課金厨のソシャゲ廃人がリリカルなのは世界に神様転生してまた課金するようです 作:ルシエド
孤児院で暮らす少女、フーカとリンネは、貧しい暮らしの中でも明るい未来を夢見て暮らしていた。
しかし数年後、リンネと離別して孤児院を出たフーカは苦しい生活の中で荒んだ暮らしを送っていた。
そんなある日、不良との喧嘩で負傷したフーカを救った少女がいた。
少女の名はアインハルト・ストラトス。
挌闘競技選手である彼女との出会いが、フーカの運命を変えてゆく。
キャロの脳裏に、先日ティアナと話した時の記憶が蘇る。
「キャロが後衛の役目を幅広くやってくれるようになって助かったわ。
私がセンターガードとして前に出るのは、ちょっと前まで難しかったし」
「お役に立てたみたいで、嬉しいです」
補助の魔法、竜召喚による戦力補充、臨時代理指揮、スバルやエリオが得意としていない射撃での援護。キャロがやれることが増えて来ると、ティアナができることも増えてきた。
そうなると、二人は戦術の話をすることも増えてくるというものだ。
二人の会話は、自然と"戦闘機人と一対一で戦った時はどう勝つか?"という話題に移っていた。
「は? 私やキャロが戦闘機人にタイマンで勝つ戦術? 無いでしょ、普通なら」
「で、ですよね……」
「私達はチームだから強いのよ。
スバルやエリオならタイマンでも戦闘機人に勝てるでしょう。
でも私達じゃ、よっぽど相性がいい個体相手じゃなきゃ無理よ。無理無理」
ティアナが半目でぶんぶんと手の平を振る。
即座に現実的な却下を食らって、キャロはちょっと面食らってしまう。
「対戦闘機人は、多対多なら勝機あり。
数が互角ならいくらでも勝ちようはある。
一対多で囲まれたら……まあ、状況次第ね。
一対一は一対多より、多分勝ち目なくなるわよ」
「え? 敵が多い方が勝ち目があるんですか?」
そして面食らってから間も置かず、キャロは目を見開かされていた。
「時と場合にもよるけど、そりゃそうよ。
私が敵総戦力に敵わないのは変わらないじゃない。
敵がリンチの気分になってくれれば、その油断が私の勝機になるわ」
「油断ですか」
「油断よ。油断、慢心、驕気。
古今東西、強者が雑魚に負ける時、そこにあったもの」
「……」
「私が一人で、敵が多数。
そういう前提で、適当に敵を戦闘機人からセレクトして想定して……
ええっと、ノーヴェ、ウェンディ、ディードの三人で考えてみましょうか」
ティアナはそこから、敵が戦闘機人三人の場合に"奇跡的に勝った"場合の想定を始めた。
敵は三人。
戦場を選ぶ権利があるなら、廃ビルを選ぶと彼女は言った。
「それじゃ囲まれたら終わりじゃないですか」とキャロは言う。
「リスクが前提じゃないとこんな相手には勝てないわよ」
それに対し、ピンチにこそチャンスがあると、ティアナは語る。
ノーヴェは空に道を作る能力を持ち、ウェンディはボードに乗って飛翔しつつ射撃する空戦型、ディードも空戦近接戦闘に特化したナンバーズだ。
もしも、廃ビルにおびき寄せられたなら。狭い場所で複数人に囲まれるというリスクと引き換えに、その戦力を削ることができるかもしれない。
「狭い廃ビルの中で戦うなら、この三人はフルパフォーマンスで戦えると思う? キャロ」
「……あ」
この三者は、狭い場所で戦うならばその強みを潰すことができる。
脅威になるのも、最後に残るのも、ノーヴェだけだろう。
三対一というのもいい。"不利な戦場だけど三対一だし"という思考が、"三対一で慎重に行くとかビビりかよ"という思考が、"三対一なんだから一気に畳み掛ければ"という思考が、あらゆる状況でティアナの付け入る隙となるからだ。
「廃ビルの中に呼び込めば、チンクやディエチみたいな火力型もやれるわね。
火力が高い奴は、ビルを壊すのを恐れてちょっと手控えるかもしれないから。
タイマンなら、まあそれでも構わず攻めてくるでしょうけど……
"仲間をビルの崩壊に巻き込んでしまう"と思えば、ちょっと手控えるでしょ?」
「な、なるほど……」
「いや、真に受けてるみたいだけどこんな上手く行くわけないわよ?
実際やれば、予想以上に上手く行ったり予想以上に上手く行かなかったり。
大体予想通りにいかなくて、ホントやんなるわよ。その場その場で作戦考え直しだわ」
「あ、分かります」
敵を知り己を知れば百戦して危うからず、と孫子は言った
戦闘機人の能力、性格を徹底して分析し、戦いの流れを幾度となくシミュレーションすれば、才なき秀才は天才に勝る。それが世の摂理というものだ。
キャロはティアナがその場の思いつきですらすらと戦術を口にすることにも驚いたが、同時にティアナの口から"過去の戦闘機人の戦闘記録"由来の戦闘データ、つまり戦闘機人がどう動くかの推測材料がすらすらと出てくることにも驚いた。
「まあ勝率なんて、私がこの三人に一人で挑むんじゃ1%もないんじゃない?」
ティアナは肩をすくめて、希望的観測が過ぎると茶化す。
だがそれに続けて、"敵の強さと数はそのまま敵の強さ、でもそれが弱さになることもある"と、ティアナはキャロに言った。
戦闘機人一人を相手にして勝機がない時もあれば、戦闘機人複数人を相手にして勝機がある時もある。戦いとはそういうものだ。
「でも一対一と多対一。どんな状況でも後者の方が不利になるだなんて、私には思えない」
ティアナはあらゆる可能性を幅広く考えられる。
そして、考えられる可能性を"妥当"というふるいにかけられる。
それは戦場において最重要視されるものの一つであり、一般的に才能と言われるものとはまた別の、『思考の力』と呼ばれるものだった。
キャロは、その力を信じている。
指揮官であるティアナを信じている。
キャロはそうして、この戦いの中でも勝利の希望を持っていた。
同じように、スバルの脳裏に、先日ティアナと話した時の記憶が蘇る。
「……スバルあんた、最近筋力まずます伸びてない?
純パワー型の前衛でも腕力でゴリ押しできる強さになってきてるわよ?」
「ガードできないパワーのパンチが打てるなら、それが一番でしょ?」
「前世がゴリラだった人でもそんなことは考えないと思うわ……」
シミュレーターで推定数トンの機械兵器を飾り気のないアッパーで浮かすスバルを見て、ティアナは戦慄していた。
明らかに機動六課に入る前より、パワーの桁が跳ね上がっている。
スバルの横でスバルを見てきたティアナだからこそ、その成長がよく理解できていた。
そして、相棒のことをよく見ているのはスバルも同じ。
スバルはティアナが、ここしばらくずっと似たような映像、それも同じ人物達の戦闘映像を繰り返し眺めていることに気が付いていた。
「最近、時間見つけてずっとそういうの見てるよね」
「ん、まあね。幸い、元管理局員ってことで資料は豊富にあったし」
ティアナが眺めているのは、ゼスト隊を始めとする『元時空管理局員で現ソシャゲ管理局員』の時空管理局在籍時の戦闘データ。
それを見ながら、ティアナは投影キーボードでファイルにメモを書き込んでいく。
多用する攻撃パターン、攻防の癖、戦闘記録内でどこかの誰かがゼスト達に対して使った対策の数々、彼らが窮地に陥った時の記録……文字データでしかないというのに、それは既にギガバイト単位のデータファイルとなっていた。
「ゼスト・グランガイツ。
クイント・ナカジマ。
メガーヌ・アルピーノ。
ティーダ・ランスター。
その他諸々、あっちの管理局に所属してる元時空管理局員のデータは沢山あるわ」
「役に立ちそう?」
「機械は機械のロジックに従って動いてる。
獣だって獣のロジックに従って動いてるわ。
そして人だって、人のロジックで動いてる。そこには予測の余地があるはずよ」
スバルは頭を悩ませるティアナを見つつ、こうして生産的な思考を重ねられるティアナに、心の中で尊敬の念を送る。
ティアナも頭を悩ませながら、普段何も考えて無さそうなスバルを見て、"シンプルで単純"という美徳を体現しているスバルに尊敬の念を送る。
ティアナが考え、それを単純明快にスバルが信じて実行できる。それがこの二人の強みだ。
「これが生きる時が必ず来るわ。
人と人の戦いである以上、スポーツも戦いも同じよ。
私達が一方的に動きを研究・分析できてるっていうアドバンテージを生かせれば……」
考えに考えるティアナを、スバルはずっと見ていた。彼女の数ヶ月の研究を、数ヶ月積み重ねた対策を、ずっと見ていた。負けず嫌いな親友を、スバルはずっと見守っていた。
親友であるティアナを信じる。
頑張っている親友を信じる。
スバルはその努力が必ず形になると信じ、この戦いの中でも勝利の希望を持っていた。
そして同様に、エリオの脳裏にも、先日ティアナと話した時の記憶が蘇っていた。
「エリオあんた、背伸びた?」
「え? ……伸びたかな……」
「伸びたわよ。というか、筋肉も付いたわね」
エリオの頭にポンポンと手を置くティアナ。
このまま行けばすぐに追い抜かれるかも、とティアナは思う。
エリオはくすぐったそうにしているが、同時に少し誇らしそうでもあった。
「皆日進月歩です。特に僕らは新人ですし、他の人より伸びてるんですよ。力も、背も」
「そうね……なんというか、本当に長かったわ。部隊入ってから半年しか経ってないけど」
「もう半年、って気持ちとまだ半年、って気持ちが両方ありますよね……」
「うんうん、分かるわその気持ち」
うんうん、と二人揃って頷くティアナとエリオ。
二人は互いに対し、この部隊に入ってすぐの頃は感じていなかった『頼り甲斐』を、互いに対して感じていた。
「成長の実感もこの手に残ってる。
特にあんたとスバルの個人戦闘力の伸びは凄いわ。
私とキャロじゃもう、一対一では絶対勝てないもの」
「僕らは作戦を考えることも、指揮もしない前衛ですし。
ちょっと前の僕なら、指揮を軽視していたかもしれませんけど……
今では、頭も手足も強くなければ、強い人には勝てないって学びましたから」
「言い得て妙ね。私達は頭と手足、か」
頭が無ければ当然勝てない。
手足が弱くても勝つことはない。
両方が育たなければ、本当に強い相手に勝つことはないのだ。
「ねえ、エリオ」
「なんですか?」
「まだ、ゼストに勝ちたい? 超強いわよアレ」
「はい!」
「……うわぁ、予想以上にいい返事」
「勝ちたいです。僕は……あの人を越えて行きたい」
エリオは真っ直ぐだ。
普段はその本質が見えにくいが、熱くなるとスバル以上に真っ直ぐな性情が見えて来る。
スバルの熱意、ティアナの知力、キャロの純朴さが仲間を奮い立たせる時があるように、エリオもまた仲間を奮い立たせるものを持っていた。
「……越えて行きたい相手、か」
心の中のゼストを見ているエリオに感化されたのか、ティアナもついつい心の中の兄に焦点を合わせてしまう。
「私達がなのはさんの指導受けて徹底してやったAMF対策だけど……
多分あの人達強いから、少し対策すればそれで済んだんじゃない?
元の戦闘スタイルはほとんど変えてないと思うのよ。
戦闘スタイル変えるのってそれだけでリスクだし?
でも、だから逆に言えば、AMF下のある戦場での戦いに最適化したわけじゃないから……」
「AMFがある戦場で戦えば、僕らが多少有利になるってことですか?」
「さあ? そんなのやってみないと分かんないわよ。ちょっとは勝率上がるでしょうけど」
勝たせてやりたい、と自然とティアナは思っていた。
私も勝ちたい、と自然とティアナは考えていた。
会話の流れで自然と有効策を口に出し始めたのも、そんな気持ちが表に出ている証拠だろう。
「前回のゼスト・グランガイツとの戦いから一ヶ月が経ったわ。
次にあれと戦うのが数日以内、とも思えないし……この短期に、どれだけ強くなれるかね」
「やれるだけのことはやりましょう。大丈夫です、なのはさんの教導を信じましょう!」
「そうね。なのはさんを信じて鍛えていくくらいしか、道はないか」
それは、信頼が前提にある勝利の可能性だった。
エリオは仲間であるティアナを信じる。
勝利に繋いでくれるはずだと彼女を信じる。
エリオはこの仲間達と共に戦うのであれば、どんな敵にだって勝てると信じていたから、この戦いの中でも勝利の希望を持っていた。
じり、じりと、ティアナ達はゼスト達に追い込まれていく。
体力は削られ、魔力も削られ、キャロがストックしていた強化魔法の遅延魔法も残り少ない。
それでもなお、ティアナは勝負を仕掛けには行かなかった。
(私達の幸運は、敵が私達より圧倒的に強く、油断と慢心があること。
敵が全員元時空管理局員だから、データが腐るほどあったこと。
そして不運は……想定していたよりずっと、敵が私達を舐めていないこと!)
理屈と理論で敵の動きを合理的に先読みするのがティアナの真骨頂だ。
彼女は敵の動きをよく読み、仲間達もティアナの無茶振りに120点の動きで応え、大人と子供の途方もない経験値の差を埋めていく。
(私達はまずキャロの力で全体強化と一部強化。
で、キャロで強化した分野だけで競うようにする。
スバルはパンチ、エリオはスピード、私は射撃。
すると敵はすぐ気付いてそれ以外の分野で勝とうとするはず。
でもその動きは逆に読みやすい。
設定した弱点をわざわざ攻撃してきてくれるようなものだから)
分かりやすくスバルを遠距離攻撃で潰そうとするなら、エリオにバインドをかけて動きを止めようとするなら、ティアナに近接戦を挑もうとするなら、有効な手が打てる。
分かりきった攻撃、予測され誘導された攻撃ほど、対処が容易なものもあるまい。
(ここで、あっちの心中には多少なりと手詰まり感が生まれてるはず。私達は格下なのに)
予習復習を繰り返し、データを過剰なくらいに頭に叩き込んだティアナには、ゼスト陣営の者達の思考が手に取るように分かる。
クイントは力押しで真っ向から、スバル達の得意分野でぶち抜こうと考える。
メガーヌはスバル達の得意分野での戦いを避け、オーソドックスに自分の強みと敵の弱味を際立たせる戦いを組み立て、揺さぶりをかけようと考える。
どちらも一種の正攻法だが、やることは間逆であると言えた。
だが、独断専行はしない。
彼女らはどこまでもチームだからだ。
ゆえに彼女らは、ゼストに判断を仰ぐ。
(ゼスト隊の二人は当然、判断をゼストに委ねる。
兄さんは根が真面目過ぎる人。
だから、年功序列を気にしてチームの判断はゼストに委ねるはず。
そして、ゼスト・グランガイツの指揮は……一番参考資料が多かった指揮!)
ゼストの指揮を先読みしながら、ティアナ達はまたしても綱渡りを再開する。
元より幸運程度で埋められる差ではない。
膨大な研究時間と魔導炉での下準備、スバル・エリオ・キャロの凄まじいとしか言いようのない健闘、そして今日まで育んできたチームワークがなければ一瞬で瓦解している。
まるで、サイコロで1以外を出せばその時点で負けとなってしまう勝負であるかのよう。
若き彼らの戦いは、サイコロで1を出し続けるような戦いであった。
それで1を出し続けているのだから、今日の若人達は最高に絶好調であると言っていい。
(こんなに、こんなに、上手く行ってるのに)
そう、上手く行っている。
上手く行っているのだ。
なのに、"勝ちまで持っていける流れ"は気配すら見せない。
ティアナの策はこれだけ綺麗にハマっているというのに、なおも戦いの流れは変わることなく、ティアナ達はジリジリと追い詰められていた。
(……チャンスが、チャンスが来ないっ……勝機がまだ出て来てくれないっ……!)
隙がない。
勝機がない。
今仕掛けても、流れを持って来ることが出来ない。
一人二人倒したところで、逆転されて潰されるだけだ。
ティアナに先読みされるのを嫌ったのか、ここでゼストは物は試しとばかりにティーダに指揮を譲って、戦闘に集中し始める。
ゼスト達の動きが先程よりもいやらしいものに変わったことに、ティアナはほんの十数秒で感づいていた。
(……指揮が兄さんに変わった。動きが違う、ここからまた動く!)
ゼスト陣営は、前に出るゼストとクイントとメガーヌの三トップだ。
強すぎるくらいに近接が強いゼスト、近中距離を戦えるクイント、前で殴りながら仲間に強化魔法を使うメガーヌ、姿を見せず遠距離から射撃支援を行うティーダの組み合わせは、中々に強い。
ここで後衛が指揮を取り出したことで、少しティアナにとっても苦しい流れになるだろう。
(あれ?)
そう、ティアナは思っていたが。
スバル、エリオ、キャロ、フリード、ヴォルテールという仲間達を流動的に動かす内に、ティアナは不思議と先程より戦いが楽になったことに気付く。
ティアナの読みは当たるのに、ティーダの読みがことごとく外れているのだ。
(……そっか。そこが、上手くキマってるんだ)
ティアナは兄のことをよく知っている。
長年一緒に暮らしてきた兄妹である上、みっちり研究もしてきたからだ。
だが、ティーダは戦場における妹のことを、理解できなくなっていた。
それは、兄が時空管理局を辞めてなお人間として変わっていないということであり、妹がここ数ヶ月で爆発的に成長したことの証明でもあった。
兄は大して成長せず、妹は死ぬ気で成長し続けた。
その差が、指揮に最大規模の影響を生み出している。
ティーダもそれに気付いたのか、指揮をゼストの手元に戻したようだ。
(そうだ、私達が勝ってるものなんて、成長力しかない)
またしても、サイコロで1以外を出せば即座に落ちるような綱渡りが再開される。
だが、若人達の誰もが心折れてはいなかった。竜ですらその目に炎を宿しているように見える。
(成長力ってのは意外性よ。
意表を突く以外に流れを持って来る方法なんてない。
もっとよく見て、もっとあっちの心情を読んで、仕掛けるべき時を……)
ティアナの集中力が、加速度的に研ぎ澄まされていく。
その目はゼスト達の一挙一動に向けられていて、僅かな勝機も見逃さないとばかりに、命を削る勢いで集中力を捻出していた。
その目が、奇跡的に『それ』を見咎める。
ゼスト達の意識と集中力が、どこかよそに向いたのだ。
音声だけの通信をどこからか受け取っているようで、ゼスト達は動揺している様子であった。
それは致命的な隙にはならないが、隙にもチャンスにもできるものだった。
ティアナはゼスト達が誰かに脅迫されてこうして戦っているというのかもしれない、という予測を頭の中で有力候補まで押し上げて、頭の隅に押しやった。
(―――ここだ。仕掛ける隙を作り出せるかもしれない可能性、勝機の種!)
どこかからの通信を受け取り、どこか動揺した様子を見せた彼らに、ティアナは一手を打つ。
「キャロ! やって!」
「! 待ってました! 土砂召喚!」
キャロの得意な魔法に、錬鉄召喚というものがある。
これは事前に設定していた無機物を召喚する魔法だ。
キャロは今日街を巡って機械兵器を打倒していく流れの中で、発生した土砂崩れとそれに埋められた市民プールを発見し、プール内部の土砂に魔術式をささっと書き込んでいた。
つまりキャロは今、ゼスト達の頭上に『それ』を召喚したのである。
「んな―――!?」
土色の濁流が、単純な質量攻撃となって彼ら彼女らへと襲いかかる。
そして、そこで『性格』が出た。
ゼストはしっかり見てから、主観視点での判断を行わず、極めて客観的かつ最適な判断を下す。
すなわち、ゼストの立ち位置からすれば最善である、前進しながらの回避を選んだ。
クイントはとにかく何も考えずに前に出ながら回避した。
メガーヌは回避しつつ下がって様子を見に動いた。
そしてティーダは、これをティアナの繋げる一手であると見抜き、ティアナの思惑を読み切れないまま、ティアナの思惑を邪魔するべく、散弾のような魔力弾を妹に撃ち放った。
(予想通り)
その四者の行動全てが、ティアナの予測した通りの動きであった。
ゆえに、撃たれる前から的確に回避していたティアナに、そんな散弾が当たるわけがない。
ゼストとクイントが前に出て、メガーヌとティーダの視界が土砂に塞がれる。
そのため、擬似的に、かつほんの僅かな時間であるが……六対二の、構図が出来上がった。
(この流れは少々いただけないな)
ゼストは二人の前衛、二人の後衛、二匹の竜を前にして、この場で最も潰すべき者を潰しに行くことにした。
考えるまでもない。ティアナ・ランスターである。
ゼストは神速の踏み込みを見せ、土砂の土煙がまだ舞い上がっているこのタイミングで、ティアナの腹に槍を突き出した。
(こういう状況で、ゼスト・グランガイツが最も多用する攻撃パターンは―――!)
その一撃を、ティアナは事前の研究と分析だけを頼りに、魔力刃でクロスして防いだ。
「読みだけでここまでやるとは。驚嘆に値する」
砕け散る魔力刃。
土煙を貫通しながら吹き飛ばされるティアナ。
ゼストは更に跳び、吹き飛ばされたティアナに追撃の刃を振りかざす。
ティアナの強さは、『考え続ける強さ』だ。
ゆえに、彼女が持つ"秀才の強さ"は本質的な意味で"天才の強さ"には敵わない。
人の思考速度は、鍛え上げられた反射速度に絶対に敵わないからだ。
彼女が完璧な作戦を考えても、天才は時としてそれをその場の思いつきで越えて来る。
秀才の彼女は環境や時間を含むありとあらゆる要素を利用しなければならないが、天才は自分の中にある要素だけで勝つことができる。
現に、ティアナは模擬戦でスバルやエリオ相手にも負け越している。
非戦闘タイプの戦闘機人を除けば、ほぼ全ての戦闘機人にも負けかねない。
一対一という条件ならば、ティアナは弱い。
ゼストが相手ならば、それこそ象と蟻の戦いに近い様相となる。
だが、多対一ならば、一対多ならば、多対多ならば。
戦いの前に、敵の情報を緻密に集められる時間が数ヶ月あったならば。
戦いの前に準備する時間があったならば。
できることは、腐るほどはずだ。
象と蟻の戦いであっても、蟻は象に踏まれないよう逃げることも、象に踏み潰されないために深い穴を掘ることもできるだろう。
「むっ」
ゼストが追撃に振るった刃が、"幻影のティアナ"を砕く。
ティアナは吹っ飛ばされて土煙の中を通った時、姿を消すオプティックハイドと、自分の幻影を生み出すフェイク・シルエット、二つの魔法を発動していたのだ。
本人が消え、幻影が代わりに吹っ飛ばされた本人を演じ、ゼストに代わりに砕かれたのである。
綱渡りの途中で落ちて指一本引っ掛けたような気持ちで、ティアナは地面を転がりながら立ち上がり、ゼストから距離を獲る。
(二回、二回かわした! これ以上は無理! これが相手じゃもう一回だって防げない!)
ほんの一瞬、一呼吸するだけの時間さえ与えない二連撃。
それを紙一重でかわしたティアナを助けに、二匹の竜が動いた。
フリードが火を吹き、ヴォルテールもまた魔力を伴う
「厄介な」
二匹の竜の同時攻撃はゼストの視界を埋め尽くすほどであったが、ゼストの素早く滑らかな移動魔法の前には、蟷螂の斧でしか無い。
だが、ゼストが回避に動いてくれたおかげで、ティアナは首の皮一枚繋がったようだ。
そして、ティアナとゼストの戦いと並行してクイントもまた、スバルとエリオの連携攻撃に苦しんでいた。
「せやぁっ!」
「くうっ」
スバルの右ストレートを、クイントの左腕が受ける。
魔法が強固な盾と化していたはずの左腕が、あまりにパワーに痺れてしまっていた。
スバルの拳がクイントのガードをこじ開けた隙間に、すかさずエリオが槍を突き出す。
「そこっ!」
「……!」
クイントは超人的な反射速度でバックステップ、突き出された槍を回避する。
だがそこはエリオもさるもの。その回避を読んでいたのか、槍を突き出すと同時に槍先から放電を行い、クイントに細い電流を直撃させていた。
「づっ!?」
クイントは更に下がろうとするが、間髪入れずスバルとエリオがコンビネーション攻撃で畳み掛けにかかる。
(防御の上から構わずダメージを通してくるスバル。
防御の隙間に槍を通してくるエリオ君。
……前に戦った時とは、何もかもが違うと、何度でも思い知らされるわね!)
そして、スバルの剛拳はクイントの腕を痺れさせ、その強さを確実に削ぎ、クイントを敗北に近付けていた。
拳の重さはもちろんのこと、最適なタイミングで拳を囮にして放たれるローキックがクイントの足にダメージを与え、二の腕を蹴るハイキックが腕の力を削り取る。
"母を筋力で上回っている"という事実を、スバルは最大限に活かしていた。
速度強化が追加された追撃の槍が鼻先にかすり、クイントは敗北の気配を感じ始める。
「クイント!」
されど、助け合っているのはスバル達だけではない。
ここで土砂の妨害を抜けたメガーヌが割って入って来た。
メガーヌはクイントに回復の魔法、防御強化の魔法をかけて、エリオの槍に専念して対処する。
そしてクイントもスバルの対処に専念し、ここに一瞬の拮抗が成立した。
二対二となれば、流石にクイントとメガーヌ相手では押し切れまい。
キャロと違い格闘もこなせるメガーヌは、こういった役目もこなせる優秀な補助魔導師だった。
ここで土煙が収まってきて、ティーダの射線も通るようになったのか、ティーダの援護射撃が飛んで来る。
その援護を受け、クイントとメガーヌはゼストと共に一旦後方へと下がった。
「ありがとう、助かったわ。メガーヌ」
「礼を言われるほどのことじゃないでしょ」
土砂召喚から始まった攻防も、仕切り直しとなった。
クイント達は次から次へと予想外の手を――しかも自分たちの行動を読み切っているフシがある――打ってくるティアナ達に、この一戦でもう片手では数え切れないほどに驚かされていた。
だがしかし、ここできっちり仕切り直すチャンスを得た。
逆転のチャンスを潰して行けば、順当に強い方が勝つ。それは当然のこと。
大人達には、
ゆえに焦らず、堅実に行こうとする。
ゼスト達は事実を元に、至極妥当かつ洗練された思考で戦っていた。
だが、ティアナはこう考える。それは―――『事実という名の慢心』でしか、ないのだと。
仕切り直しだ、ここからだ、堅実に行きましょう、と彼らの意識が切り替わる、その瞬間。
四人全員の意識の継ぎ目が重なり、一秒の隙となったその瞬間。
『今です!』
『了解、っと』
ティアナの念話を
「……え?」
声もなく倒れるメガーヌ。突然魔力ダメージでノックダウンした相棒を見て、呆然と声を漏らすクイント。
警戒心の隙間、意識の隙間を、ヴァイス・グランセニックは見事に撃ち抜いていた。
『……ふう。まだ俺に人が撃てるか、そこは不安だったが……
ま、可愛い後輩のためだ。ここで失敗するなんざ男じゃねえな』
『ありがとうございます。ヴァイスさん』
『あいよ。そんじゃ、俺はまた潜伏に戻るぜ。
姿を見せずにプレッシャーかけつつ、機を見てまた撃ってやらあ』
倒れたメガーヌを見て、メガーヌの仲間は三者三様の反応を見せた、
離れた地点に居たティーダは狙撃手を探し始める。
ゼストは近場の瓦礫の影に飛び込んで、クイントは狙撃を避けるための蛇行走行を開始する。
そこに間髪入れず、ティアナとキャロと二匹の竜は動きを止める目的でゼストに火力を集中し、スバルとエリオはクイントを挟み撃ちにした。
狙撃を警戒せざるを得なくなったゼスト達に、彼らは容赦なく畳み掛けたのだ。
ゼスト達が冷静になって対処を始めれば、このアドバンテージもすぐ消えてしまうと知っていたから。
「このくらいでっ!」
クイントは動きを止めることが出来ず、また死角を何らかの建物や瓦礫で守らなければならず、しかも狙撃弾をいつでも弾ける体勢で居なければならない。
これでまともに戦えるわけがないのだが、クイントはこの状態でエリオの槍突きを蹴り飛ばし、スバルの豪拳を受け流して地力の高さを見せつけた。
腕を壊されかねないスバルのパワーに、クイントの肝はたいそう冷えていたが、スバルの右ストレートがあまりにも大振りだったため、受け流すだけでなく反撃も行おうとする。
(これだけ大振りなら、受け流して反撃も容易い!)
クイントは気付かない。
スバルの大振りの一撃が"誘い"であったことに気付けない。
自分がスバルの死角に回ったのではなく、死角に回らされたのだと気付けない。
気付いたのは、ビデオの巻き戻しのように"返って来た"スバルの右拳が、自分のこめかみに突き刺さった痛みを感じてからだった。
「……え、なっ」
そして、続きスバルの
ラストに腹へと叩き込まれた右拳が、娘と母の戦いを終わらせる決着の一撃となった。
「かはっ……!?」
キャロの親しい知り合い、あるいはキャロの魔法を研究した者くらいしか知る由もないが、キャロの得意な捕縛魔法『アルケミックチェーン』は少々面白いプロセスを経て発動させる魔法だ。
キャロは事前に無機物の鎖に『捕縛』の動きをするよう魔法をかけ、使うべき時に召喚魔法でそれを呼び寄せ、敵を捉えさせている。
つまり。キャロにとって"無機物に決まった動きをさせる"魔法は、日常的に使っている魔法でもあるのだ。
ならば『戦闘機人であるスバルの体の機械部分』を、無機物として操作できないわけがない。
スバルの肉体の限界、機体の限界は関係ない。外側から魔法で動かしているのだから。
スバルの目がクイントを捉えていなくても関係ない。キャロが見えていれば、それで問題ないのだから。
スバルとキャロは、自主練の合間にこの奇襲攻撃をコツコツ練習し、最終的になのはの指導で最終調整を行い、仲間に体を預ける信頼、仲間の体を預かる覚悟をもって、これを一つの技として完成させた。
「キャロは無機物操作も結構得意なんだよ。
知らなかったでしょ? きっと、私達の方が弱かったから」
新人達は、大人達の動きを研究する立場……挑戦者だった。
ゆえに、決めるべき時に決めるべき技を決められる。
クイント達は挑戦を受ける立場で、新人達の研究など全くしていない。
ゆえに、その技を受けてしまう。
その差が、クイントを敗北の沼へと沈めていた。
「……満点よ、スバル」
メガーヌに心の中で謝りながら、ルーテシアの無事を祈りつつも、クイントは娘への賞賛を口にして地に伏した。
(……冗談みたいな話だ)
あっという間に二人沈んだ戦場を見ながら、ティーダは戦慄を隠せない。
幻術魔法を使って姿を隠しつつ、ティーダは狙撃手を探していたのだが、今はその判断を心底後悔していた。
メガーヌを狙撃した狙撃手を探していたほんの十秒ほどの間に、クイントが負けてしまうなど、予想できるわけがない。
できるわけがないが、悔いは残る。
(まだ戦力差は逆転したわけじゃない。だけど……流れは完全にティアに持って行かれたかな)
しかもキャロは遅延魔法、及び自前の魔力での強化魔法で絶えず全員のスペック上昇を維持し続けている。
遅延魔法は少し前に品切れになったようだが、それでも全員のスペックが相当に上昇していることに変わりはなかった。
(準備の差、か。甘く見ていたつもりは無かったんだけどね……)
戦闘に入る前から戦術で勝つ。
ティーダは兄として、妹の成長を喜ぶべきなのかそうでないのか、複雑な気持ちだった。
ルーテシアの命がかかっていなければ、素直に喜べただろうに。
そうこうしている内に、六課新人達と二匹の竜がゼストを包囲し始めた。
(正直今動くのはリスクが有りすぎる……だけど、援護しないのはもっとマズい!)
ティーダはゼストの援護に動き、エリオの槍にスバルの拳と、ゼストに向けられる攻撃のことごとくを横合いから弾く。
並行して急所も狙っていたが、そちらは綺麗に対処されてしまった。
まだまだ、とティーダは更に撃とうとするが……そこで、ティーダの位置が特定できるタイミングを虎視眈々と狙っていたヴァイスの狙撃を腕に食らう。
(!? くっ、狙撃手の技量ではあっちの方が格上か!)
狙撃とは自分の位置を悟らせないことが最も肝要だ。
狙撃しては移動して、重要な時にしか撃たないヴァイス。仲間の援護のため、自分の位置を晒してしまったティーダ。これでは狙撃勝負にならない。
ティーダは幻術を併用し、ヴァイスの目を欺きながら逃げようとする。
(とにかく、流れを変えないと。そのためには……)
だが、そこで。
「チェック」
後頭部に、強烈な威力の魔力弾を叩き込まれた。
「がっ……なっ……!?」
ティーダは魔力ダメージでの気絶特有の感覚を感じながら、なんとか仰向けに地面に倒れて、自分を撃ち抜いたガンナー……ティアナの姿を見た。
ティーダの表情が驚愕に染まる。
今、ティアナはゼストに狙われていて、ティアナの仲間達がゼストを攻め立てながらティアナを守っていたはずなのに。
「バカな、ティアは、あそこに……」
「今指揮を取ってるのはキャロ。
あそこに立ってるのは幻影の私。
幻影の私が撃ってるのは、単純な設置型シュートバレットよ。兄さん」
「……!」
幻術と幻影は、敵の思考を完全に読み切り、敵の心理的盲点を突いた時にこそ最高の力を発揮する。
ティーダはティアナがあそこに居ると思い込んでいた。
ティアナ達の立ち回りで、そう思わされていた。
『ゼストはティアナを狙っていて、ティアナの仲間はゼストの手からティアナを守っている』という思い込みを利用した形。自身のピンチさえ、ティアナにとっては勝利の材料でしかない。
彼女はそうして、ティーダが自分の位置を喧伝してくるタイミングを、ティーダがヴァイスに追い立てられて来るのを待っていたのだ。
ティーダは個人戦闘に幻術を使い、自分の姿を隠すことにだけ幻術を使っていた。
ティアナは仲間との連携、仲間の存在を活かすために幻術を使った。
ゆえにこそ、この決着に至ったのは必然で。
「……こんなに早く、追い越される気なんて、なかったのになあ……」
ティーダはルーテシアとメガーヌに心の中で謝りながら、どこか悔しそうに呟いて、意識を手放した。
「私はきっと、個人の戦闘力じゃ兄さんには敵わない。
ガンナーとしてなら一生兄さんに追いつけないかもしれない」
ティアナはデバイス・クロスミラージュのカートリッジマガジンを交換しながら、既に意識の無い兄へと語りかける。
「でも、私には仲間が居るから、チーム戦なら勝てる。
チームリーダーとしての力なら―――兄さんは、私には勝てない」
高町なのはは常々、ティアナ達が「その人がいれば、困難な状況を打破できる」「どんな厳しい状況でも突破できる」と謳われる『ストライカー』になれると語っていた。
自分のような
「『私』が頭捻らないと勝てない凡才だったとしても、『私達』は負けない。
『私達』はエースにはなれなかったとしても、仲間と一緒ならストライカーにはなれる」
それは、
高町なのはが一人でエースになれる天才ならば、ティアナ達は複数形のストライカーだった。
「……さあ、最後の一人!」
ティアナは気合を入れ直し、仲間達と合流すべく走った。
ティアナが幻術を幻術であると気付かせないまま、幻術と入れ替わるようにしてスバル達の戦う戦場に戻る。
そこでは既に、フリードとヴォルテールがノックダウンされていた。
人間より遥かに大きな竜に目立った外傷も残さず、おそらくは叩いて気絶させたのだろう。
竜の生命力が高いとはいえ、回復魔法をじっくりかけないと戦線復帰は無理であると思われる。
そして今、ゼストとエリオは一対一で対峙しているようだった。
「ゼストさん、戦う理由は語らないんですか。それとも語れないんですか?」
スバルは呼吸を整えていて、キャロは強化魔法を一つ一つ準備して、エリオが動くと同時にかけるつもりであるようだ。
それを、ゼストは見逃した。語りかけてくるエリオにだけ、今の彼は向き合っている。
「エリオ。たとえどんな事情があったとしても、俺は俺だ。
戦場に立つ時は必ず俺の意志で立っている。
言い訳などしない。
誰かのせいにする気もない。
俺の部下の行動が、俺の仲間の行動が、罪になるとしても……
それは俺の責任だ。俺がここで戦うことを決めた我儘に、付き合わせただけだからな」
ゼストはルーテシアを人質に取られ、悪に加担したことを罪と糾弾されたなら、その罰を全て一人で背負い込むつもりのようだ。
彼のあんまりにも不器用な語り口から、ルーテシアのことを知らないエリオ達も、ゼストの意に反してゼストの事情をうっすらとだが察し始める。
ゼスト・グランガイツは、仲間を倒され一人残されたとしても、たった一人を救うために戦い続けられる男だった。
そんな彼の強い目を、エリオの目がまっすぐに見返す。
「ゼストさんの決意は間違っていないのかもしれない。
でも、きっと……あなたが今進もうとしている道は、間違っていると思います」
「―――そうか」
その選択は間違っていなくても、進む道は間違っている。
間違っていないのに、間違っている。
そんな選択が、そんな答えが、世の中には当然のようにありふれていた。
ゼストとて、言われなくてもちゃんと分かっている。
ただ、この道しか選べなかっただけだ。
「俺を止めるか。エリオ」
「止めます。ゼストさんが困ってるのなら……それも、どうにかしてみせます」
「お前には無理だ」
「僕には無理でも、僕には仲間が居ます。ここにも、そして遠くにも」
エリオの心に浮かび上がるのは、機動六課の大人達の背中。先を行く彼ら彼女らの姿。
「……あの人達なら、案外どうにかしてくれるんじゃないかって、信じてます」
ゼストは、エリオのその目に見覚えがあった。
大人を見上げる目だ。
大人を信じる目だ。
大人に憧れる目だ。
エリオが今もゼストに向け続けるその目が、今のゼストには苦痛でしかない。
(お前のその目に、応えられる大人が居るのか?)
迷いを振り払うように、ゼストは槍を構え直す。
ただそれだけで、エリオ達は敗北を覚悟する。そうさせられるだけの威圧感が発せられていた。
「行くぞ」
誰も彼もが消耗し、ティアナの魔法のような手品の種も尽きつつある。
ゼストの踏み出す足が地を離れ、もう一度地に着くまでの僅かな時間、その一瞬をヴァイスは見逃さない。彼は後輩達を助けるべく引き金を引き、狙撃弾を放った。
(こっちもこいつで終わりだ!)
だが、狙撃を警戒している今のゼストが相手では、真横という死角から狙撃を行ったとしても、当たるわけがない。
ゼストは超人的な反応で狙撃に対応し、手の平に魔力膜を作りつつ魔力弾をキャッチ。そして魔力膜で狙撃弾を包み、魔力膜を爆薬代わりにしてヴァイスへと投げ返した。
古流のベルカ武術に細々と理論だけが伝わる妙技、魔力弾返しだ。
それが、狙撃直後のヴァイスへと直撃した。
「!?」
"多少回避したところで必ず倒す"という意志のもと放たれた投擲は、盛大な爆発にて、ヴァイスの意識と防御をまとめて吹き飛ばした。
(馬鹿な……オレの狙撃を、キャッチして……
キャッチに使った魔力ごと、投げ返して……
ピンポイントで、俺に、当てる……?
……どんな、化け物じみた技だよ、そりゃあ……!?)
「ヴァイスさん!」
ヴァイスの高速狙撃弾より、ゼストが投げ返した魔力弾の弾速の方が早いという始末。
ゼストはやることなすこと全てが反則臭かった。
ティアナが幻覚の魔力弾、実体のある魔力弾を織り交ぜた魔力弾で弾幕を張る。
その合間を縫うように、キャロに強化されたスバルとエリオが距離を詰めた。
だがゼストは、槍が十数本に見えるほどのスピードで偽物本物まとめて魔力弾を突き壊す。
そしてエリオの槍撃を回避。懐に入り殴りかかってきたスバルの右拳を、槍を持った右手を添えるようにして受け流し、すれ違いざまに左の裏拳をスバルの鼻面に叩きつけた。
「ぶっ」
「俺もかつてはストライカーと呼ばれた男。まだひよっこ共には負けられん」
"槍が相手なら槍の当たらない距離から撃てばいい"。
"槍が相手なら槍が取り回しづらい懐に入ればいい"。
そんな常道はゼストに通じない。魔力弾は切り捨てられ、懐に入っても今のスバルのように体術でいいようにされてしまうからだ。
ティアナの胴狙いの射撃、エリオの飛ばした斬撃の衝撃波もゼストにはかすりもしない。
ゼストは槍でスバルを切りつけ、スバルにガードされることも織り込み済みで、スバルを薙ぎ払いの衝撃で吹っ飛ばした。
「やはり、まず仕留めるべきはお前だ。ティアナ・ランスター」
「高く評価してくれてるみたいで、どうも!」
そしてゼストが本気でティアナを仕留めにかかれば、エリオ一人では止めきれない。
多少は拮抗しても、すぐにゼストに突破されてしまう。
ティアナは双銃に魔力刃を生やして受けに動いたが、先程一度見せた防御がゼストに通じることはなく、ティアナの腹に槍の魔力撃が叩き込まれてしまっていた。
「……かッ、が、ぁ、はッ……!」
ティアナの肺の空気が全て出て行く。
少し時間が経てば胃の中の物も全部出て行くことだろう。
ゼストが殺す気だったなら、腹の中身は口からではなく腹から直接出ていたかもしれない。
(入った)
ゼストはフォワード部隊の頭を潰し、一人仕留めた実感を覚える。
彼の手には、しっかりと手応えが残っていた。
しっかり過ぎるくらいに、手応えが残っていた。
その手応えにゼストが違和感を感じる前に、ティアナは突きつけた銃の引き金を引く。
「ファントム――」
「……なにっ!?」
「――ブレイザー」
ティアナのデバイス内部にあった八つのカートリッジが排出され、それが落下音を奏でる前に、砲撃の爆音がこの戦場に響いて満ちる。
"今ティアナが持っている全て"をつぎ込んだ砲撃の光がゼストを飲み込む。
光が消えた時、そこには吐瀉物を吐きながら膝をつくティアナと、満身創痍で槍を杖にしているゼストが立っていた。
「途中で、魔導炉……に、寄って、来たから。
……準備、するだけ、しておきたか……ったから。
デバイスの構造材より、頑丈、で、魔力作用、を通さ、ない……金属板よ」
ティアナは吐瀉物の上に倒れないように倒れる。
すると、彼女の腹の辺りから何かが転がり落ちていった。
それは……とても分厚く、その分厚さ以上に頑丈で、分厚さに不相応な軽さを持つ、凹んだ金属の板だった。
それは、ティアナが道中で貰って来た、"廃棄予定だった魔導炉の外壁材"であった。
「幻術魔法を、自分に『着せた』のか……!?」
ティアナの幻術は衝撃に弱い。
少し叩けば壊れてしまう。
そのため、激しい戦闘の中でなら本人と幻術を見分ける材料は豊富に存在する。
幻術はあくまで、敵の心理的死角を突かなければならないのだ。
姿を消す幻術も、姿を作り出す幻術も、ただ使っただけではゼストに通じない。
だからティアナはピンポイントに、『体の不自然な太さ』を光学的に誤魔化すために使った。
ゼストは前衛、ティアナは後衛。
ティアナがちょくちょく幻術を貼り直していても、一度しか相対しておらず凝視もしていなかったゼストが気付けるわけがない。
『幻術を着る』という発想が、ゼストに相打ち気味の大ダメージを与える一手となっていた。
「ゼスト・グランガイツは古代ベルカ式の近接型。
クイント・ナカジマは隊長以上に近接を好む拳撃特化。
そしてメガーヌ・アルピーノも補助魔法と近接格闘を併用する補助役前衛タイプ。
ゼスト隊の強さトップ3がそんなんなら、近接潰しの策ぐらい用意しておくわよ……ッ!」
近接攻撃を防ぐため、金属板を仕込んでおくという策は見事に決まった。
ティアナが盾に使った板は魔導炉の素材であるため、貴重金属かつ高度な加工が施され、破損と修復が前提の作りであるデバイス以上に強固に出来ている。
物理的な力に対しても、魔導的な力に対してもめっぽう強い。
それでもティアナは一撃撃つだけの余裕を守れただけで、大きなダメージを受けていた。
彼女はゼストに大きなダメージを残すだけ残して、意識を手放してしまう。
「あたしも、頑張ったんだから……勝ちなさいよ……!」
意識が途切れる直前でリミッターが外れたのか、カートリッジ八つを消費して放ったティアナの砲撃は、当たりどころがよければゼストを一撃で倒せていたかもしれないほどの威力があった。
(ぐっ……この砲撃の威力とダメージ、生半可なものでは……!)
ゼストは咄嗟に槍を盾にしたものの、ダメージは甚大。
今の彼が膝をついていないのは、ひとえに"メガーヌの娘を救わなければ"という意識があるからでしかない。
だが、誰かを想って限界を超えているのはゼストだけではない。
倒れたティアナを見て、その最後の言葉を聞いて、歯を食いしばったスバルが叫ぶ。
「行くよ、リボルバーナックル! マッハキャリバー!」
《 A.C.S. Stand by 》
「ディバインバスター、A.C.S.ッ!」
スバルの最速最強の一撃。
最大速度で接近し、最大パワーの拳で殴り、同時に最大威力のディバインバスターを叩き込むという、一撃必倒の魔法が放たれた。
ゼストはふらつく体を抑え、スバルを睨み―――更に限界を超える。
「フルドライブ!」
《 Grenzpunkt freilassen. 》
ゼストの槍がフルドライブを発動し、ルーテシアを救おうとするゼストに、一瞬の超高機動戦闘能力を付加した。
スバルは先んじて攻撃を当てようとするが、ゼストに移動魔法の練度で上回られ、背後を取られてしまう。
「くぅうッ―――!」
「遅い!」
そして、ゼストの一撃がスバルのうなじに直撃した。
スバルの一撃必倒は回避され、ディバインバスターA.C.S.の魔術式と構築魔力は霧散してしまった。これで残るは、エリオとキャロのみ。
「……託したっ―――!」
だが、スバルはティアナの相棒。気絶するまで諦めず手を打ち続けたティアナを想えば、スバルにも"あと一手"を打つだけの根性が湧いてくるというものだ。
《 Wing Road 》
スバルの最後の魔力で組まれたウイングロードが、ゼストを囲むように包み込み、ゼストの視界の全てを奪う。
視界の全てが奪われる直前、ゼストは残った魔力のほぼ全てを費やして強化を行うキャロと、その強化を受けるエリオの姿を見た気がした。
「なんだと!?」
ゼストはすぐさま槍でウイングロードを叩いて砕こうとするが、ヒビが入るだけで壊れない。斬って壊そうとしても壊れなかった。
ティアナの砲撃ダメージ、その直後にフルドライブを使ったダメージがゼストの力を削いでいるのだ。
(どこから来る!? どこから―――)
ゼストはウイングロードをすぐに壊せないと判断するや否や、どこから来るかも分からないエリオの攻撃に備える。
だが、待つことはなかった。ほぼノータイムで、上方から槍が来たからだ。
ヒビの入ったウイングロードを粉砕しながら、ストラーダが降って来る。
ゼストはそれに対し、半ば反射的に槍を突き上げていた。
(当たれッ!)
エリオに『頭上から攻める』攻め方を教えたのがゼストだったこと。
ゼストが最高の才能と最大の努力で完成した武人だったこと。
幾多の戦場を駆け抜けた経験が彼の中にあったこと。
それが、ゼストに超反応攻撃を実行させた。
上から来た槍を見てから槍を振り上げたはずなのに、ゼストの槍がストラーダよりも早く目標地点に届くという異様な光景。
ストラーダを持ったエリオがそこに居たならば、ゼストの槍が先に当たっていただろう。
そこに、エリオが居たならば。
「な、に?」
そこには落下してくるストラーダがあるだけで、エリオは居なかった。
上を向くゼストの正面、ゼストの視覚的死角に潜り込むように踏み込んだエリオが、拳を握る。
全身全霊の一撃を放とうとするエリオの体は、自然と練習した通りに動いた。
教えられたことは、頭と体が覚えている。
学んだことは、頭と体が覚えている。
己の全てをその一撃に注ぎ込む過程で、エリオの脳裏に記憶が想起され始めた。
まず蘇るは、なのはからの教え。
「エリオはスバルとの違いを意識した方がいいかもね。
スバルは力で、エリオは速さで攻める、そうでしょう?
スバルはガードの上から叩いても敵を倒せる。
でもエリオはガードの隙間を狙った方がいいよ。
スバルは叩く。エリオは切って突く。人には向き不向きがあるんだから」
エリオの視線が、ゼストの防御の隙間を捉える。
自然と、エリオは拳を握っていた。次に蘇ったのは、ゼストの教え。
「槍術と拳術には密接な関係がある。
槍と拳、それらを最適に使いこなすために必要な動きは、かなり似通っているからだ。
俺が習った流派も、格闘と槍術を両立できない者は大して強くなれなかった。
モンディアル。強くなりたければ、槍だけでなく格闘もしっかりと修めることだ」
地球において、八極拳と槍術は切っても切れない関係にあると言われている。
他の中国拳法にもそういう性質を持つものは多い。
日本の古流拳闘術と剣術に密接な関係があるのと同じように、武器を扱う技術とは、手足という武器を使う技術に通じるものがあるのだ。
習った格闘技の動きを体でなぞりながら、エリオはシグナムから受けた指導を思い出す。
「お前に教えた『紫電一閃』は、変換資質を持つベルカの騎士の基礎にして奥義だ。
その特性は汎用性の高さと出の早さ、及び一撃必殺の破壊力。
よく考えて使うことだ。
ああ、出し惜しみをしろと言っているわけではない。
"よく考えて"使えば、お前はこの技だけであらゆる敵を打ち倒すことができるだろう」
変換資質資質持ちの基礎にして奥義、魔力以外のものに変換した魔力を高密度にして纏わせ、一撃にて叩き込むと同時に開放する一撃必殺の技。それが唸りを上げて、拳の表面に雷が走った。
ふと、エリオは先日戦った敵の動きを思い出した。
「断空、二連!」
敵から学んだことを、今日までの練習で血肉としてきたことをエリオは思い出す。
そして最後に、エリオは最も尊敬する大人のことを……フェイトのことを、思い出していた。
「私達は電気を使うから、魔法を使う時は稲妻をイメージするといいよ。
普段から電気に慣れ親しんでいる私達なら、誰より正確にイメージできるはず。
そのイメージをちゃんと魔法に出来たら、その時エリオは……
誰よりも速く、誰の目にも止まらなくなる。私だって倒せちゃうくらい、速くなれるよ」
これまでの記憶を思い返すのに要した時間は、二歩分歩く程度の時間しかない。
そして、彼の三歩目は……雷のそれを思わせるほどの、神速だった。
ブリッツアクションが、少年をゼストの目の前まで運ぶ。
「紫電一閃!」
「がはっ!?」
雷を纏ったエリオの拳が、上を向いていたゼストの腹に叩き込まれる。
ゼストの直感的な反応すら許さないスピードに、そのスピードを乗せた必殺の一撃。
それが命中した部分のバリアジャケットは弾け飛び、ゼストは気絶級のダメージを受ける。
「くっ、つ……!」
だが、精神力でなんとか耐えたようだ。
ゼストは槍を振り上げ、石突を使ってエリオを叩き伏せようとする。
だが、"紫電一閃が一撃だけ"だなんて誰が言ったのか。
エリオはゼストの腹に叩き込んだ右拳を引いて戻さず、拳を開いて掌の形にし、ゼストの腹にそっと添える。
「紫電一閃―――二連!」
防御を抜いた上で手の平を当て、掌底から繰り出される二度目の雷光打撃。
それが、バリアジャケットの守りすら無くなったゼストの腹に叩き込まれる。
「つッ、がァ!?」
苦しげな声を上げ、けれどゼストは、これでも倒れない。
(ここで俺が倒れれば、ルーテシアが、メガーヌの娘が―――!)
彼はもう意志だけで立っている。
意志だけで戦おうとしている。
半ば無意識、半ば本能で、鍛え上げた体を練習通りに動かし、ゼストはエリオに槍を突き出そうとする。
そして―――落ちて来たストラーダをキャッチし、それを振り上げるエリオの姿を見た。
「紫電一閃ッ! ―――三連ッ!」
そして、決着の一撃。
エリオはシグナムに教わった魔法を、ゼストに習った槍術で、恩師の胸に叩き込んだ。
(ああ)
もう、他に何も考える余裕もない。
ゼストの胸に去来するのは、敗北の実感と、エリオに対する賞賛の気持ちだけだった。
(俺の、負けか)
何かを考える余裕すら失って、最後の最後まで諦めなかった元地上のストライカーは、若きストライカーズに破れたのであった。
その戦いの顛末に、スカリエッティは楽しそうに手を叩いた。
「素晴らしい! 指導した相手に倒されるとは!
まるで物語のようだ! 悪の手先となった肉親や師を子供達が止めるだなどと!
悪に落ちようとする者達を止める正義の味方! 戦いの果てに勝利を掴む子供達!」
彼は善性の人達の奮闘を、"君達が頑張ったせいでこうなってしまったんだよ?"という悲劇の結果に終わらせるため、動き始める。
「その最後を、大人達が助けようとしたルーテシアの死で飾ったならば……
それはとても、とても、私好みの展開だ。
さあ、ルーテシアの死体を見せに行かないと。勝利した彼らに真実を伝えねば」
「いいのですか、ドクター」
「いいんだよ、ウーノ。どうせもうその子に使い道はないしね」
スカリエッティはゼスト達とティアナ達の前にルーテシアの死体を運び、目覚めた彼らの前で全てのネタばらしをするつもりのようだ。
厄介な強敵の心を折るという合理的な目的と、単なる趣味という合理的でも何でもない目的を両立するために。
スカリエッティの指示を受け、ウーノがナイフ片手に縛られたルーテシアに歩み寄る。
「い、いや……」
「変に動くと苦しみが長引きますよ。……諦めて、楽に死になさい。それがあなたのためです」
ウーノはルーテシアに同情した様子も見せるが、迷っている様子はない。彼女にとってドクターの命令は絶対であり、それに逆らおうなんて考えようともしないからだ。
ルーテシアは怯え、肩を震わせ、唇を震わせる。
「た」
そして、震える唇でその言葉を絞り出すように口にした。
「助けて」
助けを求める者が居て、その声に応えようとする者が居る。
「―――ハーケンスラッシュ!」
ゆえに、ウーノは声を出すことすらできずに地に伏して、ルーテシアは救われる。
助けを求める子供が居たなら、『彼女』は絶対に駆けつける。
助けを求めて泣いている子供の気持ちを、彼女は誰よりも理解できるから。
「もう大丈夫だよ。私達が助けに来たから」
「……あ」
ルーテシアは安心したような声を漏らし、自分を助けてくれた女性……フェイト・テスタロッサに、ぎゅっと抱きついた。
「ほう」
スカリエッティは一人だ。
もう仲間も機械兵器の護衛も居ない。
にもかかわらず、この状況で余裕綽々に笑っている。
「どうやってセキュリティを……そうか、セインか」
「そういうこと。物質をすり抜けられるあたしの力で、このお姉さんを届けろってオーダーよ」
スカリエッティの前に立つフェイトと連携して挟み撃ちをするために、セインがスカリエッティの背後の壁から現れた。
前門の虎、後門の狼。
なのにスカリエッティの余裕は崩れない。
「ナンバーズNo.2、ドゥーエはこちらが確保しました。
ヴェロッサ・アコース氏の協力により、思考捜査も実行済みです」
「なるほど……ドゥーエの脳内情報を頼りに、この場所を推測・特定したわけだ」
スカリエッティの側近クラスでも無ければ、この地下研究所の場所は知らない。
そんな研究所の場所がバレているという時点で、スカリエッティの窮状は伺える。
スカリエッティは、詰んでいるはずなのだ。
彼の様子からは、全くそう見えないだけで。
「いやはや、私としたことが。
注意不足に警戒不足とは酷いものだ。
騎士ゼスト達の戦いがあまりにも真剣だったために、見入り過ぎてしまっていたようだね」
彼らの戦いは、無駄ではなかった。
ゼスト達の戦い、ティアナ達の戦いは、本気でしのぎを削っていたがためにスカリエッティの意識を引きつけ、フェイトがルーテシアを救うチャンスに繋がったのだ。
皆の頑張りは、目に見えない所で繋がっている。
「先人から若人へ、過去から未来へ、大人から子供へ。
受け継がせ、継承させることで、絶え間なく続いていく。それが命だ!」
フェイトが語る信念は、奇しくも今日ミッドチルダで繰り広げられている戦いを象徴している。
「誰もが他人と繋がっている!
その繋がりを、力にしている!
スカリエッティ、自分の作ったものにしか助けてもらえないお前とは違う!」
クローンの作成で永遠の命に近いものを持ち、定命の命を弄ぶ、無限の欲望。
その男に、フェイトは有限の命の価値を語る。
スカリエッティをここまで追い詰めた有限の命の繋がりへの、賛歌の言葉を口にする。
「命はより強く、より高度な命を生み出そうだなんて目的で作って良いものでも……
まして、お前の楽しみのために、玩具として弄くり回していいものでもない!
大人しく投降しなさい! 広域指名手配次元犯罪者、ジェイル・スカリエッティ!」
フェイトが杖をスカリエッティに突きつける。
それを見て、スカリエッティはかつて無いほどに醜悪に顔を歪め、嘲笑った。
「面白い。なら、少し遊んでもらおうか」
すっ、とスカリエッティが動く。
フェイトはそこに、何故かも分からないまま、死の確信を持った。
「え」
フェイト、ルーテシア、セインが同時に同様の気持ちを抱く。
このままでは死ぬ、と。
フェイトはルーテシアを抱え、セインも抱え、この場から逃走しようとする。
「な」
だが、間に合わない。
何かが来る。何が来るか分からない。何が何だか分からないまま、死にそうな予感がする。
セインは本能が鳴らす警鐘に従って、自分を助けに来たフェイトとルーテシアを掴んで、壁の中に逃げ込んだ。
「退避っー!」
わけが分からない状態に陥っている彼女らを、壁越しに襲う轟音と衝撃。
三人はスカリエッティから逃げ、地上に出る。だがそこで、円柱状に何もかもが消し飛び、大穴の空いた地面を見てしまった。
おそらく研究所でスカリエッティが何かをして、その結果研究所から地上に至る大穴が空いたのだろう。途方もない威力だ。フェイトは穴を見ているだけでゾッとしてしまう。
「セイン、ありがとう。あなたのお陰で……」
「ヤバい」
「え?」
「アレはヤバい。リーダーが"かもしれない"って言ってた奴だ。ドクターは、キチガイだから!」
「せ、セイン?」
「早く皆と合流しないと―――」
ガツン、という音。
それがセインをスカリエッティが殴り、戦闘不能にした音なのだと、フェイトは理解すると同時にルーテシアを抱えて飛んだ。
そして、ルーテシアを町の一角に置いていく。
「人と会えそうな所まで運ぶから、そこからは一人で逃げて!」
「は、はい!」
スカリエッティは難なくフェイトのスピードに付いて来て、ルーテシアを町に置いてきたフェイトと対峙する。
「スカリエッティ、その体は……」
「この肉体は半ば機械、つまり戦闘機人だ。
この肉体は既に病体、つまりエクリプス感染者だ。
この肉体は出力源のロストロギア内蔵、つまりはレリックウェポンだ。
いやはや、『私』という特性を残しながらこれだけ改造を加えるのは、中々骨が折れたよ」
「……は?」
スカリエッティはさらりと、学者が研究成果を発表するような顔で、そんなことを言い出した。
「そんな、そんなことができるわけ……」
「これを思いついた『私』は、新しく『私』を作り、自分を実験に使わせた。
勿論最初だ、失敗して死んでしまったよ。
だから『私』を大量生産してみた。遺伝子や体質を少しづつ弄りながらね。
戦闘機人にできる私、ECウィルスに適合できる私……ま、試行錯誤の繰り返しだったがね」
「……な」
「機械と融合できなかった『私』も多かった。
ECウィルスに適合しない『私』も多かった。
ロストロギアを基礎出力に使うのに失敗し、弾け飛んだ私も多かった」
スカリエッティは、古代ベルカ時代のジェイルと同じように、自分の非劣化クローンをいくらでも作ることができ、それに自分の記憶を転写することができる。
それが、彼の無限の命。無限に複製される欲望の形。
常人では真似しようとさえ思わない、狂気のアドバンテージだった。
「とはいえ、『私』の勝利のためだ。皆喜んで実験に参加したものさ」
「正気じゃない……!」
「『理想の私』が出来るまで、『私』を作ればいい。
『私』を素材として使い潰し続ければいい。簡単な話だろう?
君達とは違い、『私達』は意味のないこだわりに行動を制限されたりはしないからね」
「そんな弄くり回した体じゃ長生きだって出来ないはず、なのに……」
「健全な私が必要なら、その時新しく作ればいいじゃないか。何か変かね?」
「―――」
何故、ジェイル・スカリエッティは、今も笑っているのか。
笑ってこんな話ができるのか。
この男の精神構造が、フェイトにはまるで理解できなかった。
「全てはジェイル・スカリエッティの勝利のためさ。
そのために全力を尽くしているだけのこと。
君達がかかずらっている物事に、私は囚われていないと言うだけのことだろう?」
「『それ』に縛られなくなった人は……もう、人間じゃない!」
「君が人間の定義を語るのかね? 人造生命体の君が」
「……っ!」
それでいて、ジェイルは自分を見失っていない。
ここまで正気を疑うような行為を行いながらも、その語り口はどこまでも平然としていて、言葉には悪意と知性が感じられた。
スカリエッティは研究所に空いた大穴の上に浮かぶ。
研究所には機械と半融合してカカシのような姿になったスカリエッティ、ウィルスの暴走で肉塊になったスカリエッティ、溶解しかけているスカリエッティ、怪物化したスカリエッティ、保護液の中で脳と内臓だけになって浮かぶスカリエッティが居た。
そしてその全てが、空に浮かぶスカリエッティに、平然とした様子で応援の声を送っていた。
「ほら。『この私』のための礎となった『私達』も、私の言葉に同意しているだろう?」
「狂ってるっ……!」
フェイトは戦慄し、スカリエッティが笑っていた理由を理解する。
スカリエッティは追い詰められてなど居なかった。
そして、スカリエッティは追い詰められたとしても笑うだろう。愉快そうに笑い続けるだろう。
それはどことなく、フェイトの親友である課金厨の美点を思わせた。
「さあ、避けないと死ぬかもしれないよ」
「ッ!」
スカリエッティが指を鳴らすと、どんな作用が起こっているのかも分からない爆発が発生。
フェイトが居る辺りを巻き込もうとするが、スカリエッティの声に反応して回避を始めていたフェイトはそれをなんとかかわした。
「くっ!」
だが、爆風で地面に叩きつけられてしまう。
フェイトに大してダメージは通っていないが、爆風の凄まじさからスカリエッティの攻撃力の高さは見て取れた。
まして、今のスカリエッティにはおそらく『分断』がある。
それを使われれば、フェイトは一撃貰うだけで絶命しかねない。
(こんな、こんな相手、どうすれば……!)
フェイトは考えに考える。
スカリエッティの気狂いじみた精神性に触れ、彼女は既に大なり小なり既に呑まれていた。
気持ちが呑まれてしまえば、勝てるものも勝てない。
そんなフェイトに、スカリエッティの放ったエネルギー弾が迫り――
「調子乗ってんじゃないよ、このキチガイ!」
――横合いから飛び出してきた誰かが、防壁を張ってそれを受け止めた。
「!? な、何!?」
「フェイト!」
防壁はほんの一秒ほど拮抗し、砕け散る。
だがその時間で駆けつけた、雲に乗った少女がフェイトに手を差し伸べた。
フェイトがその手を掴むと、少女は飛翔しエネルギー弾の攻撃範囲を脱出する。
「アルフに……アリシア!?」
防壁を張ったのはアルフ。
フェイトを助けたのはアリシア。
そして今、フェイトの隣に立った女性が、フェイトを叱咤する。
「立ちなさい、フェイト。
あなたが誰かの言う通りに動く人形ではなく、自分の意志で動く人間であるのなら」
「母さん……!?」
フェイトの危機に、『家族』が揃う。この繋がりもまた、彼女らの力となるものだった。
「テスタロッサ家大集合、か。いやはや、プレシア女史とは是非とも旧交を温め―――」
「黙りなさい」
プレシアは強烈に、鮮烈に、スカリエッティの言葉を切って捨てる。
「いいことを教えてあげるわ、スカリエッティ。ずっと私は……あなたが大嫌いだったのよ!」
そして、どこぞの平行世界では別の相手に向けていたはずの罵倒の言葉を、最大の嫌悪と共にスカリエッティに叩きつけていた。
いわゆる「運営はテストプレイしてねえだろ」と言われる系の章末ボス