課金厨のソシャゲ廃人がリリカルなのは世界に神様転生してまた課金するようです   作:ルシエド

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【前回までのあらすじ】

「バンドをやろうと思うんだ、シュテル」

「はあ、そうですか。今のところどこまで決まってるんですか、マスター?」

「バンド名はゴールデンボンバー。
 地球の言葉で『課金して爆死した』という意味の言葉だ。
 最初の曲はオリジナル曲で課金した額を女々しく何度も見返す男の歌を……」

「マスター。ふざけるにしても超えちゃいけないラインというものをご存知ですか?」


コブラ「あと少しで章ボスとの戦いが終わる。章ボスとの戦いが終わったらどうなるかって? 知らんのか。メンテが始まる」

 多大に運も絡んだだろうが、"データが導き出したスカリエッティの大技射程距離"と、レジアスが想定していたスカリエッティの大技射程距離が大きくズレていたことが功を奏した。

 

「あ、危なかった……!」

 

 大多数であるという優位を活かす管理局サイドは、どうしても咄嗟の判断で動けない。

 戦いの流れをできる限りコントロールし、作戦通りに全体が動いて初めて、彼らはスカリエッティを打倒しうる戦力となる。

 地上戦力はほぼ壊滅状態、オーリスとロングアーチが指揮する後方部隊が拾って来た高ランク魔導師は治療中、海の人間がスカリエッティに挑んでいる現状だが、まだ戦いの流れをコントロールできていると言えばできている状況にあった。

 

「よーしよーし、フッケバインさん達から情報来ました。エクリプス解析が進みますよ!」

 

「あいつら、殺人特性失ってからただのクソニートになりかけてたのにこう役に立つとは……」

 

「これも司法取引の一環になったりするのかなぁ……」

 

 管理局サイドにもう大したリソースは残っていない。

 総攻撃なら仕掛けられるのはあと一度が限度だろう。

 最後の最後まで、戦える者も戦えない者も死力を尽くし、できることを続けていた。

 ここに居ない裁判の判決待ちの者までもが、ミッドを残すために力を貸してくれていた。

 

「どう、アリシア?」

 

「うーん……何度話し合っても、出る結論は同じだったよ、フェイト。

 リスク覚悟でスカリエッティの防御機構を全て抜いて、一発ノックダウン。これしかない」

 

 回復を終えたフェイトが問い、思考するアリシアが答える。

 ディバイドゼロ・エクリプスを見た後では、まして先程地上本部を一撃で吹き飛ばした一撃を見た後では、長期戦を選ぶだなんて愚策にも程がある。

 リーゼ姉妹・ザフィーラ・シグナム&ヴィータという戦力を一点集中してもあっさり凌がれた以上、攻勢を仕掛けるのもリスクであろうが、それでも勝機はゼロではない。

 

 今の彼女らは、言わば城を捨てて野戦陣地を構えた一軍。

 野戦の陣地は守るためでなく、敵を倒すためにあるものだ。

 今アリシア達が居る陣地は、ただひたすらに攻勢の準備を続けている。

 

「障害は四層防御(バリア)分断(エクリプス)ロストロギア(エネルギー)。大別すればこの三つ」

 

 アリシアは問題を一つづつ提示し、それらをカテゴリ分けして、それぞれに一つづつ解決案を考えるという思考を行っていた。

 魔導師としてのプレシアの才を超える可能性を見せるのがフェイトなら、智者としてのプレシアを超える可能性を見せるのがアリシアだ。

 

「四層防御はただ硬いだけじゃなく、他の防御機構とも複合してる。

 スカリエッティの周囲に滞空してる分断含むエネルギー。

 戦闘機人の強化骨格に、強靭な上再生する肉体。

 気絶しなくて痛みもカット、それらを支える脳内のデバイスの自動防御。

 『これでもか』ってくらい攻撃を重ねないと、戦闘不能まで押しきれないかもだよ」

 

「アリシアはどのくらいあれば十分だと思う?」

 

「単純に魔導師集めるなら……バリア一枚に、AAAランク二人づつ当てたい」

 

「……居ないね」

 

「……居ないんだよね」

 

 アリシアとフェイトが振り向けば、そこには治療を受けている数多くの負傷者達が居た。

 戦闘に復帰できなさそうなアルフ、スカリエッティに与えられたダメージを八割がた治し終えたフェイトとプレシア。その中間程度の負傷具合の者達の内何人が、戦闘に復帰できることか。

 AMF下で大活躍していた戦闘機人達に至っては、瀕死の重傷レベルにまでやられてしまっている。

 高ランク魔導師だけを数えても、十人は揃わないだろう。

 ザフィーラが重傷と引き換えにヴィータ・シグナム・ロッテ・アリアを守りきったことだけが朗報と言えたが、無傷とは言えず、五人揃って集中的に治療されている。

 

「ロストロギアを封印できれば、多分力の源泉がなくなるから楽に……

 ……楽になる……なるかも……なるはず。そうすれば、いくつかは無力化できるよ」

 

「希望的観測っ……!」

 

 確定で上手く行く要素の一つや二つくらいは欲しい、とフェイトは呆れた顔をした。

 

「アリシア、封印魔法の方に当てはあるの?」

 

「うん。あるにはあるけどそれはまあ、皆次第じゃないかな」

 

「皆次第?」

 

「正確には、皆の頑張り次第?」

 

 フェイトが聞いても、アリシアから返って来るのはよく分からない解答だけ。それはつまり、アリシアも『これだ』という確たる策を持っていないからなのだろう。

 あるいは、何か策があるものの、それが成功するか分からないため失敗したら別の手を考えようとしているからなのかもしれない。

 

「四層バリアを抜いたら、その後肉体にもノックダウン級ダメージを与えないといけないし」

 

「一人が複数回攻撃したら?」

 

「私はできれば一撃に全力込めて欲しいんだよ、フェイト」

 

「困ったね。どうすればいいんだろう……」

 

「もう少し仕掛ける時間を後にして、皆の回復を待つ。

 そしてヴィータちゃん・シグナムさん・ロッテさん・アリアさんで四層防御を突破。

 フェイト、お母さん、はやてちゃんとリインさん、あとはできればクロノ君もその後に投入。

 高ランク魔導師の波状攻撃でなんとか……ただもしかしたら全員四層防御突破に投入するかも」

 

「要するに『やってみないとわからない』ってことだね、アリシア」

 

 四層防御への対処を考えるだけでこれだ。

 魔法を変に当てれば即座に起爆するロストロギア、魔法がそもそも通らないエクリプスなど、他にも問題は山積みであるというのに。

 なのでアリシアは、一番面倒臭くて対処不可能に思えるエクリプス関連は、一番どうにかしてくれそうな車椅子の友達に丸投げすることにした。

 

「ロストロギアには封印魔法。

 バリアには頭数を揃えての一点集中飽和攻撃。

 でもエクリプスはどうにもならないから、そっちよろしく! 任せた!」

 

「おう、任された」

 

 アリシアと車椅子の青年はハイタッチし、青年は人型に変形した車椅子を駆って見通しのいい場所へと向かっていく。

 ウィーンガチャンという音を立てながら歩いて行く人形車椅子――実際は音が鳴るような質の悪い関節など無くスピーカーでウィーンガチャンと音を出している――の後を、ヴィヴィオ・アインハルト・ジークリンデがてくてくと付いて行く。

 ふとした瞬間に実年齢が見えるのが微笑ましくて、アリシアは自然と笑みを浮かべていた。

 微笑ましさがアリシアの思考にかかった不安という名のもやと、体に満ちていた緊張感を解きほぐす。

 

「スカリエッティへの攻撃チームは、ギリギリまで回復させておきたいから、時間が欲しいな」

 

 アリシアが口にした内容は、作戦を考えている者達の共通見解だ。

 今最前線に居る者の中でクロノには脱落して欲しくないが、ここで更に前線に人を出すとスカリエッティの防御が削り切れなくなる。

 かといって、もうちょっと前線に戦力が無いとヴィータ達の回復が間に合わない。

 色々と考え始めたアリシアだが、はやての横に開いた通信ウィンドウに映ったティアナ達の姿を見て、その不安を消し去った。

 

『こちらティアナ・ランスター。予定通り、クロノ・ハラオウン提督の援護に回ります』

 

「こちら八神はやて。死なない程度に、頼んだで」

 

『了解!』

 

 まだもう少し保ちそうだ。

 アリシアは一般局員が一人では通信もできなかった先程までの状況が、少し良くなってきたことを感じる。今見ていた通信のノイズが、随分と少なくなっていたからだ。

 

(AMFの影響も、随分薄くなってきたかな……?)

 

 皆が稼いだ時間は、少しづつ希望に繋がっている。

 そして、アリシアが見ていた通信をヴィータも見ていた。

 彼女は自分が数ヶ月面倒を見てやっていた新人達の凛とした姿に、ニッと笑う。

 

「……あいつらも、仲間として頼れるようになってきたじゃねーか」

 

「嬉しそうだな、ヴィータ」

 

「は? そ、そんなんじゃねーし」

 

 そんなヴィータをシグナムがからかい、照れたヴィータが顔を逸らした。

 

 ロッテとアリアも、スバル達にちょっとした縁があったためか、少年少女らの奮闘にどこか感慨深いものを感じているらしい。

 

「若いってのは、根性と底力があっていいねえ」

 

「アリア、ババ臭い」

 

「―――!」

 

 心砕けるアリアをよそに、アリシアは遠く高台に立つKを見る。

 

「頼んだよ、かっちゃん」

 

 彼女は、彼を信頼していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そして彼はその期待を十数秒で裏切っていた。

 

「栄光のシャイニングドロー! 溶けろ十万! 行け! 行け行け! はいダメでしたッ!」

 

 エターナルカキンブリザード。財布は冷え込み、残金は死ぬ。

 

「ごめんなさい引けませんでした!」

 

「引けませんでしたじゃないですよ!」

 

「しょうがないんだ! 今ピックアップ何も来てないんだ!

 オレは恒常設置の通常ガチャにぶっこんで何か出て来てくれるのを期待するしかないんだ!」

 

「知りませんよ!」

 

 声を張り上げるアインハルトだが、あっという間に溶けた十万は返って来ない。

 彼はブッダもニッコリな無欲っぷりでガチャを引いていたが、流石にこの状況では多少なりと他人の意識が物欲センサーに作用してくる。皆から離れてもそうなのだ。

 更に言えば、今ピックアップや出現率アップは一切無い。

 適当に普通のガチャを引くしか無いのだ。

 ゴミが大量に混ざっているガチャを引き、そこから目当ての物を引こうとするなど、それは因果律への反逆に等しい。

 

 この十万で何が出来ただろうか、と普通の人間のような思考が彼の脳内をよぎる。

 「その十万にはもっといい使い道があったんじゃないか」とは、普通の人が廃課金によく言う言葉だ。

 だが、この青年であれば、それに返す言葉は一つだろう。

 

(いや、そうだな。別のガチャに突っ込んだだけだ。

 十万あったらどうするか? 百万あったって課金するわ。

 きっと来世でもそうするに違いない。オレはこれまでも、これからも、ずっとそうだ)

 

 現実から目を離して自分を見つめ直すという器用な事をし始めたK。現実から逃げることはあっても爆死の結果からは逃げてはならない、それが課金兵の鉄の掟だ。

 彼は別に現実から逃げているわけではないが、課金兵の掟は常に厳守している。この状況で爆死してもなお、彼は悔しげかつどこか晴れやかな笑顔を浮かべていた。

 

「どうします?」

 

「どうするもこうするもないんやない?」

 

「あれやります?」

 

「うーん……」

 

 幼女三人――外見は大人――が額を突き合わせて、何やら相談を始める。

 相談している内容は事前に打ち合わせがあったようで、話自体はすぐに終わった。

 三人は揃って頷いて、彼に向き合い、彼の手に紙幣やキャッシュカードを握らせる。

 

「はい、どーぞ!」

 

「え、なんだこれ」

 

「私達のお年玉とか、溜めてたお小遣いとか、お手伝いで貰ったお金!」

「使ってください」

「金が要るんやろ?」

 

「―――」

 

 その瞬間。

 課金色に染まった彼の魂は金の入手を大いに喜び、周囲の良心的な人間が二十年弱かけて彼に植え付けた良心は、それを大いに恥じた。

 

「すまん、マジですまん、後で必ず、絶対に返すからな、ごめんな……」

 

 かなりマジな口調で謝りつつ、かれはおずおずと三人の幼女から金を受け取る。

 彼女ら三人は金遣いも慎ましく貯金するタイプで、ソシャゲ管理局の給料も受け取っている上、まだ実家暮らしの小学生だ。金は溜まっていく一方だろう。

 が、それでも今Kに渡した額は少なくはない。おそらくはほぼ全財産を提供したと思われる。それがなおさら彼の罪悪感を煽るのだ。

 

「小学生から貰ったお小遣いで課金ガチャ回す気分はどうですか?」

 

「ぐはっ」

 

「ハルにゃーん! いてこましたらあかーん!」

 

 ド天然アインハルトが思ったことをそのまま口にし、それが彼に対してはボディーブローのように突き刺さる。

 結構効いているようだ。

 

「こいつが背徳感ってやつか。

 背徳感ガチャ……こいつは新しい扉を開いてしまいそうだぜ」

 

「はるにゃんが大の大人の新たな性癖を目覚めさせたんやね……」

 

「ひええ、アインハルトさんただれてる……」

 

「人聞きの悪い言い方をしないでください」

 

 アインハルトによる課金厨背徳調教と新性癖の目覚めの気配。そんなこんなで、彼は周回遅れにアリシアの期待に答える権利を得るのであった。

 

「シャイニングドローと対になるバーバリアンズドローで二倍!

 無料ガチャを引いて大当たりが出た直後に引くと成功率が増すというオカルトで二倍!

 大当たりが出やすい当たりアカウントとかいうオカルト加えて三倍!

 これで気持ち的には、ピックアップを超える十二倍のSR排出率だ―――!」

 

 かくして、彼は引く。

 

「スカリエッティ。悪いが、その子はお前には相応しくない」

 

 そして引いたものを、そのまま掲げて使用した。

 

「もっと格好いい頼れるイケメンと出会う運命なんだ……返してもらうぞ!」

 

 其は彼が通常ガチャという大海の中から手探りで探し当てた逆転の一手。

 この状況を打開出来る可能性をもった、幾つかの景品のうちの一つ。

 それすなわち、希望である。

 

「喰らえ……アイドルの衣装を強奪する技能の原典! 『強奪』のカードだ!」

 

 『それ』から放たれた光は一直線に飛び、あらゆる防御と分断の効果を突き抜けて、スカリエッティの体へと突き刺さった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 "勝利すると相手プレイヤーから何かを奪える"という形式のソシャゲは、一昔前のミッドでは今よりも大きな割合を占めていた形式のソシャゲだ。

 奪えるものはポイント、キャラ、アイテム、武器、連勝報酬獲得のための勝ち星……などなど、ソシャゲによって多種多様。

 この形式は敗者となったプレイヤーの不満が溜まりやすく、饒舌な退会者も無言の退会者も倍増させてしまう。

 そのため自然と、"相手の所有物を奪える"という要素はストレス軽減の世情に合わせ、消滅か緩和かのどちらかへと向かって行った。

 

 だが、『奪い合う』という行為には原初の激情が宿るがために、この形式はプレイヤーの課金欲を大いに煽る効果があった。

 この要素は、ソシャゲにおいて原初の暴虐であり邪神。

 なればこそ、その力の一端がガチャの中に潜んでいたのは必然で。

 

 その力の行使によって、スカリエッティの内部のリリィ・シュトロゼックは『強奪』され、車椅子の青年によって抱きとめられる事となった。

 

「―――!」

 

 リリィが抜き取られ、スカリエッティの"エクリプスの力を爆発させ制御する力"がガクンと落ちる。間がいいのか悪いのか、その時ティアナが撃った魔力弾がストレートにスカリエッティの額へと突き刺さっていた。

 

「づっ」

 

(当たった!?)

 

 今、かの課金厨が何かしたことは管理局サイドの共通認識だった。

 スカリエッティを倒すには大技の連発が必要であり、大技を一発でも当てれば四層防御を展開されてしまうため、奇襲で押し切るのは不可能であるはずだった。

 だが、油断しきっていたスカリエッティが攻撃を食らったのを見て、スカリエッティと戦っていた皆が変な希望を持ってしまう。

 今叩けば、少しでも後が楽になるのでは、という希望だ。

 

 ティアナに続いて撃った海の部隊の攻撃が、スカリエッティのインテリジェントデバイスのバリアに防がれる。

 分断が先程までのように働いていないことを悟った管理局員達達は、慎重なクロノを除いてほぼ全員が、意識を足止めから攻撃に切り替えてしまう。

 

「調子に……乗るな!」

 

 それが、よくない噛み合い方をしてしまった。

 スカリエッティは敵の意識の切り替わりを感じたのか、そこで思いつきレベルの行動に出る。

 なんと、過度のエクリプス感染者が持つ『生体魔導融合能力』を使って力を捻出、全身を崩壊させながら全方位に砲撃を乱射し始めたのだ。

 スカリエッティの体が崩壊するのと引き換えに、彼の周囲に破壊が撒かれる。

 

「なんだこれは、自爆か!? ぐあっ!」

 

「きゃあっ!?」

 

 破壊。

 破壊。

 破壊。

 クロノを除いた全ての管理局員が倒れ、竜が悲鳴を上げて打倒され、街が燃え上がる。

 爆炎と爆炎が晴れた後には、人の形をしたスカリエッティなんてどこにも見当たらない。

 胴体のような楕円の何かに、頭部のような球状の何かが付いているだけの焼け焦げた何かが、ところどころ赤黒く液状化しながらそこに転がっていた。

 

 そして、復元が始まる。

 インテリジェントデバイスが強化骨格を吸引し、スカリエッティの肉体に回復魔法をかけ、スカリエッティにコントロールされたエクリプスウィルスが、命を削りながら猛烈な勢いで肉体を再生していく。

 服をデバイスが再構築すれば、ものの数秒で再生を終えたスカリエッティがそこに居た。

 

「不死身、かよ」

 

「君達よりかは不死身かもしれないね」

 

 気絶する海の魔導師の言葉に、スカリエッティは少し取り繕った言葉を吐いた。

 今の彼の頭蓋の裏には、異常な不快感が満ち満ちている。

 

(……これはマズいな。シュトロゼックを奪われた影響が出始めている)

 

 エクリプスの出力と安定性が、加速度的に落ち始めていた。

 既にディバイドゼロ・エクリプスは撃てない状態であり、分断(ディバイド)の力自体も加速度的に減少しつつある。

 無理に大きな技を使えば、勝利し切る前に絶命しかねない。それが今のスカリエッティだ。

 そんなスカリエッティの状態を分かっていないクロノは、今スカリエッティがやらかしたこと……つまり、"ロストロギアが入った体をぞんざいに扱った"ことに戦慄していた。

 

「スカリエッティ、貴様、ロストロギアを自ら暴走させるつもりか……!?」

 

「エクリプス感染者は脳か心臓を貫かなければ死にはしない。

 心臓はロストロギアが、脳は合金製の頭蓋骨が守っている。

 ロストロギアに誘爆しないよう気を使えば、この程度造作も無いことさ」

 

 その場の思いつきレベルの行動で、この世界を巻き込んだ大自爆をやらかそうとするのだから、この男はタチが悪い。

 自分を含めた全員が死んでも何ら構わないとすら思っているのだろう。

 スカリエッティ相手にはちゃんと策を練って戦力を集中し、一気に決めなければならない。変に追い詰めれば『最悪』がありうる。

 

(厳しいか)

 

 今はもう、立っているのはクロノだけだ。海の魔導師も既に全滅している。

 魔力切れでここに来ていないキャロは倒されていなかったが、ティアナ・スバル・エリオと二匹の竜も先程の全方位攻撃にやられてしまっていた。

 本当に戦闘力が高い人間はそれ相応にタフだが、戦闘力が低く策略でどうにかするしかない者達は、戦績の割に打たれ弱いものだ。

 特定の相手にメタを張り、ここまで何とかやって来た新人達も、ここでとうとう力尽きる。

 ここに来た時点で既に虫の息一歩手前だったスバルやティアナはまだしも、十分に余力を残していたエリオや竜がワンアクションでやられたことからは、先の一撃の威力が伺えた。

 

(僕も、傷が深い)

 

 立っているのはクロノだけ。

 だがそれは、クロノが無傷であることを意味しない。

 クロノは先の砲撃乱射をかわし、流し、受けて防いでいたが、それでも無傷では済まなかった。彼は腹から血を流し、そこを左手で抑え、苦悶の表情で右手の杖を構えている。

 

 他の仲間との合流を考えるべきか。

 それともここで一人で足止めを続けるか。

 逡巡するクロノの思考が回る。

 クロノとスカリエッティは既に地上本部西方の草原に足を踏み入れており、仲間との合流に一分か二分しかかからない位置に居るというのもその逡巡に拍車をかける。

 

 クロノは念話でアリシアに確認の念話を飛ばすが、今スカリエッティに行かれるとギリギリヴィータ達の回復の時間が足りなくなってしまうらしい。

 それではダメだ。それでは詰んでしまう。

 クロノはここで、精根尽き果てる覚悟を決めた。

 

(僕の……最後の、魔力……!)

 

 地を伝うように、彼は最高最速でスカリエッティの足を凍らせる凍気を放つ。

 

「エターナル……コフィン」

 

 クロノが地面を伝わせた凍気は、凄まじい速度でスカイエッティに向かう。

 だが、クロノはエターナルコフィンが有効であったとはいえ、スカリエッティ相手にこの魔法を見せすぎたようだ。

 スカリエッティはほくそ笑みながら、跳躍でそれを回避。

 

 

 

「行けっ! オレの車椅子ッ!」

 

 

 

 ……しようとしたところを、課金王からの指示で飛んで来た人型車椅子に抑え込まれた。

 

「何っ!?」

 

 課金力に満ち溢れる車椅子のパワーは強く、スカリエッティはがっしりと肩を抑え込まれ、その足に凍気をぶつけられてしまう。

 このまま行けば、スカリエッティは問答無用で氷像と成り果てるかもしれない。

 

「こんなアホみたいなことでやられてたまるかぁッ!!」

 

 されどスカリエッティは、四層防御の展開・弱体化した分断・ロストロギアのエネルギーの同時展開でエターナルコフィンの凍結に対抗。裏拳で人型車椅子を殴り、陥没させて吹っ飛ばす。

 更に自分の腰の上辺りを右手の銀剣でバッサリと切り、異常に侵食の速い氷に覆われつつあった下半身を切り離した。スカリエッティはすぐさま下半身をデバイスの補助付きで再生し、地面の上を一回転する頃には足を生やして跳躍回避。

 下半身の強化骨格を引き換えにして、エターナルコフィンを回避していた。

 

 綺麗な回避とはお世辞にも言えない、醜悪な回避であった。

 

(ダメ、か……)

 

 クロノは血も魔力も足りなくなってしまい、目眩で倒れてしまう。

 せめてあと少し。あと数分は時間を稼げば、仲間がなんとかしてくれる。そう信じて戦いたいのに、体は言うことを聞いてくれない。

 もうダメなのか、そう彼の心が折れかけた、その時。

 クロノが握っていた杖を、優しく拾い上げる老人が居た。

 

「杖を貸しなさい、クロノ。よく頑張った」

 

「あなたは……! 今、闘病中だったはずでは……!?」

 

「人は悪にも、病にも、心一つで抗えるということだ」

 

 その人を、クロノはよく知っていた。

 だから信頼できた。だから任せられた。

 その人が今は病人であることを知っていたはずなのに、その人がデュランダルを構えた姿を見た途端、クロノの胸中に不思議な安心感が湧いてくる。

 デュランダルの使い方を、わざわざ教える必要など無い。

 

 その人が……『ギル・グレアム』が、デュランダルの使い方を知らないわけがないからだ。

 

「エターナルコフィン」

 

 グレアムのエターナルコフィンは、クロノのような氷結速度と氷結強度、及び無駄の無さを実現してはいない。

 だがその代わりに、スカリエッティの全身に発生する運動エネルギーを常に略奪し、その動きを停止させる作用を発生させていた。

 作用範囲が広くなったためか、クロノのようには凍らない。ゆえに決着には至らない。

 

「くっ、ヴっ、ぐぅぅっ!?」

 

「っ、くっ……私も老いたな……」

 

 グレアムは体調が良くないのか、エターナルコフィン一発で精根尽き果てた様子で座り込み、魔法の杖を普通の杖のように使い地に突き立てている。

 だがクロノと似て非なる彼の魔法は、スカリエッティのあらゆる防御行動と回避行動を阻害することに成功していた。

 エターナルコフィンの効果が、スカリエッティの脳内のデバイス、ロストロギア制御に使っていた各種システム等を狂わせ始める。

 ロストロギアの活動レベルも下がり始めたようで、エネルギー量が目に見えて目減りしていた。

 

「アリシア! ここだ!」

 

「了解!」

 

 車椅子を前線に出したせいか、夏に道路で干上がるミミズのような格好で地面に転がっていたKが叫んだ。

 それを聞いたアリシアが何かを起動させ、スカリエッティは喜色満面の笑みを浮かべる。

 

「何をしようが、無駄だということを知るがいい!」

 

 それは、希望を持たせてその瞬間にそれを折るという目的で行われた、スカリエッティの最後の仕込みの発動であった。

 彼はリリィと融合していた時に生成していた力の残りを使い切り、更に命を削り、超広範囲に"極めて薄い"魔力分断を行う。

 それに加え、事前にミッドの人間を脅迫して仕込んでおいた仕込みを起動させ、ミッドの魔力を使わない通信システムの全てを一瞬にしてダウンさせる。

 

 魔力通信、非魔力通信、その全てがダウンした。

 通信によって連携し、集団の利を活かして計画的に戦う管理局サイドからうすれば、これは目と耳を同時に奪われたに等しい。

 スカリエッティは敵が踏み込んだその時にこそ、敵の目と耳を奪うことで敵の自爆を誘えることを知っていた。走り出した直後に目を塞がれれば転んでしまうのは当たり前のこと。

 全員の連携がブツリと切れて、集団の連携に齟齬が出始める。

 

「"何をしようが無駄"はこっちのセリフだぁ!」

 

 だが、Kの部下として彼の手足となるアリシアに、その常識は通用しない。

 

 スカリエッティの強化された聴覚は、その瞬間から、困惑のざわめきとはまた違うざわめきが、ミッド全域から生まれ始めているという事実を捉えた。

 

「これは……!?」

 

 世界中全て、この星の上で人が住んでいる場所全て、星の外に至るまで全て。

 

 スカリエッティの感覚外含むそこかしこで、不自然なざわめきが生まれ始める。

 

「簡単な仕込みだよ。スカリエッティ。

 かっちゃんはね、基本的には趣味の延長で物事を解決したがるんだ」

 

 アリシアは世界中で生まれるざわめき、そして重なっていく心を、モニター越しに数字という形で感じ取っていた。

 

「魔力通信が潰される、予想してたことだよ。

 それ以外の通信回線も潰される、それも予想はしてた。

 だから私達は、リーダーの趣味全開の事業に一つ仕込むことを提案した」

 

 ミッドチルダに存在するソーシャルゲームがインストールされた携帯電話、情報端末、デバイスに一斉に送られる通知とメッセージ。

 ソシャゲ管理局と契約を交わしていたソシャゲ全てに現れる『運営のお知らせ』。

 ソシャゲ管理局が提供しているソシャゲ匿名掲示板サービスに現れる、小さくも確かな存在感を持つポップアップ。

 

 それら全てが、『ミッドを救う為力を貸して欲しい』という内容のものであった。

 

 "ソシャゲ管理局に管理されていたもの"が伝書鳩の役目を果たす。

 ソシャゲをやっている魔導師達が奮い立つ。

 ソシャゲをやっている一般人が、通知を見てソシャゲをやっていない魔導師にこのことを伝え、伝言ゲームで情報の波が広がっていく。

 それどころか、この波紋は魔導師だけに留まらず、魔力持ちの人間や魔導炉の管理者、果ては魔力を持つペットの飼い主達にまで波及して行った。

 

「……まさか、そうか、彼が私の予想を超えるもの……ソーシャルゲームッ!」

 

 2015年の日本のソシャゲ人口は一千万人であると言われている。

 ならば、星一つ分のソシャゲ人口はどれほどの数になるのだろうか?

 世界一つのソシャゲ人口はどれほどの数になるのだろうか?

 地球より科学力も人口も上なミッドチルダならどれほどの数になるだろうのか?

 地球よりソシャゲ文化が末期状態だったミッドチルダならどれほどの数になるのだろうか?

 その答えは、世界を包み込むこのソシャゲの波が証明している。

 

 『皆』が、一人でも多く生かすために戦った。

 その頑張りが、諦めなかった心が、ここで生者の数という形で力に変わる。

 

「ソーシャルゲームを使っての、情報共有ッ!?」

 

 魔力があるだけの人から、在野の強力な魔導師まで、それぞれが自分の中の魔力を放出する。

 魔力を乗せるは、ソシャゲの通信ライン。

 課金王の手で一から構築された、そしてスカリエッティがどうでもいいものだと軽視したソシャゲのラインが、魔力を運ぶ回路となる。

 

 世界中から集まりつつある魔力の渦を、プレシアが制御し、クラナガン上空へと舞い上げる。

 

「『これ』は、私の得意分野よ。ジェイル・スカリエッティ」

 

 そう。非物理的な繋がりを使ってラインを構築、そこに魔力を通すことは、これ以上無いほどにプレシア・テスタロッサの専門分野なのだ。

 彼女は本来魔導炉の開発と、そこから無線の繋がりをもってエネルギーを移動させる技術、それらを専門とする研究者。

 "目に見えない繋がり"を通して魔力を流すなんて造作も無いことだ。

 ましてや電波などという誘導ラインがあるのであれば、世界中の魔力をそれに沿わせるだけでいいのだから、プレシア一人とデバイス一つで処理能力は事足りる。

 

 膨大な数と量の魔力は、うっすらと展開された魔力分断の影響を受けても、受けたそばから魔力の奔流に飲み込まれて事実上の無効化を果たしてしまっている。

 もはや、これを止める手段はスカリエッティにはない。

 

「あれは、光……いや、雷……!?」

 

 古来より、人は雷を神の権能、神の矢であると称してきた。

 雷とは神の力。雷を電波という波として司るソーシャルゲームも、その内に神を宿している。

 多くの人が祈りを捧げるソーシャルゲームは、それ自体が既に神である。

 そして、テスタロッサの雷・ソシャゲの電波・神の雷という三要素は極めて相性がよく、空に構築された雷の封印魔法は、(ソシャゲ)の雷となって空より地へと向けられた。

 

 

 

「覚えておけ、スカリエッティ。

 これがオレ考案のオレ達の超必殺技、その名も……『ソシャ元気玉』だ」

 

 

 

 見上げ、惚けるスカリエッティの視線の先で、球状の神の雷が放たれて――

 

「……今日一番の、驚きだ」

 

 ――スカリエッティの全身を、封印魔法の光が打ち付ける。

 

 ソーシャルゲームによる既存のどれとも違う全く新しい魔法発動形式、

 それはソシャゲがミッドの魔法史に名を残した瞬間であり、ソシャゲがミッドの魔法文化に革命を起こした歴史的瞬間であった。

 空よりの一撃は封印魔法。

 ミッドチルダという世界の力そのものを束ねた、究極の封印。

 それが、スカリエッティのあらゆる防御の上から体内のロストロギアへと作用する。

 

 ロストロギアからスカリエッティへのエネルギー供給は七割がた止まり、しかし完全に止まっては居ない、そんな状態に。

 そしてロストロギアそのものは、ちょっとやそっとでは誘爆しない、半安定状態へと移行した。

 

「く、ははははっ! これは、数百年ぶりの驚きと言っていいのだろうかね!」

 

 それすなわち、魔導師がスカリエッティを全力全開で攻撃できるようになったことを意味する。

 

「ったく、あいつは変わらねえなぁ」

 

 そして、一撃ぶちかますだけの回復を終えたヴィータが、封印をかけられたスカリエッティの前に現れた。

 今のヴィータは騎士甲冑すら頑丈には作れない。

 だが、今更だ。

 攻めに集中し、一撃に全てを懸け、何もかもを砕いてこその鉄槌の騎士。

 

「ならあたしも、いつも通りにぶっ壊すしか能がねえあたしを、見せてやんないとな!」

 

《 Bewegung. 》

 

 狙うは、四層に張られたバリアの一つ。

 先程のソシャ元気玉の影響すら何割分か減衰させたそれに、ヴィータは鉄槌を叩きつけた。

 

「アイゼン! テートリヒだ!」

 

《 Todlichschlag 》

 

 先程スカリエッティに耐えられた時とは違う、見かけだけ派手で――誘爆を恐れたがために――どこか手を抜いていた一撃ではない、正真正銘本気の一撃。

 デバイスの機構ではない、ヴィータの技量がフルに込められた一撃がバリアにヒビを走らせる。

 シグナムはヴィータが入れた破壊の(ひび)を見て、自分一人ではこの障壁にヒビを入れることもできないと悟る。

 

(やはり、闇の書の闇のあれ以上の硬度がある。一人では無理か)

 

 そして、今の自分にできることをした。

 

「紫電一閃!」

 

 シグナムが鍛えて来た剣の技量と、過去最高の威力を込めたその一撃が、ヒビに突き刺さる。

 過去最高と言っていいキレの斬撃は、ヒビを広げるようにバリアを一刀両断。

 動きを止められたスカリエッティの四枚の防御の内一枚を、引き剥がした。

 

「ロッテ!」

「アリア!」

 

 そして機を見るに敏なリーゼ姉妹が動き出す。

 二人はシグナムの攻撃から一忽――人の脈一回の四百分の一ほどの時間――ほどの時間も空けずに、二人同時の砲撃を発射した。

 

「「 ブレイズ・キャノンッ! 」」

 

 mm単位で制御され、かつ二人が残していた全魔力を収束した、力ではなく技と連携で撃つ合体同時砲撃だ。

 ミサイルの爆風で針を真っ直ぐ飛ばすような攻撃に、さしものバリアも耐えられない。

 二枚目の防御が剥がされる。

 

「次! 次は誰だ! さっさとしねえとバリアが復活するぞ!」

 

 だが、打ち止めになって来た。

 この時点で陣地に残っている戦力はリイン&はやて、フェイト、プレシア、そして古代ベルカゆかりの三人の幼女のみ。

 手札の底が見えてきたことで、連撃が止まる。

 

「私の足止めに人を割き過ぎ、人が足りなくなったか?

 それとも、足止めに人を割かなかったために負傷者の復帰が間に合わなかったのかね?

 まあ、どちらでもいいことだ。私が待つ義理はない」

 

 スカリエッティはエターナルコフィンの拘束から脱出するため、力任せに前に進み始める。

 その際、力場が干渉してスカリエッティの皮膚がブチブチとちぎれ始めるが、痛みを緩和し再生すらもするスカリエッティには瑣末なことだ。

 

(しゃあない、私が行くしかないんやろな。

 やっこさんと同じように、私だって命削る覚悟で行けば、奇跡にだって―――)

 

 はやては指揮官でありながら、命を削ってスカリエッティと刺し違える覚悟を決める。

 だがそんな彼女を、背後から誰かが止めた。

 その誰かははやての肩を軽く叩いて、代わりに自分が前に出る。

 

「次は、俺だ」

 

 はやてを思い留まらせた男が、レジアスを見る。

 男は血塗れのレジアスを見て、申し訳無さそうな顔をした。

 レジアスは男を見て、険しかった表情を緩め、安心の感情を顔に出す。

 

「……ゼスト」

 

「すまない。待たせたな、レジアス」

 

「いや、いい。

 お前は遅れることはあっても、間に合わなかったことはない……儂の、ヒーローだからな」

 

 倒れてもいい。

 負けてもいい。

 間違ってもいい。

 ただ、最後をハッピーエンドで飾ることができるなら、それでいい。

 それがヒーローの条件だ。

 

「アギト!」

 

「あいよ! ユニゾン・イン!」

 

 ゼスト・グランガイツが往く。

 その身に炎の相棒を宿し、傷だらけであっても健全なその体を従えて。

 既に倒れた仲間達の無念を背負い、自分を利用した巨悪の前へ、怒りを込めた槍を携え、悠然と赴く。

 スカリエッティが嘲笑を浮かべ、何か嘲りの言葉を言おうとするが、ゼストとアギトにそんな与太話を聞く気はない。二人は問答無用で、最大最高の攻撃を叩き込んで行った。

 

「『 火咬一閃ッ! 』」

 

 すれ違いざまに走る斬撃の軌跡。

 それが、炎熱と衝撃となりバリアを砕く。

 魔力ダメージすら物理ダメージに包括する、ユニゾンならではの複合物理攻撃だ。

 その威力は、鎧の上から内蔵にダメージを与える『徹し』等にも精通するゼストの技量と合わさって、バリアの上からスカリエッティの肺にダメージを通す。

 

「がっ、はっ……!?」

 

 肺が止まり、呼吸困難に陥ったスカリエッティの動きが止まる。

 エターナルコフィンのエネルギーは作用を継続し、スカリエッティの脱出は阻止された。

 そして、そこで"集団の連携"が更なる一撃の準備を終える。

 

「レジアス中将! 敵座標の入力、及び照準のセットを完了いたしました!」

「一号機、二号機、三号機は破壊されましたが、『四号機』! 行けます!」

「準備完了! いつでも発射できますよ!」

 

 それは、レジアスが作らせていた巨大魔力攻撃兵器。

 スカリエッティに戦いのゴタゴタで破壊されていた三機とは別の、この戦いが始まった時点では完成していなかった三連装魔力砲搭載兵器。

 戦えない者達の中でも、エンジニアを始めとする"専門の者達"が集まり、月の落下開始前から最後の仕上げを行って、今不格好ながらも完成した超兵器。

 

「見るがいい。

 まだ完全に完成したとは言えないが、これこそが私の理想。

 特別な人間の力無くとも、悪から市民を守ろうとする心の味方、その力」

 

 スカリエッティさえも知らない『四号機』――

 

「受けてみろ―――アインヘリアルの一撃を!」

 

 ――アインヘリアル四号機だった。

 

「撃てえッ!!」

 

 地上部隊で対処しきれない敵が現れた時。

 地上の人々を守りきれない、そんな時。

 絶対に倒さねばならない巨悪が地上に現れた時。

 その時にこそ、『これ』が必要になるのだとレジアスは熱弁し、これを建造した。

 

 ならば、今がその時だ。

 

「くくく、流石レジアス・ゲイズだ、隠し事と隠蔽はお手の物か……!」

 

 アインヘリアルの豪快な砲撃が、最後のバリアを吹き飛ばす。

 なのだが、不幸にもその砲撃がスカリエッティを捕えていたエターナルコフィンの拘束までもを吹き飛ばしてしまっていた。

 スカリエッティは減少したとはいえ膨大なロストロギアのエネルギーを再放出、エネルギーの力場を周囲に展開。力場の盾として、四層防御再構築のため守勢に回ろうとする。

 

 そんなスカリエッティを、背後から忍び寄った人型車椅子が羽交い締めにした。

 

「えっ」

 

 そしてKが、アリシアが持って来てくれたパイプ椅子の上で、ニカッと笑う。

 

「あばよ、車椅子(ダチ公)

 

 そしてこの状況に似合う決め台詞を思いつかなかったので、とりあえず適当にそれっぽいセリフを吐きつつ、ポチッと手元のボタンを押した。

 

 これがお約束だ! と言わんばかりに大爆発する車椅子。

 車椅子の自爆攻撃は、スカリエッティを巻き込んで凄まじい熱と炎を巻き上げていた。

 

「こんな、馬鹿らしい攻撃に、やられてたまるかっ……!」

 

 しかし、炎の中から出て来たスカリエッティは無傷。流石にこれで死にたくはないらしい。

 はやてはその気持ちにだけは共感しつつ、この車椅子自爆が自分に対するお膳立てであると分かっていたので、気を引き締めて大技を撃った。

 

「ほなら馬鹿らしくない攻撃、食らってみぃひん?

 さっきの封印魔法リスペクトや。今度も雷で行くで!」

 

『眼下の敵を打ち砕く力を、今ここに!』

 

「撃って、破壊の雷!」

 

 二人の総魔力、総リソースを使用して、空より雷が落下する。

 スカリエッティに切られた時の魔法ではない。元からはやてとリインが使えていた魔法を、プレシアの術式を参考に再構築した雷の魔法だ。

 それが、スカリエッティの絞り出した力の力場を破壊し、ダメージを通す。

 

「……っ、まだ、こんなもので―――」

 

 一体いくつ引き出しがあるのか? スカリエッティはヴィータ達を倒すのに使った赤い糸を出すグローブ、脳内のデバイスを連携させ、最後の守りの盾を組む。

 そこに踏み込むは、スカリエッティと因縁あるかの三人。

 

「三位一体、三点バースト!」

「女三人、寄れば姦しい!」

「姦しいパーンチ!」

 

 覇の拳、聖なる拳、黒の拳が同時着弾。

 かの時代の戦いの意趣返しのごとく、そのバリアを粉砕。グローブと脳内デバイス、その両方を緊急停止に至らせた。

 

「―――!」

 

 将棋で言えば、王手をかけたこの状況。

 一手を間違えなければ勝利、一手間違えればやり直し。

 

「行ける? 母さん」

 

「ええ」

 

 ここでフィニッシャーに選ばれたフェイトとプレシア、二人が選ぶは収束砲。最大最強の一撃をもって、封印に至る一撃を組み立てる。

 

「バルディッシュ、ライオットを」

 

《 Yes sir. Riot Zamber Calamity 》

 

「……奇遇なのか、運命なのか」

 

「? どうかしたの、母さん」

 

 バルディッシュのリミットブレイクフォームを展開したプレシアは、どこか懐かしそうな表情で頬を緩める。

 今のプレシアは、過去のアルバムを見るような目で、フェイトを見ていた。

 フェイトの疑問に言葉で答えず、プレシアは自身のデバイスを変形させて解答とする。

 

 プレシアのデバイスが変形した姿は、フェイトのライオットザンバーと瓜二つの姿であった。

 

「! 母さん、それは……」

 

「このフォームは、私が若い頃に使っていたもの。

 あなたが何も教わらないまま自分で考え、ここに至ったことに、少し驚いたわ」

 

 この母娘は共に愛深く、孤独の中で悲しみに浸れば、どこかが歪んでしまいかねないところまで共通している。

 自然と、プレシアは心に浮かぶ言葉を、そのまま口にしていた。

 

「もしかしたらフェイトの方が、アリシアより私に似ているのかもしれないわね」

 

「―――!」

 

 その言葉は、母に愛されたい系の娘にとって、これ以上ないくらいの起爆剤となった。

 

「さて、無駄口はここまで。やるわよ、フェイト」

 

「はい、母さん!」

 

 かつて、リニスという中間地点が居てくれなければ、繋がりを持つことも何かを継承させることもできなかった親子。

 けれど、今はリニスが居なくても、そこには確かな繋がりがあった。

 

「雷光一閃、プラズマザンバー―――」

 

「雷神招来、プラズマザンバー―――」

 

 世界の魔力が使われた戦場。

 

 そこで、世界の魔力(おもい)を束ねた一撃が放たれる。

 

「「―――ブレイカーッ!」」

 

 二人の雷は、既に封印の収束砲。

 

 それに飲み込まれたスカリエッティは、意識とロストロギアの制御が持っていかれる実感を感じていた。

 

「バカな、こんなことがあっていいのか、あれほど積み上げ、準備した私が―――!」

 

 そして、フェイトの意識がスカリエッティ内部のロストロギアへと届く。

 

「ジュエルシード、シリアルII、XIV、XXI! レリック、シリアルXI! 封印っ!」

 

 アリシアが導き、フェイトとプレシアが協力し、力を合わせてジュエルシードを封印する一撃。

 それがスカリエッティの打倒を成したという、これ以上無いくらいに痛快で皮肉な決着だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 自分の命に執着は無い。

 だからなんだって出来た。

 スカリエッティは自分を見つめ直しながら、気絶の暗闇より覚醒する。

 

「起きたか? さあ、質問に答えてもらうぞ。スカリエッティ」

 

 目覚めた時、自身から多くの力と武装が剥奪されていることを、彼は理解した。

 ここからの一発逆転はもう不可能だ。

 今日という日に、ミッドチルダという世界を滅ぼすことはもうできない。

 

 ヴェロッサ・アコースの姿が見えたことから、彼は自分が気絶している間に、自分の脳内の情報が全て抜き取られていることにも気付いていた。

 周りの人間が何かを言っているが、スカリエッティはそちらに耳も意識も向けようとしない。

 彼が見ているのは、目の前で自分に問いかけている課金王の姿のみ。

 

 また負けた。

 また人の世界は守られた。

 『無限にも思える欲望の力』が救世を行った。

 スカリエッティがぼんやりとした思考で、迷いなく自身の結末を選び取る。

 

「君と私は、時を越えて生まれた存在の双子……共食の運命にある兄弟だ」

 

「……何?」

 

「君の『欲望』がツケを払う時が来る。いや、来ないはずがない」

 

 最後の最後に、彼に一つの言葉を残して。

 

「その時こそ、『私』は―――いや、今はいい。"また会おう"、課金王よ」

 

 ガリッ、とどこからか音がして、スカリエッティの首が重力に従ってカクンと落ちる。

 

 慌ててシャマルが診察するが、その時既にスカリエッティは命を失っていた。

 

「毒!?」

 

「はい、毒です。それも恐ろしく強力な……どこに仕込んでいたのか……」

 

「なのはとシュテルを倒すために用意してた手の一つだったのかもしれないな」

 

 不死身のエクリプス感染者を即死させる毒など、尋常ではない。

 抗生物質や抗体反応を自在に操る生命操作の専門家、それも天才の中の天才である彼ならば、作ることにさほど苦労はしなかったのかもしれないが……武器として使われていたら、果たしてどうなっていたことか。

 なのはとシュテルの存在が(これ)を温存させていたと考えると、他にも温存していた手はいくつかあったのかもしれない。

 

「どうやら、こちらも終わったようですね」

 

「私達が何かする間もなく、終わっちゃったんだね」

 

 そして、スカリエッティの自殺からほどなくして、シュテルとなのはも帰還した。

 

「なのは!」

 

「シュテル!」

 

 包帯付きのフェイトとチンクが、なのはとシュテルに心配そうに駆け寄っていく。

 星を覆うガジェットをこれだけの短時間で一機残らず片付けられたと考えると、二人の戦闘力と貢献度合いは今日戦った者達の中でもダントツだろう。

 とはいえ、今日はミッドチルダの全員が主役の戦いだった。

 戦いは終わった、さあ皆もうひと頑張りして休もう……そう考える者が多い中。

 

「シュテル、なっちゃん。じゃ、後はお前らだけだな。最後の大勝負だ」

 

「「 え? 」」

 

「いい加減、お前らは決着付けるべきだ。

 スカリエッティは予想以上に強かったが、戦い自体は予想以上に短く終わった。

 オレが限界突破維持できる時間にも余裕がある。ちょっとついでに戦っとけ」

 

「ついで!?」

 

 課金王は戦え……戦え……と煽りに行っていた。

 

「ですがマスター、長引いたらどうするのですか。体調に悪影響が……」

 

「終わる終わる、すぐ終わるわ。お前のことはお前よりオレの方がよく知ってるぞ」

 

「……!」

 

「なっちゃんのこともまあ、よく知ってる。大丈夫だ、長引きゃしねえよ」

 

 五分と経たずに終わる。そういう"理解から来る確信"が、彼の中にはあった。

 そして、もうシュテルとなのはがここに居ようが居まいが何も変わらない、そういう確信も彼の中にはあった。

 彼の理解者であるシュテルとなのはは、言動から彼の思考をなんとなく感じ取る。

 

「それにだ」

 

 彼はもう既に、なのはとシュテルに決着を付けさせてやること以外の目的を、今現在持ってはいなかった。

 

「一番強い時の自分で、一番強い時の"この相手"と戦って、勝ちたい気持ちはあるだろう?」

 

「―――」

 

 スポーツやファンタジーバトルを題材とする漫画、あるいは現実のスポーツや格闘技の試合において、特に盛り上がるものの一つに、両者が万全の状態で全力でぶつかり合うというものがある。

 人は、両者が最大限の力を発揮できる状態で、両者が全力でぶつかりあうというシチュエーションが好きなのだ。

 他人がするのもそうで、自分がするのもそう。

 なのはは戦いを好まず対話の手段として戦いを使い、シュテルは戦いを好み理解の手段として戦いを使う。

 だがどちらも、自分の全てを戦いで出し切り、相手の全てを戦いで受け止めるという行為に、意味を感じる性情を持っていた。

 

 Kはなのはとシュテルが戦うか戦わないかの返答を聞かず、周りの皆を別の作業に動員する。

 

「さあ、最後の仕事だ。

 スカリエッティの拠点を全部潰して、スカリエッティクローンの拡散を阻止するぞ」

 

「ああ、そうだな。行こう」

 

「チンクとかはさっきまで死にかけてたんだし、無理しなくていいぞ」

 

「何を言う。

 戦闘機人の私なら、ドクター探しではシュテル以上に役に立つだろう。

 気遣いは無用だ。ここが正念場であるならば、まだ目を覚まさない妹の分までやってみせる」

 

 けれど、青年の雰囲気にはどこか諦めが混じっている。

 これからスカリエッティ本人の記憶を参考に、スカリエッティの拠点を全て潰したとしても、これで全てが終わるだなんて、彼にはどうにも思えなかった。

 

(ダメだな。たぶんもう……

 ……次元世界に、何人スカリエッティが散らばってるのかも、分からない)

 

 ミッドチルダの存亡をかけたこの戦い。

 

 これが、『折り返し地点』に過ぎないのだと……彼は、なんとなく、肌で感じ取っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 心のどこかで―――最も強い時の高町なのはと、最も強い時の自分とで、ぶつかりたいと思っていたのかもしれない。

 シュテルの心は決まりきっていて、だけどなのはに拒絶されたら戦いを挑むのはやめようと思える程度の分別はあって。

 なのはの目を見て、なのはも自分と同じ気持ちであると知り、シュテルは笑みを浮かべる。

 

「貴女に勝ちたい。澄んだ気持ちで、今の私はそう言えます」

 

「そっか」

 

 シュテルにとって、なのはにとって、明確に勝敗を定めるということには意味がある。

 赤の他人には絶対に理解できない意味であり、価値だ。

 シュテルにとってもなのはにとっても、これほどまでに『勝ちたい』と思える相手は初めてだろう。『勝たなければ』と思える戦いは数あれど、『勝ちたい』とここまで強く思える相手は、今目の前に居る"もう一人の自分"以外には居ないはずだ。

 

「私も、きっと……自分の全てで、シュテルにぶつかりたいって思ってる」

 

「そうですか」

 

 どこか似ていて、どこか違くて。

 同じ顔で、でも並ぶと違いはよく見えて。

 同種の魔法は使うのに、同類ではない。

 そして、二人は同じものを好み、同じものを守ろうとし、本質的に同じ強さを持っている。

 

「私は、あなたのことを理解できた」

「私は、貴女のことを理解できました」

 

「私はあなたを尊敬していて」

「私は貴女に憧れていて」

 

「私は、あなたが羨ましくて」

「私は、貴女が妬ましくて」

 

「その綺麗な力の強さに、私は敵わなくて」

「その不屈の心の強さに、私は敵わなくて」

 

「負けたくないって、色んな意味で、そう思ったんだ」

「負けたくないと、ごちゃまぜな感情で、そう思いました」

 

「私は私で、あなたはあなた。そう思っていても、どこかが引っかかってた」

「私は私で、貴女は貴女だ。そう思えるようになるためだけに、何度も回り道をしました」

 

「だけど、今はちゃんと友達」

「けれど、今はもう友達です」

 

 嫌悪はない。

 敵意はない。

 憎悪はない。

 互いが互いに負の感情を向けないまま、互いが互いに杖を向ける。

 

「「 だから 」」

 

 そして、心赴くままに、二人は一気に距離を詰めた。

 

「「 私の全てでぶつかって、貴女(あなた)に、勝ちたい! 」」

 

 心を受け止めてくれる(ひと)が居る。

 力を受け止めてくれる(ひと)が居る。

 それのなんと幸せなことか。

 自分の全てでぶつかっていって、自分の何もかもを受け止めてもらえるということが、どんなに恵まれていることか。

 

 なのはとシュテルは、自分が恵まれていると思っている。

 目の前の相手に感謝し、自分達を見ている彼に感謝している。

 戦うために向き合っている今ですら、二人は同じ気持ちを持っていた。

 

 勝って何かが手に入るわけではない。負けて何かが失われるわけではない。そういった『理由』は、この戦いの中には欠片も存在しない。

 ゆえに、二人の『勝ちたい』という感情は、この上なく純粋だった。

 魂から湧き出るその感情に、理屈など付けられるはずもなく。

 

 レイジングハートとルシフェリオン、二つの杖がぶつかり合う。

 

 杖の衝突で火花が咲き、チカリチカリと星の光のように瞬いた。

 

 二人の視線は交わって、互いの瞳の奥の熱意が、視線を通して伝わってくる。

 

 最後の最後。一つの物語を締めくくる戦いが、夕日と明星に重なるように始まった。

 

 

 




次がSTS最終話、その次がエピローグ。それ終わったら後半戦の三章分が始まりますね

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