユーリに言葉をかけると、クラウス達に続いて新たな闇の欠片が形を結ぶ。

 

「かっちゃんが友達を助けるのを、助けるために!」

「私の時みたいに、アリシアを助けた時みたいに、笑っちゃうようなハッピーエンドを!」

「リインフォースを助けて貰った、私やから! 運命を変えるお手伝いなら、喜んで!」

 

 九歳の頃のなのはが、フェイトが、はやてが現れる。

 

「想い出が……オレの現代(いま)じゃなくて、過去(むかし)の仲間の想い出が……!」

 

 今日まで共に戦って来た仲間達が、彼らを先に行かせるべく並び立つ。

 クラウスが手を乗せていた肩とは反対の肩に、別の人物が手を乗せた。

 青年が振り向けば、そこにはフェレットのユーノを肩に乗せたずっと昔のクロノの姿。

 

「ここは僕達に任せて先に行け、親友」

「大丈夫。僕らを信じて、かっちゃん」

 

「クロノ、ユーノ」

 

「時間が無いんだろう? 君は、君がやるべきことをするんだ」

 

 クロノとユーノが前に出て、課金王は隣の覇王の顔を見る。

 あれから何年も経っているのに、相変わらずクラウスは彼よりも背が高かった。

 

「僕はクラウスであると同時に、君の記憶から再生された幻想だ。

 だから僕達の強さは、ベルカ、君の心に少しばかり左右される。

 君がありのままの強さを信じれば、僕らは勝てない。

 だけど、君が僕らの強さを、僕らが必ず勝つと信じてくれたなら……きっと……」

 

 欠片が再生したクラウスは、あの日のままの姿で、聞き慣れた言葉で、彼に頼み込む。

 

 

 

「信じてくれ、ベルカ」

 

「信じてるさ。昔からずっと……今もずっと」

 

 

 

 信じてくれ、と言われたならば。答えなど決まりきっていた。

 

「……!」

 

 砕け得ぬ闇が、森の中心から生える巨大な魄翼に向かって飛翔する。

 

「『皆』! ここは任せた!

 『皆』! ユーリを追うぞ、急げ!」

 

 『皆』という広い範囲を指す言葉をややこしく使い、青年はユーリの後を追って飛び上がる。

 分かりづらい彼の指示だが、その意図を理解できなかった者は居なかった。

 この場に揃った彼の仲間達は、皆大なり小なり彼と心を繋げていたから。

 

 マテリアル達が飛び上がり、飛翔速度の遅い彼をレヴィが抱えていく。

 欠片から生まれた者達が、欠片から再生された宿敵達に立ち向かう。

 エルトリアの未来のために、そして彼のために、彼の信じた英雄達が戦い始めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 なのだが、敵として再生された闇の欠片の中で、一体だけ奇妙な動きをする者が居た。

 ウーンズだ。

 種を明かせば簡単なこと。

 ウーンズ本人はとっくの昔に死んでいるが、ウーンズの妄執や憎しみは闇の書の闇にこびりついており、今回の欠片の顕現と同時に欠片にその一部が流れ込んだのだ。

 

 ユーリに取り憑いたように欠片にも取り憑き、ウーンズは一個人としての自分を取り戻す。

 

「……くくっ、ようやく手に入れたぞ、確固たるわたしの体を!」

 

 しかもその過程で、今の砕け得ぬ闇が取り込んでいる力を掠め取っていた。

 『ヒドゥン』という完成形として生まれる前の力の渦、その一部が今のウーンズの中にはある。

 

「闇の書の闇の多彩な魔法と魔導特性。

 砕け得ぬ闇の一端たる膨大な力。

 星喰い……死触が持つ星を喰らい支配する力。

 そしてスルトの……時間を操作する力!

 わたしはとうとう、次元世界の全てを凌駕した神に等しい存在となった!」

 

 今の彼には、破綻者には持たせていけない次元の力がある。

 

「は、ははっ……長い艱難辛苦の時であった……! これで世界を変えるのだ!」

 

 時間操作に、環境変遷に、多彩な魔法に、尋常でない出力の体。

 今の彼ならば、過去・現在・未来の全ての次元世界から、自分が気に入らない人間だけを殺すことすら可能だろう。

 実際、彼はそうしようとしている。

 そうして彼は、世界から自分の気に入らない人間の遺伝子を根絶するつもりなのだ。

 

 そうすれば、ウーンズを不快にさせない人間だけが残った世界ができる。

 ウーンズを不快にさせる人間が生まれる可能性が、遺伝子レベルで根絶される。

 人種と遺伝子のパターンが限定され、ウーンズに好意的な人間しか生まれない世界ができる。

 

 『その結果として全ての人類を殺してしまう可能性』に彼は目もくれない。

 考えても居ない。

 彼の思考は究極の独善、究極の自己愛、究極の自己満足と言っていいものだった。

 

「まずはあのベルカという男の故郷から滅ぼし……」

 

「見つけましたよ、ウーンズ・エーベルヴァイン」

 

「……あ?」

 

 そんな、悪の前に。正義の味方が立ち塞がっていた。

 

「貴様らは……」

 

「アミティエ・フローリアン」

「キリエ・フローリアン」

 

「名前なんてどうでもいい。邪魔だ、死ぬがいい」

 

 簡潔に名を名乗る姉妹に対し、ウーンズは取り込んだスルトの力の一部を使用。

 時間流を操作して、加速した時間の中を悠々と歩く。

 そして、無情に姉妹の首を刎ねようとして……放った魔法を、斬り散らされた。

 

「!?」

 

「時間操作は、あなただけが使える力だとでも思いましたか?」

 

 ヒドゥン完成後でなければユーリでさえ使えない、時間流の操作。加速した時間の中で、アミタとキリエは平然とウーンズの動きに付いて行っていた。

 

「元々、わたし達には『アクセラレイター』って力があるの。

 疑似時間操作なら日常的にやってるのよ、私達。

 元々、博士が時間の干渉にいい顔しなかったからリミッターがかけられてたんだけど……」

 

「この戦いの間だけという条件で、リミッターを解除していただきました!」

 

 姉妹は戦いの前、補給だけを行っていたわけではなかった。何故か調整も行っていたし、アミタに至っては"一通り体を動かして不具合の確認もしておきたかった"と言うくらいに、体を動かして何かを確認しようとしていた。

 それが、アクセラレイターのリミッター解除の影響だったのだろう。

 

「どうやら、時間を操作する力だけで見ればあなたの方が凄いみたいね?

 でもざーんねーん。

 わたし達みたいに日常的にこの力を使ってたわけでもないみたいだから、互角くらいかしら?」

 

「……あの男の近くに居る人間は、本当に、ことごとくわたしの癇に障るな……!」

 

 ごう、と膨大な魔力が渦を巻く。

 全ての世界を自分の妄執で壊そうとする男に、その願いを叶えるに足る魔力が応えているのだ。

 強敵を前にして、『最高の父』を親に持つ二人の娘は、『最低の父』に立ち向かう。

 

「一人の父持つ娘として」

「そして、ユーリちゃんを助けたいと思う一人の女の子として」

 

「私達は、あなたを倒します」

「わたし達、あんたをぶっ倒すわ」

 

 時の流れが歪まされる。加速された時間の中で、四丁の銃が唸りを上げた。

 

「人が人らしく生きること。

 悪に堕ちないよう生きること。

 より多くの笑顔と幸せを望むこと。

 親から子へと世代を変えながら、生という名の命を運ぶ作業を行うこと……それが、運命!」

 

「わたし達は機械で!

 暖かな命なんて無いけれど!

 それでも、あんたみたいな、皆が命を運んでいる一生を悪意で邪魔する奴は見逃さない!」

 

 許してはならない悪が居て。そしてここには、二人の正義の味方が居る。

 

「私達は、あるべき運命の形を守ります!

 人の心が向かう先の未来を守ります!

 悪人(あなた)のようにそれを邪悪に捻じ曲げる者あらば、倒します! 絶対に!」

 

「わたし達は時の操手にして運命の守護者――」

 

「「 ――フローリアン姉妹ッ!! 」」

 

 人なのに人の心が無い男を止めるのは、人でないのに人の優しさを持つ姉妹だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 巨大な魄翼を前にして、逃走したユーリはとうとう追いつかれる。

 

闇王(ディアーチェ)。速いですね、前に戦った時よりずっと速い……

 けれど、その飛行速度のせいで、皆を置いて来てしまったのではないのですか?)

 

「追いついたぞ! ここで決着を付けてくれる!」

 

 追いついたのは、ディアーチェ一人。

 レヴィよりも速いくらいのスピードで、ディアーチェは飛行していた。

 

「なら、まずはあなたから壊れるといい」

 

 ユーリは自前の魄翼から、無限にも思えるほどの魔力弾を壁のように組み上げ放つ。

 ディアーチェは向かい風を感じた。

 あまりにも密度が高い魔力弾の壁が迫って来ているせいで、魔力弾の壁が大気を押し流し、周囲に強い風を生んでいるのだ。

 

 この壁を突破するには、高い攻撃力と高いスピード、ずば抜けた反射神経が必要だ。

 どう足掻いても、ディアーチェでは突破できない。ディアーチェのことをよく理解しているがために、ユーリはこんな確殺の魔法を撃ってきたようだ。

 かわせない。

 防げない。

 壊せない。

 ディアーチェならば、だが。

 

「ヴァリアブルシフトL! 雷刃の襲撃者(レヴィ・ザ・スラッシャー)!」

 

 その瞬間。ディアーチェの姿が突然、レヴィの姿へと変わった。

 

「っ!?」

 

 レヴィは魔力弾を切り裂き、その合間を飛び回り、先のディアーチェの速度が子供騙しに見えるレベルの速度で曲芸飛行を見せる。

 

「うーーーーっ、ひょーーーー! ボク、最強っ!」

 

 そして、ユーリの弾幕を突破した。

 

「僕は雷刃の襲撃者(レヴィ・ザ・スラッシャー)! どんなに暗い夜の中でも、燦然と輝く雷の刃!」

 

 呆気に取られていたユーリだったが、すぐに心を持ち直し、次の魔法を放つ。

 

「なら、これで!」

 

 次に放たれた魔法は爆雷の魔法。

 ちょっとした刺激で爆発する、高速近接戦闘を得意とするレヴィの天敵となる魔法だ。

 爆雷は加速度的に数を増し、いずれはこの戦域で飛行さえも行えなくなることは必至。

 

「ヴァリアブルシフトD! 闇統べる王(ロード・ディアーチェ)!」

 

 ゆえに、レヴィはその姿を一瞬でディアーチェのそれへと変える。否、代わる。

 

「我は闇! 闇にして闇統べる王(ロード・ディアーチェ)! 全ての絶望を砕く輝ける闇!」

 

 登場と同時にディアーチェが放った広域攻撃が、全ての爆雷を誘爆させた。

 ユーリが眩しそうに顔を顰め、ディアーチェが手の中で十字杖をくるりと回す。

 

「くっ……!」

 

「これが最後の戦いだ、ユーリ!」

 

 ユーリの防御は堅い。ゆえに、ディアーチェは最高の単打力を持つ者に代わる。

 

「ヴァリアブルシフトS! 星光の殲滅者(シュテル・ザ・デストラクター)!」

 

 ディアーチェがシュテルに替わり、シュテルの杖に魔力が溜まる。

 

「私は星光の殲滅者(シュテル・ザ・デストラクター)

 

 そして、一点突破の砲撃が放たれた。

 

「夜闇の中で人が道に迷ったその時に、寄り添うように行き先を照らす、空の彼方の道標」

 

 砲撃はユーリの腕に弾かれたが、ユーリはここでようやく、驚愕の中に納得を浮かべる。

 

「……そうか。

 君達三人は、一体化したのか。

 そして三人分の力を合わせ、表に出ている一人が合わせた力を好きなように使っている……」

 

「三人? 違いますよ」

 

 シュテルの言葉に、ユーリが目を凝らす。

 すると、シュテルの中に何かが見えた。

 レヴィと、ディアーチェと、そして……彼女らの主が一人。

 

「四人……!」

 

 彼女らはプログラムだ。

 融合も分離も自由自在。相当に融通が利く存在である。

 更に言えば、ディアーチェはプログラム的に言えばリインフォースにあたる存在だ。

 なればこそ、人間とのユニゾンも不可能ではない。

 主である彼だからこそ、ユニゾンが成功してもおかしくはない。

 特例中の特例、異例中の異例。

 

 彼は合体マテリアルの中で、そのスペックを引き上げる強化魔法を起動していた。

 

「来たぞ、オレ達全員の力で。

 素直に救われろ!

 素直に助けられてろ!

 素直に幸せになってろ!

 笑え! 笑えない奴なんてのは、単に人生を損してるだけだ!」

 

「……やめてください……やめて……! 希望を持っても、辛いだけなんだから……!」

 

「ヴァリアブルシフトD! 闇統べる王(ロード・ディアーチェ)!」

 

 合体してもなお、ディアーチェの力はユーリには遠く及ばない。

 

 だが、ディアーチェは己の勝利を疑ってさえいなかった。

 

「夜明け前が最も暗い。

 されど、闇の中でも雷は輝く。

 やがて明星が煌いて、闇の果てに光が見える。

 この闇は絶望を砕く闇、夜明けに至る希望の闇!」

 

 できるかできないかではなく。やるかやらないかこそが、彼女にとっての重要事項。

 

「待っていろ、ユーリ・エーベルヴァイン! その絶望、我の闇が打ち砕くッ!」

 

 叫ぶディアーチェの声を聞き、その声に頼もしさを感じていた青年は、博士から託された最後の切り札を握りしめていた。

 

 

 




 欠片の敵で一番強いのはガーフィールドです。ですが尺とテンポの関係で、彼の戦闘シーンはカットさせていただきますね

【闇の欠片】

 BOAやGODにて出現した、『記憶から再生された個人』を生み出すもの。闇の書の闇の欠片。
 記憶から個人を再生すると言えば聞こえがいいが、実際はほとんどの欠片が心を歪められ、基本的に破壊に走るようになってしまっている。
 厳密に言えばシュテル達などの構築体(マテリアル)もここに属している。
 シュテルは誰かの中のなのはの記憶を歪めてそれを元に今の形を作った、というわけだ。

 例えばなのはとフェイトが廊下を歩いて肩をぶつけてしまった、という記憶があったとする。
 闇の欠片がこの記憶を再生した場合、肩をぶつけられてなのはに殺意を抱いたフェイト、というレベルで歪められた個体が発生する可能性さえある。
 攻撃的な者の欠片は非常に危険で、温厚な者の欠片は歪められても性格まで変わっていないというパターンもあるものの、「突如頭痛を覚えてその痛みから逃げるように殺戮に走る」というパターンで結局破壊を行ってしまう。

 心以外にオリジナルとの戦闘力差は無い。
 基本的に欠片から生まれた者は破壊と混沌を望むため、マテリアル達も自意識を強めるまではこの衝動に突き動かされ、破壊と混沌を望んでいるフシがある。この作品においては無いのだが。
 ゲームでは砕け得ぬ闇の活性化に従い、海鳴全域に欠片が撒かれるという最悪の事態になった。

 だが、この闇の欠片によるコピーには例外が存在する。
 ごく稀に、生前の人格と記憶を完全に再生したコピーが生まれるのである。
 例えばフェイトの記憶からプレシアを再生したはずなのに、フェイトが知らない過去の記憶を持った生前そのままのプレシアが再生される、というパターンが起こり得るのだ。
 とはいえ、希少な存在であることには変わりない。
 こうして再生された存在は、闇の書の闇の意志に従うこともなく生きようとするのである。

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