課金厨のソシャゲ廃人がリリカルなのは世界に神様転生してまた課金するようです   作:ルシエド

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【全開までのあらすじ】

 それは彼らが年齢一桁だった頃の物語。

「なっちゃんのプリン食ったのは正直すまんかったと思ってる」

 課金少年は素直に頭を下げるが、プリンを楽しみにしていたなのはは怒り心頭。

「でもほら、なっちゃん最近菓子の食い過ぎで太ってたから丁度―――」

 だがその発言が、なのはの逆鱗に触れた。異性としてなのはの体重に触れに行ったその言葉が、余計な地雷まで踏み抜いてしまう。
 なのはの中で何かが切れて、彼女が叫ぶと同時、無意識下で漏れた魔力が叫ぶと共に噴出して課金少年を吹っ飛ばす。偶然が生んだ天罰であった。

「うわぁぁぁぁぁんっ!!」

 高町なのは、全力全開の叫びであった。


K「愛があれば持っているかどうかなんて関係ないんだ。そのキャラを愛しているかどうかが一番大切なんだよ」(掌返し)

 敗北を糧に成長していたのはティアナ達だけではない。

 若いがために成長が早いのはティアナ達だけではない。

 情報を集めて強敵への対抗策を考えたりしていたのは、ティアナ達だけではない。

 アインハルト達もそうだった。

 

 トーレの顔に、アインハルトの拳が突き刺さる。

 

「ぐっ!」

 

 単純なパンチの連携で一発入れられたことに、トーレは闘志を煽られたようだ。

 トーレは高速機動近接型の戦闘機人。そのスピードは、魔導師のスペックを引き下げるAMF空間内であれば、フェイトですら命を削るフルドライブを使わなければ追いつけないほどである。

 手足から刃にもなるエネルギーの翼を生やす武装を使いこなし、このスピードで相手を翻弄するトーレは、ナンバーズ最強とも言われていた。

 

(覇王流の距離に付き合う必要はない)

 

 そして彼女は勤勉であり、努力家であり、覇王流の情報もそこそこ頭に入れている。

 覇王流は格闘を基点とする極端なまでの近接格闘流派だ。

 手足が届かない数m離れた周囲をぐるぐる動き、スピードで撹乱しながら背後を取れば、トーレは腕の刃翼で一撃の下に仕留められる自信があった。

 

(貰った!)

 

 アインハルトの背後を取ったトーレが斬りかかる。

 

 絶好のタイミング、絶好の位置、絶好の技のキレ。狙うはうなじ。

 アインハルトはトーレの動きについて行けていないため、首は一瞬で刎ねられると思われた、

 なのにその一閃は、アインハルトがトーレの方を見もせずに背後に回した右手に、掴み止められていた。

 

「!?」

 

「旋衝破・改」

 

 トーレは瞬時に刃翼・インパルスブレードの掴まれた部分をパージし、アインハルトが打って来た拳を遮二無二にかわした。

 自分の耳の横で空気が殴り壊された音がして、トーレは鳥肌が立つのを抑えられない。

 敵に殴り壊される恐怖と、そんな強者と戦えるという興奮。

 その二つがアドレナリンを過剰分泌させ、今の一瞬を凄まじい勢いで分析させる。

 

(背面無刀取りだと? この女にそれだけの技量はないはず……念話か!)

 

 トーレは一瞬視界に入った車椅子の青年の姿から、今の背面取りのタネを理解した。

 アインハルトに背後が見えていなくても、アインハルトの背後が見えている青年が念話で助言すれば事足りる。

 無論、それは青年の助言が間違っていたり、青年の警告を疑う心が少しでもアインハルトにあれば失敗してしまう、ほんの一瞬の躊躇いすらも許されないシビアな条件が前提だ。

 だが、彼と彼女はやってのけた。

 『信頼関係』なんてものにしてやられたことに、トーレは思わず口元を歪める。

 

(ならば、正面からリーチの差で押し切る)

 

 トーレはアインハルトの周りを回るのをやめ、小刻みに前後にステップを踏みつつ、体を左右に振って格闘の的を絞らせないようにしながら、アインハルトに真正面からの戦いを挑んだ。

 対し、アインハルトは微動だにしない構えで迎え撃つ。

 

 トーレの右腕、及び右腕から生えた刃翼が突き出され、アインハルトの首に向かう。

 アインハルトは自然に、無駄のない動作で拳を突き出す。

 そして、"両者の右拳"が正面衝突した。

 アインハルトの拳はトーレの拳をボキリと折って、トーレの刃翼はアインハルトの首に届かない。

 

「バカな、インパルスブレードを生やした手足の方を!?」

 

「あなたの長所は、その手足に付いた刃が拳闘の補助となること。

 格闘技の技術の延長で、手足より長いリーチを得て、斬撃を放てることです。

 あなたの短所は、手足の延長として使うため、刃が手足より短いことです。

 そして、あくまで拳闘を延長したものでしかないため、中遠距離での戦いができないことです」

 

「くっ……!」

 

「あなたは私の間合いに入らなければ、私を切れない」

 

 トーレの刃翼は、格闘の感覚で振るうことが出来る上、重量なども無い優れた武装だ。

 だがその代償として、刃翼はその長さを制限せざるを得なかった。

 長過ぎれば拳闘の邪魔になりかねなかったからだ。

 

 そのため、トーレが刃翼をアインハルトの体に当てるには、必然的に己の手足をアインハルトの手足が届く範囲内に入れなければならない。

 覇王流を相手にすれば、迂闊に前に出した手足すら弱点となってしまうということか。

 

(……強い。これが、古代ベルカの王が振るった力、その正統継承者……!)

 

 アインハルトは未熟なれど、十二分に強かった。

 先祖から受け継いだ血と技だけでなく、同年代の強者や"指導してくれる周囲の大人"に恵まれ、先日六課新人達相手に――彼女の認識では――負けたことがいい形で作用したのだろう。

 

 戦いが進めば進むほど、少女の動きと精神性が変わっていくようにすら見える。

 戦いに没頭すればするほどに、アインハルトは『覇王らしさ』を自分に上乗せしていった。

 それは彼女が"思い出す"過程であり、強者との戦いが彼女を高める過程でもあった。

 

「だが、まだ勝負はこれからだ!」

 

 トーレは更にスピードを上げていく。

 鍛錬量ではトーレが勝り、流派の質ではアインハルトが勝り、移動スピードでトーレが勝り、ハンドスピードでアインハルトが勝り、経験値ではトーレが勝り、技一つ一つの完成度ではアインハルトが勝る。

 両者の精神的な要因も合わさって、二人の総体的な力が拮抗した。

 

 上下左右に振るわれる刃翼をかわしきれず、攻撃に意識を傾けていたアインハルトの頬が切れる。

 構わずアインハルトは踏み込んだ。腕が切られるのも構わずに踏み込んだ。

 刃翼の殺傷圏内の内側、手足で殴り合うべき至近距離にまで距離を詰め、碧銀の髪が風に揺れる。

 そして、右フックをトーレの左脇腹に叩きつけた。

 

「づっ」

 

 トーレは器用にインパルスブレードを叩き込もうとするが、この距離では手足だけで戦おうとする者の方が僅かに有利だ。

 アインハルトは肘・膝・フック・アッパーといった至近距離の技で刃翼をことごとく弾き、トーレの両肩を両手で掴む。

 そしてトーレの鳩尾に、跳び上がるようにして強烈な膝を叩き込んだ。

 

「がぁっ!?」

 

 身体強化した魔導師でも昏倒させるほどの威力の膝蹴り、それを鳩尾に食らっても膝すらつかないのは、流石頑丈に作られた戦闘機人といったところか。

 トーレはこの距離ではアインハルトが有利過ぎると察し、一気に後方に下る。

 アインハルトは反応速度で勝っていても、移動速度で劣っているために追いすがれない。

 

「空破断ッ!」

 

 だから、拳を振ってその衝撃波を当てた。

 衝撃波に足を弾かれ、バランスを崩したトーレはやむなく着地する。

 

(っ、技術の総体としてはまだ練りが甘いというのに、技単体ではこの完成度……!)

 

 AMFは身体強化の魔法に多少ではあるが効きづらく、素の身体特性と格闘技能だけで強いアインハルトのような人種には効果が薄い。

 今のアインハルトが使っている大人モードにこそ干渉はするものの、それを解除させていない現状、AMFはアインハルトの魔力を継続して削るフィールドでしかなくなっていた。

 

「降参する気は、ありませんか?」

 

「ふん……敗者が得られるものなど何もない。戦いのさなかに負けを認めるのは、弱者だけだ」

 

「勝つことが全てだとでも言うつもりですか」

 

「そうだ。勝者となることが全てだ」

 

 トーレが持つ勝者敗者の価値観は、強く洗練されていて、どこか悲しい。

 

 アインハルトは何故か、トーレの言葉が他人事のように思えなかった。そこに、少しの親しみと大きな反発を感じてしまう。

 

「幸せになることも。

 誰かの役に立つことも。

 自分らしくあることも。

 敗北を拒絶することも。

 自己を証明することも。

 強くなることも。

 勝つことも。

 全て、別のものでしょう?」

 

「違う。全て同じだ……私にとっては! そして、それこそが、私の全てだ!」

 

 トーレが刃翼を袈裟に振り下ろし、旋衝波の技術を昇華させたアインハルトの防御技術が、それを掴んで受け止める。

 

「ならばきっと、あなたが私に勝つことはありません」

 

「戯言を!」

 

 トーレは掴まれていない刃翼が生えている方の拳を握り、ノーモーションかつコンパクトにアインハルトを切りつけようとする。

 

 だがそこで、背後から飛んで来たビームを直撃させられていた。

 

「ず、あ、なん、だと……!?」

 

 敵の位置も仲間の位置もちゃんと把握しながら戦っていたトーレ。

 だが、まさか『セッテがビームを目から撃ち』、ジークがそれを『反射し』、アインハルトが『トーレの動きを掴んで止める』ことでそれを当ててくるだなんて、トーレは予想もしていなかった。

 

 最後の最後に、個人戦闘の経験値ではなく、集団戦闘の経験値が勝敗を分ける。

 

「親友の一人でも作ってから、出直して来てください。

 きっと、全部同じだなんて言う気は無くなってると思いますよ」

 

 かくして、アインハルトの断空拳がトーレの顎にめりこみ、トーレは戦闘不能に陥った。

 

「なんてこと……!」

 

 セッテは彼女にしては珍しく、自責の念を顔に浮かべて少しばかり狼狽していた。

 『黒のエレミア』はその技の一つ一つが凶悪だが、その最たる脅威は"なんでもできそうに思えるほどの器用さ"にある。

 自分の力さえ利用されてしまったセッテ自身、その恐ろしさは身に染みているだろう。

 

 スカリエッティの技術力は凄まじい。

 情報収集を欠かさず、蒐集した情報を技術に転用し、ナンバーズがひょっこり手に入れた能力すら技術体系として昇華させたりもする。

 だが、スカリエッティが個の技術の凄まじさを示すなら、エレミアは群の技術の凄まじさを体現している。

 古代ベルカの時代から先祖代々蓄積された戦闘経験、及び多彩な技を日々継承して続けているジークリンデは、恐ろしいほどに小器用だった。

 

(残っている戦闘用ナンバーズは私一人。……何か、結果を残さないと)

 

 セッテがジークと戦ってもまだ負けていない理由は単純明快だ。

 トーレとの戦闘に集中しているアインハルトとは対象的に、ジークは車椅子の彼を守るため、全体を見ながら立ち位置を調整していたからだ。

 セッテとトーレが車椅子の彼に危害を加えようとしても、ジークはいつでもそれを邪魔できる位置に居る。

 

(せめて、この男だけでも!)

 

 なのだが、セッテはそれでも彼を狙おうとしていた。

 彼さえ倒せれば、スカリエッティの勝利は揺るぎないと信じていたからだ。

 セッテは体内の無線システムを使用し、呼び寄せていたガジェットIV型を出現させる。突然の新手は、ジークでもカバーできない位置に現れていた。

 

「! さっきのガジェット!」

 

「お前達の"頭"だけでも貰っていく!」

 

 セッテはジークに切りかかり、ジークを足止めする。

 結果、ジークの動きは一手遅れ、ガジェットのビームが車椅子の青年へと放たれてしまった。

 

「……!」

 

 セッテは"殺った"と確信する。

 Kは"こりゃ義腕なら分からんがオレには防げんな"と思考する。

 そしてビームは、突然どっかから出てきたシールドにあっさり弾かれていた。

 

「!?」

 

 目を疑うセッテ。車椅子の青年は、礼を言いながらポケットを撫でる。

 

 いつの間に合流していたのか、青年の大きなポケットの中から、フェレット状態のユーノ・スクライアがひょっこりと顔を出していた、

 

「なっ」

 

「バッカだなお前。

 オレがオレの戦闘力や察知能力信じてるわけがないだろ。

 オレが信じてるのは仲間の強さだけだ。

 自分にできないことは、自分より優れてる友達に補ってもらえばいいんだよ」

 

「この他力本願がっ―――!」

 

 ビームの残光が消えてからすぐさま後に、青年に煽られて注意を引っ張られたセッテが殴り倒され、ガジェットもまたアインハルトに粉砕される。

 

「オレの強さを侮るのはいいが、オレの仲間の強さを侮ったやつは例外なく負けるんじゃ」

 

「かっちゃん絶好調だね。今何も考えず勢いで適当なこと喋ってるでしょ」

 

「照れるぜスクライア先生」

 

「ほらこんなんだからもう」

 

 これでスカリエッティ配下の戦闘特化戦闘機人は全滅した。

 ジークは戦闘の終わりに一息ついて、遠方含む周囲を魔法で適当に探査していく。

 

「よーし、これで終わりやな……!? なんやあれ!?」

 

 AMFのせいで精度が荒いにも程がある結果に終わったが、AMF下でも感じ取れるほどに大きな戦闘反応が、ジークの魔法に引っかかっていた。

 

 ジークの声に反応し、皆がそちらの方を見る。

 そこでは、テスタロッサ一家とスカリエッティの戦いが繰り広げられていた。

 トーレは地に伏せたまま、気絶寸前の体で笑い出す。

 

「くくく……ドクターがあの姿を見せた以上、遊びは終わりだな」

 

「どういうことですか?」

 

「あれこそがドクターの本質だ。

 倫理がない。善性がない。躊躇がない。

 情操教育を行っていない時期の後期型ですら、あれには嫌悪感を感じていた」

 

「……」

 

「何も知らないまっさらな戦闘機人ですらそうなのだ。

 あれに嫌悪感を感じるのは、多くの人間が標準的に持つ本能なのだろうな」

 

 トーレはどこか他人事のように語る。

 

「……どちらが勝つかなど、私には分からない。

 だが今は、敗者の屈辱を甘んじて、受け止めるとしよう……」

 

 そして、気を失った。

 

「痛っ」

 

 アインハルトは、腕の切り傷が生む痛みに顔をしかめる。

 非殺傷設定など知るかとばかりに殺意に満ちた攻撃は、確かな傷を彼女の体に残していた。

 彼女は腕の傷に回復魔法をかけ、その治りの速さから"どれだけ鋭く切られたのか"を実感し、人知れず背筋に冷や汗をかく。

 

(いいのを貰っていたら、危なかったかもしれない)

 

 ジークとアインハルトは車椅子の青年の護衛に戻りつつ、スカリエッティの戦いを遠巻きに見やる。

 

「……大暴れしてるな」

 

 控えめに言って、スカリエッティは無双していた。

 フェイトの管理局トップクラスのスピード、プレシアの限定条件下でははやてに匹敵する大火力魔法が最大限に活躍しているが、戦いの流れ自体はスカリエッティのワンサイドゲームになっているようだ。

 だがそこで、新手の部隊が戦いに割り込んできた。

 新手の部隊はフェイト達の味方のようで、フェイト達はなんとか体勢を立て直した様子。

 

「新手が飛び込んで来たな。ありゃなんだ?」

 

「あれは聖王教会の騎士団だね。

 道中で機械兵器群を片付けながら来たのかもしれない。

 ……うわあ、あれはひどい。足止めにはなってるのかもしれないけど……」

 

 車椅子の青年の疑問に、ユノペディアことフェレットの青年が答える。

 状況を把握してる内に、戦局はめまぐるしく動き出していた。

 聖王教会の騎士達は奮闘するが、あっという間に壊滅的な打撃を受けてしまったらしい。戦線が構築されていたのは一瞬だけだった。

 

「これは黙って見てたら全滅するな……よし、移動を、こほっ」

 

「! 大丈夫ですか!?」

 

 短時間にこれだけ状況が動くのであれば、様子見をしている時間もない。

 課金厨は急いで動き出そうとするが、そこで突如むせこんでしまう。

 慌てたアインハルトが駆け寄ると、口元を抑えた彼の手と長袖の一部が、赤黒い血で真っ赤に染まっていた。

 

「……! 急いで医者の所に!」

 

「大丈夫大丈夫、血が出る内は平気だから。

 魔法で直せる範囲のダメージでしか無いってことだからな。でも回復魔法はくれ」

 

「治せばいいというものでもありません!」

 

「負担自体は計画時点での予想以上に軽いんだ。

 予想以上に展開が早かったから、決着も予想以上に早くなりそうだしさ。

 これなら、戦いの後までなっちゃんとシュテルの限界突破を維持できそうだ」

 

「戦いの後、ですか?」

 

「ごはぁ」

 

「ああ、ベルカさんが血を吐いた!」

「うわぁ僕頭から血被った! 気持ち悪ッ!」

「あかんかったんや! 二重限界突破とかあかんかったんや!」

 

 ユーノがドバっと吐血をかぶり、実年齢がかなり幼いため吐血に大慌てする二人の少女が右往左往する。

 美形会議も何のその。ヘラヘラ笑いながら血を吐く車椅子の男は結構怖い。

 顔色は悪いが確かにKの雰囲気には余裕があり、吐血慣れした様子と、まだまだ限界は先にあると確信している思考が見て取れる。

 だが、『心臓にガンが出来てるんだから指がちょん切れたところでどうということもない』的なニュアンスを感じる主張だ。

 ユーノの体に付いた血をジークが魔法で飛ばすのを見ながら、Kに回復魔法をかけるアインハルトは怪訝な表情になる。

 

「吐血キャラって妙にカルト的人気があるから、課金を煽るんだよなぁ……」

 

「何言ってるんですか、本当に」

 

 そして怪訝な表情は、すぐに呆れた表情になった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 聖王教会の騎士、シャッハ・ヌエラは、愛用のトンファー型デバイス・ヴィンデルシャフトに纏わせた魔力の密度を一気に引き上げた。

 彼女は女性ではあるが、彼女を侮る者は聖王教会に一人も居ない。

 その強さ、精神性、知力。全てを評価されて彼女は今の地位に就いている。

 今日、ミッドチルダを救うための抽出部隊の指揮を任されたのも、ひとえに彼女の力量と人格が上層部から信頼されていることの証明だった。

 

 しかし、彼女を含めても、聖王教会の抽出部隊で動ける状態にある騎士は、全体の二割ほども居なかった。

 

「烈風一迅!」

 

 振るわれる必殺の一撃。

 シグナムが数え切れないほどの敵を切り捨ててきた一撃、エリオの力量であってもゼストを倒せるほどの一撃、それらと同型同質の魔力変換付与打撃だ。

 だが距離を詰めた瞬間に魔力は強制的に分断され、リンカーコアに痛みが走る。

 武器に纏わせた魔力どころか、体内で練っていたはずの魔力すらも切り壊され、シャッハはスカリエッティの前で無防備な姿を晒してしまった。

 スカリエッティが手にしていた銀の刃が、その頭部へと振り下ろされる。

 

「ッ!」

 

 されど、シャッハは鍛え上げた筋力と反射神経だけで、スカリエッティの素人臭い動きによる斬撃を回避する。

 彼の動きは無駄が多いが、攻撃の威力と速度だけは凄まじかったため、斬撃はシャッハの騎士甲冑をかすりながら地面に命中。

 そのまま、地下水道・地下通路・地下水脈をもろともに押し潰し、地面を派手に陥没させた。

 

「流石に、よく鍛えている魔導師はチョロチョロとしぶといな」

 

「!」

 

 スカリエッティはまたしても洗練さの欠片もない魔力運用にて、ロストロギア級の魔力を一点集約。

 チャージタイム無しで、飛び上がったシャッハに規格外の砲撃を解き放った。

 

 リンカーコアの特性上、人間は"一秒あたり○○"といったように、時間あたりに絞り出せる魔力量が決まっている。

 魔力が多い人間も、魔力が少ない人間も、砲撃を撃つ前にチャージを行わければいけないのは、そういう理由があるのだ。

 だがスカリエッティは、ロストロギアの魔力を攻撃に転用している。

 ロストロギアから体外への魔力経路も全て人工の魔力路だ。

 なればこそ、彼の大技にチャージタイムはない。

 

「させない!」

 

 それはシャッハを消し飛ばすに足る砲撃であったが、横合いから割り込んできたフェイトがシャッハを助けたことで、命中せずに外れてしまう。

 外れたスカリエッティの砲撃は、対災害仕様で極めて頑丈に出来ているはずのビルを三つ貫き、そのまま空の彼方へと消えていった。

 外れた攻撃が破壊したビルの瓦礫でさえ、スカリエッティの敵を押し潰す攻撃として機能する。

 

 シャッハは今の攻撃、及び近付いただけで作用した魔力分断、更にはそれで発生した体内のダメージを鑑みて、壊滅状態の騎士団を撤退させる決意をする。

 

「申し訳ありません、フェイト執務官。お役に立てず……」

 

「いえ。本当に助かりました! ありがとうございます!」

 

 フェイトの言葉は本心だ。聖王教会の援軍が来てくれていなければ、きっと足止めすらもできていなかっただろうから。

 

「退却地点通達! 指定地点まで退却後、態勢を立て直します!」

 

 シャッハとその仲間達が撤退し、再度スカリエッティに食らいつくため態勢を整えるべく、後退していく。

 

「ハーケンスライサー!」

 

《 Haken Slicer 》

 

 フェイトは退却する彼女らを尻目に、バルディッシュから雷の刃を飛ばす。雷の刃は反応が素人同然に遅いスカリエッティに直撃するが、スカリエッティは少し顔をしかめただけで、苦悶の声を上げることもしない。

 

(高密度のエネルギーとEC特性が合わさって、障壁抜きでも常時体を守ってるんだ。

 あれじゃ大威力の攻撃でも相当減衰されてしまう。

 でもダメージは通っているみたいだから、焦らずにコツコツ攻撃を当てて……)

 

 一撃で決められないなら、細かく刻んでいけばいいと思考するフェイト。

 しかし、その思考もあえなく霧散する。

 フェイトの攻撃を受けたジェイルの体内から、"見覚えのある青い光"が漏れて来たからだ。

 

「……え?」

 

「おおっと、制御に少し失敗してしまったようだ」

 

「い、今の光……まさか……」

 

 その光が、フェイトの手を止めさせた。

 

「……ジュエルシード……?」

 

「ご名答。レリックと共に私の中で動力源となっている、私の心臓さ」

 

 杖を握るフェイトも、フェイトの動きに合わせて前衛を務めるアルフも、後方で分析していたアリシアも、極大の魔法を準備していたプレシアも、揃ってその動きを止める。

 

「私に大威力の魔法を撃ちたければ撃つがいい。

 ジュエルシードが暴走するかしないかに、私は責任を持たないがね」

 

「……っ!?」

 

 今、この瞬間に。

 

 全ての魔導師は、ジェイル・スカリエッティへの全力攻撃を封じられた。

 

「正気なの!? まず確実にあなたは死ぬというのに!?」

 

「個体としての命を喪失するだけだろう? なんてことはないさ」

 

「……ああ、もう、ほんとやんなるよねこの手合いは」

 

 フェイトが信じられないといった顔になり、アリシアが遠方から解析しつつ辟易した顔を浮かべる。解析の結果、スカリエッティの中には三個のジュエルシードがあるようだった。

 

 スカリエッティは『自分』が死のうが、『自分』が死ぬまで牢獄に囚われることになろうが、気にしない。『スカリエッティ』さえ残ればいいと考えている。

 そして、自分の命の連続性にこだわらなくていい分だけ、他の人間よりも遥かに"選べる手段"が多かった。

 それこそが、スカリエッティの強さの本質であるのかもしれない。

 

「子供を人質に取った次はミッドを人質にとるなんて、節操のないっ!」

 

「私が君達の勝利の可能性をみすみす見逃すと思うかね?

 私の敗北は君達の死で、ミッドチルダの消滅さ。はっはっは」

 

「こんの……!」

 

 フェイトの魔力刃、アルフの拳がスカリエッティへと迫るが、二人の攻撃は自然とジュエルシードがある胴体を避けざるを得ない。

 一個のジュエルシードの数万分の一のエネルギーで、世界は揺らぐ。

 胴体への攻撃は、最悪世界の消滅を引き起こす可能性がある。取れる手はもはや数えるほどしか無い。

 

 そして手足への雑な攻撃であれば、対処は容易だ。

 スカリエッティへ攻撃は届かず、スカリエッティの周囲に広がる魔力分断効果は継続するダメージとなり、散発的な反撃はフェイト達の魔力刃を折り手足を折り心を折っていく。

 

「その魔法も収めておきたまえ、プレシア・テスタロッサ。

 私を倒せるだけのダメージは期待できない上、ジュエルシードが誘爆するかもしれないよ」

 

「チッ」

 

 プレシアは次元跳躍攻撃魔法で、他次元を経由して敵の防御内部に次元跳躍攻撃を飛ばし、敵の防御を無視して大威力攻撃を叩き込むという畜生攻撃の準備をしていた。

 が、それを取りやめる。

 今そんなことをしてしまえば、ジュエルシードの誘爆でこの世界は確実に吹っ飛ぶ。

 プレシアは舌打ちし、後衛ポジションからの援護攻撃を再開した。

 

「なら、封印魔法で!」

 

 そしてフェイトは、前衛のアルフと後衛のプレシアがスカリエッティを押さえ込んでくれている内に、上空から封印魔法を発射。

 ジュエルシードとレリックを封印しようとするが――

 

「封印魔法なんて繊細なものが、魔力分断効果圏内の相手に効果を発揮すると思うのかね?」

 

 ――密度を増した魔力分断に、断ち切られてしまう。

 スカリエッティはアルフの猛攻をそよ風のように扱い、払い飛ばす。そしてその場で地面を強く踏み、周囲一体にエネルギーの爆発効果を発生させた。

 爆風。

 純然たる衝撃波の破壊力だけで、スカリエッティは広範囲への破壊効果を生み出した。

 周囲の建物が土台ごと根こそぎ吹き飛び、近くに居たアルフも遠くに居たプレシアも諸共に吹き飛ばされ、一緒に吹き飛ばされた瓦礫や建物とシェイクされながら、彼方に墜落していった。

 

「っ……!」

 

「! この、しっかりしろプレシア! またババアって呼ぶよ!」

 

「やかましいわよ、アルフ……あんまり耳元で叫ぶようなら、また駄犬と呼ぶわよ……」

 

 アルフ、プレシア、共にダメージは大きいようだ。

 タフなアルフは爆風だけでフラフラになってしまっていて、もう年齢的にお婆ちゃん寸前なプレシアに至っては、研究でなまった体が気絶寸前になるまで痛めつけられてしまっていた。

 上空に居たフェイト、思いっきり離れていたアリシアにダメージが行かなかったことが、唯一の救いだろうか。

 

 攻めあぐねるフェイトに、魔力に対する妨害をバカ魔力で無理やり突っ切ってきた、はやての念話が繋がる。

 

『フェイトちゃん、お母さん達と一旦退がりや』

 

『はやて、でも!』

 

『今フェイトちゃんに脱落されたらかなわん。

 フェイトちゃんもダメージあるやろ?

 一旦下がって、シャマルの治療受けて、もっかい前出ればええんやで』

 

『……分かった。はやての判断を信じるよ』

 

 フェイトはアリシアを回収し、プレシア・アルフと共に退却する。

 

 スカリエッティはつまらなそうに、小学生が道端の小石を蹴る時のような動作で、何気なくその辺りの2mサイズの瓦礫を蹴り飛ばす。

 瓦礫は無人の中学校に直撃し、その半分を瓦礫の山に変えていた。

 もはや何気ない一動作ですら怪物じみている。スカリエッティはふらふらと適当に人が多い方に向かい、そこで破壊を振りまこうとするが、そこで魔力エネルギーを使わない通信が飛んで来た。

 

『よう。スカリエッティ』

 

「君か。……これは誘いかな?」

 

『さあてな』

 

 声を飛ばして来たのはKだ。

 スカリエッティはこの通信から、Kの現在位置を把握する。

 この通信が、Kの現在位置を伝えるものであり、スカリエッティの移動先を誘導しようとしているものであり、避難民などを守るためのものであるとスカリエッティは見抜いていたが、あえてその誘いに乗ることにした。

 彼の第一目的はかの課金厨を殺すことであり、その殺害に成功すれば第二目的である高町なのはとシュテル・スタークスの殺害を容易にする布石を打つことが出来るからだ。

 殺さなくても、人質としての価値は十分にある。

 

『自分以外がどうでもいいやつってのは、面倒臭いくらい強いんだな。スカリエッティ』

 

「そう言う君は、随分と窮屈そうだ。以前の君の方がずっと脅威に感じる」

 

 スカリエッティは自分さえよければ後はどうでもよく、その『自分』の中にはここに生きている自分の命が含まれていないという、異様な精神構造をしている。

 青年の声はその強さに面倒臭さを感じているようだが、スカリエッティからすれば、"この類の強さは君も持てたかもしれない"と言いたくて仕方がない。

 

「下手に世間に迎合するものではないね。

 常識に染まることも一長一短だ。

 最も大切なことは"自分らしく"生きることであり、自分らしさを貫くことに他ならない」

 

『……』

 

「私の遺伝子の記憶が、徐々に私に記憶を流し込んでくるのだよ。

 以前の君の方が強いと。昔の君の方が厄介だと。

 昔の君に、昔の私は、共感と侮蔑と尊敬と敗北感を覚えていたらしい」

 

 スカリエッティが言っているのは、十年以上前のKのことか、それとも古代ベルカで少しだけその本性を見せたKのことか。

 今よりもっとキチガイで、もっと常識を捨てていて、もっと欲望のために他人を無視できて、自分の破滅に最高速度で向かって行って、面倒臭いことなんてしようともせず、自分にとって楽しいことだけをしたいと思っていたかつての彼。それを、スカリエッティは知っている。

 

「きっと君は、誰のためでもなく自分のためだけに動く時が最も強いのさ。

 淡々と強い想いも抱かずにガチャを引けば、君は何だって拾い上げられるのだから。

 クライド・ハラオウンも救えた。

 高町士郎も無傷で済ませられた。

 リインフォースも手持ちの金だけで助けられただろう。

 君は傷付いていく人達の上を、口笛吹きつつ飄々と無傷で渡って行けたはずだ」

 

 スカリエッティ視点では、彼はそう見えていたようだ。

 必死に頑張る人間達の上を、飄々として掴み所のない課金厨が無傷で渡りながら、危機と危機の間をするすると抜けて行くことだってできる人物であると、そう思っていたらしい。

 だがそれは、賞賛ではない。

 "そうできたはずだ"という落胆であり、侮蔑だった。

 

「君の仲間達もそうだろう?

 無駄なものを助けることなどせず、私の戦力を削ることだけ考えればよかった。

 人質など気にせず、一直線に勝利を目指せばよかった。

 その結果がこれさ。

 人を助けて遅刻する。

 仲間を助けようとして押し込まれる。

 人質を見捨てられず仲間同士で潰し合う。まったく、度し難いを通り越して愚かしいよ」

 

 人情が枷にならないスカリエッティからすれば、先程のゼスト達とエリオ達の戦いも大笑いできるコメディにしか見えない。

 スカリエッティは、戦士であれば絶対に見せないほど大きな慢心混じりの余裕、それに加え意識の全てをKの殺害という目標に向けていることから、今は人質を取っていない。

 だが避難所に行く、戦闘で倒した誰かを人質に取る、それらの一行程を挟むだけで、いつでも更に戦いを有利に進められるはずなのだ。

 

 今のスカリエッティに人質を取る気がないのはもっけの幸いであったが、人質を取られた時点で不利になる人間というのが、そもそもスカリエッティの侮蔑の対象であった。

 

『そうかもな』

 

 スカリエッティが愚かと笑う"それ"に対する暴言を、青年の声は否定しない。

 

 だがスカリエッティの暴言を、肯定もしなかった。

 

『だけどな、今はこう思ってる、

 自分だけよければそれでいいってやつはソシャゲ向いてねえよ。

 一人自室でコンシューマゲーのRPGでもやってろ。一人で俺TUEEEしてるのがお似合いだ』

 

 ソーシャルゲームには、コンシューマーのRPGにありがちな"自分一人が特別感"があるようでない。ストーリーの中では特別な主人公であっても、他のプレイヤー達が常に居るからだ。

 

 自分が欲しい物を引けなかった。なのに他の人は引いている。

 アイテムを消費してランキングを走っても、ランキングに自分の上が居る。

 対人戦に自信があったのに、自分より強い人に叩きのめされる。

 頑張って時間も勝利も積み重ねているのに、自分のチームや陣営が他の人達に負けている。

 廃課金の強さ基準で設置されたボスに、どうやっても自分では勝てない。

 

 ソーシャルゲームのストレスは、そういったところから生まれるものだ。

 最大の努力と最高の研究を合わせても、王者になれない。それがソシャゲの世界である。

 そういった現実に耐え切れず、割り切れないと、人は課金に走るのだ。

 

 課金の王が持つ慧眼は、スカリエッティがソシャゲ向きなようでそうではないことを見抜いていた。この男の欲望の量は無限でも、欲望の種類までもが無限ではない。

 

『お前はレイドボスにはなれるんだろうさ。

 だけどレイドイベントで味方してくれるダチは居ないだろ?

 そんなお前が頑張ってるあの人らバカにすんなっての。爆死させるぞ、物理的に』

 

「おお、怖い怖い」

 

 おちゃらけた口調だが、青年の声の裏にはスカリエッティがバカにした者達への情念、言い方を変えるならば"尊敬"があった。それは転じて、スカリエッティへの敵意にもなるものだろう。

 

「なら、私が爆死させられる前に、君を爆死させないといけないな」

 

 スカリエッティは足を止め、道を塞ぐように立ち塞がった者達を見る。

 そこには、AMFやら魔力分断やらの影響を一切受けない、戦闘機人達が横並びに並んでいた。

 

 まるで、"スカリエッティを止めるのは自分達の責任だ"とでも言うかのように。

 ギンガと共に武器を構える彼女らの視線は、生みの親である彼の姿を射抜かんばかりであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 スカリエッティは"適当に"攻めている。

 彼は戦士としての訓練を全くと言っていいほど受けていないため、攻め方が非常に適当だ。

 攻撃の組み立てが雑で、よく見ると無駄な行動がそこかしこに見える。

 

 だがしかし、それが脅威になることもある。

 

「退避っー!」

「屋根のある場所に隠れろー!」

「機材を一カ所に集めて、魔導師はそれを守れ!」

 

 スカリエッティが適当に地上本部へと散発的に曲射した攻撃が、人々を逃げ惑わさせる。

 上の下程度の強さの魔導師ならば防げる程度の攻撃で、かつ攻撃頻度はかなり低いという気まぐれ攻撃であったが、今の地上本部に対しては凄まじい効果を発揮してしまっていた。

 

「市街地内のガジェット等の機械兵器は全滅させたというのに、これでは……!」

 

 オーリス・ゲイズは、後方支援部隊――車での人員運輸、救急部隊、オペレーターetc――の指揮を執りながら、忌々しさを込めた言葉を口にしていた。

 これでは残存戦力を集めてスカリエッティにぶつけるという作業すら、遅々として進まない。

 

「また来るぞ!」

 

 そうこうしている内に、また空からエネルギー弾が降って来た。

 

 全滅を防ぐべく、はやてはシャマルやザフィーラと共に広域に散らばり、それぞれがスカリエッティの攻撃を防ぐために動かざるをえない。

 

「ブラッディダガー!」

 

『主、全ては落とせません!』

 

「わぁっとる!」

 

 リインと融合しているはやては、広域攻撃が可能だという自認識から、カバーしようとしていた範囲も広かった。

 はやては地に足つけて、スカリエッティの攻撃を撃ち落としていく。

 誰も殺させないという意志の下、はやては人が居る場所を全てカバーする勢いで、血色の刃を連射し続け……無理をした代償か、自分に向かって来るエネルギー弾の一つを撃ち漏らしてしまう。

 

『主!』

 

 

 多くの魔力弾を制御していたリインフォースに、対応できるリソースはない。

 今迎撃の射撃を外してしまったはやてもまた、どうにもできない。

 無理をしていたためか、迎撃ラインに設定していた空域も近かったため、回避の時間さえ無い。

 

「―――!?」

 

 だから、はやてを助けられたのは、はやての近くに居た第三者しか居なかった。

 

 "その人物"ははやてを突き飛ばし、自分も倒れ込むようにして回避するが、スカリエッティの魔力弾に背中を抉り取られてしまう。

 

「バカ、者が……!」

 

「レジアス中将!」

 

「貴様の火力が抜けてしまえば、それだけ敗色が濃厚になるだろうが、少しは考えろ……!」

 

 好意からの行動ではない。人情からの行動ではない。

 ただひたすらに、合理と地上の平和だけを考えたがための行動だった。

 だが、レジアスがはやてを庇って倒れたということも、レジアスがもはや力強い指揮を行なえない状態にあるのも明白で。

 

「おいどうすんだよ! レジアスのおっさんが抜けたら全体が瓦解するぞ!」

 

 アギトが叫んだ言葉が、現状のマズさを如実に伝えていた。

 スカリエッティにやられた人間の救助や、移動するスカリエッティに市民等が巻き込まれないようにするための誘導、スカリエッティの戦闘データ収集、戦闘部隊の再配置など、今の地上本部が果たしている役割は多い。

 それが全て無力化されてしまえば、死人の桁は跳ね上がるだろう。

 だが、レジアスは背中から多量の血が流れるのも構わずに、この状況を打開する唯一の方法を口にした。

 

「貴様が、指揮するのだ。八神はやて」

 

「……え?」

 

「非常に不本意だが、貴様しか居ない。

 この状況で残存部隊の指揮を執れるだけの能力があるのは、貴様だけだ。

 ならば、貴様に任せる。……非常に不本意だが、な」

 

「非常に不本意二回言ったぞこのおっさん」

 

 アギトは呆れたようにツッコムが、その発言自体はそこまで理に反していない。

 はやては大隊指揮官資格、戦力統御資格を持ち、一つの課と一つの部隊を統べるだけの能力を持っている。

 それどころか、指揮能力だけを見ればもっと上の地位を掴んでいてもおかしくはないくらいだ。

 地上部隊のトップであるレジアスの第一補佐を務めるオーリスが三佐、陸上警備部隊の隊長であるゲンヤが三佐であることを考えれば、はやての二佐という階級も問題はない。

 残存戦力の規模と数を考えれば、はやての能力で処理できる範囲内だろう。

 

 つまり、問題は一つだけ。

 能力はあっても経験の無い小娘に、地上の命運を託せるか。それだけだ。

 

「中将は、私の事嫌いやったと思うてました」

 

「嫌いに決まっておろうが。

 だが一番嫌いなことは、悪人に何の罪もない人が蹂躙されることだ。

 その優先順位も、決まりきっている。そしてやるべきことをやらん人間も、儂は嫌いだ」

 

「……」

 

「全て放り投げるつもりはない。ここで儂も、お前を補佐してやる」

 

 レジアスは応急手当を受け、横になりながらそんなことを言う。

 助言はできそうだが、もう指揮はできそうにない。

 

「私達も補佐します。八神二等陸佐、どうか……」

 

「……」

 

 そしてレジアスだけでなく、オーリスにまでそんなことを言われてしまう。

 周囲の期待の目線、不安の目線が突き刺さるのをはやては感じる。

 はやてはレジアスに助けてもらっておいて"できません"なんて言えるような人間ではなかった。

 借りは返す。むしろ、そう考えてしまうタイプだ。

 はやての責任感が緊張や不安を吹き飛ばし、彼女を決断に走らせる。

 

「分かりました! やります、いえ、やらせてください!」

 

「……大きなミスをするようなら、事後に降格させてやる」

 

「それ今言わんでもよかったんとちゃいますか!?」

 

 どんだけ嫌いなんだよ、とプカプカ浮かぶアギトが嫌そうな顔をしていた。

 

 指揮系統が切り替わるが、その最中に新たな来訪者もやって来る。

 

「はやはやー、スカリエッティに狙われてるオレを匿ってくれ」

 

「! Kさん!」

 

「あいつ確実にオレの反応追って来るから、ここで迎え撃つって感じで」

 

「ええでええで。ゆっくりしとき、車椅子さん」

 

「お前に車椅子さんと呼ばれるのは違和感半端ないな……」

 

 アインハルトがレジアスに回復魔法をかけに動き、ユーノは負傷者が積み上げられている野戦病院のような区画に移動。ジークは今ここに到着したらしいアリシア・テスタロッサと共に、地上部隊が集積したスカリエッティのデータを確認に動いていた。

 

「アインハルトとジークはタイミングを見て前に出てくれ。ただし、迂闊には前に出ないように」

 

「分かりました」

「はいなー」

 

 車椅子の青年からの指示に、容姿こそ大人だが実年齢は幼い二人が答える。

 

 それを見たはやての中のリインフォースが、不安そうに問いかけた。

 

『護衛が居なくなるようだが、いいのか?』

 

「心配ご無用。昨日ガチャで引いたこの車椅子は特製でな」

 

 その問いに、青年は得意気な笑みを返した。

 青年が指を鳴らすと、彼が乗っていた車椅子が唸りを上げる。

 彼が乗っていた椅子部分を残し、タイヤが内側へと引っ込んで、ウィンウィンと駆動音を鳴らしながら変形を行い始める。

 そして、ほんの数秒で、車椅子は車椅子でないものに変貌を遂げていた。

 

「有事にはオレを座らせたまま、人型多機能式戦闘兵器に変形できるのだ」

 

「え、その機能要るん?」

 

「だってこの車椅子、魔導師には敵わなくても多分タイマンならオレより強いし……」

 

『……お前も一応魔導師だろうに』

 

「だから儂はこいつも嫌いなんだ……」

 

 とりあえず、先程のレジアス負傷のようなことはもう無さそうであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ディエチは倒れたチンクを庇うように抱え、砲撃に特化した固有技能・ヘビィバレルの照準をスカリエッティに合わせ、撃ち放った。

 今、倒されたウェンディの首を、スカリエッティが刎ねようとしていたからだ。

 焦りはあっただろう。だが、動きにソツも粗もない。

 ディエチが放った砲撃は、Sランク魔導師上位の砲撃ですら凌駕する威力を内包していた。

 

「あぐっ!?」

 

 だがそれを、スカリエッティは『分断』する。

 EC兵器は魔力分断を行うことができるが、その発展形として"生命分断"さえも行うという、恐るべき特性を持っていた。

 そして今、"戦闘機人のエネルギー結合"に対してすら分断を行っていた。

 

「く、うっ……!」

 

 分断効果が砲撃のエネルギーを破壊し、砲撃から砲塔へ、砲塔からディエチの体内へと分断効果は連鎖干渉。ディエチの体内エネルギーが分断され、ディエチは失神に至らされてしまった。

 

 生命操作技術を専門とするスカリエッティに、特異な力を持つウィルスなどという玩具を与えれば、こうもなろう。

 ロストロギアは次元世界を滅ぼす負の遺産。

 エクリプスウィルスは魔法文明を殺す毒だ。

 そこに人間社会の天敵が加わった結果、生まれた存在の恐ろしさは、少し笑えない域にある。

 

「ノーヴェ、これは……」

 

「魔力分断見て、戦闘機人が戦うかもしれないって考え自体が安易だったのかもな」

 

「ギンガ・ナカジマにノーヴェ。

 悲しいよ、私は。私が完成させた戦闘機人技術が、蓋を開ければこんなに弱かったとは」

 

 もはや残るは、ギンガとノーヴェのみ。

 鍛錬を積んだ戦闘機人達は一人一人がSランクの魔導師に匹敵する。弱いはずがない。

 スカリエッティは思ってもいないような言葉を吐いているが、その軽口に相反し、その強さは桁違いに強かった。

 ごく一部のエクリプス感染者は広域に生命分断含む魔力分断を行うため、機動六課総出でかかっても全滅の危険性があるほどの強さを誇るが、スカリエッティはおそらくその域にある。

 

 生命分断こそ行っていないが、分断の精度と多様性が極めて高い域にあった。

 

「そうら、もう一度だ」

 

 そして、この男の強さは分断だけに依存しない。

 ロストロギアのエネルギーを捻出し、スカリエッティは技巧を凝らす気も無いままに、空からエネルギーの天井を落下させた。

 

「っあッ!」

 

「ぐ……!」

 

 ノーヴェとギンガは、自分の中にある力を総動員してそれを受け止める。

 歯を食いしばり、言葉を紡ぐ余裕すらない二人とは対照的に、スカリエッティは余裕の表情で口笛を吹いている。

 見れば、エネルギーの天井は分厚いだけで、形は歪だ。形を整える技量が無いからだろう。

 注がれたエネルギーもどんどん漏れている。エネルギーを留める技量が無いからだ。

 だがスカリエッティは、ロストロギアから抽出した無限に等しいエネルギーの流入で、それらの問題を解決していた。

 

「分断」

 

「「 !? 」」

 

 そして、技量は無くても非情さはある。

 スカリエッティは天井を支えている二人に対し、分断効果(ゼロエフェクト)を投射。

 二人の体内のありとあらゆるエネルギーが消失し、二人の意識が刈り取られると同時、エネルギーの天井は地面に衝突。何が潰れる、そんな音がした。

 

「おや、こういう殺し方をした時、どういう死体が残るか非常に興味があったのだが……」

 

 だが、エネルギーの天井を消してみれば、そこには何の死体も残ってはいなかった。

 潰れた小さな木や瓦礫、リュックサックなどの残骸は見つかったものの、死体なんてものはどこにもない。周りを見渡せば、気絶したチンク達も居なかった。

 何の魔力反応も無かったことから、スカリエッティはかの課金王の仕業であると推測する。

 おそらくは、仲間を招集する使い捨てのアイテムか何かだろうか。

 

「まあ、いいか」

 

 スカリエッティは直前まで戦っていたはずの戦闘機人達への興味を早くも失ったようで、再度目標である彼の下へ――地上本部に向かって――歩き始める。

 このタイミングを、『彼女』は好機と見た。

 "戦闘中には行けば巻き込まれる"という思考が、彼女にはあった。

 "スカリエッティは素人同然で、付け入る隙はいくらでもある"という思考が、彼女にはあった。

 

 ゆえに、リーゼロッテは隠形で気配を隠して接近、瓦礫の陰から突如現れ、スカリエッティの右腕に飛びつき腕ひしぎ十字固めを仕掛けた。

 

「貰った!」

 

「おっ」

 

 スカリエッティの格闘技素人特有の反応の遅さ、動きの鈍さ、動作の無駄の多さが絡まって、ロッテの関節技は見事に決まる。

 時空管理局でも上層に入るロッテの強化された身体能力、及び格闘能力が、スカリエッティの片腕をへし折り、根本から引きちぎろうとする。

 

「硬……!?」

 

「魔導師に折られるほどやわには作ってないさ。たとえ高ランクの近接型が相手でもね」

 

 だが、スカリエッティの腕関節は軋みもしない。

 既に全身手術で彼の骨格は全身金属製のものへと変えられており、それがロストロギア由来のエネルギーで強化されていることで、戦艦よりも強固な耐久を発揮していた。

 これではロッテの格闘技、いやほとんどの物理攻撃が彼の骨格には通用しないだろう。

 むしろ、スカリエッティから漏れ出す分断効果で、関節を数秒極めていただけのロッテの方がダメージを受けてしまっているほどだった。

 

「ロッテ、すぐ下がって!」

 

「鋼の軛!」

 

 ロッテはほんの数秒関節を極めた時間で、この腕は持っていけないと悟る。

 そしてリーゼアリアも、リーゼロッテと同じタイミングで同じ判断に至っていたようだ。

 ロッテの襲撃直前に合流したザフィーラ、及びアリアがありったけの拘束魔法をスカリエッティにぶちかます。が、拘束魔法も分断されてしまった。

 スカリエッティに戦闘経験が無かったためか、拘束魔法の分断には大した労力も使っていないというのに、スカリエッティはロッテが後退するのをみすみす許してしまう。

 ロッテはそういうところにも、付け入る隙があると見ていた。

 

(魔力攻撃は一切無効。骨格への物理攻撃も無意味。ならば)

 

 ザフィーラは自分が――自分達が――ここでこのスカリエッティを倒せるとは思っていない。

 ゆえに、後続のために情報の収集に走った。

 彼は近くに落ちていた、多少厚みがあり鋭く尖っているガラスの破片を拾い、それを手裏剣のようにスカリエッティへと投げる。

 

 古代ベルカの投擲技術による攻撃だ。

 スカリエッティの周囲にはあまりにも大量のエネルギーが漂っていたため、目を狙ったガラス投げは逸れてしまったが、幸運にも逸れたガラスは首に向かう。

 何もかもが未熟なスカリエッティ相手であれば、それは必殺になる……と、思われたが、突然現れた"異常に綺麗な小型シールド"に、それは防がれる。

 

「何っ!?」

 

「私の脳内には、手術で亜種型インテリジェントデバイスが一つ埋め込まれていてね」

 

「脳に、外科手術でインテリジェントデバイスを埋め込む……!?」

 

 確かにロッテが思考した通り、スカリエッティには付け入る隙があるだろう。

 だが、金属の装甲に弱点となる隙間を見つけたところで、木の棒でそれは壊せない。

 

「私の脳を物理的に刺激し、脳内物質を過剰分泌させている。

 これで私は常に限界を超えた肉体活動を行うことが可能だ。

 更に脳内のインテリジェントデバイスは、自動防御も行ってくれる。

 君達とは違う、本質的に戦闘者ではない私には必須の小細工というやつさ」

 

「……あんた、長生きしないよ。

 "怒りっぽい奴は長生きしない"って格言の意味分かってる?

 脳内物質の常時過剰分泌ってのは、命を削るんだ。脳も神経も、いずれボロボロになる」

 

「なら、また新しい『私』(スカリエッティ)を作っておくとしよう」

 

「……っ!」

 

 スカリエッティの強さ。

 それは、己が命の力の全てを短期間に燃やし尽くすという行為からも生まれる。

 

 普通の人間が数十年を生き、その全てを別の人間に継承させることで繋げるのなら。

 スカリエッティは自分のみを量産し、最短一日でその命の全てを効果的に使い切り、継承ではなく研究と開発で自分を高めていく。それは自己完結する、自分の内にしかない繋がりだ。

 自分の命すら消耗品として割り切るその強さを、他人が真似できるわけがない。

 

「脳内物質のおかげで私は気絶もしない。

 大きな痛みを感じることもない。

 ……さて、そんな私を相手にして、君達はどうするかね?」

 

 スカリエッティは肩をすくめて、愉快そうに笑う。

 

 その笑顔にイラッと来たのか、戦場に到着するなりすぐに、ヴィータは叫んだ。

 

「簡単に防げねえくらいでけえのくれてやるさ!」

 

「全く。今日は忙しい日だ」

 

 そして、ヴィータと共に到着したシグナムが剣を構える。

 ヴィータは上から振り下ろす、何が何でも壊そうとする一撃を準備。

 シグナムは低空スレスレを飛ぶ、一撃必殺の矢を(つが)える。

 

「ロッテ!」

「あいよ、アリア!」

 

「「 スティンガーブレイド・エクスキューションシフトッ! 」」

 

「鋼の軛!」

 

 不服そうな顔をしながらも、ロッテとアリアもそれに合わせた。

 ザフィーラの鋼の軛が分断される中、ロッテが3、アリアが7ほどの割合で、魔力弾の連射を行いスカリエッティの視界を塞ぐ。

 必殺の技ですら目眩ましにしかならないこの相手に、二人は最高の妨害を行って見せた。

 そして、ヴォルケンリッターの必殺が放たれる。

 

「ぶっ壊せぇ、アイゼンッ!」

 

《 Zerstorungshammer 》

 

「翔けよ、隼!」

 

《 Sturmfalken 》

 

 巨大化ハンマーに巨大ドリルと巨大ブースターという、盛りに盛った『潰す』一撃。

 闇の書事件の時よりも洗練された、『貫通』させる一撃。

 上と正面、二方向からの二重物理攻撃はものの見事に命中した。

 

「やったか?」

 

 だが、爆煙と爆炎が消えた後には、謎の障壁を張ったスカリエッティが平然と立ち続けるのみ。

 

「こいつは……」

 

「昔闇の書の闇が使ってた、四層防御!?」

 

 ヴィータとシグナムが驚愕の声を漏らす。

 『それ』は、闇の書の闇がデフォルトで備えていた、魔力と物理の複合四層式バリアだった。

 闇の書の闇が単体で本領を発揮してからほどなくして高町なのはが戦い始め、高町なのはが力尽くでぶっ壊し始めたためその印象が薄いものの、ヴォルケンリッター達の中にはこの四層防御のデータがしっかりと残っている。

 

 これは高ランク魔導師四人が肩を並べ、二つの魔法攻撃と二つの物理攻撃を叩き込まなければ、破壊しきれないバリアであるとされている。

 闇の書の闇を倒すには本来、この四層バリアを破壊し、超高濃度魔力で構築された本体を更に高い威力の一撃で破壊し、循環魔力で再生した本体を更に粉砕。その上で再生中に収束砲数発分という超高威力の魔法を叩き込み、露出したコアに想像を絶する威力の攻撃を叩き込む必要がある。

 あんまりにもあんまりな耐久力。スカリエッティの四層バリアは、この凄まじい防御力の一角を担っているほどの盾なのだ。

 

 おそらくは、スカリエッティの脳内のインテリジェントデバイスが総機能をこれに集中。スカリエッティの脳をデバイス側が強制使用し、ロストロギアの魔力で構築しているのだろう。

 

「研究、実験、そして再現。

 それが研究者の本分ではないかね? ま、これは趣味でやっていたものだが」

 

 データは十分にあったに違いない。

 現代の出来事もあった。古代ベルカやアルハザードの時代のデータも多少はあった。

 だからといって、この模倣を可能とするのは鬼才か天才だけだろう。秀才にはできまい。

 

「困るなぁ、まだ私の手品の種はいくつもあるというのに! ははははははっ!」

 

 驚くヴィータ達の目の前で、スカリエッティは高笑いしながら自分の左腕を切り落とす。

 

「!?」

 

 驚いている最中に驚かされ、リアクションも取れない彼女らの前で、スカリエッティはほんの一瞬にて腕を生やした。

 

「……!?」

 

「そもそも、半端な物理攻撃じゃ私は死なないさ。今のは防ぐまでも無かったかもしれない」

 

 今のスカリエッティは、"エクリプスウィルスの病化特性"を小器用に使っており、腕ぐらいならば瞬時に生える。強化骨格の内側の心臓か脳を潰さなければ死にもしないだろう。

 スカリエッティは新しく生えた腕をまた切り落とし、地面の上でピクピク動いている腕――強化骨格内蔵――を拾って、腕の断面に付け直す。

 こんな乱暴な処置で、指の動き一つにも影響がないというのが恐ろしかった。

 

 スカリエッティは全ての技能を理想的に組み合わせているわけではない。

 むしろ技能の組み合わせはちぐはぐで、"今このタイミングであの技使っておけよ"と言いたくなるような場面だらけだ。

 その状況に応じて思いつきの対応を行い、インテリジェントデバイスが時折その隙間を埋め、素人同然の戦い方を続けているだけ。

 

 なのに、強い。

 それは今のスカリエッティが、ティアナも見せた『事前準備の強さ』と、『他の人が捨てられないものを捨てられる強さ』と、『研究で力を開発できる強さ』を体現しているからだろう。

 

「さて」

 

 驚愕はあった。

 腕を切り落とし、新しい腕を生やして、新しく生えた腕を切り落として、最初に切り落とした腕を付け直すという過程に、呑まれていたという側面は確かにあっただろう。

 だが、誰も気を緩めてはいなかった。ヴィータ達全員が、熟練の戦闘者だったからだ。

 

 だが、彼女らは"こんなキチガイ"の行動をよく理解できるような経験は積んでいない。

 スカリエッティは腕を生やした時、こっそりと『腕の肉に巻き込むように』腕の中に機械式のグローブを埋め込んでいた。

 グローブの中に手を入れるのがありなら、手の中にグローブを入れるのもありなのでは? という狂気の発想。それに"ジェイルが愛用していた"グローブの未完成品が組み合わされば。

 体から離れた腕が勝手に動くという、非常識な現象が噛み合えば。

 

 切り落とされた腕の五本の指から発せられた赤い糸が地面を貫き、地面から飛び出し、五人の達人を拘束するという結果が生まれる。

 

「っ、しまっ―――」

 

「では、さようならだ」

 

 そして、チャージタイムゼロの砲撃が五本、発射された。

 砲撃に魔力が収束しきれていない。砲撃がまっすぐ飛んでいない。砲撃に防御貫通機能がちゃんと付加されていない。

 なのにスカリエッティは、バカみたいに魔力を注いで威力と攻撃範囲を引き上げ、五人を纏めて吹き飛ばした。

 

「ぐああああっ!!」

 

 ある者は地平線の向こうまで飛び、ある者はビルに埋まるまで押し込まれる。

 ヴィータ達をこの一撃で戦闘不能にまで追い込んだことを確認し、スカリエッティは更に進む。

 しかし三度、その進軍は邪魔される。

 

「そこまでだ、スカリエッティ!」

 

「……ああ、面倒臭くなってきたね。懐かしい面倒臭さだ」

 

 再編成された地上部隊が、罠を大量に仕込んだ迎撃設定地点にて、スカリエッティを待ち受けていた。しかも"倒せなくても時間稼いでやるよ"という意志に満ち満ちている。

 スカリエッティはそれを見て、深く深く溜め息を吐いた。

 

「君達には、道に立つ虫柱を見て、火炎放射機で焼き尽くしたいと思った経験はあるかい?」

 

 目の前の管理局員の命。道に湧く虫柱の命。それらを同一視するスカリエッティの振り上げた剣が、沈み始めた太陽に重なる。

 

「ディバイドゼロ・エクリプス」

 

 そして、世界を殺す毒が放たれた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 世界が揺れる、音がした。

 

「前線からの緊急報告!」

 

「ぜ……全滅です! 死者報告ゼロ! 戦闘継続可能者ゼロ! 全員、一撃で落とされました!」

 

「バカな! 隠れていた伏兵も居た! 装甲車にこもっていた者も居た!

 広域攻撃による一掃は最も警戒していた内容のはずだ! それが、何故……!?」

 

「広域魔力分断効果発生! バイタルに僅かな異常! 生命活動にも影響が出ている模様です!」

 

 地上本部は、混乱の極みにあった。

 折角あくせくして揃えた防衛ラインは一気に瓦解。

 地球での戦争に例えるならば、数年かけて建造した城壁をパンチ一発で壊されました、城は丸裸です、といったところか。

 

 守りを失った地上本部で誰も彼もが忙しく動き回る中、車椅子の彼ははやての横で、どこか冷めた表情を浮かべる。

 

「……なんか、弱いな」

 

「はい? 何言うとるん? あれで弱いって……」

 

「オレが前に見た『エクリプス』はもっと濃かった。

 その気になればもっと広く、命すら分断できるものだった。

 だけどスカリエッティは多分、今最高威力で撃った? よな。

 あれだけ使いこなしてて、全開出力であれなら……基礎出力の問題、いや相性か?」

 

 Kの瞼の裏には、今でもトーマ・アヴェニールの勇姿が焼き付いている。

 あの強さと勇気への尊敬がある。

 ゆえに、スカリエッティの暴虐の中に、彼だけは違う物を見ていた。

 そしてアインハルトとジークリンデもまた、周囲とは違うものを見ていた。

 

「ロストロギアを使って、力を得る。あれはエレミア由来の技術でしょうね」

 

 どういうルートで情報を拾い上げたのかまでは分からなかったが、アインハルトには分かる。

 あれは、ヴィルフリッド・エレミアが、友を助けるために生み出した技術だ。

 億のガジェットに食らいつくために練り上げた力だ。

 それを嘲笑うかのように、スカリエッティが横合いから掠め取ったのだから、アインハルトとジークの怒りは相当なものだろう。

 

「気に入りません」

 

(ウチ)も気に入らんね。取り返さんと」

 

 彼女らに有るのは"自分達が盗られたから怒っている"という意識ではない。

 有るのは"先祖への侮辱に対する怒り"であり、彼女らは先祖をコケにしているスカリエッティに対し、自分のことのように怒っているだけだ。彼女らは、優しい子達であったから。

 今のエクリプスのせいで待ったがかかっていないければ、即座に飛び出して行ってもおかしくはなかっただろう。

 

「もうこうなったら、なのはちゃん達呼び戻すしかないんやないか?」

 

『そうですね。空のガジェットも一旦後回しにしてもいいかもしれません』

 

 はやてとリインフォースの間で、"もうそれしかない"と話が締めくくられたりもしていた。

 この現状では、至極当然の判断と言えよう。

 だが、通信を繋ごうとするはやてを、プレシアが止める。

 

「やめなさい」

 

「プレシアさん?」

 

「フェイトにもそう言って止めたけど、今あの子達を呼ぶのは悪手よ」

 

 フェイトやアルフを始めとして、ダメージを受けて帰って来た者達は、ここ地上本部でシャマルを中心とした残存医療スタッフの手当てを受けている。

 総戦力で劣る二つの管理局はそうして、ここまでスカリエッティに食らいついてきたのだ。

 なのだが、プレシアは治療行為の途中で抜け出してきたらしい。

 フットワークの軽いおばさんだ。

 

「アリシア。どう?」

 

「うん、相変わらず。

 隠してるみたいだけど、時々視線がシュテル達の位置を確認するみたいに動いてる。

 シュテル達の動きが時々、スカリエッティに近付くみたいにも見える時があるんだけど……

 そういう時、スカリエッティはシュテル達から離れるんじゃなく、迎え撃とうとしてる」

 

 スカリエッティの動きは、"なのは達が戻って来たら逃げよう"と考えている者のそれではない。

 "戻ってきたら殺そう"と考えている者の動きだ。

 逃げる気があるなら、"なのは達が戻ってくるかもしれない"と思ったら逃げようとするはず。

 その場に留まって迎え撃とうと動くなら、そこには確かな殺意があるということだ。

 

「それじゃあ……」

 

「殺す備えが有るということよ。あの二人に対してはね」

 

「!」

 

 そして殺す気があると同時に、殺す策があるということもである。

 

「あの二人が来てから人質を取る?

 あの二人が来る気配があればそこの課金厨を確保しにいく?

 それとも別の罠がある? ロストロギアを使った攻撃?

 魔力分断効果を使った、大魔力の持ち主すら殺せる攻撃?

 想像するだけならいくらでもできるわ。確かなことは、あの男が備えているということ」

 

 スカリエッティの戦い方は適当で雑で未熟だが、それでもあれだけの強さがあった。

 その技術で、本気で殺す策を組み立てればどうなるか?

 想像するだに、恐ろしい。

 魔力量では防げない魔力分断を使いこなすだけでも、彼に勝機は生まれるのだから。

 

「あの二人を呼ぶなんて、とんでもない。

 あの男は間違いなく、なのはとシュテルの二人を殺すために動いているわ。

 戦力的に言えば、あの二人は必ず殺しておきたいのでしょうし。

 私達が、ここで奴を仕留めておくべきなのよ。そうして奴の予想を超えるしかないわ」

 

「……ここで、私達が」

 

「スカリエッティが軽視している私達こそが、唯一の希望なのよ」

 

 はやては悩む。

 六課オペレーター陣顔負けのアリシアの分析も、プレシアの指摘も、理に適っていた。

 普通になのは達を呼べば大惨事になっていたであろうことは想像に難くない。

 だが、だからといって、この状況をなのはとシュテル抜きで打開できるかと言えば、はやては素直に首肯できない。

 

「Kさん、ええ案無いかな?」

 

 はやてが指揮の傍らにそう振ると、青年はどこか遠くを見て笑う。

 

「まず、助けないとな」

 

「助ける? 誰を?」

 

「恩人だ。結局、一度も顔を合わせることはなかったけどな。きっとそこに居る」

 

 彼の記憶と、彼の義手の中に打ち込まれたデータがうずく。彼はスカリエッティの中に、かつてトーマの中に感じたものと同じものを感じていた。

 

「借りは返す。助けてもらった借りだ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「人質に取られた借りは、私自身の手で返すんだから!」

 

 同時刻、召喚士としての技能を遺憾なく発揮するルーテシアが、スカリエッティに声も届かないような距離から、召喚士した虫達に指示を出していた。

 

「やっちゃえ、ガリュー! 地雷王! 白天王!」

 

 ルーテシアが最も信を置くガリュー。

 地震と雷を操るというとんでもない力を持つがゆえに、そう名付けられた地雷王。

 そして大怪獣と呼ぶに相応しいサイズと戦闘力を持つ、白天王。

 ルーテシアとその召喚虫は、総体として見れば一軍に匹敵する強さの集団だ。

 

 そんな集団に対する返礼は、エネルギー爆発で吹っ飛ばされるガリューに地雷王、そして投げ飛ばされる白天王という光景をルーテシアに見せることだった。

 

「……うっそぅ……」

 

 エネルギー爆発で吹き飛ばされるのはいい。地雷王の体重が数十トンであることに目を瞑れば、それ自体は極端に異常な光景ではない。

 異常だったのは、スカリエッティが白天王の足を掴むやいなや、その巨体を軽々と投げ飛ばしたことだ。

 そしてスカリエッティは投げるだけに留まらず、白天王の足を片手で掴んで振り回し、まるでバットでボールを打つかのように、地雷王とガリューを叩き飛ばし始める。

 

「純粋に強く大きいだけの生命体には魔力分断も意味が無い、か。その発想は悪くない」

 

「ダメ、皆戻って!」

 

「だが、それも想定の内側というやつさ」

 

 召喚虫が全員殺される未来を予想したルーテシアが、召喚した虫達を戦域外へと逃し、自分もまた後退していく。

 ルーテシアの一手は足止めにはなったが、足止め以上の物にはならなかったようだ。

 

(シュトロゼック-4th、リリィ・シュトロゼック……

 これを強奪できたのは幸運だったが、私との相性までは望めないか。

 エクリプス感染成功体の私を作るためには有用だったが、それ以上のものでもなく。

 拾い物の生命体型リアクターを弄るのは困難だった。双調整はしておきたかったが、ね)

 

 スカリエッティは道を進みながら、自分の内側に目を向ければいつでも見える、色素の薄い美少女の姿を見やる。

 その少女は、かつてトーマと一体化し、四年前の時間軸と繋がった古代ベルカでKを助けたかの少女であった。

 厳密に言えば、かの少女の過去の姿なのだろうが。

 

 彼女は言わばEC兵器の触媒であり増幅器。そして接触した人間にエクリプスウィルスを感染させる能力を持ち、スカリエッティに都合よく利用されていたのだ。

 感染源が無ければ、エクリプスウィルスの研究など行えるはずもない。

 スカリエッティは薬剤や五感からの精神干渉、魔法による干渉などを重ねがけし、リリィ・シュトロゼックの体に傷も後遺症も残さぬまま、彼女の意志と記憶を完全にリセットしていた。

 

 スカリエッティとリリィは、エンゲージを介した正常な融合すら行っていない。

 生死を共にする運命共同体なんてものは程遠く、例えば今のスカリエッティが即死級のダメージを受ければ、リリィだけが死ぬということさえありえるだろう。

 例えるならば、リリィは完全な外付け回路。

 意志なき少女は、スカリエッティの道具として最悪な形で利用されていた。

 

(これが終わった後、この少女にもメスを入れるとしよう)

 

 彼女は戦いが終わった後、人間として扱われるかすら定かではない。

 Kが見抜いていたのは、リリィがスカリエッティの中に居て、スカリエッティのエクリプス由来の能力を安定させているという事実だったのだろう。

 と、同時に、スカリエッティとリリィのあまりの相性の悪さが、どうやろうともトーマ+リリィほどの出力を出させないということにも、気付いていたようだ。

 

「うん?」

 

 そして、魔力分断の特性も、ここまでデータ収集の時間があれば見えて来る。

 

 遠方、地上本部でプレシアから術式を渡されたはやてとリインフォースの手により、スカリエッティの頭上に儀式魔法――天候操作魔法――が起動する。

 そして、大きな雷が落ちた。

 はやてとリインフォースの魔力で発せられた、魔力分断も効果がない雷の魔法。

 

 だがジュエルシードの誘爆を恐れてか、その魔法には細々とした術式がいくつも組み込まれていた。それが威力と規模を削ぎ、スカリエッティの内に落胆を芽生えさせる。

 

「くだらないことにこだわる者ばかりだ」

 

 まだ特撮のヒーローを真似して木の棒を振る小学生の方がマシに見えるほどに、酷く素人臭い動きでスカリエッティが剣を振る。

 すると剣から放出された斬撃の衝撃波が、頭上の雷の全てを切り裂いた。

 基礎出力からして桁が違う、そんな事実を知らしめるかのように。

 

 スカリエッティは敵性戦力の抵抗ことごとくを踏み潰しながら、エクリプスゼロで気を失った地上部隊員の間を悠々と歩いていく。

 "こいつらを人質にしよう"と考えもしないほどに、スカリエッティはその者達に興味を欠片も示さない。

 

「思い出す、思い出すよ。

 これは遺伝子が継承する記憶だ。

 覇王や聖王女のそれと似たものだね。

 ああ、そうだ、私はずっと、こうしたことを続けて来たんだ。

 昔過ぎて昔を通り過ぎ、過去ではない未来にまで至りそうなくらいの昔から」

 

 弱者を踏みにじる過程で、『スカリエッティ』と『ジェイル』が重なっていく。

 

「人が総勢で群がってくる。人の総意の代弁者が現れる。いつの時代も同じだ」

 

 人は思い出せなかった記憶を思い出せた時、快感を感じる。

 スカリエッティの中に蘇る記憶には敗北の結末も多かったが、それでもそこに愉悦を感じているようだった。

 

「いつの時代も、人は腐敗する。

 欲望のままに生きれば原始に帰るだけだろうに。

 無駄に理性を間に噛ませてしまうから、過剰なまでに滅びるのだよ」

 

 スカリエッティは原始的な欲望に従う人間であれば、大きな破滅を呼び込みはしないと考えている。名誉、自尊心、支配欲、権力欲、そういったものにこだわる欲望こそが、世界を破滅に導くと考えていた。

 ジェイルも、スカリエッティも、欲望を基点に物事を考えている点は同じ。

 

「聞いているんだろう? 課金王。

 何故私がこの時代に居るか分かるかい?

 最高評議会が、私の欠片を残していたからさ。

 『ジェイル』のクローンであっても、育て方を間違えなければ正義となると信じたんだ」

 

 スカリエッティは、最高評議会の一人がかつて語った甘い理想を嘲笑う。

 

――――

 

「こいつをいつ蘇らせるかもまだ決まってない。

 こいつがいい人になれるかも分からない。

 だけど俺は信じてみたいんだ。

 どんな悪い奴だって、生まれた瞬間から悪い奴なんて居ない。

 俺達が頑張れば、ジェイルみたいな悪い奴だって、誰かを助けられる人になれるんだって」

 

――――

 

「いつかこの気持ちは裏切られるかもしれない。それでも俺は、可能性を信じてみたい」

 

――――

 

 善人が悪人のクローンに期待した心は、これ以上無く最悪な形で裏切られていた。

 

「そうしてその内、摩耗の果てにその初心すら忘れてしまった。

 笑える話さ。善人が悪人の更生に期待し許す、よくあることだ。

 だがその行為のほとんどは、更生しなかった悪人に裏切られて終わる」

 

 スカリエッティは世の中の真理を語るように言う。

 

 悪人の語る世の真理に、その時、"ふざけるな"と物申す者達が現れた。

 

「まるで、詐欺師が"騙される方が悪い"と言っている光景を見ている気分だな。

 笑わせるな、スカリエッティ。お前のそれは、最悪中の最悪だ。笑って語るな」

 

「遅かったじゃないか、海の諸君」

 

 辺りを見渡せば、スカリエッティを囲むようにずらりと並んだ魔導師達。

 そして、スカリエッティと真正面から対峙する一人の青年。

 

「クロノ・ハラオウン。時空管理局の者だ」

 

 デュランダルを構えたクロノが、そこに居た。

 

 空を見れば、まだ船の数々は月を押し返している最中だ。

 だが、月はある程度押し返せたらしく、船の操縦には余裕が出来始めたらしい。

 おそらく最低限の人員だけを残し、戦闘力のある人物を全て地上に降ろしたのだろう。

 ヴィヴィオもこの段階まで来たならば、ゆりかごの自動操縦機能を起動させ次第、地上に降りて来るだろう。

 ……今降りて来ていないのは、ゆりかごの動かし方が脳内にインストールされてもなお、"聖王のゆりかごの自動操縦設定複雑すぎぃ!"とてこずっているだけなのだが。

 それでも、数分はかからないはずだ。

 

 スカリエッティはクロノを見やり、クロノはスカリエッティを睨む。

 

「許す在り方を笑いたければ笑え。

 愚かだと言いたければ言え。

 ただし、僕はそれを笑う人間の味方にはならないし、そんな愚かな奴らの味方だ」

 

「なら私が言ってやろう。それは君が愚かなだけだと」

 

「なら僕はこう返そう。

 ……僕はお前のような、醜い生き方をさも賢いかのように語る人間を、心から軽蔑する」

 

 熱い想いが、氷に変わる。

 

 戦士でないスカリエッティにすら分かる。この男は、強敵だ。

 

「ここで朽ち果てろ、ジェイル・スカリエッティ!」

 

「すまないが、私はまだこの時を楽しみたいのでね!」

 

 ソシャゲの闇の書の闇を殺すべくグレアムが残した力は、今もクロノの手の中で息づいていた。

 

 

 

 

 

 

 それから、何分経っただろうか。

 クロノは海の仲間達との連携で、スカリエッティに挑んでいた。

 

「エターナルコフィン!」

 

 広がる氷の領域が、スカリエッティを空間的に攻め立てる。

 魔力展開時点で魔力分断の影響を受けつつも、魔力とは違う冷気へと変換された魔法攻撃は、スカリエッティに力任せに吹き飛ばす以外の反撃を許さない。

 

 『アカウント概念の凍結』は、スカリエッティの強さを構築するあれこれに対し効果的に作用する上、ロストロギアの活動さえ凍結させる。

 今のスカリエッティに対しては、極めて有効な魔法の一つだ。

 分断領域展開と桁違いのパワーさえ無ければ、スカリエッティも抗うことはできなかったかもしれない。

 

「掃射!」

 

 海の部隊が物質加速魔法で、その辺りの瓦礫を次々と射出する。

 体表だけを瓦礫でひたすら叩きまくって、戦闘力を奪うという目的の攻撃だろう。

 スカリエッティは力任せかつ広範囲に大雑把なエネルギー爆発を起こし、それらを全て鬱陶しげに弾き飛ばした。

 だが、これでは視界が埋まってしまう。

 スカリエッティは脳内デバイスに任せて移動魔法を使用、足元まで迫っていた冷気の侵食をかろうじて回避した。

 こういった連携にこそ、厄介さは宿るものだ。

 

 スカリエッティはディバイドゼロ・エクリプスを撃とうとするも、スカリエッティの目を覆いたくなる拙さのせいか、クロノの立ち回りの上手さのせいか、氷の小技とエターナルコフィンの巧みな組み合わせでこまめに邪魔されてしまっていた。

 スカリエッティの最も厄介な大技は、撃てそうで撃てない状況が続いている。

 

 だが、問題も無いわけではなかった。

 一つは、管理職に就いたがためのクロノの微妙な鍛錬不足。

 一つは、クロノとスカリエッティの戦闘について行けない脱落者の発生。

 そして最後に、"目標の達成難易度"の違い。

 

(君が常に前線で己を鍛えている人間だったなら。

 もしかしたら私もここで、手痛い一撃を貰っていたかもしれない。だが、残念ながら……)

 

 クロノにとっての勝利は遠いが、スカリエッティにとっての勝利は近い。

 スカリエッティは、手にした銀剣(きょうき)を突然真横に向ける。

 

「ここは既に、私の射程距離圏内だ」

 

「!」

 

 そしてチャージ無し、腕を横に向ける以外の前兆動作無しで、エネルギー量にあかせたエネルギー弾を発射した。

 それはあらゆる建物を力任せに破壊しながら直進し、地上本部へと着弾する。

 スカリエッティの移動は一直線で、誰もが足止めは出来ても、進路変更させることはできなかった。それゆえに、スカリエッティは既に地上本部を射程に収めていた。

 

「しまった!」

 

 砕かれ、障害にすらなれない建物。

 突き進むエネルギー弾。

 やがて到達し、炸裂したエネルギーが、地上本部を根こそぎ全て消し飛ばして行った。

 

 地上本部、陥落。

 

 幾多の強者が蹴散らされ、幾多の防衛戦が突破され、幾多の罠が踏み壊され、とうとう地上最後の砦は破壊されてしまった。

 クロノはあまりにも力任せなこの行動に唖然とし、歯噛みする。

 

「……む?」

 

 だがスカリエッティは、魔力反応の変動が全く無いことに顔をしかめた。

 魔導師が死ねば、多少は生まれる魔力の揺らぎ、それが無い。

 つまりそれは、地上本部を吹き飛ばしてなお、スカリエッティが魔導師を一人も殺せていなかったということを意味する。

 

「先読みされていたか。まさか既に引き払った後とは」

 

 これは素直に指揮の妙だろう。

 地上本部に全員が詰めていると見せかけ、そのための偽装も行いながら、地上本部から少し離れた場所に陣地を移動する。

 スカリエッティの動きを先読みしていなければ出来ない芸当だ。

 

 地上本部を吹き飛ばした魔力弾は、スカリエッティから見て一直線に街を蹂躙していった。

 凹型に街は抉れ、抉れて出来た道の向こう、すなわち吹き飛ばした地上本部の向こうの草原に、スカリエッティの強化された視力が、人の姿を捉える。

 

 見慣れた四人が、今のスカリエッティの目に映る。

 見慣れた四人が、過去の想い出のジェイルの目に映る。

 現実の視界と記憶の視界が、スカリエッティの脳裏でダブった。

 かくして、スカリエッティは仁王立ちして自分を待ち受ける、そんな四人を見て笑う。

 多くの人が立ち並ぶ光景を見て、それを踏み潰さんとする。

 

「くっ……はははははッ!

 覇王、聖王女、黒のエレミア、そして課金王か!

 『今度こそ』は、私が勝つ! 二度も私に勝てるとは思わないことだ!」

 

 スカリエッティは知っている。

 "その男"は、ソシャゲと課金とガチャで大勝負を何とかする男だ。

 ゆえに、ここで取る行動など決まっている。

 『彼』の手は既に、脳内ガチャ(イマジナリーガチャ)のつまみに添えられていた。

 

「さあ、引くがいい。それで逆転できるものならば!」

 

「引くさ。だが、あらかじめ言っておくぞ」

 

 引く。

 引く。

 ガチャを引く。

 それしかないなら、それをする。

 ただ、たった一つ、彼には懸念事項があった。

 

「今オレの口座には―――十万しか入ってないぞッ!」

 

 イベントで課金しすぎたせいで、シュテルに財布の紐を握られていたせいで、昨晩この車椅子が欲しくて課金してしまったせいで―――金が無い。

 

 

 




 なんか正統派総合格闘技っぽいヴィヴィストの二次書きたいですね。放映終わったら書きます。その前にウルトラマンガイアの中編書くかもですけど

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